Coolier - 新生・東方創想話

運命は交差して

2025/09/20 01:02:35
最終更新
サイズ
8.66KB
ページ数
1
閲覧数
381
評価数
2/4
POINT
300
Rate
13.00

分類タグ

「であるからして我々人間は君主制を採用すべきであり…」
洋風の服を着た背の高い男はいつものようにくり返す。男が言うには…余りにも不敬極まりないのだが、稗田阿求亡き後の人間達のコミュニティをまとめ上げるためには君主制を採用し専制主義的な体制を作り上げ妖怪の政治介入を少しでも減らすべきである、という。
確かに幻想郷が外の世界と完全に分離した例の年以前には天皇を崇拝する人物が人里にも何人もいたと聞いたことはあるが余りにも昔すぎるし今更導入したとてどのように運用したらいいのかも分からないだろう。
私は興味本位、そしてもう一つの理由でこの「幻想郷君主主義研究会」なる組織の会合に参加していたがあまりにも非現実な話ばかりでどうも遠い話のように感じられた。
彼らは理想論ばかりを語っている様子で現実を何も理解していないようだ。私は話を聞きながらカール・マルクスが初期の社会主義者達、オーウェンやサン・シモンなどを空想的社会主義者であると批判していた話を思い出していた。確かあれは外の世界から持ち込まれたある本に書かれていることだったか。
「このマキャヴェリの君主論によれば…」
この話を聞かされるのも飽きた。男に言わせればこれは聖典のようなものなのだが私にはそうは思えない。
前に調べてみたのだがこの君主論という本、かなり昔に作られた本であり今の私達に適応できるのか。
…これぐらい聞けばもう十分だろう。



「彼らは脅威に値しません」
私は自警団団長である「変わり者」小兎姫さんと主人にあたる稗田阿求、阿求様と向かい合っていた。
先ほど話したもう一つの目的というのは自警団のスパイとしてこの組織に潜入するというものだ。
「なんというか…無警戒すぎます。本気で体制の打倒、革命を目指しているとは思えません」
私は帽子を被り眼鏡を着けるぐらいの軽い変装をしていたのだが誰も私に気づいていない様子であった。
「予想通りね…とりあえず警戒対象として監視は続けて頂戴」
小兎姫さんはお茶を啜りながら答える。
「もし私が亡くなって転生するまでは分家の人間が代わりに当主を務めると決まっているのだからわざわざ君主制を採用せずとも人間たちの団結は実現できると思うのだけど」
阿求様は欠伸をしつつ改めて組織の方針に異を唱える。
二人の言う通りだ。そもそも誰を君主として据えるのかすら彼らは決めかねている様子であった。
阿求様は困惑した様子で話す。
「最初は私を君主にした上で大統領にでも据えるものだと思っていたわ。外の世界では君主が大統領を兼任する例もあったのでしょう?それどころか退位して首相になった例もあるとか」
「…兼任したのがムテサ2世。そして退位後に首相になったのがノロドム・シハヌーク、そしてセレツェ・カーマ、後もう一人いると聞いたことがありますが名前が分からないんですよね。評価は人によってかなり違っているみたいですが」
「そう、よく調べてるわね。感心感心」
最近は外の世界の本が入ってくることが前にも増して増えてきた気がする。おかげで私の勉強もはかどるわけだ。
「阿求様、一つ気になったのですが、阿求様自身が君主になるという気持ちはないのでしょうか?」
「…王は君臨すれども統治せず」
「え?」
「もし立憲君主体制なら考えてみてもいいわ。でも今は当主としての仕事が忙しいから無理ね」



どうやら君主制を標榜する組織は外の世界にも存在するらしい。仏蘭西のアクシオン・フランセーズが代表格らしいが出てくるのは名前ばかりでその組織が何を目指しているのかはいくら資料を漁っても出てこなかった。
私はまたしても組織の会合に参加していた。今回の議題は誰を君主に据えるのか。
早速意見が飛び交う。
「少名針妙丸」
「霧雨魔理沙」
「ユイマン・浅間」
「八坂神奈子」
挙げるだけなら誰でもできる。問題は彼女たちが了承するのかということである。
やはりこの人達は何も分かっていない理想主義者の集まりだ。現実逃避を繰り返すばかり。
そんな中、ある男が立ち上がり声を上げた。
「なら私を国王に推挙してみるというのはどうだろう?」
西洋人風の茶髪の男がこう話してみせたが周りはそれをまるで冗談のように受け止め笑っていた。
「ただの一般人に何ができるのだ?伝統的な支配すら構築できないだろう」
そう老人が話すと男はポケットから一枚の紙を取り出し机に広げた。
「こちらは私の家系図です。これを見れば私の正体が誰なのか分かるでしょう」 
私はなぜか気になり机に駆け寄っていた。その紙にはこうあった。

Alexei Nikolaevich Romanov(Alexei Kosygin)

Nikita Kosygin

Vasyl Kosygin

「まさか…」
「私の祖父はアレクセイ・ニコラエヴィチ、ロシア帝国最後の皇太子です」
その言葉に皆がざわつく。それもそのはずだ。ロシア革命でアレクセイ含めロマノフ家の殆どが処刑されたのだから。
男は生き残りの末裔だったのだ。
確かに男はよく見るとどこかアレクセイに面影が似ている。
「祖父は一度死にました。ですが運命の巡り合わせなのか彼は生き残ったのです。そして新たな祖国に忠誠を尽くすことを決め名前をアレクセイ・コスイギンへと変えました」
あまりにも衝撃的な真実に皆が絶句する。知られざる歴史の真実。
「外の世界では誰しもが祖父とコスイギンは別人であると思っているでしょうね」
男は笑ってみせる。
「しかしどうやって幻想郷に…」
私は尋ねた。
「…それは君が一番知っているはずだ。君だって外来人だろう」
「…何故それを」
「軽く調べれば分かることさ。そして君が自警団のスパイだなんてとっくに分かっていた」
背筋が凍りついた。



