「里のだんごが食べたいわ。穣子買ってきて」
静葉のその一言が、すべてのはじまり。
「やだ」
「あら、どうして」
「めんどい」
「極めてシンプルな理由ね。嫌いじゃないわ」
「だって里に行くなら、私ってわからないようにしないといけないし」
「そんなの気配隠せばいいじゃない」
「気配隠すの苦手なの」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「知ってた」
「だから、あなたに頼むのよ」
「姉さんが行きなさいよ」
「面倒だわ」
「私もめんどーよ! 面倒ごと人に押しつけんな」
「……ああ、そういえば、文が言ってたわ。貸本屋にあなたが好きそうな本が入ったって」
「あ、そうやって私を釣る気? 言っとくけど、きかないからね? そんなの」
「それと、あなたにおすすめしたい飯屋があるわ」
「……へー。念のため聞いとく。どんなの?」
「ごちそう芋料理れすとらん」
「……そんなんで私が釣られるとでも?」
「思ってるわ」
「……。ふっ……! 甘いわね! 焼きたての安納芋くらい甘いわっ! 実り神である私が、それしきで動くわけないでしょ! 姉さん、浅はかよ!」
「ああ、そうそう忘れてたわ。だんご屋さんで芋を使った、いもだんごを始めたらしいわよ」
「…………。そ、そんなんで私が、つ、釣られるとでも……?」
「思ってるわ」
静葉はそう言うと、湯飲みの番茶をずずっとすすり、フッと笑みを浮かべた。
□
……ああ。
ひゅーひゅーと吹く冷たい風が、この身に沁みる。
と、いうわけで、私は今、里に来ています。ハイ。
それにしても、防寒服で身を固めたハズなのに、体が震えるこの寒さ。さすが冬。うーん、堪えるわぁ……。
まったく、レティのあんちくしょうが、憎いったりゃあありゃしない……!
……なんてぐちぐち言っても始まらないんだけど、しかしまあ、なんというか、正月もとーっくに終わったというのに、里は今日もピースカギャースカと、よく賑わっているもんだわ。今、昼前くらいだから、なおさらか。
よくも飽きないもんだって思うけど、まあ、考えてみりゃ人の営みなんてそんなもんか。
寒いからって家にずっと閉じこもってたら、食ベものとか、生活品とか足りなくなっちゃうし。……つくづく人ってめんどーねえって思うわけで。
……それはさておき、せっかくこうやって身を隠してまで里に来ちゃったことだし、テキトーにぶらぶらして、テキトーに用足しして帰ろっと。
……あ、そうだ! あらかじめ言っておくけど、別に姉さんの口車に乗せられて来たわけじゃないからね!?
ちょっと里の様子が気になったから来てみただけなんだからね!?
……いもだんごの味とか。だから、そこんとこカン違いしないでよ!
じゃ、そーいうわけで、秋神さまの冬の里めぐり、はじまりはじまりーっと!
――さてはて、いったいどうなることやら……。
【一軒目】
えーと、はじめは大通り沿いにある、こぢんまりとした佇まいのお店。
ここは貸本屋で、名前はたしか鈴奈庵。その名の通り、本を貸してくれるお店ね。
正直、あんまり人が入ってるイメージないけど、本屋なんて、ま、そんなもんか。じゃ、さっそく中へ。
――いちいち余計な一言多いわねこの子は。まったく、店に失礼でしょ。
「……おじゃましまーす」
中はちょっぴり薄暗くて、人の気配は感じられない。うーん。思ったとおりというか、思ったよりもというか、まるで水を打ったように静まり返ってる。そのかわりに、ところせましと、本棚が陣取っていて、棚にはぎーっしりと色んな本が並べられているわね。
あ、ちなみにここにある本は、ほとんどが外来本って言って、外の世界から流れ着いた本なのよね。でも、一言で外来本と言っても、ピンキリで、それこそ小難しい哲学書ってのから、いかがわしい、ぐらびあ本? なるものまであって……
「あ、いらっしゃいませ。こんにちは!」
「あ、どーもどーも!」
話しかけてきたのは、ここのご主人の一人娘。たしか名前は……。あれ? なんだっけ。
――小鈴よ。本居小鈴。
「……あれ? もしかしなくても穣子さん?」
「おっと、よくわかったわね? ばっちり身を隠してきたのに」
「やっぱり! いやいや、わかりますよ。穣子さんわかりやすいですし。ところで今日はお姉さんは?」
「あー姉さんならいないわよ。なんか家で留守番してるって」
「じゃあ、穣子さんお一人?」
「うん、まーね」
「あら、そうだったんですね。……それにしても今日はいちだんと寒いですねー」
「そうねー。冬真っ盛りって感じよねー。困ったモンだわ。ったく」
「まったくですよねー。ほんとう寒くて寒くて。……ねえねえ、穣子さん。こんな寒い日はなんとなく、……ほら、焼きいもとか、食べたくなったりしませんか?」
などと言いながら、彼女はこっちをチラ見してくる。どうやら私の焼きイモが食べたいらしい。
……ったく、まーた人のことを、イモの神か何かと勘違いしてコイツは。
「まったく。そうやって、私がいつでも焼きイモ持ってると思わないでよ。私はイモの神じゃないんだからね?」
「ええっ!? 違うんですか!?」
「違うわよっ!? 私は豊かさを司る実りの神!」
「そんなぁ。せっかく、穣子さんのために『サツマイモ大図鑑』をとっておいたのに……」
え、何よ。その本。
「ふふふ。これを読めば、さつまいものすべてがわかるという本ですよ!」
「ちょっとそれ貸してよ?」
「えー? でも穣子さん、イモの神さまじゃないんでしょ? いらないですよね? それにこれ一応、お店の品物なので、ちゃーんと手続きしてからお金を……」
「……よーし! 安納イモとベニコマチでどうよ?」
「はーい! まいどーありがとうございまーす!」
……と、いうわけで、右手に安納イモ、左手にベニコマチを持って、嬉しそうに頬張る彼女を見つつ、私は『サツマイモ大図鑑』を抱え、ほくほく顔で鈴奈庵をあとにするのだった。
……なんか、あの子に上手く乗せられたよーな気がするけど、ま、いっか。ウインウインだし。
……あれ?
