「ねえ小鈴、あんたはさ、明日がずっとあるって思ってる?」
いつもの机の上、読んでいた本から目を離して、阿求を見る。私の方を見て話しかけてくる。
「どうしたの急に。阿求らしくない質問ね」
思ったことを言って、阿求は私から目を逸らした。本当にどうしたんだろうか。
「なんか思うところあったの?」
「いや……そうね……無いといえば嘘になるわね」
返ってくる言葉も微妙な感じ。ううん、煮え切らないわね。
「思ったこと言いなよ。言わないと始まらないし。阿求が思ったこと教えてよ」
そう言うと阿求は少し考え込むような動作を見せた。私は持っていた本を机の上に置く。
「そうね……二丁目の駄菓子屋さんのおばあちゃんが亡くなったの、知ってる?」
「うん、知ってる。時々お菓子買いに行ったりしてたし。確か老衰だったんだっけ?お母さんから少ししか聞いてないから分からないけど」
回覧板で回ってきて驚いた覚えがある。よく買いに行ったらおばあちゃんに良くしてもらった。老衰なら大往生だったのかなって。
「駄菓子屋のおばあちゃんね、昔に稗田のお屋敷で働いていたのよ」
「えっ、そうなの」
初めて聞く情報だった。そりゃあおばあちゃんにも若い頃はあったんだろうし、私が知らないことの方が多いんだろうけども。
「私が五歳頃に来て十歳になる頃に辞めて、実家の駄菓子屋さん、知り合いにお願いしてたらしいんだけど、おばあちゃんがやり出したんだって」
へえ、そうなんだ。でも阿求の質問の意味が見えてこない。
「阿求、おばあちゃんと質問の意図はなにか繋がってる?」
「まあ落ち着いて。もう少しだけ話を聞いてよ」
私は頷いた。阿求はなにか言うのを躊躇っているのか、少し言葉に詰まっていた。
「……人はさ、簡単にまた明日って言うけど、明日なんて、亡くなった人にはないよね。だからさ、いつか私も明日が失くなるのかな、なんて思ったりして」
ははは、と乾いた笑いを出す阿求。それに少し私はムッとした。
「阿求、確かに私は明日がずっとあるって思ってる。確かに亡くなった人には明日がないけど、家族だったり、友達だったりが思い出すから故人を偲べるんじゃないのかな」
「小鈴にしてはまともなこと言うじゃない」
阿求は明後日の方向を見ながらそう言う。少し馬鹿にしているような文脈が見えてカチンとくる。
「……あんたに明日がなくなっても私はずっと覚えてるよ。あんたと歩めなくても、あんたのことはずーっと覚えてる」
阿求はこちらを向いた。瞳には驚いたような感情があった。
「私のこと馬鹿にしてるでしょ。確かに阿求は御阿礼の子だけど、一人の人間として生きてるんだから、誰かに何かを刻むんだよ。家族や友達、里の人もだよ。あんたはひとりで生きていないんだから、明日がなくなっても、きっと繋ぐものがあるんだよ」
「……そうね。きっと、あるのね……」
泣いていた、阿求が。ほろほろと涙を流して。感極まったのか、その他なのか。それは分からないけど、涙が少し美しく見えた。
「阿求、流石にまだ死なないでよ?まだやってないこといっぱいあるんだから」
「小鈴……それは……締まらないわ……」
ぐすぐすと涙を流しながら笑う阿求。ははは、笑え笑え。その方が似合ってるから。
「でもさ、明日は無いけど、きっとあるんだよ。そうやって阿求が笑ってるうちはさ」
ははは!と私は笑う。明日が無いことはあるんだろうけど、まだ生きているのに死ぬことの話なんかしたらなんか縁起悪いもの。
「じゃあさ小鈴、あんたのおすすめの本、教えてよ」
「えー、いつもやってるのに?」
「あんたが読んだ本が知りたいのよ」
私は椅子から立ち上がって、阿求の近くに立つ。少し泣き跡が見える阿求も立って、私たちは本棚の連なる奥へと進んで行った。
*
きっと明日はある。私はそう思うの。
阿求がきっと万が一忘れても、ずっと覚えてる。
それじゃあ、また明日。
いつもの机の上、読んでいた本から目を離して、阿求を見る。私の方を見て話しかけてくる。
