幽々子は、妖夢が剣のかわりに虫取り網を振り回すさまを、ぼんやり見ている。
「……でも、蝶を捕まえて、それでどうするのかしら?」
その春、白玉楼の庭には、生物種としての蝶が大量発生していた。おそらく、幻想郷から遊びにきた少女たちの、スカートの裾や、胸元や、あるいは髪の房の中にまぎれて、密入してきたのだと思われる。しかも白玉楼の園丁にとって都合が悪いことに、どうやらこの、餌をとかく選り好みする種族として有名な彼らは、庭園の樹木の葉をちょうどお気に召してしまったらしい。
繁殖は、地下の水が地上へあふれだすように、静かに行われていた。
幽々子は蝶どもを髪飾りにしながら、庭を眺めている。こういうぽやんとした時期は、時折やってくる。何日もそのままという事もある。
「きれいねえ」
呆けたように呟く。
しかしそのうつくしさは、目に入れられても手には入らないものだろう、という事を、ぼんやりした心の中で感じもした。普段の彼女なら思いもしない心持ちだったであろうが。
妖夢の虫取り網の舞いは、さすがに剣士らしい反射と反応に富んでいる。それはなにも、小手先の技術(たとえば虫取り網を振るった時、その竿を手の内で走らせて、咄嗟に間合いを深くするといった企図)の事ばかりではない。妖夢の身のこなしとしなやかさは、蝶に翻弄されながらも、機に臨み変に応じる神経の良さだけは感じさせられた。それでやっている事が、たとえ蝶を追っかけているだけだったとしても。
(まあ、これくらいはね)
とも思った。妖忌が孫娘をしつけて、剣を教えているのを、幽々子はここでぼんやり眺めていた事がある。時々、内心どうかと思われるような教え方を見かける事もあったが、幽々子は別に気にしなかった。そういうものだろうと思った。
(あの子には厳しい人が必要だったでしょうから)
主従の身で親心というのも変な感じだが、そういう心に似たものがあった事、自覚している。あの子、甘ったれだからね――私のように。いつまでも親離れできない子でしょうし――私のように。そういうところが、そうと気付かず、親や肉親の心を痛めてしまうのよ――私のように。
(あの子は私に似ているから)
なんとなく、幽々子は、妖夢の事をそう捉えている。その妄想の根源にあるのは、熱病的なシンメトリーへの偏執である事、合わせ鏡に対する不安と期待である事、不眠症のけっして安息のないまどろみにすぎない事など知り得てはいるのだが、その対称性を仮定する事は、なぜか彼女の意識のどこかを慰めた。
(あの子も私も、置いてけぼりになった同士だから)
男が女を捨てた――というと誤解を招きかねないが、男親が女の子を捨てた、という話だ。彼が彼女を捨てた理由はどこか説教的で、それだけにそれなりの独立した理論は成り立っていて、そのためにすべての説明がついているだろうという風情をしている。本当はなにひとつ論になっていない、情緒的な理由だというのに。
かわいそう、だとは思わない。たぶん彼女にも悪いところはあったのだろうから。
(私だって悪かったんだもの)
なぜだかそう思った。どこか願望めいた決めつけだ。
(あの子にも至らないところがあるからね)
もっとも、男にまったく問題がなかったとも、幽々子は思わない。彼は肉親の娘に対して厳しすぎた。他の人々には、物腰柔らかく、時には剽軽なふりもできて、あくまで優しい人であった――もちろん主人である幽々子に対しても、そうだった――のだが、妖夢に対してはどうも難しい面があった。
(家族なのだから、しょうがないじゃないのね)
それでも離れられないのが縁というものなのだろう。
