Coolier - 新生・東方創想話

不完全魔法論

2025/08/08 20:12:40
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――ガチャリ。
魔理沙はドアを足で押し開け、部屋に一歩入ってから、ようやく息をついた。
朝の光が差し込むというのに、霧雨魔法店の内部は相変わらずの混沌だった。
床一面に転がる空き瓶、錆びかけた金属パーツ、魔導書の山、半分だけ食べられたスープの容器、そして紙くずの山
机の上は薬品の瓶と紙束が入り乱れ、黒板には走り書きの魔法陣が、昨夜の興奮のまま放置されている。
窓際では、昨日の実験で焦げたフラスコがまだ煙を吐き続けていた。
「......あー、酸欠になりそうだぜ」
魔理沙は帽子を脱いでテーブルに放り、乱れた前髪を掻き上げる。
夜明け前まで行っていたのは、光素の安定化実験だ。
あと一歩のところで失敗し、薬品が爆ぜ、部屋中に散らばったのである。
気がつけば腹も減っている。
棚を開けても、乾パンの欠片と使い古した茶葉しかない。
実験素材の在庫も底をつき、とうとう街へ出るしかなくなった。
「買い出しついでに、甘いもんでも補給するか....」
そう呟き、ほうきに跨いで魔法店を飛び出した。

人里は、午後の空気に包まれて活気づいていた。
商人が荷を運び、農夫たちは市場に野菜を並べる。
そんな中、魔理沙は馴染みの雑貨屋へと足を運ぶ。
木製のドアを押し開けた瞬間、カウンターの奥で帳簿をつけていた老店主が顔を上げた。
「ああ.....おや?お前さん、さっきも来たじゃろう」
「は?」
魔理沙は眉をひそめる。
「いやいや、人違いだろ? 今日はこれが初めてだ」
「そんなことはない。さっき来た時と、帽子こそ違うが顔も声もそっくりじゃった。無愛想で、何も買わずに出ていったが.....」
横から見習いの娘が首を傾げた。
「うん、間違いないです。黒い外套で.....そうそう、声までそっくり」
魔理沙は一瞬黙り込んだ。
(分身か?変装か?それとも妖怪の悪戯か?)
頭の中で可能性を列挙しながらも、内心では妙なざわつきが消えない。
「.....そいつ、どこに行った?」
「市場の方へ行ったと思ったがのう。あれ以来見とらん」
さらに話を聞くと、その人物は人里のあちこちで目撃されているらしい。
魔理沙は買い物を後回しにして、人里を歩き回った。
茶屋の主人は、湯呑を拭きながらこう言った。
「あんたに似てたが.....あんな目はしてなかったな。疲れた人間の目だった」
路地裏で遊んでいた子どもは笑いながら言う。
「笑わない人だった。なんかこわかったよ」
笑わない、疲れた目――そんな自分の姿を想像して、魔理沙は無意識に肩をすくめた。
好奇心と、言いようのない不快感が混ざり合う。
しかし情報は断片的で、人物の正体も行き先もわからない。
「.....まぁ、追い詰めるネタはなしか」
一旦、自宅へ戻ることにした。

霧雨魔法店が見えてきたとき、魔理沙はふと足を止めた。
玄関前の土の上に、くっきりと足跡が残っている。
大きさも形も、自分の靴とほぼ同じ。
しかし踏み込みの深さから、わずかに歩幅が広いことがわかる。
魔理沙は小さく舌打ちした。
「.....泥棒、って線もあるか」
だが、それだけではない。
胸の奥で、不吉な予感がざわりと蠢いていた。

扉を静かに開けると、いつも以上に散らかった部屋の中央に――それはいた。
黒い外套を羽織り、腰まで伸びた金髪を乱暴にまとめた背中。
その人物は机に腰掛け、何枚もの紙束をじっと読み込んでいる。
「.....誰だ!お前は!」
魔理沙が声を張り上げると、侵入者はゆっくりと顔を上げた。
大人びた輪郭、わずかに低い声、皮肉な笑み。
「やぁ、お邪魔してるよ.....」
魔理沙は、その顔立ちに息を呑んだ。
似ている――いや、似すぎている。
鏡で自分を見ている様だった。

