Coolier - 新生・東方創想話

残りは少ないよ、貴方の寿命

2025/08/24 20:39:37
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 「――はい、結構です。貴重なお話をありがとうございました」
筆を硯に置き、頬にかかった髪をかき上げる。目の前の人物は、覗く半分の目元だけを緩め微笑んでいた。
「こちらこそ、力になれたのなら幸いだよ」
 私は居住まいを正すと、彼女を観察する。容姿を記憶することもまた、縁起を作るために必要な作業であるからだ。だが、数多の人妖を見てきた私にも彼女の姿は特異に見えた。それは一見して質素な白い衣に身を包む彼女の、体中を這う謎の装飾であり、背中から飛び出した奇妙な突起であった。それは何かの骨や、あるいはそれが石化したようなものに見える。かたや鳥の翼のように、かたや逆向きの肋骨のように、それが闇と炎を纏い異形の翼を形成している。そして顔には大きくその半分を隠す、無骨な仮面。
「そんなに私の見た目が珍しいかな?」
「あら。読心までできるんですか?」
見透かされたような言葉に、思わず驚いてしまう。対して彼女は笑って、
「いや、貴方があまりにも怪訝な表情をするものだから」
と答えた。私は知らずのうちに寄っていた眉間の皴に気がついて、つられて苦笑する。私は非礼を詫び、率直な気持ちを彼女に伝えた。
「これは失礼しました。でも、夢にまで見た貴方が目の前にいるんですもの。思わず記憶に刻んで置きたくなって」
これは本心であった。幻想郷縁起の編纂者としてではなく、阿礼乙女としての心からの気持ち。

「お会いできて光栄です、磐永様」



 名を呼んだ彼女、磐永阿梨夜は少し照れくさそうに頬を掻く。
「なんだか面映ゆいね。だってほら。アレ、私でしょう?」
「そうです、アレです」
阿梨夜が軒先に視線を向け、私はそれに同意する。だがそこに割って入るように、だん、と畳を叩く音が響いた。
「ちょっと、わたしにも分かるように会話してよ! さっきからアレだのコレだの、小難しい話ばっかりで何話してるかさっぱりだわ!」
「あら霊夢さん、私はてっきり寝ているものだと」
「護衛として残ってくれって言ったのはあんたでしょーが」
「そうでしたね、忘れてました」
あんたねぇ、とため息を漏らす博麗の巫女。もちろん彼女にも感謝している。彼女から阿梨夜の話を聞いた私は、すぐに彼女と話がしたいと頼み込み、この場を準備してもらったのだから。
「私が磐永様の分霊をお祀りしている、という話よ」
「あの桜の根元の岩だね。あとで力でも込めてみようか?」
「ぜひ! お願いします!」
そんなことか、と浮かせた腰を降ろした霊夢は、
「今後は分かりやすい言葉を心掛けること。それと阿梨夜、あんたは変なことはしないだろうけど、一応見張ってるからね」
そういうと片膝を立て、再び目を瞑ってしまった。私と阿梨夜は目を見合わせて互いにくすりと笑った。その傍若無人さも、彼女は昔からそういう人だった。
 「気を取り直して、私から個人的に質問したいのですが……」
「どうぞ。この際だ、何でも聞いてほしい」
阿梨夜の返答にわたしは感謝を示し、率直な疑問をぶつける。
「貴方は伝承にてよく醜いだとか、器量悪しだとかと語られますが……。実際にお会いしてみた印象だと、そうは思えないんです」
「あ、それわたしも気になってた」
片目を開けた霊夢が会話に入り込んでくる。そっけない態度をとっているが、内心興味があるのだろう。その問いに阿梨夜は少し考えこみ、そして何かに思い至ったのか、ひらめいたという口調で答えた。
「あぁ、そんな風に伝わっているのか。なるほど、実にあの子らしい」
「あの子、というと?」
「わが妹、此花開耶さ。彼女はどうにも我儘で派手好きで、なぜか私は目の敵。私は永らく外界に関わってなかったけど、まさかそんな風に吹聴されているとはね」
その話を聞き、私の脳裏にはとある迷惑姉妹の姿が浮かんだ。きっと霊夢も同様のことを考えているに違いない。
「それに殴られたことも一度や二度じゃない。ほら、この仮面もその傷を隠すためのものなんだけど……」
見てみる? と軽い調子で仮面を外そうとする阿梨夜を霊夢と二人がかりで抑える。他人からの評価に良くも悪くも無頓着なのだろうが、神話級の傷を見せられればこちらが居た堪れない。
「なるほど、ありがとうございました。不躾な質問、何卒ご容赦ください」
「構わないさ、だってそれが貴方の役目でしょう?」
 その後も私は阿梨夜からいくつか質問をした。異変のこと、伝承のこと、他愛もないこと。そのどれもが興味と含蓄に富んだもので、膨大な記憶を持つ私の胸もまだこんなに高鳴るのかと驚くほどであった。或いは憧れの神を前にした感動でもあったのだろうが。
 そして会談が始まって数刻が経ち、霊夢の脚が痺れを切らし始めた頃。
「えぇ。大変参考になりました! 阿礼乙女として、この日のことは決して忘れないでしょう」
「そこまで言われるなんて、冥利に尽きるよ」
お開きの気配を察知し、徐に立ち上がる霊夢。私も彼女たちを見送ろうと立ち上がろうとして、ふいに阿梨夜から声がかけられた。
「最後に一つだけ。阿求殿、私からも質問してもよいかな?」
「勿論です」
 「貴方は、恒久の存在になるつもりはないかい?」