そーいえば、文が言ってた本って、何だったんだろ?
……。
……ま、いっか。いい本手に入ったし。そんじゃ次のお店へゴーゴーゴー!
――まったく、のっけから目的忘れてるし、これじゃ先が思いやられるわね……。
【二軒目?】
次は、同じく大通りのどこかにあるというお店。店の名前は……。えーと、なんだっけ?
あーそーいや、姉さんに店の名前聞いてくるの忘れちゃったわね。
……ま、さがせばそのうち見つかるでしょ。と、いうわけで、聞き込み開始っと。
お、ちょうどいいとこに、いかにもヒマそうな赤髪の人が。さっそく聞いてみましょ。
「あ、ちょっとそこの方~」
「……ん? 何よ。今、忙しいんだけど?」
「あ、そうなの。ところでさ。なんかこの辺に、おいしいイモ料理の店があるって聞いたんだけど……」
「……イモ料理の店……?」
「そうそう、ごちそういも料理れすとらんっていうらしいんだけど」
「……ああ、もしかしてあそこのことかな」
「お、なんかご存じで?」
「ええ。今だけやってるお店があるって」
「今だけ!? それはなんかスゴそう! で、どこにあんの?」
「この先の道、ずーっと行ったつきあたり。行けばすぐわかるわよ。目立つし」
「わかったわ。ありがとー!」
よーし、さっそく行かねば!
それにしても、この人どこかで見たことがあるような……? と、思っていると。
「……ところでアナタ。もしかしなくてもイモ神よね?」
「ん……? どちらさまで?」
「……いつも美味しい焼きイモ、ありがとね」
「あ、えーと……? 誰だっけ。……あっ! そうだ思い出した! あんたはたしか、……ええと、石板鬼!」
「……な、なんか、イントネーションがビミョーに違う気がするけど、そうよ」
ああ、そうだわ! カンペキに思い出した! いつも焼きいも買いに来るろくろ首だ! 石板鬼さんね!
――赤蛮奇よ。まったく、どこがカンペキなのよ。
「どーもどーも。いつもいつもごひいきにして頂いて……」
「いえ、どういたしまして。で、今日はイモは売ってないの?」
「あ、そうそう、ごめん。今日はやってないのよ。実は今日はね……」
「あそ。またね」
と、板鬼は、さっさと人並みの中に姿を消してしまう。
「あ、ちょっと……?」
その場にぽつんと取り残されてしまう私。
……なっ、何よ! やっぱりアイツも私のイモ目当てなの!? イモ以外なんかないの!?
――無理ね。あなたはイモ神だもの。
……うーん。
……なんか腑に落ちないわ!
そうだ! こんなときはイモ食うに限る! よし! イモ食おう!
少女イモ食い中……(Now Loading)
……ああー! お口いっぱいに広がる優しい甘さに、ほっこりするのだー。
うん! やっぱりイモしか勝たん! どれ、もう一口……。
少女イモ食い中……(Now imoding)
――もう。のんきにイモなんか食ってないで、はやく次のお店に行きなさいって。日が暮れちゃうわよ。
【二軒目】
さて、イモ食ってリフレッシュも終わったので、さっそく、ろくろ首に教えてもらった所に行ってみると、確かにあったわ、例のお店。
入り口には名前がでかでかと書かれてて。その名前はというと……。
『いも料理れすとらん いもでじゃねぃろ』
「うーん……。イモなのかイモじゃねいのかハッキリしろって感じね」
さっそく中へ。
客はいない。そういやここって、確か元々別なお店だったような……? たしかこういうの居抜きって言うのよね。
「あいよ、いらっしゃい!」
と、あいさつしてくれたのは……。
「あれ……? アンタは」
「あんれぇ? おめぇ、穣子でねぇが?」
私の顔見て目を丸くさせてんのは、ネムノっていうヤマンバ。
なんでこんなところに?
「ああ、今の時期んなっとな、山じゃなーんもとれねぐなっちまうからよぉ、こうやって里さ降りであきねぇしてんだわ」
またビッミョーに、わかりにくい訛りの入った言葉だわね。ええと、ようは出稼ぎみたいなとこか。なかなかキビしいわねぇ。ヤマンバも。
「んで、今日はなじょしたん?」
「なじょしたん……? 菜女子たん?」
「おめぇなにしさ来たんだぁこの!?」
「ああ、いや、なんか評判のイモ料理屋があるっていうから、来てみたのよ。そんな怒らないでよ?」
「ああ、んだがぁ。ほんじゃこれ、おしながきだ。奥の方さいっがら決まったら呼んでけろ」
「あ、はいどうも……」
……うーん。この人、悪い人じゃないんだけど、いかんせん訛りがひどくて、言ってることよくわかんないのよねえ。通訳でもいればいいんだけど……。
――……ふむ。通訳ね。
ま、それはともかく、とりあえずおしながきっと。
えーと……。なになに、里芋の煮っ転がしに、じゃがいもの甘辛炒め、さつまいもの薄揚げに、麦とろじゃがいも定食――
へえ、マジでイモだらけね。名前に偽りなしってとこか……。
……ん? なにこれ。スマッシュポテト、200円……?
