誰かの声が聞こえる。
眼を開けると、そこは深い霧が立ち込める石河原だった。その中に立つ、幾人かの小さな子どもがこちらを覗き込んでいる。
「あなたはだあれ?」
「なんでここにいるの?」
「このべたべたはなに?」
浴びせられる質問にひとつずつ答えようとして、ふと気付く。
わたしはわたしだ。ただ、それ以上のことがわからない。
気が付くとここに居た。どこからきて、どうしてここに居るのか。わたしはそれがわからない。
足下に目をやると、粘り気を帯びたゲル状の何かが散らばっていた。ときおり蠢くそれらは赤い。わたしの身からぽつぽつと滴り落ちる液体もまた、赤い。
「ねえ、こっちであそぼうよ」
子どもたちに導かれるまま霧の中を進むと、無数の石積みが立つ空間が現れた。
「これは?みんなが作ったの?」
「そうだよ。すごいでしょ」
むふーと胸を張る女の子。眼前に広がる石積み群はたしかにすごい。河原はもちろん川に向けてなだらかに下る斜面にまで石が積まれている。その高さ、規模にはムラがあるものの、大小様々な石積みが乱立する光景はめったに目にすることができないだろう。また、それらのほとんどが今にも崩れそうな危ういバランスを保っていることも驚きだ。なにより、目の前で照れ笑いを浮かべている子どもたちがこれらを拵えたという事実が、わたしの心に強く響いた。
「うん。すごい。みんな、これは本当にすごいことだよ」
「えへへ、ありがとう」
子どもたちは、わたしが素直な感想を告げるたびに、キャッキャと歓声を上げる。微笑ましい光景に頬を緩ませていると、不意に子どもたちの顔に陰が差した
「でもね。これ、すぐに壊されちゃうんだよ」
「そうそう。どうせ、明日には崩されちゃうんだから」
このときは子どもたちの豹変ぶりに困惑したけれど、その日の夕刻、川を越えてやってきた鬼たちが石積みを跡形もなく消し去る一部始終を目撃してしまったことで、子どもたちの表情の理由がわかった。
同時に、わたしは、わたしがここにやって来た意味を理解した。
わたしは自分の事が判らない。どうしてここにいるのかもわからない。だけど、こういうとき自分が何をすればよいのか。それだけはわかる。
「ねえ。絶対に崩されない石積みのやり方、知りたい?」
それから私は子どもたちに絶対に崩れない石積みの作り方を指南した。やり方は簡単。私の体液を石と石の間に塗り付けるだけだ。
翌日、河原に林立する石積みを見回ってみると、そのどれもが危ういバランスで成り立っている事がわかった。石積みの間を歩き回っている際、いくつかの石積みを崩してしまったほどである。これでは鬼でなくとも簡単に崩せてしまう。まずは、と三つほどの石積みに私から滴る粘液を塗り込んでみると、案の定見違えるほど頑丈になった。その効果は鬼相手でも絶大であり、翌日現れた鬼たちは、私が指導して積み上げられた石積みを崩すことができず、すごすごと退散してしまったのだ。
「すごい!石が崩されなかった!」
「こんなの初めてだよね」
「いつも鬼が来る夕方は悲しかったけど、これでもう大丈夫だ」
飛び跳ねて喜ぶ子どもたちが可愛らしい。胸の内に込み上がる感情を前に、ここに自身がやってきた理由に思い至る。私は、きっと子どもたちの願いを叶えるためにやってきたのだ。
「べとべとさん、ありがとう!」
いつのまにか、子どもたちは私のことをべとべとさんと呼ぶようになっていた。由来は勿論身体から滴る体液だろう。名前の響きは気になるけれど、呼び名ができたことで一層距離が縮まった気がする。
「今日は暗くなってきたから作業はおしまい。明日も絶対に崩れない石積みをつくろうね」
こうして私は、名実ともに子どもたちのコミュニティへ加入した。ここが、私の居場所なんだ。私はこのためにここにやってきたのだ。
けれど。その翌日、私の体液で塗り固めた石積みは、鬼たちによって跡形もなく破壊された。
昨日は徒手空拳を揮っていた鬼たちが、今日はスパイクの付いた金棒を振り回していたのだ。
わらわらと石積みにまとわりつく子どもたちを引き剥がす鬼と、その間に剛腕を揮う鬼。明確な指揮系統と、それに伴いもたらされた秩序立った破壊。淡々と実行される暴威を、わたしはただ眺めることしか出来なかった。
