Coolier - 新生・東方創想話

わたしは緑色だから

2026/10/13 16:51:57
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 ひめよ、ひめよと。
 かようにかなしまれ。
 ここにそだった。

 蝶のうたげをめっぱいにあび。
 花の花ゆえのはかなさにしずごころをかなで。
 いつとはなしに虹のふもとをおもった。
 ふるさとはやあらかい。
 かみさまのやあらかい光がくるんで、あったかい。
 おきにいりのぶなの木のしたで、ぱかぱか、お馬にのりあいっこ。
 西の岩やまにおひさまのしずむまで。

 すてきよ、すてき。
 空のまぶしさに、まよいもなし。
 わらうのにはあいた。のどのしたがしびれるよう。
 天地のよろこびにたっぷりそまった黄金。母はいって髪をすき。
 千草のしらつゆにむすばれみのった翡翠。父はいって瞳をかさねた。

 火のたくころになれば。
 夜風、虫の音、ほのぼのと。
 うすらかにきけば。
 キスをして。
 告げる。

 あすのまた、さちあらんことを――――

 ■

 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり――
 ああ。音がとおざかってゆく。
 鯉が跳ねた。
 いや。
 車輪が小石のために浮いただけだ。
 まて。
 わたしはあれからどれほどに離れた?
 カラ、カラリ。
 カラ、カラリ。
 カラ、カラリ。
 カラ、カラリ――
 まやかしだ。
 わたしははじめから谷川の流れなどきいてはなかった。
 だのに。
 あたまのなかを未だ流るるは、なにゆえか。

 この谷のどん底はあけもくれもせずただ闇に濡れている。

「到着にござりまするぞ、橋姫さま」
 同伴の使いがうやうやしく言って扉をかぱとひらいた。すでにゲートは越したよう。
 使いの手を取り、ひかえめに重心をあずけ、ことっと、石畳にクツを鳴らした。口はむすんだまま。
 めだまのようなまあるな外灯が表の庭を照らしている。
 コツコツコツ、まっすぐに光をたどっていけば屋敷の玄関へ。
 こんなにあっというま。谷川は未だ脳裏を流るるも、優雅な演奏がもれだしているのに少しさめる。
「参りましょうぞ」
 わたしの平たいため息をよそに、扉は押しあけられた。
 すぐそこが大広間だ。

 かすかな笑い声がした。

 豪勢でみやびやかな宴だ。グラスを手に語らいあう男女の目も細められる。
 ひた黒く張り巡らされた壁天井。シャンデリアがうすら蒼く、しらじら灯され、あかるいような暗いような。ただよくにぎわって、いたっておだやかだ。
 ふらふらり、踊る者は足取り軽やかに、手を取りあって、こころよさげに笑みしあい、曲のかなでに乗るのもそこそこに酔いに任せ身をゆらし、あちやこちやめぐっている。

「ではわたくしはこれにて。良いお時間をお過ごしください、橋姫さま」

 使いはていねいに言って、去った。
 わたしは礼を言うや立ちどまって、じっくりと広間を見渡した。立ち話に花を咲かせる人物。ただに思いのまま床を踏みあそぶ人物。ひとりひとりのうえを目でなぞっていく。
(ああ、いたわ)
 そうしてはじめて前へと進み出た。ひらりひら、木の葉のようにたゆたう影をよける。メイドからグラスの一杯も受け取らず、たんたんと、ゆうゆうと、少しの乱れもない歩みをしていざ――奈落の王のものへ。

「こんにちは。さとりさん」

 ひとことごあいさつ。
 ひとり立ち尽くす彼女のひとみは、どれもとろんとろんと据わってまばゆく照る。まあるなひとみ。ゆうゆうかんかん、月のよう。
「ああ、これは……」
 向きなおろうとふらり、いきすぎてふらり。
 そうしてひっきょう定まらぬまま手だけ取り交わし、ぽかんと口をあけやかましく言った。
「パルスィさん……おお、これはこれはぁ……橋姫のおつとめ、ひごろよりおつとめェまとこまこと、ごぉ苦労にござり…………む……」
 かと思えば急におとなしくなった。
「なにか?」
 さとりさんはわたしの腕にもたれかかり、言った。