……スマッシュポテト?
マッシュポテトならわかるけど……。スマッシュ……?
「あのー……」
「はいはい。決まったげ? 何にすんだが」
――はいはい。決まりましたか? 何にするのか。
「あの、このスマッシュポテトって……。マッシュポテトのこと?」
「ああ、これげ。いんやぁ、これはスマッシュポテトでまちげぇねえんだ」
――ああ、これですか。いや、これはスマッシュポテトでまちがいないんですよ。
「……ふーん? じゃあ、これ一つちょーだい」
「あいよ。すぐこさえっかんな」
――はい。すぐ用意しますね。
さて、注文も終わったし、とりあえず湯飲みのお茶をっと……。
うん、少し熱めだけど、寒い日にはこれくらいがちょうど良い塩梅。
それはそれとして、スマッシュポテトって何なんだろ? 気になるわね。
……あ、そうだ!
こっそり覗いてみましょっと。
と、いうわけで、そーっと調理場の方へ行ってみると……。
お! 今まさに、ちょうど鍋からじゃがいもを取り出したところみたいね! 細長くて煮崩れしてないところ見るに、多分あれはメークイーンあたりかな?
そんでもって、そのじゃがいもを手に持って……。
ん……?
なんか知んないけど、ヤマンバのヤツ、急に分厚い鉄板を床にドスンと置いたじゃないのよ。そしてそこに向かってじゃがいもをたたきつけ……。
って、スマッシュってそーいう……!?
「ん? 誰だぁ!?」
――おや、誰ですか。
……あ、やべっ気づかれた!?
ヤマンバのヤツ、私に気づくなり出刃包丁片手に、文字通り鬼の形相でにらみつけてきた!
「……おめぇ、みぃーたぁーなー?」
――あなた、見ましたね。
「ひえぇーー!? ご、ごめんなさい!? いや、つい気になって……! 悪気はなかったのよ。だからその、包丁下ろして!?」
「……って、冗談だぁ。はっはっは! んだぁ。こうやって叩きつけっからスマッシュなんだわ。な、ハイカラだべ?」
――って、冗談ですよ。ははは。そうです。こうやって叩きつけるのでスマッシュなんですよ。どうです。最先端でしょう。
「お、驚かせるんじゃないわよ!? いや、ハイカラかどうかはともかく、ま、まぁ新しくはあるのかもしれないけど……」
はぁ。まったく……。たまげたわ。気を取り直して、席に戻ると、ほどなくして皿に盛り付けられたスマッシュポテトが運ばれてくる。
ポテトの上には、バターと胡椒と青のりが添えられており、なんとなくいい感じに整えられてるのが、なんかミョーに腹が立つ。
「……じゃ、いただきまーす」
……むむっ。これは!?
ほくほくのじゃがいもと、バターのまろやかな塩味に、青のりの香ばしさがマリアージュしてなかなか美味じゃないの!? そんでもって奥で微かに感じるのは、恐らく隠し味のニンニク! っていうか、鉄板で叩き潰されたイモが、存外にいい食感してるのが、なんかよけー腹立つわ。
「どだ? んめーべ? これ、かんぷら良い塩梅に潰すの結構てぇへんなんだかんなぁ」
――どうですか。美味しいでしょう。これ、じゃがいもを良い具合に潰すの結構大変なんですよ
「うん。おいしいわ。……ところで一つ聞いていい?」
「なんだべ?」
――なんですか
「このイモさ。あれでしょ。芋百姓の兵郎米右衛門さんとこのやつ」
「んだぁ。よぐわがったごと。まさしぐ、ひょろべぇもんさんとこのだ」
――そうです。よくわかりましたね。まさしく、ひょろうべえもんさんのとこのです。
「やっぱりね! だと思ったわ! あの人のところのイモは、味が違うのよ! あの人のイモ使ってるなら、そりゃ美味しいはずだわ」
「いやいやぁ。イモ神さまのお墨付きもらえたら、店の箔も上がるってもんだわぁ。がっはっはっは!」
――いやいや。イモ神さまのお墨付きもらえたのなら、この店の箔も上がるってものですよ。うふふふふ。
……えーと、その後も美味しいイモと世間話に花が咲き、気がついたらもう八つ時近く。
ほんじゃ、そろそろ次の店へ向かうとすっべ。だんだん日も暮れて来たしなぃ。ほんじゃ、また来っかんなーぃ!
――穣子、言葉遣いがヤマンバの郷に入国しちゃってるわよ。はやくこっちにかえってきなさい。
【三軒目】
ふー。うめがったなぃ。……じゃなくて、美味しかったわね。
さてさて、時は八つ時。八つ時はおやつ時。ってわけで、次にやってきたのは、人気の甘味処。ここは確か月からやってきたウサギさんたちが営んでいるお店だったわよね。ではさっそく……。
「たのもー!」
「あ、いらっしゃーい!」
と、こっちに寄ってきたのは、青い髪の月のウサギさん。名前は……えーと、なんだっけ?
