「ふぅ、こんなもんか」
泥にまみれ赤くなった手をさすりつつ、魔理沙は改めて自分の仕事を眺めてみた。
魔の森の一角に佇む霧雨邸。その裏で鬱蒼としていた木々は根こそぎ吹っ飛ばされ、ちょっとしたクレーターとなっていた。
季節は冬。この森にとて雪は降る。何かと色々魔法で小細工をしたところで外は寒いものであり、魔理沙の頭頂にはうっすらと雪が積もっている有様である。
だが今日で苦労も報われる。
魔砲でドカンと一発やった後、クレーターに石を詰みセメントで間を固める作業をちまちま続けて一週間。
最後に家の中から引っ張ってきたパイプをクレーターに突っ込んだ。
「さて、試運転試運転」
鼻歌混じりにいったん家の中へと引っ込む。
クレーターと繋がったパイプの大本はポンプである。
ポンプは二機用意しており、一方は水脈、もう一方は去年の冬に召喚した温泉脈へと接続している。
組み上げられた二種類の湯水は合わさることで適温となり、パイプを通ってクレーターへと溜まる。
つまるところ、露天風呂である。
そもそも温泉脈を召喚しておきながら、床暖房にのみ使用して温泉そのものに浸かろうという発想がなぜ去年は出てこなかったのか、魔理沙自身結構不思議である。
そう思い立ったのが十日ほど前だったか。ポンプを組み立てたり穴を掘ったり整備したり、様々な苦労を経て、ようやく完成。
このために流した汗水ももうすぐに報われよう。
二機のポンプは正常に動作を開始。パイプを追って予定通りに事が運んでいるかを確認してゆく。
幸い、水漏れなどもなくほこほこと湯気を立たせながら湯は堀の中へと溜まり始める。
「よし、問題なしだぜ。あとは待つだけだ」
もう日も暮れようとしている時間だ。うだるほど湯を堪能したあとは、ぐっすり眠るとしよう。労働を終えた後の休息ほど素晴らしいものはない。
それから数時間後。さぁ湯も溜まったので入ろうかと、魔理沙は服を脱ぎかけた。が。
「魔理沙ー? いるー?」
知人の声である。シカトを決め込んでやろうかと思ったが、まあいい。最新の研究成果を披露してやるのも悪くないだろう。
玄関へと出た。
「なんだよ霊夢。お前の方から来るなんて珍しいな」
「そういうあんたもここ最近ずっと来てなかったでしょ」
「別に死んじゃいないぜ」
「こう寒いから死体もそうそう腐らないわよ。死体くらい動くもんだし」
「ああ動くぜ。死ぬまで動くぜ。で、なんの用だ」
「これ」
鍋。
ドアに隠れて見えないが、横手から突然引っ張り出してきた鍋を、霊夢は突き出した。
芳しい熱気が蓋越しにでも伝わってくる。
「おでんか」
「アレも食べたいしコレもいいなとか思ってタネを次々放り込んでいたら、とても食べきれる量じゃなくなったのよ」
「そんな食い意地の張った巫女の所にゃ食いしんぼおばけが来るんだぜ」
「怖いわ」
真顔である。魔理沙も本当にやってきたら怖いと思う。
「いいからさっさと入れてよ~。外寒いのよ~」
霊夢の背中から、リボンを結んだ角が見えた。
「じっとしてなさいよ。角すりおろしてがんもどきにしてから煮て食べるわよ」
「だけど霊夢も寒いでしょうが」
「そうね。じゃあお邪魔するわ」
「いや待て入るな」
とっちらかっていてとても客を迎えるような状態ではないのが、霧雨邸の常である。
まあ客を迎えるなら弾幕でという主義の魔理沙としてはあまり深刻な問題でもない。だが、他人に、ましてや霊夢に投げっぱなしの研究の残骸やら魔理沙自身なんのために入手したのかよくわからないマジックアイテムで築かれた山やら海やら谷やらを見られるのは、とても嫌なのだ。
「じゃあどうしろってのよ。暖めてくれる? おでんじゃない方向で。具体的には弾幕で」