沈黙が部屋を満たしていた。
外では蝉が喧しく鳴いているのに、この空間だけは空気が濃く、粘りつくようだ。
黒い外套の女は、魔理沙を一瞥すると、口の端をわずかに持ち上げた。
「....相変わらず汚い部屋だね。床と机、どっちが物置かわかりゃしない」
「うるせぇ!」
魔理沙は一歩踏み込み、帽子のつばをぐっと押さえた。
「質問に答えろ!お前は何者だ!」
女は慌てる様子もなく、背筋を伸ばしたままこちらを見返す。
その瞳は、湖面のように揺れのない黒だった。
「.....私は、お前だ」
魔理沙は一瞬、言葉の意味を飲み込めず、目を細めた。
「は?何言ってんだ、お前……」
「信じられないかい?」
女は肩をすくめ、まるで長年の友に冗談を仕掛けるような気安さで言った。
「そりゃ信じられるかよ。あたしは一人だ。分身なんざ作った覚えはない」
「分身じゃない。本物だ。....ただし、時間を越えてきた」
魔理沙は鼻で笑った。
「はっ、時間移動?幻想郷にもそんな便利な魔法はねぇよ」
女は、ゆっくりと机から立ち上がった。
「便利じゃない。必要だったからやっただけだ」
魔理沙が口を開こうとしたとき、女は先回りするように言葉を放った。
「今日の未明、光素の安定化実験をしてただろ。薬品が爆ぜて、窓際のフラスコを焦がした」
魔理沙の笑みが凍る。
「....偶然だろ」
「偶然ねぇ....じゃあ、その後どうして棚を開けた?」
「.....!」
「食料も素材も底をついてた。だから人里へ買い出しに行った。雑貨屋で、店主と見習いの娘に“さっきも来た”って言われたな」
魔理沙は無意識に奥歯を噛みしめた。
これは、つい数時間前の出来事。
第三者が知るはずがない。
「....なんで、それを知ってる」
声は低く、しかし感情が抑えきれない。
「知ってるんじゃない。経験してるんだよ」
女の口調は淡々としていたが、その奥底に妙な実感があった。
魔理沙は息を吸い込み、吐き捨てるように言った。
「だったら、証拠を見せろよ」
女は、不敵な笑みを浮かべたまま、ポケットに手を突っ込んだ。
「じゃあ、こいつでどうだ?」
彼女が取り出したのは――ミニ八卦炉。
魔理沙が日々の研究にも、戦いにも使う、世界にただひとつの宝物だ。
だが、それは確かに自分のものと同じ形をしていながら、細部が違っていた。
金属の表面には幾筋もの擦り傷とくすみが走り、取っ手の革は色あせ、刻印の縁には黒ずみがこびりついている。
まるで、長い年月を共に過ごした道具のように。
魔理沙は、自分の腰に下げたミニ八卦炉へ目をやった。
新品に近い輝きがそこにはある。
だが、目の前のそれは――未来を経た証そのものだった。
「これをもらった日のこと、覚えてるだろ?」
女の声が、妙に近く聞こえた。
「あの時、香霖から手渡されたんだ。実家を飛び出すあの日にな....。“君にはこれくらいしかやれないが”ってな」
女は手の中の古びた八卦炉を軽く回し、薄く笑った。
「まさか、二つ目が存在するなんて....信じられるか?」
魔理沙の胸の奥で、疑惑がゆっくりと、しかし確実に核心へと変わっていく。
「....本当に、お前....なのか」
女は答えなかった。
ただ、何も言わずに微笑んだ。
その笑みは、皮肉と哀しみがないまぜになったような、見たことのない自分の表情だった。