――清蘭よ。あなた、今日名前忘れすぎよ。イモ食べすぎてボケちゃったの。
ま、まぁ、いいや。とりあえずお目当てのだんごを……っと。
「今日は何にします?」
「あーそうね。ええと、なんかウワサで聞いたんだけど、イモあんのだんごがあるんだって?」
「ああ! ありますよー!」
「じゃあ、それ一つ頼むわ!」
「はーい! まいどー!」
と、ウサギさんは、とてとてと奥の方へ引っ込んでいく。奥ではもう一匹の月のウサギ。名前は。……えーと、確かだんごみたいな名前だった気がするけど、忘れちゃったわね。
――……。
ま、まぁ、とにかくそいつが、だんごを作っていると思われる。おそらく。
とりあえず席へ着いて一息。周りを見渡すと、荷物を小脇に抱えたご婦人方が、こぞってだんごを嗜んでいるわ。おそらく、買い出し中の一休みがてら、ここで小腹を満たしてるって感じなんでしょうね。
まあ、賑わってるようでなによりなにより。
そういや、ここも元々は別なお店だったけど、ちょっと前にこのだんご屋になったのよね。
そう! つまりここもいわゆる居抜きってヤツ!
――あなた、それただ居抜きって言いたいだけでしょ。まったく言葉覚えたての子どもじゃないんだから。
「はーい、イモあんだんご、おまっとさーん!」
さてさて、ほどなくして運ばれてきた例のだんご。
おお! これは! まるで白ウサギのように真っ白なだんごに、鮮やかな黄金色のイモあんが、たーっぷり乗っかってるわ!
いいわねー! この、きもてらわない感じ! 余計なものは何もいらないうさぎよさ! そう、うさぎだけにってね……! どやぁ!
――あの、どや顔なところ悪いけど、正しくは『奇をてらわない』よ。それと、うさぎじゃなくて、いさぎね。『潔さ』。言葉は正しくね。
……さて、ではさっそくお味の方はっと……。
おおおおっ!?
すごいっ!
すばらしいっ!
うぉー!
これは感動モンだわ!
――……いったいどんな味なのよ。
あの、なんていうか、だんごがすごいもちもちしてて、香ばしくて、それでほのかに甘くて、上のいもあんも甘いんだけど、なんていうか、イヤな甘ったるい感じじゃなくて、自然そのものな甘さって感じで、だけどそれでいて、しっかりと味のある甘さで……。とにかく香ばしくて。とにかくおいしいっ!
――……まったく伝わってこないわね。ま、いいわ。あとでゆっくり味わうことにしましょう。早く買って帰ってくるのよ。
と、いうわけで団子屋を出ると、外はすっかり日が暮れてしまって寒さも増してきつつあって……。
うーん。こんな日はミスティアの居酒屋で一献なんてのもオツなもんだけど、今日の所はここでおいとましましょ。姉さんも首を伸ばして待ってるだろうし。
……ん? なんか街の中で黒い煙上がってるけど、火事かしら?
うーん、気になるけど。ま、いいや。寒いから早く帰ろ……っと。
□
「……で、結局、火事が気になって見に行って、寒さに負けてそのまま居酒屋で夜を明かして、朝帰りってわけなのね。まったく」
「いやー。あはははー……」
「……で、火事はどこだったのよ」
「いやー。それがさー。凄い人だかりで全然見えなくて……。空飛ぶわけにも行かないし」
「これを見なさい」
と、静葉は読んでいた新聞を穣子に渡す。
「んー? なになに『寺子屋が爆発炎上。恨みある者の犯行か?』ですって? どういうコトよ」
「読んでの通りよ」
「へぇー。夕べのアレはコレだったのね」
「そうみたいね。ま、私たちには関係ないことよ。……ところで穣子」
「なによ?」
「おみやげは」
「あ、そうだ忘れてた。はいこれ」
と、穣子は紙袋に入っただんごと本を取り出す。
「まったく、待ちわびたわ」
静葉は紙袋を開き、中のだんごを取り出して手に取ると「ふむふむ、なるほど」などと言いながらぐるっと見回す。
「そんなことしてないで、さっさと食べたら? 見回したところで味は変わんないわよ?」
穣子は呆れた様子で静葉を見やりながら、本を開く。もちろん鈴奈庵で手に入れた『サツマイモ大図鑑(あかね書房)』である。
「わかってないわね、穣子。和菓子はその見た目も楽しむものなのよ。本当、あなたは花より団子よね」
「これから団子食おうとしてるヤツに言われたくないわよ!? ……あ、そうだ! 姉さんさぁ!」
「なにかしら」
首をかしげる静葉に穣子は、大きく息を吸って言い放つ。
「人が町を散策してるときに、イチイチちゃちゃ入れないでよね!? うるさいったらありゃしないわ!!」
「あら、聞こえてたの」
「聞こえてたもなにも、頭の中に直で話しかけてきてたでしょーがっ!?」
「ふふふ。ごめんなさいね。でも助かったでしょ。あなた人の名前、ことごとく忘れていたし、ヤマンバさんの訛りも私が訳してあげたからスムーズにお話ができたでしょ」
「ま、まぁ、それはそうなんだけどさぁ……。なんか一人って気分がしなかったわよ……」
「ま、いいじゃない。天気も良かったし。体も動かせたでしょうし、何より久々に里の人たちにあえて、いい気晴らしになったでしょ」
「むー……。ま、まぁそうだけど……。何か腑に落ちないわ! あ、そうだ! こんなときは……!」
と、懐からイモを取り出して、これ見よがしにかじり出す穣子。
それを見て静葉は思わずフッと笑みを浮かべ、次は自分が里に顔を出してみるのもやぶさかではないか。と、里の景色を思い浮かべながら、いもあん団子を口に含んだのだった。
静葉のその一言が、すべてのはじまり。
「やだ」
「あら、どうして」
「めんどい」
「極めてシンプルな理由ね。嫌いじゃないわ」
「だって里に行くなら、私ってわからないようにしないといけないし」
「そんなの気配隠せばいいじゃない」
