Coolier - 新生・東方創想話

たったひと握りの幸せさえも。

2025/05/14 07:57:51
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これは何かの呪いでしょうか。

 分からない、ということは恐ろしい。酷く恐ろしい。それは何故か、と問われると私は決まってこう答える。無知や未知であるものは、どれほどの大きな害を与えるか分かったものでは無いからと。
 けれど、今私を襲っている恐ろしいはきっとそれには当たらない。害を与えるから恐ろしいのではなく、失ってしまうのが恐ろしいのだ。何をか?妹を、だ。私の最愛の妹であり、唯一の理解者である古明地こいしを失うのがただ怖いのだ。
 「…こいし」
 地霊殿に帰宅してきた我が妹は、普段見せる屈託な笑みを携えて帰ってきた。けれど、中身は笑っているように見えなかった。そして、第三の瞳が閉じていた。何故なのか。それが私には分からない。それがとても恐ろしい。
 「ただいま、お姉ちゃん!」
 こいしの声ははきはきとしていた。自分の瞳が閉じているのにも関わらず、それをなんとも思っていないように見えた。何故?私たち覚にとって、最高の能力であるそれがなくなってしまったというのに、何故その笑顔を浮かべられるのか?そう思い、心を読もうとする。しかし、こいしの心はまるで茨が取り囲んでいるように触れようとすると痛く、無理に見ようとすることも叶わなかった。なので、そのことは本人に聞いてみるのがおそらく手っ取り早い。そう思った私は聞いてみることにした。
 「ねぇ、こいし。貴女、どうして瞳を閉ざしているの?」
 自分でも驚くほどその声は震えていた。答えを知りたくなかったのかもしれない。ただ目の前にいるこいしらしき存在を認めたくなかったのかもしれない。それとも、別の理由があったのかもしれない。それは定かではないが、ただ少なくとも今の私はこの状況を好ましく思っていないということだけが分かった。
 「あぁ、第三の瞳のこと?なんでだっけな…」
 こいしはうーん、と唸りながら答えを探そうとしているらしい。けれど、私からしたら明確な理由がないというのにこいしが瞳を閉ざしてしまったことが悲しかった。苦しかった。
 「あんまし、覚えてないや。別に覚えていてもいいことなさそうだし」
 こいしはそう言うと、私疲れてるからもう寝るね?と言い残してその場を去ってしまった。
 一人取り残された私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。こいしの瞳を閉ざした理由をただ考えていた。
 「こいし…どうして貴方は瞳を…」
 その問いに答える者は誰もおらず、ただ頭の中で木霊するだけであった。



 嫌われ者には、たったひと握りの幸せさえも許されないのか?

 こいしが瞳を閉ざしてからある程度時間がたって、ようやく私も冷静さを取り戻しつつあった。この数日は何も手がつかず、食事も喉を通らなかった。それでも食事は取れと燐に言われ、なんとか腹に流し込んだ。味は分からないし、食べたいとも思えなかった。その様子を心配してか、ここ数日はペットが私を取り巻いていた。それでも、空っぽになった穴を埋めることはなかった。
 「さとり様、その、私にはその辛さがどれほどのものか分かりませんが…それでも、こいし様は貴女のそのような顔を見たいとは思わないはずです」
 燐が声をかけてくる。その心は、本心から心配をしているようだった。けれど今はそんなことさえどうでもいいと思えた。ただこいしが瞳を閉ざした理由だけが気になっていた。
 「燐」
 「はい、なんでしょう」
 「今から私の部屋に誰も入れないでください。少し、考え事をします」
 「…分かりました」
 きっと今までのこいしの行動に瞳を閉ざした理由がある。そのはずだ。そう信じて、私は瞳を閉ざす前のこいしに思考を巡らせた。