「今日は疲れてるんだよ……あーもうくそっ。いいや。じゃあ風呂入れ。風呂」
「はぁ?」
わかりやすく説明するのも面倒なので、裏行けと指示する。
不審かつ不満の満ちた表情で霊夢は霧雨邸の裏へと回り込んだが、舞いしきる雪の中、火事でも起きているかのような勢いで立つ湯気を見たとたん、歓声を上げた。
「温泉!」
「つくづく年寄りだな」
「萃香、肴もあるしあんたもいるから酒もある。こりゃ言うことないわよ。さっさとあったまりましょ」
言うが早いか鍋を萃香に投げ渡し、霊夢は温泉へと文字通り飛んで行く。
風にたなびく袖をなんとか掴み取り、魔理沙は霊夢を止めた。
「ちょっと待った! 私が苦労して掘ったんだ。一番風呂は私だぜ」
「減るもんじゃないわ。それにあんたが好きそうな言葉が、世の中にはあるのよ」
「ほう」
袖から腕を抜いた霊夢は、魔理沙を真っ向から指差した。
「早い者勝ちってね!」
「上等だ!」
二人同時に服を脱ぎ出す。
リボンと帽子が宙を舞い、エプロンドレスやら袴もどきスカートやらドロワーズやら晒しやらがうず高く積まれ、一体どちらが先に駆け出したか。
生まれたままの姿で温泉に飛び込もうとした時、湯気の中で二本の長大なナニカが揺れた。
「あ、遅かったじゃない」
疎の状態から元に戻った萃香が、まったりと湯に浸かっていた。
魔理沙は霊夢の目を見た。うむ。通じ合う。
なればやることはただ一つ。
「あぅっ!」
おもいっきり、ぶん殴っておいた。
「あー……日々の疲れが溶けるようだわ」
「お茶啜っているだけの毎日にそんなに疲れが潜んでいるとは驚きだぜ」
「疲れるわよ。妖怪は何度追い払ったっていくらでも集まるし、さっぱり賽銭は集まらないし……」
口まで湯の中に沈み込み、霊夢は愚痴のかわりにぶくぶくと泡を漏らす。
まあ一応、幻想郷でも指折りの重要な役職に就いている霊夢である。そういう意味では魔理沙の方がよっぽど遊んで暮らしているようなものなので、それ以上は追求してやらないとする。
しばらく三人、無口にぼーっと浸かり続ける。
「静かねぇ……」
萃香の一言で白玉楼のお庭にまですっ飛んでいた魂が、身体の中に戻ってしまった。
「侘びと寂びくらい感じろよ。こういう時はまったりするもんだぜ」
「魔理沙もたまにはちゃんとしたこと言うのね」
「ああ。嘘つきのコツはたまにホントのことを言うことだ。嘘しかつかないのは正直者くらいだぜ」
「私の前で嘘つきの話題はするな!」
水面に両腕を叩きつけ、萃香がざっばと立ち上がる。
見事なくらい寸胴だな。
「そもそも、この面子じゃあ魔理沙の大法螺吹きが場を主導するのは仕方ないじゃない!」
「ここは私ん家だ。そこらへん慎めよ」
「もっと強烈な奴呼んでみようかしら」
「やめろって」
とりあえず肩まで湯に浸からせようと、魔理沙は萃香の頭に手を乗せようとした。
が、湯煙の中で突然鬼の少女の姿が拡散した。
バランスを崩した魔理沙はすっ転び、湯の中にダイブ。
「うわっ! 鼻に湯ぅ入ってきた! さすが温泉パワー! なんか鼻の奥がツンツンする!」
「はいはい」
「くっそぅ。萃香の奴、どこ行ったか知らんが帰ってきたらじっくり浸けこんでやる」
復讐の算段を頭の中で整えつつ、疎の状態で何処かに飛んで行ってしまった萃香の帰りを、魔理沙は待ち続けることにした。
一方霊夢はと言えば、口から出した魂で幽々子とお茶している図が幻視できてしまえるくらいにぶっ飛んでいる。
あんまりにも隙だらけだったので、魔理沙は霊夢の肩に自分の体重をちょっと預けてみた。
気にしていない。
微妙に複雑な心境だが、割と幸せなので良しとする。
「こんなに月が綺麗な夜に、人間の娘二人が隙だらけでいるなんて、どうかしてるわね」
舌足らずな声が頭上から降りてきた。
