あるところに貧乏神の紫苑がいました。
紫苑は毎日、食べ物をめぐんでもらうために、袋を持って幻想郷中を歩き回っていました。
どうして自分で食べ物を探さないのかというと、紫苑は貧乏神なので、食べ物を手に入れてもすぐ失ってしまうからでした。
また、紫苑には疫病神の妹、女苑がいました。
女苑は里のお金持ちにとりついては金品をまきあげて贅沢をしていました。ところが女苑は、ほとんど住みかに帰らなかったので、紫苑がそのおこぼれをもらえることはほとんどありませんでした。
この日も紫苑は袋を持って、里の中を歩き回っていました。
「どうかめぐまれない者に愛の手をー」
「めぐまれない者に愛のほどこしをー」
紫苑が街行く人々に呼びかけていると、とつぜん、ちょびひげの男が紫苑の前で立ち止まりました。
その男は何かを思うような、あわれむような表情で紫苑を見つめながら、袋の中にそっとお金を入れてくれました。
「ありがとうごいますー!」
紫苑はその人にお礼を言って頭を下げました。しかしその人が去ったあと、紫苑は思わず困った表情を浮かべてしまいます。
「うーん、困ったな」
紫苑は本当は、お金じゃなくて食べ物が欲しかったのです。なぜなら、紫苑は貧乏神なので、お金を手に入れても、ほとんどの場合すぐに失ってしまうのです。
そのとき、ふいにびゅうっと強い風が吹き、袋が飛ばされてしまいました。
「あ、まって!」
紫苑は慌てて袋を追いかけました。
風に飛ばされた袋は、里の外れの木の枝に引っかかっていました。
「あ、あんなところに!もう!」
紫苑が袋を取り戻すと、お金は風で飛ばされてしまったようで、中は空っぽになっていました。
「あーあ……」
紫苑はがっかりとした表情で、街中に戻り、そしてまた物ごいを始めました。
「どうかめぐまれない者に愛の手をー」
「めぐまれない者に愛のほどこしをー」
すると、こんどは大きな荷物を背負った黒ひげの男が、紫苑の前に立ち止まりました。
その男は、荷物を下ろすと紫苑に言いました。
「お嬢ちゃんや。よかったらこれをもらってくれんか?」
「え、いいの?」
紫苑が恐る恐るたずねると男は言いました。
「いいとも、いいとも。山でとって市場に出したはいいが、売れ残ってしまったんだ。持ち帰るにしても重くて困っていたところだったんだよ」
男の持つ袋の中は、大きなおにぐるみがたくさん入っていました。たちまち紫苑は目を輝かせてもう一度たずねました。
「わあ、こんなにたくさん!ほんとうにいいの?」
「いいとも。いいとも。もらってくれ!それじゃ私は行くからね」
男は、おにぐるみが入った袋を紫苑の前に置くと、そのまま立ち去ってしまいました。
「ありがたや。ありがたや……」
紫苑はその男に向かって何度もおじぎしました。男が去ったあと紫苑は思わず笑顔になりました。
「……よかった。これだけあれば当分は食いつなげそう」
紫苑が笑顔のままその場を立ち去ろうとしたそのときです。
「おい、そこの女」
紫苑が振り向くと、怖い顔した男たちが紫苑をにらんでいました。
「な、なんですか? あなたたちは」
「お前が持ってるその袋、ちょっと見せろ」
そう言って男たちは、紫苑から袋を無理矢理奪い取り、中身を見ると大声で言い放ちました。
「やっぱりそうだ! こいつがワシの畑からくるみを盗んだ犯人だ!」
紫苑は慌てて男に言います。
「ち、ちがうよ! これはさっき来た人が私にくれた……」
「ウソつくな! そんなみすぼらしい格好してごまかせると思うな。この盗っ人め!」
「そ、そんな……!私は……」
そのとき男たちの一人から石が投げられ紫苑の顔に当たりました。
「いたい! やめて……!」
紫苑は慌ててその場から逃げ出します。
「こらまて!」
男たちは怖い顔で紫苑を追いかけます。
そう、さっきのおにぐるみは、あの黒ひげの男が畑から盗んだものだったのです。
紫苑はとっさに宙に浮いて、なんとか男たちから逃げ切りました。
紫苑は、そのまま逃げるように里から離れました。
紫苑はすすり泣きながら、夕暮れの森の中をよろよろと歩いていました。
さっき石をぶつけられたところが、赤くはれて血がにじんでいます。
「……ううっ。ひどいよ。いくら私が貧乏神だからって……」