部屋の中を満たす静寂は、まるで重たい霧のようだった。
未来の魔理沙は、八卦炉を机に置き、ふっと立ち上がる。
その動きはゆっくりで、無駄がなく、そしてなぜか、こちらの心拍に合わせるかのように一定の間を取っている。
「.....どうだ?信じたか」
彼女は片方の口角だけを上げて笑った。
その笑みは、自信と、ほんの少しの哀しみを混ぜ合わせたような形をしていた。
「.....まぁ、信じない理由はねぇな」
魔理沙は視線を逸らさずに答える。
目の前の女は間違いなく自分だ。
だが、今の自分とは違う何かを抱えている。
「じゃあ、試そうじゃないか」
未来の魔理沙は、ゆっくりと八卦炉を手に取る。
「どちらが“正しい”道を歩んでいるのか。魔法は、答えをはっきり示してくれる」
「魔法で“正しさ”が分かるってか?面白ぇじゃねぇか」
魔理沙は口元を歪めて笑う。
しかしその胸の奥では、理由の分からないざわめきが膨らんでいた。
「お前、さっき私に“全部捨てた”って言ったな。何を捨てたんだ?」
未来の魔理沙はしばし沈黙した後、小さく息を吐いた。
「....時間、だな。人間としての時間だ。
友人が、自分の手の届かないところまで行った時.....人はどうすると思う?」
「.....」
「私は、置いて行かれたくなかった。
だから人間をやめた。そして、魔法使いとしては完成した——けど、あの時の私は....笑ってなかったよ」
それは淡々とした口調だったが、その中に微かに滲む後悔があった。
魔理沙は返す言葉を見つけられず、ただ相手を見つめる。
「まぁいい。お前は、まだ選択をしていない私だ。なら——試してやるよ、霧雨魔理沙」
未来の魔理沙は踵を返し、玄関から外に出た。
魔理沙も負けじとホウキを肩に担ぎ、その背中を追う。

霧雨魔法店の前の空き地。
夜風が冷たく、草の間を渡る音だけが響いている。
未来の魔理沙は八卦炉をゆっくり構え、その瞳を細めた。
「.....始めるぞ」
「上等だ!」
次の瞬間、空気が震えた。
未来の魔理沙の八卦炉から放たれた光弾が、一斉に空を満たす。
それは均整の取れた美しい弾幕で、まるで宝石を散りばめた夜空のようだった。
「なっ.....!」
魔理沙は慌ててホウキを飛ばすが、避けた先にもすでに光の網が張り巡らされている。
一つの回避行動すら計算され尽くしているのだ。
「どうした?お前ならもっと無茶すると思ったが」
「へっ、こっちはまだ肩慣らし中だ!」
軽口を叩きながらも、背中には冷や汗が伝っていた。
——これが“完全”か。
そこには自分の知る魔理沙の荒々しさや癖は微塵もない。
ただ純粋な効率と精度だけがある。
未来の魔理沙が、また口を開く。
「.....私は、焦っていた。霊夢も、アリスも、パチュリーも——みんな、私の先を行くように見えてな。気づけば、私だけが取り残されてるようだった」
「.....」
「だから、魔法を極めた。誰にも負けない力を手に入れた。でもな——」
言葉を切り、彼女は一層の光弾を放った。
それはまるで、自分の過去を覆い隠すかのように密度を増していく。
「——気づいたら、横に誰もいなかった」
魔理沙は歯を食いしばり、八卦炉を握り直す。
この戦いは、ただの力比べじゃない。
相手は——未来の自分は、自分に何かを伝えようとしている。
「次の一撃で終わりだ、過去の私」
未来の魔理沙の声は、冷たい水のように静かだった。
整然と輝く魔法陣がいくつも浮かび、完全無欠の弾幕が迫る。

