Coolier - 新生・東方創想話

記憶はクランベリーで染めて

2006/07/28 09:03:02
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 どこまでも広がる闇が世界を覆い尽くしています。



 女の子に光を与えないように。
 女の子が決して傷つかないように。



 女の子は闇へと手を伸ばしてみました。
 何も掴めずに、その手は虚空を泳ぎます。
 

 
 女の子は歩き回ってみました。
 どこまで歩いても闇が追い掛けてきます。


 
 女の子は泣き真似をしてみました。
 闇の中から声は返ってきません。



 女の子はけたけたと笑ってみました。
 乾いた笑い声は、真っ黒な闇に溶けるように吸い込まれていきました。






























『記憶はクランベリーで染めて』 ~ Innocently Evil ~





 むかーし昔あるところに、小さな小さな女の子がいました。
 きらきらと光る金髪の、とても素直な女の子。
 優しいお姉さんが大好きな、とても元気な女の子。



 そんな女の子の背中には、七色にきらめく翼が生えていました。
 彼女がひとたび大空へと舞い上がり、その七色の翼をはためかせると、まるで鈴と鈴とが触れ合うような、それはそれは心地よい音がするのでした。



 女の子は大きな館のお嬢様でした。
 周りには自分を慕ってくれるたくさんの従者がいて、大好きなお姉さんがそばにいて。
 女の子は幸せだったのでした。
 笑うと、その顔には愛らしいえくぼが出来ました。
 澄んだ水面に映る自分の笑顔が、女の子は大好きでした。





















 女の子が生まれてから、十三年が経って。
 女の子には、お姉さん以外にも大好きな女の子が出来ました。
 それは、いつも身の回りのお世話をしてくれるメイドの子。
 辺りに絶えず笑顔を振りまく明るい子。
 元気良く掃除をする度に、埃をもうもうと舞い上げる女の子。
 幾つもの花瓶を落っことし、数え切れないほどのティーカップを粉々にしてきた子。
 失敗する度に、えへへと笑いながら謝って、自らの朱い髪を撫でつける女の子でした。




















 空に、紅い満月が昇った夜のこと。
 月明かりが闇を払いのける中庭で、お嬢様の女の子はメイドの女の子と一緒にお茶を飲んでいました。
 ふと、お嬢様の女の子はメイドの女の子に尋ねます。



――なんでお茶っておいしいの?



 メイドの女の子は、お嬢様の女の子に優しく微笑みかけます。



――それはおいしいからですよー。

――……なんでおいしいの?

――それは、お嬢様が好きなものを飲むと心がおいしいって感じるからですよー。



 お嬢様の女の子は納得したように頷きます。



――そうなんだー。




















 次の日、メイドの女の子はいなくなりました。
 お嬢様の女の子が、メイドの女の子の体を少しずつちぎって飲み込んでしまったからです。
 メイドの女の子が昨日、好きなものを飲むとおいしい、と教えてくれたから、飲んでみたのです。
 お嬢様の女の子は、素直においしいと思いました。
 メイドの女の子を飲み込んでいるその瞬間は幸せでした。
 けれど、その後なんだか寂しくなってしまったのでした。
 大好きだったメイドの女の子がいなくなってしまったからです。



 お嬢様の女の子はお姉さんに泣きつきました。
 泣いて、泣いて、床が海になるかと思うほど泣いて、たくさんの涙を落としました。
 メイドの女の子がいなくなって寂しいと、飲み込んだらいなくなってしまったと嘆きました。
 お姉さんは、女の子を抱き抱えながら、その頭を優しく撫でてやります。
 撫でながら、もうこんなことはしちゃいけないわよ、と静かに言い聞かせます。
 女の子は泣きながら、大きく首を縦に振りました。






























 いつの間にか、また十三年が経ちました。
 女の子は、お姉さん以外にも、また大好きな女の子が出来ました。
 それは、いつも身の回りのお世話をしてくれるメイドの子。
 いつでも微笑んで見守ってくれている女の子。
 とてもしっかり者で、テーブルクロスが僅かばかりずれていても見逃さない子。
 花瓶の水やりが大好きで、窓ガラスをぴかぴかに磨くのが得意な子。
 お嬢様の女の子が寂しい顔をしている時には、短い白髪を揺らしてお歌を歌ってくれる女の子でした。







 












 空に、紅い満月が昇った夜のこと。
 月明かりが闇を払いのける中庭で、メイドの女の子はお嬢様の女の子の為に歌を歌っていました。
 ふと、お嬢様の女の子はメイドの女の子に尋ねます。



――なんで貴方の歌を聞くと楽しいの?