貧乏神の紫苑は、ほんとうは相手を不幸にする力を持っています。さっきの男たちにも、その気になればいくらでも仕返しができました。しかし、お腹が空きすぎてその元気もありませんでしたし、なにより、そんなことをしてもなんの意味もないことを紫苑は知っていたのです。
「……仕返しなんかしても、よけいにお腹が空くだけだよ」
ふと、紫苑は手のひらに何かかたい感覚があるのに気づきます。
「あれ……?」
確かめてみると、おにぐるみが一つにぎりしめられていました。
「あっ」
どうやらさっき逃げるとき、とっさにつかんでいたようです。
「……よかった。これで今夜はしのげそう」
紫苑は、おにぐるみをにぎりしめて住みかに帰ることにしました。
住みかに帰るとちゅう、紫苑は、うす暗い夕暮れの中に何やらぼんやりとした影を見つけました。
「なんだろう」
紫苑が近づいてみると、そこにはやせこけた人間の子どもが、横たわっていました。
「……人間の子ども? なんでこんなとこに」
その子どもはまだ息があるようで、どうやらお腹が空いて力つきて倒れているようでした。
子どもが着ている服は、汚れてはいましたが、ボロ布ではなく、いい素材に見えます。
胸にはきれいな糸でひし形の模様がくくりつけられていました。
「……どうしよう」
紫苑は手に持っているおにぐるみを見つめると、思わず首を横に振りました。
「ごめんね……! 私、貧乏神だから……!」
紫苑はそのまま、見なかったふりをするようにその場を立ち去りました。
その夜、紫苑はおにぐるみを食べて空腹をしのぎました。
久々に食べる木の実の味は、それはそれはかくべつなものでした。紫苑は天の恵みになんども感謝しました。
次の日、紫苑は、ふと子どもがいた場所に行ってみました。するとそこには、すでに子どもの姿はなく、その変わりに、引きちぎられたような子どもの衣服のきれはしが落ちており、さらにそのそばには何かの獣のような足あとがありました。
(あ……)
それを見た紫苑は、思わず逃げるように住みかへと帰りました。
住みかには、ちょうど帰ってきたばかりの女苑がいました。
「おや、姉さんどうしたのよ。いつにもまして顔色悪いじゃない」
紫苑は女苑に昨日のできごと、さらに子どものことを話しました。すると女苑は表情を変えずに紫苑に言いました。
「あらそう。それはかわいそうね。……でも、仕方ないんじゃない? 身寄りのない子どもや、貧乏な子どもが、行き倒れて妖怪のえさになるなんてよくあることよ」
女苑の言葉を聞いた紫苑は小さくうなづきます。
「……うん、そうだよね。仕方なかったんだよね」
「それに、久々にまともなもの食べられたんだから、姉さんは良かったんでしょ?」
「うん、まあ……」
「まあ、そんな暗い話は置いといて、ほら、知りたいでしょ? 今回の成果」
「あ、うん、まあ……」
煮え切らない様子の紫苑を無視して女苑は、勝手に話し始めます。
「それがさあ、聞いてよ。そいつ、そこそこな資産家で家庭も持ってるヤツだったんだけど、子どもと奥さんほっぽり出して遊びまくってたのよ……」
女苑は今回とりついた男のことや、その末路を楽しそうに話します。
「……結局そいつは離婚して、そいつの奥さんと子どもは家を出るハメになっちゃったってわけ」
「ふーん。それでその男の人は、その後どうなったの?」
「さあね。どうせまた遊びほうけてるんじゃないの? 奥さんと離れても、お金は持ってるだろうしさ。まったく、あのちょびひげ男ったら、しょうがないやつだわね」
女苑は羽根のついた扇子をひろげると口元をゆるませて、紫苑に言いました。
「あ、そうだ。姉さんにひどいことした男のこと教えてよ。とりついて金まきあげてやるからさあ」
「う、うん。別にいいよそんなことしなくても」
「姉さんは良くても、私の気がおさまらないのよ!」
「……あ。わ、私、ちょっと出かけてくるね」
女苑の圧力に負かされるように紫苑は、物ごい用の袋を持って出かける準備をします。
「なによ。また物ごいにでも行くの? ほんとう、貧乏ひまなしね……いってらっしゃーい」
あきれた様子の女苑を見ながら紫苑は家を出ました。
ふと、紫苑はさっきの場所へ来ました。
「……そうだよね。仕方なかったんだよね」