暴風が過ぎ去ったあと、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「べとべとさん」
いつのまにか隣に居た子どもがぽつりと私の名前を呼ぶ。けれども今の私に返事をする余裕は無く、代わりに足下に転がる石を手に取った。そうして体表に滲み出る粘液を指で撫で取っては石に擦り付ける。ざらついた質感がぬらぬらと照ると、その上に新たな石を積み、また自身の肌を擦る。
やがて積み上がった石たちは指で押してもビクともしない。だけど、これでは足りないのだ。もっと、もっと塗りたくらなくては。
「すごい。私でもここまで頑丈には出来ないよ」
霧の中から声が聞こえた。そちらを振り向くと、霧の中にぼんやりと小柄な輪郭が浮かび上がる。河原の石を踏みしめる足音とともに、その主の姿形がはっきりと見えてきた。
「はじめまして。私は戎瓔花、あなたのお名前は?」
その肉体や髪型、服装は周りの子どもたちと大きな変わりはない。ただ、白いワンピースの袖や帯に赤いぴろぴろが垂れている。歩く度に、一歩踏み出す度に、その赤いひもがぴろぴろと揺れる様子がかわいらしい。
「私の名前は――ごめんなさい。わからなくて。みんなからはべとべとさんって呼ばれてる」
「うんうん。そういう子、ここには多いからね。だけど、あなたみたいにはっきりしている子は珍しいな」
そう言いながら瓔花はわたしの石積みをしげしげと見つめる。
「ああ、なにかで石を固定しているんだ。だから崩れなかったんだね」
一見して、瓔花が観察する石積みにはわたしの体液が見受けられない。塗りつけた直後であればともかく、すっかり乾ききった今、視覚だけで気付くなんて。
「うん。だけど、さっきの鬼には簡単に崩されて。どうしようか悩んでいたの」
より多くの体液を用いれば接着性は上がるだろう。ただ、そんなことをしても鬼たちの武装が盛られるだけで、すぐに打ち崩される未来しか見えない。
「そういう方法も良いとは思うんだけど・・・・・・。私なら、別のところに力を入れるかな」
瓔花の積み方は独特だった。
石を積むと聞けば、多くの者は縦方向に重なる様子をイメージするだろう。上へ上へとバランスよく積み上げられる石。それがふらふらと震える度、胸が強く脈打つのだ。
一方、瓔花の積む石は垂直方向に重なりゆく。嚙み合わせるように横へ横へと置かれる石。それらは決してふらつくことはなく、やがて安定した円形を形作る。そうしてようやく縦方向に石が積まれ始めるのだ。
また、瓔花はひとりで石を積まなかった。初めこそ一人で石を積んでいた瓔花だが、折を見て河原で思い思いに遊んでいる子どもたちに声をかけ誘い招き入れ、瓔花ひとりだったはずの作業は、いつのまにか目につく距離の子どもたちを巻きこむ大イベントになっていた。
そうして出来あがった石積みは手の込んだ盆栽のようだった。確かな技巧が光るそれは、間違いなく芸術作品だった。にもかかわらず強度も申し分がなく、最終的には崩れてしまったものの、鬼の猛攻を前にして私の積んだそれの何倍もの時間を耐え抜いたのだった。
なによりも鬼に石積みを崩されたにもかかわらず、子どもたちが泣いていないのだ。その事実に心を打たれた私の口から本音が漏れる。
「……なんだ。わたしがいなくても、みんなは大丈夫なんだね」
満足感と充足感に満ちた瓔花の耳に、そんな声が届いた。
「あなたの積んだ石積みだって、全然壊されなかったじゃない」
その言葉は、瓔花にとっては純粋な褒め言葉だった。しかし、眼前に立ち尽くす少女の顔には一層陰が差す。
その様子を見ていると瓔花は無性に不安な気持ちになった。べとべとさんと呼ばれる少女は瓔花と瓜二つの容姿だった。垂れ下がるぴろぴろと、その髪色から衣服から体色に至るまでが赤と青のツートンカラーであること以外、本当に同じだった。容姿が似ていて石積みが上手い彼女は、瓔花にとって自分の分身のようなものだった。彼女が暗い顔をしていると自分まで不安になる。だから、明るい顔をしてほしくて。
「初めてだよ。わたし以外にあそこまで崩れない石積みを積んだのは」