「気配隠すの苦手なの」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「知ってた」
「だから、あなたに頼むのよ」
「姉さんが行きなさいよ」
「面倒だわ」
「私もめんどーよ! 面倒ごと人に押しつけんな」
「……ああ、そういえば、文が言ってたわ。貸本屋にあなたが好きそうな本が入ったって」
「あ、そうやって私を釣る気? 言っとくけど、きかないからね? そんなの」
「それと、あなたにおすすめしたい飯屋があるわ」
「……へー。念のため聞いとく。どんなの?」
「ごちそう芋料理れすとらん」
「……そんなんで私が釣られるとでも?」
「思ってるわ」
「……。ふっ……! 甘いわね! 焼きたての安納芋くらい甘いわっ! 実り神である私が、それしきで動くわけないでしょ! 姉さん、浅はかよ!」
「ああ、そうそう忘れてたわ。だんご屋さんで芋を使った、いもだんごを始めたらしいわよ」
「…………。そ、そんなんで私が、つ、釣られるとでも……?」
「思ってるわ」
静葉はそう言うと、湯飲みの番茶をずずっとすすり、フッと笑みを浮かべた。
□
……ああ。
ひゅーひゅーと吹く冷たい風が、この身に沁みる。
と、いうわけで、私は今、里に来ています。ハイ。
それにしても、防寒服で身を固めたハズなのに、体が震えるこの寒さ。さすが冬。うーん、堪えるわぁ……。
まったく、レティのあんちくしょうが、憎いったりゃあありゃしない……!
……なんてぐちぐち言っても始まらないんだけど、しかしまあ、なんというか、正月もとーっくに終わったというのに、里は今日もピースカギャースカと、よく賑わっているもんだわ。今、昼前くらいだから、なおさらか。
よくも飽きないもんだって思うけど、まあ、考えてみりゃ人の営みなんてそんなもんか。
寒いからって家にずっと閉じこもってたら、食ベものとか、生活品とか足りなくなっちゃうし。……つくづく人ってめんどーねえって思うわけで。
……それはさておき、せっかくこうやって身を隠してまで里に来ちゃったことだし、テキトーにぶらぶらして、テキトーに用足しして帰ろっと。
……あ、そうだ! あらかじめ言っておくけど、別に姉さんの口車に乗せられて来たわけじゃないからね!?
ちょっと里の様子が気になったから来てみただけなんだからね!?
……いもだんごの味とか。だから、そこんとこカン違いしないでよ!
じゃ、そーいうわけで、秋神さまの冬の里めぐり、はじまりはじまりーっと!
――さてはて、いったいどうなることやら……。
【一軒目】
えーと、はじめは大通り沿いにある、こぢんまりとした佇まいのお店。
ここは貸本屋で、名前はたしか鈴奈庵。その名の通り、本を貸してくれるお店ね。
正直、あんまり人が入ってるイメージないけど、本屋なんて、ま、そんなもんか。じゃ、さっそく中へ。
――いちいち余計な一言多いわねこの子は。まったく、店に失礼でしょ。
「……おじゃましまーす」
中はちょっぴり薄暗くて、人の気配は感じられない。うーん。思ったとおりというか、思ったよりもというか、まるで水を打ったように静まり返ってる。そのかわりに、ところせましと、本棚が陣取っていて、棚にはぎーっしりと色んな本が並べられているわね。
あ、ちなみにここにある本は、ほとんどが外来本って言って、外の世界から流れ着いた本なのよね。でも、一言で外来本と言っても、ピンキリで、それこそ小難しい哲学書ってのから、いかがわしい、ぐらびあ本? なるものまであって……
「あ、いらっしゃいませ。こんにちは!」
「あ、どーもどーも!」
話しかけてきたのは、ここのご主人の一人娘。たしか名前は……。あれ? なんだっけ。
――小鈴よ。本居小鈴。
「……あれ? もしかしなくても穣子さん?」
「おっと、よくわかったわね? ばっちり身を隠してきたのに」
「やっぱり! いやいや、わかりますよ。穣子さんわかりやすいですし。ところで今日はお姉さんは?」
「あー姉さんならいないわよ。なんか家で留守番してるって」
「じゃあ、穣子さんお一人?」
「うん、まーね」
「あら、そうだったんですね。……それにしても今日はいちだんと寒いですねー」
「そうねー。冬真っ盛りって感じよねー。困ったモンだわ。ったく」
「まったくですよねー。ほんとう寒くて寒くて。……ねえねえ、穣子さん。こんな寒い日はなんとなく、……ほら、焼きいもとか、食べたくなったりしませんか?」
などと言いながら、彼女はこっちをチラ見してくる。どうやら私の焼きイモが食べたいらしい。
……ったく、まーた人のことを、イモの神か何かと勘違いしてコイツは。
「まったく。そうやって、私がいつでも焼きイモ持ってると思わないでよ。私はイモの神じゃないんだからね?」
「ええっ!? 違うんですか!?」
「違うわよっ!? 私は豊かさを司る実りの神!」
「そんなぁ。せっかく、穣子さんのために『サツマイモ大図鑑』をとっておいたのに……」
え、何よ。その本。
「ふふふ。これを読めば、さつまいものすべてがわかるという本ですよ!」
「ちょっとそれ貸してよ?」
「えー? でも穣子さん、イモの神さまじゃないんでしょ? いらないですよね? それにこれ一応、お店の品物なので、ちゃーんと手続きしてからお金を……」
「……よーし! 安納イモとベニコマチでどうよ?」
「はーい! まいどーありがとうございまーす!」
……と、いうわけで、右手に安納イモ、左手にベニコマチを持って、嬉しそうに頬張る彼女を見つつ、私は『サツマイモ大図鑑』を抱え、ほくほく顔で鈴奈庵をあとにするのだった。
……なんか、あの子に上手く乗せられたよーな気がするけど、ま、いっか。ウインウインだし。
……あれ?
