Coolier - 新生・東方創想話

上の空、雨音

2025/11/06 12:45:53
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 静かな部屋の中、小さく声が響く。虚空に向けて放ったその声は、返事もないまま静寂に沈んだ。しんとした部屋の中、たまに感じる気配に声をかけても返ってくるのは静かな沈黙だけだった。いつからか、あの子はいなくなった。
「さとりさまー。そろそろ休憩しませんか?」
 扉が開く音と共に、赤い髪を揺らした少女が入ってきた。手には紅茶の入ったカップとお茶菓子の乗ったお盆を持ち、上目遣いで私を見ている。
(さとりさま疲れてる。こいしさまが姿を消してからもう半年、前より長くいなくなっちゃってるなー)
「ありがとうお燐、大丈夫よ」
 お燐は手に持ったお盆を置くと、もどかしそうに目を向けた。
 おいで、と声をかける。心を読まなくても分かるほど、お燐は明るい雰囲気を纏い始めた。そのまま猫の姿に変わると、勢いよく膝の上に飛び乗る。心地よい重みと温かさを感じながら、つやつやとした黒い毛を撫でる。
(さとりさまの手は気持ちいいな。こいしさまも優しく撫でてくれるけど、なんか悲しくなっちゃうんだよね。いまどこにいるんだろう。もう仕事なんてほっぽり出して探しに行っちゃおうかな)
 撫でる手を止める。
「いいわね。それ」
「え?」
「行っちゃおうかしら。地上」
 お燐の困惑と衝撃を受けたような感情が流れてくる。
「待ってるんじゃないかしら、あの子も。私に探してほしいのかも」
(さとりさまが壊れちゃった……)
「別に壊れてないわよ。ただ、そろそろ変化が欲しいわよね。ほら、ここももうあなたとお空に任せても平気でしょう?」
(いや、そんなことは……。というか主がいなきゃ不安が……)
「大丈夫よ少しくらい。この頃は大きな事件もないし、この旧地獄の住民たちも安定してるしね」
(本当かな……。というか、住民たちの様子とか見てたんだ)
「見てるわよ。なんだと思ってるのよ」
 少しの雑談の後、お燐は膝から降りると元の姿に戻った。
「さとりさま。分かりました! 地霊殿はアタイとお空に任せて、こいしさまを探しに行っちゃってください!」
 この子は心の底から言葉を話している。その中には少し不安が混じっているけど、この子達なら大丈夫だと思える。
「それじゃ、私は行くわよ」
「えぇ! もう行っちゃうんですか?」
「善は急げって言うじゃない。あとは任せるわね」
「変装はしないんですか?」
「別にいいわよ。そもそも地上じゃ誰も私のことなんて知らないでしょ」
(確かにそうだけど……。もしかして、さとり様少し舞い上がってる?)
「舞い上がってないわよ」
 そうは言いつつも、自分から妹を探しに行くということについては少し気分が上がっているのかもしれない。そんなことを考えながら重い扉を開けた。


地上に来るのは久しぶりだ。どこまでも続いているような青い空、白く立ち昇るような雲、ずっと地底に居たからか、この空は明るすぎる。鼻を衝く青臭さも、肌に纏わりつくような蒸し暑さも、どれもが新鮮で不愉快だった。
 とりあえずは人里へ向かうしかない。あの子は繋がりを求めていたから。目を閉じたということ、私には未だに受け入れることができていない。ただそこにあるものとして受け入れてきたものを捨てるという選択。結局、あの子は何も話してくれなかった。

 森を抜け川を越えて、ようやく里に着いた。
 歩いているだけで思念が流れ込んでくる。どれも取るに足らない、言葉にすらならない漠然とした思念だ。活気に満ちた思念もあれば、漠然とした不安や重苦しい思念も漂っている。その中で、私の存在を認識した途端、全ての思念が一致した。
 妖怪だ。里の中で妖怪が歩いている。
 里中の人間が私に目を向けている。別に気にはしないが、どことなく居心地は悪い。
思念はゆっくりと、確かな悪意を持って流れ込んでくる。
 はるか昔、思い出すことも出来ないような大昔に向けられた目が私に向けられている。慣れてはいたはずだ。しかし、ここは地上で、私が居たのは地底だった。妹を探すと言っても、ここではあまりに妖怪わたしは目立ちすぎている。
 この里にあの子はいないだろう。なんとなく、そんな気がした。


