Coolier - 新生・東方創想話

孤独の時間は一緒

2026/04/23 08:51:01
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 十六夜咲夜は幸せだった。
 主人であるレミリア・スカーレットが身振り手振りで今日あったことを話す。そのほとんどの話が他愛のないもので、よく分からないことさえもあったが、それでも、その得意げに話す姿が愛おしくてたまらなかったのだ。
 夢中に話すレミリアは肘をカップにぶつけてしまった。咲夜は急いで時を止める。
 落ちかけたカップを元に戻し、指パッチンをする。
「……?」
 しかし、時は動き出さなかった。

 何度試しても、時は動かない。レミリアはカップに肘をぶつけたことに気づかず手を大きく広げてるし、パチュリーは本を読んでいる。小悪魔は本の山に潰されてるし、美鈴は居眠りをしている。フランは紅魔館の廊下を散歩していた。
「私の時を止められる対象は主に二つ」
 "自分以外"か"自分"だ。
 しかし止められる時間も長くはないし、回数に関しても無限に使えるわけではない。ここまで長く時を止めているのは初めてだ。もう、一日が経とうとしていた。
 正確に言うと、十六夜咲夜の能力はもう少し応用が効く。たとえばワインをあっという間に熟成させるなど、時を進めることもできる。しかし、今自分の能力を操作できている感覚はない。そんな器用なことはできないだろう。
「いつまで私は待てば良いのかしら」
 自分にも時を止める能力を使ってみようか。できるかは別として、そういう試み自体はある。そうすれば、少なくとも一人暇な時間は発生しないだろう。しかし、このまま時が止まり続けたらどうする。自分も止まれば、世界全てが止まり、全てが永遠に動き出さないこともあるかもしれないのだ。
 今はとにかく原因を探そう。レミリア・スカーレットのオチのない話にも、やはり終盤は気になるものだ。
「まずは図書館」
 図書館の本を上から一冊ずつ読んでいく。
 時を止めている間は十六夜咲夜は歳を取らない。これは普段から行なっていたため、今この状況でも無意識にできているようだった。では最終手段である自分自身の時間を止めるとはどういうことかと言うと、肉体だけでなく、脳、精神、魂、あらゆるものを時の流れにピン留めするということを指している。
「パチュリー様の本は難しいし、そもそも魔法使いしか読めないものも多い。とはいえ、実は時間ができたらじっくり読んでみたかったのよね」
 時間ができたら、咲夜にとってそれは当然言い訳だった。
「思ったよりも娯楽本も多いし……これはお嬢様の趣味だろうけど」
 "時"に関係するものをとにかく読み漁った。だが、やはり文献は少ない。時間と空間という分野はそもそも人類の中でも最高難度。十六夜咲夜は自分の能力の正体さえ、何もわかっていないのだ。
「今日はこのくらいにしておきましょう」
 パチュリーは同じ本を読んでいる。そのページが開かれてから、一年が経とうとしていた。いや、時は経っていないのだが、咲夜の感覚ではもう一年を迎える。

 幻想郷のあらゆる場所を巡った。
 行けない場所もある。八雲紫には会えなかった。周りの時間が止まってるとは、大変不便なことである。結局頼りになるのは図書館だけという結論に至った。ここまで足掻くのに、五年が経っていた。
「人間が一番最初に忘れるのは声らしいわね。お嬢様の声は覚えてるわ……えっと、咲夜、紅茶を所望するわ」
「はい、お嬢様、こちらに」
「あら仕事が早いわね」
「ええ。お嬢様のご指示ならば十六夜咲夜、それこそ時を止めてもご奉仕できますので」
 ニコニコ。
 ニコニコ。
 笑顔を絶やさない。
 しかしレミリアは喋らないので、一人遊びだ。
 なんだか想像よりも早く狂いそうで真顔になった。
「そういえば、昔菫子からこんな話を聞いたわね」
 冷静になったついでに与太話。宇佐見菫子。彼女は都市伝説というものをたくさん私に教えてくれた。その一つに、まあ正確にいうと都市伝説とは違うかもと注釈を入れつつ、『五億年ボタン』というものがあった。
 そのボタンを押すと精神だけ異空間に飛ばされるらしい。何もない空間だ。そこで五億年を過ごさないといけない。五億年経つと、そのボタンを押した瞬間に戻ってくる。ただし、その五億年の記憶は消された状態であり、本人は何も起きてない感覚で報酬を受け取る。
「ただ、仮に五億年この状態だとして、今回の場合、その間の私の記憶は消えない。永琳の薬など手段はあれど、時が動いた瞬間、見境のない殺戮兵器になったりなんてことも十分あり得る。なんとかこの状況を脱さなければ……」
 今日も図書館の本を読み続ける。本当に膨大な情報量だ。間に休憩を入れるとして、全部読み終わるのにどれだけ時間がかかるだろう。考えるだけで恐ろしかった。長い時を生きているパチュリーでさえ、ここにある本を全て読んでいるわけではないのだ。十六夜咲夜が読み切れるのはいったいいつになるだろう。
 ペラペラとめくる。
 ペラペラと。
 そして。
 十年。
 二十年。
 四十年。
 七十年。
 ───百年。