そーいえば、文が言ってた本って、何だったんだろ?
……。
……ま、いっか。いい本手に入ったし。そんじゃ次のお店へゴーゴーゴー!
――まったく、のっけから目的忘れてるし、これじゃ先が思いやられるわね……。
【二軒目?】
次は、同じく大通りのどこかにあるというお店。店の名前は……。えーと、なんだっけ?
あーそーいや、姉さんに店の名前聞いてくるの忘れちゃったわね。
……ま、さがせばそのうち見つかるでしょ。と、いうわけで、聞き込み開始っと。
お、ちょうどいいとこに、いかにもヒマそうな赤髪の人が。さっそく聞いてみましょ。
「あ、ちょっとそこの方~」
「……ん? 何よ。今、忙しいんだけど?」
「あ、そうなの。ところでさ。なんかこの辺に、おいしいイモ料理の店があるって聞いたんだけど……」
「……イモ料理の店……?」
「そうそう、ごちそういも料理れすとらんっていうらしいんだけど」
「……ああ、もしかしてあそこのことかな」
「お、なんかご存じで?」
「ええ。今だけやってるお店があるって」
「今だけ!? それはなんかスゴそう! で、どこにあんの?」
「この先の道、ずーっと行ったつきあたり。行けばすぐわかるわよ。目立つし」
「わかったわ。ありがとー!」
よーし、さっそく行かねば!
それにしても、この人どこかで見たことがあるような……? と、思っていると。
「……ところでアナタ。もしかしなくてもイモ神よね?」
「ん……? どちらさまで?」
「……いつも美味しい焼きイモ、ありがとね」
「あ、えーと……? 誰だっけ。……あっ! そうだ思い出した! あんたはたしか、……ええと、石板鬼!」
「……な、なんか、イントネーションがビミョーに違う気がするけど、そうよ」
ああ、そうだわ! カンペキに思い出した! いつも焼きいも買いに来るろくろ首だ! 石板鬼さんね!
――赤蛮奇よ。まったく、どこがカンペキなのよ。
「どーもどーも。いつもいつもごひいきにして頂いて……」
「いえ、どういたしまして。で、今日はイモは売ってないの?」
「あ、そうそう、ごめん。今日はやってないのよ。実は今日はね……」
「あそ。またね」
と、板鬼は、さっさと人並みの中に姿を消してしまう。
「あ、ちょっと……?」
その場にぽつんと取り残されてしまう私。
……なっ、何よ! やっぱりアイツも私のイモ目当てなの!? イモ以外なんかないの!?
――無理ね。あなたはイモ神だもの。
……うーん。
……なんか腑に落ちないわ!
そうだ! こんなときはイモ食うに限る! よし! イモ食おう!
少女イモ食い中……(Now Loading)
……ああー! お口いっぱいに広がる優しい甘さに、ほっこりするのだー。
うん! やっぱりイモしか勝たん! どれ、もう一口……。
少女イモ食い中……(Now imoding)
――もう。のんきにイモなんか食ってないで、はやく次のお店に行きなさいって。日が暮れちゃうわよ。
【二軒目】
さて、イモ食ってリフレッシュも終わったので、さっそく、ろくろ首に教えてもらった所に行ってみると、確かにあったわ、例のお店。
入り口には名前がでかでかと書かれてて。その名前はというと……。
『いも料理れすとらん いもでじゃねぃろ』
「うーん……。イモなのかイモじゃねいのかハッキリしろって感じね」
さっそく中へ。
客はいない。そういやここって、確か元々別なお店だったような……? たしかこういうの居抜きって言うのよね。
「あいよ、いらっしゃい!」
と、あいさつしてくれたのは……。
「あれ……? アンタは」
「あんれぇ? おめぇ、穣子でねぇが?」
私の顔見て目を丸くさせてんのは、ネムノっていうヤマンバ。
なんでこんなところに?
「ああ、今の時期んなっとな、山じゃなーんもとれねぐなっちまうからよぉ、こうやって里さ降りであきねぇしてんだわ」
またビッミョーに、わかりにくい訛りの入った言葉だわね。ええと、ようは出稼ぎみたいなとこか。なかなかキビしいわねぇ。ヤマンバも。
「んで、今日はなじょしたん?」
「なじょしたん……? 菜女子たん?」
「おめぇなにしさ来たんだぁこの!?」
「ああ、いや、なんか評判のイモ料理屋があるっていうから、来てみたのよ。そんな怒らないでよ?」
「ああ、んだがぁ。ほんじゃこれ、おしながきだ。奥の方さいっがら決まったら呼んでけろ」
「あ、はいどうも……」
……うーん。この人、悪い人じゃないんだけど、いかんせん訛りがひどくて、言ってることよくわかんないのよねえ。通訳でもいればいいんだけど……。
――……ふむ。通訳ね。
ま、それはともかく、とりあえずおしながきっと。
えーと……。なになに、里芋の煮っ転がしに、じゃがいもの甘辛炒め、さつまいもの薄揚げに、麦とろじゃがいも定食――
へえ、マジでイモだらけね。名前に偽りなしってとこか……。
……ん? なにこれ。スマッシュポテト、200円……?