湯煙の向こうにうっすらと見えるのは、紅色の翼。
「レミリア、ユニコーンの捕まえ方知ってるか?」
「夜の王を捕まえておいて、馬扱いなんてひどいわ。それにこっちの方が美味しそう」
地面に降り立ったレミリアは、ミニ八卦炉の上でことこと煮込んでいる最中のおでん鍋の蓋を開ける。
「湯上りに楽しみね。咲夜、妙な妖怪がやってきてつまみ食いなんかされないように、ちゃんと見張っておくのよ」
「いいですけど、まさか入るんですか?」
服に手をかけたレミリアを見て、後ろに控えていた咲夜が素っ頓狂な声を上げる。
魔理沙も同意見だ。吸血鬼に水はヤバかったんじゃないのか。
けれどもレミリアは不本意だと言わんばかりに、翼を少し揺らす。
「お湯だから大丈夫に決まってるじゃない」
「沸かせば大丈夫ってお前はサルモネラ菌か」
「それに魔理沙が魔の森に召喚した温泉脈じゃない。そんな物好きな温泉脈、魔力は帯びていても聖性なんかそこの巫女の賽銭箱くらいしかないわ」
服を脱ぎ終わったレミリアは、実際何事もなく湯の中に浸かってしまっている。
まあそれは大変よろしいことではあるが、ただ一つ決定的な問題があった。
「おいレミリア。お前、その羽根邪魔だ。しまえよ」
「魔理沙を出す方が早いと思うわ」
「早く済むっていうんなら遊ぶのも構わないぜ」
「こんな夜更けに魔の集まる場所で魔王に挑むというの? 魔法使いはもっと慎重だと思っていたわ」
「常識で計れないから魔法使いっていうんだぜ」
ざっぱと二人同時に立ち上がる。それにしてもレミリアも見事なまでに凹凸がない体型である。こんなんばっかだ。
しかし立ち上がったとたん、吹きっさらしの風に裸の身体を撫でられた。思わず条件反射的に、熱い湯の中に戻ってしまう。
レミリアすらそれは同じらしく、しばらく二人して視線で戦ってみる。
「……もー、詫び寂びでしょう? そんな剣でも呑むような雰囲気出さないでよぉ」
意識が戻ったらしい霊夢が愚痴る。
しかしそうは言ってもだ。合理的な方向で魔理沙は状況を説明した。
「狭いんだよ。風呂が」
「そりゃあんたの設計ミスでしょうが」
「私一人で入るつもりだったんだ。三人入れる分むしろ広いんだよ」
「でも入れているからいいじゃない」
「レミリアの場合、羽根で面積取るんだよ」
「じゃあ引っこ抜けば。コウモリの羽根って媚薬になるらしいわよ」
「なるほど。道理でばったばた落とされたわけだ」
「なぜだか今、とてもこのお風呂を血で満たしたくなったのだけれど、私おかしいのかしら」
「妹とたまには遊んでやったらどうだ」
三人でかしましくぶちぶち言ってみるが、それで風呂が広がるわけでもない。
肩身を狭くして浸かっていると、心の器も狭くなるものらしい。
ついに耐え切れなくなったらしいレミリアが、ミニ八卦炉の前で暖を取っていた咲夜に命令を下した。
「咲夜! 死神を連れてきなさい」
「え? 今からですか」
「そうよ。温泉があるって言ったらすぐ来るはず。時間を止めて今すぐ。客観時間十秒以内に。十、九……」
「寒いから私も入りたいくらいなんですけど……」
問答無用でカウントダウンを始める主の我が侭に応えるべく、完全で瀟洒な従者は夜の空に消えて行った。
そして実際にレミリアのカウントが終了する前に、赤毛の死神を連れて帰ってきたのだから全くご苦労さまである。
「へぇ、半信半疑で来てみたもんだけど、本当にあるもんだねぇ、こんな所に隠し湯」
「こんなところだから隠し湯だぜ。隠し湯以前に出来たてほやほやの新湯だけどな」
「それじゃせっかくだし一ッ風呂浴びていきますかぁ」
魔理沙の軽口すら耳から耳へと素通りさせ、小町は着物を脱ぎにかかったが、レミリアがびしっとし指差して死神の動きを止めた。
