時々、思い出す。
遠い昔、自分の在り方を選択した日に、受け取った言葉だ。
――せめて、これから続くお前の不思議な毎日に、今日の選択を後悔する日々が続いていることを。
そう言われて、私は博麗の巫女のお役目を背負うことになった。
後悔。
いったい、何に後悔するというのだろう。今日に至るまで、私はその言葉の真意を、理解できないでいた。
東方Project二次創作
『空っ歩の巫女さん』
ふらふらと、酔いどれ千鳥足。
どうにかこうにか、寄りかかるものを見つけて、手をついて、地に足をつける。
この手触り。どうやら石っぽい。手の感覚と、くるくるーっと回っている視界の情報を頼りにして、どうにか石っぽいものへ背中を預ける。それからお尻へ、ぺたんと振動を感じ取る。なんとか座り込めたのだろうか。背中を預けたのは、大きい石の作り物のようだ。いつも、あうんが座っている台座だろうか。
ぎゃあぎゃあと騒ぐみんなの声は、どこか幕一枚隔てた向こう側にあるようで、くぐもって聞こえてきた。まるで、遠くから聞こえてくる祭囃子みたいだった。
今日はお祭りだったか、宴会だったか。確か宴会だった気がする。なんの宴会かは、たくさんのお酒と一緒にお腹の中へ流し込んでしまったので、頭の中には浮かんでこない。
「あれえ……? 霊夢どこ行ったあー?」
そんな風に、誰かが私の名前を呼んでいる。まるで湖の中で音を聞いているようで、誰の声かさえもちゃんと判別できなかった。
「あはは、本当だ、どこにもいないや」
「あ、ちょっと、これ私のですからね! とらないでくださいよー」
「さっきまでそこらで呑んでいたと思うんですけどねえ」
「秋は萩で、春は牡丹って言うでしょう? それで、夏は夜船で、冬は北窓」
「なんだあ、霊夢がいない? わはは、あいつ、よくいなくなるなあ」
「お腹に入れば一緒じゃん!」
「そもそも霊夢さんなんて最初からいなかったんだあ!」
「うわ、なんか始まった」
「誰だ、あいつにあんなに呑ませたのは」
「うふふ。いえ、もしかすると本当にそうかもしれないわ。霊夢なんていなかったのかも」
「おや、じゃあここは無人神社。これは私たちが管理せねばですねえ」
好き勝手に、みんなが思い思い言い合っている。
私も、ちょっと前まであの喧騒の中にいたはずだ。けれども今は、ここで一人ぽっち。みんなのところには松明の明かりが届いているけれど、私が座る場所は、すっかり夜の闇と溶け合っていた。
場所の暗さのせいだろうか。それとも、酩酊で感覚がほどけてしまったからだろうか。やけに、みんなの言葉が私の中に沁み込んできた。
霊夢なんて、どこにもいなかった。そんな言葉が繰り返し聞こえてくる。ついつい私は、今まで投げ出しっぱなしにしていた脚と手を動かして、どうしても身を丸めた姿勢になりたくなってしまう。
勝手に思い浮かんでくる。まだ私が、自分のご飯さえ、どうにも用意できず、春の次にはどんな季節が来るのかも知らなかった時分のことだ。
あの頃の私は、どこかも分からない場所にいて、自分の名前も持っていなかった。名前以外のものだって、何も持っていなかったと思う。何も持ち合わせず、ただ時間の流れの中を漂っていただけだ。生きていた、と言い切る自信は、いまだって持ち合わせていない。
空にとても近い、山の上のような場所で、私は博麗の巫女のお役目を担うことになった。はじめて私が手に入れたものだった。
それから、博麗神社という居場所を持つようになった。そして、博麗の巫女として妖怪を退治して、妖怪以外も退治するようになって。いつの間にか、なぜか神社に集まってくる変な奴らと、ぎゃあぎゃあと過ごすようになって。
私の日々はちょっとだけ、賑やかになった気がしていた。
春の次は夏が来て、秋、冬と続き、春に巡ることも覚えた。それぞれの季節に、どんな楽しみがあって、どんな面倒くさいことがあるのかも、いつの間にか覚えていた。
「あはは、だから、いままで一緒に居た霊夢さんは、夢、幻なんですよお!」
でも、どうやらまだ、私は自信がないらしい。
みんなが好き勝手に口にしている、博麗霊夢なんてどこにもいなかった、という言葉に、たとえ独り言でも、何も言い返すことができなかった。ただ自分で自分の体を包んで、その体温を感じて、確かめることしかできなかった。
本当に、私はここにいるのだろうか。そんな答えが分かりきっているはずの事柄さえ、改めて問いたださずにはいられない気持ちがした。
――確かに私は、博麗の巫女としてここにいる。けれども、もしも私からお役目を取り去ったとき、いったい何が残るのだろう?
