あやれいむがハグをするだけのお話。
ーーー
ーー
ー
神無月、博麗神社。その場所は木々に萌え、紅葉のカーペットが敷かれて秋めいた様相を見せている。
境内の掃除をひと通り終わらせた霊夢は箒を鳥居に立てかけて、うーんと伸びをする。
するとそこへ、空から声が落ちてきたかと思うと、霊夢の背中が温かい重みに包まれた。
「霊夢さん、こんにちは。もうここもすっかり秋ですねぇ。山吹色に染まった境内に、涼しい気候。一年で一番好きな時期ですよ」
「そうねぇ、私にとってはちょっとは肌寒いんだけど、この時期が一番好きなのは、一緒よ」
突然後ろから抱き着いてきた文に驚く様子も見せず、こんにちは、と挨拶しながらごく自然に言葉を返す霊夢。
文は文で、そんな霊夢の首に腕を回し、頬が密着ほどの零距離だ。
「あやや。肌寒いのに、なぜこの時期が一番なんです?」
「そりゃあ、」
霊夢は回された腕をそっと掴んで自分の方へ引き寄せるようにしながら、
「文がこうやってあっためてくれるもん」
人間よりも少し体温の高いその白い右腕に、自分の頬を押し当てて、ふにゃりと笑った。
「へぁ」
文の体が一瞬にして硬直した。なーにその声、と霊夢が笑う が、文はそれどころではない。今まで弛緩していた手には、まるで指の先まで針金が通っているかのようだ。
しかしそれも束の間、文はさっと身体を離したかと思うとすぐにいつもの調子に戻り、おやおやと呆れたような笑みを浮かべる。
「――全く、温めてくれるとか、この巫女は甘えん坊ですねぇ。私はあくまでネタを求めて此処へ寄っているだけ。そんな様子では、また新聞に載せちゃいますよ?」
こう言えば、霊夢の反応は決まっているのだ。いつもの怒り巫女に変わって、また良いネタとして楽しませてくれるはず。
そう思いながら口にした言葉だったのだが、霊夢の反応は思っていたものとは違っていた。
「あら、そうなったら、『文に抱きつかれた』って“真実”を言うだけよ。」
そんな返しを何故か嬉しそうにする霊夢。
「きっとみんな、『文の方が私に甘えてる』って思うんじゃないかしら。――うん、なんだか嬉しいわね。記事にしても、良いわよ」
さて、全く予想もしていなかった答えを返された文はというと。
「へ」
取り戻したと思っていたペースは、いとも簡単に、霊夢によって奪われてしまった。
「い、いや、私の新聞は信用のある情報誌ですから、たとえ霊夢さんの言葉であろうとも」
「……嫌?私と文が、仲が良いって思われるの。」
「え、いや、あの、そういうわけでは」
「じゃあ、ハグして。今度は正面から。」
ニッコリと笑い、そう要求する霊夢。
普段の態度からは想像もできない霊夢の積極的な態度に、文は振り回されるばかりだ。それに加えてハグをしろという荒唐無稽な要求にタジタジになりながら、必死に言い返す。
「突然ハグだなんて、何を言ってるんですか、貴方は。大丈夫ですか?少し調子が悪いのでは?」
しかし、霊夢の攻勢は止まることなく、さらに文へ言いつのる。
「ねー、文。風が吹いてきて寒いわー。早くー!」
「ぅ、う」
「あーや」
「……あー、もう、しょうがないですねぇ……」
ようやく折れた文が、おずおずと両手を広げる。そんな文に、心底嬉しそうな表情で霊夢が飛び込んだ。
「わっ」
「ふふ、あったかい。やっぱり鳥だから、体温が高いのかしら」
抱き着かれてなお、文の両手は中途半端に広げられたままだ。文は何度もその手を霊夢の背中にあてがおうとするが、未だに羞恥に顔を赤らめた文はガチガチになって、その度に広げた状態に戻ってしまう。
それを察した霊夢が、胸にうずめていた顔を上げて、見上げるようにして両腕を文の首に回し、囁いた。
「ね、私だけじゃなくて、あやももっと抱きしめてよ。」