その言葉が、とどめの一撃だったらしい。
「あなたが居れば大丈夫。ありがとう。さようなら」
顔をくしゃりと歪めると、べとべとさんは深い霧の中に姿を消した。
それからしばらくの間、瓔花は悩み続けた。なぜ彼女はあんな顔をしたのか。なぜ彼女は消えてしまったのか。なぜ彼女は悲しんだのか。水子には見えない彼女がなぜここに居たのか。
彼女は誰だったのか。そもそも、なぜ自分と瓜二つだったのか。
その疑問を解消するべく子どもたちに聞き込みをしていたある日のこと。瓔花は、子どもたちがべとべとさんと初めて出会ったという場所にたどり着いた。
「ここで会ったの?」
案内された場所はなんの変哲もない河原だった。しかしよく目を凝らしてみると、足元に散らばる石に赤色と青色のゲルがへばりついている。指先で突いてみるとプニプニと揺れて可愛らしい。それを指さしながら子どもたちは主張する。
「うん。絶対に崩れない石積みを作りたいって思いながら石を積んでいたら、急にあの子になったの」
たしかに、そのゲル状の何かは積み重ねると良く安定した。どちらかといえば“くっつく”と表現するほうが適切な気もするが、とにかく石に比べて安定はする。
瓔花は、べとべとさんにお礼を言いたかった。わずかな間とはいえ、彼女は子どもたちに笑顔をもたらした。そんなことをしてくれる人はめったにいないし、自分と同じ目線に立ってくれる人が現れて嬉しかった。ようは、感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
けれども、瓔花が子どもたちの真似をしても、べとべとさんが姿を現すことはなかった。
「やっぱりだめかぁ」
気が付けば、瓔花によってこねくり回された赤と青のゲルは固く乾いてしまっていた。すっかり水気を失った赤と青のゲルはまるで石のようで、河原では見られない石のように見えて、それが瓔花にとっては魅力だった。
その赤と青の石は、いまも、瓔花が寝床代わりに敷いた筵の下に隠されている。
大切にしまわれている。
眼を開けると、そこは深い霧が立ち込める石河原だった。その中に立つ、幾人かの小さな子どもがこちらを覗き込んでいる。
「あなたはだあれ?」
「なんでここにいるの?」
「このべたべたはなに?」
浴びせられる質問にひとつずつ答えようとして、ふと気付く。
わたしはわたしだ。ただ、それ以上のことがわからない。
気が付くとここに居た。どこからきて、どうしてここに居るのか。わたしはそれがわからない。
足下に目をやると、粘り気を帯びたゲル状の何かが散らばっていた。ときおり蠢くそれらは赤い。わたしの身からぽつぽつと滴り落ちる液体もまた、赤い。
「ねえ、こっちであそぼうよ」
子どもたちに導かれるまま霧の中を進むと、無数の石積みが立つ空間が現れた。
「これは?みんなが作ったの?」
「そうだよ。すごいでしょ」
むふーと胸を張る女の子。眼前に広がる石積み群はたしかにすごい。河原はもちろん川に向けてなだらかに下る斜面にまで石が積まれている。その高さ、規模にはムラがあるものの、大小様々な石積みが乱立する光景はめったに目にすることができないだろう。また、それらのほとんどが今にも崩れそうな危ういバランスを保っていることも驚きだ。なにより、目の前で照れ笑いを浮かべている子どもたちがこれらを拵えたという事実が、わたしの心に強く響いた。
「うん。すごい。みんな、これは本当にすごいことだよ」
「えへへ、ありがとう」
子どもたちは、わたしが素直な感想を告げるたびに、キャッキャと歓声を上げる。微笑ましい光景に頬を緩ませていると、不意に子どもたちの顔に陰が差した
「でもね。これ、すぐに壊されちゃうんだよ」
「そうそう。どうせ、明日には崩されちゃうんだから」
このときは子どもたちの豹変ぶりに困惑したけれど、その日の夕刻、川を越えてやってきた鬼たちが石積みを跡形もなく消し去る一部始終を目撃してしまったことで、子どもたちの表情の理由がわかった。
同時に、わたしは、わたしがここにやって来た意味を理解した。
わたしは自分の事が判らない。どうしてここにいるのかもわからない。だけど、こういうとき自分が何をすればよいのか。それだけはわかる。