博麗の巫女のお役目を帯びた、博麗霊夢はここにいる。
けれども、それを取り去った後に残る私というものは、小さなころの、あの時分からずっと変わらずに、空っぽなままな気がしていた。
私が私を抱く腕の力を、ぎゅっと大きくしないではいられない。私の手が懸命につかもうとするのは、他ならない私の手だった。ここには他に、誰の手もないのだ。私の手を掴もうとする手も、私の手が掴める手も。ただ、私が私を繋ぎ留めなければ、何も無いのだ……。
けれども、そんな私の気持ちなど、つゆ知らずという風に。のんきな声が一つ、頭の上から聞こえてきた。
「ああ、なんだ。霊夢はこんなところにいたのか」
顔を上げるより前に、私の頬が、ぷにと摘ままれる。
「お猪口も持たずに一人酒なんて、どうやって呑もうとしていたんだ?」
それから少し強引にぐいぐいと頬を弄繰り回されて、私は相手の顔を見る余裕もなくしてしまった。けれども、顔を見るまでもない、声で誰かは分かる。
こんなことをするのは、魔理沙ただ一人だ。
「え、霊夢さん? こんなところにいたんですか」
「おいつまみが足りないぞ、ちゃんと準備してくれよ」
「お酒ーっ! 枝豆ーっ! 幽々子様ーっ!」
「だから誰だあいつにあんなに呑ませたの」
「霊夢さんっ! 神社譲渡してくださいよー」
「霊夢さん! お酒がなくなりそうです! どうしましょう!」
「あやや。氷の妖精の手酌は、いつでも冷酒になる。これはまさに一面記事のネタ……」
「あなたいつも宴会でそんなこと言ってるけど、一面記事になったためしがないじゃない」
それから魔理沙の声につられたのか、それともつられていないのか。やかましいくらいたくさんの声が、好き勝手に騒ぎ立てて、私の周りにやってくる。
それはもう、本当に本当にやかましくって……。私は、私の頬をつまんで好き勝手に弄繰り回している魔理沙の手を払いのけて、立ち上がった。
「あー、うるさい! 少しくらい静かに呑ませなさいよ!」
そんな風にして怒鳴りつける。しかし、魔理沙はどこ吹く風と、からからと目を細めて笑うだけだった。そして、その他のやつらは、それぞれ追いかけっこをしたり、酒を呑んだり、重なり合って横になっていびきをかいていたり……。本当にもう、好き勝手、自由にやっていた。
それなら、私にだって考えがあるもん。そう意気込んで、お猪口の中に残っていたお酒を飲み干してから、私は宴会の喧騒の中に戻っていた。それで、私はみんなに言ってやったのだ。
「あんたらねえ! 私が、この神社の巫女よ! こんなに好き勝手やって、覚悟できてるんでしょうね!」
腹の底から湧いてくる文句を、たくさんたくさん、とめどなく、思いっきり叫びだす。それこそもしかすると私も、心の底から、好き勝手に、ぎゃあぎゃあと叫んでいたのかもしれない。
そしてそんな風に言っても、この宴会に集まってくるような厄介な奴らは、寝たり呑んだり笑ったり、ただ好き勝手にふるまっているだけだった。
〇●〇 ●〇● 〇●〇 ●〇● 〇●〇 ●〇●
あの、私の視界の中で笑っている、白黒の魔法使い。
彼女が夢を叶えて寿命がなくなったら、私は退治しなければならないのだろうか……。
後悔。
そんな言葉が、私の心に浮かんでくる。
ああ、後悔か。
もしかしたら、私が過ごすこの日々は、悪い日々じゃないのかもしれない……。
そんな思いが、浮かんできた。
空っ歩の巫女さん(了)
遠い昔、自分の在り方を選択した日に、受け取った言葉だ。
――せめて、これから続くお前の不思議な毎日に、今日の選択を後悔する日々が続いていることを。
そう言われて、私は博麗の巫女のお役目を背負うことになった。
後悔。
いったい、何に後悔するというのだろう。今日に至るまで、私はその言葉の真意を、理解できないでいた。
東方Project二次創作
『空っ歩の巫女さん』
ふらふらと、酔いどれ千鳥足。
どうにかこうにか、寄りかかるものを見つけて、手をついて、地に足をつける。
