吉弔八千慧はただ一人エレヴェーターの箱の中にあって、手にした招待状を、いまだ珍しいものを眺めるように見つめている。エレヴェーターは高層階へ直通しているので、操作パネルには開閉器と内線電話の受話器だけ。
罠ではないと思う。招待状が彼女の手元にやってきたのは一週間も前。そのため、この畜生界の摩天楼にひっそりと存在していた会員制クラブの素性に探りをかけるには、数日の猶予があった。
招待主の素性も簡単に割れた。向こう側もこちらが調査するのは予想の範囲内だったろう。
ようするに、八千慧の立場にしては安心して出会える相手だという、それだけの見当はついていた。
目的階に辿り着き、扉が開く。
「……サービスなんかいいから、うちを呼んだ目的を教えな。知らないなら、酒だけ置いて、失せろ」
自分を出迎えた給仕たちに少し威圧的に言ってみても、彼らは物腰柔らかく、戸惑いもせず、薄気味悪いくらいの微笑みで受け流して、フロアから消えてくれた。下の階のラウンジでも似たような調子だったのを思い出して、この社交クラブの雇い主は、なにかの術法で従業員の感情を切断して、業務内容と行動規則をプログラミングしているのだろうという、さっきまで少々怪しかった推理に対する確信を深めていく。
バーカウンターがあった。その天板に尻をつけて、調理スペースの内側へと乗り越えると、ラリック風のガラスタンブラーを手に取り、アイスペールから素手でロックアイスを掴み出して、がらりと入れた。それから目についた一番お高そうな酒瓶(おそらく数十年もののコニャック)をもう一方の手にぶら下げて、フロアの奥へ我が物顔に入り込んでいく。
カウンターの内部をざっと見渡した時、いくつかのグラスやバースプーン、カクテルメジャーなどは洗浄されたばかりだった事について考える。誰か先客があるのは明らかだったし、なにより、人を下がらせたはずなのに、ずっと奥の方で物音が聞こえる。
改めてフロアの外装をざっと眺めた。総じて上品な調度で、統一的。シンプルだがそもそもの素材がいい。これだけでも畜生界文化圏らしくないが、フロアの奥から聞こえてきたのは、そんな高級な雰囲気に似つかわしくない物音だったのだ。
「――お、八千慧じゃん」
フロアの一番奥には、大型モニタ付きの小ざっぱりしているが格調高いリクライニングスペースがあった。そこにいたのは、ゲーム機のコントローラーを手にしている驪駒早鬼と饕餮尤魔だ。八千慧自身、なんとなく、これは会っちゃうだろうなぁと思っていた顔を見てしまって、ため息をついた。
そのままコントローラーをよこされて、四人操作のパーティーゲームを三人でプレイしていると、なぜかCOMにしてやられる事ばかりだった。ゲームには、四人での対戦を前提とした複数のゲームが収録されていて、一対一対一対一、二対二、三対一といった形式に大別できる。
「……このCOM、どっかで遠隔操作されてるんじゃないの」
「ありうる」
「やりかねない」
ゲームの自動操作が、なぜかやたらと強かったのだ。一対一対一対一の場合は小さく目立たないように利を得て、二対二ではその都度組んだバディが動きやすいように立ち回り、三対一の時はさらりと己の一人勝ちをかすめ取っていく。
三人はなにか思い出すものがあった。
「いつになったら来るのよあいつは」
「こっちは無理くり予定を空けたっていうのに」
「会いたくない連中に会うというリスクまで呑みこんでね」
三者三様、ぶつくさ文句を言うものの、かといって帰る気にはなれない。
招待状の送り主の人読みは完璧だった。八千慧なんかは頼まれなくてもその素性を調査してくれるだろうと読み、早鬼はそんなこと調べもせずクラブに乗り組んでくる。尤魔に対してはどうかというと、招待主がきちんと名乗りさえすれば来てくれるだろう。
「あいつらしい事よ」
誰かがしみじみと言いながら、それでも一度コントローラーを放り投げる。上質でクッションのきいたソファが、それを弾力豊かに受け止めた。
「……ちょっと酒取ってくるわ」
「そうですね。ついでに何か簡単なものを作りましょう」
※ ※ ※ ※ ※
三人が共有できる最初の記憶は、彼女たちが都市を得るより以前、畜生界の荒れ野を放浪していた頃まで遡る。そこは必ずしも故郷ではないが、精神的な故郷のようなものだ――移動する、ノマド的なものであったとしても。
