明けない夜は無い。
メイドが時間を止めようとも、姫が永遠を操ろうとも、必ず朝はやってくる。
幻想郷の多くの人妖にとっては、昨夜は毎日繰り返されるいつもとなに変わらぬ同じ夜。
だが、私にとっては自分の今後の人生を大きく左右する、重たい一夜だった。
たとえどんな夜を過ごしたとしても、必ず朝になれば日が昇り夜は終わる。
私以外の人達にとっては、今日も昨日もいつもと変わらぬ一日に過ぎないのだろう。
覚えておこう。自分にとってはなんでもない一日でも、必ず世界のどこかで苦境に立たされている人がいる。
まあ、知ったところでどうしようもないのだが、
現在進行形で苦境真っ只中の私には、それがとても重要な事の様に思えた。
それはともかく、朝である。
私の朝はまず、入院患者を診てまわることから始まる。
「はーい、アリスさん、お薬の時間ですよー」
「まあ魔理沙、来てくれたのね」
「魔理沙じゃありませんよー、お薬飲みましょうねー」
「ねえ聞いて魔理沙、この前、香霖堂でステキなティーセットを見つけたの、ほら、私達二人のこれからの生活にピッタリだと思わない?」
「それはティーセットじゃなくて貴女の尿瓶ですよー。はい、お口あーんしてー」
「魔理沙、私達の新居は白いレースのカーテンが素敵だと思わない?あ、でも日光は魔法薬や人形が痛んじゃうから、一階の客間だけにしておきましょう」
「魔理沙じゃないですよー。はい、お口あーんしてー」
「ねえ、魔理沙ってば、聞いてるの?」
「魔理沙じゃねえぇっつってんだろタコが! いいから大人しく薬を飲みやがれ!」
「ふぐっ!」
「ウラウラァ! どうだ、うめえか!? 私の薬はよぉ!」
「もがっ、もがっ……」
「師匠、もうその辺で勘弁してやって下さい」
患者の口と鼻にに500ミリの薬瓶を押し込んでいると、
横で控えていたウドンゲが私のその腕を掴んだ。
「ウ、ウドンゲ……」
「師匠の今の状態を考えると、感情が不安定になるのも仕方ないですが、彼女はウチの患者さんなんですよ。もっと優しく接してあげないと」
「そ、そうね……ごめんなさい」
「それに、師匠の禁欲生活は今日で終わりじゃないですか、今日一日、頑張ってください。私も全力でサポートしますから」
「……ええ!」
がしっ とウドンゲと手を合わせる。
そうだ、この地獄のような一週間も今日で終わりなのだ。
六日前に姫に命じられた、あまりに理不尽な『一週間セクハラ禁止令』。
もし禁を破りセクハラを行えば、私は宇宙の彼方、冥王星まで飛ばされてしまう。
退屈な日常に潤いを与えてくれるセクハラを禁じられた私は、
徐々にストレスに蝕まれ、日を追うごとにみるみる衰弱していった。
だが私はその程度でへこたれる女ではない。
「八宝斎かお前は」とウサギ達にツッこまれながらも、
努力と根性、それにウドンゲとの愛情パワーでなんとか六日突破に成功する。
そして迎えた最終日。はたして私は今日一日を無事に乗り切ることが出来るのか!?
「以上、前編のあらすじでした」
「? 師匠、誰と喋ってるんです?」
「なんでもないわ。さあ、戻るわよ」
患者の病室に鍵をかけ、私達は隔離病棟を後にした。
薬瓶に気管を塞がれ、窒素死寸前のアリスが発見されるのは一時間後のことである。
◇◆◇
窓に吊るした風鈴が、ちりんちりんと心地良い音を奏でている。
竹林に囲まれた永遠亭に、こうも風が入ってくるのは珍しい。
竹の葉が日の光を遮ってくれるし、ウサギ達には涼しく過ごしやすい日になるだろう。
だが、残念ながら私はその自然の恩恵を受けることはできない。
それもそのはず、私の部屋の窓は現在全て締め切っており、スキマ風すら入らない。
なぜ、こんなことをするのか。答えは簡単。セクハラをしない為だ。
先ほども言ったように、禁欲生活は今日で最終日。
私の体と精神は既に限界だ。いつ無意識のうちにセクハラ行為をしてしまうか分からない。
それを未然に防ぐため、今日一日私は誰とも会わないと決めたのだ。
誰とも会わなければセクハラもできない、単純だが確実な作戦だ。
食事を持っていたり、屋敷の状況を報告する役目はウドンゲに頼んである。
昨夜の出来事で、私とウドンゲの絆は確固たる物となった。
私はウドンゲにセクハラはしないし、ウドンゲも私を裏切ったりはしないだろう。
この引き篭もり大作戦を、偉大なる永遠亭の主であり、
エースヒキコモラーの名を取って、『テルヨ作戦』と命名する。
「師匠、師匠」
部屋のドアが叩かれる。ウドンゲとの定時連絡の時間だ。
少しだけドアを開け、廊下に顔を出す。
「師匠、定時連絡です」
「ええ、頼んでおいたことは調べておいてくれた?」
「はい、姫とてゐの動向ですね」
入院患者の診察を終え、部屋に戻る前に私はウドンゲに二人の監視を頼んでおいた。
この禁欲生活を発案した、姫とてゐ。
姫の方はまだしも、てゐは何をしてくるか分からない。
彼女は私が冥王星に飛ばされることを望んでいるのだ。
妨害工作を仕掛けてくる可能性は高いだろう。
「どう? 二人の様子は」
「姫はいつも通りです。自室で奇声をあげながらキーボードを叩き割っていました。ただ……」
「……ただ?」
「てゐの行方が分からないんです。部屋にも居ないし、他のウサギ達に聞いても要領を得なくて……」
「……要注意ね」
そもそも何故てゐが私を永遠亭から追い出そうとしているのか、その理由がわからない。
目的の分からない相手が突然いなくなる、警戒するなと言う方が無理というものだ。
「あ、それと……」
「なに、まだ何かあるの?」
「師匠に、お客さんが来てますよ」
「客? だれ?」
「以前、永遠亭に乗り込んできた吸血鬼です」
吸血鬼……。
私の褐色の脳細胞が、脳内データベースから該当する人物を探し出す。
……そうだ、以前、月を偽者にすり替えた時、
幼いウサギを襲おうとするメイドの首根っこを引きずりながら、紅い悪魔が乗り込んできたことがある。
名前は確か、レミリア・スカーレット。
永遠亭に客が来ること自体珍しいが、その客がレミリアなのは更に珍しい。
一体、何の用事だろう?
「それで、レミリアはなんて?」
「それが私が用件を聞いても、師匠に会わせろ の一点張りで」
まあ、あの小娘らしい態度だ。
「悪いけど帰ってもらって」
「え? でも……」
「言ったでしょ、今日は誰とも会う気はないの。それに、相手はあのレミリアよ。まともに相手をしたら、どんなトラブルが起きるかわからない。もしかしたら、禁欲生活の事を聞きつけて、私をからかいに来たのかもしれないわ」
「ですが……」
「ですがじゃない。私は出かけた、とでも言っておきなさい」
「あの、でも……」
「いいから! 今日は私は永遠亭にはいないの! そう伝えなさい!」
それだけ言うと、私は部屋のドアを閉めた。
何の用かは知らないが、今の私は誰とも会わない方がいい。
それがお互いの為だ。レミリアには悪いが、事情は翌日にでも説明しよう。
「えっと、師匠はただ今外出しておりますが……」
「へぇ、じゃあ今貴女が話していた相手は誰かしら?」
……ん?
「え、いや、その……」
「確かに貴女は誰かと話していたわよね。私の耳が正しければ、永琳の声だったと思うんだけど」
「あの、あの……」
「もしかして、居留守を使っているんじゃないでしょうね」
ドアの外からウドンゲの震えた声が聞こえる。
しまった、既にレミリアはこの部屋の前まで来ていたのか!
どうしよう、これは弟子の危機だ。師匠が助けに行くべきだろうか。
つーか、なんで既に客がここに来てるならそう言わないんだ。
そして何故、居留守を使ってみようと思うんだ。もしかしてウドンゲは頭が悪いのか?
いや、彼女は仮にもこの八意 永琳の弟子。
ドジは踏んでも決して頭が悪いというわけではないハズだ。
……ん、ドジ?
そうか! ウドンゲはドジッ娘キャラを演じていたのか!
禁欲生活中の私に、清涼剤として『萌え』をプレゼントしてくれたのか!
確かに『萌え』ならセクハラには当たらない。法律の穴をかいくぐった見事な策だ!
素晴らしい、それでこそ私の弟子!
夜の王、レミリア・スカーレットを前にしながらも、心は常に私の事を想い続けてくれる。
なんて師匠想いな娘なんだろう。こんな最高の弟子は他に無い。
ウドンゲから貰った『萌え』が体中を駆け巡る。嗚呼、これが愛なのね……。
「この私も随分と甘く見られたものね。ウサギ、丸焼きと鍋。好きなほうを選びなさい」
「ひぃぃ! ごめんなさい、師匠は居ます! 師匠、出てきてください!」
「……」
「師匠、何やってるんですか!? 早く早く!」
「……ウドンゲ」
「はい?」
「ありがとう」
「なんじゃそりゃあぁぁぁぁ!!!」
「不夜城レッド! 地獄を貴様にィ!!」
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ありがとう、ウドンゲ。
貴女から貰ったこの想い、大切にするわ……。
窓から見上げた空に、一筋の流れ星とウドンゲの顔を見た気がした。
朝だけど。
「ししょお、ひどいですよぉ……」
「仕方ないでしょ、お客さんが部屋の前に来てる事を知らせない貴女が悪いのよ」
体のあちこちから、ぷすぷすと煙を上げるウドンゲに包帯を巻きながら言葉を交わす。
「だって師匠、全然話聞いてくれなかったじゃないですかぁ」
「人のせいにしない。言いたいことがあったらはっきり言う! それができないからジャパニーズは世界からナメられるのよ。六発もミサイルを撃ち込むなんて、他の国だったら侵略行為と判断してもおかしくないのよ」
「なんの話ですかぁ……」
はっきりとNOと言える人、好きです。
「……そろそろいいかしら」
ウドンゲの治療が一通り終わった時、
私の客人と名乗るレミリアが話しかけてきた。
誰とも会わない予定だったが、こうとなっては仕方が無い。
レミリアは「帰れ」といって素直に帰る奴ではない。適当に相手をしてやり過ごそう。
テルヨ作戦は開始から十分で見事に失敗に終わってしまった。
肩を落としながらレミリアに視線を向ける。
さっきまではドアで遮られていたので気づかなかったが、
良く見たら客はレミリア一人ではないようだ。
「別に私達は永遠亭を襲撃しに来たわけじゃないわ。八意 永琳、貴女に用事があって来たの。話を聞いてもらえるかしら?」
レミリアの背後からもう一人の客がのっそりと顔を出す。
眠そうな目をした青白い顔の少女、パチュリー……だったか、彼女も一緒だった。
レミリアよりも彼女の方がよっぽどアンデットに見える。レイズで一撃死しそうだ。
「……どうせ嫌だって言っても聞かないんでしょう」
「良く分かってるじゃないの。私の命令は絶対よ」
「お願いじゃなくて命令ね、貴女らしいわ」
「ふふんっ」
何故か胸を張り得意げなポーズをとるレミリア。
この高圧的な態度を改めれば、もっと可愛くなれるのに勿体無い。
メイド長曰く、「これが良いのよぉ! ヘタレなお嬢様も可愛いと言えば可愛いけど、やっぱお嬢様はツンデr(省略)ロリコンだからこそ、幼女を守ります!」
だそうだ。そんなものかねぇ?
「……それにしても」
「ん?」
「紅魔館の主と図書館の主がわざわざ出向くなんてね、珍しいこともあるもんだわ」
永遠亭近辺は竹林に囲まれているから良いものの、
今日は夏の日差しが強烈に照りつける快晴だ。
とてもじゃないがヴァンパイアと日陰の魔女が外に出れる日とは思えない。
「それだけ大事な用事なのよ、一般メイドじゃ勤まらないわ」
「門番やメイド長がいるじゃない」
「咲夜と美鈴? そうね、本来ならあの子達に任せるべきなんだけど……」
「何か問題があるの?」
レミリアが顔をしかめる。
「……咲夜は里の幼女に手を出そうとしたとかで自警団に逮捕されたわ。美鈴は咲夜の身元引受人として里に出向いて、今はワーハクタクに正座で説教されてるわ」
「ほぅ……」
流石はメイド長。
彼女を最初に見たときから、只者ではないと感じていたが。
思ったとおりだ。彼女のセクース(セクハラスキルの略)は私と同等かそれ以上。
これで彼女も立派な前科者だ。ジャック・ザ・リッパーも草葉の陰で泣いている。
つーか、守ってねえじゃん。幼女。
「全く、咲夜にも困ったものねぇ」
「……鉄格子付きの病室ならまだ空きがあるわよ」
「結構よ。その程度で入院が必要なら、メイドの八割以上が入院してしまうわ」
なんだその魔窟は。
「自慢じゃないけど……度重なる変態メイド達の襲撃を、私一人の力でねじ伏せてきたからこそ、今のこのカリスマがあるのよ」
「確かに自慢することじゃないわねぇ」
「……ですねぇ」
再び「ふふんっ」と言って偉そうに胸を張るレミリア。
少なくとも私は、その姿からカリスマを感じることは出来ない。
ちなみに、パチュリーは私達と話すのに飽きたのか、
「本、読んでくる」と言い残し待合室に歩いていった。
さっきから上手く会話の疎通ができてない気がするが大丈夫だろうか。
◇◆◇
「それで、私に用事って一体何かしら?」
「そうよ、用事よ。忘れるところだったわ! うっかり身内の犯罪歴を暴露しただけで帰るところだったわ!」
ヴァンパイアに脳が入ってないのって本当なんだな。
「八意 永琳、今日は貴女に診てもらいたい患者がいるのよ」
「……ロリコンの治療は現在の医療技術では不可能よ」
「聞いてなかったの? 咲夜に治療は必要ないって言ったでしょ」
「じゃあ、あれ?」
待合室に消えていったパチュリーを指さす。
私の記憶が正しければ、彼女は重度の喘息持ちのはずだ。
「パチェもねぇ、治したほうがいいと思うんだけど」
「? 何か問題があるの?」
「一度パチェに入院を勧めたことがあったんだけど、『私が健康になったら仮病で魔理沙に看病させることができねぇだろボケナスがッ!』って逆切れされて、危うくロイヤルフレアで灰にさせられるところだったわ」
「……それだけ元気なら問題ないわね」
恐るべし、七曜の魔女。
はて、だとしたら患者とは一体だれの事だろう。
メイド長も魔女も違う、門番が病気になるはずない、他に紅魔館の主要人物といえば誰がいるだろう?
