Coolier - 新生・東方創想話

飛ばねぇ魔女はただの豚

2025/10/19 04:54:19
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 これは、永夜異変の少し前のお話。

 霧雨魔理沙は――空を飛べなくなっていた。

「……あれ?おかしいな、浮遊魔法の調整は完璧なはずだ」

 箒に跨って地面を蹴る。だが、体はふわりと少し浮くだけで、すぐにどしんと地面に足が着いてしまう。
 確かに最近、飛ぶスピードが落ちている気はしていたが、まさか飛べなくなるとは思わなかった。

「……箒が壊れたのか?」

 箒を点検する。折れていない。魔力も正常に流れている。
 となると、原因は――。

「いやいや、まさかな」

 その可能性を考えた途端、胸の奥がずしりと重くなった。
 最近の生活が思い浮かび、首をぶんぶん振る。
 そんなはずはない。ただの不調だ。
 こういう時は、先輩魔法使いを頼るに限る。

「アリスゥー!助けてくれぇぇー!」

 魔理沙は森を駆け出した。

 ◇

 魔理沙の家から二百メートルほど離れた場所。
 そこで魔理沙は息を切らしてへたり込んでいた。

「ハァ……ハァ……はぁぁぁ……もう無理……」

 額には玉のような汗が浮かび、身体中が熱い。
 少し休憩することにして、ポケットから小さな包みを取り出す。
 アリスが作ってくれたブラウニーだ。

「……運命ってやつだな」

 躊躇いもなく、それを頬張った。
 濃厚なチョコの甘みが舌を包み、疲労が遠のいていく。

「やっぱりココアが違うよな」

 うんうんと頷きながら、口に放り込んでいく。一個、二個、三個――。
 気付けば、持っていた分をすべて平らげていた。

 ◇

 休みながら歩いて、アリスの家に到着したのは、すっかり日が沈んでからだった。
 窓の灯りを見て、魔理沙はほっと胸を撫で下ろす。
 玄関を拳で勢いよく叩く。

「アリスゥ!開けてくれぇ!」

 すぐに、寝巻きを着たアリスが出てきた。ちょうど寝るところだったのだろう。
 魔理沙の必死な様子に、アリスは目を丸くした。

「こんな時間に、どうしたの?」
「取りあえず飯を……飯をくれぇ!」

 空腹のあまり玄関に倒れ込む魔理沙に、アリスは慌てて肩を貸す。
 アリスは想定以上の重さに、思わずよろめきかけた。
 それでも何とか魔理沙を椅子に座らせ、急いで食事の用意をする。
 アリスお手製の料理の数々がテーブルに並ぶと、魔理沙は湯気の立つスープに顔を突っ込む勢いで食べ始めた。

「そんなに慌てなくても、逃げないわよ」
「ハフッ、ウマッ……!アリス、お前やっぱ天才だな。おかわり!」

 美味しそうに食べる魔理沙に、アリスは目を細める。
 魔理沙がよく食べてくれるものだから、作り甲斐があるというものだ。
 料理の腕も上達していくのを感じていた。
 魔理沙はガツガツと音を立てて食べ続け、皿をぴかぴかに磨き上げるように平らげる。
 そしてひと息ついた後、頭を掻いた。

「実はな、飛べなくなっちまったんだ」
「え?魔法の不調?」
「多分な」

 魔理沙は深刻な顔をして押し黙る。その表情に、アリスも心配になる。
 もしこのまま魔理沙が力を失ったら――嫌な考えが頭をよぎる。

「ちょっと、見せてみなさい」

 アリスは魔理沙を外に連れ出した。
 冷たい風が頬を撫で、嫌な予感が膨らんでいく。
 家にあった箒を渡し、試してみるよう促す。
 魔理沙は箒に跨り、勢いよく地面を蹴る。
 しかし体は一瞬浮かんだだけで、すぐに地面に吸い寄せられるように着地してしまう。
 アリスはその動きを見ながら魔力の流れを確認した。
 問題はない。魔法は正常に働いている。
 ――つまり、これは。

「魔理沙、あなた……」

 沈痛な面持ちの魔理沙は、まるで空という恋人に振られた乙女のようだった。
 それでもアリスは言わなければならない。
 魔理沙のために。そして責任の一端はおそらく自分にもある。
 思い切って、言葉の刃を突きつけた。