文の理性の堤防はもう決壊寸前だ。必死に土嚢を積んで感情を抑えようとするが、霊夢の、文だけに向けられた囁き声に、とく、とく、と胸越しに伝わってくる心地よい鼓動。
自分の胸にきゅっと抱きついてくる、この霊夢という少女に、意識を吸い込まれそうになる。
(ダメだ、この先は、このラインは越えてはいけない。博麗の巫女を、妖怪が……)
「――私は妖怪ですよ。しかも、人を攫う風魔であり、そんな私に無防備に体を委ねるだなんて――」
「いいわ」
「……ぇ」
「あやになら、攫われてもいい。だって、それだけ私を大切に思ってくれてるっていうことでしょう?寧ろ、幸せだわ」
「私は博麗の巫女である前に、博麗霊夢よ。そしてあんたは、妖怪である前に、射命丸文なんだから。」
気づけば、文は霊夢を抱きしめ返していた。
霊夢の背中と後頭部に両腕をまわし、抑えきれなくなった感情の瀑布に任せて、強さに反して華奢な少女の身体を掻き抱く。
霊夢は少し驚いた様子を見せたが、すぐにますます嬉しそうに目を細めて、まわした腕にそっと力を入れて文の胸元に顔をうずめた。
じんわりと伝わってくる、互いの熱と鼓動。
二人の間に言葉はなく、ただ想いだけが触れ合い、溶けていく。
霊夢の言葉によって、役目や種族の枷は外された。
今は、今だけは。
ただの少女として、互いを想いあうだけの2人の少女として――
「あら、鴉天狗になっても、一緒じゃない。」
文は無意識に翼を出して、霊夢を包むようにして広げていた。
さわり、さわりと、霊夢の両肩を羽根の先が撫でるようにして触れては離れ、また触れる。
文の表情はまるで、大切なものにようやく触れることができたような、もう二度と離さないといわんばかりの感情が浮かんでいた。
翼に光が遮られて、霊夢の視界は黒いカーテンで覆われている。しかしそれは、彼女にとっては、二人だけの空間を作り出す、心地よい暗闇であった。
霊夢がとろんとした顔を僅かに上げると、文の柘榴の瞳と視線が溶け合う。
柔らかな暗闇の中にぼんやりと浮かぶそれは、霊夢の山吹の瞳を映して潤んでいた。
ゆっくりと、混ざり合ってゆく想い。2人だけの世界で、彼女たちは囁き合う。
「このまま私を、見ていて、護ってくれる?」
「もちろん」
縁側に並んで座り、木の葉が擦れる音を聴く。
冷たい風がひゅうひゅうと流れてきて、色とりどりな葉が舞った。それらは好き好きに舞い踊った後、石畳の上にぱらぱらと落ちる。
「あら、また境内の掃除をしないとね。」
「えー、せっかく文がいるんだし、手伝ってよ。こう、風でざあぁ、って」
「別に良いわよ?……ところで、次の文々。新聞の見出しは『博麗の巫女、実りと紅葉の秋に屈する』あたりが良いと思うんだけれど、どう?」
「……はいはい、分かったわよ。自分で掃除します。」
響くのは、いつも通りの会話。文に揶揄われて、ぶっきらぼうに返事をする。しかし、その雰囲気はいつになく穏やかだ。
木々を眺める二人の頬はほんのりと朱く染まり、唇に残る熱を思い出すだけで顔が熱くなる。
文の方をちらと見ると、文もこちらを見ていたようで、目が合った。
ちょっと恥ずかしくなって、すぐにふいっと視線を逸らしてしまうが、代わりに、横に置いていた手に文の手が重ねられる。その手はさわさわと触れ合った後、指を絡めて一つになった。
木々のざわめき以外には何の音もない、穏やかな午後。
二人の間に会話はないものの、それは心癒されるような静寂だった。
しばらくの後、霊夢がぽつりと言葉を漏らす。
「ねえ、文」
「なに?」
「……好き。」
「……ええ、私もよ」
「……」
続く会話もやはり無いが、しかし。
先程よりも朱く、「思色」に染まった頬。
二人の表情は、何物にも代え難い幸せを宿していて――