紫苑は子どもの横たわっていた場所に、一本のしろいゆりの花をそっと置きました。そのときです。
「姉さんってほんとうに物好きね」
紫苑が振り返ると女苑がいました。
「まったくさあ。貧乏神がどうして人間の子どものことなんか……」
そのとき女苑は思わず目を見開きます。紫苑はふしぎそうに聞き返しました。
「どうしたの? 女苑」
「……その服、もしかして」
「え……? 服がどうかしたの?」
ふたたび紫苑が聞き返すと、女苑は首を振りながら紫苑に言いました。
「気にしないで。なんでもないわ。それより姉さん。さっさと物ごいでもなんでも行ってきなさいよ」
「あ、うん……。じゃあ、行ってくるね」
紫苑は女苑の様子を気にしながらも、その場を離れました。
女苑は紫苑が離れたのを見ると、ふとしゃがみこんで子どもの服にそっと話しかけました。
「……そのひし形の模様、あんたの家の家紋だったわね。そっか……。あんた、こうなっちゃったのね。このぶんだと、あんたのお母さんもきっとすでに……」
女苑は目を閉じると、服に向けて静かに手を合わせました。
夕方、紫苑はふたたび子どもの服があった場所にきてみました。すると、紫苑が置いたしろゆりの横にもう一つ、やまゆりの花が置かれていました。
その光景を見た紫苑は、そこに姉の姿が見えたような気がしました。
帰り道、紫苑は道ばたに、何か果実らしきものが落ちているのを見つけました。近づいてみるとそれは、さるなしの実でした。
「ああ、ありがたや……」
紫苑は、思わずあの子供のことを思い浮かべながら、その実を大事そうに抱えると、足早に住みかへと帰るのでした。
紫苑は毎日、食べ物をめぐんでもらうために、袋を持って幻想郷中を歩き回っていました。
どうして自分で食べ物を探さないのかというと、紫苑は貧乏神なので、食べ物を手に入れてもすぐ失ってしまうからでした。
また、紫苑には疫病神の妹、女苑がいました。
女苑は里のお金持ちにとりついては金品をまきあげて贅沢をしていました。ところが女苑は、ほとんど住みかに帰らなかったので、紫苑がそのおこぼれをもらえることはほとんどありませんでした。
この日も紫苑は袋を持って、里の中を歩き回っていました。
「どうかめぐまれない者に愛の手をー」
「めぐまれない者に愛のほどこしをー」
紫苑が街行く人々に呼びかけていると、とつぜん、ちょびひげの男が紫苑の前で立ち止まりました。
その男は何かを思うような、あわれむような表情で紫苑を見つめながら、袋の中にそっとお金を入れてくれました。
「ありがとうごいますー!」
紫苑はその人にお礼を言って頭を下げました。しかしその人が去ったあと、紫苑は思わず困った表情を浮かべてしまいます。
「うーん、困ったな」
紫苑は本当は、お金じゃなくて食べ物が欲しかったのです。なぜなら、紫苑は貧乏神なので、お金を手に入れても、ほとんどの場合すぐに失ってしまうのです。
そのとき、ふいにびゅうっと強い風が吹き、袋が飛ばされてしまいました。
「あ、まって!」
紫苑は慌てて袋を追いかけました。
風に飛ばされた袋は、里の外れの木の枝に引っかかっていました。
「あ、あんなところに!もう!」
紫苑が袋を取り戻すと、お金は風で飛ばされてしまったようで、中は空っぽになっていました。
「あーあ……」
紫苑はがっかりとした表情で、街中に戻り、そしてまた物ごいを始めました。
「どうかめぐまれない者に愛の手をー」
「めぐまれない者に愛のほどこしをー」
すると、こんどは大きな荷物を背負った黒ひげの男が、紫苑の前に立ち止まりました。
その男は、荷物を下ろすと紫苑に言いました。
「お嬢ちゃんや。よかったらこれをもらってくれんか?」
「え、いいの?」
紫苑が恐る恐るたずねると男は言いました。
「いいとも、いいとも。山でとって市場に出したはいいが、売れ残ってしまったんだ。持ち帰るにしても重くて困っていたところだったんだよ」
男の持つ袋の中は、大きなおにぐるみがたくさん入っていました。たちまち紫苑は目を輝かせてもう一度たずねました。
「わあ、こんなにたくさん!ほんとうにいいの?」
「いいとも。いいとも。もらってくれ!それじゃ私は行くからね」
男は、おにぐるみが入った袋を紫苑の前に置くと、そのまま立ち去ってしまいました。