 メイドの女の子は、お嬢様の女の子に優しく微笑みかけます。



――それは、歌を聞いて楽しいと感じる心があるからですよ。

――……なんで心があると楽しいの?

――それは、感情の籠もった声を聞くと、お嬢様の心も一緒になって震えるからですよ。



 お嬢様の女の子は納得したように頷きます。



――そうなんだー。




















 次の日、メイドの女の子はいなくなりました。
 お嬢様の女の子が、メイドの女の子の声を聞きたくて、少しずつ体を引き裂いてしまったからです。
 メイドの女の子が昨日、感情の籠もった声を聞くと楽しい、と教えてくれたから、聞いてみたのです。
 お嬢様の女の子は、素直に楽しいと思いました。
 メイドの女の子の声を聞いているその瞬間は幸せでした。
 けれど、その後なんだか寂しくなってしまったのでした。
 大好きだったメイドの女の子が笑ってくれなくなってしまったからです。



 お嬢様の女の子はお姉さんに泣きつきました。
 泣いて、泣いて、床が海になるかと思うほど泣いて、たくさんの涙を落としました。
 メイドの女の子が笑ってくれなくて寂しいと、声を聞いたら動かなくなってしまったと嘆きました。
 お姉さんは、女の子を抱き抱えながら、その頭を優しく撫でてやります。
 撫でながら、もうこんなことはしちゃいけないわよ、と静かに言い聞かせます。
 女の子は泣きながら、大きく首を縦に振りました。




















 女の子の心は、ガラスのように透き通っているのでした。
 光へとかざしてみれば、その心は七色に輝いてまばゆく色を変えることでしょう。
 まるで、自らの背中に生えた翼のように。



 そして、女の子の心は水晶のように透明なのでした。
 どんな色を混ぜても、心は綺麗に、鮮やかに染まることでしょう。
 例えば、体中を巡り回る紅い血の色のようにも。






























 いつの間にか十三年が経ちました。
 女の子はお姉さん以外にも、また大好きな女の子が出来ました。
 それはいつも身の回りの世話をしてくれるメイドの子。
 ちょっと間が抜けていて、何も無いところで転んでしまう女の子。
 いつでもぼうっとしていて、みんなに置いて行かれてしまう子。
 みんながご飯を食べ終わっても、最後まで残ってスプーンを動かしている子。
 とても優しくて、誰も怒った顔を見たことが無くて、風が吹くと長い黒髪が揺れる女の子でした。




















 お嬢様の女の子は尋ねませんでした。
 沸き上がる好奇心を抑えて、メイドの女の子に何も尋ねようとはしませんでした。
 大好きなお姉さんに教えられていたからです。
 好奇心が沸き上がって、大好きな女の子についつい何かを尋ねてしまった、悲しい次の晩に。



――もうこんなことはしちゃいけないわよ。



 そう優しく諭されていたからです。
 もし尋ねてしまったら、メイドの女の子がいなくなってしまうと教えられたからです。
 大好きな女の子がいなくなってしまうと、思いこんでいたからです。




















 お嬢様の女の子が、メイドの女の子を大好きになってから、十三年が経って。
 メイドの女の子は美しく成長していました。
 背の高さは、お嬢様の女の子よりもずっとずっと高く。
 胸にはふくらみが出来て、長い黒髪にはあでやかなツヤが浮かび上がっていました。
 笑顔とメイド服がとても似合うようになりました。
 お嬢様の女の子は背の小さなままです。




















 空に、紅い満月が昇った夜のこと。
 月明かりが闇を払いのける中庭で、メイドの女の子はお嬢様の女の子と一緒にお散歩をしていました。
 お嬢様の女の子は尋ねません。
 何も尋ねようとはしません。
 メイドの女の子が喋る話を聞いて、ただ楽しそうに笑うばかりでした。




















