Coolier - 新生・東方創想話

臨時・幻想郷行き

2006/08/02 11:48:41
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 私達は走っている、暗い夜道を…





 私達は走っている、何かに追われているかのように…





 私達は走っている、必死に息をきらせながら…





 私達は走っている、ただ前だけを見据えながら…





「ちょっとメリー!急いで急いでっ!!」
 急がなきゃ…急がなきゃ…私は後ろにいるメリーをせかす。私は汗だくだ、当然メリーも。
 心臓がばくばくいってる、もう少し運動しておきゃよかったと後悔したけどもう遅かった。
「ちょ…待って、靴ひもが…きゃっ!?」

 焦っていたのかメリーがほどけた靴ひもを踏んづけて転んだ、1秒…2秒…大切な時間がまた少し減った。

「あ~!!何やってんのよメリー」
 うう…一分一秒を争うこんな時に転ばなくても、私はメリーに駆け寄った。
「ごっごめん!私はもういいから!!先に行って蓮子!」
 涙目でこっちを見るメリー…だけどそんなこと言われたって…

「もう!できるわけないでしょ、ほら、つかまって!」

 もう、友達置いて行けるわけないじゃない!私たちは二人で一つの秘封倶楽部、私はメリーに手を差し出した。メリーにもその気持ちが通じたのか、照れくさそうに手を握り返す。
 


 そして…



「…ごめん、ありがと」
 すまなそうに謝るメリーに私は言う。
「お礼はいいから!急ごっ!!」
「うん!」



 私達は再び走り出した、いくらか速度が速い私がメリーを引っ張る。



「はぁはぁ」
「はぁっはぁっ!」
 斜め後方から聞こえるメリーの息がどんどんあらくなっている、握りしめた手はもう汗だくだ。
 そして私の方も限界に近い。でも急がなきゃ、目指す場所が…明かりが見えてきた、もうちょっと…





ヴィーン





「「え!?」」

 私とメリーの声が重なった。後方から重苦しい音と、そして巨大なものの気配が迫ってくる。追いつかれた…

「あ、急がな…きゃ!?」
 加速しようとした瞬間足がもつれた、どうやら知らず知らずの内に足にきていたらしい。たちまち私は身体のバランスを失い転倒する。
「ふきゃん!?」
 私に手を引かれていたメリーも巻き込まれて悲鳴を上げる
 バランスを崩し私の上にのしかかってくるメリー、私達はもつれ合って地面に転がった。

「いたた…」
「あいたた…」

 地面に重なり合う私達のすぐ背後に、巨大なものの気配が迫る。獣が咆哮するかのごとき音を立てながら、轟然たる勢いでそいつは迫ってきた。







 もう…間に合わない。







 私はメリーを見る、メリーの目も絶望に覆われてた。
「蓮子…」
「メリー…」
 ここまで来て…あともうちょっとだったのに…





 私達がしっかりとお互いの手を握りしめた刹那…









































グォーン…ガタンゴトンガタンゴトン!
 最終電車が私達の真横を通り過ぎていった。



「はぁ、参ったなぁ」
「参ったね」
 私達が立ち上がったときには、既に電車は駅に進入していた。まだ駅の前位だったら車掌さんも気づいてくれるのかもしれないけど、さすがに何百メートルか離れたここまでは気づいてくれまい。
 
 と、しばらくすると案の定電車は駅から離れ、赤い尾灯が闇の中へと滲んでいった。



「さてと…」
 私は服に付いた土埃を払う、これからどうしよう。





 ときに、私とメリーは秘封倶楽部というサークル(?)を結成している、といっても別段何することもなく日々を過ごしているのだけど。
 そして、本来私は大学の講義がびっしり詰まっている今日、ラストコマの講義が終わったら、とっとと家に帰ってテレビでも見ながらのんびり過ごそうと思っていたのだ。



 それがどうして呆然と田んぼのど真ん中で突っ立つ羽目になったのかというと…







~回想~



 今日の講義が終わり、早速帰ろうと思っていた私の元に我が友人メリーが寄ってきて、言った。
 何かいやな予感がしつつも、私はメリーの方を見た。直後にメリーが口を開く。

「ねぇ蓮子、この後暇?」

 きたっ!メリーの言葉に私の脳は即座に反応した。

 メリーが何か「暇?」とか言ってくるときは、大体その後何かしらトラブルが発生する。

 一番多いのは、神社仏閣巡りに付き合わされたあげく、長い石段の途中でメリーがへばり、結局私が彼女を担いで登る羽目になること。
 ちなみに、降りると言うと「ねぇ…お願い蓮子、どうしても見たいの…だめかな?」なんて上目遣いで泣き落としにかかる。そんなのに私は動かされたり…してしまうのだから我ながらお人好しだ。
 本当、外人さんっていうのはどうしてこう神社とかに興味を持っているんだろうかな。

 それに、他にもケーキを買いに行ったあげく当人がお財布を忘れていて、結局私が全額払う羽目になったりだとか、買い物に付き合わされたあげくメリーが突然はぐれ、挙げ句必死に探し回って見つけると、当人はちゃっかり買い物を済ませていたりだとか…そういう事例には事欠かない。



 しかも、こういう事件はみな悪意から起こされているのではないのだからさらに困るのだ。本気で怒れないではないか…



「はぁ」
 私はため息をつくとメリーの方に向き直った。

 さぁ今日はどんなトラブルの種を持ってくるのか…身構える私にメリーが口を開いた。



「あのね、研究室にある本を大学図書館に運ぶの手伝ってくれない?教授がもう使わないだろうからって寄付するんだって。明日パフェおごるから、ね」
「え…」
 目の前で手を合わせるメリー、一方私はちょっと戸惑った。

 意外や意外、大した仕事じゃない。私の脳は、ものの2~30分で終わりそうだなとの計算結果を導き出した。

 メリーの属する相対性なんとか学の研究室…といっても、実験とかは他にある実習室でやったりするのでつまりは学生のたまり場…には私も入ったことがあるが、本らしい本はあんまりない、大学図書館に置けるような専門書はせいぜい30冊かそこらだろう。
 非力なメリーが10、私が20としても一回で運べそうだ。



 か弱い乙女的にはひっかかる点が多少あるけど、パフェと引き替えなら悪くないわね。



「いいわよ、別に…大した用事もないしね」
 そう思った私は、メリーに向けて微笑みと一緒に了解の意志を示す。

「ありがとう蓮子!私一人じゃ正直いつまでたっても終わらなそうだったから…ありがとうね蓮子!」
 とたんに明るい笑顔を見せる我が友人。
 それにしても大げさだなぁ…いくらメリーといえども本の30冊かそこらで、それとも隠れて100冊位あるのかしら?どっちにしろ一時間はかからないわね。
 
