森にあそびに行った友だちが帰ってきたら、ひざが赤くなっていた。
友だちの名前はてゐ。うさぎの女の子。
聞いてみたら、てゐは森で転んでけがをしたらしい。
けが、っていうのは人形のわたしからすると、こわれるって事らしい。
てゐのひざを見てみると、真っ赤でどろりとしたものがついている。
もっとよく見てみると、その赤いのはてゐのひざのこわれた所から出てきているように見えた。
これなあに? 絵の具?って聞いてみたら、てゐに笑われた。
ち、っていうらしい。
てゐの中にはこの赤いのがたくさん流れてて、すごくだいじなものなんだって言ってた。
でも今、流れ出てきちゃってるよって言ったら、また笑われた。
てゐは笑って、このくらいの量なら大丈夫だし、ほっとけば勝手に止まるって言った。
でもこの赤いの、たくさん出すぎるとしんじゃう……しんじゃうっていうのはよくわからないけど、ずっと動けなくなっちゃうんだって。
この赤いの……ちは、てゐだけが持ってるの?って聞いたら、みんな持ってるって言ってた。
永琳もウドンゲも、他のうさぎたちもみんなちを持っているらしい。
……わたしは、持ってない。
わたしがあの鈴蘭畑をはなれて今住んでいるここ「永遠亭」っていうすごく大きなお屋敷には、今まで見たことがなかったくらい大勢の人が住んでいる。
わたしは永遠亭の屋根のうえで、下の様子を眺めていた。
てゐとウドンゲ、それにほかのうさぎたちには長い耳がある。わたしにはない。でも、永琳には長い耳がないし、時々ここに来る人たちにもあんな長い耳はない。だからこれはいい。
てゐの髪は黒い。わたしは金色。永琳のは銀。うさぎたちは茶色っぽかったり赤っぽかったり。でも髪がないひとは見たことがない。だからこれもいい。
てゐの手は2本。わたしの手も2本。みんなの手も2本。足もそう。指は手も足も10本ずつ。目は二つ、口は一つ。みんなおんなじ。みんなとおんなじ。
でも。
ち。
これはみんな持ってるものだって、てゐが言ってた。
でも、わたしは、持ってない。
わたしは、みんなとおんなじがいいなあ。
ひざをそのへんにあった石でたたいてみた。
何もでない。もういっかい。
何もでない。もういっかい。
何もでない。もういっかい。
何回かおなじ事をして、やめた。
やっぱりわたしはちを持ってない。
夜。
わたしはこっそりお屋敷を抜け出して森へ行った。
空っぽのビンをひとつ、持っていった。
さいしょに捕まえたのは鳥。毒で動けなくしたから捕まえるのは簡単。
両手でびりびりと破くと、たぶんてゐの膝から流れ出てきていたのとおんなじ赤いのが出てきた。
ビンに入れた。ちょっとしか溜まってない。
たぶん、からだが大きな生き物ならたくさんちが入ってると思う。
またあしたここに来て、もう少し体が大きな生き物を探そう。
今夜は犬を捕まえた。
昨日と同じようにびりびりと破くと、赤いのが出てきた。
昨日の鳥よりもたくさん出てきた。
昨日と同じようにビンの中に入れた。
はんぶんくらい溜まった。もう少し、かな。
朝見てみたら、ビンの中のちが固まっちゃってた。
もう使えない。どうすればいいだろ。時間がたつとまずいのかな?
夜にまたお屋敷を抜け出して森に行った。
今まで同じように手近な動物を毒で弱らせて捕まえて、びりびり破く。
赤いのが出てくる。固まってない。やっぱり時間がたつと固まっちゃうんだ。
だから今夜はそのまま使う。
破いたところに口をつけて、飲み込む。
しばらくそうしていて、赤いものがなくなったのでお屋敷に帰ることにした。
これで、みんなとおんなじになれたかな?