平原の放浪は孤独ではなかった。常に寄り集まるものがあって、隊を成していた。他世界の方々は、この畜生界を弱肉強食の理で動く暴力組織が支配している野だと偏見を持っているが、別にそんな事はない。この地は、むしろ互助と信頼によって成り立っている世界だった。真に弱肉強食ならば誰も組織など作ろうとはしない。組織とはどんなにその実態が暴力的なものであろうと、いつだって連帯と共同体を作る必要に迫られた、弱い者たちのためのものだ。そうでなければ、強い者が強い者であり続けるだけで、なんの変化もない野だっただろう。
当時の吉弔八千慧は、小さな商会の帳簿係をしていた。彼女のそれ以上の前歴は、彼女にしかわからない。この商会の素性は至極真っ当なもので、吉弔八千慧もその社員名簿の末端に、雇われ帳簿係としてひっそり名前を連ねていた。
商会の売り物はその時々によって様々だったが、この時は馬と驢馬だった。辺境で武装勢力同士の小競り合いがあったからだ。どちら側に与するというわけでもないが、商人にとっては仕事の機会だった。こうした場合は手早く商品を動かして素早く売り抜くのが鉄則で、やや拙速のきらいはあるものの、商会はさっさと必要な商品の買いつけを手配して、隊商を進発させた。
旅の中継地点――辺境にある馬飼いの民から、手配していた商品の馬と驢馬を受け取ったところで、一行もようやく乱の詳細に興味を持つ気になった。
もっとも、戦の事情を知ったところで、あまり興味を惹かれるものではない。いつもの、小軍閥同士の、せこい利権争い。もうちょっと建設的な事で争って欲しいものよと思いながら、それが商売の種になっている自分たちもいる。まあ世の中そんなものでしょうという、ちょっとこまっしゃくれた感想もあった。
ただひとつだけ関心を持ったのは、勢力の一方が饕餮を擁立していた事だった。
「……饕餮といえば神話以来の由緒がある霊獣の種族ですが、そりゃ本物なんでしょうかね」
嘘か真かなぞどうでもよかったが、商品を売りつける相手を選べるのなら、個人的にはこちらだなという気持ちもあった。吉弔八千慧には、そうした微妙に権威主義的な一面もあった。
いずれにせよ、当時の八千慧には、誰に商品を売りつけるかといった事を決定する権利はない。商売の動向は常に天地人からなる諸作用に左右されていて、しかも彼女は、一応の管理職といえども若輩の帳簿係。この場合、天地人の人にあたる要素にすらなれていない。
八千慧らの隊商は売り買いの目的地に向けて発したが、それから半月ほど経って雲行きが怪しくなりだした。交易路を行き交う隊商は他にもあり、往路と復路とですれ違ったりもしていたが、復路の隊商は、明らかにいずれかの軍閥に売りつけるはずであった商品を抱えたまま引き返していたからだ。
抗争の趨勢は早々に決まってしまったらしい――商売をしくじったのはそれはそれとしても、さっさと引き返すべき局面のように八千慧は見ていた。引き返してくる商人の中には、お荷物になる商品さえ置き去りにしながら退散していた者もいたからだ。
八千慧の隊商も自分たちの進退について、一旦本社に問い合わせるべきか現場判断を下すか、半日ほど戸惑った末に交易路を引き返し始めたが、売り物の馬と驢馬は大事に抱えたまま、手放そうとはしなかった。そうした対応のぬるさを当時の八千慧はうらみもしたが、実際のところは、何を言っても後出しの話でしかなく、突き詰めてしまえば単に間が悪かったにすぎない。
寄らば大樹の陰とばかりに、同様の境遇にあって転遷する大きな一団に寄り添う形で、隊商は逃走を開始した。この一団は八千慧らと同じく中小の隊商がなんとなく集合したもので、多くが商品を売り抜けないまま抱え込み、益無いままに来た道をのろのろ戻る羽目になったものたちだ。
一団の性格は非常に動物的だった――というより、動物の群れそのものだった。大集団を作る事によって、追いすがってくる群狼を牽制し、防衛機能は体力のない者を見捨てて時間稼ぎを作る事だった。また、こうした危機にあってさえどこかのんびりと、ペースを保って移動し続けていたのも、あるいは野の動物のようだったかもしれない。
こうした状況で、危機感とストレスを押し隠して平静を装うのにも、二、三日すれば慣れた。毎朝コップ一杯の水で洗顔歯磨きその他一切の用を済ませながら、
「おや、おはようございます」
「あら、そちらもおはやいですなあ」
「寝て起きて、あとはひたすら体を動かすだけですからね。毎晩ぐっすり寝てしゃっきり起きられますわ」