 私はそう言うと、早速研究室へと歩き出した。

 本当にメリーは大げさなんだから…



 いつもいつも派手に喜んで…





 そこがまぁ可愛いっちゃ可愛いんだけどね







 本当に大げさ…






 


「大げさじゃないじゃない!」
「わっ!?どうしたの蓮子?」
 
 研究室の扉を開き、しばしの沈黙の後叫んだ私に、メリーが驚きの視線を向ける。

 そりゃあ隣の友人が突然叫んだら驚くと思うわ、でもね…でも…50冊かそこらの本を運ぶ気できて、実際見ると、下手したらその百倍位ありそうな本の山が目前に展開していたりしたらさすがに叫びたくなると思うのよ。





「あのねメリー」
 しばらくして自分を落ち着かせると、私は傍らの友人に言った。

「…何でこんなに本があるのかしら?」

 私の言葉にメリーは不思議そうに首を傾げると言葉を返す。

「うちの教授の内二人が来期から転勤になるとかで、不要な本を全部ここに集めたの。自分はもう読まないし荷物になるだろうけど、資料としてはまだ十分役に立つだろうから図書館に寄贈するって…言ってなかったけ?」

 きょとんとした目を向けるメリー…だけど…だけど…

 聞いてない…断じて聞いてない!そんな言葉は、私の頭のどこを探したって聞いた記憶はなかった。



 このおとぼけ娘に、私は大いに抗議しようとしたのだけど…



「本当に蓮子が来てくれて助かったわ、私一人じゃ明日までかかっても終わらないだろうし…」
 私は、メリーに心から『ありがとうね』っていう表情をされると弱いのだ。確かにメリー一人ならこれ全部どくのに何時間かかるかわかったもんじゃないしね。研究室は最上階…五階にあるのだ。

 はぁ…手伝ってあげるか。
 
 私は腕をぐいとまくって、にっくき本の山へと突進した。










二時間後…

「蓮子…疲れたよ~」
「もう、まだ三分の一も進んでないじゃない!」

 作業開始から約二時間、私の相棒は疲労を訴え椅子に座り込んだ。まだ外は微妙に明るい位、今までの調子でいけばどうにか終電までには間に合いそうだったのだけれど…

「もうだめ~」
 輸送力では私の半分程度とはいえ、メリーがこのざまじゃ…終電までに間に合うかしら?



 私は『のへ~』っとテーブルに伸びるメリーを見て、自力での事態打開を図ることにした。





「むぐぐっ!!」
 メリーの輸送力は私の半分、ならば私が今までの1.5倍頑張れば作業速度は変わらない計算になる。
 私は目一杯本を積み上げると大輸送作戦を開始した。







少女作業中…







「で…できた」
 あれから数時間、私の目の前からあの本の山はなくなっていた、あるのはすやすやと気持ちよさげに眠る相棒の姿のみ。
 私はこのボケ娘をゴミ捨て場に置いてきたい気持ちに駆られたのだけど、さすがにそういうわけにもいかず、何よりそんなことをしている余裕なんてないのでゆさゆさと親友の身体を揺すった。

 そう、今の時間は22時08分37秒、そして最終電車の発車時刻は22時21分、ここから駅まで、普段なら20分はかかる事を考えると、もうぎりぎりだ。



「ちょっとメリー…!ほら起きて!!」
 私はメリーをゆさゆさと揺すった。まったく、自分の仕事を人にさせよってからに。

…と



「ん…蓮子?もう朝~?あと五分~」



げしっ!



 たまらずぶんなぐった。私一人に仕事をさせて自分はすやすや気持ちよく眠りやがって!

「蓮子…痛い」
「うるさい」

 私は寝ぼけまなこに抗議の色をみせるメリーを一喝すると、鞄を抱えて立ち上がった。

 土地が安かったのだろう、郊外の丘陵地帯を削って建設されたこの大学は、自然豊かで落ち着いた環境というのは表向き、要するに周囲は田んぼと山だけ、自家用車は使用禁止だし、バスはない。自転車で通うなんて無謀な人間はいないので、必然的に目の前を通る私鉄が唯一の交通機関となる。

 結果、大学は最終電車が発車する時間に合わせ、夜間閉鎖されることになっていた。



 つまり…



「急いでメリー!早くしないと今夜は野宿よ!!」
 と、いうわけである。私はのたのた…当人は急いでいるつもりなんだろうが…しているメリーを急かす。

「ま…待って蓮子!!」
「待てない!急いでっ!!」

 メリーが立ち上がるのももどかしく、私は部屋の電気を消して駆けだした。



 すでにほとんどの電気が消えている階段を、私は一階まで一気に駆け下りた。続いてメリーも…





も…  





「来ない…」
 いくら足が遅いとはいえ遅すぎる。私はいらいらしながら待っていたが…

「蓮子~」
 来たっ!上の方から間の抜けたような声で私を呼びながらメリーが降りてくる。
「メリー急いで!」
 私は彼女を急かすが…

「蓮子~ポーチ忘れてない?」
 肩で息をしながらやってきたメリーが言う。

「あ!?」
 しまった!私のお財布、携帯等を入れたポーチを持ってくるの忘れてた。あれがないと帰れないじゃない、メリーもたまにはいいことしてくれるわ。

「ありがとうメリー、助かったわ」

 早く渡してと手を差し出す私…ところがメリーは…

「よかった、じゃあ待ってるね」
 と言うとにっこり笑う。
「は?」
 見ればメリーが持っているのは自分の鞄だけ、ということは…

「持ってきてくれたんじゃなかったんかい!」
「うん、待ってるから急いでね」
 私の渾身のつっこみは、笑顔で軽く流された。

「あ~もうっ!待ってなくていいから行ってて!私とってくるから」
 ポーチを忘れたのは私の責任、メリーには文句を言えない。
 私はメリーに先に行くように指示して階段を駆け上がった。




 ところが…




「蓮子~」
「わっ!?メリー!?」
 ポーチをとり、階段を再び駆け下りようとした時に前方に出現したのはメリー、でもどうして?