「自分で淹れた紅茶にも、もう飽きてしまいました。お嬢様、あなたの声が聞きたいです」
 もう、誰の声も思い出せないし、どんな所作、振る舞いかですらも朧げだった。時が動いたら、また一から勉強の日々だなと溜息をつく。
「でもようやく見つけたんですよ。この時の能力の暴走の答えが。自暴自棄になってしまうような答えですが」
 パチュリー・ノーレッジは十六夜咲夜という人間に大変興味を持っていた。いったいどのようにして、時を止めているのか。ときに遅めたり進めたりしているのか。咲夜を日々観察しながらこっそり研究記録を取っていたのであった。
 天才の考えることを推し量ることはできないが、どうやって判明したのか、今回の現象が起きる可能性にまで言及していたのである。
「十六夜咲夜の能力は、天文学的に低い確率で、暴走する可能性がある。それは『時を止めた対象が五億年そのままである』という暴走だ。万が一にもそれが起きてしまったら、彼女の能力は意味を為さない。止めた対象に対しては五億年待つ以外何も対処がない。だが、これは本当に天文学的に低い確率。あまり危惧する必要はないのかもしれない。対策は今のところ浮かんでいない」
 研究記録の最後にはそんなことが書いてあった。どうやら、その暴走の対策はこれから考えていくような姿勢だったらしい。
「パチュリー様、危惧する必要はあったみたいですよ」
 時を止めた対象は"自分以外"。つまりその全てが五億年止まっている、正確に言うとあと四億九千九百年止まっていることが確定したのであった。
「……」
 五億年ボタンの話がまさかここまで自分事になるとは思わなかった。
 十六夜咲夜は五億年ひとりぼっち。時が止まった世界に居続ける。
 正直、断定できる。そんなの耐えられるわけがない。
「……」
「……」
「……レミリアお嬢様」
 楽しそうな表情で身振り手振りをしていたレミリアの方を見る。今にも動き出しそうなのに、もう百年も動いていないのだ。
 普段から定期的に時を止めてはレミリアをこっそり眺めていた。だが、今までのどの時よりもじっくりとレミリアの顔を見る。
 自分がずっと支えてきた人。
 これからも支えていきたい人。
 愛しい、自分の運命を変えてくれたたった一人のご主人様。
「……また、あなたに頼っても良いですか」
 十六夜咲夜は思い切り手を広げているレミリアの手のひらにそっと自分の手を重ねた。そしてギュッと手を握り、覚悟を決める。
「私に残された手段は一つ」
 時が止まった周りをどうにかすることはできない。
 五億年待つしかない。
 しかし、五億年待てばきっと狂ってしまう。
 ならば、もう一つの対象"自分"を止めるしかない。
 原因はもう分かっており、自分が何かしなくても五億年経てば解決する。なのでその選択肢を取ることができる。
「とは言えども、長い時間、時を止めていられないし、間に休憩も必要となると、小刻みに時を止め続けたとして一億年、二億年はかかってしまうかしら。それでは結局狂うことになる」
 だからレミリアの力が必要になる。
 パチュリーは、この暴走を天文学的に低い確率だと言った。引く確率がそもそもゼロに等しく、連続で引くなんて本当にありえない確率だと。
 しかし十六夜咲夜はそれを引かなければならない。
 今度は対象"自分"に対して、五億年の停止をしなければいけないのだ。
「もう一度だけ暴走してね、私の力」
 レミリアの運命を操る程度の能力は、レミリアの時が止まってる状態でも作用するのだろうか。分からない。それでも自分の主人を信じたかった。
 今自分に時を止めて、いずれ時が動き出した時、レミリアたちが動いていたら成功。動いてなかったら失敗。覚悟を決めて二億年過ごすことにする。
 レミリアの手から自分の手を離す。そして、両手を前に重ねて、一礼。顔を上げて自分の敬愛する主人に最高の微笑みを見せる。
 それは十六夜咲夜の覚悟だった。
「また逢いましょう、お嬢様」