……スマッシュポテト?
マッシュポテトならわかるけど……。スマッシュ……?
「あのー……」
「はいはい。決まったげ? 何にすんだが」
――はいはい。決まりましたか? 何にするのか。
「あの、このスマッシュポテトって……。マッシュポテトのこと?」
「ああ、これげ。いんやぁ、これはスマッシュポテトでまちげぇねえんだ」
――ああ、これですか。いや、これはスマッシュポテトでまちがいないんですよ。
「……ふーん? じゃあ、これ一つちょーだい」
「あいよ。すぐこさえっかんな」
――はい。すぐ用意しますね。
さて、注文も終わったし、とりあえず湯飲みのお茶をっと……。
うん、少し熱めだけど、寒い日にはこれくらいがちょうど良い塩梅。
それはそれとして、スマッシュポテトって何なんだろ? 気になるわね。
……あ、そうだ!
こっそり覗いてみましょっと。
と、いうわけで、そーっと調理場の方へ行ってみると……。
お! 今まさに、ちょうど鍋からじゃがいもを取り出したところみたいね! 細長くて煮崩れしてないところ見るに、多分あれはメークイーンあたりかな?
そんでもって、そのじゃがいもを手に持って……。
ん……?
なんか知んないけど、ヤマンバのヤツ、急に分厚い鉄板を床にドスンと置いたじゃないのよ。そしてそこに向かってじゃがいもをたたきつけ……。
って、スマッシュってそーいう……!?
「ん? 誰だぁ!?」
――おや、誰ですか。
……あ、やべっ気づかれた!?
ヤマンバのヤツ、私に気づくなり出刃包丁片手に、文字通り鬼の形相でにらみつけてきた!
「……おめぇ、みぃーたぁーなー?」
――あなた、見ましたね。
「ひえぇーー!? ご、ごめんなさい!? いや、つい気になって……! 悪気はなかったのよ。だからその、包丁下ろして!?」
「……って、冗談だぁ。はっはっは! んだぁ。こうやって叩きつけっからスマッシュなんだわ。な、ハイカラだべ?」
――って、冗談ですよ。ははは。そうです。こうやって叩きつけるのでスマッシュなんですよ。どうです。最先端でしょう。
「お、驚かせるんじゃないわよ!? いや、ハイカラかどうかはともかく、ま、まぁ新しくはあるのかもしれないけど……」
はぁ。まったく……。たまげたわ。気を取り直して、席に戻ると、ほどなくして皿に盛り付けられたスマッシュポテトが運ばれてくる。
ポテトの上には、バターと胡椒と青のりが添えられており、なんとなくいい感じに整えられてるのが、なんかミョーに腹が立つ。
「……じゃ、いただきまーす」
……むむっ。これは!?
ほくほくのじゃがいもと、バターのまろやかな塩味に、青のりの香ばしさがマリアージュしてなかなか美味じゃないの!? そんでもって奥で微かに感じるのは、恐らく隠し味のニンニク! っていうか、鉄板で叩き潰されたイモが、存外にいい食感してるのが、なんかよけー腹立つわ。
「どだ? んめーべ? これ、かんぷら良い塩梅に潰すの結構てぇへんなんだかんなぁ」
――どうですか。美味しいでしょう。これ、じゃがいもを良い具合に潰すの結構大変なんですよ
「うん。おいしいわ。……ところで一つ聞いていい?」
「なんだべ?」
――なんですか
「このイモさ。あれでしょ。芋百姓の兵郎米右衛門さんとこのやつ」
「んだぁ。よぐわがったごと。まさしぐ、ひょろべぇもんさんとこのだ」
――そうです。よくわかりましたね。まさしく、ひょろうべえもんさんのとこのです。
「やっぱりね! だと思ったわ! あの人のところのイモは、味が違うのよ! あの人のイモ使ってるなら、そりゃ美味しいはずだわ」
「いやいやぁ。イモ神さまのお墨付きもらえたら、店の箔も上がるってもんだわぁ。がっはっはっは!」
――いやいや。イモ神さまのお墨付きもらえたのなら、この店の箔も上がるってものですよ。うふふふふ。
……えーと、その後も美味しいイモと世間話に花が咲き、気がついたらもう八つ時近く。
ほんじゃ、そろそろ次の店へ向かうとすっべ。だんだん日も暮れて来たしなぃ。ほんじゃ、また来っかんなーぃ!
――穣子、言葉遣いがヤマンバの郷に入国しちゃってるわよ。はやくこっちにかえってきなさい。
【三軒目】
ふー。うめがったなぃ。……じゃなくて、美味しかったわね。
さてさて、時は八つ時。八つ時はおやつ時。ってわけで、次にやってきたのは、人気の甘味処。ここは確か月からやってきたウサギさんたちが営んでいるお店だったわよね。ではさっそく……。
「たのもー!」
「あ、いらっしゃーい!」
と、こっちに寄ってきたのは、青い髪の月のウサギさん。名前は……えーと、なんだっけ?