「メリー!待ってなくていいから行ってって言わなかったっけ?」
 そんな私の疑問に彼女は言った。
「うん、待ってなくていいから研究室に行ってっていう意味でしょ?」



 違う…私はそう言いたかったがそんな時間的&精神的余裕はなかった。電車の発車まであと7分、私は無言でメリーの手を引くと走り出した…
 





~回想終わり~

「で、結局乗り遅れるなんて…」
「まぁまぁ、お茶でも飲んで」

 駅の待合室で溜息をつく私に、にこやかにお茶を差し出すメリー。私は渋面をつくり言い返した。

「あのね、一体誰のせいでこうなったと…」
「蓮子がポーチ忘れたからでしょ?」
「う…ぐ…」

 確かに…確かにそれもあるんだけど…だけど納得いかな~い、心の中で叫ぶ私。

「でもメリーが言うだけでなくて持ってきてくれたら間に合ったじゃない」
「うん、だからどっちもどっちってことで」
 そして私の反撃にもほわほわ笑ってやりすごすメリー、この笑顔になられると私はどうにもかなわない気がしてくる。

 念のため、駅に着いてから時刻表を見て、最終列車の時間を勘違いしていなかったか確認してみたのだけど、やはりさっきの電車が最終だったらしい。
 こんな時間に誰かに迎えに来てもらうのも気が引けるし、かといってあんだけの重労働の後、十数キロ歩いて帰宅する元気もない。
 残る手段はタクシーだけど…残念ながらバイト代が入る前の私のお財布にはそんな余力はなかった。
 普段から必要最小限のお金しか入れていないメリーのお財布はあてになどしていない。

「はぁ…うらわかき少女が野宿だなんて…」
 しばらくして私は呟いた。いくら夏とはいっても…寒いだろうなぁ…

「おばあさんになってから野宿する方が見方によってはきついような気もするけどね」

 不安に駆られる私に対し、メリーは気楽なもんだ。
「まぁそれはそうだけど…って何か論点ずれてる!」
「まぁまぁ、野宿っていうのもなかなかいいものよ」
「ってしたことあるんかい!」
「うん、何回か」
「はぁ」

 もう一度ため息をつく私、やっぱり今日もトラブルに巻き込まれたか…





「ねぇ蓮子」
 そんな私を見かねたのだろうか、メリーが声をかけてきた。
「何?」
 不機嫌そうに問い返す私に彼女は言った。
「反対方向の電車ももう出たはずだよね」
「え…うん」
 私達の向かう方向とは反対側に向かう最終ももう出たはずだ、だけどそれがどうかしたのだろうか?
 不思議そうに見つめる私にメリーは言った。

「なら…何だろうこの音…」

「え…」
 メリーの言葉に耳を澄ます私。



 ガタンゴトン…ガタンゴトン…



「電車!?」
 間違いない、ガタンゴトンとかいっているこの音は電車が走る音だ!っていうかそんな音を出して走る車なんて見たくもない。
「やっぱり?」
「最終が遅れたのかな?ともかくホームへ急ごっ!」
「うん!」
 一体何でか知らないけれど…ともかくホームに出よう!私はメリーの手を引いてホームに駆けだした。



フォーン!



「あ…やっぱり!」
 電車が汽笛を鳴らしてやってくる、方向も私達の家のほうで間違いない。
「ねぇ、でも回送かもよ?」
「う…」
 喜ぶ私にメリーの的確な指摘が来た、そういえばその可能性も否定できない。かくなる上は…

「色仕掛けでもなんでもして止めるのよ!」

「蓮子…色仕掛けで電車が止まる話なんて聞いたことないよ?」
 冷静につっこまれた。
「言葉のあやだって…」
 いくら野宿が嫌だからってそんなことで脱ぎたかない。



 と、そんなことをやっている間に…

キキキキー!!

 やたらうるさいブレーキ音をたてて、一輌だけのオンボロ電車が入線してきた。先頭の方向板には『臨時』の文字。

プシュー
ガラガラガラゴトン

「やったね、乗れるみたいだよメリー」
 がらがらいいながら開く扉、どうやらちゃんと乗れるらしい。臨時列車があったとは本当についている。

「うん」 

 私達は電車に乗り込んだ。



「わぁ」
「きれいだね蓮子」
一歩車内に足を踏み入れて感嘆する私達。
 電車には乗客が誰も乗っていなかったけど、車内の造作はとても気品があった。高い天井や凝ったつくりの網棚や窓、『大正浪漫』の言葉が似合いそうな感じだ。
 ニスの匂いが鼻につくけど、不愉快な匂いではない。

 そういえば、毎朝大学に行くときにもオンボロ電車にあたることがあるけど、その時はいつもいつも満員なので、じっくり車内の観察をしたりすることはなかったなぁ。





 そんなこんなで車内に見とれていたら…





「ねぇ蓮子、大正14年製だってこの電車。すごいお爺さんなんだね」
 何やらポスターらしきものを見ていたメリーが言った、本当に大正浪漫だったんかい。 それを聞いて私もメリーの側に寄る、メリーの見ていたポスターはどうやら電車の写真付き紹介文のようで、一行目にしっかりと『大正14年製』と書いてある。
 大正14年というと…今から100年近く昔!?古いものは頑丈だと聞くけど、いくらなんでも100年ってのは凄い。

「もうちょっとでもののけ化できるね」
「へ?」
 驚きと感嘆と呆れを等分に分けたような表情をしている私に、メリーが謎の言葉を投げかけてきた。

 私が反応できずに黙っていると…

「ほら、九十九神っているでしょ。もうちょっとだよ」
「成程」
 メリーの意図を了解する私。

 道具は百年以上使われていると魂を持つらしい、だけど百年を待たず、あと一年…九十九年で捨てられた道具はそれを恨みに思い、妖怪化する。それが九十九神。

「案外この電車ももうもののけ化しているのかもね、そうだったら楽しいな」
「何が楽しいのよ…」

 メリーの思考は理解できない…もののけ電車なんかに乗ったら、それこそ何処に連れて行かれるかわかったもんじゃないじゃない。

「だって楽しいじゃない、未知の世界へ連れて行ってもらえるかも♪」
 楽しげに笑うメリーに私は言った。
「そこがあの世だったら最悪よ!」

 あの世行き片道切符なんて買った覚えはないわ、まぁ三途の川に鉄橋が架かったって話は聞かないから多分大丈夫だろう。

 そういえば三途の川に橋が架かったら、渡し船の船頭さんは失業なのかな?





「くしゅん!」





 何かくしゃみが聞こえたような気がするけど…まぁ気のせいだろう。

「あはは、まぁね、あ…」
 私の言葉にメリーが笑いながら返事をした時…

ガラガラガラゴトン

 列車の扉が閉まった。

ブーン

 続いて足下からモーターの低い唸りが聞こえ、列車は走り出す。

「臨時、あの世行き発車しま~す」
「縁起でもない事言わない!」
 私は、ふざけるメリーにつっこみを入れて座席に座った。





 電車の揺れは激しく、私とメリーは座席の上でぽよんぽよんと上下に揺られる。





「この…は…臨…きです。…り間違い…さらな…ご注…下さい」

「全然聞き取れないね」
「うん」

 加速中ということもあるのだろう、モーターの唸りもことの他大きく、車内放送はほとんど聞き取れなかった。

「行き先大丈夫かなぁ」
「大丈夫よ、途中で線路が分岐しているわけでもなし」
 心配そうに呟くメリーに私は言った。この路線は終点まで他の路線とは交わらない、少なくともとんでもないところへ連れて行かれることはないはずだ。