「宴席の装いではありませんね……」

 周囲を見渡す。
 右も左も、正面も。
 ごてごてぎらぎら、華美な衣装。
 じとじとと、視線が吸いつく。
 顔をそむけて、口もとかくして。
 笑う目目。
 笑う声。
 クスクスクス。わっはっは。
 クスクスクス。わっはっは。
 ぶわっはっはっは――

 さて、知らない。

「これは橋姫の正装にございます。なればこそ、非礼にはあたりますまいと」
「なる、ほど」
 ぐわんと首を縦に振って。
「いいでしょう……此度は、我ながらのきまぐれに労をねぎらわんと催したもの。ただ、お役に忠実なるはまことまこと素晴らしい……どうか、少しでもおくつろぎになって」
 さとりさんが言葉をつけば、ひとまずはもとの空気に。足を踏み鳴らす音、閑談の声。どこからともなくふつふつと、わきあがりだす。
「身に余るご厚意、感謝いたします」
 うやうやしく礼を言い、踵を返した。

 が。
「パルスィさん」

 呼び止められ肩を返せば、さとりさんはしなだれるようにしてふたたび手を取り、吐息してぽかんと、湯のうちから一小景望んだように見上げ。
「よろしければ……一周か二周、わたくしに付き合いませんか」
 そう言いこぼす間にすっかり両の手をからめ向き合う形に。にへらっと。締まりなく笑いかけた。
 そのまんま、ずんずんと、踊りの渦のさなかへといざなわれてしまう。

 ■

 ずんちゃっちゃ。
 ずんちゃっちゃ。

 突如としておどり出た異色のひと組に、あたりのにぎわいはまたも空気を濁していく。
 わたしはたまらずささやいた。
「さとりさん、さとりさん。わたくしは素面でございますよ」
「ぜひともリードして、いただければ……わたくしは、もう〝こんな〟で」
「踊りも不得手にございます。貴女に適う者なら他に――」
「わたくしは、貴女と、ともに……」
「――んだ、あの里娘は」
 そこへ別の方からもひそひそと、芳しくないささやきがにおってきた。
「親類か」
「覚には見えないわ」
「眷属かも」
「さっき、ハシヒメサマとか」
「始さま?」
「箸ひめさま?」
「ハシビロコウだと?」
「ハシヒメとおっしゃってよ、アナタ酔いすぎ」
「まてよ、姫だって?」

 わっはっはっは。

「よりによってかっ」
「冗談みたい」
「さすがに田舎っぷりが過ぎるな」
「そのくらいにして。聞かれたらどうするの」
「なに。お館さまは酒に弱い。あんな赤らんでちゃあ心の声も聞かれまいよ」
「ふつうの声のほうっ」

 ごちゃごちゃ。
 ガタガタ。

 ああ、うるさい。
 ああ、だまれ。
 都の民。
 しょせんは地底の民。
 ふんぞり返ったって太陽は目もくれない。
 お高いクツ履いたって月は望めない――――!

 さああああ……

 一滴も口にしてないのに、鼓動はげしく、嘔気もこみあげてくる。
「この地底の平らかなこと……ひとえに、ひとえに。辺境に構え橋守する貴女のおかげ……」
 さとりさんは何も気に留めない。
 赤く出来上がって目もくれない。
「そんな、滅相も――」