「おほほほほほ」
といった感じの、当たり障りのないやりとりをする余裕というか、少なくとも余裕ありげに装う感じの朝が何日か続いた後で、八千慧はこのよく出会う化け狐相手に、もうちょっと踏み込んだ話題を振ってみた。
「ところで、あんたも行商なんだろ。なに売ってるんだ?」
「主にこういうもの」
相手が服の袖口から一本なにか抜きだしたのは、針だった。
「かさばらないからね。かさばらないものばかり売ってる」
「とても賢い」
「褒めてくれて嬉しいわ」
「現状が現状なんでね」
弱気な事をぼやいてしまった。大荷物を抱えて右往左往している自分たちの現状を考えると、更に考えさせられるものがあったからだ。そうして沈み込むように考え込んでいる八千慧の顔を伺いながら、相手はぽつりと口を開いた。
「……そして賢いから知恵も売っている」
八千慧ははっとして、化け狐のつんと立った耳から、豊かに分かれた九本の尻尾の毛先までの道士服姿を、ずらりと眺めながら考えた。
「あんた、軍師かなんかのつもり?」
「ま、古い友人がなにかやらかすつもりだったみたいだからね。私が到着するまで、もう少しは保ってくれると思ったんだけど――しかし当てが外れた」
「友人っていうのは饕餮の方かい……九尾さん」
相手は無言だが、否定はしない。
「……まあ、なんでもいいけれど。心の中では、彼女らを少しは応援してたんですけどねぇ」
「ふうん?」
八千慧がちょっと本心をほのめかしてみると、相手は耳をぴくんと動かした。
「だってさ、饕餮といえば私だって知っている。神話以来の、由緒も血統も種族的優位も有している霊獣でしょ。そういうの、私はいいと思ったんだ。だってこの土地ときたら、そういうものがてんででたらめ、その時に強い者が、少なくともその時だけはきっと強いみたいな調子で、権威とかご威光とか、あったもんじゃない。強い奴だって、今はそれでいいのかもしれないけれど、強くなくなった後のことを考えているのかねえ、とも思うのよ」
「……なるほど。畜生界の群れのボスは、ボスという立場に権威付けを行わないのね」
「私たち商売人としては、そういう権威がひっついてくれた方がやりやすいんだけど……。だから饕餮も、思い通りにゆかなかったんだろうね。畜生界にふさわしからぬ尊い御方が(と、皮肉っぽく言ってやった)、その辺境の勢力同士の小競り合いをするまでに落ち込んで、案の定負けてしまって、あんたも今の境遇よ……気をつけな九尾さん。この畜生界は、かつてのあんたらが持っていた由緒・血統・種族的優位にどんなものがあろうが、今、強くなければ、ちっとも通用しやしないんだ。……あんたもけっこうな大妖怪なんだろうが、そんなご立派な尻尾、見せびらかしている方が危ういんだぜ」
相手によってはその場でぶん殴られていそうな挑発を、八千慧は一気に言い放った。ぶん殴られる気はなかった。元々、己の弁舌というか、相手に有無を言わせずまくしたてる才能には自覚的だったので、その気になると相手を選ばずにずけずけ言う一面もある彼女だった――この才とて、気まずい別れ話とか、言い寄ってくるオスを袖にする時くらいしか効果を発揮したためしが無かったが。
九尾は目を丸くして、その弁を聞いていた。
「……なかなか良い声を持っていますね」
「よく褒められるわ」
「ついでにもっと褒めてやりましょう――あなたの商会は良い馬を運んでいる」
「ふふん、はっきり言って小さくてせこい商売しかできない会社だし、ついでにお賃金もせこいけれど、上得意の仕入先だけは作ってるのよ」
「よろしい。それは我が軍が接収するわ」
その九尾の言のまま、隊商に装いを合わせて紛れ込んでいた饕餮の軍団は、ひるがえるようにその本性をあらわした。
「しかし、商品を略奪するのだけはやめておきましょう」
化け狐が幕舎の中でそのように進言した相手は、饕餮尤魔だった――先ごろの軍事衝突の一方の当事者であるが、一敗地にまみれて隊商に装って遁走しかけていたところを、この旧友の知恵によって少しだけ息を吹き返しかけて、今回の乱の渦中にある、その人。
「混乱は最小限でおさめたのね」
「あなたの配下にはきつく言い含めておきましたからね……略奪にせよ暴力にせよ、商人たちには一切危害を加えさせていません。おかげで、各々の隊商がお抱えしていた傭兵や用心棒なんかも、こっちに手を出せなかった――商品や社員に手をかけられた時の抵抗でしか、彼らへの報酬は約束されていない。そういった契約内容がこの土地の慣例のようですね」