 それこそもののけ電車じゃない限り…



ブーン
ガタンゴトン…ガタンゴトン…



 闇の中、電車は快調に走る。そして…



プシュー
ガラガラガラゴトン
 次の駅に到着、扉が開くと何人かの乗客が乗り込んでくる。

「あ、他にも乗る…」
 私は「人がいたんだ」と言いかけて固まった。



「…そろそろここも住みにくうなってきたからのう。ハイキングだなんだとうるさくてかなわん」
「それ位なんじゃい、うちの沼なぞ埋め立てられてしもうた」
「そっちもかい、こっちの森も皆切り倒されてしまったよ。もうペンペン草一本生えておらんわい」



 人じゃない…狐っぽいのとか狸っぽいのとか、おまけに蛙っぽいのまでいる。



「れ…蓮子」
 メリーが裾を引っ張ってきた、手が震えている。
「メリー…」
 私もメリーの方を見た、私達はどうやら本当にもののけ電車に乗り込んでしまっていたらしい。

ガラガラガラゴトン

ブーン

「「あ」」
 扉が閉まり再び電車が動き出す。



「どうしようメリー…」
「どうしようったって…」
 小声で会話する私達、そしてふと前を見たメリーがとってもいやなことに気づいた。
「この電車運転手さん乗ってないんじゃ…」
「え…」



 ふと前を見ると運転席には誰も座っていない。いつの間にこの鉄道は無人化を達成したのだろう…







 もののけ電車の投入による完全無人化、人件費の節減ばかりか、そのイメージにより不正乗車の防止にも役立つだろう、もののけ電車で不正乗車をする勇気がある奴はさすがにいるまい。電気がなくてもたぶん動くだろうから動力費の節減効果も期待できる、車輌整備だってしなくても大丈夫そうだ。
 難点としては夜中に勝手に走り出して墓場で運動会でもやりかねないってことだけど…あ、それ今か。
 でも考えてみるとなかなか良いアイデアね、赤字に悩む地方私鉄に朗報だわ。







「地方私鉄の赤字解消にもののけ電車…形式は『モノ49系』とかになるのかしら…」
「ちょ…蓮子、戻ってきて!何よ『モノ49系』って!!」
「あれ『ノケ99系』とかのほうがよかった?」
「だ~か~ら!ていっ!!」
「きゃう!?」



 突然脇腹に衝撃を感じた私は、あっちの世界から帰還した。



「あれ…メリー?」
「あれ…メリー?じゃないよ、もう」
 ため息を付いているメリー、どうやら私は現実逃避していたらしい。





 そして何か車内が静かだな~なんて。





 先ほど乗車したもののけさん(?)三人組がこちらを見ておいでのようで…
「人間かのう?」
「金髪のは違うじゃろう。あんな人間はおらんよ」
「いやいやあれは南蛮人じゃよ、昔見たことがある」
 もののけたちは、こっちの方を見てひそひそと言葉をかわしていた。



 しまった、今のでもののけさん方の注目を集めてしまったようだ。



「や、どーもどーも」
「こんにちわあはは…」
 にへらにへらと笑いながら挨拶する私達、ビバ、日本人!

 はたから見ればものすごく怪しいだろうけど。



 でも人間とわかればまずいような気がする、本能がそう告げている。そう思った私はメリーと目配せをしあう。
「(どうする?)」
「(誤魔化そう!)」
「(同意)」
 この間僅か0.3秒、私達は生存のための手段について合意した。



「お嬢さん方人間かい?」
 ついに意を決したらしい狐っぽい人(?)が声をかけてきた。私達はすぐさま第一種誤魔化し態勢に入る。

「いえいえまさか、私はご覧の通り人間じゃないですし…この子もこう見えて月や星を見るだけで現在の時間や位置がわかるという妖怪『うさみみ蓮根』なんですよ」

 ぺらぺらと出鱈目を言い放つメリー、よくもこれだけ適当な事が言えるものだわ。それにしても何よ?妖怪『うさみみ蓮根』って!メリーめ、後で泣かす。

「ほー便利じゃのう。いやいや、人間なぞと間違えて失礼した。儂は妖-狐の玉高丸と言う、以後よろしくな」
「我が輩は化け狸の小豆丸じゃ、よしなにな」
「儂は大ガマの青松という、道中よろしくな」

 でもそのせいか目の前のもののけさん達は上手く誤魔化せたみたいだ、目の前の三人組は、私たちを怪しむことなく挨拶してくれた。
 私たちもそれに応じる。

「芽梨依(めりい)です、こちらこそよろしくお願いします」
「蓮子です、よろしくお願いします」

 何で私は電車の中でもののけに自己紹介をしているんだろう…自己嫌悪に陥る、それにしてもメリーの環境適応能力は凄い、最初こそ怖がっていたものの、今では平然ともののけと会話している。



「あー成程、住んでいた森が開発に遭って…大変ですね」
「うむ、だんだんだんだん狭くなってきたと思っていたのじゃが、こないだとうとうなくなりおったい」
「儂の沼も埋め立てられてな、最近ごみが投げ込まれるばかりで汚れてきおったから、もう抜けだそうと思っておったのだが…」
「まったく、連中つけあがりすぎじゃ。そのうち痛い目に遭うぞ」
「そうですねー」



 しかも話はずんでるよ…相手の風貌にさえ目をつぶれば、まるで近所のおじいさんの話を聞く女の子といった感じだった。
 そういえば、この前聞いた夢の中の話とかでも、異世界に行ってもののけに追っかけられたりしてるのに、ちゃっかり洋館でお茶をご馳走されているあたり、案外図太い神経なのかもしれない。それともこの状況も夢だと思っているのかしら?

 そんなことを私が考えている間にも四人の話は弾んでいる。



「ふむ、しかし儂らのような者には棲みにくい世の中になったものだ。幻想郷はこんなにはなっておらんじゃろうか」
「大丈夫じゃろう、人も妖怪も棲み分けて暮らしていると聞く」
「ふむ、そうだといいのじゃが…」
「幻想郷…?」



 もののけ達の会話に出てきた、一つの単語に引っ掛かかりを覚えた私は呟いた。何処のことだろう?



「ふむ、お嬢さん方は行き先も知らずに乗ったのかね?」
 不審そうな目をする狐。

 しまった!?怪しまれてる?

「はい、何か面白そうだったので」
 私は慌てたが、すかさずメリーが答えた。でもこんなんで大丈夫なのかな?