「誰がタダで入っていいと言ったの。それに招いた私に挨拶の一つもしないなんて、ここをどこだと心得ているのかしら」
「私の家だぜ」
「何言ってるの魔理沙。月が見下ろし私が君臨する所、そこ即ち私の領土よ。貴方は安心して私の庇護下にいればいいの」
「で、領主様はただでさえせせこましい領土にさらなる領民を移住させてどうするつもりなんだよ」
「馬鹿ね。この死神は距離を操ることが出来るのよ」
「なぁるほど」
小町がぽんと拳を打つ。
途端、魔理沙が背中を預けていた石垣が消失し、ずっこけた。隣の霊夢も一緒で、バランスを崩した両者は湯の中でもつれ合う。
なんとか大気中に頭を出そうとしたが、霊夢にその頭を思いっきり踏みつけられて、魔理沙は湯の中に沈んだ。
「あー死ぬかと思った。ったく。もうちょっと有意義に能力使いなさいよ。仕事とか。仕事とか」
「お前さんにゃ言われたかないけどねぇ。まッ、気にするようなことじゃあないさ。おかげで随分と広くなったろう」
「それはいいけど、もっとゆっくり浸からせてよ。さっきからもう……」
ようやく霊夢が足をどけ、座り直したようだ。
とりあえず魔理沙は霊夢の足を引っ張り倒し、彼女の頭を湯の中にしばらく浸けこんでみた。
そうこうやっているうちに小町は今度こそ着物を脱ぎ捨てる。全く、あいつだけ出るとこ出やがっている。アレも距離を操る成果の一つか?
その幻想郷平均胸囲に真っ向から反逆する死神は湯で顔を洗い、どこからか取り出した手拭いを頭に乗せ、鼻歌まで口ずさむ始末である。
「いやあいいもんだねェ。日々溜まっていた疲れが嘘みたいに癒される」
「そりゃあ嘘だもんなぁ。お前の仕事で疲れが溜まっていちゃあたまったもんじゃないぜ」
「生前に溜めておくのは善行だけでいいのさ。金も浮世のしがらみもぜーんぶ湯水に溶かしちまえばいい」
「お前みたいな奴に死後の面倒見られるなら、いくら善行積んだって無駄な気がしてくるぜ」
「そんなこたぁない。説教時間が短くて済むぞ」
「いやまずはお前が説教されてしまえ」
軽口を叩き合うものの、確かに小町の能力のおかげでずいぶんと風呂は広くなった。
先ほどは三人で肩を寄せ合うようにこじんまりと浸かっていたわけだが、今はその面子にプラス大柄な小町が足と肩と腕を存分に伸ばしても十分な広さになっている。
レミリアや萃香ほど小柄であれば、泳ぐことだって出来そうだ。
「そういや萃香の奴、まだ帰ってきてないな。結構になるぞ」
「そこらへんにいるわよ。湯煙に紛れてわかんないだけで」
湯の中からいつの間にか復帰した霊夢が辺り一面に視線をやった。
萃香の奴、サウナ気分か? などとその時の魔理沙は思ったのだが、割と早めに彼女は自分の能天気極まりない思考を悔いることとなる。
そして後に魔理沙が反省する生贄第一号が、現れたのだった。
「……ボヤでも起きたのかと思ったら、アンタら何やってんのよ」
グリモワールを片手に抱え、人形を配下に従えた魔法使いが顔を見せに来た。
こうどいつもこいつも素っ裸でいると、逆に服を着ているアリスや咲夜の方が異端に思えてくるから妙である。
「私がボヤ? バカにするなよアリス。私が魔法の実験で事故ってボヤで済むと思ってるのか。お前の家ごと吹っ飛ばした挙句この魔法の森に衛星軌道からでも観測できるような大穴を空けてやるぜ」
「ああ、つくづく魔理沙は月人に『地上の民はバカしかない』と思わせたいようね」
「我ながら完璧な心理戦だ」
「惜しむらくは魔理沙が天然だってことだけど」
「天然だぜ。天然温泉だ。バカだと言うならお前の方がバカさアリス。この状況でいつまでたっても服を着ているってのはおかしい話だと思わないのか?」