 ───紅茶カップがカタンと音を立てた。ああ、咲夜が時を止めたんだな、と思った。構わず喋り出そうとして気づく。
 最高の微笑みだった。
 レミリアの前で十六夜咲夜は微笑んでいた。しかし、様子がおかしい。まるで時が止まっているように微動だにしない。
「咲夜、悪い冗談はよしなさい」
 返事はなく。
 レミリアは理解したわけではないが、直感で察した。十六夜咲夜の時が止まっていることを。
 そこから紅魔館のメンツを集め、状況を共有した。すぐにパチュリーが博麗霊夢に連絡し、そこからできる限りのことをした。しかし動くことはなかった。
 なぜか分からないがある日、十六夜咲夜の時は止まってしまったのだ。そしてなぜか、その日、レミリアの手には誰かからの温もりがずっと残っていた。

「……咲夜が五億年止まり続ける暴走をした可能性がある? それは本当なの、パチェ」
「ええ。前から理論上可能性は存在していたのだけど、それでもありえない確率だった。まさか引くとは思ってなかった」
「その暴走が起きると本当に五億年止まり続ける、それは確かなのか」
「確かよ」
 レミリアはゆっくりと立ち上がり、妖精メイドが用意してくれた紅茶を一気に飲み干す。立ちながら飲むことも、一気に飲み干すことも、少しマナーが悪いが、それどころではなかった。
「五億年……五億年、か……」
 カップを割ってしまった。パチュリーは後ろからその姿を見ていたが、いつのまにか目を逸らしていた。
「そんなの吸血鬼でさえ死んでるわよ」
 そこからの日々はモノクロであった。
 もちろん、十六夜咲夜の教育の賜物で、なんとか妖精メイドの仕事は成り立ち、咲夜の能力自体は発動し続けてるため、紅魔館の空間が狭くなることもなく、元々人間である咲夜がいなかった時間の方が長いのだ。紅魔館は普通の生活を送れていた。
 ただ、それでもどこか心が欠けてしまったような日々。振り返れば、すぐにでも動き出しそうな微笑みの咲夜がいるというのに。
「もうあと少しで百年か。霊夢も魔理沙も長生きだが、もうおばあちゃんだ。咲夜、私はあと四億九千九百年おまえを待たなければいけないのか? 私も生きてるか分からないぞ。お願いだ。その微笑みの先を教えてくれ」
 レミリアは、非道な吸血鬼だった。涙もほとんど流してこなかった。だがポタポタと瞳から溢れ流れていくそれは涙としか言えなく、嗚咽も止まらなかった。
「咲夜、あなたにまた逢いたいわ……」
 滲んでる視界に青い物が覆う。それは涙を拭き取るハンカチだと気づいた。レミリアは慌てて顔を上げる。
「咲夜」
 確かに十六夜咲夜は動いた。五億年じゃなかったのか。まだ、百年しか経ってないというのに。
「お嬢様」
 咲夜も涙を流しながら、それでもレミリアの涙を拭き取ることに終始した。そして。
「お互いに五億年の旅をしたようです。お嬢様のお力のおかげです」
「わけ、わかんないわよ……っ」
「安心してください。今からゆっくり話しますから。時間はいくらでも」
 廊下から走る音が聞こえる。咲夜の帰還を、全員が待っていたのだ。
 十六夜咲夜は幸せだった。
読んでいただきありがとうございました。
投稿頻度がまちまちですが、これからも投稿していきますので楽しんでくれたら幸いです。
Ryu
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コメント



0.50簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです