「人類戦線と人民の団結はすでに存在しません。人類戦線は既にその意義を失いました。我々は占領軍によって占領されたのです」
プツリと真空管ラジオから音がして放送が切れた。静寂が部屋の中に流れ、本居小鈴は上着を脱ぎ息を吐いた。
小鈴は鈴奈庵の冷たい椅子に座り自分の荒れ果てた指先を見つめる。彼女はラジオを切ると本棚を見上げる。そして体制側として加担した罪からは逃げられないと知り彼女は泣き崩れた。
あの男は決して越えてはいけない一線を越えてしまった。
人類戦線。それは反妖怪主義を掲げる急進的勢力であった。宮出口観霊の理念は歪んでいき人里を闘争の場と変えていく。そこには彼の先祖が妖怪に無残に殺された巫女というのも理由の一つだったかもしれない。
「妖怪の山はハートランド(中軸地帯)である。ハートランドを支配するものが勝者となり幻想郷を支配する。我々は生存圏を作り上げなければならない」
そう常々話していた彼の目は狂気で満ちていた。
そして博麗霊夢を拘束、人里の周辺地域への侵攻を完了した後に妖怪の山に居住する人間の保護を名目に、侵攻を実行した。
「妖怪という生まれ持っての犯罪者には永遠の夜が訪れるべきである」
一時は天魔代理の姫海棠はたてと大天狗の飯綱丸龍を拘束した。人民は勝利の美酒に酔っていた。このままなら妖怪の山勢力の降伏さえもあり得た。
しかしこの裏で前線は崩壊しかけていた。前線の兵士は暴走し妖怪だけではなく人間の集落すら無差別で掃討し始めた。兵士たちは極限状況の中で狂い始めていた。
冬が終わり八雲紫が冬眠から覚めたことで状況は決定的に変わった。即座に状況を把握した紫は拘束されていた霊夢を解放し妖怪による解放軍を組織した。人類の勝利はこの時点で砂上の楼閣のように崩れ落ちたのだ。
御阿礼の子、稗田阿求は上白沢慧音、前自警団長小兎姫らと共に拘束されていた。彼女らは侵攻軍の司令官であった里香と接触しクーデターを秘密裏に計画した。
既に前線では敵前逃亡する兵士が多発し指揮系統は崩壊寸前だった。
そしてこの侵攻に不満を貯めていた前線の兵士が大量に離反した結果、非現実的だと思われていたクーデターは成功した。
「これ以上、人を死なせるわけにはいかない!それが私の守るべき歴史なのだから!」
執務室に踏み込んだ阿求の目はいつもの聡明なものではなかった。それは何百年も転生を続け記録を繋いできた彼女だけが持つ、煮えたぎった怒りであった。その中には個人的な怒りも混じっていた。
「返してよ……返してよ!」
「貴方は私から全てを奪い去った!安寧も平和も!そしてあの人も……!」
御阿礼の子の隣にいた一人の男。あの侵攻の中で消えた命。その喪失は彼女を決定的なまでに破壊した。
拳銃を取り出した阿求に小兎姫は驚いた。暴力を嫌うはずの彼女がそんなことをするとは思いもしなかったからだ。
「阿求!落ち着いて!この男は裁判を受けて裁きを受けるべきなの!」
「うるさい!小兎姫!私はこの男を殺さなければならない!」
「己のイデオロギーの為に人間を殺し人里を滅亡へと追い込んだ。この罪は死ぬことでしか許されない!」
阿求はトリガーへと指をかけ銃口を男へ向ける。
カチャリ。カチャリ。
「あれ……なんで……?」
銃弾は放たれなかった。阿求は何度も引き金を引くがカチャリと音が鳴るばかりであった。
「いざという時のために銃弾を抜いておいてよかったな」
そう言いながら慧音が後ろから現れ阿求から拳銃を取り上げる。
「こいつは裁判を受けて裁きを受けなければならない。小兎姫の言う通りだ阿求。勢いのまま殺してしまったら意味がない」
「あ……あ……」
阿求は慧音の方を見つめながら泣いていた。
「どうしてよ!何故!貴女まで!」
阿求は鬼気迫る表情で慧音を睨みつける。そこにはいつものように理知的な慧音がいた。彼女は銃から抜いたであろう銃弾を握りしめていた。
「阿求、貴女が穢れ役を担う必要はない。そんなことしたらあの人もきっと悲しむ」
その一言で阿求の目から一筋の涙が流れた。
「あの人の話をするなんてズルいよ慧音」
阿求は力が抜けたかのように冷たい床に崩れ落ち両手で顔を覆い涙でしゃくり上げる。
慧音は拳銃を鞄にしまうと阿求の手を取り、小さな肩を力強く抱き寄せた。
「御阿礼の子を血で染める必要はないのよ」
慧音の言葉に小兎姫も頷く。
「もしこの男を殺してしまえば私たちのクーデターの正当性も無くなる。私たちは狂気を止めるために立ち上がったの。この男を殺すためじゃないわ」
二人の言葉は阿求を鎮めていった。阿求は涙で顔がグシャグシャになりながらも慧音を見つめた。
「あの時、磐長姫に祈って長寿を願ったのは生に執着しているからだけじゃない。私が記録しなければこの里が消えてしまうと確信してしまったからなの」
「誰もいなくなってしまうと思ったの。私たちが築いたものも、人里での生活も、思い出も、あの人も、全て……。そう考えたら死に物狂いで記録を残すことしかできなかった」
***
「被告人、宮出口観霊。主文は理由を述べた後に言い渡します」
是非曲直庁から招かれた四季映姫・ヤマザナドゥの声は静かだった。
「被告人は博麗大結界に反対し殺害され怨霊化した宮出口瑞霊の子孫であり妖怪への復讐を実行することに対しては一定の動機が認められる」
「しかし被告人が行った行為は明らかに人道に対する罪に該当する」
「よって、被告人を死刑に処する」
観霊は逮捕されてもなおその行為について反省していなかった。今尚自らを人類の救世主だと信じ切っているその姿は哀れだった。
***
処刑が行われたのはかつての総統地下壕の近くだった。観霊の首に縄がかかる。
「正義なんて元々無かった!これっぽちの正義も!やはり権力がすべてを独裁へと導く。そして、この権力が被害を蒙ることを願っているんだ!私たちはなんて被害に遭うことになるんだろうか!私もなんて被害者だ!土壇場の上に立つことは何も恥ずかしいことではない!これは、政治的復讐以外の何物でもないのだから。私は他の市民のように人間の為に戦ってきたのだから……」
しかし最後は布が被され声が遮られ、直後に下の床が落ちた。
小鈴は彼に拉致され妖怪の専門家として秘書を務めていた日々を思い出していた。
今でも思う。人間は彼に騙された被害者なのではなく加害者だったのではないか、と。
そして自分自身もその加害者側にいて本来は裁かれるべき存在だと思っていた。
しかし歴史は廻る。復讐が復讐を呼び狂気を呼び起こす。過去の歴史を書き留める者がいたとしてもいつまた同じようなことが起こらない保証はどこにもないのだ。
プツリと真空管ラジオから音がして放送が切れた。静寂が部屋の中に流れ、本居小鈴は上着を脱ぎ息を吐いた。
小鈴は鈴奈庵の冷たい椅子に座り自分の荒れ果てた指先を見つめる。彼女はラジオを切ると本棚を見上げる。そして体制側として加担した罪からは逃げられないと知り彼女は泣き崩れた。
あの男は決して越えてはいけない一線を越えてしまった。
人類戦線。それは反妖怪主義を掲げる急進的勢力であった。宮出口観霊の理念は歪んでいき人里を闘争の場と変えていく。そこには彼の先祖が妖怪に無残に殺された巫女というのも理由の一つだったかもしれない。
「妖怪の山はハートランド(中軸地帯)である。ハートランドを支配するものが勝者となり幻想郷を支配する。我々は生存圏を作り上げなければならない」
そう常々話していた彼の目は狂気で満ちていた。
そして博麗霊夢を拘束、人里の周辺地域への侵攻を完了した後に妖怪の山に居住する人間の保護を名目に、侵攻を実行した。
「妖怪という生まれ持っての犯罪者には永遠の夜が訪れるべきである」
一時は天魔代理の姫海棠はたてと大天狗の飯綱丸龍を拘束した。人民は勝利の美酒に酔っていた。このままなら妖怪の山勢力の降伏さえもあり得た。
しかしこの裏で前線は崩壊しかけていた。前線の兵士は暴走し妖怪だけではなく人間の集落すら無差別で掃討し始めた。兵士たちは極限状況の中で狂い始めていた。
冬が終わり八雲紫が冬眠から覚めたことで状況は決定的に変わった。即座に状況を把握した紫は拘束されていた霊夢を解放し妖怪による解放軍を組織した。人類の勝利はこの時点で砂上の楼閣のように崩れ落ちたのだ。
御阿礼の子、稗田阿求は上白沢慧音、前自警団長小兎姫らと共に拘束されていた。彼女らは侵攻軍の司令官であった里香と接触しクーデターを秘密裏に計画した。
既に前線では敵前逃亡する兵士が多発し指揮系統は崩壊寸前だった。
そしてこの侵攻に不満を貯めていた前線の兵士が大量に離反した結果、非現実的だと思われていたクーデターは成功した。
「これ以上、人を死なせるわけにはいかない!それが私の守るべき歴史なのだから!」
執務室に踏み込んだ阿求の目はいつもの聡明なものではなかった。それは何百年も転生を続け記録を繋いできた彼女だけが持つ、煮えたぎった怒りであった。その中には個人的な怒りも混じっていた。
「返してよ……返してよ!」
「貴方は私から全てを奪い去った!安寧も平和も!そしてあの人も……!」
御阿礼の子の隣にいた一人の男。あの侵攻の中で消えた命。その喪失は彼女を決定的なまでに破壊した。
拳銃を取り出した阿求に小兎姫は驚いた。暴力を嫌うはずの彼女がそんなことをするとは思いもしなかったからだ。
「阿求!落ち着いて!この男は裁判を受けて裁きを受けるべきなの!」
「うるさい!小兎姫!私はこの男を殺さなければならない!」
「己のイデオロギーの為に人間を殺し人里を滅亡へと追い込んだ。この罪は死ぬことでしか許されない!」
阿求はトリガーへと指をかけ銃口を男へ向ける。
カチャリ。カチャリ。
「あれ……なんで……?」
銃弾は放たれなかった。阿求は何度も引き金を引くがカチャリと音が鳴るばかりであった。
「いざという時のために銃弾を抜いておいてよかったな」
そう言いながら慧音が後ろから現れ阿求から拳銃を取り上げる。
「こいつは裁判を受けて裁きを受けなければならない。小兎姫の言う通りだ阿求。勢いのまま殺してしまったら意味がない」
「あ……あ……」
阿求は慧音の方を見つめながら泣いていた。
「どうしてよ!何故!貴女まで!」
阿求は鬼気迫る表情で慧音を睨みつける。そこにはいつものように理知的な慧音がいた。彼女は銃から抜いたであろう銃弾を握りしめていた。
「阿求、貴女が穢れ役を担う必要はない。そんなことしたらあの人もきっと悲しむ」
その一言で阿求の目から一筋の涙が流れた。
「あの人の話をするなんてズルいよ慧音」
阿求は力が抜けたかのように冷たい床に崩れ落ち両手で顔を覆い涙でしゃくり上げる。
慧音は拳銃を鞄にしまうと阿求の手を取り、小さな肩を力強く抱き寄せた。
「御阿礼の子を血で染める必要はないのよ」
慧音の言葉に小兎姫も頷く。
「もしこの男を殺してしまえば私たちのクーデターの正当性も無くなる。私たちは狂気を止めるために立ち上がったの。この男を殺すためじゃないわ」
二人の言葉は阿求を鎮めていった。阿求は涙で顔がグシャグシャになりながらも慧音を見つめた。
「あの時、磐長姫に祈って長寿を願ったのは生に執着しているからだけじゃない。私が記録しなければこの里が消えてしまうと確信してしまったからなの」
「誰もいなくなってしまうと思ったの。私たちが築いたものも、人里での生活も、思い出も、あの人も、全て……。そう考えたら死に物狂いで記録を残すことしかできなかった」
***
「被告人、宮出口観霊。主文は理由を述べた後に言い渡します」
是非曲直庁から招かれた四季映姫・ヤマザナドゥの声は静かだった。
「被告人は博麗大結界に反対し殺害され怨霊化した宮出口瑞霊の子孫であり妖怪への復讐を実行することに対しては一定の動機が認められる」
「しかし被告人が行った行為は明らかに人道に対する罪に該当する」
「よって、被告人を死刑に処する」
観霊は逮捕されてもなおその行為について反省していなかった。今尚自らを人類の救世主だと信じ切っているその姿は哀れだった。
***
処刑が行われたのはかつての総統地下壕の近くだった。観霊の首に縄がかかる。
「正義なんて元々無かった!これっぽちの正義も!やはり権力がすべてを独裁へと導く。そして、この権力が被害を蒙ることを願っているんだ!私たちはなんて被害に遭うことになるんだろうか!私もなんて被害者だ!土壇場の上に立つことは何も恥ずかしいことではない!これは、政治的復讐以外の何物でもないのだから。私は他の市民のように人間の為に戦ってきたのだから……」
しかし最後は布が被され声が遮られ、直後に下の床が落ちた。
小鈴は彼に拉致され妖怪の専門家として秘書を務めていた日々を思い出していた。
今でも思う。人間は彼に騙された被害者なのではなく加害者だったのではないか、と。
そして自分自身もその加害者側にいて本来は裁かれるべき存在だと思っていた。
しかし歴史は廻る。復讐が復讐を呼び狂気を呼び起こす。過去の歴史を書き留める者がいたとしてもいつまた同じようなことが起こらない保証はどこにもないのだ。
幻想郷にもこのような動きはあって然るべきと思いました。
霊夢さんはちょっと簡単に捕まり過ぎですが、まぁ人間に勝ち目は無かったですね
こういう人たちがもっといてもおかしくはないのだと思いました
それを裁くことが正義として扱われていることへの恐ろしさと、それでもやはりまた繰り返すのだろうという予感が最後まで残りました
とてもよかったです