「ははは、好奇心旺盛な妖怪もいたものじゃな。だが気をつけないと人間に捕まって痛い目に遭うぞ。河童だのなんだのとそういう例はいくらでもある」
「うむ、特に若い妖怪なんぞは好奇心のあまり無茶なことをよくやるからな」
「あははっそうですね、気をつけます。そういえば皆さんは『幻想郷』に行こうとしているんですか?」

 大丈夫だった…それどころかちゃっかり『幻想郷』のことまで聞き出そうとしているみたい。 

「左様、こちらの世界は儂らみたいな古い妖怪にはだんだん棲みにくくなってきおってな、ほとほと困り果てていた時に『幻想郷』の噂を聞いたのじゃよ」
「うむ、我が輩たちが過ごしてきた古き時代のまま、この世界から切り離された世界があると聞いたのでな。我が輩たちはその世界へ引っ越すことにしたのじゃ」
 そんなメリーに狐と狸が応じた。

「なるほど…私にはちょっとよくわかりませんけど、でも確かに森や沼が消えていくのは寂しいですよね」
 メリーも少し寂しげな目をして言う。
 確かに、私が昔遊んだ川辺や鎮守の杜の大半がコンクリートに覆われてしまっている。そんなところに棲んでいたもののけたちがいたら…引っ越さざるを得ないだろうな。
 自分がもしそんな立場になったら…住んでいた家が否応なく取り壊されて工場にされたりしたら…?

 哀しいな、とても。

 私はそんな事態を想像して少し震えた。住み慣れた家がとつぜんよそから来た人たちに取り壊されたりしたら…絶対に寂しいし悔しい。
 でも、この妖怪たちはもうそんな気持ちを味わってしまったんだろうか?



「ふむ、やはり嬢ちゃん達のような新しい妖怪には少しわかりにくいか、儂らは森や沼がないと生きていけんのじゃ。こうも開発されてくると、もうしっぽを巻いて逃げるしかない」
「はっはっは、近郷では敵なしとか名乗っておった玉高丸も情けないの」
「うるさいのう、そういう小豆丸とて、最初は散々人間どもなど屁でもないとか言いつつこの様ではないか。口だけにもほどがあるわい」
「さりとて最近の人間達は我が輩が何をしても意に介さん。自分たちの常識で説明できないもの夢だ幻だと…これではどうしようもないさ」

 でも、少し哀しい気持ちになっている私をよそに、狐と狸は自分たちの哀しみを陽気に笑い飛ばす。

「ふむ、儂らはそのうち昔語りにしか出てこなくなるじゃろうな」

 今まで黙っていた蛙が、狐と狸の会話を締めた。なんかちょっとこのもののけたちが可哀想になってきたかもしれない…



「そうしてだんだん『人しかいない街』が広がっていくんですね…」
 呟くメリー。
「左様、妖怪もいない、獣もいない、虫もいない…さぞかし『綺麗な』街になるだろうて」
 そんなメリーに蛙が応じた。
「そう…ですね」
「うむ」
「至言じゃな」
 蛙の言葉にメリーや狐と狸も同意を示す。

 人間に都合のいいペットくらいしか見かけられない街、想像してみるとなんてとんでもなく不気味だ。
 人間が設計した通りの世界…その常識に含まれていないものは何もない世界、そんな世界が果たして正常と言えるのだろうか…

 そんな世界で育った人間が正常と言えるのだろうか…?

 もしかしたらそのうち、笑いや悲しみもプログラムされた通りになっていく時代が来るかもしれない…

 私は、だんだん考えるていく内に、目の前のもののけ達よりも自分たち人間の方が怖く思えてきた… 



 さて、それにしてもメリーってもののけとこんなに普通に会話できるなんて…本当に人間?
 実はメリーももののけで『幻想郷』に着いたら私食べられるとか?あらぬ想像が頭をよぎる。





~想像~

「ねぇ蓮子、天ぷらとお煮しめどっちが好き?生のまま丸かじりっていうのもあるけど…」

 縄でぐるぐる巻きにされた私の目の前で、エプロンをつけたメリーがにこにこ笑っている。
 ちなみに、メリーの隣には人が入りそうなくらいの大鍋がある、用途がまるわかりなのが嫌だ。

「どっちも好きだけど自分が料理されるのは嫌~!!」

 じたばたしながら答える私に、メリーはうんうんと頷きながら言った。

「じゃあ丸かじりだね」
「ストーップ!そんな意味で言ったんじゃない!!ねぇ私達友達だよね、私はメリーのこと大好きだよ!!メリーは私のこと嫌いなの!?」

 必死に叫ぶ私に、メリーはこう答えた。

「ううん、私も蓮子のこと大好きだよ?美味しそうだし」
「やっぱり何か違うっ!!」

 特に後半、何だ『美味しそう』って!?

「いっただっきまーす!」
「きゃー!?」
 にこにこ笑ったメリーの顔がこっちに迫ってきて…



~想像終了~





ぐらぐら、ぐらぐら

「蓮子、ねぇ蓮子」

 何か肩を揺すられている気がする…と、目を開けるとそこにはメリーの顔がっ!?

「はっメリー!?食べないでっ」
「は?何言っているの蓮子」
 思わず叫んだ私を見て、呆れたようにメリーが言った。妙なことを考えている内にうたた寝してしまったらしい。
 


 それにしても…



「いくら腹が減ったからといって友人を食べてはいかんよ嬢ちゃん」
「えー食べませんよ、それに蓮子なんて何か毒ありそうだし」
 完璧に馴染んでるよ…あんた本当に人間?っていうか、毒がありそうってどういう意味よ?

 きょろきょろと見回すと、電車は快調に走っている。ブーンという低い唸りと、規則正しくレールの継ぎ目をたたく音が聞こえてくる。

 次の駅で降りよう、メリーがだだをこねても無理矢理引きずり出して…



 幻想郷という世界には心惹かれるけど、帰って来られなくなる危険までおかしたくはなかった。



「ねぇメリー」
「ん?」
 ぐいっとメリーをこっちに引き寄せて、私は途中下車を提案しようとした。ところが…
「あ、蓮子、あれ…何かな?」
 突然メリーが進行方向を指さした。
「あれ…何だろう?」
 電車の前に真っ直ぐに伸びる線路、ここまでは問題ない。問題は…



「光の…レール?」



 その線路から分岐し、林のほうへと伸びる光のレールだ。この路線から分岐する路線はない…はずだ。

 それに、第一光るレールなんておかしいに決まっている。





 現実と幻想の分岐、そんな言葉が思い浮かんだ。





 電車は徐々に減速していく。

 