夜空は、光で埋め尽くされていた。
整然と並ぶ弾幕は、避けるという発想すら奪うほどに精密だ。
未来の魔理沙は片手で八卦炉を構え、揺るぎない瞳でこちらを見据えている。
「——これが“完成”だ」
その声は冷たくも、どこかで自分自身に言い聞かせるようだった。
「無駄も、偶然も、全て排除した魔法。勝つための最適解だけを残した形だ」
「確かにすげぇな.....」
「だが」
魔理沙は息を整えながら、にやりと笑った。
「.....つまらねぇぜ、そいつは」
未来の魔理沙の瞳がわずかに細まる。
「つまらない?」
「お前のは、答えが一つしかねぇ。パズルの完成形みたいに固まっちまってる。だが、私は——」
言葉を切ると同時に、魔理沙は急降下して未来の弾幕の網をすり抜けた。
速度も角度も、戦術としては明らかに無茶だ。
しかし、その動きは未来の魔理沙の計算から外れていた。
「ッ....!」
未来の魔理沙が咄嗟に弾幕の形を変える。
だが、その瞬間の揺らぎに魔理沙は突っ込む。
「私は、不完全だから面白ぇんだ!負けそうになったら、そこで新しい手を作る!計算なんざ後回しだ!その場のノリと根性で——勝ちに行く!」
八卦炉が光を放ち、爆発的な光弾が未来の弾幕をこじ開ける。
それは粗削りで、不恰好で、しかし異様なまでの勢いがあった。
「そんなのは.....効率が悪いだけだ.....!」
未来の魔理沙が叫び返すが、その声はどこか揺らいでいる。
「効率?そんなもん、勝った後で考えりゃいい!生きてりゃ、やり直しは何度でもできるんだ!」
未来の魔理沙は一瞬、動きを止めた。
その隙を突き、魔理沙の光弾が彼女の防御を打ち破る
眩い閃光の中、二人の距離はわずか数メートルに縮まった。
互いの息遣いが聞こえるほど近い。
「.....ふっ」
未来の魔理沙は小さく笑い、八卦炉を下ろした。
その笑みは、ほんの少し——人間らしい柔らかさを帯びていた。
「それでこそ.....私だ」
「当たり前だろ。私は私だ。お前みたいに、全部捨てちまったりはしねぇ」
未来の魔理沙は少し目を伏せた。
その表情には、諦めにも似た陰が差している。
「....そう思ってた時期もあったさ。けどな、手が届かない景色を見ちまったら.....人間のままじゃ、届かないって思っちまうんだ」
その声はかすかに震えていた。
「友達が、仲間が.....自分よりずっと遠くまで行く。置いて行かれるのが.....怖くなる」
「.....それで、捨てたのか?」
「捨てれば、届くと思った。.....でも代わりに、戻れなくなった」
夜風が二人の間を通り抜け、沈黙を運ぶ。
未来の魔理沙は顔を上げ、無理に笑みを作った。
「だから——間違うなよ、過去の私」
そう言って背を向け、ゆっくりと歩き出す。
振り返ることなく、ただ小さく手を上げて。
魔理沙はその背中を見つめたまま、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。
「.....間違う?はっ、そんなのは間違ってから考えりゃいいさ。私は、私のままで行く」
その声は夜空に溶け、星々が答えるように瞬いていた。

翌朝。
霧雨魔法店の室内は、昨夜のままの惨状を誇っていた。
床には魔道書と試験管が散乱し、作業机の上には焦げた紙切れ。
そして、その真ん中で、魔理沙はお茶をすすっていた。
「....んー、やっぱり朝のお茶は美味い!」
昨夜の出来事が夢か幻か、それとも現実だったのか。
確かめる術はない。
だが、昨夜のバトルの興奮はまだ胸の中に残っていた。
魔理沙はカップを置き、紙とペンを取り出す。
「さて....間違っても面白ぇもんは作れるって、証明してやるか」
新しい魔法理論のメモが、雑然とした机に次々と積み重なっていく。
その合間、ちょっとした“予想外の一手”の実験を始めた魔理沙は、案の定——
「おっと、やべっ——!」
ドンッ、と部屋の一角で小さな爆発が起きた。
紙屑と煙と笑い声が、霧雨魔法店の天井に舞い上がる。
その笑みは、未来の魔理沙と同じ形をしていて——
けれど、ずっと人間らしかった。
遠く離れたどこかで、もう一人の魔理沙が微かに笑った気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。

ダウナー系魔理沙イイヨネ((ボソ
Mr
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>「.....間違う?はっ、そんなのは間違ってから考えりゃいいさ。私は、私のままで行く」
魔理沙らしくていい言葉だと思いました。
面白かったです。