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神無月、博麗神社。その場所は木々に萌え、紅葉のカーペットが敷かれて秋めいた様相を見せている。
境内の掃除をひと通り終わらせた霊夢は箒を鳥居に立てかけて、うーんと伸びをする。
するとそこへ、空から声が落ちてきたかと思うと、霊夢の背中が温かい重みに包まれた。
「霊夢さん、こんにちは。もうここもすっかり秋ですねぇ。山吹色に染まった境内に、涼しい気候。一年で一番好きな時期ですよ」
「そうねぇ、私にとってはちょっとは肌寒いんだけど、この時期が一番好きなのは、一緒よ」
突然後ろから抱き着いてきた文に驚く様子も見せず、こんにちは、と挨拶しながらごく自然に言葉を返す霊夢。
文は文で、そんな霊夢の首に腕を回し、頬が密着ほどの零距離だ。
「あやや。肌寒いのに、なぜこの時期が一番なんです?」
「そりゃあ、」
霊夢は回された腕をそっと掴んで自分の方へ引き寄せるようにしながら、
「文がこうやってあっためてくれるもん」
人間よりも少し体温の高いその白い右腕に、自分の頬を押し当てて、ふにゃりと笑った。
「へぁ」
文の体が一瞬にして硬直した。なーにその声、と霊夢が笑う が、文はそれどころではない。今まで弛緩していた手には、まるで指の先まで針金が通っているかのようだ。
しかしそれも束の間、文はさっと身体を離したかと思うとすぐにいつもの調子に戻り、おやおやと呆れたような笑みを浮かべる。
「――全く、温めてくれるとか、この巫女は甘えん坊ですねぇ。私はあくまでネタを求めて此処へ寄っているだけ。そんな様子では、また新聞に載せちゃいますよ?」
こう言えば、霊夢の反応は決まっているのだ。いつもの怒り巫女に変わって、また良いネタとして楽しませてくれるはず。
そう思いながら口にした言葉だったのだが、霊夢の反応は思っていたものとは違っていた。
「あら、そうなったら、『文に抱きつかれた』って“真実”を言うだけよ。」
そんな返しを何故か嬉しそうにする霊夢。
「きっとみんな、『文の方が私に甘えてる』って思うんじゃないかしら。――うん、なんだか嬉しいわね。記事にしても、良いわよ」
さて、全く予想もしていなかった答えを返された文はというと。
「へ」
取り戻したと思っていたペースは、いとも簡単に、霊夢によって奪われてしまった。
「い、いや、私の新聞は信用のある情報誌ですから、たとえ霊夢さんの言葉であろうとも」
「……嫌?私と文が、仲が良いって思われるの。」
「え、いや、あの、そういうわけでは」
「じゃあ、ハグして。今度は正面から。」
ニッコリと笑い、そう要求する霊夢。
普段の態度からは想像もできない霊夢の積極的な態度に、文は振り回されるばかりだ。それに加えてハグをしろという荒唐無稽な要求にタジタジになりながら、必死に言い返す。
「突然ハグだなんて、何を言ってるんですか、貴方は。大丈夫ですか?少し調子が悪いのでは?」
しかし、霊夢の攻勢は止まることなく、さらに文へ言いつのる。
「ねー、文。風が吹いてきて寒いわー。早くー!」
「ぅ、う」
「あーや」
「……あー、もう、しょうがないですねぇ……」
ようやく折れた文が、おずおずと両手を広げる。そんな文に、心底嬉しそうな表情で霊夢が飛び込んだ。
「わっ」
「ふふ、あったかい。やっぱり鳥だから、体温が高いのかしら」
抱き着かれてなお、文の両手は中途半端に広げられたままだ。文は何度もその手を霊夢の背中にあてがおうとするが、未だに羞恥に顔を赤らめた文はガチガチになって、その度に広げた状態に戻ってしまう。
それを察した霊夢が、胸にうずめていた顔を上げて、見上げるようにして両腕を文の首に回し、囁いた。
「ね、私だけじゃなくて、あやももっと抱きしめてよ。」