 「お姉ちゃん!私さ、友達を作りたい!」
 私が普段のように地霊殿でゆったりと過ごしていると、こいしが急にそう言った。
 「はぁ、そうですか…作りたいなら作ってみてはどうでしょうか」
 「うん!それで、色んな種族の友達を集めて皆で遊ぶんだ!」
 我が妹ながら、なんて難しいことを簡単そうに言うんだろう。そんなことを思った。けれど、私はそれを口にすることは無い。こいしもきっとそれを理解しているし、私の心からその言葉が聞こえているだろうから。
 覚とは、嫌われるために生まれた種族なのだと私は思っている。人の心を読みたいと望んだ存在が私たちを生み出した。にも関わらず、言葉を持つ存在全てに私たちは恐れられ、そして嫌われた。言葉を持つ存在にとって、私たちは会話ができないし隠し事もできない。だから、嫌いらしい。私としては隠し事をするような自分の浅ましさを見直したらどうだ、と思うのだが。
 そんな嫌われるために生まれたとしか思えない私たちには色んな種族の友達を集めることはおろか、一人の友人を作ることさえ難しい。だからこいしの考えは妄想で仕方の無いことだと思っている。けれどそれをわざわざ言う必要は無いし、こいしがやりたいと望むのなら止める必要も無い。
 「てことで、外に出かけてくるね!」
 そう言った後、こいしはそのまま外へと走っていった。私の妹は私と違い、活発なのだ。
 ふぅ、と息をつく。こいしの出かけた後の地霊殿は物静かで、環境音のひとつさえ鳴らぬ場所となる。私は読んでいる途中だった本を広げた。ペラペラとページをめくる音だけが辺りを占める。まるで世界から切り離されたような感覚に陥る。私はこの一人の世界に没入できる時間が好きであった。しかし今はなんだかそう感じることができない。いつもであればこいしが私に声をかけては何かをしようとすることが多いからだろう。そこまで考えて、「あぁ私は寂しいのだな」と合点がいく。私にはこいし以外にまともに話す相手は燐と空しかいない。その上、空は体を動かしている方が好きだと言い地霊殿に留まることがほとんどないし、燐は内心私のことを多少恐れているきらいがあるから、私がこいしと話すことがなければまず話し相手はいないのと同義である。すなわち寂しさを紛らすことはできないという意味でもある。
 「存外、私にも寂しさを感じることができるんですね」
 覚妖怪は心を読み取れる。それ故に、心を何か文字としてしか感じ取れない。感情を文字のまま見ても、理解などできないのだ。それでも寂しいと感じることができる自分に驚いた。私にも感情は存在するらしい。

 それ以降は何も考えず黙々と本を読んでいた。読み切ってしまったので仕方なく新しい本を取りに行こうとしたら、時計が夜を示していることに気がついた。読書という趣味はその性質上、どうしても多くの時間を浪費するものである。しかしこいしがいない今はその性質がありがたかった。
 いつの間にか空になっていたカップを片付けていく。カチャカチャと音を立てながら片付けを終えると、扉の開く音が聞こえた。そして振り向こうとする前に、誰かの手で目を塞がれる。
 「だーれだ!」
 「こいし、帰っていたのですね。おかえりなさい」
 「むー、お姉ちゃん相手だとやっぱり張り合いがないや」
 そう言うとこいしは私の目から手を離した。そのまま後ろを振り返るとこいしが不機嫌そうに頬をふくらませていた。
 「そう言われましても、心が読めますし。読めなくとも声で大抵分かると思いますよ?」
 「それもそっか」
 えへへ、とこいしが笑う。その笑顔は、少しずるい。
 「あぁもう、私の妹は本当に可愛いですね」
 そう言いながらこいしの頭を撫でる。サラサラとした感触が手に伝わり、その気持ちよさが更に頭を撫でろと促進させてくる。頭を撫でている間、こいしは恥ずかしそうにしながらも嫌だとは思っていなかったので気の済むまで撫で続けた。
 「ふぅ、とりあえず満足しました」
 一頻りこいしの頭を撫で続けて満足した私はそう呟いた。こいしは満更でもないような顔をしながら俯いていた。恥ずかしさが彼女の心を占めていた。
 「ふふ、そんな恥ずかしがらなくてもいいと思いますよ。貴女は可愛いから、笑っている方が素敵ですし」
 「もう、またそんなこと言って!」
 「でもその方が嬉しいでしょう?」
 「嬉しい、けどさぁ…」
 そう言いつつも言葉の勢いはどんどんと失われていき、ついには声は掻き消えてしまった。
 「そんなところも可愛いんですよね」
 小さくそう呟く。我ながら、妹への愛が重たいのかもしれない。けれど別にそれは悪いことでは無いと思う。妹を大切にして何が悪い。姉としての仕事を全うしているだけだ。
 そんなことを考えていると、いつの間にか言葉の勢いが戻っていたこいしが口を開く。
 「そういえば私ね、妖怪の友達できたんだ!」
 「本当に友達を作れるとは…」
 思わず感嘆の声を漏らしてしまう。しかし実際これは驚くべきことだと思う。心を読める嫌われ者である覚妖怪が、友人をたった一日で作るというのはそれだけ難しいことなのだ。少なくとも私には不可能な芸当であり、これが成せるのはこいしの人あたりの良さが関係しているのだと思う。
 「それでさ、明日も一緒に遊ぶ約束したから明日も出かけてくるね?」
 「分かりました。貴女も心を読めるから大丈夫だとは思いますが、悪意を持った相手には気を付けてくださいね」
 「うん、もちろんだよ!」
 こと地底において優しくしてくる妖怪はいるが、それが全て善意から来るものかと言われればそうではない。むしろ、悪意を持って動く者の方が多いだろう。とはいえこいしもそのことは重々承知で、友達を作りたいと言っているのだろう。それをわざわざ止めるほど無粋な姉ではないつもりだ。
 しかし、こいしが自分から離れたところに行ってしまうと感じるこの気持ちとは一体何なのだろうか。私にはそれが分からなかった。