この手触り。どうやら石っぽい。手の感覚と、くるくるーっと回っている視界の情報を頼りにして、どうにか石っぽいものへ背中を預ける。それからお尻へ、ぺたんと振動を感じ取る。なんとか座り込めたのだろうか。背中を預けたのは、大きい石の作り物のようだ。いつも、あうんが座っている台座だろうか。
ぎゃあぎゃあと騒ぐみんなの声は、どこか幕一枚隔てた向こう側にあるようで、くぐもって聞こえてきた。まるで、遠くから聞こえてくる祭囃子みたいだった。
今日はお祭りだったか、宴会だったか。確か宴会だった気がする。なんの宴会かは、たくさんのお酒と一緒にお腹の中へ流し込んでしまったので、頭の中には浮かんでこない。
「あれえ……? 霊夢どこ行ったあー?」
そんな風に、誰かが私の名前を呼んでいる。まるで湖の中で音を聞いているようで、誰の声かさえもちゃんと判別できなかった。
「あはは、本当だ、どこにもいないや」
「あ、ちょっと、これ私のですからね! とらないでくださいよー」
「さっきまでそこらで呑んでいたと思うんですけどねえ」
「秋は萩で、春は牡丹って言うでしょう? それで、夏は夜船で、冬は北窓」
「なんだあ、霊夢がいない? わはは、あいつ、よくいなくなるなあ」
「お腹に入れば一緒じゃん!」
「そもそも霊夢さんなんて最初からいなかったんだあ!」
「うわ、なんか始まった」
「誰だ、あいつにあんなに呑ませたのは」
「うふふ。いえ、もしかすると本当にそうかもしれないわ。霊夢なんていなかったのかも」
「おや、じゃあここは無人神社。これは私たちが管理せねばですねえ」
好き勝手に、みんなが思い思い言い合っている。
私も、ちょっと前まであの喧騒の中にいたはずだ。けれども今は、ここで一人ぽっち。みんなのところには松明の明かりが届いているけれど、私が座る場所は、すっかり夜の闇と溶け合っていた。
場所の暗さのせいだろうか。それとも、酩酊で感覚がほどけてしまったからだろうか。やけに、みんなの言葉が私の中に沁み込んできた。
霊夢なんて、どこにもいなかった。そんな言葉が繰り返し聞こえてくる。ついつい私は、今まで投げ出しっぱなしにしていた脚と手を動かして、どうしても身を丸めた姿勢になりたくなってしまう。
勝手に思い浮かんでくる。まだ私が、自分のご飯さえ、どうにも用意できず、春の次にはどんな季節が来るのかも知らなかった時分のことだ。
あの頃の私は、どこかも分からない場所にいて、自分の名前も持っていなかった。名前以外のものだって、何も持っていなかったと思う。何も持ち合わせず、ただ時間の流れの中を漂っていただけだ。生きていた、と言い切る自信は、いまだって持ち合わせていない。
空にとても近い、山の上のような場所で、私は博麗の巫女のお役目を担うことになった。はじめて私が手に入れたものだった。
それから、博麗神社という居場所を持つようになった。そして、博麗の巫女として妖怪を退治して、妖怪以外も退治するようになって。いつの間にか、なぜか神社に集まってくる変な奴らと、ぎゃあぎゃあと過ごすようになって。
私の日々はちょっとだけ、賑やかになった気がしていた。
春の次は夏が来て、秋、冬と続き、春に巡ることも覚えた。それぞれの季節に、どんな楽しみがあって、どんな面倒くさいことがあるのかも、いつの間にか覚えていた。
「あはは、だから、いままで一緒に居た霊夢さんは、夢、幻なんですよお!」
でも、どうやらまだ、私は自信がないらしい。
みんなが好き勝手に口にしている、博麗霊夢なんてどこにもいなかった、という言葉に、たとえ独り言でも、何も言い返すことができなかった。ただ自分で自分の体を包んで、その体温を感じて、確かめることしかできなかった。
本当に、私はここにいるのだろうか。そんな答えが分かりきっているはずの事柄さえ、改めて問いたださずにはいられない気持ちがした。
――確かに私は、博麗の巫女としてここにいる。けれども、もしも私からお役目を取り去ったとき、いったい何が残るのだろう?