「太ったわね?」
「言うなあああ!」

 ◇

 翌日から、アリス監修による魔理沙のダイエットが始まった。

「朝食はキノコスープとパン一枚」
「少なすぎだろ!」
「おやつ禁止」
「死ぬ!」
「ほら、走りなさい!」

 森の中でアリスの厳しい声が飛び、魔理沙は嫌々ながら足を動かす。
 二百メートルも保たずに息切れするが、止まろうものなら背後から上海人形が槍で突いてくる。

「痛い!走る!走るからぁ!」

 魔理沙の悲鳴が森にこだました。

 ◇

 しかし一週間後。
 アリスは頭を抱えていた。
 食事制限をしている。運動もさせている。それなのに、魔理沙の体重がまるで減らない。
 あり得ない。
 原因を突き止めるべく、アリスは魔理沙の生活を観察する事にした。
 今も魔理沙は、ひいこらと森を走っている。
 汗をかき、カロリーを発散している。
 ――なのに、何故?
 アリスがじっと見つめていると、魔理沙は力尽きて座り込み、上海に突かれてまた立ち上がって走る。
 その繰り返し。これで痩せないはずがない。
 だが、何かがおかしい。
 ほんの僅かな違和感。細い棘が刺さるような感覚。難しい間違い探しをするように、アリスは目を凝らす。
 そして――気づいた。

「……あっ」

 座り込む前と立ち上がった後で、森の景色が微妙に違う。
 キノコが、消えている。
 魔理沙が息を整えるたびに、周囲のキノコがなくなっているのだ。
 つまり魔理沙は。

「キノコを拾って食べてる……」

 アリスは呆れ、そして怒りがこみ上げてきた。

「……分かったわ、魔理沙。それなら私にも考えがある」

 意地汚い魔法使いに侮蔑の視線を向け、アリスは静かに呟いた。

 ◇

 さらに数日後。
 魔理沙の体は僅かではあるが軽くなっていた。
 その代償の筋肉痛で顔をしかめる魔理沙の背中を、アリスは優しく撫でる。

「無理しないでいいわ。あなたが空を取り戻すまで、私が支えてあげる」
「アリス……ありがとう」
「今日は運動、休んだら?」
「いいのか?」
「たまには休息も必要よ。お菓子は出せないけど、お茶にしましょう」

 アリスはにっこり笑い、魔理沙も嬉しそうに頷く。
 台所へ紅茶を淹れに向かうアリスの後ろ姿を見て、魔理沙は胸が満たされていくのを感じた。
 こんなにも優しいアリスに対する愛おしさが、溢れ出してくる。
 ――アリスのためにも、もう一度空を飛ばなくては。
 やがて、アリスは湯気の立つカップを二つ携えて戻ってきた。
 二人は机を囲み、談笑する。
 話題は文々。新聞に書かれていた記事のこと。
 最近、夜になると幻想郷を徘徊する化け物が出るそうだ。大きな足音がして、里の人間が怖がっているらしい。
 「異変か? 異変だよな?」と鼻息を荒くする魔理沙に、アリスは「まずは飛べるようになってからね」と柔らかく嗜める。
 ダイエット生活が始まってからのアリスはずっと怖かった。
 だからこそ、久しぶりに過ごす穏やかな時間は、優しく魔理沙の胸を打った。

 ◇

 その夜は、やけに静かだった。
 風の音も、虫の声も、どこか遠慮がちだ。
 博麗霊夢は、ため息をつきながら空を見上げた。

「……面倒くさいわねぇ」

 最近、里の方で妙な噂が立っていた。
 夜になると、森の奥から巨大な影が現れ、地面を揺らしながら徘徊しているらしい。
 被害は特にないが、子どもが泣くには十分なインパクトだ。
 ――異変、とまではいかなくても、調べるのが巫女の仕事。
 仕方なく、里と森の境界あたりを巡回していた。
 とはいえ。
 この時間に飛び回るのも寒いし、眠いし、お腹も空いてきた。
 霊夢は袖の中から、干し芋を取り出した。
 お気に入りの蜜芋を干したやつ。夜のお供にはぴったりだ。

「はぁ〜……しあわせ……」

 一口かじると、ほんのりとした甘みが広がる。
 舌の上で、ゆっくりと溶けていく優しい味。
 なんだかもう、異変なんてどうでもよくなる。

「まぁ、どうせ狸か何かでしょ」

 独り言を呟いた、その時だった。

 ――ドシン。ドシン。

 地面が揺れた。
 まるで山が歩いてくるような、重い振動。
 霊夢は干し芋を咥えたまま、きょろりと辺りを見渡す。

「出たわね」

 木々の間から、黒い影が現れた。
 一見、人の形をしているが、異様に丸い。
 霊夢は思わず息を呑む。
 そして、その巨体が月光に照らされた瞬間、霊夢は思わず目を疑った。