…外の世界にいた頃の私は何もかも上手くいかない人生を送っていた。そしてある日、自ら命を絶つことを決め、樹海へと道を運んだ。
首を吊ろうとしたその時、スキマが空いた。私はそれに吸い込まれてしまった。
それから私の人生は大きく変わることになる、阿求様の護衛に助けられいつの間にか阿求様の護衛の一人となり自警団に入っていた。



「君と同じように私も絶望したのさ」
「ソビエトという国が亡くなって私は何を信じていいのか分からなくなっていた」
「君が自殺を選ぼうとしたように、私もそうだった」
「……」
「祖父は新しい祖国に身を捧げ死んでいった。帝国が存続していればツァーになっていたかもしれないのに」
「ロマノフの血を引く私が国王にでもなれば万事解決だろう」
男の目は使命感を孕んでいた。



「報告は以上です。研究会はヴァシル・コスイギンさんを暫定的な国王候補として推挙することが決まりました」
「ヴァシルさんも貴方のように苦しんでここにやって来た人。もしかしたら貴方ならヴァシルさんの思いに気づけるかもしれないと、ね」
阿求様は微笑んだ。
「最初からこうなることが分かっていたのですか」
私がそう言うと阿求様はこめかみを指で突いてみせた。
「私は、ここがあるから」



「レティ、どこへ行くの?」
チルノが首をかしげ話しかけてくる。
「ちょっと会いたい人がいるの」
ついこの前、人里で見かけたあの背の高い男。私はその顔に見覚えがあった。
アレクセイ殿下。私がかつて王室に仕えていた頃、教育係として世話をしていたあの小さな小さな皇太子。
もしかしたら彼に会えばなにか分かるかもしれない。
私は眠気を抑えるためにコーヒーを二杯あおり変装して出かけた。夏なので足取りは重いが今までの辛い思いに比べればどうってことはない。
人里の門を難なく突破し、あの男が住んでいるらしい家の前に歩みを進める。
戸をノックする。暫くすると足音が奥から聞こえ戸が開いた。そこに立っていたのは…あのお方そのものだった。
「殿下…!」
私は思わず彼に抱きついてしまう。彼は困惑したような表情を浮かべ、焦ったように私を引き寄せ急いで戸を閉めた。
「困りますよ、いきなり」
「殿下、私です!レティシア・スネグラーチカです!」
必死にロシアにいた頃の名前を叫ぶ。
彼は一瞬驚き、深くため息をついた。
「…レティシアさん、残念ですが、私はアレクセイではないのです。祖父はもうかなり前に亡くなっていますから…」
そうだ、なんでそのことに気づかなかったんだろう。殿下が生きていたら百を超えている。こんな若い姿をしているはずなんてない。長年の思いが爆発して暴走してしまった。
「でも、父から貴女のことはいつも聞いていました。スネグラーチカという優しい教育係がいたと。内戦では白軍の一員として前線で突撃を繰り返した勇気溢れる方だったと」
私の目から静かに涙が零れ落ちた。今までやってきたことは無駄ではなかったのだ。



それから私は彼の話を聞いた。名前はヴァシル・コスイギンであること。殿下はアレクセイ・コスイギンとなったこと。紆余曲折あってここに来たこと。
「なるほど、今はレティ・ホワイトロックという名前と」
「…はい。フィンランドに亡命した際にロシア系の名前が不味いと思って変えたんです」
「レティさん、君はスネグラーチカのはずだ。夏だとここまで来るのは辛くなかったはずじゃ…」
「殿下に会えると思ったら重い足取りなんてどこかに行っちゃいましたよ」
不思議。殿下の子孫と話しているはずなのに殿下と話している感覚に陥ってしまう。
「その、相談がありましてね」
「レティさんならこのことを話せると思って」
「…なんですか?」
「実は阿求さんが亡くなった後、国王になると言ってしまった。まあ本当に実現するとは思わないけど」
私は驚いた。彼がそんな事をしようとしているとは。
思わず叫んでいた。
「駄目!」
「…え?」
「また…革命家にあんなことをされて…!殿下のような苦しみを…!」
「レティさん」
「人々が私に期待して君主制を望むのならば私はすすんで国王になろうと思うんですよ。最期がそうなるならもはや運命だ」
「しかし…」
「レティさんの気持ちはよく分かります。でもね、私自身これが運命だと思っている」
「…ヴァシルさん。私は貴方に国王ではなく一人の人間として生きてほしい」
「ありがとう、レティさん。でも私の気持ちを変えるのは難しいと思うな」
「そう…ですか」



私は家に帰ってきていた。結局、ヴァシルの思いを変えることはできなかった。
ため息をつくと箪笥から一着の軍服を取り出した。
あの内戦で白軍の一員として戦った時の軍服。
過去を忘れるためにここに来たというのに…。
忘れたはずの記憶が再び私の心を傷つける。でもそれはどこか心地よい傷だった。まるで勲章のような…。
「覚えていてくれて嬉しいな…」
私は軍服を抱きしめ思いに浸る。今だけはレティシア・スネグラーチカに戻ろう。そうここに来てから初めて思えた。
レティさんってスネグラーチカその人なのではないでしょうか?(byニナ)
Lucy
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.100簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
3.100南条削除
面白かったです
この後戦争が始まるのかと思うとワクワクしました