お屋敷に帰ると、永琳に会った。
永琳に、なにをしてたの?って聞かれたから、話した。
みんなと同じがいいって、話した。
永琳は何も言わずに、わたしの話を聞いていた。
話し終わると、永琳はわたしを抱きしめた。抱きしめて、あなたは……おんなじよ、って言った。
おんなじだから、もうこんなことしちゃだめよ、って言った。
でも、永琳。
わたしはこんなにあったかくないし、やわらかくないよ。
そう言ったら永琳は、ほんの少しの間だったけど……苦しそうな、泣きそうな、そんな顔をした。
こまらせちゃったかも知れない。
わたしは永琳のことが好きだから、困らせるのはいやだ。
だからはわたしはそのまましばらく永琳に抱きしめられていた。
永琳はすごくあたまがいいから、永琳がわたしがみんなとおんなじだっていうんなら、わたしが知らないだけでそうなのかもしれない。
永琳のいうとおり、もうあんなことはやめよう。
しばらくしてわたしは自分の部屋に戻った。
……あの子の私に対する無垢な信頼・依存を利用して、問題の追及を中止させた。
それが今私の行った行動に対する客観的解釈だろう。
何故そうしたか。簡単なことだ。恐かった、恐怖を感じたからだ。
あの子が話したような行為に対してではなく、あの子が自分と他者の根源的な相違を意識するまでに……止めろ、八意永琳。
違う。否定。
お前が恐怖を覚えたのは、自分が蓬莱人、人間ではないことを、ここ永遠亭に住んでいる姫以外の誰とも同じでないことをあの子の行動によって意識の表層にまで浮上させられたことに対して、だろう。
机の上のメスを取り、無造作に腕を切りつける。
切創が一筋。出血。切創は強力なホメオスタシス機能により数瞬で復元。
不老不死という超強力なホメオスタシス機能を具えた私の肉体は外部からの一切の供給を必要とせず、また一切の変化を為さない完全に自己完結したシステムを為している。
……人間では、ない。
虚空に向けて告解する。
私があの子を引き取ったのは、単に人形という無機物が自律駆動しているという事実に興味を持っただけでは……ない。
同じだと、似ていると、思ったからだ。
その歪な在り方が、私と。
いよいよ哀れだ。私は自身の孤独の慰みに他者を巻き込んでいる。
悲しい。
未だ未練がましく人間の情動を模倣し続けている自分が悲しい。
未だ人間ヅラをして涙を分泌する涙腺が悲しい。
この感情が、人間と同一のものなのか、ただのカリカチュアに過ぎないのか分からない、否、判断しようとしない自分が悲しい。
獣の血を飲んで人間と同じになろうとした人形が悲しい。
涙を流して人間になろうとしている自分が悲しい。
何も疑わずに私の言葉で納得して帰っていくあの子の背中が悲しい。
悲しい、悲しい、悲しい。
何もかもが悲しい。
この悲しみが、悲しみと呼ばれるものと同じなのか、違うのか、分からない。
人間じゃないのに人間のカタチをしてしまっている、あの子が、私が……悲しい。
制御できない感情が、無意識に私の声帯を強引に駆動させた。
発声、というよりは呼吸音といった方が適切な、不明瞭な音。
誰が聞いているわけでもなく、誰に言っているわけでもないので問題はない。
わたしは、みんなとおんなじがいいなあ。
もちと長ければ最高
メディの無垢で純真な行為が中々怖い。
えーりんが止めなかったらと考えると・・・
永琳は自分の境遇を悔いているのだろうか? 悔いていないと思う。あの真なる天才が時間如きで磨耗する筈もない。だけどその境遇を我が身に置き換えてみれば、この話における永琳の静かなる慟哭と人形への共感が、痛い程に理解出来てしまう。
その事は恥じるべき事なのか、誇るべき事なのか……
そんな妄想をしながら、晩飯のカレーを食べる今日の夜。
ごちそうさまでしたw
ありがとうございました。
それと同じに切なさも感じました……彼女の魂に幸あれ。
あぁ、ラストが良すぎる。
幸せになって欲しいと心から願える作品でした
メディが聞き分けよすぎてもったいないです。
タイトルは凄く良いなぁ。