多々良小傘は守矢神社に侵入する。
現在無人である神社には二柱による留守番結界が張られていて不審者は簡単には侵入できないようになっているのだが、小傘はそんなことを知らない。留守だということだけは知っている。皆が出かけるところを見かけたのだ。
(早苗は不用心だなぁ)
仮に早苗が不用心だとしても神奈子さまと諏訪子さまが不用心なわけはなく、これは単純に、結界が小傘を制止しないように設定されているというわけだ。要は、小傘は脅威に認定されていない、というよりも、どちらかというと身内認定されている。
本人は嫌がるかも知れないが、結界については霊夢にも同じように設定されている。身内とまでは行かなくとも、信用されている。
天狗とその仲間たちには結界が超反応する。攻勢反応を示す。具体的には呪いとか。つまり天狗たちはまったく信用されていない。あと魔理沙と紫も。
ちなみに秋姉妹は神なのでフリーパス。留守中であろうと自由自在に入ってきては山の幸をお裾分けして、外の世界の珍味をお裾分けされていく。具体的にはツナ缶とかカップ麺とかビールとか。姉妹に必要なだけしか持っていかないため、量も知れている。
さて、小傘が何をしているのかというと、まず、台所や居間をウロウロしている。
見知らぬ家具や道具がないかを確認しているのだ。
小傘にとって守矢神社は妖怪変化としての行動範囲内である。間違ってもナワバリとは言えないが、言ったらかなり本気で怒られるが、行動範囲内だと広言するのは許容されている。
そして、守矢神社には見知らぬ道具、他の場所では滅多に見られない道具が時々出現する。すなわち外の世界の道具、電子レンジ、冷蔵庫、家庭用たこ焼き器、パソコンなどなど、幻想郷では流通していない道具である。
付喪神多々良小傘は、幻想郷先住としてその道具たちに先輩風を吹かすのだ。
具体的には威嚇する。
「わちきは先輩ゆえに。神様の所にいる貴方は力が付きやすいかも知れないけれど、先住は誰と忘れぬように」
ようやく見つけた新品(後で聞いたが、「そぉらぁばってりぃ」というものらしい)に向けて精一杯の威嚇ポーズを取る。
両手を上げて、少し前屈みになってすっくと立つ。
「怖がれー」
それは、「外の世界から来た道具にはとても効果があります」と早苗が教えてくれたポーズ、またの名を「荒ぶるレッサーパンダのポーズ」
可愛い。
続けて、新品ではないけれどまだまだ見慣れない道具のいくつかに威嚇の連射をぶちかまし、一仕事終えて満足した小傘はやれやれと居間の真ん中に座った。正座で。
そして再び辺りをキョロキョロすると、ちゃぶ台の上にポットを見つけて湯飲みにお湯を入れる。お茶ではない。茶葉を勝手に使うのは許されないことだと学習している。
お湯は多分、ぎりぎり許される。恐らく。あるいは。もし怒られたら謝る気は満々だ。
白湯を飲んで一息。
「ふいー」
そのとき痛切に思った。
茶菓子が欲しい。
この場合は白湯菓子かもしれない。
ちゃぶ台の上にはポットだけではなく、いかにも中身が詰まっていそうな木彫の菓子器もある。蓋が閉じていて中身は見えない。
煎餅か落雁が入っているような気がする。
いや、白湯がギリギリのラインなのだ。菓子まで食べてしまうのは少し不味い。そう小傘が考えた、その時であった。
(待つんだぜ)
小傘の中の魔理沙が囁く。
(中身を確認するくらいは構わないんだぜ)
確かに。見るだけである。中身は減らない。脳内魔理沙の言葉にも一理ある。
小傘はそろそろと手を伸ばし、蓋を開けた。
そこには煎餅が数枚。しかもただの煎餅ではない。ザラメがまぶされている煎餅だ。なんという贅沢な。さすがは守矢神社と言うべきか、諏訪の古き神恐るべし。
「おおぅ……」
単に古いだけの化け傘では到底及ばぬ領域であると小傘は戦慄した。
あるいは新たな道具と同じく、外世界より持ち込んだ外世界の菓子かも知れない。どちらにしろ、小傘が普段目にする(鍛治として博麗神社に退魔針を納めるときに出される)湿気た煎餅とは格が違う。
(よし、食べるんだぜ)
イマジナリー魔理沙があっさりと言う。
諸手を挙げて賛成しそうになった小傘だが、流石にそこまで自制心は朽ちていない。
蓋を閉めようとした、その瞬間、
(待て、煎餅の数を数えるんだぜ)
ひー、ふー、みー、よー。そのとき小傘に電撃走る。
ワン、ツー、スリー、フォー。
アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア。
ハナ、トゥル、セッ、ネッ。
どう数えても煎餅は四枚。
守矢神社の住人は八坂神奈子さま、洩矢諏訪子さま、東風谷早苗の二柱+一名。
なんということか、と小傘は再び戦慄する。
割り切れない。三で割り切れないのだ。四割る三は一余り一。ここで分数や無限循環小数などという洒落たモノは出てこない。今は整数の時間であり、有理数の時間ではないのだ。
小傘は考える。
神奈子さまに一枚、諏訪子さまに一枚、そして早苗に一枚。必要な煎餅の数は三枚。
ならば、この四枚目の煎餅はどうなるというのか。
半端者、余り物、邪魔者として排斥されるのか。
かつて古い傘として捨てられた、置き去りにされた小傘にはわかる。それがどれほど煎餅にとって辛いことなのか。
捨てられるなど言語道断。
美味しく食べられることこそが煎餅の幸せ。
(美味しく食べられることこそが人間の幸せなのだー)
イマジナリールーミアには退席を願うことにする。
哀しき煎餅の宿命に小傘は深い憐憫を覚えた。
だが、今は違う。ここには、四人目がいるではないか。そう、多々良小傘という存在が。
今日のこの場に、誰もいない守矢神社に自分が現れた理由。その真なる理由を、真実を小傘は悟った。
四枚目の煎餅に存在価値を与えるためにこそ、自分はここにやって来たのだと。
なんということか。この真実の前では、どこぞの貝妖怪も納得せざるを得まい。
ならば小傘のやるべき事は一つ。
煎餅を食らうこと。
小傘は迷うことなく煎餅を掴み、口へと持っていく。
「?」
なんかべとべとしてる。
湿気てる?
守矢の煎餅ともあろうものが湿気っているとは嘆かわしい。しかし、食べ物に罪はない。ザラメ煎餅ならばなおのこと。
小傘はバリンと煎餅を噛み砕く。
そして、首を傾げた。
ザラメが甘くない。そのうえ、なんだか舌にこびりつく。
これはいったい……?
傾げた頭の視線が器の中の何かを見つけた。
白い袋。破れた袋。「乾燥剤」と書かれた小さな袋。
シリカゲルは美味しくなかった。
乾燥剤、、、w
乾燥剤と煎餅を見間違えてしまう小傘ちゃんは、後で永遠亭に行って目薬貰ってきてください
知らないから分からなかったとはいえ、それ食べちゃダメーーー!
今まで散々勝手なことをして怒られてきたであろうことが見て取れました
小傘の行動原理がほぼ猫でした
かわいい
そして流石に乾燥剤は道具認定されなかったようですね
お茶を飲むことにすら恐怖している小傘ちゃんでしたが、きっと彼女のスライディング土下座が見たかっただけで、守矢一家の方々も本気で怒っていたわけじゃないはずだと私は信じております(博麗の巫女じゃあるまいに)。
秋の神様うちにも来てほしいな…
幼児の手の届くところにはおかないでくださいって文を思い出しました。尊い