まさか一般メイドが病気になったぐらいで、主がわざわざ出向くハズもないだろう。
「待合室に待たせてあるから、今呼んでくるわね」
レミリアはそう言い残し廊下に出て行った。
残ったのは私とウドンゲ二人きり。やれやれ、面倒なことになった。
「あの、師匠」
「ん?」
「その……大丈夫なんですか?」
「何がよ」
「レミリアさんとパチュリーさん、一度に二人も女の子が来ちゃいましたけど、その……体の方はなんともないですか?」
少し恥ずかしそうにしながら聞いてくる。
イマイチ言葉が足りず、理解し辛い質問だが、
レミリアとパチュリーに対してセクハラ禁断症状は出ていないか、そういう意味だろう。
「大丈夫よ、私はそこまで飢えていないわ」
「そ、そうなんですか? とてもそうとは思えないのですが……」
「失礼ね、女の子だったら誰でも良いわけじゃないわよ」
「……初耳です」
「なんていうか波長の問題ね、言うなれば萌え波長。それが私と合わなければ、セクハラどころか指一本反応しないわ。メイド服とネコミミを着ければなんでも萌えだと思ってるバカなメディアとは違うのよ」
「波長……ですか?」
「そう、波長。レミリアとパチュリーの二人はそれから大きく外れているわ。私はもっと愛嬌があるというか……純粋な女の子が好きなのよ。ほら、メディスンとかってまだ生まれたばっかりで世間知らずだから純粋じゃない? それに、妹紅もああ見えて結構可愛いところがあるのよ」
「へぇ……あ、そうですか」
力説したせいか、若干引かれた。
心配しなくてもウドンゲも純粋カテゴリに含まれてるから安心しなさい。
そう、純粋さだ。私が女の子に最も求めている点はこれだ。
レミリアにはそれが無い、たかが五百年程度生きただけで格の違いがどうしたとか偉そうに。
顔は可愛いし、体つきもマニア向けなんだからもっと可愛く振舞えば良いのに。
レミリアが邪気の全く無い顔で私に微笑みかけたら一発で轟沈する自信がある。
理想のレミリア像を頭に浮かべ、脳内にヴィジョンとして映し出す。
屈託のない笑み、無邪気な仕草。ああ、ヤベエ、マジ可愛い。
……と、危ない危ない。
こんなことを考えていたら無意識のうちにセクハラをしてしまう。全く、このロリコンどもめ!
……おかしいな。脳内に浮かべたヴィジョンが視界から消えない。
やれやれ、遂には幻覚までみるようになったか。私の疲れもピークだな。
そう思い、頬を叩きまぶたを擦ってみるが、ヴィジョンは相変わらず視界に映っている。
……いや違う! これは幻覚でも私の脳内映像ではない!
そこにいる! 私の理想とするレミリアが『そこに立っている』のだ!
「確か貴女達とは初対面だったわね。紹介するわ、妹のフランドールよ。ほらフラン、挨拶しなさい」
「こほっ、こほっ、は、はじめまして先生。フランドール・スカーレットです」
「……っ!?」
脳内映像と見事にリンクした目の前の少女。
彼女を一目見た私は、全身に電流を流されたかのようなショックを受けた。
繊細で美しい金色の髪、鮮やかに輝く虹色の翼。
何かを喋ろうとしたが、口が動くだけで声にならない。
私の両目は彼女の姿に釘付けとなっってしまった。
「フランったら、昨晩から熱っぽかったり咳が止まらなかったり大変なのよ、ただの風邪かもしれないんだけど、吸血鬼が風邪をひいたなんて過去に例が無くて、それで、貴女ならきっとフランを治してくれると思ってね」
「お姉さまぁ……頭がフラフラするよぉ……」
頬を赤く染め、虚ろな目でレミリアに寄りかかるフランドール。
これが……あの生意気なレミリアの妹!?
噂には聞いたことがある。
レミリアの妹は、その狂気と破壊の能力のせいで館の地下に監禁されているという話。
あの魔理沙と霊夢が、二人がかりでやっと押さえ込むことができたという話。
495年の波紋が未だに取得できないという話
どれもこれも、眉唾と思われても仕方の無い話。私も正直信じてはいなかった。
それが、この目の前にいる女の子が、その破壊の権化だというの!?
なんてこと……、こんな事があるなんて……。
なんて……、なんて……。
「へぇ、この子が妹さんですかー、聞いた話と随分イメージが違いますねー」
「まあね、フランも以前と比べたら随分と大人しくなったものよ。たまに魔理沙が遊びに来てくれるおかげかしらね?」
「ねえ、貴女はだあれ?」
「私? 私の名前は鈴仙よ。よろしくね、フランちゃん」
「フラン、こいつの名前なんてウドンで十分よ」
「うどん? 貴女そんな名前なの?」
「ち、ちょっと、止めてくださいよー! まあ、そっちの名前も間違いじゃないけど……」
「うふふ、うどんだなんて変な名前」
「フランちゃーん、酷いよー」
「あはははー」
レミリアの腕を掴みながら、クスクスと笑うフランドール。
ウドンゲが怒って身を乗り出すと、さっとレミリアの背後に隠れてしまった。
なんて、なんて……。
なんて可愛らしいの!!!
次の瞬間、私の中で何かが切れた音がした。
「お、お姉さま! お医者さんの鼻から血が噴出しているわ!」
「フ、フランちゃん、か、かわいい……」
「どうしたんですか突然!? 壊れた蛇口みたいな勢いで鼻血が出てますよ!」
「フフフ……何を言っているの。これは鼻血なんかじゃないわ。一種のミステリウムよ」
「そのギャグは前編で使いましたから!」
「お、お姉さまぁ、このお医者さん、なんか変だよぅ……」
「怖がらなくても大丈夫よ……ほら、私の鼻血を飲んでも構わないわ」
「嫌! 美味しくなさそう!」
「ショック! えーりんショック!」
「師匠、暴れないでください! うわ、鼻血が飛び散る……ぎゃあ、目に入った! 目が、目がぁー! 」
「たすけてお姉さまぁ! 私怖いよぉ!」
「任せなさい、変態の扱いには慣れているわ」
泣き叫ぶフランドールの前に、レミリアが降り立つ。
「よくもフランを泣かたわね……」
レミリアの右手が紅色に輝く。
そして、その光は一瞬のうちに私の視界を包み込んだ。
「消え失せろ! レッドマジック!!」
「グギャァァァァァ!!!」
「ああ、師匠が消し炭に!」
……FATALTY。
「……見苦しい所を見せちゃったわね」
「……」
数秒後、無事にリザレクションした私は、椅子に座り直し改めてレミリア達と向かい合った。
体を焼き尽くされて頭に登った血が全部抜けたせいか、少し頭がボーッとする。
レミリアはそんな私を不信の眼差しで見つめ、フランドールは怖がって姉の後ろに隠れてしまった。
ちなみにパチュリーはさっきの騒動にも関わらず戻ってくる気配がない。
興味がないのか、読書に熱中しているのか、はたまた喘息が悪化して幽体離脱でもしているのか。
「……師匠」
横に控えるウドンゲが小声で話しかける。
「さっきのアレはなんだったんですか。レミリアさんが止めてくれたから良かったものの、あのまま行けば完全にセクハラになってましたよ」
「私にもよく分からないの。ただ、フランちゃんを一目見た瞬間、頭に血が登っちゃって……」
「はぁ?」
「あのくりくりとした瞳、透き通るような生足、蒙古の国の大草原を彷彿とさせる胸。彼女を見た瞬間、私の理性は吹き飛び、思わずさっきみたいな行動に及んでしまったの。フランドール・スカーレット……噂に違わぬその能力、まさしく狂気だわ!」
「そりゃただの師匠の趣味でしょう」
「だまらっしゃい!」
ウドンゲの頭を軽く小突き、レミリアの方に顔を向ける。
レミリアは先ほどから一言も言葉を発せず、私達のやり取りを冷めた目で見つめていた。
「待たせたわね。それで、用件っていうのは妹さんの風邪の診察でよかったかしら?」
「……そうよ」
レミリアの表情は変わらない。険しい目つきで私達を睨み付ける。
さっきの一件で、レミリアの私に対する株は大暴落してしまったようだ。
「正直、貴女なんかに私の大切なフランを預けたくはないわ」
「むっ」
「こほっ、こほっ、苦しいよぉ……」
「……だけど、フランをこのままの状態にしておくわけにもいかない」
レミリアは椅子から立ち上がり、両手で私とウドンゲの額を掴んだ。
額を掴んだ手がぎりぎりと私達の額を締め付ける。
「いい? くれぐれもフランに変なことをするんじゃないわよ。もし、フランの身に何かあったら……本気で殺すわよ」
大変ドスのきいた声だった。
ウドンゲはその声にビビッてガタガタと震えている。