博麗の巫女のお役目を帯びた、博麗霊夢はここにいる。
けれども、それを取り去った後に残る私というものは、小さなころの、あの時分からずっと変わらずに、空っぽなままな気がしていた。
私が私を抱く腕の力を、ぎゅっと大きくしないではいられない。私の手が懸命につかもうとするのは、他ならない私の手だった。ここには他に、誰の手もないのだ。私の手を掴もうとする手も、私の手が掴める手も。ただ、私が私を繋ぎ留めなければ、何も無いのだ……。
けれども、そんな私の気持ちなど、つゆ知らずという風に。のんきな声が一つ、頭の上から聞こえてきた。
「ああ、なんだ。霊夢はこんなところにいたのか」
顔を上げるより前に、私の頬が、ぷにと摘ままれる。
「お猪口も持たずに一人酒なんて、どうやって呑もうとしていたんだ?」
それから少し強引にぐいぐいと頬を弄繰り回されて、私は相手の顔を見る余裕もなくしてしまった。けれども、顔を見るまでもない、声で誰かは分かる。
こんなことをするのは、魔理沙ただ一人だ。
「え、霊夢さん? こんなところにいたんですか」
「おいつまみが足りないぞ、ちゃんと準備してくれよ」
「お酒ーっ! 枝豆ーっ! 幽々子様ーっ!」
「だから誰だあいつにあんなに呑ませたの」
「霊夢さんっ! 神社譲渡してくださいよー」
「霊夢さん! お酒がなくなりそうです! どうしましょう!」
「あやや。氷の妖精の手酌は、いつでも冷酒になる。これはまさに一面記事のネタ……」
「あなたいつも宴会でそんなこと言ってるけど、一面記事になったためしがないじゃない」
それから魔理沙の声につられたのか、それともつられていないのか。やかましいくらいたくさんの声が、好き勝手に騒ぎ立てて、私の周りにやってくる。
それはもう、本当に本当にやかましくって……。私は、私の頬をつまんで好き勝手に弄繰り回している魔理沙の手を払いのけて、立ち上がった。
「あー、うるさい! 少しくらい静かに呑ませなさいよ!」
そんな風にして怒鳴りつける。しかし、魔理沙はどこ吹く風と、からからと目を細めて笑うだけだった。そして、その他のやつらは、それぞれ追いかけっこをしたり、酒を呑んだり、重なり合って横になっていびきをかいていたり……。本当にもう、好き勝手、自由にやっていた。
それなら、私にだって考えがあるもん。そう意気込んで、お猪口の中に残っていたお酒を飲み干してから、私は宴会の喧騒の中に戻っていた。それで、私はみんなに言ってやったのだ。
「あんたらねえ! 私が、この神社の巫女よ! こんなに好き勝手やって、覚悟できてるんでしょうね!」
腹の底から湧いてくる文句を、たくさんたくさん、とめどなく、思いっきり叫びだす。それこそもしかすると私も、心の底から、好き勝手に、ぎゃあぎゃあと叫んでいたのかもしれない。
そしてそんな風に言っても、この宴会に集まってくるような厄介な奴らは、寝たり呑んだり笑ったり、ただ好き勝手にふるまっているだけだった。
〇●〇 ●〇● 〇●〇 ●〇● 〇●〇 ●〇●
あの、私の視界の中で笑っている、白黒の魔法使い。
彼女が夢を叶えて寿命がなくなったら、私は退治しなければならないのだろうか……。
後悔。
そんな言葉が、私の心に浮かんでくる。
ああ、後悔か。
もしかしたら、私が過ごすこの日々は、悪い日々じゃないのかもしれない……。
そんな思いが、浮かんできた。
空っ歩の巫女さん(了)
しれっと神社を狙ってる人がいましたね
楽しそうなのにどこかもの寂しさがあってよかったです