「(まずい、曲がる気だ)」
 私がそう思った時だった。



ゴトンガタンガタタン



 ポイントを渡る音がして、列車はその方向を変えた。そして、右には鈍く光る二本のレールが離れていく。



「あ…」

 降り損ねた…電車の乗り間違いっては言っても、よりにもよってこんな所で乗り間違うのなんていやだ。

「蓮子、どうする?」
「どうするったって…」

 今更になって不安になったのか聞いてくるメリーと、途方に暮れる私、電車はそんな私達にはかまわず、再びモーター音を高鳴らせて加速していく。



ガタンゴトンガタンゴトン



 規則正しく響く音、その間隔が徐々に短くなってくる。



「あっ!?」
 メリーが突然前の方を見て叫んだ。
「どうしたの?」
「境界が見える」
「え…」

 訳が分からず問い返す私にメリーが答える。

「電車の向かう方向に境界が見えるの」

 メリーの能力は『境界を見る程度の能力』だ、ということは…



ブーン





 電車のモーター音がひときわ高鳴り、電車は『境界』へと入った。



























































 『境界』を抜けて視界が開ける。
 
 だけど、紅くて丸い月に照らされた車窓の様子は、どこかの田舎の山中のような雰囲気で、別段不思議な様子はなかった。

「ここが…『幻想郷』?」
「…全然普通の所じゃない」

 どんなところかと不安と期待を三分七分位に感じていた私達は、口々に失望を口に出した。

 こんな時でもそんな事を言えるのは、やはり私達秘封倶楽部の証だろう。そもそもいざ入るとなったら、期待が不安を押しのけてしまったのだから…



 さすがに駆逐するまではいかなかったけど。



 そして、そんな私達を見ていた三人組…いや三妖組は…

「ははは、異世界と言うても、もとは我々の棲んでいた日本からそのまま分離した所なのだ。植生やなんぞは向こうと変わらんよ」
「うむ、違うのは棲んでいる妖怪と…そして人間の意識だけじゃよ」
「…まぁ我が輩たちも話に聞いていただけで、実際に来たのはこれが最初なんじゃがな」

 まるで物見遊山にでも来ているかのように楽しげに言う。

 『向こう』という言い方がちょっと怖い、つまり私達は『向こう』の世界とは別な世界へ来てしまったという事なのだから…



 電車はその間も光のレールの上を走り続ける。
 境界を抜け出た所は森の中だったのだけど、いくらも行かない内に平地に抜け出て視界が開けてくる。



ガタンゴトン…ガタンゴトン



 同時に、音の間隔がだんだんと長くなってきている、減速しているのだろう。



「長らくのご乗車お疲れさまでした、まもなく幻想郷~まもなく幻想郷に到着いたします。到着ホームはありません、全ての扉が開きます。お足下にご注意の上、お近くの扉からお降り下さい」 

 何か無茶苦茶な車内放送が流れ、電車は何もない原っぱの真ん中に停車した。右手には林、その向こうには湖が見える。



プシュー
ガラガラガラゴトン



 扉が開く。幻想郷への下車口が…





「さてと、儂らは行くが嬢ちゃんたちはどうするね?」
 私達が呆然としていると、すっかり降りる支度を整えた狐が言った。

「えっと…私達は…」

 どうしよう、帰るあてなんてない。かといって電車から降りてしまうと完全にこちらの世界へと入ってしまうような気がした。
 どうしようもなくなった私はメリーを見るが…

「う~ん」

 メリーのほうも途方に暮れている様子。



 そうしたらしばらくして蛙が言った。



「この電車は折り返し嬢ちゃん達の世界へ戻る、帰りたければこのまま乗っていればよいよ、『人間の』嬢ちゃん達」

「「え!?」」 

 にやりと笑う三人…いや三匹かな?





「気づいて…いたんですか?」
 しばらく呆然としていた私達だったが、ようやくメリーが口を開く。

「うむ、さすがに人間と妖怪の区別位つくわい」

 メリーの言葉に苦笑する蛙。
「じゃあどうして気づかないふりを…?」

 不思議に思った私は尋ねた。それに対して、今度は狸が答える。

「なぁに、騙されたふりでもしていないと嬢ちゃん達が怖がるだろうと思うてな」
 不敵に笑う狸、これも『狸に騙された』っていえるのかな?



 そしてふと思った質問。
「「どうして食べなかったんですか?」」

 今度は私達二人の声が揃った。う~ん、秘封倶楽部の団結力は鉄壁ね。
 それに対してやっぱり苦笑しながら狐が言った。

「いやいや、儂らとていつもいつも人を襲ったりはせんよ。それに言ったじゃろう…」





 狐は一呼吸置いてこう言った。 





「いくら腹が減ったからといって友人を食べてはいかんよ、と」

「「え…」」
 再び揃う私とメリーの言葉、友人?

 戸惑う私達に、今度は蛙と狸が言った。
「左様、それに旅は道連れ世は情けとも言うしのう」
「うむ、それに嬢ちゃんたちは最近の人間には珍しく我が輩達の存在を信じておる、つまりは友人だ」
 

 二人が言い終わるのを聞いた狐が最後にこう言った。
「そう言う事じゃ、嬢ちゃんたちのような人間ばかりならば、儂らが幻想郷に来ることはなかったじゃろうな」
 言い終わって少し寂しそうに笑う狐。



「あ…」



 人間の開発に追い立てられてきた三人…



 人間の…自分の主観しか信じない心に追い立てられてきた三人…



 私達は沈黙した。





「ふむ、そろそろ儂らは降りないとな」
「左様、また向こうに戻る羽目になるぞ」
「はっはっは、戻ろうにも戻る場所がないではないか」
 だけど三人はそんな現実を陽気に笑い飛ばすと、わいわい言いながらとっとと扉から外へと降りてしまった。





 そして振り向いて私達に言った。
「さらばじゃ、達者でな」
「うむ、おかげで道中楽しかったぞ」
「気をつけてな」





ジリリリリリ!!! 





 どこからともなくベルが鳴る、発車時間だ。



プシュー
ガラガラガラゴトン
 扉が閉まる。

ブーン
 足下からモーターの唸りが聞こえてくる、ごっとんという軽い衝撃の後、電車は動き出した。



 私達は窓を全開にして身を乗り出す。涼やかな空気が…排気ガスの匂いもなにもない幻想郷の空気が車内へと流れ込んでくる。
「みなさんもお元気で!!」
「楽しかったですよ~!!」



 私達の言葉を聞いた三人は、またにやりと笑って近くの林に向けて歩いていく。



どうかあの三人がこちらの世界で安住できますように…



 そして、もし叶うならばいつか私達の世界へと戻ってこられますように…



 私達は願った。





ブーン





 モーターの唸りが足下から伝わってきて、電車はぐんぐん加速する。老いてなお盛んという言葉が思い浮かぶ。
 約一世紀もの長きにわたり、色々な人と物、そしてもののけまで運んでいたこの電車は、あの三人を運ぶときにどんなことを考えて走っていたのだろう…

 私はぼんやりと考えていた。





 その時唐突にメリーが言った。





「あのお屋敷!」

 メリーが指さした先には、紅いお屋敷が見えた。

「もしかしてあれがメリーの言ってた?」
「うん、あのお屋敷でお茶をご馳走になったんだよ」
 メリーの夢、幻想の世界…だけど私は今確かにその世界にいる。

 紅くて丸い月の下、遥か遠くのそのお屋敷は、眼前の湖へとその優美な姿を映していた。





ブーン
ガタンゴトンガタンゴトン





 電車はますます加速していく。そしてふと振り向くと、電車が走り去った部分から順に光のレールは消えていく…



「さようなら、願わくばまた今度」
 メリーが呟いた。

 そう、もしこの世界と私達の世界を往復できる日が来たら…





「「もう一度来よう、この世界へ」」





私達はお互いの顔を見てそう言った。

 