私は、レミリアの小さな手で掴まれたところでどうということもない。
指の端と端がこめかみにまで届いていないのだ。怖がる方がどうかしている。
「……誓うわ」
その言葉を聞くと、レミリアは私達から手を離した。
フランドールに手を出すな? 言われるまでもない。
さっきはフランドールを始めて見た衝撃で、思わず我を失ってしまったが、
私には女の子に手を出したら即、冥王星送りという罰が待っているのだ。
確かにフランドールはアルティメット級のラブリーフェイスだが、私だって我が身が惜しい。
ここは大人しくレミリアに従っておくのが得策だろう。
「フラン、何かあったら大声で呼ぶのよ」
「うん、わかった」
そう言ってレミリアは、心配そうに何度もフランドールの方を振り返りながら、
パチュリーの待つ待合室に歩いていった。
部屋に残されたのは、私、ウドンゲ、フランドールの三人。
私の部屋には医療器具は一通り揃っているので、簡単な診察ぐらいだったら可能だ。
机の引き出しを開け、ライトや聴診器を取り出す。
「フランちゃん、今から診察を始めるからリラックスしてね」
「う、うん……」
診察の準備をする私の背後で、二人の会話が聞こえる。
ちっ、ウドンゲめ。自分だけフランドールと仲良くなりおって。
禁欲生活の最中でなければ真っ先に私がスキンシップを図るものを。
「師匠、まだ終わらないんですかー?」
「ちょっと待ちなさい。色々と用意するものがあるのよ」
診察に使う器具を机の上に出し、一通り準備が整ったところで、
私は二人に見られないように自分の腕に注射器を突き刺した。
『鎮静剤』
……蓬莱人に薬が効かないのは分かっている。
だが、それでも使わずにはいられなかった。
レミリアの攻撃から復活した後、私の感情は落ち着いたかに思えた。
だが、それは一時的なものだった。
顔にこそ出してはいないが、フランドールを見た私の感情の高ぶりは先ほどとなんら変わらない。
私の理性があと少し足りなければ、間違いなく彼女に悪戯をしていただろう。
フランドール・スカーレット。私が今まで生きてきた中で、最も可愛らしく、そして最も恐ろしい少女。
決して手を出してはならない。どこで姫やてゐが見張っているか分からない。
彼女の診察を行う数分間。恐らく、この一週間の中で最も危険な時間だろう。
額を流れる汗を拭きとり、彼女の方に振り返る。
「……それじゃあ、始めましょうか」
八意 永琳、最後にして最大の戦いが今、始まる。
◇◆◇
「フラン、大丈夫かしら?」
「……」
「あの女に変なことされてないかしら。ああ、やっぱり私も一緒にいれば良かった!」
「……」
「ちょっとパチェ、聞いてるの!?」
「……読書中よ、邪魔しないで」
「で、でも!」
「安心しなさいレミィ、何も心配することはないわ。八意 永琳は幻想郷のハーバード・ウェストの異名を持つ名医よ」
「そ、その台詞のどこに安心できる要素が……?」
「……」
「ああフラン、どうか無事でいて……」
「がああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
狂ったように叫び、頭を掻き毟る。
「なに? どうしたの!?」
「し、師匠! どうしたんです! 落ち着いてください!」
「ハァッ、ハァッ、う、ウドンゲ……」
私の突然の暴走に慌てて駆け寄ってきたウドンゲに、肩で息をしながら答える。
「いきなりどうしたんです! フランちゃんが怯えてるじゃないですか!」
「これ……これが……」
震える手で握ったモノをウドンゲの前に掲げる。
ウドンゲは不思議そうにそれを私から受け取る。
「……体温計?」
「ハァッ、ハァッ……」
「これがどうかしたんですか?」
「あ、貴女は何も感じないの?」
「? どういう意味ですか? フランちゃんの体温を測った、ただの体温計じゃないですか。確かに普通に考えたら30度っていうのは低すぎますけど、フランちゃんは吸血鬼なんだし、そんなものじゃないですか?」
「……」
どうやらウドンゲは何も感じないらしい。
だが、フランドールの手から体温計を受け取ったときに、確かに感じたのだ。
私の精神を狂わせるアレを!
「私にはただの体温計にしか思えませんけど。師匠は何か感じるんですか?」
「ウドンゲ、本当に貴女はなんともないの?」
「? ええ、魔力も霊力も何も感じませんけど。これは元々ウチの備品ですし、いわく付きの品ではないですよ。師匠は一体、この体温計に何を感じたんですか?」
「……乳臭い」
「はぁ?」
「だから! 乳臭いんだよ、この体温計! 何? なんなのこれは! フランちゃんの持つ幼さが凝縮されたようなこの香りは! 甘くとろけるような、それでいてしつこくなく心地良い! わからないわ! 全然わからないわ!」
「わ、私は師匠の言ってることが分かりません!」
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! こんな、こんな欲望の炎を萌えたぎらせるような想いをしながら、それを我慢しなければならないなんて! 無理よ、そんなの無理に決まっているわ!」
「師匠、落ち着いて、落ち着いてください!」
フランドールの診察を始めた私達は、
昨晩から熱っぽいというレミリアの言葉を信じて、まずは体温を測ってみることにした。
体温計をフランドールに手渡し、彼女の脇に挟んで待つこと数分。
測り終わったことを知らせる電子音が鳴り、再び私の手に体温計が戻ってくる。
画面に表示された体温を確認しようと、体温計を顔に近づけたとき、それは起こった。
鼻腔内に広がる甘い香り。その香りを嗅いだ瞬間、私の意識は遠のいていった。
体温計から発せられたフランドールの移り香、直接的表現を用いるとフランちゃんのわきのにおい。
私は何が起きたのか理解できなかった。いや、理解しようとも思わなかった。
なぜならその時、私の頭の中はフランドール一色で埋め尽くされていたのだ!
「頭が、頭がどうにかなりそうだわ!」
フランドールの香りが染み付いた体温計を壁に叩きつける。
ぱんっ と軽い音が響き、体温計は真っ二つに折れ破片が床に転がった。
額に大粒の脂汗が滲む。
これ以上、私は彼女の診察を続けることができるのだろうか。
息も絶え絶えになりながら、フランドールの方向に目をやる。
彼女はさっきの私の狂乱に怯えているのか、顔を引きつらせ背筋と羽をピンと伸ばしている。
くっ、怯える姿も可愛らしい。なんて恐ろしい少女だ。
あと一回、彼女の乳臭い香りを嗅いだら、今度こそ彼女を襲ってしまうだろう。
「……ウドンゲ」
「はい?」
「お願いがあるの」
「はい、なんでしょう」
「花の異変の時に、貴女が使った巨大座薬……なんて名前だったかしら?」
「もしかして、マインドエクスプロージョンの事ですか?」
「そうそう、その巨大座薬を……」
「名前聞いた意味ないじゃないですか」
「黙って聞きなさい。もし私が欲望に負け、フランちゃんを襲おうとしたら。……遠慮はいらないわ。その巨大座薬で私の頭をブチ抜きなさい」
「えっ!?」
私の言葉に反応し、びくりと体を震わせる。
当然だろう。自分を殺せ、と命令されたのだから。
「で、ですがあの技は非常に威力が高く、直撃なんかしたら……」
「だからこそ頼むのよ。⑨とセクハラ癖は死んでも治らないけど、それでも、死ねば一時的に欲望を抑えることはできるわ。お願い、この場を切り抜けるには貴女の協力が必要なの!」
「師匠……」
ウドンゲは顔を下に向ける。その顔には明らかに動揺の色が浮かべている。
たとえ蓬莱人といえども、他人を殺せと命じられて冷静でいられるハズが無い。
だが、ここでウドンゲに断られては困る。私の暴走を止められるのは、もはやウドンゲだけなのだ。
「お願い、もう貴女しか頼れる人がいないのよ」
「……」
私の訴えにしばらく沈黙を保っていたウドンゲだが、
やがて、何かを決意したかのように顔をゆっくりと上げる。
「……わかりました」
「ウドンゲ!」
「師を支えてこそ弟子というもの。もし師匠がフランちゃんを襲いそうになったら、私が貴女を全力でもって止めてみせます!だから、師匠も自分の理性を信じて頑張ってください!」
「ええ、ありがとうウドンゲ!」
嗚呼、素晴らしきかな師弟愛。
そうだ、私にはこんな素晴らしい弟子が付いている。
二人の力を合わせれば、超えられない障害など何も無い!