「そういうところの読みは絶対外さないのな、お前」
「だいいち、こちらとしても別に相手を取って食うつもりはない。彼らだって余計なお荷物を抱えて、失敗した商売をどう補填すべきかという損得勘定に悩まされているだけです。あなたが許すのなら、私たちは損害を補償する準備があるという姿勢を取ってもいい」
「もう、今から多少なりとも良い方に転がるのなら、よきにはからってちょうだい……」
「事務方はまかせてちょうだいよ。それで肝心の戦争は……はっきり言って時の運だけど、できる限りの手伝いはしてあげるわ」
「自信なくなったわこっちは……」
尤魔がそう言って、先の敗走の痛手を噛みしめているのを見て、九尾はニヤッと笑った。自信はなくなっても、まだ心は折れていないようだ。
「……まあ、ちょーっと私もあてが外れたのは確かね。来て早々のお仕事がこれとは」
「悪かったね戦下手で」
「それ以前の問題だったのよ。この土地は権威を恐れていないから」
あの、何の妖怪だったのかもわからないような、貧相な帳簿係から聞いた言葉を彼女は思い出す。
「この土地では、あんたがどえらい種族だったろうと関係ない。今現在強い者こそが強くて、昔強かった者は今強くなければ意味が無く、顧みられすらしない……どうもそんな感じらしい」
「ここは畜生の野だ」
尤魔が吐き捨てるように呟くのを背に、化け狐は幕舎を出た。隊商は反抗の兆しを見せていないが、補償関係は今すぐにでも約束しなければならない。
八千慧に連絡係をしてもらおう、とも思った。もののはずみで腹の内を明かしてしまった後、彼女はこちらに拘束されていたのだ。――といっても、別に牢などにぶち込んで監禁したわけではなく、朝っぱらから陣中に連れ込んで、酒を食らわせてやるという形で。
「あなたたちのお仲間には不安な目に遭わせてごめんなさいね」
「私は別に、なんにもやな思いしてないからねぇ」
八千慧はしたたかに酔っぱらいながら、げらげら笑って言った。
「で……私に相談というのは?」
「商人の方々にも迷惑をかけていますが、こちらとしても、あなたがたの資産を奪い取ったりで不興を買うつもりはない。それだけは明言させてもらいます。恨みは買いたくないし、買い物はあくまで物の売り買いだけでありたい。――そうした交渉を行う準備が、我々にはあります」
「私みたいな下っ端に、そんな大層な交渉をやらせるもんじゃないよ」
八千慧の抗議はひとまず無視して、化け狐は話を続けた。
「……ひとまず、急ごしらえで戦時債券を発行するので、それによって商品を買い取ったという形式にしようと考えています」
「ただの方便でしょ。なんの実効力もない御幣と交換してくれって話じゃない」
「……その通りね」
「話になんない」
「なので、こちらとしてももう一つの方法を勧めたい。我々は君らから投資をつのる」
八千慧は眉をひそめたが、相手の弁はまだ続いた。
「この場合、君たちは私たちに投資するという形で商品を譲る。当然、こっちのやる事が上手くいけば、今後見返りがある……投資する気がなくても、それはそれでいい。そのまま荷物を抱えて帰ってもらって、別に構わないさ――相手方に物資を売りつけないといった類の念書は書かせるかもしれないがね。とはいえ債券が紙くず同然なら、そんな証文だって紙くずさ。状況に迫られれば破られるものでしかないだろう……やっている事自体は、さっきの提案と結局ほとんど変わらない」
「ふん。だが、あんたらに投資という形で商品を譲って、それで債権を得れば、勝った時に利益を掴むかもしれない。負けたところで、奪われて元々だった商品を失うだけで済む」
八千慧は酒臭い息を吐いた。
「大層な提案だけど、乗ると思ってんの? そんな話」
「わからん。しかし君は乗ってくれると思った」
「なんでー?」
「ものの損得がよく見えているからさ。どのみち、このまま品物を抱えてあっちをふらつき、こっちをふらつきしているだけでは、破滅だ。それがわかっている。だったら、たとえどれほど薄い勝ち筋であっても投資してくれるだろう」
八千慧は、すぐには答えなかった。相手の言った事を咀嚼して、呑みこんで、ようやっと何かを考えられる態勢に脳が至って、なにか言いかけたところで、とんだ闖入者が陣中に乱暴に入ってきた。
「やあ、あんたら。戦争するんなら手が要るだろ? 貸してやるよ、手を」
