「まさかね。フランがあんな、今更になって気にするなんて。思ってもみなかった」
あの子がシルクのベッドに横たわる気配がする。全く今日は疲れた。疲れた割に、私は何もしなかった。何もせず、結局、全てを曝け出しただけだった。それも私ではなくて、あの子が。
「良い兆候ですよ。さまざまに世界のことが気になり始めたのです。漸く」
「あなたより数百年単位も長く生きてるんだけどね、あいつだって」
「ええ……もちろん」
もちろん、そうだ。人間の脳みそはスポンジのようなもので、あらゆる経験を吸収してたちまちに大人になっていく。その肉体に生じる必然的な衰えと共に。
私は上着を脱いで、やっと人心地つく。二人分の体重を受けてマットレスが少し深く沈む。
「でも、知られてしまいましたね」
「パチェが悪いのよ。ぱっと見で違和感を持たれるようじゃまだまだ……」
「そうですね」
顔を上げると、あの子と目が合う。もちろんそこにあの「仮面」、魔力で作られた偽りの表情は無い。そんなことは許さないし、そんなものは必要ない。私とこの子の間では、もちろん……。
「けれども妹様、どう解釈したのでしょうね」
「ふん……まあ、言いふらさなきゃ何でもいいよ。それに関しては、悪魔と悪魔の約束を交わした。心配ないから」
「別に心配なんてしてませんけれど。私としては、どちらでも良いので。どちらの顔であっても」
「……あっそう」
「あらごめんなさい、気に障りました?」
「別に。どうせ気にしているのは私だけよ。仕方ないわ。幻想郷の馬鹿どもはともかくね……外の世界にいた頃の癖だね。見栄だの、面子だの、外面の美しさ、外面の調和……」
「というより、お嬢様の性癖に付き合ってるだけですわ、私」
「んぐっ」
思わず咳き込む私を、鳶色の瞳が優しく見つめてくる。何が可笑しいんだか、口元には微笑み。そこから覗く歯列は牙のように鋭く、赤らむ頬と鼻元には星空のようなそばかすが見える。それを見てまたほっとする私がいる。あの時のまま変わらないあの子の顔を見て。
「性癖じゃない……美的感覚の問題だから」
「ええ、そうですね」
「仕方ないでしょう。私は、まったく、ちくしょう、あなたのその美しさを理解しない奴が多すぎたから! まったく……はあ。私ってやっぱりおかしいのかしら」
「状況としては間違いなく倒錯的ですわ」
「あのねぇ」
私は指を伸ばす。彼女の顔の半分に赤く刻まれたままの痣を指先でなぞる。片目だけがこっちを向く。もう片目は少し斜めを向いて動かない。
私の指がくすぐったいのか、くすくすと柔らかな笑い声が溢れる。その首元に口付けをする。彼女は拒まない。その首元に牙を立てる。そっと押し除けられ、胸元で抱きしめられた。
「ハッキリとすべきなのかしら? あなたを、私とパチェで拵えた完璧なマスクを、魔法ではなく物理的なものとする術だってあるんでしょう。そうすべきなのかしら」
「別に私はどちらでも……お化粧をするようなものだと思ってますから」
「おまえも美人の方がいいんじゃないのか」
「別に……私は私の姿を美しいとも見窄らしいとも思いませんから。ただそうあるだけです。ただ……そうですね? あの時、あの雪の降る路地裏で、レミリア・スカーレットという悪魔に拾われた女の子の顔と、高貴でしがらみだらけの貴族に仕えるメイド長として『覚えの良い』顔と、そういう得難い二つの顔を使い分けられるって……なんだかわくわくする話だと思ってますわ、ずっと」
「あ、そう……」
「ああでも、やっぱり、外科的な手段でこの顔を変えてしまうのは絶対に嫌ですね」
「あ、そう? なんでまた」
「だって素顔の方がお嬢様、盛り上がるじゃないですか、いつも」
「あっそ……」
でもそれは否定できない真実でもある。
私は私の拾い上げたこの子の、ちっとも左右対称でない顔立ちの造形の全部が好きなのだわ。とっても人間らしいこの子の事が愛しくてたまらない。一方で、だからこそ、それを否定されるのが堪えられない。まったくそのおかげで吸血鬼の(出涸らしの)社交界から完全に出禁にされてしまったわけで(まあ、あのクソ野郎に一発くれてやるのを我慢するほどの価値はなかった、あそこには)。
「妹様のことを言えませんね。お嬢様も大概、大切なものは宝箱に仕舞い込みたがるタイプですからね」
「……ふん」
そうとも。仕方ない。我々は姉妹だ。どうしようもない。けれどもあいつには、まだまだフランには、愛を理解させることはできないでしょうよ。
あの片眼鏡(たぶん魔力の迷彩を看破する魔法でもかかってるのだろう)越しに咲夜を見たあいつの表情は、どちらかと言えば私への理解のできない畏怖だった。まあ、現実はこんなものだけど、今はあいつに優位に立っておきましょう。
そのうちにあいつも知ることになる。恋とか、愛とか、そういう世間様の美しがるものにこそ、自分でも訳のわからない罠がたくさん仕込まれていて、いつだって厄介に巻き込まれると。
だから……ふふん……まだまだね、フランドールよ!
ついでに言うと個人的な読みでは軽い斜視持ちでもあります。ありがとうございます。そばかす…そばかす!?(ありがとうございます)
それで、十六夜咲夜の口元ですね。あれは骨格まで顕著に歪むほどのものではないので、黙っていたり微笑む程度ではそれほど悪目立ちもしないんですけど、ニッコリと歯を見せて笑ったりするとね、野良犬なんですよ、彼女は……みたいな作品とさほど関係ない話を延々したくなるところですがやめておきます。ありがとうございます。