「ありがたや。ありがたや……」
紫苑はその男に向かって何度もおじぎしました。男が去ったあと紫苑は思わず笑顔になりました。
「……よかった。これだけあれば当分は食いつなげそう」
紫苑が笑顔のままその場を立ち去ろうとしたそのときです。
「おい、そこの女」
紫苑が振り向くと、怖い顔した男たちが紫苑をにらんでいました。
「な、なんですか? あなたたちは」
「お前が持ってるその袋、ちょっと見せろ」
そう言って男たちは、紫苑から袋を無理矢理奪い取り、中身を見ると大声で言い放ちました。
「やっぱりそうだ! こいつがワシの畑からくるみを盗んだ犯人だ!」
紫苑は慌てて男に言います。
「ち、ちがうよ! これはさっき来た人が私にくれた……」
「ウソつくな! そんなみすぼらしい格好してごまかせると思うな。この盗っ人め!」
「そ、そんな……!私は……」
そのとき男たちの一人から石が投げられ紫苑の顔に当たりました。
「いたい! やめて……!」
紫苑は慌ててその場から逃げ出します。
「こらまて!」
男たちは怖い顔で紫苑を追いかけます。
そう、さっきのおにぐるみは、あの黒ひげの男が畑から盗んだものだったのです。
紫苑はとっさに宙に浮いて、なんとか男たちから逃げ切りました。
紫苑は、そのまま逃げるように里から離れました。
紫苑はすすり泣きながら、夕暮れの森の中をよろよろと歩いていました。
さっき石をぶつけられたところが、赤くはれて血がにじんでいます。
「……ううっ。ひどいよ。いくら私が貧乏神だからって……」
貧乏神の紫苑は、ほんとうは相手を不幸にする力を持っています。さっきの男たちにも、その気になればいくらでも仕返しができました。しかし、お腹が空きすぎてその元気もありませんでしたし、なにより、そんなことをしてもなんの意味もないことを紫苑は知っていたのです。
「……仕返しなんかしても、よけいにお腹が空くだけだよ」
ふと、紫苑は手のひらに何かかたい感覚があるのに気づきます。
「あれ……?」
確かめてみると、おにぐるみが一つにぎりしめられていました。
「あっ」
どうやらさっき逃げるとき、とっさにつかんでいたようです。
「……よかった。これで今夜はしのげそう」
紫苑は、おにぐるみをにぎりしめて住みかに帰ることにしました。
住みかに帰るとちゅう、紫苑は、うす暗い夕暮れの中に何やらぼんやりとした影を見つけました。
「なんだろう」
紫苑が近づいてみると、そこにはやせこけた人間の子どもが、横たわっていました。
「……人間の子ども? なんでこんなとこに」
その子どもはまだ息があるようで、どうやらお腹が空いて力つきて倒れているようでした。
子どもが着ている服は、汚れてはいましたが、ボロ布ではなく、いい素材に見えます。
胸にはきれいな糸でひし形の模様がくくりつけられていました。
「……どうしよう」
紫苑は手に持っているおにぐるみを見つめると、思わず首を横に振りました。
「ごめんね……! 私、貧乏神だから……!」
紫苑はそのまま、見なかったふりをするようにその場を立ち去りました。
その夜、紫苑はおにぐるみを食べて空腹をしのぎました。
久々に食べる木の実の味は、それはそれはかくべつなものでした。紫苑は天の恵みになんども感謝しました。
次の日、紫苑は、ふと子どもがいた場所に行ってみました。するとそこには、すでに子どもの姿はなく、その変わりに、引きちぎられたような子どもの衣服のきれはしが落ちており、さらにそのそばには何かの獣のような足あとがありました。
(あ……)
それを見た紫苑は、思わず逃げるように住みかへと帰りました。
住みかには、ちょうど帰ってきたばかりの女苑がいました。
「おや、姉さんどうしたのよ。いつにもまして顔色悪いじゃない」
紫苑は女苑に昨日のできごと、さらに子どものことを話しました。すると女苑は表情を変えずに紫苑に言いました。
「あらそう。それはかわいそうね。……でも、仕方ないんじゃない? 身寄りのない子どもや、貧乏な子どもが、行き倒れて妖怪のえさになるなんてよくあることよ」
女苑の言葉を聞いた紫苑は小さくうなづきます。
「……うん、そうだよね。仕方なかったんだよね」