 とにかく疲れた。あまりにも多くの思念を浴びすぎてしまった。分かってはいたはずなのに、どうにも忘れていた。ここは地底とは違う。私を見る目も、考えていることも、全てが違う。あの子は分かっていたのだろう。私よりも遠くを歩き、色々なものを見てきたのだろう。少しだけ、あの子の気持ちが分かるような気がした。
 里から離れて歩き続け、たどり着いたのは墓場だった。あれほど明るかった空が少しだけ雲に覆われ始めている。生温い風が体を吹き抜けていった。それに呼応するように、ぽたりと雨粒が頬に落ちてきた。
 点のようだった雨粒は徐々に勢いを増し、無数の線のように降り始めた。雨が地面を打ち付ける音が響き渡る。なんだか心地よくて、座り込んだ木陰で目を閉じながらその音を聞いていた。
 カサリ、と背後で茂みの揺れる音がした。両目は閉じたまま、三つ目の目を背後に向ける。
(そっと近づかなきゃ。今日こそは驚かせてやる!)
 どうやら私のことを驚かせようとしているらしい。では、逆にこちらから先手を打たせてもらおう。
「見えてるわよ」
 ただ一言、独り言のように呟いた。
(えっ? もしかして私に話しかけた? そんなまさかね。まだ声も出していないのに、バレるはずないもん)
「バレてるわよ」
 背後にいる何かは、明らかに動揺の色を纏い始めた。
「後ろ後ろ」
(後ろ?)
(何もないけど……)
 何かが後ろを振り返った瞬間、音を立てないように茂みにゆっくりと近づいた。
「わっ!」
「―――!」
 声にならない悲鳴を上げながら、そこにいた何かはその場で腰を抜かした。
 滑稽な姿に笑い声が漏れる。
「他人を驚かせようとして逆に自分が驚くのはどんな気持ち? あぁ、言わなくていいわ。分かるから」
「へぇ、あなたって他人を驚かせて力を得るタイプの妖怪なのね。地底ではあまり見ないタイプだわ」
(な、なんなのこいつ)
「あぁ、申し遅れました。私は古明地さとり。旧地獄の管理を任されています、地霊殿の主です。あなたは?」
「あっ、私は」
「多々良小傘、付喪神ですか。ほう、その悪趣味な傘のせいで捨てられた恨みから妖怪に? これまた地底では見ないタイプの……」
「ちょ、ちょっと! 私の考えてること全部言うのやめてくれます!?」
「失礼。なにぶん読めてしまうもので」
「い、いいけど。せめて発言はさせてよ……」
「それはそうですね。では、どうぞ」
「え、いや、うーん」
「いざ話すとなると、何を話せばいいか分からないなぁ、ですか」
「う、そうだけど。あ! そういうことか!」
「えぇ、そういうことです」
「心が読めるから、私が驚かせようとしてるのが分かったんだ!」
「えぇ。だからそういうことだと」
(心が読めるってことは、もしかして結構すごい妖怪?)
「いえ、別に。まぁ素晴らしい能力ではありますが、私自身は戦闘能力もない平凡な妖怪ですよ」
「へぇ。あっ! 雨降ってるの思い出した! こんな時こそ私の出番でしょ!」
 彼女は持っている傘を差しだすと中に入るように言った。(厳密にはそう行動しようと思考しただけで、言葉には出していないが)
「では、ありがたく」
 そう言って傘を受け取ろうとする。しかし傘は手渡されずに、代わりに私の手が引かれた。結局、私は小傘と相合傘のような形で雨をしのぐことになった。他人と一つの傘に入るということ、心が読めるという妖怪を平気で自身の領域へ迎えることを厭わない彼女に、少しだけ驚いた。
「あれ、なんか少しだけお腹が膨れたような」
 なるほど、彼女は驚きというものに対してひどく敏感なのか。感情が自身の力に直結しているということは、私と似ていて似ていない、なかなか興味深い能力だ。