文の理性の堤防はもう決壊寸前だ。必死に土嚢を積んで感情を抑えようとするが、霊夢の、文だけに向けられた囁き声に、とく、とく、と胸越しに伝わってくる心地よい鼓動。
自分の胸にきゅっと抱きついてくる、この霊夢という少女に、意識を吸い込まれそうになる。
(ダメだ、この先は、このラインは越えてはいけない。博麗の巫女を、妖怪が……)
「――私は妖怪ですよ。しかも、人を攫う風魔であり、そんな私に無防備に体を委ねるだなんて――」
「いいわ」
「……ぇ」
「あやになら、攫われてもいい。だって、それだけ私を大切に思ってくれてるっていうことでしょう?寧ろ、幸せだわ」
「私は博麗の巫女である前に、博麗霊夢よ。そしてあんたは、妖怪である前に、射命丸文なんだから。」
気づけば、文は霊夢を抱きしめ返していた。
霊夢の背中と後頭部に両腕をまわし、抑えきれなくなった感情の瀑布に任せて、強さに反して華奢な少女の身体を掻き抱く。
霊夢は少し驚いた様子を見せたが、すぐにますます嬉しそうに目を細めて、まわした腕にそっと力を入れて文の胸元に顔をうずめた。
じんわりと伝わってくる、互いの熱と鼓動。
二人の間に言葉はなく、ただ想いだけが触れ合い、溶けていく。
霊夢の言葉によって、役目や種族の枷は外された。
今は、今だけは。
ただの少女として、互いを想いあうだけの2人の少女として――
「あら、鴉天狗になっても、一緒じゃない。」
文は無意識に翼を出して、霊夢を包むようにして広げていた。
さわり、さわりと、霊夢の両肩を羽根の先が撫でるようにして触れては離れ、また触れる。
文の表情はまるで、大切なものにようやく触れることができたような、もう二度と離さないといわんばかりの感情が浮かんでいた。
翼に光が遮られて、霊夢の視界は黒いカーテンで覆われている。しかしそれは、彼女にとっては、二人だけの空間を作り出す、心地よい暗闇であった。
霊夢がとろんとした顔を僅かに上げると、文の柘榴の瞳と視線が溶け合う。
柔らかな暗闇の中にぼんやりと浮かぶそれは、霊夢の山吹の瞳を映して潤んでいた。
ゆっくりと、混ざり合ってゆく想い。2人だけの世界で、彼女たちは囁き合う。
「このまま私を、見ていて、護ってくれる?」
「もちろん」
縁側に並んで座り、木の葉が擦れる音を聴く。
冷たい風がひゅうひゅうと流れてきて、色とりどりな葉が舞った。それらは好き好きに舞い踊った後、石畳の上にぱらぱらと落ちる。
「あら、また境内の掃除をしないとね。」
「えー、せっかく文がいるんだし、手伝ってよ。こう、風でざあぁ、って」
「別に良いわよ?……ところで、次の文々。新聞の見出しは『博麗の巫女、実りと紅葉の秋に屈する』あたりが良いと思うんだけれど、どう?」
「……はいはい、分かったわよ。自分で掃除します。」
響くのは、いつも通りの会話。文に揶揄われて、ぶっきらぼうに返事をする。しかし、その雰囲気はいつになく穏やかだ。
木々を眺める二人の頬はほんのりと朱く染まり、唇に残る熱を思い出すだけで顔が熱くなる。
文の方をちらと見ると、文もこちらを見ていたようで、目が合った。
ちょっと恥ずかしくなって、すぐにふいっと視線を逸らしてしまうが、代わりに、横に置いていた手に文の手が重ねられる。その手はさわさわと触れ合った後、指を絡めて一つになった。
木々のざわめき以外には何の音もない、穏やかな午後。
二人の間に会話はないものの、それは心癒されるような静寂だった。
しばらくの後、霊夢がぽつりと言葉を漏らす。
「ねえ、文」
「なに?」
「……好き。」
「……ええ、私もよ」
「……」
続く会話もやはり無いが、しかし。
先程よりも朱く、「思色」に染まった頬。
二人の表情は、何物にも代え難い幸せを宿していて――
もうずっといちゃついていてほしいです