 あれから何週間と経っただろうか。こいしはどんどんと交友の輪を広げていって、家を空ける日が何日と続いていた。帰ってきては友達との話をしていて、楽しそうに話しているから嬉しくなる反面、自分とこいしとの差を目の当たりにして自分のことが惨めに見えて仕方がなかった。けれどそれでもこいしは私といてくれる。きっとそれだけで私は幸せに感じていた。こいしといられるならば、それでいいと思っていたのだ。こいしが私といてくれるなら、それで。
 あくる日、こいしが帰ってきた夜に私たちは共にご飯を食べていた。
 「いやはや、こいしのご飯はやっぱり美味しいですね」
 「昔からずっと作ってるしね。これくらいは続けてれば作れるようになるよ」
 「私も作れるようになったらいいんですけどねぇ…」
 私に料理はできない。よっぽど食材を無駄にすることがほとんどなため、作らない方がいいとさえ思っている。それでも、作れるようになりたいという気持ちはあるのだけど。
 「そういえば、最近友人とはどうなのです?」
 「いい感じだよ。友達の家に行って一緒に遊んだりもしてきたんだ!」
 「それはよかった」
 そう。これはいい事。こいしが幸せに生きられるのだから、私と違って豊かな人生を歩めるのだから。。これはこいしにとっても私にとってもいい事のはずだ。だから、黙っていてください…私の嫉妬心は…寂しいと、叫ばないでください。
 嫉妬心。それは誰に向けたものかなど、自分が一番知っている。こいしにも、こいしの友人にも向けている。自分と同じ種族だというのに友達と楽しく遊べるこいしに、こいしと一緒にいられる友人に嫉妬しているのだ。
 そんな卑しく下賎な気持ちを私は知られたくなくて、読み取られないように心を一時的に閉ざす。これはこいしにはできないらしい。姉としての特権なのか、単に生まれが早かったから少し早くできるようになっているだけなのかは定かではない。しかし、向こうに心を見せないようにしたこと自体は伝わってしまうのが難点である。
 「むぅ、お姉ちゃんがそうやって自分の気持ちを隠すのはよくないと思うな?」
 「使えるものは全部使う。そんなものです」
 「ふーん…ま、いいけどさ」
 見せられる心なら見せている。見せられないから見せていないのだから。そう思って初めて私は心を読まれたくない気持ちをそれとなく理解した。きっと私を嫌う誰彼は、私のことをこんな風に厭うのだろうな、と。それでも私は自分を変えることはない。誰彼の感情に囚われて自分を変えてしまう柔な心持ちならば、とうに覚などやっていられないから。
 「ただまぁ、私としては色んな種族の友達が欲しいからね…次は人里にでも行ってみようかしら」
 「…人里、ですか」
 人里。読んで字のごとく、人の住む里。そこに人ならざるものが行けばどうなるかと問われたら、簡単な話である。明確な拒絶。いや、拒絶で済めばいいのだが…最悪殺されることになるだろう。そう思い立った時には、口が動いていた。
 「辞めておいた方が、いいんじゃないでしょうか」
 「どうして?」
 「私たち妖怪は、人と相容れない存在です。人里にいると知れたらまず間違いなく、拒絶されます。その上、私たちは覚妖怪です。他種族と比べて対して強さがある訳でもありません。生きて帰れるかさえも定かではないんです」
 「でも、私に敵意なんてないよ?」
 「敵意がなくとも、相手にはそれが伝わるとは限りませんから」
 相手は我々と違って、心を読むことができない種族だ。それに加えて人間は自分と異なる存在を酷く嫌う傾向にある。だから恐ろしいのだ。力を持たぬのならば、尚更。
 「それでも私は行きたい。色んな種族と交友関係を持ちたいの」
 「一体、貴女をそこまで動かす原動力はなんなのですか…?」
 ただそう思う。何故そこまで人間に固執するのか。他種族と関わりを持ちたいと望むのか。それが理解できない。そのせいか、段々と語気が強くなる。
 「私はこいしに辛い目にあってほしくない。人間にそこまで固執する理由は、何なのですか?」
 「だって、悲しいじゃん」
 悲しい。何がだろうか?
 「折角同じ世界にいるというのに、関わりを持たずお互いのことを理解もせずに忌み嫌いながら距離を置き続けるだなんて、悲しすぎるよ」
 一体それの何が悲しいのだろう。私にはそれが分からなかった。分からなくて、分からなくて、理解をしようとするのを辞めた。
 「そうですか…」
 残念なことに、彼女の心の中を覗いてもその気持ちは一切消えておらず、一心に人間の友人を作りたいと純粋に望んでいることが見て取れた。
 「好きにしてください。これ以上私が言っても聞かなさそうですし。その代わり、ちゃんと帰ってきてくださいね」
 「うん!分かった!」
 その返事は、どこまでも真っ直ぐだった。