 電車は再び境界へ入り、抜けた。






















































ガタンンゴトンガタタン

 もう一度ポイントを渡る音がして、電車は元のレールの上を走りはじめた。

 そう、私達は元の世界へと戻ってきたのだ。



ガタンゴトンガタンゴトン



 レールの継ぎ目を叩く単調な音、私達は、さっきまでの世界の余韻に浸り、沈黙していた…



 ところがその時どこからともなく声がした。



「何処で降りるのかね?」

「へ?」
「はひ?」

 思わず間抜けな声を出してきょろきょろしだす私とメリー。

「終点まで行くのなら止まらないが?」
 また声がした、私は慌てて言った。
「島松二丁目です!」
「うむ」



 しばらく顔を見合わせたあと、私達は話し合った。
「やっぱり…」
「今の電車かな?」
「うん、他に人いないし」


 




 電車は走る、宵闇の中を…





 電車は走る、闇を切りさき…





 電車は走る、私達を乗せて…








 電車は、やがて見慣れた風景の街並みの中へと入った。



「次は島松二丁目、降り口は左側です」
 車掌さんはどこにもいないのに車内放送が流れ、電車はホームへと滑り込んだ。



ガラガラガラゴトン
 扉が開き、夜風が車内に吹き込む。

「メリー、降りよう」
「うん」
 私達は立ち上がって扉に向かう、幻想の世界と現実の世界とをつなぐ扉に…





ガラガラガラゴトン





 私達が降りると、扉が閉まり電車は再び動き出す。



ブーン 



 モーターの音を響かせて、朱い尾灯は闇に滲み、電車は寝静まった夜の街並みへと消えていった。





私達は電車を見送ると、お互いの顔を半信半疑で見つめ合った。

「やっぱり、現実だよね、さっきの」
 わかってはいるのだけど念のため私はメリーに言った。
「うん、間違いなく」
 メリーは答える、以前の彼女なら夢の話で片づけただろう。でも今回はまぎれもなく現実の話…秘封倶楽部が体験した幻想郷への小旅行。

 



 ある夏の夜の不思議体験、現実に体験した幻想の体験は、とてもほんわかして少しだけ寂しかった。










~翌日~

 私たちは、翌日一緒に商店街へ買い物に出かけることになっていた。もちろんその計画は実行するけどその前に…

「ねぇメリー」
「何?」

 待ち合わせ場所に集合した私は、先に着いていたメリーに駆け寄り、声をかけた。

「あのもののけ電車…ちょっと見に行かない?」
「うん、私もそうしたいと思っていたところなの」





 私たちは商店街の二つ手前の駅で電車を降りると、そばにある電車庫へと向かった。





 車庫の周りをぐるぐるとまわる私たち、昨日私たちが乗った電車は…いた!?

「あの電車かな」
「たぶん」

 見覚えのある電車が、車庫の脇の側線にひっそりとめられていた。他の新しい電車はみんな出払っている中でお留守番、ご隠居さんのようにその電車は止まっていた。





「あの…」
 おそるおそる私は呼びかける、でも返事は返ってこない。



「ねぇ蓮子」
 そんな私を見ていたメリーが呟くように言う。
「あの出来事は夢じゃない…よね」
 そんな彼女に私は自信を持って答える。





「うん、絶対にあれは夢じゃない。私たちは昨日確実に『幻想郷』にいたのよ」





 私の言葉を聞いたメリーは、満足そうに微笑むとす~っと息を吸い込む…





「昨日はおかげさまで助かりましたっ!おまけにあんな素敵な旅行をさせていただいてありがとうございました!!」

「ちょ…メリー!?」
 真昼の住宅街に響くメリーの声、道を歩いていた人は何事かとこっちを見てくる。

 あ~もうっ恥ずかしいな!

 そう思った私は叫んだ。



「私もっ!ありがとうございました!!」
 そしてぺこりと電車に頭を下げる。毒を食らわば皿までの理屈で、見栄も外聞もなくなっていた。

 でも周囲の視線が痛い、私はメリーの手を引くとこの場からの離脱を図る。



「ちょ…蓮子痛い痛いっ!」
 メリーの声を私は無視して走る、そして、まもなく電車庫の側から離れようかという時だった…





「また機会があれば乗せてやろう」





「え…」
「あ…」
 私は慌てて立ち止まる。私は、同じく停止したメリーを見て…言った。

「今の…」
 私が言いかけた所でメリーが割り込む。
「うん、間違いない。あのもののけ電車だわ」
 空耳じゃ…なかった。



「やっぱり…」
 私は独語した。

 春の青空の下、もののけ電車はのんびりと昼寝を楽しんでいるようだった。



 また…貴方に乗る機会があったなら…



 会いに行こう、幻想郷の友人の所へ。



 私はそう思って傍らの友人に微笑んだ。



 

『おしまい』





 
 
 
 ここまで読んでいただきまして本当に本当にありがとうございます!

 さて、今回はいつもの物語とは雰囲気が少し違うかもしれません。ほんわかしているのはいつも通りですが…やっと手に入った秘封倶楽部のCD(第一作と第二作)…のショートストーリーを読んで私が感じた気持ちのままに書きました。ですので、結構私の思いなどが入っています。
 昔から私が書きたいなぁと思っていた『開発に追い立てられた物の怪達が違う世界へと去っていく…』というお話、それと秘封倶楽部のイメージが重なってできたのが今回の物語というわけです。
 実は、この物語はGW頃には完成していたのですが、これでは1.5次創作になってしまうのではないかという不安と、ショートストーリーをしっかり読みこむことができなかった不安(寮に引っ越す前日に届けられたものだから…無念)で、投稿を見送っていました。
 ですが、休暇で久しぶりに以前の街に戻ってきて、同じく久しぶりにもののけ電車…のモデルのオンボロ電車に乗った時、私が秘封のお話を読んで感じた事考えた事を、他の人に知ってもらいたいなと改めて思い投稿を決意いたしました。
 本当にあのショートストーリーはよかったのですよ、もちろん音楽も。
 
 さて、長くなりましたが、いつも通りこの作品についてのご意見ご感想がいただけると非常にありがたいです。なにとぞよろしくお願いします。



 それではまた次回作で。
アッザム・de・ロイヤル
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コメント



0.5260簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
拍手万雷!
6.40mirry削除
これはいい秘封倶楽部ですね。どことなく心が暖まる話が溜まらんです
13.80あふぅぁ削除
蓮子とメリーのちょっと不思議な旅。
秘封倶楽部は幻想郷に入りきらないから面白いんだよなぁ。
15.70翔菜削除
これだから秘封倶楽部は面白い。
人間であり、ある意味それらしくない彼女ら。
それは能力かもしれないし、或いは視点かもしれない。
変わり者、なのでしょう。だからこそ妖怪たちと交わる事が出来る。

願わくば、彼女らの向かう先が夢で終わらぬ事を。
21.90名前が無い程度の能力削除
ここでは「蓮子が無茶してメリーが困る」ってのが多いみたいなので「メリーが天然で蓮子が困る」って図式は新鮮でとても面白かったです。
40.90無銘削除
うちの近所も最近開発が進んできて・・・
願わくば狸たちが幻想郷へ行かないように
よいめりんこでした
45.90サブ削除
うん、これはいい秘封倶楽部モノですね。面白かったです。
電車の中でのシーンは千と千尋の神隠しのシーンが思い浮かんだり。
電車を見つけた後、お礼言うところとか最高によかったです。
47.100SETH削除
グッときた!