私は椅子から立ち上がり、ウドンゲと固い握手を結ぶ。
窓から差し込む日の光のせいか、いつもよりもウドンゲの顔が輝いて見える。
彼女の真っ直ぐな瞳は、元が赤いのとは関係なく真っ赤に燃えたぎっていた。
「お姉さまぁ、なんなのよこれぇ……こわいよぉ」
過保護な身内と狭い部屋が世界の全てだった幼い吸血鬼にとって、
目の前で繰り広げられる狂気と変態の世界は、彼女の理解の範疇を遥かに凌駕していた。
彼女は姉の助けも呼ぶこともできずに、彼女は一人、部屋の隅で震えていた。
「はい、フランちゃん。お口あーんしてー」
「あ、あーん」
体温を測ったあとは、いよいよ本格的な診察に移る。
何故か私に異常な拒否反応を示すフランドールに、問診をするのは不可能であったが、
ここに来たときからずっと咳き込んでいた様子を見ると、恐らく喉をやられているのだろう。
どういうわけだか怯えた表情を見せるフランドールの喉を、
右手に持った小さなペンライトで照らしていく。
「予想通りね、喉の奥が腫れているわ」
「ああぅあ?」
「ウドンゲ、痛み止めの薬を取って頂戴。フランちゃん、ちょっと苦しいもしれないけど我慢してね」
「あぅー、くふふぃいの?」
「師匠、これでいいんでしたっけ?」
「うー」
ウドンゲから液体の入った瓶と綿棒を渡される。
この綿棒を、瓶の中の薬に浸して喉の患部に直接塗るのだ。
「……ウドンゲ、準備はいい?」
「ええ、覚悟はできています」
フランドールに聞こえないように小声で確認を取り、
薬に浸した綿棒を手に、フランドールの口の中を覗き込む。
反対の手に持ったライトで口内を照らしながら、慎重に患部に薬を塗っていく。
一通り薬を塗り終わったその時。
「……うっ!」
私の手が止まった。
「師匠、どうしました!?」
「……来たわ、例のヤツが……」
私の意志とは裏腹に、綿棒を握った手はピクリとも動かない。
私の目の前で、目をつぶって診察を受けているフランドール。
背丈の関係で丁度、彼女の髪が私の鼻と同じ高さになっている。
「師匠!」
「ヤバイわ……今度は彼女からの直接よ。体温計で間接的に香るのとはワケが違うわ……」
フランドールが動くたびに、ふわりと金色の髪が動き、
その髪から香る甘い匂いが、私の鼻腔を刺激する。
幼い子供の髪の毛。そこから発せられる乳臭さは、体温計の比ではない。
もし、この世に乳臭スカウターというものがあれば、彼女の髪を計測した途端、その全てが木っ端微塵に砕け散るであろう。
「う、うぐぐぐぐ……」
体が一切の命令を聞こうとしない。
目をつぶっているフランドールは気づいていないが、
綿棒を持った右手は背中に。ライトを持った左手は腰に。
寸前の所で踏ん張ってはいるものの、両手は完全に彼女を抱きしめる形を取っている。
「師匠、負けないでください!」
「うぐぐぐぅぅぅぅぉぉぉぉぉおおおお!!!」
食いしばった歯茎から血が滲み出る。
フランドールを抱きしめようとする本能。それを阻止しようとする理性。
その力の差は五分と五分、一瞬でも隙を見せたら私はたちまち欲望に飲み込まれてしまう。
『我慢は体に良くないわよぉ、とっとと楽になっちゃいなさぁい』
「ダメよ、私はウドンゲと約束したの! 必ず今日を乗り切って見せるって!」
『いいじゃないそんなの、どうせ姫だって本気で追放だなんてしないわよ』
「もうそんなの関係ない! これは、私自身との戦いでもあるんだから!」
『無理しちゃってぇ。目の前に無防備な可愛い女の子がいるのよ。手を出さないでどうするの?』
「黙れ、黙れ、黙れ! 私の中から消えろっ!」
『私は貴女の本性、貴女は私、消えることなんてできないわぁ』
心の中で二人の私、すなわち欲望の私と理性の私が争いあう。
カビが生えるような古典的表現だがそんなことはどうでもいい。
今、考えなければならない事はただ一つ。欲望の私に打ち勝つことだけだ。
だが、私は負ける気がしなかった。
私にはウドンゲという心強いパートナーが付いている。
例え実力は互角でも、彼女が私の支えになってくれる限り、決して負けることは……。
「せんせぇ~、さっきからブツブツなに言ってるの?」
今まで大人しくしていたフランドールが、突然顔を上げた。
その瞬間、彼女の絹のような前髪が私の鼻を掠めていった。
『欲望パワー全開ィ!! さあ、彼女に悪戯をしちゃいましょぉぉぉおおお!!!』
「きゃー」
……私の理性は、増長した欲望に埃のように吹き飛ばされていった。
フランドールの体の寸前で止めていた手に、一気に力が入る。
理性による歯止めが効かなくなった私の体は、勢いよくフランドールに襲い掛かる。
まずい……このままでは……!
私は今にも消え去りそうな理性を頼りに、力の限り叫んだ。
「ウドンゲ! 今よ!!」
「はいっ! 打ち抜けっ、マインドエクスプロージョン!!」
夏の静かな竹林に、耳をつんざくような爆発音と、それに続く建物倒壊の音が響いた。
◇◆◇
「! パ、パチェ! 今、診察室の方からすごい音が!」
「……読書の邪魔をしないで、さっきも言ったはずよ」
「で、でも! あそこにはフランが!」
「……落ち着きなさい」
「だって、もしフランの身に何かあったら!」
「……もっとあの子を信じなさい」
「パチェ?」
「あの子は、あなた以外に頼れる人がいない。なのに、あなたがあの子を信じてやれなくてどうするの」
「……」
「信じましょう。いつかあの子が私達の助けなしに一人立ちができる日を」
「……そ、そうよね、パチェの言うとおりだわ。ごめんなさい、私ったらつい興奮しちゃって、ダメな姉ね」
「堀井はそう言うと、坂口の白いブリーフの中に手を……」
「えっ! 朗読してただけ!?」
「師匠、師匠、ご無事ですかー!」
ウドンゲの座薬砲の直撃を受け豪快に爆死した私は、
数秒後、例によって特に何の問題もなく復活した。
私の無事を確認したウドンゲが、うれしそうな顔で駆け寄ってくる。
「ええ、私はなんともないわ。ウドンゲ、ありがとう」
「よかったぁ、心配したんですよ」
……危ない所だった。
爆死する直前、私の体は完全に欲望に支配されていた。
もし、ウドンゲの座薬砲があと一秒でも遅れていたら……想像するのも恐ろしい。
「それにしても、随分と派手にやったものね」
改めて部屋を見渡す。
座薬砲の爆発によって、部屋はめちゃくちゃに荒れていた。
壁には大きな穴が空き、薬棚から落ちた薬が床板に染みを作っていた。
「あ、はい、一発だけならここまでの被害は出なかったのですが」
「何かあったの?」
「あの、いえ」
言いにくそうに言葉を濁らせるウドンゲ。
ウドンゲも言ったように、私を殺すだけなら座薬砲一発で十分なハズだ。
なのに、この部屋の荒れようから見るに、明らかにそれ以上の攻撃がなされている。
「何よ、はっきり言いなさい」
「あの、なんていいますか……」
「ウドンゲ!」
「は、はい! そ、その、確かに最初の一発だけで、師匠の体はバラバラになったんですが、問題はその後でして」
「その後?」
「はい、信じられないと思うでしょうが、爆発でバラバラになった師匠の死体から、腸や内臓が動き出しまして……」
「はぁ?」
ウドンゲがなにやらわけのわからないことを言い出した。
「そ、それで、その動き出した内臓がフランちゃんに襲い掛かったんですよ。肉片が首筋に纏わりついたり、腸はスカートの中に潜り込んだりと、脳を失ったせいで、体に理性が効かなくなったのがその原因かと……」
「……」
「私の追撃やフランちゃんのレーヴァンテインでなんとか全部焼き払ったのですが、そのせいで部屋が見ての通りの酷い有様になってしまいまして。いや、し、師匠の女の子に対する執念は本当に凄いですね、ハハ……」
「……」
ウドンゲの顔に冷や汗が流れる。心なしか笑顔が引きつっている様に見える。
見ると、部屋の隅でフランドールが体育座りで、
「触手コワイ……触手コワイ……」と呟きながらガタガタと震えていた。
……ウドンゲ流のジョークだと思いたい。
「さ、診察の続きを始めるわよ」
「触手が、触手が……やめて……近寄らないで」
「フ、フランちゃん落ち着いて、師匠の体は全部、私達で倒したでしょ?」
すっかり化け物扱いだ。
吸血鬼に化け物扱いされるとは滅多に出来る経験ではないが、全く嬉しくない。