少しだけ淡い希望を持って、口を開く。
「そういえば、とある妖怪を探しているのですが」
「へー、どんな?」
「探しているのは、私の妹です」
 瞳を閉ざし、他人との関わりを絶ったあの子のことを知っている妖怪が居るはずがない。そんなことは分かっていた。しかし、この小傘という妖怪のこの純真さは、どことなくあの子に似ている気がする。だからこそこんな話をしてしまったのだろうか。
「妹さんがいるんだ。どんな子なの?」
「妹は、緑髪でつばの広い帽子を被っていて……」
「違う違う。どんな性格の子なの? まだ雨は止まないだろうし、お話しようよ」
 やはり、この小傘という妖怪は何かが違う。純粋であるが故に、その心の中には余計な雑音が混じっていない。
「そうですね。ではお話しましょうか」
 雨粒が傘の表面を叩く音がする。小傘は楽しそうに話を聞いている。私達姉妹が心を読めたということ、その能力がどんなものなのか。彼女は人を驚かせるために、私の能力から何かを掴もうとしているらしい。悪い気はしない。能力のせいで地上を追われた私には、この子の純粋な感情はあまりにも眩しく流れ込んできた。
「そんなこともあったのですが、妹は結局、目を閉じて能力を封じてしまいました」
 小傘はなにも言わずに聞いている。心を読むことは出来なかった。
「あなたは、他人の心が読めるようになったとしたら、どう考えますか?」
「そりゃもちろん人を驚かせるって喜ぶかもしれないけど、でも妹さんの話を聞いたらそ
れだけって訳にはいかないかな」
「そうですか。私はそこら辺の感覚が薄いのでしょうね。心が読めるということに対して、そこにあるのは単に自身が不利益を被らなくてよい、という感覚だけですから」
「そうかな? でも驚かせようとした私とこうやって話してくれるってことは、私は嬉しいよ」
「そうですか。結局驚かせたのは私ですがね」
「そうだけども。というか、今の話聞いてて思い出したんだけど、もしかして、妹さんってこいしちゃん?」
 予期していなかったその言葉は、私に大きな衝撃を与えた。あの子に知り合いがいること、ましてやあの子を認識している者がいたことに。
「え、えぇ。関わりがあるのですか?」
 うん、と放たれたその言葉には、一切の嘘が混じっていなかった。
「この近くの墓場があってね、そこは命蓮寺って場所なんだ。で、こいしちゃんがそこの僧侶に熱い勧誘を受けてて、たまにお話しするんだ。いつも気配を感じないから、気配の消し方を教えてもらおうと思ってね」
 一つの仮説を立てる。この小傘という妖怪の言葉には、悪意が混じることがない。驚かせるという行為についても、純粋に驚かせるということしか考えていない。だからなのか、意識をしても認識するのが難しい私の妹をしっかりと認識出来ている。
「そうだったんですね。あの子は、こんな所まで来てたんだ」
「会うのは本当にたまになんだけどね……」
 彼女はそうだ! と呟くと、ポケットを漁り始めた。
(どこにあったかな。確か少し前に作ったはずなんだけど)
 何かを探す姿を見ながら、私は少し空を眺めた。
 雨はまだ降っている。雨粒が水溜まりに波紋を拡げる。
「あった! これ、あげる」
 そう言って私の前に差し出されたのは、鈴の付いた鉄製の小さな腕輪だった。
「私実は鍛冶も得意なんだよねー。で、少し前に遊び心で装飾品を作ってみたの! そしたら意外と興が乗っちゃって、二個も作っちゃったんだよね。だから、さとりとこいしちゃんで付けてよ!」
「良いのですか? まだ会ったばかりですし、それにあの子に会うことが出来るかどうか……」
「じゃあこいしちゃんには私から渡しておくよ! いつ会えるか分からないけど、なんとなくそろそろ遊びに来るような気がするんだよね」
「では、お願いします。あの子も、私よりお友達のあなたに渡されるほうがいいでしょうから」
「そうかなー。こいしちゃんは何考えてるか分かる時の方が少ないけど、なんとなくさとりのこと慕ってると思うけどな」
 純粋にそう思っている。温かな思考が流れてくる。
「ふふ、どうですかね。あなたみたいな妖怪が話し相手になってくれて良かったです」
「それはどっちの意味で?」
「どっちもです」
「そっか」
 私の言葉にも偽りはない。
「あ! 私はもうさとりのこと友達だと思ってるからね!」
 目を向けなくても分かる。言葉の雰囲気だけで、そこに込められた思いが伝わってくる。
「早くないですか? まだ知り合って数刻ですよ」
「えー! でも、私もなんとなく分かるよ。さとりと話してると楽しいもん」
「そう、ですか。それは嬉しいですね」
 傘からゆっくりと大きな粒が垂れ落ちる。空を見上げると、分厚い雲の切れ間から輝く陽の光が差していた。
「雨が降ってると私は嬉しいんだけどさ、雨が上がってすぐの匂いも好きなんだよね」
「どうでしょう。ずっと地底に居たからか、私はあまり鼻が利かないので」
「そっか。地底から来たんだっけ。じゃあ今度は私が遊びに行くよ! 地底の妖怪たちを驚かせれば私にも箔が付くんじゃない!?」
「気性の荒い者たちが多いので、それはあまりお勧めしませんが……。まぁ、ぜひいらしてください。手厚く出迎えますよ。できれば妹も一緒にね」
「ほんと! もちろん行くよ!」
 その言葉の後、生温い風が強く吹いた。いつの間にか空は晴れ渡っている。紫色の傘を畳みながら彼女は手を差し出した。その手を取って立ち上がる。鈴が小さく揺れた。眩しい陽光が染みて、目を閉じた。
「では、私はそろそろ。地上に来た甲斐もありましたしね」
「こいしちゃんが無事か確かめる為に地上まで来たの?」
「えぇ。まぁ本人とは会いませんでしたが、そのお友達ともお話できましたから、来た甲斐は充分にありましたよ。それに、私にもお友達が出来ましたからね」
「えへへ」