だが、幽々子はその男がどうにも苦手だった。――別に彼の外面が悪いわけではないし、身内でも非常に問題があるというわけでもない。単に家庭内では厳しいだけだし、その厳しさだって、あくまで教育上の方針にかなっている、そうした倫理の範囲内だった。それでも、そういう厳しさを妖夢に見せる妖忌がいやで、それでいて幽々子自身は頼りになる人だとべったりだったのだから、自分でも説明がつけづらい。
今、妖夢が虫取り網を振るっている同じ庭で、妖忌は孫娘に稽古をつけていた。その事が思い偲ばれる。
なぜだか、あの、あまり器用とはいえない従者を、内心でおのれ自身に重ねる事は多い。
(自分たちが表と裏のような主従であると仮定すれば、その対称軸にいるのは、きっとあの人でしょう)
というふうに、幽々子はシンメトリカルに自分たちの相関を考えようとしていた。
(見捨てられたのはお互い様だものね)
別に、妖忌と一歩踏み込んだ情交に及んだことがあるわけでもないのに、幽々子は妖夢と同じように――当人の妖夢は、あんな性情なので別に祖父の事をうらんではいないだろうが――あの男のことを憎々しげに思う事が許されていると、なぜだか感じていた。私は彼に捨てられたのだと、どんなに男側の理屈があってそうせざるを得なかったとしても、赤裸々に言えばそうなのだろうと。
その時、ちょうど妖夢が蝶を取りそこねたのが、まるで自分の過ちをとがめられたかのように感じて、幽々子は身をすくめた。
幽々子は、忘れてしまっているが、気がついてはいる。シンメトリーの熱狂に身を委ねるのなら――捨てられた娘が二人いるのなら、その対称にある捨てた男親も二人必要だろう。娘たちが似ているのなら、男たちもよく似ている――いや、むしろ、彼らが似ているからこそ、彼女たちがどこか似ていると言い表した方が、ものの順序としては正しいかもしれない。
(そうなのかしら)
幽々子はぼんやりと考えた。
彼女の頭に留まっていた蝶が、ひらひらと飛び立った。
幽々子はぼんやりと考えた。
(そうなのかしら)
幽々子は、忘れてしまっているが、気がついてはいる。シンメトリーの熱狂に身を委ねるのなら――捨てられた娘が二人いるのなら、その対称にある捨てた男親も二人必要だろう。娘たちが似ているのなら、男たちもよく似ている――いや、むしろ、彼らが似ているからこそ、彼女たちがどこか似ていると言い表した方が、ものの順序としては正しいかもしれない。
その時、ちょうど妖夢が蝶を取りそこねたのが、まるで自分の過ちをとがめられたかのように感じて、幽々子は身をすくめた。
別に、妖忌と一歩踏み込んだ情交に及んだことがあるわけでもないのに、幽々子は妖夢と同じように――当人の妖夢は、あんな性情なので別に祖父の事をうらんではいないだろうが――あの男のことを憎々しげに思う事が許されていると、なぜだか感じていた。私は彼に捨てられたのだと、どんなに男側の理屈があってそうせざるを得なかったとしても、赤裸々に言えばそうなのだろうと。
(見捨てられたのはお互い様だものね)
というふうに、幽々子はシンメトリカルに自分たちの相関を考えようとしていた。
(自分たちが表と裏のような主従であると仮定すれば、その対称軸にいるのは、きっとあの人でしょう)
なぜだか、あの、あまり器用とはいえない従者を、内心でおのれ自身に重ねる事は多い。
今、妖夢が虫取り網を振るっている同じ庭で、妖忌は孫娘に稽古をつけていた。その事が思い偲ばれる。
だが、幽々子はその男がどうにも苦手だった。――別に彼の外面が悪いわけではないし、身内でも非常に問題があるというわけでもない。単に家庭内では厳しいだけだし、その厳しさだって、あくまで教育上の方針にかなっている、そうした倫理の範囲内だった。それでも、そういう厳しさを妖夢に見せる妖忌がいやで、それでいて幽々子自身は頼りになる人だとべったりだったのだから、自分でも説明がつけづらい。
それでも離れられないのが縁というものなのだろう。
(家族なのだから、しょうがないじゃないのね)