「ねえ。絶対に崩されない石積みのやり方、知りたい?」
それから私は子どもたちに絶対に崩れない石積みの作り方を指南した。やり方は簡単。私の体液を石と石の間に塗り付けるだけだ。
翌日、河原に林立する石積みを見回ってみると、そのどれもが危ういバランスで成り立っている事がわかった。石積みの間を歩き回っている際、いくつかの石積みを崩してしまったほどである。これでは鬼でなくとも簡単に崩せてしまう。まずは、と三つほどの石積みに私から滴る粘液を塗り込んでみると、案の定見違えるほど頑丈になった。その効果は鬼相手でも絶大であり、翌日現れた鬼たちは、私が指導して積み上げられた石積みを崩すことができず、すごすごと退散してしまったのだ。
「すごい!石が崩されなかった!」
「こんなの初めてだよね」
「いつも鬼が来る夕方は悲しかったけど、これでもう大丈夫だ」
飛び跳ねて喜ぶ子どもたちが可愛らしい。胸の内に込み上がる感情を前に、ここに自身がやってきた理由に思い至る。私は、きっと子どもたちの願いを叶えるためにやってきたのだ。
「べとべとさん、ありがとう!」
いつのまにか、子どもたちは私のことをべとべとさんと呼ぶようになっていた。由来は勿論身体から滴る体液だろう。名前の響きは気になるけれど、呼び名ができたことで一層距離が縮まった気がする。
「今日は暗くなってきたから作業はおしまい。明日も絶対に崩れない石積みをつくろうね」
こうして私は、名実ともに子どもたちのコミュニティへ加入した。ここが、私の居場所なんだ。私はこのためにここにやってきたのだ。
けれど。その翌日、私の体液で塗り固めた石積みは、鬼たちによって跡形もなく破壊された。
昨日は徒手空拳を揮っていた鬼たちが、今日はスパイクの付いた金棒を振り回していたのだ。
わらわらと石積みにまとわりつく子どもたちを引き剥がす鬼と、その間に剛腕を揮う鬼。明確な指揮系統と、それに伴いもたらされた秩序立った破壊。淡々と実行される暴威を、わたしはただ眺めることしか出来なかった。
暴風が過ぎ去ったあと、私はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「べとべとさん」
いつのまにか隣に居た子どもがぽつりと私の名前を呼ぶ。けれども今の私に返事をする余裕は無く、代わりに足下に転がる石を手に取った。そうして体表に滲み出る粘液を指で撫で取っては石に擦り付ける。ざらついた質感がぬらぬらと照ると、その上に新たな石を積み、また自身の肌を擦る。
やがて積み上がった石たちは指で押してもビクともしない。だけど、これでは足りないのだ。もっと、もっと塗りたくらなくては。
「すごい。私でもここまで頑丈には出来ないよ」
霧の中から声が聞こえた。そちらを振り向くと、霧の中にぼんやりと小柄な輪郭が浮かび上がる。河原の石を踏みしめる足音とともに、その主の姿形がはっきりと見えてきた。
「はじめまして。私は戎瓔花、あなたのお名前は?」
その肉体や髪型、服装は周りの子どもたちと大きな変わりはない。ただ、白いワンピースの袖や帯に赤いぴろぴろが垂れている。歩く度に、一歩踏み出す度に、その赤いひもがぴろぴろと揺れる様子がかわいらしい。
「私の名前は――ごめんなさい。わからなくて。みんなからはべとべとさんって呼ばれてる」
「うんうん。そういう子、ここには多いからね。だけど、あなたみたいにはっきりしている子は珍しいな」
そう言いながら瓔花はわたしの石積みをしげしげと見つめる。
「ああ、なにかで石を固定しているんだ。だから崩れなかったんだね」
一見して、瓔花が観察する石積みにはわたしの体液が見受けられない。塗りつけた直後であればともかく、すっかり乾ききった今、視覚だけで気付くなんて。
「うん。だけど、さっきの鬼には簡単に崩されて。どうしようか悩んでいたの」
より多くの体液を用いれば接着性は上がるだろう。ただ、そんなことをしても鬼たちの武装が盛られるだけで、すぐに打ち崩される未来しか見えない。
「そういう方法も良いとは思うんだけど・・・・・・。私なら、別のところに力を入れるかな」
瓔花の積み方は独特だった。