メリーかわいすぎw
51.90名前が無い程度の能力削除
ある漫画にいわく、

「あの厄神達が来なくなったら厄災はなくなるの?」
「そんなこたないだろ。別のモノが来るだけさ。ただ、今の奴らと違って一から付き合い方を考え直さにゃならんかもしれん。生半には行かんし悲しみも大きかろうが、そうした変化はまた、俺らが生きてる証でもあるのよ」

ということですが…さて、素朴なもののけ達が出て行った後にはどんなモノが棲むんでしょうね?あまり考えたくない気もします。

それはそうとして、よい秘封倶楽部でした。素直に、命がけの活動であるとしてもこの倶楽部に入ってみたい。
60.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
 ご感想ありがとうございます!結構思い入れのある作品でしたので、このような評価が頂けて本当に嬉しいです。

>名前が無い程度の能力様
 不安でちょっと覗いた時に、この言葉を見て一安心していました。ご満足いただけたようでなによりです。

>mirry様
 読み終わった時にちょっと優しい気持ちになれるような物語を目指しました。そう言っていた頂けてとても嬉しいです。

>あふぅぁ様
 >秘封倶楽部は幻想郷に入りきらないから面白いんだよなぁ。
 同感です、東方を違う視点から見ることができる秘封倶楽部という存在はとても貴重だと思います。

>翔菜様
 >人間であり、ある意味それらしくない彼女ら
 仰る通りですね、そして、社会が『発展』していく時に必要なのは、むしろ彼女達のような存在であるように思います。
 そして最後の一文に心からの同意を。

>二人目の名前が無い程度の能力様
 >ここでは「蓮子が無茶してメリーが困る」ってのが多いみたいなので「メリーが天然で蓮子が困る」って図式は新鮮でとても面白かったです。
 ショートストーリーを読んだ結果『蓮子=少しだらしないが行動力があって面倒見がよさそう』『メリー=いつも何かを考えているのんびり屋さん』なイメージになりまして…そう言って頂けて嬉しいです。

>無銘様
 ああ、私の育ったところにはもう狸などいませんでした…狸や筍が幻になる世界には住みたくないですね。

>サブ様
 >電車を見つけた後、お礼言うところとか最高によかったです。
 書いている時に相当恥ずかしかったシーンです、そう言って頂けると苦労した(?)甲斐があります。
 >電車の中でのシーンは千と千尋の神隠しのシーンが思い浮かんだり。
 実はさらっと見ただけだったり…今度見てみますね。そういえばよさげな電車が出てましたね…古い列車やバスや建物や…以下略…にはめがないのですよ私は。

>SETH様
 >メリーかわいすぎ
 同感ですww

>三人目の名前が無い程度の能力様
 畑の『害虫』を農薬で退治した結果、益虫まで殺してしまい結果的にさらに酷い現象が起きさらに強い農薬で…という悪循環が起こる話は有名ですよね。
 人間にとって邪魔なものも、この世界ではバランスを保つための大切な役割を担っているのでしょう。
 貴方の仰るとおり、あまり考えたくはない事態な気がします。



 追記
 プチの方に、この作品の『最初に書いた回想部分』を加筆修正して投稿しております。暇がありましたら読んでいて下さると嬉しいです。
 序章が異様に長くなりすぎた上に、物語として半ば独立してしまったので現在のものと差し替えた部分です。
 結局、秘封倶楽部のちょっとした休日のお話になりました。
65.100名前が無い程度の能力削除
乗れるなら乗ってみてぇもののけ電車。
しかし、メリー、メリー、天然度が凄すぎないか?
74.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
>四人目の名前が無い程度の能力様
 ご感想ありがとうございます。
 >乗れるなら乗ってみてぇもののけ電車。
 次回の運転予定は未定となっておりますww
 >しかし、メリー、メリー、天然度が凄すぎないか?
 ええ…同感ですと作者が言っておりました(こら)。

94.90ドライブ削除
読んで、なるほど!と思いました。秘封倶楽部のストーリーをうまく書き上げてありますね。『開発に追いやられた怪物が違う世界に去っていく…』がよく書かれていると思います。
95.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
>ドライブ様
ご感想ありがとうございますww
そう言っていただけますと嬉しいのです。なんというか…はい、まさしく書きたかったことはその通りといいますかww
96.100名前が無い程度の能力削除
私はこれまでこの二人に対してなぜかわからないのですが忌避感を抱いてたので、倶楽部の話は意識して避けてきたんですが……。
今回からはその考えを改めようと思います。
あぁもう……、楽しそうだなぁ、こいつら。
ネーミングセンス最高だよ。

なんか支離滅裂になってしまい申し訳ないですが、以上感想で。
読み終わったとき正直泣きそうになりました。なんでだろ。
97.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
>五人目の名前が無い程度の能力様
ご感想ありがとうございました。
秘封倶楽部に関心を持って頂けたのでしたら幸いに思います♪
泣けてきたとか言われると…非常に嬉しいです、あ、いえそういう趣味とかいうのではなくてですね、純粋にorzありがとうございました。
108.90名前が無い程度の能力削除
いいね~
他の方も仰られていますようにメリーと蓮子の関係が斬新に感じてGJ!
素直に面白かった。
115.100名無し程度の能力削除
非科学的なものを信じてるからこそ出会えるのでしょうね。
モーター音がいい味出してました。吊り掛けかなw
122.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
126.100非現実世界に棲む者削除
秘封らしい素敵な作品でした。
彼女達が良く幻想郷で活動する作品はたくさん読んできましたけど、ほんのちょっぴりだけしか幻想郷に関わらないというこの微妙さが非常に良かったです。

廃線「ぶらり廃駅下車の旅」

この当時そのスペルカードはありませんでしたが、まさしくピッタリだと私は思いました。
私ももののけ電車に乗って幻想郷に行きたいですねえ…
それでは良い作品をありがとうございました。
これにて失礼いたします。