もっとも、男にまったく問題がなかったとも、幽々子は思わない。彼は肉親の娘に対して厳しすぎた。他の人々には、物腰柔らかく、時には剽軽なふりもできて、あくまで優しい人であった――もちろん主人である幽々子に対しても、そうだった――のだが、妖夢に対してはどうも難しい面があった。
(あの子にも至らないところがあるからね)
なぜだかそう思った。どこか願望めいた決めつけだ。
(私だって悪かったんだもの)
かわいそう、だとは思わない。たぶん彼女にも悪いところはあったのだろうから。
男が女を捨てた――というと誤解を招きかねないが、男親が女の子を捨てた、という話だ。彼が彼女を捨てた理由はどこか説教的で、それだけにそれなりの独立した理論は成り立っていて、そのためにすべての説明がついているだろうという風情をしている。本当はなにひとつ論になっていない、情緒的な理由だというのに。
彼女は、魂魄妖忌が姿を消した事に、常にどこかひっかかりを感じている。
(あの子も私も、置いてけぼりになった同士だから)
なんとなく、幽々子は、妖夢の事をそう捉えている。その妄想の根源にあるのは、熱病的なシンメトリーへの偏執である事、合わせ鏡に対する不安と期待である事、不眠症のけっして安息のないまどろみにすぎない事など知り得てはいるのだが、その対称性を仮定する事は、なぜか彼女の意識のどこかを慰めた。
(あの子は私に似ているから)
主従の身で親心というのも変な感じだが、そういう心に似たものがあった事、自覚している。あの子、甘ったれだからね――私のように。いつまでも親離れできない子でしょうし――私のように。そういうところが、そうと気付かず、親や肉親の心を痛めてしまうのよ――私のように。
(あの子には厳しい人が必要だったでしょうから)
とも思った。妖忌が孫娘をしつけて、剣を教えているのを、幽々子はここでぼんやり眺めていた事がある。時々、内心どうかと思われるような教え方を見かける事もあったが、幽々子は別に気にしなかった。そういうものだろうと思った。
(まあ、これくらいはね)
妖夢の虫取り網の舞いは、さすがに剣士らしい反射と反応に富んでいる。それはなにも、小手先の技術(たとえば虫取り網を振るった時、その竿を手の内で走らせて、咄嗟に間合いを深くするといった企図)の事ばかりではない。妖夢の身のこなしとしなやかさは、蝶に翻弄されながらも、機に臨み変に応じる神経の良さだけは感じさせられた。それでやっている事が、たとえ蝶を追っかけているだけだったとしても。
しかしそのうつくしさは、目に入れられても手には入らないものだろう、という事を、ぼんやりした心の中で感じもした。普段の彼女なら思いもしない心持ちだったであろうが。
呆けたように呟く。
「きれいねえ」
幽々子は蝶どもを髪飾りにしながら、庭を眺めている。こういうぽやんとした時期は、時折やってくる。何日もそのままという事もある。
繁殖は、地下の水が地上へあふれだすように、静かに行われていた。
その春、白玉楼の庭には、生物種としての蝶が大量発生していた。おそらく、幻想郷から遊びにきた少女たちの、スカートの裾や、胸元や、あるいは髪の房の中にまぎれて、密入してきたのだと思われる。しかも白玉楼の園丁にとって都合が悪いことに、どうやらこの、餌をとかく選り好みする種族として有名な彼らは、庭園の樹木の葉をちょうどお気に召してしまったらしい。
「……でも、蝶を捕まえて、それでどうするのかしら?」
幽々子は、妖夢が剣のかわりに虫取り網を振り回すさまを、ぼんやり見ている。
「……でも、蝶を捕まえて、それでどうするのかしら?」