 それから更に十三年が経ちました。
 メイドの女の子は年をとりました。
 年をとってますますのんびり屋になったのか、ぼうっと惚けたように佇むことが多くなりました。
 顔には小じわが浮き出て、細かった腕が更に細くなりました。
 お嬢様の女の子は背の小さなままです。




















 空に、紅い満月が昇った夜のこと。
 月明かりが闇を払いのける中庭で、メイドの女の子はお嬢様の女の子と一緒にお散歩をしていました。
 お嬢様の女の子は尋ねません。
 何も尋ねようとはしません。
 メイドの女の子が喋る話を聞いて、ただ楽しそうに笑うばかりでした。




















 それから更に十三年が経ちました。
 メイドの女の子は、もう女の子というよりはお婆さんになってしまいました。
 自分から何かを話すことも珍しくなりました。
 ただにこにこと微笑むことが多くなりました。
 背が曲がりました。
 歩くのが遅くなりました。
 髪が白くなりました。
 目が霞むようになりました。
 お嬢様の女の子は、ずっと背の小さなままです。




















 空に、紅い満月が昇った夜のこと。
 月明かりが闇を払いのける中庭で、メイドのお婆さんはお嬢様の女の子と一緒にお散歩をしていました。
 女の子は尋ねません。
 何も尋ねようとはしません。
 メイドのお婆さんと一緒に、ただにこにこと笑いながら歩き続けるのでした。
 中庭を通り抜けました。
 図書館を通り抜けました。
 食堂を抜けました。
 渡り廊下を抜けました。
 二人は歩いている間、何も喋りません。
 女の子は、足の遅いお婆さんがちゃんとついてきているか、時々立ち止まっては確認をします。
 お婆さんが女の子の隣に並んだら、また歩き出します。
 館中を巡ります。
 にこにこと笑顔で歩き回ります。
 やがて、散歩道の終着点である屋上のテラスまで着くと、女の子はくるりと後ろを振り返りました。
 にこにこと笑って、大好きなメイドのお婆さんにお礼を言います。



――今日もお散歩付き合ってくれてありがとう。



 お婆さんはふうふう息を切らしながら、にこにこと笑って答えます。



――いえいえ。 お嬢様。



 お婆さんは絞り出すような声で言うと、テラスに置いてあった椅子に座り込みました。
 女の子も、向かいにある椅子にちょこんと座ります。
 女の子は、ずっとにこにこと黙り込んでいました。
 数十年間ずっとそうしています。
 必要な時だけ喋ります。
 必要の無い時は喋りません。
 決して何かを尋ねたりしません。
 自分から何も尋ねようとしません。
 お姉さんにそう教えられていたからです。
 教えを守り続けたお陰で、この数十年間はずっと幸せでした。
 大好きなメイドの女の子がいなくなることはありませんでした。
 その女の子は、今ではお婆さんになって、目の前でふうふう息を切らしています。



――お嬢様。 月が綺麗ですよ。



 息を切らしたお婆さんに言われるままに、女の子は空を見上げてみました。
 頭の上には、真っ黒な夜が広がっていました。
 その中央には、紅い月が寂しそうに、一人で突っ立っています。
 まるで悲恋物のオペラで哀しみを歌う俳優のように、ぽつんと。
 その哀しすぎる輝きが、周りの星達を覆い隠してしまいます。
 だから周りには誰もいないのでした。
 意地っ張りみたいで、我が儘そうで、そして寂しそうな月が、女の子の紅い瞳に映っていました。



――きれいだねー。



 お嬢様の女の子は素直に、きれいだと感じました。
 そうしたら、何故だか笑いたくなってしまったのでした。
 大声でけたけたと笑い出します。
 お婆さんもつられて笑います。
 笑い声の合唱。
 それは高く高く、夜の闇に響き渡りました。
 合唱は、お婆さんが笑うのをやめるまで続きました。
 疲れてしまったお婆さんが笑うのをやめると、女の子も一緒になって笑うのをやめました。



――……お嬢様。 一生に一度だけのお願いがあります。



 メイドのお婆さんがそう言いました。
 突然のことに、お嬢様の女の子は驚いてしまって、



――え。 何かしら?