――清蘭よ。あなた、今日名前忘れすぎよ。イモ食べすぎてボケちゃったの。
ま、まぁ、いいや。とりあえずお目当てのだんごを……っと。
「今日は何にします?」
「あーそうね。ええと、なんかウワサで聞いたんだけど、イモあんのだんごがあるんだって?」
「ああ! ありますよー!」
「じゃあ、それ一つ頼むわ!」
「はーい! まいどー!」
と、ウサギさんは、とてとてと奥の方へ引っ込んでいく。奥ではもう一匹の月のウサギ。名前は。……えーと、確かだんごみたいな名前だった気がするけど、忘れちゃったわね。
――……。
ま、まぁ、とにかくそいつが、だんごを作っていると思われる。おそらく。
とりあえず席へ着いて一息。周りを見渡すと、荷物を小脇に抱えたご婦人方が、こぞってだんごを嗜んでいるわ。おそらく、買い出し中の一休みがてら、ここで小腹を満たしてるって感じなんでしょうね。
まあ、賑わってるようでなによりなにより。
そういや、ここも元々は別なお店だったけど、ちょっと前にこのだんご屋になったのよね。
そう! つまりここもいわゆる居抜きってヤツ!
――あなた、それただ居抜きって言いたいだけでしょ。まったく言葉覚えたての子どもじゃないんだから。
「はーい、イモあんだんご、おまっとさーん!」
さてさて、ほどなくして運ばれてきた例のだんご。
おお! これは! まるで白ウサギのように真っ白なだんごに、鮮やかな黄金色のイモあんが、たーっぷり乗っかってるわ!
いいわねー! この、きもてらわない感じ! 余計なものは何もいらないうさぎよさ! そう、うさぎだけにってね……! どやぁ!
――あの、どや顔なところ悪いけど、正しくは『奇をてらわない』よ。それと、うさぎじゃなくて、いさぎね。『潔さ』。言葉は正しくね。
……さて、ではさっそくお味の方はっと……。
おおおおっ!?
すごいっ!
すばらしいっ!
うぉー!
これは感動モンだわ!
――……いったいどんな味なのよ。
あの、なんていうか、だんごがすごいもちもちしてて、香ばしくて、それでほのかに甘くて、上のいもあんも甘いんだけど、なんていうか、イヤな甘ったるい感じじゃなくて、自然そのものな甘さって感じで、だけどそれでいて、しっかりと味のある甘さで……。とにかく香ばしくて。とにかくおいしいっ!
――……まったく伝わってこないわね。ま、いいわ。あとでゆっくり味わうことにしましょう。早く買って帰ってくるのよ。
と、いうわけで団子屋を出ると、外はすっかり日が暮れてしまって寒さも増してきつつあって……。
うーん。こんな日はミスティアの居酒屋で一献なんてのもオツなもんだけど、今日の所はここでおいとましましょ。姉さんも首を伸ばして待ってるだろうし。
……ん? なんか街の中で黒い煙上がってるけど、火事かしら?
うーん、気になるけど。ま、いいや。寒いから早く帰ろ……っと。
□
「……で、結局、火事が気になって見に行って、寒さに負けてそのまま居酒屋で夜を明かして、朝帰りってわけなのね。まったく」
「いやー。あはははー……」
「……で、火事はどこだったのよ」
「いやー。それがさー。凄い人だかりで全然見えなくて……。空飛ぶわけにも行かないし」
「これを見なさい」
と、静葉は読んでいた新聞を穣子に渡す。
「んー? なになに『寺子屋が爆発炎上。恨みある者の犯行か?』ですって? どういうコトよ」
「読んでの通りよ」
「へぇー。夕べのアレはコレだったのね」
「そうみたいね。ま、私たちには関係ないことよ。……ところで穣子」
「なによ?」
「おみやげは」
「あ、そうだ忘れてた。はいこれ」
と、穣子は紙袋に入っただんごと本を取り出す。
「まったく、待ちわびたわ」
静葉は紙袋を開き、中のだんごを取り出して手に取ると「ふむふむ、なるほど」などと言いながらぐるっと見回す。
「そんなことしてないで、さっさと食べたら? 見回したところで味は変わんないわよ?」
穣子は呆れた様子で静葉を見やりながら、本を開く。もちろん鈴奈庵で手に入れた『サツマイモ大図鑑(あかね書房)』である。
「わかってないわね、穣子。和菓子はその見た目も楽しむものなのよ。本当、あなたは花より団子よね」
「これから団子食おうとしてるヤツに言われたくないわよ!? ……あ、そうだ! 姉さんさぁ!」
「なにかしら」
首をかしげる静葉に穣子は、大きく息を吸って言い放つ。
「人が町を散策してるときに、イチイチちゃちゃ入れないでよね!? うるさいったらありゃしないわ!!」
「あら、聞こえてたの」
「聞こえてたもなにも、頭の中に直で話しかけてきてたでしょーがっ!?」
「ふふふ。ごめんなさいね。でも助かったでしょ。あなた人の名前、ことごとく忘れていたし、ヤマンバさんの訛りも私が訳してあげたからスムーズにお話ができたでしょ」
「ま、まぁ、それはそうなんだけどさぁ……。なんか一人って気分がしなかったわよ……」
「ま、いいじゃない。天気も良かったし。体も動かせたでしょうし、何より久々に里の人たちにあえて、いい気晴らしになったでしょ」
「むー……。ま、まぁそうだけど……。何か腑に落ちないわ! あ、そうだ! こんなときは……!」
と、懐からイモを取り出して、これ見よがしにかじり出す穣子。
それを見て静葉は思わずフッと笑みを浮かべ、次は自分が里に顔を出してみるのもやぶさかではないか。と、里の景色を思い浮かべながら、いもあん団子を口に含んだのだった。
やっぱりバームクーヘンさんの書く秋姉妹の軽快な会話は癖になります!
イモ神だとしか思われてない穣子が可哀想になりました。