その春、白玉楼の庭には、生物種としての蝶が大量発生していた。おそらく、幻想郷から遊びにきた少女たちの、スカートの裾や、胸元や、あるいは髪の房の中にまぎれて、密入してきたのだと思われる。しかも白玉楼の園丁にとって都合が悪いことに、どうやらこの、餌をとかく選り好みする種族として有名な彼らは、庭園の樹木の葉をちょうどお気に召してしまったらしい。
繁殖は、地下の水が地上へあふれだすように、静かに行われていた。
幽々子は蝶どもを髪飾りにしながら、庭を眺めている。こういうぽやんとした時期は、時折やってくる。何日もそのままという事もある。
「きれいねえ」
呆けたように呟く。
しかしそのうつくしさは、目に入れられても手には入らないものだろう、という事を、ぼんやりした心の中で感じもした。普段の彼女なら思いもしない心持ちだったであろうが。
妖夢の虫取り網の舞いは、さすがに剣士らしい反射と反応に富んでいる。それはなにも、小手先の技術(たとえば虫取り網を振るった時、その竿を手の内で走らせて、咄嗟に間合いを深くするといった企図)の事ばかりではない。妖夢の身のこなしとしなやかさは、蝶に翻弄されながらも、機に臨み変に応じる神経の良さだけは感じさせられた。それでやっている事が、たとえ蝶を追っかけているだけだったとしても。
(まあ、これくらいはね)
とも思った。妖忌が孫娘をしつけて、剣を教えているのを、幽々子はここでぼんやり眺めていた事がある。時々、内心どうかと思われるような教え方を見かける事もあったが、幽々子は別に気にしなかった。そういうものだろうと思った。
(あの子には厳しい人が必要だったでしょうから)
主従の身で親心というのも変な感じだが、そういう心に似たものがあった事、自覚している。あの子、甘ったれだからね――私のように。いつまでも親離れできない子でしょうし――私のように。そういうところが、そうと気付かず、親や肉親の心を痛めてしまうのよ――私のように。
(あの子は私に似ているから)
なんとなく、幽々子は、妖夢の事をそう捉えている。その妄想の根源にあるのは、熱病的なシンメトリーへの偏執である事、合わせ鏡に対する不安と期待である事、不眠症のけっして安息のないまどろみにすぎない事など知り得てはいるのだが、その対称性を仮定する事は、なぜか彼女の意識のどこかを慰めた。
(あの子も私も、置いてけぼりになった同士だから)
男が女を捨てた――というと誤解を招きかねないが、男親が女の子を捨てた、という話だ。彼が彼女を捨てた理由はどこか説教的で、それだけにそれなりの独立した理論は成り立っていて、そのためにすべての説明がついているだろうという風情をしている。本当はなにひとつ論になっていない、情緒的な理由だというのに。
かわいそう、だとは思わない。たぶん彼女にも悪いところはあったのだろうから。
(私だって悪かったんだもの)
なぜだかそう思った。どこか願望めいた決めつけだ。
(あの子にも至らないところがあるからね)
もっとも、男にまったく問題がなかったとも、幽々子は思わない。彼は肉親の娘に対して厳しすぎた。他の人々には、物腰柔らかく、時には剽軽なふりもできて、あくまで優しい人であった――もちろん主人である幽々子に対しても、そうだった――のだが、妖夢に対してはどうも難しい面があった。
(家族なのだから、しょうがないじゃないのね)
それでも離れられないのが縁というものなのだろう。
だが、幽々子はその男がどうにも苦手だった。――別に彼の外面が悪いわけではないし、身内でも非常に問題があるというわけでもない。単に家庭内では厳しいだけだし、その厳しさだって、あくまで教育上の方針にかなっている、そうした倫理の範囲内だった。それでも、そういう厳しさを妖夢に見せる妖忌がいやで、それでいて幽々子自身は頼りになる人だとべったりだったのだから、自分でも説明がつけづらい。
今、妖夢が虫取り網を振るっている同じ庭で、妖忌は孫娘に稽古をつけていた。その事が思い偲ばれる。