「……魔理沙?」

 月明かりに照らされた、鮮やかな金髪。
 トレードマークの白黒の服。間違いない。
 でも――太い。
 いや、太いどころか、もはや貫禄すら漂っている。

「な、なにそれ……!?どうしたのよあんた!」

 しかし返事はない。
 魔理沙は目を閉じたまま、夢遊病者のように歩いている。
 その全身には、光る糸がびっしりと絡みついていた。
 その糸には、見覚えがあった。
 ――アリスのだ。
 眉間に皺を寄せながら、札を構えると、魔理沙の後ろから、やはりアリスが姿を現した。
 ものすごく気まずそうな顔をしている。

「え、えっと……霊夢……」
「説明してもらえるかしら?」

 干し芋を手に、霊夢がじろりと睨む。
 アリスは乾いた笑みを浮かべ、言い訳を始めた。

「ちょっと……寝ながら運動させようと思って……」
「……寝ながら?」
「だって、起きてる時に走ると、すぐキノコ食べちゃうのよ!」
「ああ、そう……」

 霊夢は頭を押さえた。
 つまり――寝ている魔理沙を糸で操り、無理やり運動させていたというわけか。
 いや、発想が狂っている。
 けれど、アリスがあの真面目な顔でやっているのを見ると、ツッコむ気力も削がれる。

「ま、まぁ……誰も怪我してないなら別に――」

 ――その時だった。
 風に乗って、ほのかに甘い香りが流れた。
 霊夢の手にある、干し芋の香り。
 魔理沙の鼻が、ぴくりと動く。
 次の瞬間――

「イモォォォ!!!」
「ちょっ!?はぁっ!?」

 魔理沙が雄叫びを上げ、森が揺れる。
 そして、全力疾走で突っ込んできた。

「ま、待って魔理沙!?寝てるのよね!?」

 アリスが糸を操って制御しようとするが、勢いが強すぎる。
 糸がビシビシと音を立て――ついに、切れた。

「嘘でしょ!?」
「イモォォォ!!!」

 霊夢は慌てて札を放ち、結界を張った。
 が。

 ――ズガァンッ!!!

 魔理沙が思い切り突進し、結界が、割れた。
 正面からぶち抜かれた。
 霊夢は思わず目を見開く。
 まさか、博麗の結界が破られるなんて——。

「イモォォォ!!!」

 叫びながら、魔理沙は霊夢の手元の干し芋に飛びつく。
 霊夢はとっさに後ろへ跳ぶが、間に合わない。
 干し芋は――無慈悲に奪われた。

「と、取られた……」

 放心する霊夢の横で、魔理沙は眠ったまま幸せそうな笑みを浮かべて、もぐもぐと咀嚼していた。
 その姿を見て、アリスが涙ぐむ。
 アリスの脳内では、これまでの魔理沙の努力が走馬灯のように駆け巡っていた。

「魔理沙……ついに……ついに霊夢に勝ったのね……!」
「イモォォォ!!!」

 魔理沙の勝利の咆哮が、幻想郷中に響き渡った。

 ◇

 それからしばらくして。
 魔理沙はすっかり元の体型を取り戻していた。

「なぁ、アリス。ダイエットって案外簡単だな」
「ふふ、それはよかったわ。次は維持よ」
「おう……でも、少しくらいご褒美に――」
「ブラウニーは、なし」
「ぐはっ!」

 笑い合う二人の上空を、澄んだ夜風が流れる。
 魔理沙は箒にまたがり、軽やかに宙へと舞い上がる。
 空に戻った彼女の背中を、アリスは小さく見送りながら呟いた。

「……本当に、飛んでいっちゃうんだから」

 それでも、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 魔理沙には、霊夢に勝った夜の記憶はない。
 けれど、身体だけは確かにその感触を覚えていた。

 ――後に、あの日の夜の寝ぼけ突進から「ブレイジングスター」は生まれたという。
個人的に、マリアリは永夜異変から始まったと思っているので、少しだけ歴史改変です。
私はタイ在住なので、例大祭行ける人が羨ましいです
やんたか@タイ
https://x.com/lastchemical?s=21&t=zFF13qbsoRtvTyQ4L_VZwA
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コメント



0.100簡易評価
1.90東ノ目削除
「豚」「キノコ」というキーワードがそろったところで、豚にトリュフを探させるネタが出てくるのかと思ったら特にそんなことはなくただただアリスがやべー奴なだけだった。
面白いコメディでした
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100南条削除
面白かったです
ブラウニーを持ち歩いている魔理沙に笑いました
よくポケットに入れる前に食べちゃいませんでしたね
6.90ローファル削除
200mで息切れする魔理沙を見て「飛行移動に慣れ過ぎているから歩く習慣があまりない」「人間の少女だしもともとあまり体力がないのもわかる」と思いながら読み進めていたので原因が明らかになった場面で思わず笑ってしまいました。面白かったです。