「はぁ?」
それこそアリスはバカにしたような声を出すが、彼女の頬は少し火照っていた。まあ都会派とはこんなもんである。
二人の力関係が互角の場合、どちらが弄るか弄られるかというのは先にパンチをクリーンヒットさせられるか否かにかかっている。
そして今回の言語弾幕戦で最初に被弾したのはアリスの方だった。あとはもうやけくそボムが発動しようがどうしようが関係ない。最早場の主導権を握っているのは魔理沙たちの方なのである。
レミリアがざんばと湯の中から上がった。尻も何もかも丸出しでいるというのに、翼に付着した湯を振り払い、腕組みしていればなんだか威風堂々としているように見えてくるから吸血鬼とは妙な生き物である。
「そうね。今宵この場に於いて余計なしがらみとか具体的には衣服とかは邪魔だって、決まっているわ。今私が決めたから。さあ脱ぎなさい」
「ちょっ、頭おかしいんじゃない? 特に用は無いのよ、私は。帰るから」
「待てよアリス。そんなに自信ないのか? 大丈夫だって。カリスマとおっぱいは別だってアレが証明しているし」
「そ、そんなこと――」
「ああ、そんなこと別にどうでもいいんだが」
「いいんだけど、そろそろ観念なさい。やりなさい、咲夜」
「仰せのままに」
一人寒空の下放置されてイライラしていたのか、咲夜の行動は実に速かった。それはもう自分の周囲の空間だけ60倍の速度で時間加速させてんじゃないかっていうくらい、速かった。
ものすごい勢いで投擲された無数のナイフは、アリスのスカートもスカーフもリボンもブラもぱんつも何もかも綺麗さっぱりずたずたの布切れにし、真冬の夜空に還したのであった。
嗚呼、月に向かうアリスのぱんつ(の成れの果て)。お前は一体何を想う。
「またつまらぬものを切ってしまいました」
「こ、この変態! 変態! 変態ども!!」
「何を言うんだアリス。さあ裸の付き合いだ。身体の芯まであっためてやるぜ」
「どこ触ってんのよ! うわっ! やめて! おかーさーん!」
そう、ここまでは良かったのである。
色々と予想外なこともあったのだが、予定調和よりトラブルを愛するのは魔理沙ならずとも幻想郷の多くの住人はほとんど同じ嗜好であろう。文句を言う者など見当たろうはずがない。
ただ、問題があるとすれば、何事にも限度があるということだけである。
「妖夢、温泉は身体にいいんだって。飲んでも」
「え? 幽々子さま!? なんか! 水かさが! え? 湯かさ? いや! ちょっと!」
「お山の河童がお皿をかっぱらわれたんだって」
「そーなのかー」
「えーりん~熱いよ~もう出る~」
「もっとじっくり入らないと美肌は保てませんよ」
「ほーらいじんにそんなの関係ない~」
「もうお嫁に行けない……」
「魔法の森に温泉開業! 初日から人妖問わず大盛況! オーナーの魔理沙さん、いい湯ですねぇ。何かコメントをお願いしますよ。明日の記事はこれで行きますから」
文を無視し、魔理沙は額に指を当てた。
一体どこでどう間違えたのか。なんだこの有様は。
目を開けば湯煙の中には無数の人影。最早誰がなんだか全くわからない始末である。少なくとも十は越えるだろう。二桁かよ。
元は魔理沙が一人でゆっくり楽しむのために拓いた温泉である。そりゃ霊夢くらいなら呼んでもいいとは最初から思っていたが、それにしたって想定収容人数から十倍はないだろう。ゼロが一個尻に付くのだ。大福十個食べられるからって百個は無理だろう。どこぞの亡霊でもない限り。
設計を完全に無視し、袋詰め放題タイムセールで売り出されている煮干を親の敵の如く詰め込むおばちゃんのように、人間妖怪問わず詰め込まれたこの風呂は、一体どこへ向かおうとしているのか。