「どうしたの急に。阿求らしくない質問ね」
思ったことを言って、阿求は私から目を逸らした。本当にどうしたんだろうか。
「なんか思うところあったの?」
「いや……そうね……無いといえば嘘になるわね」
返ってくる言葉も微妙な感じ。ううん、煮え切らないわね。
「思ったこと言いなよ。言わないと始まらないし。阿求が思ったこと教えてよ」
そう言うと阿求は少し考え込むような動作を見せた。私は持っていた本を机の上に置く。
「そうね……二丁目の駄菓子屋さんのおばあちゃんが亡くなったの、知ってる?」
「うん、知ってる。時々お菓子買いに行ったりしてたし。確か老衰だったんだっけ?お母さんから少ししか聞いてないから分からないけど」
回覧板で回ってきて驚いた覚えがある。よく買いに行ったらおばあちゃんに良くしてもらった。老衰なら大往生だったのかなって。
「駄菓子屋のおばあちゃんね、昔に稗田のお屋敷で働いていたのよ」
「えっ、そうなの」
初めて聞く情報だった。そりゃあおばあちゃんにも若い頃はあったんだろうし、私が知らないことの方が多いんだろうけども。
「私が五歳頃に来て十歳になる頃に辞めて、実家の駄菓子屋さん、知り合いにお願いしてたらしいんだけど、おばあちゃんがやり出したんだって」
へえ、そうなんだ。でも阿求の質問の意味が見えてこない。
「阿求、おばあちゃんと質問の意図はなにか繋がってる?」
「まあ落ち着いて。もう少しだけ話を聞いてよ」
私は頷いた。阿求はなにか言うのを躊躇っているのか、少し言葉に詰まっていた。
「……人はさ、簡単にまた明日って言うけど、明日なんて、亡くなった人にはないよね。だからさ、いつか私も明日が失くなるのかな、なんて思ったりして」
ははは、と乾いた笑いを出す阿求。それに少し私はムッとした。
「阿求、確かに私は明日がずっとあるって思ってる。確かに亡くなった人には明日がないけど、家族だったり、友達だったりが思い出すから故人を偲べるんじゃないのかな」
「小鈴にしてはまともなこと言うじゃない」
阿求は明後日の方向を見ながらそう言う。少し馬鹿にしているような文脈が見えてカチンとくる。
「……あんたに明日がなくなっても私はずっと覚えてるよ。あんたと歩めなくても、あんたのことはずーっと覚えてる」
阿求はこちらを向いた。瞳には驚いたような感情があった。
「私のこと馬鹿にしてるでしょ。確かに阿求は御阿礼の子だけど、一人の人間として生きてるんだから、誰かに何かを刻むんだよ。家族や友達、里の人もだよ。あんたはひとりで生きていないんだから、明日がなくなっても、きっと繋ぐものがあるんだよ」
「……そうね。きっと、あるのね……」
泣いていた、阿求が。ほろほろと涙を流して。感極まったのか、その他なのか。それは分からないけど、涙が少し美しく見えた。
「阿求、流石にまだ死なないでよ?まだやってないこといっぱいあるんだから」
「小鈴……それは……締まらないわ……」
ぐすぐすと涙を流しながら笑う阿求。ははは、笑え笑え。その方が似合ってるから。
「でもさ、明日は無いけど、きっとあるんだよ。そうやって阿求が笑ってるうちはさ」
ははは!と私は笑う。明日が無いことはあるんだろうけど、まだ生きているのに死ぬことの話なんかしたらなんか縁起悪いもの。
「じゃあさ小鈴、あんたのおすすめの本、教えてよ」
「えー、いつもやってるのに?」
「あんたが読んだ本が知りたいのよ」
私は椅子から立ち上がって、阿求の近くに立つ。少し泣き跡が見える阿求も立って、私たちは本棚の連なる奥へと進んで行った。
*
きっと明日はある。私はそう思うの。
阿求がきっと万が一忘れても、ずっと覚えてる。
それじゃあ、また明日。
しんみりしつつも明日を信じる阿求たちに少女らしい力強さを感じました
メメントモリ
誰かが覚えてくれている限り終わりじゃない、という考え方がとても好きです。