* * *

地霊殿に戻ると、お燐はやたら心配そうに地上での出来事を聞いてきた。お友達ができたわ、と言ったが、お燐は疑いながら私を見ていた。 (要改良)
本当よ、と言い残して自室へと戻る。椅子に背を預け、一息つきながら目を閉じる。
「こいし、あなたを探しに地上へ行ったら、あなたのお友達に会ったわ。なんだか疲れたけど、とても安心したわ」
 虚空に向け放った言葉はそのまま静寂の中に沈んだ。
「そういえば、私にもお友達ができたわ。他人を驚かせる妖怪だって。話していて、とても面白い子だったわ」
 いくら言葉を投げようとも返事はない。いつもと同じはずなのに、どこか胸の奥深くに切なさを感じた。
 何かが鳴っている。その音が遠くで聞こえたと思うと、すぐ耳元で鈴の鳴る音がした。
「おねえちゃん、独り言ばっか喋ってどうしたの?」
 聞き覚えのある声、久しく聞いていなかったその声に安堵とそれ以上の驚きを覚えた。
「あ、驚いてる。小傘ちゃんは驚かせるの下手だからなー。驚かせるときはこうやって驚かせなきゃ」
「あんた、いつ帰ってきたのよ」
「いま! 地上で遊んでたら返ってくるの遅くなっちゃった」
「そう。まぁいいわ。私も地上に行ってきたのよ。あんたを探しにね」
「知ってるー。聞いてたし」
「あれは独り言じゃなくてあんたに話しかけてたのよ。返事がないから独り言になっただけで」
「ちがうちがう。命蓮寺の近くで小傘ちゃんとお話してたでしょ」
「あんた居たの!?」
「そりゃ居るよ。散歩してたらお姉ちゃんが地上にいるんだもん」
「気配消してたわね」
「それは違うよ。お姉ちゃんと小傘ちゃんが楽しそうにお話してただけ。お姉ちゃんが私に気付けないほどにね」
「そう、ね」
 あの時からこの子は見ていたらしい。なるほど、小傘の心を覗いていたはずが、覗かれていたのは私達だったというわけね。
「その後、小傘とは話したの?」
「もちろん。後ろから驚かせたら悲鳴上げて倒れちゃったけどね。この腕輪はその戦利品」
「あんたね……」
 久しぶりに会話を交わした妹は、どこか変わったような気がした。いや、もしかすると少し変わったのは私かもしれない。
「それにしても、おねえちゃんが外に出るなんて、いつぶりかしら?」
第12回博麗神社秋季例大祭にて頒布させて頂いた漫画本の原案小説です。
にごりば
https://x.com/nigo_river?s=21
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コメント



0.80簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.80福哭傀のクロ削除
うーん、なんかこう、あくまで個人的な好みとしていろいろと惜しい。結構場面が気軽にぴょんぴょん飛んでいくから、そういう形式ならもうちょっと短いそういう作品の方が好き(好み)なのと、そうでないならもうちょっと滑らかに書いてくれた方が読みやすい気がしました。作者様が書きたいことはさとりと小傘の話でその話題であり、こいしとの会話はエピローグっぽいものと解釈(間違ってたら全然違うのですが)と思ったので、それであればそのあたりをもうちょっと全体のバランスの中で濃さと量を増やしてもいいような気がしました。言葉を持たぬ者たちからは便利な能力としてさとりにの能力を解釈し、それが付喪神にも当てはまるという発想はかなり好きです
3.90夏後冬前削除
小傘ちゃんは嫌われ者の妖怪に対してもまっすぐで気持ちのいい子だね、飴ちゃんをあげよう、という気持ちになりました
4.80のくた削除
すっきりとした良いお話でした
5.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
7.100名前が無い程度の能力削除
空気感がたいへん良かったです。
8.100南条削除
面白かったです
雨の良さを再認識させられました
物怖じしない小傘がとてもよかったです
9.100やんたか@タイ削除
小傘ちゃんが傘しててとても良かったです
11.90ローファル削除
面白かったです。