湯というより人間や妖怪を掻き分けて、魔理沙は一際デカい人影を引っ掴んだ。
「おい小町! なんとかしろ! 能力拡大してもっと広くするんだ!」
「魔理沙さーん。コメントー」
「う……えーきさまー……もうサボりませんからー……」
「しっかりしろ死神! お前が湯当たりしてどうすんだよ!? この温泉はお前の船頭なしに一体どこへ向かおうっていうんだよ!」
「仕事仲間とトラブルですか? 困りますよぉ、ネタはもっと小出しにしてもらわないと」
「ああ! 大体なんだってこんなに集まってきた――」
頭を抱えたとたん、思い出した。
《あつまる》
萃香の姿がまだ見えない。
「萃香ァッ!!」
「ん? なぁに?」
いつの間にやら浴衣を着て、霊夢と一緒におでんをつまみながら酒をかっくらっていた萃香の角を、魔理沙は引っ掴む。
「お前だろ! 萃めたの!」
「当然じゃない。だって温泉はみんなの財産だもの。前鬼後鬼の湯とか言うけど見つけたのは私たちだし取り締まってたのもそうだけど、道士崩れからそこらへんの猿やら狼、もちろん人間だって言うに及ばず、温泉の中じゃ温泉のルールでみんな仲良く湯治をしたってもんよ」
「業に入れば業だぜ! 幻想郷のルールを新参のお前に教えてやる!」
「侮るな人間! 幻想郷で私を倒せる者などいるはずもない!」
浴衣をばさりと広げて、萃香は高笑いする。手に持つひょうたんとおでん串がなければ、もうちょっと威厳があったかもしれない。
魔理沙はそんな彼女を指差して笑ってやった。
「鬼、敗れたり!」
「なによ」
「霊夢ー。そのおでんの中に厚揚げとかもち巾着とかあるか?」
「あるわよー。早くしないと食べちゃうわよ」
「はっはっは。見ろ萃香! お前は最早戦う前から既に負けている!」
「何よ――あ!?」
萃香自身ようやく気づいたらしく、おでん串を取り落とした。
地面に落ちる前にそれをキャッチした魔理沙は、こんにゃくを噛み砕きながら言ってやる。
「両方大豆製品だろうが! 見ろそのおでんの中には大豆エキスがたっぷりだぜ! 今ごろ毒が効いてくる頃合いか!」
「こ、この――鬼に横道はないものを!」
「神便鬼毒酒と書いて『かみのほうべんおにのどくざけ』と読む! 神のご加護がたっぷり詰まった大豆パゥワーは人ではなく神の力と思い知れ! 鬼!」
「あうぅぅ~」
へたりこんだ萃香の頭に、魔理沙は足を乗せた。
「最後に勝つのは魔法使いだぜ」
「なんて言うと思ったか! ミッシングパープルパワー!」
「うわっと」
突如として足元の萃香が極大化。転げ落ちた魔理沙は湯の中に叩き落される。
「くそっ! なぜだ! なぜ奴には大豆パワーが効かない!?」
「炒り豆じゃないし。揚げさん。そもそも大豆製品全部ダメなら醤油も味噌もダメってことで、なんにも食べれないじゃない」
がんもどきを齧りながら、霊夢が解説する。
そいつは諮られた。なんて鬼だ。鬼に横道はないと言ったのはどの口だ。
仕方あるまい。魔理沙は湯から這い上がり、萃香の足元を通過しておでんを暖めるガスコンロ替わりに使われていたミニ八卦炉を回収する。
霊夢がぶーと膨れたが、最早知らない。おでん臭いミニ八卦炉を手にした魔理沙は、巨人化した萃香をがっしと指差した。
「いいぜ、そんなに言うなら正々堂々と勝負してやる! この私の庭で好き勝手やったことを湯の底でじっくり反省させてやる!」
「ふん! 温泉は人の手には余る自然の力! それを弄ばんとしたお前に鬼の制裁を加えてやるわ!」
十二月十一日 文々。新聞
昨晩、魔法の森に在住の霧雨魔理沙さん(人間・魔法使い)が露天風呂を開業。
召喚した温泉脈を用い、十日ほどの工事期間を経て拓いたとのこと。
開業初日に人間、妖怪を問わず好評を得たもののそれは伊吹萃香さん(鬼・無職)の能力によるものと判明。