 後悔先に立たず。

 これ以降のことは、ろくに覚えていなかった。私はまた空虚な時間を過ごしていただけで、その後こいしが帰ってきたらああなっていた。それだけだ。
 底なし沼のような思考から戻ってきて、ポツリと呟く。
 「私は、どうすれば良かったのでしょうか」
 こいしを意地でも止めるべきだったのだろうか。それとも、一緒について行って何か行動するべきだったのだろうか。それとも、何か別の手段で?
 進んだ思考は留まることを知らず、自分の中へと強く強く入り込んでいく。ただ一つ明確にあるのは、自分の傍観的行動はよくなかった。こいしのことを愛していながら、こいしに嫉妬し、剰え擬似的に見捨てるのと変わらぬことをしたのだ。そんな私を、許せる道理がどこにある?どこにもないだろう?
 とめどなく私を思考が襲う。なんだか体が重く感じる。何もする気が起きない。ただずっと考える。どこまでも深く思考を連ねる。何が正解だったのか、だなんて後悔が全身を包む。重く苦しい思考だけがずっと頭を支配して、それ以外に何も考えさせてくれやしなかった。
 「はは…」
 乾いた笑いが部屋を包む。音は反射し、耳に入る。その度にまた、空虚を感じた。
 ここにいても仕方がないと感じ、部屋を出る。友達を作りたいと息巻いていたこいしも、友達を作ることができて喜んでいたこいしも、私と話している時に笑顔を浮かべてくれるこいしも、もうどこにも居ない。その現実が、私を取り巻く。
 目的も持たずに歩いているとこいしを見かけた。その姿は同じだというのに、その心は何も見えない。何も映っていなかった。これが彼女が求めたものだったのだろうか?それは私には分からない。私は昔からこいしのことを深く考えていなかったのかもしれない。私はこいしのことを妹として愛していると自己認識させて、その実彼女のことを私は何も知らない。知ろうとさえしていなかった。彼女と向き合ってその気持ちを理解していれば違った未来もあったはずなのに。それが私の罪。
 私の感知せぬ世界で一人動く少女のことを、ただずっと見つめていた。彼女はフラフラと歩いて消えていった。
 もう二度と、私にあの子の茨を解けやしない。その後悔が私を苦しめた。
 「ねぇ、こいし。貴女の幸せは本当にそんな形だったの?」
 こいしには聞こえない声で、小さく呟く。その声は震えていて、かき消そうと思えば簡単に消えてしまいそうなほどに、か細い声だった。
 古明地こいしの幸せ。それはきっと、彼女自身にしか分からないことだ。だからこそ願う。彼女の幸せが成就するように。自分勝手に願う。

 ───せめて、私よりも幸せでありますように。
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面白かったです
人里で何があったのかが明らかにされていないところに想像力を掻き立てられました