 「ちょ、阿梨夜! あんた何を……!」
今にも飛び掛かろうとする霊夢を、阿梨夜は視線だけで制止する。それは彼女の能力なのか、神格の圧に起因するのか。だが私には彼女から敵意のようなものは感じられなかった。私は慎重に言葉を選んで、彼女に問い返す。
「それは……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。不老不死にならないか、と聞いている。それともこう言い換えたほうが良いかな」
一拍おいて、彼女は冷徹に言い放った。
「残りは少ないよ? 貴方の寿命」
その言葉に思わず息が詰まる。分かっていたことだが、改めて事実を突きつけられることのなんと恐ろしいことか。軽い眩暈を覚えながら、私は阿梨夜の瞳を見据える。
「生まれながら短命を定められた貴方のそ願いは、正しい欲であると私は思う。強欲にも永遠の安寧を貪る月の民などより、遥かにね」
彼女の言葉はある種の赦しであった。それは私の心を安堵の感情に染める。今までの想いは間違いでなかった、傲慢ではなかったのだと。
「そしてなにより貴方には悠久の時を生きる意義がある。例えば先の妹の話もそうだ。誰が、いつ、何を言ったか。それは村の古老か、酩酊した者か。当事者か、聞き伝えたのか。自らの意思で発した言葉か、あるいは否か。私の元に流れ着いた情報は、これらが著しく欠如していた。
 情報とは化石のようなもの。集積され、埋没し、いつか発掘されることもある。ただそれを組み立てるのは、それを見つけた者だ。断片的につなぎ合わせれば、それは鵺か何かになることもある。そして知識がなければ、その正しさを確かめる術もない。
貴方が生き続けることは、貴方が思っている以上の価値がある。変質しない情報、まさしく生き証人だ。それは歴史の編纂者として何よりの魅力だろう?」
伝えたいことはすべて伝えた、あとは貴方が選ぶ番だ。阿梨夜はそういって固く口を閉ざした。霊夢が不安げな視線をこちらに向けている。それは幻想郷の行く末を案じたものか、私の未来を案じたものか。
 だが私の答えは決まっていた。この千載一遇の機会に、私は意を決して答える。
「大変魅力的なご提案です。数代前の阿礼乙女ならきっと即決していたでしょう」
私だって、少しでも永く生きたいと思っている。今もその運命に足掻いて、そして偶然にも生き永らえている。
「でも、ごめんなさい。私にその力は必要ありません」
「どうして? 貴方は後世に伝わる真実が捻じ曲げられることを良しとするの?」
「私が残したいのは真実ではありません。もし私が永劫を生きれば、白も私が黒といえば黒くなるでしょう。私が是としたものだけが正しくなる、そんなのは真実じゃない、ただの情報統制です。そこには幻想も空想もない、そんな冷たい石のような世界に価値があるとは思えません。死んでいるとすら、私は思います。
私はただ記憶し、記録するだけです。あのレコード盤のように、ただ音を刻む。それを聞いた人が、そこに何を感じるかには無数の余地があり、その先に未知や魅知がある。私はそう考えています。それに……」
最期に、私はとびきりの理由を付け足した。
「それにもし私が恒久の存在になったら、私はきっと記録するのをやめてしまいます。それはとてもつまらないことですから」
「つまらない、か」
 人々はこの数日のことを覚えていない。だがそれすら記憶してしまう私にとって、不朽の日々というのはまるで時が止まったようだった。何も起きない、何も変わらない。きっと古い妖怪の中には、ただそこに在ることを目的にしている者もいるだろう。
 だが幻想郷は変わった。敵対から調和へ、停滞から流転へ、秩序から混沌へ。魍魎が跋扈し、今にも崩れそうな均衡の上に成り立った世界を、私は美しいと感じる。目まぐるしく移り変わる日々は色鮮やかで、この世に生きることはとても楽しいのだと。そしてこの一瞬を伝えたいから、私は筆を執るのだ。
「刹那主義かとも思ったが、どうやら違うようだ。貴方は『変わらず』、『変わり続ける』ことを望んでいる。それは矛盾した……」
「あーもう!さっきからまだるっこしいわね。あんたの考え方は古いのよ、もうちょっと頭を柔らかくしなさい。明日の平穏と、明日の変化を望むことは矛盾しない。石の女神のあんたが変わったって、誰も咎めない。今の幻想郷はその変化をすべて受け入れるわ」
もっとブレッブレな奴も山ほどいるんだし、今更一人ぐらい変わんないわよ。そういって霊夢は気だるげに座り込んだ。いつの間にか金縛りも解かれているようだった。
「ふふ、今の人間は面白いね。ニナが言っていた通りだ。確かに私は、使命や在り方に囚われていたのかもしれない」
そう言って阿梨夜は柔和に微笑んだ。それは表面だけでない、心からの笑みであるように私には思えた。
「阿求殿、いずれここにユイマン姫を連れてきたいのだけど。どうだろう?」
「ぜひとも! 私は変わらずここに居ますから、いつでもいらっしゃってください」
「山の上の神社にも連れてって。あそこの奴ら、同郷の神に会えるって喜んでたから」
「なるほど、それは楽しみだ。あぁ、胸が高鳴るという感覚も心地よいものだね」