フランドールは私の顔を見ると、元々白い顔を更に青ざめ、声を震わせて怯えだした。
「嫌……気持ち悪い……来ないで」
「んもー、ウドンゲが趣味の悪い冗談を言うから、フランちゃんがすっかり怯えちゃったじゃないの。医者が患者を怖がらせてどうするのよ」
「……冗談だったらどんなに良かった事か」
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません」
まあいいか。相手は破壊の権化と噂されるフランドールだ。
少しぐらい怯えていたほうが診察しやすいだろう。
すっかり無口になったフランドールを席に座らせ、私は次の診察の準備を始める。
器具を持ってこようと椅子から立ち上がったその時、激しい立ち眩みに襲われそのまま床に倒れこんだ。
「し、師匠! 大丈夫ですか!」
「な、なんともないわ、ちょっと立ち眩みがしただけよ」
「……」
「ほら、医者が患者の前で不安そうな顔をしてどうするのよ」
「は、はい……」
私は無用の心配を避ける為に、何事も無かったかのように診察の準備を続ける。
……まずいな。体に負担をかかりすぎている。
セクハラ我慢による精神的なもの。二回死んだことによる肉体的なもの。
もう何回、『限界』という言葉を使ったのか分からないが、今度こそ本当の限界だ。
頭が痛い、体に力が入らない、気持ち悪い、蓬莱人でなければ発狂してもおかしくない。
もう少しだ、もう少しで診察も終わりなんだ。
自分にそう言い聞かせ、残った力を振り絞ってフランドールの前に座る。
「……あら?」
私の手には何も持たれていない。
さっきまで診察の準備をしていたのに、手に持つのを忘れたのだろうか。
やはり集中力もかなり低下しているようだ、自然と頭がボーッとしてくる。
もう一度、器具を取りに机に戻らなくては……次は何だったかな?
「はい、師匠。次はこれですよね」
私の考えを読んでいたのか、ウドンゲが一つの器具を持ってきた。よく気が利く弟子だ。
椅子から立ち上がり、私はその器具を受け取る。
「……聴診器?」
私は渡された器具を見つめ呟く。
「ええ、フランちゃんまだ聴診を行っていませんよね」
「聴……診……」
聴診。その言葉の意味するものを、今の私の頭ではすぐには理解出来なかった。
「ちょうしん……チョウシン……聴診」
端から見たら何かの病気かと思われることだろう。
私は何かに取り憑かれたかのように、同じ言葉をブツブツと呟いた。
聴診。普段から聞きなれているハズの言葉を、何故か私は理解することが出来なかった。
……いや、理解することを拒否していたのかもしれない。
ようやくその言葉の意味を理解した時、
私は体から全ての力が抜け、言いようの無い絶望に身を包まれた。
「嘘……嘘でしょ……?」
「師匠?」
「聴診? そんな……最後に残ったのが聴診だなんて……」
私は聴診器を手にしたままその場に立ち尽くした。
自分の体からどんどん体温が失われていくのが分かる。
ウドンゲもようやく理解したのか、私に向かって声にならない声を発している。
そうだ、聴診器を使うことというのは、つまりはそういうことなのだ。
今度は自分、自らの手でフランドールの体を触らなくてはならない。
体温計に残った移り香だとか、髪の香りだとかで苦しんでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
体温計も髪の香りも、聴診の前ではただの前座に過ぎなかった。
本当の苦痛はたった今から始まるのだ。
「なんでよ、なんでよぉ……」
私はその場に膝を折る。
「頑張ったじゃない、私はもう十分に頑張ったじゃない……」
「師匠?」
「もう許してよぉ、これ以上は無理よぉ……」
ウドンゲが心配そうに私の顔を覗き込む。
「気をしっかり持ってください師匠、聴診さえ済ませば診察は終わりなんですよ!」
「無理よ、フランちゃんの髪が少し触れただけで、私は正気を失ってしまったのよ! それなのに、彼女の体にこっちから触りに行くなんて、耐えられるはずがないじゃない……」
床に落ちた聴診器が、からんと軽い音を響かせる。
私の目から自然と涙があふれてくる。
超えられそうもない壁に出くわした絶望感と、
一週間の苦痛が全部無駄になってしまう悔しさと、
そして、ウドンゲとの約束を守れない悲しさが全部入り混じった涙だった。
「師匠……」
「ダメ……私には出来ない……」
「諦めないでください、今度だって私がサポートしますから!」
「無理よ、無理なのよ……」
「そ、そうだ! フランちゃんの服を捲らずに、上着の下から手を入れて聴診するってのはどうです!? これなら、直接目で見なくて済むし……」
「それだと、余計に妄想が掻き立てられてしまうじゃない!」
「そ、そうですか……」
しゅん と悲しそうに耳を下げるウドンゲ。
彼女は悪くない、全ては私のせいなのだ。
「……ウドンゲ」
「はい」
「ごめんね……バカな師匠で」
「い、いえ、決してそんなことは!」
「……」
「そ、そりゃあ師匠は、毎日奇怪な薬を開発したり、私を実験台にしたり、いろいろと理解できない面もありますけど、それでも、私にとっては尊敬する師匠なんです!」
「……」
「師匠?」
「……ありがとうウドンゲ、そう言ってもらえて嬉しいわ」
「師匠……」
「私が冥王星に行っても、忘れないでね」
「え?」
床に落ちた聴診器を拾いなおし、私はフランドールの上着に手をかける。
「師匠? 師匠!?」
ウドンゲが私を呼び続ける、彼女はすぐ近くにいるはずなのに、
その声はどこか遠くから聞こえてくるようだった。
そうだ、元々無理だったのだ。
因果応報。これは今まで多くの女の子に手を出してきた報い、なにもかも最初から決まっていたこと。
月の頭脳といっても所詮は人間。人一人の力なんてその程度だ。
「悪い冗談は止めてくださいよ……そんな……」
「……あとの事はよろしくね」
「ダメです、諦めないでください! 今までずっと頑張ってきたのが無駄になってしまいますよ!」
「……みんなと、仲良くね」
「嫌ですっ! 師匠、行かないでください! この生活が終わったら一緒に温泉に行こうって約束したじゃないですか!」
フランドールの上着が徐々に捲りあがり、可愛らしいおヘソが姿を現した。
それと同時に、私の体の中から熱いものがこみ上げてくる。
あと少し、あと少しで私の体は欲望に支配されてしまうだろう。
太陽から遠く離れた冥王星。寒さはどれぐらいだろうか。蓬莱人の身でも耐えられるだろうか。
手間のかかる姫や、いつも私の後ろを付いてきた、可愛い弟子のいない世界で寂しくならないだろうか。
フランドールの上着は既に半分以上が捲れ、上半身の絶対領域を露にしようとしていた。
全てが終わる、八意永琳は死ぬ、これが本物の死というものか。なんて悲しいんだろう。
「師匠! ししょう! ししょぉぉぉおおおおおおお!!」
「……ウドンゲ……さよなら……」
「ふざけるなっ!!!」
部屋に、突然大声が響く。その声を聞き、私は我を取り戻した。
慌てて声のした方に顔を向けると、次の瞬間、ドアが弾幕によって吹き飛ばされた。
そしてそこには、怒りの表情を浮かべた一人の少女が立っていた。
「てゐ……」
黒い髪に白い耳。
部屋の入り口に立っていた少女は、間違いなく因幡てゐだった。
てゐは顔を真っ赤にし、歯を食いしばりながら私を睨みつける。
「どうして、どうしていつもアンタはそうなんだよ!」
叫ぶと同時に、てゐの右手から一発の弾が放たれる。
その弾は、驚異的なスピードで私の頬の掠めていった。
「アンタは昨日の夜、鈴仙の気持ちを知ったんだろう! なのに、なんでそんな女なんかに惑わさてれるんだよ!」
てゐは目線を一瞬、フランドールの方に移すと再び私を睨みつけた。
「私だって、私だって鈴仙の事が好きだった……なのに、鈴仙はずっとアンタしか見ていなかった。だから、アンタさえ居なくなれば、鈴仙はきっと私の事を見てくれる。そう思ったんだ」
「! もしかして、私を追い出そうとしたのは……」
「そうだよ、お前と一緒になったら鈴仙は不幸になる。鈴仙は私と一緒に居れば幸せになれるんだ。 でも、昨晩の会話を聞いてやっと分かったんだ。鈴仙にはお前が必要だ。私じゃお前の代わりはできないんだ」
「てゐ……」