 思わず尋ね返してしまいました。




















――私は人間の子です。

――……人間は弱くて、脆くて、流れ星よりも儚い生き物です。 お嬢様よりもずっと早く死んでしまうでしょう。



 お婆さんは、女の子の紅い瞳を覗き込みながら語ります。
 近頃喋るのも億劫になり始めたその口で、おそらく生涯で最も重たい言葉を吐き出します。



――私の命は、お嬢様の命よりもずっと軽いんです。

――故に、どう生きるべきかでは無く、こう考えます。

――いつ死ぬべきか。

――どこで死ぬべきか。 どう死ぬべきか。 誰に看取ってもらいながら死ぬべきか。

――……若い頃は、今を生きることの方が大切だとも考えていたんですけれどね。

――けれど、私は年をとってしまいました。

――人の命は、お嬢様の命とは比べようにもならないほど軽く、そして儚いのです。

――生きる時間が短く、軽い。

――故に対となる存在である死も軽い。

――私は最近になってようやく死を考え始めました。

――他人より遅かったのか早かったのかはわかりません。

――死について考えずに死ぬ人も、恐れに恐れて死ぬ人もいます。

――私は、どちらでもありません。

――私が出した結論はそのどちらとも違います。










――……お願いが、ございます。




















――私がこれ以上老いる前に、お嬢様の手で、私を






































































 次の日、メイドの女の子はいなくなりました。
 お嬢様の女の子はお姉さんに泣きつきました。
 泣いて、泣いて、床が海になるかと思うほどたくさんの涙を落としました。
 お姉さんは、女の子を抱き抱えながら、その頭を優しく撫でてやります。
 けれど、お姉さんの紅い瞳は、女の子の姿などではなくて、遠い遠い夜空を見つめているのでした。
 やがてお姉さんは、女の子を館の地下の、一番奥の部屋の前へと連れて行きます。
 女の子は部屋のドアを前にして、何も言いませんでした。
 ただちらっとお姉さんの方を一瞥すると、自ら望むようにドアノブを握って、部屋の中へと入っていきました。






























 どこまでも広がる闇が世界を覆い尽くしています。



 女の子に光を与えないように。
 女の子が決して傷つかないように。



 女の子は闇へと手を伸ばしてみました。
 何も掴めずに、その手は虚空を泳ぎます。



 女の子は歩き回ってみました。
 どこまで歩いても闇が追い掛けてきます。



 女の子は泣き真似をしてみました。
 闇の中から声は返ってきません。



 女の子はけたけたと笑ってみました。
 乾いた笑い声は、真っ黒な闇に溶けるように吸い込まれていきました。






























 女の子の時計は過去を刻んでいます。
 ゆっくりと昔へと戻っていきます。
 暖かくて、優しくて、楽しかった想い出達の元へと戻っていきます。



 その時計は未来を刻みません。
 光を望みません。
 新しい景色を映し出す光を拒みます。



 女の子の心は、ガラスのように透き通っていて。
 そして脆く。
 未来という光をねじ曲げて、壊してしまうのでした。




















 その時計が再び未来に向かって動き出すのは、何百年も後の、また別のお話の中でのこと。










『記憶はクランベリーで染めて』 ~ 無垢なる悪魔 ~ end.









…And.



To be continue?


あおのそら
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コメント



0.2610簡易評価
9.無評価油揚げ削除
切々と時を刻む壊れた時計は、純粋な心に影を落とす。
淡々と重ねられた文章が、切なさを感じさせます。
10.90油揚げ削除
すいません、点数を忘れておりました。
25.100ティアー削除
なんて良いSSなんだ!
31.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
姉じゃそれ誤解だよ誤解・゜・(ノД`)・゜・

ただ改行の間が空きすぎで少し読みにくかったのが残念でした
35.90削除
淡々と切なさを連ねた文章、お見事です。不意打ち気味に胸に来ました…
40.90名前が無い程度の能力削除
この手の話は大好きだ
淡々と綴られる文章が胸にジーンと来る
45.100名前が無い程度の能力削除
これは…切なすぎるSSですね
46.100名前が無い程度の能力削除
良いSSですね。

…And.

To be continue?   お願いします。
50.80名前が無い程度の能力削除
なんて切ないお話なんだ・・・
55.90Jing削除
妹様のシリアスはやっぱりこのような寂しさがあると一番いいな。
61.100名前が無い程度の能力削除
時間というものはかくも残酷なものか