 霊夢が阿梨夜を連れて門から飛び去って行く。私はその後ろ姿を見送った。
 私は彼女を、磐永姫を祀ることをやめるつもりはない。やることやって、いつか終わりが来るだろうけど、それでも毎日は過ぎていく。そこに私はいないかもしれないけど、私の遺した幻想郷縁起はきっと人々の心に何かを残せるだろう。そしてそれぞれが与えられた真実じゃない、自分の真実を見つけてほしい。それが今の幻想郷らしい、新しい真実の在り方じゃないかと思う。
「なーんて。今日は語っちゃったなぁ」
 私は自室に戻って、広げた筆や紙を片付ける。そしてレコード盤に針を乗せ、窓際で今日の出来事に思いを巡らせる。
 そして、いつも通り明日に思いを馳せるのだ。
「それになんだか最近、寿命どころか世界の終焉まで死なないような気がするのよねぇ」
シグナス
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コメント



0.290簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
>世界の終焉まで死なないような気がするのよねぇ
ニナ「話は聞いた!世界は滅亡する!」
5.100名前が無い程度の能力削除
変化を受け入れること、変わらないものがあること、じんわりしみました。良かったです。
6.90のくた削除
阿求は生きてほしい。良い話でした。
10.100ねつ削除
素敵な新キャラのお話でした!
みんなの会話をずっと聞いていたい…