なぜだか、あの、あまり器用とはいえない従者を、内心でおのれ自身に重ねる事は多い。
(自分たちが表と裏のような主従であると仮定すれば、その対称軸にいるのは、きっとあの人でしょう)
というふうに、幽々子はシンメトリカルに自分たちの相関を考えようとしていた。
(見捨てられたのはお互い様だものね)
別に、妖忌と一歩踏み込んだ情交に及んだことがあるわけでもないのに、幽々子は妖夢と同じように――当人の妖夢は、あんな性情なので別に祖父の事をうらんではいないだろうが――あの男のことを憎々しげに思う事が許されていると、なぜだか感じていた。私は彼に捨てられたのだと、どんなに男側の理屈があってそうせざるを得なかったとしても、赤裸々に言えばそうなのだろうと。
その時、ちょうど妖夢が蝶を取りそこねたのが、まるで自分の過ちをとがめられたかのように感じて、幽々子は身をすくめた。
幽々子は、忘れてしまっているが、気がついてはいる。シンメトリーの熱狂に身を委ねるのなら――捨てられた娘が二人いるのなら、その対称にある捨てた男親も二人必要だろう。娘たちが似ているのなら、男たちもよく似ている――いや、むしろ、彼らが似ているからこそ、彼女たちがどこか似ていると言い表した方が、ものの順序としては正しいかもしれない。
(そうなのかしら)
幽々子はぼんやりと考えた。
彼女の頭に留まっていた蝶が、ひらひらと飛び立った。
幽々子はぼんやりと考えた。
(そうなのかしら)
幽々子は、忘れてしまっているが、気がついてはいる。シンメトリーの熱狂に身を委ねるのなら――捨てられた娘が二人いるのなら、その対称にある捨てた男親も二人必要だろう。娘たちが似ているのなら、男たちもよく似ている――いや、むしろ、彼らが似ているからこそ、彼女たちがどこか似ていると言い表した方が、ものの順序としては正しいかもしれない。
その時、ちょうど妖夢が蝶を取りそこねたのが、まるで自分の過ちをとがめられたかのように感じて、幽々子は身をすくめた。
別に、妖忌と一歩踏み込んだ情交に及んだことがあるわけでもないのに、幽々子は妖夢と同じように――当人の妖夢は、あんな性情なので別に祖父の事をうらんではいないだろうが――あの男のことを憎々しげに思う事が許されていると、なぜだか感じていた。私は彼に捨てられたのだと、どんなに男側の理屈があってそうせざるを得なかったとしても、赤裸々に言えばそうなのだろうと。
(見捨てられたのはお互い様だものね)
というふうに、幽々子はシンメトリカルに自分たちの相関を考えようとしていた。
(自分たちが表と裏のような主従であると仮定すれば、その対称軸にいるのは、きっとあの人でしょう)
なぜだか、あの、あまり器用とはいえない従者を、内心でおのれ自身に重ねる事は多い。
今、妖夢が虫取り網を振るっている同じ庭で、妖忌は孫娘に稽古をつけていた。その事が思い偲ばれる。
だが、幽々子はその男がどうにも苦手だった。――別に彼の外面が悪いわけではないし、身内でも非常に問題があるというわけでもない。単に家庭内では厳しいだけだし、その厳しさだって、あくまで教育上の方針にかなっている、そうした倫理の範囲内だった。それでも、そういう厳しさを妖夢に見せる妖忌がいやで、それでいて幽々子自身は頼りになる人だとべったりだったのだから、自分でも説明がつけづらい。
それでも離れられないのが縁というものなのだろう。
(家族なのだから、しょうがないじゃないのね)
もっとも、男にまったく問題がなかったとも、幽々子は思わない。彼は肉親の娘に対して厳しすぎた。他の人々には、物腰柔らかく、時には剽軽なふりもできて、あくまで優しい人であった――もちろん主人である幽々子に対しても、そうだった――のだが、妖夢に対してはどうも難しい面があった。