 ぶわっはっはっは。

 いよいよ回りに回り、だれもかれも遠慮を忘れ。
 じとじとと。
 じりじりと。
 視線がむく。ひとみが、いっせいに剥く。

 あせが。
 息が。
 嘔気が。
 心臓が。

 もう、

 ■

 灰燼ばかり舞う幽暗の地底。

 苔すら生さぬ毛無しの荒野。

 このときばかり生けるもむなしい。

 庭の花園をめぐる。

 ひとり。

 はなやかな奏ではただに遠く。

 凛と生え揃うのに思いはひた黒くたれ落ちる。

 わかっていた。

 ほんとうは。

 だれもかれも。

 笑いなどしていなかった。

 あれは、まぼろし。

 どこからが? など。

 わたしには知れない。

 ただ、わたしがふと顔をほころばせようとしたとき。


 妬むのだ。


 遥か遠くの乱世に置きざらしにした村民が、友が、家族が。

 わたし自身が。

 その眼を光らせて。

 ただひとりおめおめ出し抜けて、笑うなど。

 妬ましい、と。

 火蝶の舞ったまことのふるさと。

 うつろとなった千の目をひとつも隠しもせず、わたしは逃げだした。

 あの光景が、この翠のひとみにやきつき爛れ。

 この幻想のふるさとに逃げおおせたそのとき。

 わたしは永久に抜け落ちぬ緑をここにはめこんだ。

 日陰におれば疼きはやわらぐ。

 いやしく人を妬んでいれば、まぼろしの笑いは遠のく。


 地のどん底。
 ひとに飼われるのが、もっともみじめで安らかだった。


 だがそれも。

 こんなにくるしむのなら。

 いっそ、幻想からも覚めてしまおうか。


 橋姫はもう、それを越える。
 そして一思いにやかれてしまう。


 そう。わたしは、ゆく。


 ――地上へ出る。

 ■

 ザッザッザッ。
 ザッザッザッ――

 一歩。また一歩。

 屋敷をあとにし、街道をゆく。
 飲み屋のちょうちん、倶楽部のネオン、溶岩をほのあかるく思わせるほどに、表も横丁も目にやかましい。
 されど心は涼し。
 これまで、さんざんに迷っていた。
 半端にながらえ、絶大にくるしんだ。
 生殺しはもはやこれまで。
 わたしはゆく。
 心は清々し。

 わたしはゆくのだ!
「どこへいく気だ」

 すでに街あかりは失せ、旧都を外れんとしたとき。声はかかる。
 知り合いの鬼だ。
 その長髪は何に染まった黄金か。
「どこへとは、どこかよ」
「しっかり答えろ」
「もとのところへ帰るだけ」
「その勇み立った足でか」
「……ええ」
 鬼はぬっと迫った。
「きょうは奢る」肩に手をのばす。
「けっこうよ」払いのける。
「ヤな予感がするんだ」またのばす。

「帰るだけと言ってるでしょうッ!」

 鎖ごとはじき、脇を駆け抜けた。
「待てッ、パルスィ!」
 掴まれるすんでのところをかわした。そのまま駆け出した。

「パルスィ――ッ!」
「うるさいッ、妬ましいのよ!」
 疼きを堪える。かようにかなしまれるか!

 狂おしい! ああ、知らない!
 わたしはゆく!

 そのうちに橋が見えた。
 我が憩いの架け橋。光すら帯びたよう。
 その上を渡っていく。
 鬼はわめけど、その中間を越えられない。
 わたしは勢いのまま渡り切ろうとした。

 鬼の絶なる一叫が雷の如く轟いた。


 ふらりと、倒れる。

 どうして、かように……


 思い巡るも、気づく橋のヒビ。
 痺れた全身に鞭打ち力をふりしぼった。
 刹那。崩れだす。
 必死にもがいた。
 そして、ついにだ。

「はあァァァァ――――ッ!」

 間一髪、渡り切った。

 背面をすさまじい轟音が埋めつくした。
 鬼の声もついぞ掻き消えた。
 わたしは振り返らなかった。
 用もないことだった。
 ただに、ひたすらに、突き進んだ。
 歩きつづけた。ひどく暗かった。しかし迷わなかった。何かに導かれている気さえした。
 険しい岩肌の坂。服はやぶけ、皮膚もあちこち擦り切れた。
 それでものぼった。砂利を口にしながら。力いっぱいに踏みこんだ。
 そのうちに感ずる、そよかぜの気配。
 土のにおい。
 木の葉のまい。
 草花のぬくもり。
 昆虫のまじわり。
 小鳥のさえずり。
 ああ、ついに。
 わたしは達した。
 だがどうしたことか。
 光は無し。
 こんなにあったかいのに。
 目もとに手をやった。
 まぶたをめっぱいにひらいた。
 ゆびをふちにすべらせて。
 一突き。
 ……ああ。
 そうか。
 そうか。
 もう。
 なにも。
 くるしまない。
 ちからがぬけた。
 ちにふした。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 おとをきく。
 なつかしいおと。
 あたまのなか。
 あたまのそば。
 がけのはるかおくそこ。
 そう。

 わたしの耳がただ、谷川の流れをきくのみ。

 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。
 さら、さらり。



































































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