正々堂々とした商売を好むのか、霧雨さんは伊吹さんと弾幕戦を開始。
この戦闘の余波により、温泉施設は大破。開業数時間にして営業不能に追い込まれた。
記者個人としては早期再開を願うが霧雨さんは『もう穴掘りは飽きた』とコメントしており、先行きは暗い。
しかしこれはいいレイマリですね
楽しく読ませていただきました。 全裸で。
けれん味たっぷりの掛け合いがとても素敵です。
ところでアリスは……どうやって帰ったんでしょうか……
あとがきがいい感じにぶち壊してますがw
大した理由もなくバトりそうなのも幻想郷ルールっぽくてイイ。素敵です。
序盤こそ文章が若干こなれなかった物の、一度走り出したら後はもう最後まであっという間。素晴らしきかな、温泉。何よりキャラ把握が完璧、お見事の一言に尽きます。最高に楽しませて貰いました。目を閉じると広がる肌色空間万歳。
とりあえず、挿絵が欲しいと思ったのは私だけじゃ無いはずだと思いますw
>またつまらぬ物を
うぉおい咲夜さん!【また】ですか!?(笑)
>>ムクさん
全裸はいいもんだってお狐様が言っていました。
>>魔理沙災難だなww の人
ちなみに露天風呂粉砕したのは萃香ではなくマスタースパークによるものだと言及しておきます。
>>会話のやりとりの雰囲気が~ の人
本文でも書いているとおり、私の東方SSの会話文は言語弾幕合戦なのでむしろこれがメインだったりします。
>>これはすばらしいZUN節 の人
ZUN節出しやすいキャラと出しにくいキャラいます。妖夢とかうどんげとか難しい……。
あと、風邪引かないように。
>>SETHさん
たった1ステージで中ボスどころか都合三回も出てくるアリスは構ってもらいたがり屋だと思ってます。そりゃあガチですよ。
>>凡用人型兵器さん
萃香って会話時と戦闘時のギャップの激しさが可愛いんですが、SSに出すに至ってどっちの路線を取ろうか割りと迷いました。レミィ様は意外とすげぇ書きやすかったんですが。
アリスは上海あたりに服持ってきてもらったと解釈する手もありですが、全裸で泣きながら帰ったと思う方が夢とロマンと希望があります。
>>翼さん
ちなみにこの後文さんはアリス以外にもいた入浴客の手によりネガと問題の号の新聞を回収されるという目に遭いますが、隠し持っていたネガを用いモザイクありで再発行し「余計にいかがわしくなった」と大好評を得ることに成功します。
>>これは素晴らしい温泉だ。 の人
プロット面でのテンポの良さというものはプロット作りが苦手なのでテキトーですが、文章面ではテンポよく読めるように一応心がけてたりします。
>>柊一さん
さすが幻想郷!俺たちの幻想(という名の妄想)が実現する!そこに惹かれる憧れるゥッ!!
>>乳脂固形分さん
基本的に私は一次書きなので二次書く時はその世界観を重視したものを書く傾向にあります。
方向性の違いのですよ。と言いながら小さくガッツポーズ。
>>はね~~さん
書き出しって苦労しますからね。でも短編は最初の一行で99%出来が決まるとすら言われているので、もっと精進したいと思います。
よくおにゃのこだらけの漫画アニメでサービス回として温泉or銭湯話があるじゃないですか。あのノリで。なんで光学的観測を経ると湯煙で肝心なところはぼやける特別仕様です。
みすちーとか剥かないと料理出来ないって咲夜さんが言ってました。
だから風邪を引くとあれほど。
>時空や空間を翔る程度の能力
比較的近所在住のこーりんも萃められたけど姿が見えなかったあたりでお察しとお覚悟をください。
これはもっと評価されるべき。 全裸で。
楽しませていただきました。全裸で。