「それに、久々にまともなもの食べられたんだから、姉さんは良かったんでしょ?」
「うん、まあ……」
「まあ、そんな暗い話は置いといて、ほら、知りたいでしょ? 今回の成果」
「あ、うん、まあ……」
煮え切らない様子の紫苑を無視して女苑は、勝手に話し始めます。
「それがさあ、聞いてよ。そいつ、そこそこな資産家で家庭も持ってるヤツだったんだけど、子どもと奥さんほっぽり出して遊びまくってたのよ……」
女苑は今回とりついた男のことや、その末路を楽しそうに話します。
「……結局そいつは離婚して、そいつの奥さんと子どもは家を出るハメになっちゃったってわけ」
「ふーん。それでその男の人は、その後どうなったの?」
「さあね。どうせまた遊びほうけてるんじゃないの? 奥さんと離れても、お金は持ってるだろうしさ。まったく、あのちょびひげ男ったら、しょうがないやつだわね」
女苑は羽根のついた扇子をひろげると口元をゆるませて、紫苑に言いました。
「あ、そうだ。姉さんにひどいことした男のこと教えてよ。とりついて金まきあげてやるからさあ」
「う、うん。別にいいよそんなことしなくても」
「姉さんは良くても、私の気がおさまらないのよ!」
「……あ。わ、私、ちょっと出かけてくるね」
女苑の圧力に負かされるように紫苑は、物ごい用の袋を持って出かける準備をします。
「なによ。また物ごいにでも行くの? ほんとう、貧乏ひまなしね……いってらっしゃーい」
あきれた様子の女苑を見ながら紫苑は家を出ました。
ふと、紫苑はさっきの場所へ来ました。
「……そうだよね。仕方なかったんだよね」
紫苑は子どもの横たわっていた場所に、一本のしろいゆりの花をそっと置きました。そのときです。
「姉さんってほんとうに物好きね」
紫苑が振り返ると女苑がいました。
「まったくさあ。貧乏神がどうして人間の子どものことなんか……」
そのとき女苑は思わず目を見開きます。紫苑はふしぎそうに聞き返しました。
「どうしたの? 女苑」
「……その服、もしかして」
「え……? 服がどうかしたの?」
ふたたび紫苑が聞き返すと、女苑は首を振りながら紫苑に言いました。
「気にしないで。なんでもないわ。それより姉さん。さっさと物ごいでもなんでも行ってきなさいよ」
「あ、うん……。じゃあ、行ってくるね」
紫苑は女苑の様子を気にしながらも、その場を離れました。
女苑は紫苑が離れたのを見ると、ふとしゃがみこんで子どもの服にそっと話しかけました。
「……そのひし形の模様、あんたの家の家紋だったわね。そっか……。あんた、こうなっちゃったのね。このぶんだと、あんたのお母さんもきっとすでに……」
女苑は目を閉じると、服に向けて静かに手を合わせました。
夕方、紫苑はふたたび子どもの服があった場所にきてみました。すると、紫苑が置いたしろゆりの横にもう一つ、やまゆりの花が置かれていました。
その光景を見た紫苑は、そこに姉の姿が見えたような気がしました。
帰り道、紫苑は道ばたに、何か果実らしきものが落ちているのを見つけました。近づいてみるとそれは、さるなしの実でした。
「ああ、ありがたや……」
紫苑は、思わずあの子供のことを思い浮かべながら、その実を大事そうに抱えると、足早に住みかへと帰るのでした。
平易な表現と構成で読みやすいのにそれで読み応えが減じていないところに作者の技量を感じました
紫苑がしろいゆりを置き、更に女苑がやまゆりを添えるシーンが姉妹の絆を描いているようで印象的に残りました。
また、ちょびひげ男と子どもの家紋繋がり(おそらく女苑が取り憑いた家族)が、女苑の疫病神としての生業に皮肉さがプラスされ、全体的に悲しいというより、やるせなさが漂うお話ですが、紫苑が子どものことを思い出しながらも、さるなしの実を抱えるラストは、貧乏神の悲哀の中にも希望の光を、という作者の優しさと、例え貧困(苦難)の中でもたくましく生き抜いていこうという、メッセージを受け取ったように思いました。
色々考えさせられるお話でした。面白かったです。
※作中の地の文に女苑が紫苑の〈姉〉になっているところがありました。もし意図的なものでしたらすみません…。
空腹の前には他の物など何も役には立たないとでも言わんばかりの紫苑がよかったです