Coolier - 新生・東方創想話

福音

2025/11/09 01:08:51
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 ある朝に稗田阿求は「今日、眠ったら私は目覚めないな」とはっきり予感した。準備は兼ねてよりできていたから滞りは無く、家人に挨拶をして、友人に挨拶をして、その他付き合いのあった人妖などと挨拶をして、まったく完全にその行脚を終えた頃合いが黄昏時だった。
 それでもう阿求の方でも覚悟を決めるのは飽き飽きしたくらいなので、えいやと眠りに落ちてみると、また朝なのである。そして「今日、眠ったら私は目覚めないな」という予感だけがはっきりとある。だから仕方なくもう一度、家人と友人とその他のまあまあ仲の良かった人妖連中にさよならを告げてやって、今度こそと言う気分で最期の床についた。
 そしてまた朝である。例の予感だけが天啓のようにはっきりある。それで「ははあ」と阿求は移り気な夢の支配者のことを思い出し、こんな悪夢で私を痛ぶっているのだと、これが夢の中である痕跡を探してみた。
 しかしそれがどこにも無い。全くこれは現実だと言わざるを得ない。そもそも夢の支配者はそんな風にいち人間を痛ぶったりしない。
 だから仕方なく阿求はまた例の行脚をやって、黄昏て、寝た。朝が来る。予感である。馬鹿にしている。だが憤るにも相手がいない。
 こうなるともう阿求の方も意地になって例のやつをやる。寝る。起きる。畜生めだ。
「ああ……いや、そうだわね」
 まったく馬鹿げていたのは、誰がこんな風に自分の死ぬ日を予め思い知って、サッパリした最期を迎えるものだろう?
 そう得心してから阿求は一日、誰にも会わず、挨拶などもっての外で、悠々自適を満喫しようと決めた。
 それからのことは誰にも知れない。まさにそのようにしようと決めたのである。ただし少なくとも、黄昏時の少し過ぎくらいに、彼女は満足して眠りについたのは間違いがなさそうである。
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コメント



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2.90やんたか@タイ削除
文章力が高くて良かったです。
最後は色々考えさせられますが、これが阿求の最期なら、満足した気分で逝けたのは良かったのか否か
私も眠ったら明日は仕事なんですが、願わくば思いがけず休日であって欲しいです。
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
6.100夏後冬前削除
1000文字未満の作品では許されないレベルの満足感がある。。めっちゃおもろい。。
7.100のくた削除
すごい
8.100南条削除
面白かったです
不思議な話なのにどこか投げやりでいい具合に肩の力を抜いたお話でした
9.90竹者削除
よかったです
10.90東ノ目削除
阿求と死期が近づいたときに考えるとされる「眠りについたら二度と目覚めないかもしれない」という考えは相性いいよね……という感想です
死期は本質的に予感できないものと悟る転換とその直後に示唆される死の現実の描写に星新一『処刑』を思い起こすものがあります
11.100福哭傀のクロ削除
幻想郷で重要な役割を担う9代目御阿礼の乙女としての務めではなく、稗田阿求という少女の人生のやり残しを終えて終わったと解釈してたので、ならばなぜそうなったのかとかこれは誰視点(挨拶された側?)の話なのかとかも気になるところではありますが、同時にそれはこの作品においては本質ではない気もしていて。短さ以上にテンポの良さからくる読みやすさと、なによりラストが美しい。あとこの話のタイトルを福音とつけるセンスが素敵。
次回作も期待しております。