(あの子にも至らないところがあるからね)
なぜだかそう思った。どこか願望めいた決めつけだ。
(私だって悪かったんだもの)
かわいそう、だとは思わない。たぶん彼女にも悪いところはあったのだろうから。
男が女を捨てた――というと誤解を招きかねないが、男親が女の子を捨てた、という話だ。彼が彼女を捨てた理由はどこか説教的で、それだけにそれなりの独立した理論は成り立っていて、そのためにすべての説明がついているだろうという風情をしている。本当はなにひとつ論になっていない、情緒的な理由だというのに。
彼女は、魂魄妖忌が姿を消した事に、常にどこかひっかかりを感じている。
(あの子も私も、置いてけぼりになった同士だから)
なんとなく、幽々子は、妖夢の事をそう捉えている。その妄想の根源にあるのは、熱病的なシンメトリーへの偏執である事、合わせ鏡に対する不安と期待である事、不眠症のけっして安息のないまどろみにすぎない事など知り得てはいるのだが、その対称性を仮定する事は、なぜか彼女の意識のどこかを慰めた。
(あの子は私に似ているから)
主従の身で親心というのも変な感じだが、そういう心に似たものがあった事、自覚している。あの子、甘ったれだからね――私のように。いつまでも親離れできない子でしょうし――私のように。そういうところが、そうと気付かず、親や肉親の心を痛めてしまうのよ――私のように。
(あの子には厳しい人が必要だったでしょうから)
とも思った。妖忌が孫娘をしつけて、剣を教えているのを、幽々子はここでぼんやり眺めていた事がある。時々、内心どうかと思われるような教え方を見かける事もあったが、幽々子は別に気にしなかった。そういうものだろうと思った。
(まあ、これくらいはね)
妖夢の虫取り網の舞いは、さすがに剣士らしい反射と反応に富んでいる。それはなにも、小手先の技術(たとえば虫取り網を振るった時、その竿を手の内で走らせて、咄嗟に間合いを深くするといった企図)の事ばかりではない。妖夢の身のこなしとしなやかさは、蝶に翻弄されながらも、機に臨み変に応じる神経の良さだけは感じさせられた。それでやっている事が、たとえ蝶を追っかけているだけだったとしても。
しかしそのうつくしさは、目に入れられても手には入らないものだろう、という事を、ぼんやりした心の中で感じもした。普段の彼女なら思いもしない心持ちだったであろうが。
呆けたように呟く。
「きれいねえ」
幽々子は蝶どもを髪飾りにしながら、庭を眺めている。こういうぽやんとした時期は、時折やってくる。何日もそのままという事もある。
繁殖は、地下の水が地上へあふれだすように、静かに行われていた。
その春、白玉楼の庭には、生物種としての蝶が大量発生していた。おそらく、幻想郷から遊びにきた少女たちの、スカートの裾や、胸元や、あるいは髪の房の中にまぎれて、密入してきたのだと思われる。しかも白玉楼の園丁にとって都合が悪いことに、どうやらこの、餌をとかく選り好みする種族として有名な彼らは、庭園の樹木の葉をちょうどお気に召してしまったらしい。
「……でも、蝶を捕まえて、それでどうするのかしら?」
幽々子は、妖夢が剣のかわりに虫取り網を振り回すさまを、ぼんやり見ている。
すごい
かっこいいです
それでもって、ん?あれ?……あぁ作者様、たまに誤字あるかただから、いや、でも、ん?あれ……?ってなってしつこいくらいに出てたキーワードを踏まえてあぁそういうことをやりたかったのねと。意欲的であると思うし面白い試みだと思うし、勝手に思い描いた像によるものではありますがなんとなくらしいなとは思いつつ、でもそれを私が楽しめたかというとうーん……。たまにはこういうのも悪くない
虫取り網をブンブン振り回してる妖夢がかわいかったです