石を積むと聞けば、多くの者は縦方向に重なる様子をイメージするだろう。上へ上へとバランスよく積み上げられる石。それがふらふらと震える度、胸が強く脈打つのだ。
一方、瓔花の積む石は垂直方向に重なりゆく。嚙み合わせるように横へ横へと置かれる石。それらは決してふらつくことはなく、やがて安定した円形を形作る。そうしてようやく縦方向に石が積まれ始めるのだ。
また、瓔花はひとりで石を積まなかった。初めこそ一人で石を積んでいた瓔花だが、折を見て河原で思い思いに遊んでいる子どもたちに声をかけ誘い招き入れ、瓔花ひとりだったはずの作業は、いつのまにか目につく距離の子どもたちを巻きこむ大イベントになっていた。
そうして出来あがった石積みは手の込んだ盆栽のようだった。確かな技巧が光るそれは、間違いなく芸術作品だった。にもかかわらず強度も申し分がなく、最終的には崩れてしまったものの、鬼の猛攻を前にして私の積んだそれの何倍もの時間を耐え抜いたのだった。
なによりも鬼に石積みを崩されたにもかかわらず、子どもたちが泣いていないのだ。その事実に心を打たれた私の口から本音が漏れる。
「……なんだ。わたしがいなくても、みんなは大丈夫なんだね」
満足感と充足感に満ちた瓔花の耳に、そんな声が届いた。
「あなたの積んだ石積みだって、全然壊されなかったじゃない」
その言葉は、瓔花にとっては純粋な褒め言葉だった。しかし、眼前に立ち尽くす少女の顔には一層陰が差す。
その様子を見ていると瓔花は無性に不安な気持ちになった。べとべとさんと呼ばれる少女は瓔花と瓜二つの容姿だった。垂れ下がるぴろぴろと、その髪色から衣服から体色に至るまでが赤と青のツートンカラーであること以外、本当に同じだった。容姿が似ていて石積みが上手い彼女は、瓔花にとって自分の分身のようなものだった。彼女が暗い顔をしていると自分まで不安になる。だから、明るい顔をしてほしくて。
「初めてだよ。わたし以外にあそこまで崩れない石積みを積んだのは」
その言葉が、とどめの一撃だったらしい。
「あなたが居れば大丈夫。ありがとう。さようなら」
顔をくしゃりと歪めると、べとべとさんは深い霧の中に姿を消した。
それからしばらくの間、瓔花は悩み続けた。なぜ彼女はあんな顔をしたのか。なぜ彼女は消えてしまったのか。なぜ彼女は悲しんだのか。水子には見えない彼女がなぜここに居たのか。
彼女は誰だったのか。そもそも、なぜ自分と瓜二つだったのか。
その疑問を解消するべく子どもたちに聞き込みをしていたある日のこと。瓔花は、子どもたちがべとべとさんと初めて出会ったという場所にたどり着いた。
「ここで会ったの?」
案内された場所はなんの変哲もない河原だった。しかしよく目を凝らしてみると、足元に散らばる石に赤色と青色のゲルがへばりついている。指先で突いてみるとプニプニと揺れて可愛らしい。それを指さしながら子どもたちは主張する。
「うん。絶対に崩れない石積みを作りたいって思いながら石を積んでいたら、急にあの子になったの」
たしかに、そのゲル状の何かは積み重ねると良く安定した。どちらかといえば“くっつく”と表現するほうが適切な気もするが、とにかく石に比べて安定はする。
瓔花は、べとべとさんにお礼を言いたかった。わずかな間とはいえ、彼女は子どもたちに笑顔をもたらした。そんなことをしてくれる人はめったにいないし、自分と同じ目線に立ってくれる人が現れて嬉しかった。ようは、感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
けれども、瓔花が子どもたちの真似をしても、べとべとさんが姿を現すことはなかった。
「やっぱりだめかぁ」
気が付けば、瓔花によってこねくり回された赤と青のゲルは固く乾いてしまっていた。すっかり水気を失った赤と青のゲルはまるで石のようで、河原では見られない石のように見えて、それが瓔花にとっては魅力だった。
その赤と青の石は、いまも、瓔花が寝床代わりに敷いた筵の下に隠されている。
大切にしまわれている。
こんな組み合わせがあり得るのかというほど意外な人物だったのに読み終わってみれば確かな足跡をそこに残していて素晴らしかったです