「それが分かって、やっと自分の気持ちも整理出来てきたのに、なんでアンタは鈴仙の気持ちを裏切るような事をするんだ! 約束したんだろう、一緒に温泉に行こうって! アンタが居なくなったら、鈴仙はどうすればいいんだよ!」
「……」
「そうなったら、鈴仙はまた一人ぼっちになっちゃうじゃない。もう、鈴仙にそんな寂しい想いはさせないでよ……」
あまりの剣幕に、私は言い返す事が出来なかった。
てゐは感情が頂点に達したのか、体を震わせ目から大粒の涙を流していた。
「てゐの言う通りよ」
「!」
私の背後で声がする。
振り返ると、洋服ダンスの下段が開き、中からにゅるりと黒い塊が這い出してきた。
「わ、ワカメ?」
「誰が海藻よ! 私よ私!」
ワカメの塊に見えたそれは、私の前まで這いずりながら近づき立ち上がった。
「ひ、姫!」
「永琳、悪いけど、一部始終を見させてもらったわ」
「い、いつから私のタンスの中に居たんですか?」
「この一週間、貴女には辛い思いをさせたと思っているわ。でもね、これも貴女の為、永遠亭の為だったのよ」
「無視かよ」
このクソ暑い中タンスの中に篭っていたせいか、姫の肌は今にも干乾びそうだ。
にも関わらず、姫は床に崩れ落ちた私に向かって真っ直ぐな眼差しで語りかける。
「永琳、私と貴女が地上で再会した日のこと、覚えているかしら? 貴女に連れられて都から逃げ出した際、貴女が私に言った言葉。私は今でも忘れていないわ」
「……」
「『姫、安心してください。これからは私が貴女を守ります』。そう言って、月明かりの下で私に微笑んでくれたわよね。嬉しかったわ、あの時は。そして、貴女はその言葉通りに千年近くも私を守り続けてくれた。でも、今の貴女はなに? たった一人のイナバとの約束も守れないの!? 私の知っている八意 永琳は、そんな弱い女じゃないはずよ! そんな軟弱者は永遠亭には必要ないわ。たった今、ここから出て行きなさい!」
「姫……」
「立ちなさい永琳、立ち上がって戦いなさい。貴女は私が信じた史上最強の薬師、こんな所で負けることは許されないわ」
「姫、でも、私は……」
「……本来なら貴女に助けを求める為のこの叫び。今日は貴女を支えるために使わせてもらうわ。みんなっ!!」
「「「応っ!!!」」」
「!!!」
姫が叫ぶと同時に、廊下、天井裏、窓、ありとあらゆる所からウサギ達が顔を出した。
「これは……?」
「いくわよっ!」
姫の号令で、部屋を取り巻いた百匹近くのウサギが同時に右手を振り上げる。
「「「えーりん! えーりん!」」」
姫とウサギ達が一斉に腕を振り下ろし力の限り叫ぶ。
「「「えーりん! えーりん!」」」
その表情は真剣そのもの。
馬鹿らしい動作にも関わらず、笑いを漏らしているのは皆無だった。
「「「えーりん! えーりん!」」」
「「「えーりん! えーりん!」」」
次第に声が大きくなる。
「「「えーりん! えーりん!」」」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「「「えーりん! えーりん!」」」
てゐは泣いていた。姫も泣いていた。
そして、大合唱に参加しているウサギ達も、全員涙を流していた。
私に力を与える為に、再び立ち上がらせる為に。
端から見れば異常な光景かもしれない。
だが、その光景を呆然と見つめていた私の目からも、自然と涙が溢れてきた。
「パチェ! 診察室の方向から変な声が聞こえるわ!」
「読書の邪魔、これで三回目よ」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよー! フランを、フランを助けなきゃ!」
「……」
「ねえパチェ、聞いてるの!?」
「……」
「パチェってばぁ!」
「……いい加減にしろよ」
「え?」
「おい、私はさっきから読書の邪魔すんなって言ってるよな? なんでテメエはそれを理解できねえんだ? おい?」
「ぱ? ぱちぇ?」
「アレか、吸血鬼は脳が入ってないから覚えられないってか? ああ、そうか。だったら私がテメエのそのスカスカの頭掻っ捌いて詰め物してやるよ。ほら、頭出せ、中に豆腐でも突っ込んでやるからよぉ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!」
「逃げんじゃねぇ! 覚悟しやがれぇ!!!」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「「「えーりん! えーりん!」」」
「……師匠」
振り向くと、私と同じように大粒の涙を流したウドンゲが立っていた。
「……診察を、続けましょう」
「ウドンゲ……」
「師匠の感じている辛さは、私達には分かりません。でも、このまま何もせずに負けを認めるなんて出来ません。私は師匠を信じています、だから、師匠も最後まで自分の力を信じてください」
「自分の……力」
床に落ちた聴診器を、ウドンゲがゆっくりと拾い上げ私の手に乗せる。
「その結果がどうであれ、私は最後まで師匠に付いていきます。師匠にもう力が残って無いのであれば、私が師匠を支えます! だから、立ち上がってください、師匠!」
聴診器を持つ私の右手とに、ウドンゲの左手が重なる。
私の手にはもはや聴診器を握る力すら残されていない。
だが、ウドンゲがそれを補うかのように私の手を強く握り締める。
私達は、周りの状況が理解できず放心状態のフランドールを見つめ、静かに立ち上がる。
「行きますよ、師匠!」
「……ええ!」
フランドールの上着を捲り上げ、二人で持った聴診器を近づける。
聴診器がフランドールの体に付くまで、時間にしてほんの数秒。
だが、私にはその何十倍もの時間に感じられた。
不思議と、私を苦しめてきた『乳臭さ』は感じない。
それどころか、今までの精神状態では考えられなかった不思議な安心感さえ感じられる。
これは、ウドンゲが隣に居てくれるからか……。
聴診器がフランドールに触れる寸前、
重ねた二人の手から光が溢れたような気がした。
◇◆◇
「それじゃあ、お薬出しておきますね」
「おう、面倒かけたのう! ほらフラン、帰えるぞ」
「お医者さん怖い……お医者さん怖い……」
「お大事にどうぞー」
「くぉらレミ公! 何ボサッとしとんじゃ! とっとと荷物持たんかい!」
「レ、レミ公……?」
「早ぅせんかい! 日干しにされたいんか!?」
「すすすすいません! もう逆らいませんから、ロイヤルフレアだけは許してください!」
「お医者さん怖い……お医者さん怖い……」
ウドンゲに薬を渡され、紅魔ご一行様は満足げに永遠亭を後にした。
私はしばらく、窓から彼女達の後ろ姿を見つめていたが、
竹林に遮られ姿が見えなくなると、大きな溜息をついて倒れるように椅子に座り込んだ。
「……終わった」
ぼそりと呟く。
そう、これで終わったのだ。
正確にはあと半日残っているが、既に私の障害となるものは何も無い。
フランドールの診察を済ませた時点で、この地獄のような一週間は終わったのだ。
「おめでとうございます、師匠」
「永琳、この一週間よく耐えたわ。それでこそ私の従者よ」
「鈴仙を幸せにしなかったら許さないからな!」
皆が周りに集まり、私を祝福してくれる。
こうしてみると、この禁欲生活も悪いものじゃなかった気がする。
確かに私にとっては苦痛の連続だった。だが、得られたものもまた大きかった。
てゐとの和解、姫との信頼の回復、そして……。
「……師匠」
そして、私の大切な泣き虫の可愛い弟子。
「師匠、よかった、本当によかったぁ」
「ちょっと、泣くことないじゃないの」
「し、師匠だってさっき泣いてたじゃないですかー」
「それはそれ、これはこれよ!」
「こらー! 言ったそばから鈴仙を泣かせるなー!」
「違うの、違うのてゐ……私、これからもずっと師匠と一緒に居られるのが嬉しくて」
「あらぁ、もう二人とも見せ付けちゃってぇ! うふふふ」
「ひ、姫、からかわないでくださいよ!」
姫につられてウサギ達が笑い出す。
私はその輪の中で、顔を真っ赤にしながら肩を窄めた。
私が主体となるセクハラなら、たとえ人に見られていても平気だが、
こんなからかわれ方は、慣れてないせいか非常に恥ずかしい。
ウドンゲってば、なんでこの場で平然とあんな歯の浮くような台詞を言えるんだ。
さっきの異常なハイテンションをまだ引きずっているのだろうか?
そう思いウドンゲの方を見ようとした時、私に向かって何かが飛び掛ってきた。
「しーしょーお!」
「うわっぷ!」
飛び掛ってきた何かはウドンゲだった。
彼女は、そのまま勢いよく私に抱き、そのまま押し倒された。
「師匠、これからはずっとずっと一緒ですよ!」
「く、苦しい、ウドンゲ、離れなさい……」
「嫌ですよー、絶対に離しませんから!」
「ホントにヤバイって……息が……」
「うわ、鈴仙ってば大胆……」
私と一緒に居られることがそんなに嬉しいのだろうか。
泣きながら笑うという複雑な表情で、ウドンゲは嬉しそうに私に頬擦りをする。
その様子を見て私達を取り囲むウサギの輪は、更に激しく騒ぎ出す。
私達をからかう声と、その声をものともせずに私に抱きつくウドンゲ。
私は恥ずかしさのあまり、顔を上げることが出来なくなってしまった。
でも、こういうのも悪くないのかもしれない。
思えば永遠亭は誕生してから今日この日まで、全員が一丸となって何かをするという事が無かった。
月人と月兎と地上の兎、三種の住人が共存しているせいもあるだろう、どこかギクシャクしていたのだ。
それが今日この日、遂に一つになれたのだ。少なくとも私はそう感じた。
その理由が、『私のセクハラ我慢の応援』というのが情けないが、とにかく永遠亭は一つになれたのだ。
「もう、何も心配することはないわね。
これで永遠亭は安心して外界との交流を深めることが出来るわ」
姫が嬉しそうににっこりと笑う。
「全てが終わったわ、これで大団円よ!!」
高らかに宣言する。
「「「輝夜様、ばんざーい!!!」」」
「「「永琳様、ばんざーい!!!」」」
「「「輝夜様、ばんざーい!!!」」」
「「「永琳様、ばんざーい!!!」」」
ウサギ達全員による万歳三唱。
左側の人間が見たら発狂しそうなシチュエーションだが、
そんなものは歯牙にもかけない熱い勢いがそこにあった。
私とウドンゲも参加をする為、その場に立ち上がりタイミングを見計らう、
そして私達は両手を振り上げ、大声で叫んだ。
「「永遠亭、ばんざーーーい!!!」」
次の瞬間、両手を挙げた私の懐から何かが零れ落ちた。
場の空気は一瞬で静まり返り、視線が私の懐から落ちたモノに集中する。
白い色をした何かは万有引力の法則に従い、音も立てずに床に落下した。
「こ、これは……」
ウドンゲが拾い上げ、全員の視線が『モノ』に集まる。
丸まっていた『モノ』を、両手で勢いよく広げるウドンゲ。
それまでなんだかよく分からなかった『モノ』は、ウドンゲの手の中で五角形に形を変えた。
「私の……ぱんつ?」
場がしーん、と静まり返る。
「な、なんで師匠の懐から私のぱんつが?」
全員の視線が『モノ』……つまり、『昨晩、私が盗んだぱんつ』から私に向けられる。
……しまった! 昨晩からずっと懐に入れっぱなしだった!
「……」
「……」
「……師匠?」
「……」
「……」
「……永琳」
「……はい」
「……」
「……」
「……答えなさい」
「……」
「ほ、本人に触れてるわけじゃないからセーフだと思います」
「見てウドンゲ、綺麗な星空ねぇ」
「師匠のバカ、師匠の裏切り者」
「やっぱり温泉は星空を見上げながらに限るわねぇ」
「師匠の変態、師匠のノータリン」
「んもう、いつまで不貞腐れてるのよ。せっかくの温泉旅行だってのに、もっと楽しみなさい」
「ふん」
「ほら、そろそろ目的地に到着するわよ。準備しなさい」
前面に設置された巨大なモニターに、到着までの時間が映し出されている。
それによれば、あと一時間ほどで目的地に到着できるようだ。
窓の外は、まるで宝石を散りばめたような満天の星空。
たとえ幻想郷でも、ここまで幻想的な風景は存在しないだろう。
こんな素晴らしい場所に温泉旅行に来れるなんて、滅多にできる経験ではない。
私は運がいい。分厚い宇宙服を身につけながら、そんなことを考えた。
冥王星に温泉はあるのだろうか。今はそれだけが気がかりだった。
いろいろ間違っているからねw
あまりにもひどすぎて、面白い
冥王星~その後が気になりますね。
ゼオライマー強いよね。
個人的には多少エロいのもOKなんで、過激とは思いつつも、
いろいろと邪な気持ちを湧き上がらせながら楽しく読ませていただきました。
オチの台詞も良いんですが「青いニンジン作ろうぜwww」がお気に入り。
明らかに悪ノリしてる感がw 混ざりたいw
私も1年後にはプログラマーやるんですが。
同じような怒りを感じるんですかねぇ……w
前後編合わせてって事で100点入れときますねー。
変態!変態!(褒め言葉
前編も最高に笑えました
「冥王星まで飛んでけっ! 来い、カブ・スカァァァァト!!」
あと、「幻想郷が(ry)する日」はさすがにまずいんじゃないかと思うんだ。
とりあえず師匠じゃなくても氏のフランは破壊力が高いと思いますぜ。
あとスパ厨の俺には冥王はキツイネタだぜwww
あんた、小説書く前に、vipで新ジャンルスレを立てるんだ!
…なんで…なんで…なんで日本には小児科医が少ないんだァァァっ!?(事実)
みんななりたいとは思わんの(以下検閲により逮捕)
学校のPC室でニヤニヤしてる私はさぞかし危険な存在なんでしょうね。
帰ってくる事を心から願っています。
しかし、すんごいロケットだな・・・
残念な結果になりましたね・・・・
最後まで悲惨だったフランちゃんカワイソス。永琳wwwww
っていうか最後のアウトだったのかよ!永遠亭おわた
つかアリスwww前々作からこのまんま!?wwww
>姫はいつも通りです。自室で奇声をあげながらキーボードを叩き割っていました。
姫様いつもそんなことしてるのかw
・・・あぁ、良い
えーりんがとても身近に感じられました。なにもかも台無しなオチも素敵です。
あと前編で突っ込み忘れたけど、メディスンに教えてることは完全アウトだと思う。もっとやれ。
俺の腹筋がコンテニューできないのさ!
すごく感動的な物語をありがとうございました。
永琳が万歳をして物語が終わった後、何かの文章が並んでたような気がしますが涙で目が潤んでいたので見えませんでした。