そう言った女は、どこかの商社が雇用していた傭兵で、名前を驪駒早鬼と名乗った。
元々、早鬼が隊商の用心棒をしていたのも、なにやら面白げな戦争に参加するついでだったという。
「商人連中には、報酬をもらった後は軽い身でかっとんで帰ればいいだけだし、往路の護衛だけで構わないって奴もいるからな」
「そうか……うちの会社だと絶対にありえない話ですね。亀みたいな会社なんで」
「ま、そういうもんよ。ヨソはヨソ、ウチはウチ。業界人が本当に業界を知り尽くしているかというと、それはそれで微妙な話」
「……世の中、いろんな目論見を持った奴が出てくるって事ですかねえ」
早鬼の話を歩いて聞きながら、八千慧は鼻の頭をぽりぽり掻いた。
「私はただの帳簿係だっていうのに、なぜかご大層な話を持ち帰る羽目になってる」
「あんた、あの軍師様に目をかけられてるみたいね」
「そうでしょうか。体よく利用されてるだけですよ」
「利用価値があるって事だ」
八千慧はひとまず解放されて、自分の所属している隊商に、饕餮の軍閥に対する投資話をもちかけようとしている。その横に早鬼を立たせているのは、多少の武力的威圧もあっただっただろう。
「……まあ要するに、どうせ商品を抱えこんだままにっちもさっちもゆかないのなら、彼らに投資しろ、という持ちかけですね」
だが、八千慧は上長らにそう説明しながらも、自分たちの商社の体質を知っている。本社に使者を送ってお伺いを立てるか、それとも現場判断で一切を博打に擲つかという二択を選ぶところから話が始まって、だらだらと進んだり、止まったり。決断を下す頃には売り時を逃している。だからこんなちっちゃな会社のままなのよね。
……と、なかば諦め気分で自社に話を持ち掛けたのだが、意外にも回答は即決即断だった。
そんなこんなで商社から軍閥へと、投資という形で譲られた馬の尻を、早鬼は我が物のように撫でたり、頬ずりしたり。
「こいつは良い馬だぜ」
八千慧はなんだかちょっと気まずいものを見せられているような思いがしたが、考えはそれどころではなかった。
「……正直ちょっと予想外でしたね」
「あんたが自分らを頭ばっかりでかいのろまな亀だと思っていようが、彼らは売る時は売るんだよ。子供でもわかる理屈」
「なんじゃそりゃ」
八千慧は笑ってしまった。
「……私はとりあえず、自分ところの本社に戻ります」
あの化け狐からも、なぜか饕餮の軍に参加してみないかという勧誘があった――事務方の手が足りないのだろう――が、それは丁重に断っておいた。
「おのれの会社だけでなく方々に投資を勧めた者として、あなたがたの負った債務を見届けなければいけませんしね」
「私はそういう、誰かと結んだ契約とか、義務みたいなの、てんで無理だわ」
そう言って隣で大きく伸びをする女を、気安い存在と思ってしまっている、八千慧はそれを少し不思議に思った。こいつとはまだ数刻も共に仕事をしていないくらいの間柄だし、翌日の朝にはもう別れている……いや、あの九尾の化け狐との関係すら、大きな動きがあったのは今朝の事で、そこからまだ半日も経っていない。
早鬼は話を続けている。
「少なくとも今度の傭兵稼業で、そういうの向いてないなと思い知ったわけ……あんた、欲が薄いんだな」
と、彼女は珍しそうな表情で、横を歩く八千慧の顔を眺めた。
「……そんな事ありませんよ。私にも欲はあります」
「ふうん。どんな?」
「おちんぎん上げて欲しい」
うふふ、と早鬼は笑った。
※ ※ ※ ※ ※
八千慧がバーカウンターのキッチン設備を使って作ったおつまみは、堅く目の詰まったパンを薄切りにして、動物の脂を塗りたくり、ウズラの卵や、スライスしたエシャロット、ツナのフィリングといったものにケーパーソースを添えてカナッペに仕立てたものだった。
「……ウズラの卵は、少々茹で加減が固すぎたかもしれませんね」
「食えるならなんでもいいよ」
「そう言ってくれるのは半分嬉しいんですが、もう半分のところがなんだか微妙な気分なんですよねぇ……」
思い出にふけっていたせいもあって、そういう事をぼやいてしまう。早鬼がその感慨に敏感に気がついて、寄り添ってくる。
「……そういや昔、飲食で仕事してた事もあったんだね、あんた」
「もともと勤めていた商社が潰れちゃいましたからね」
※ ※ ※ ※ ※
吉弔八千慧の所属する商社が倒産した理由に、饕餮の軍閥相手の負債があったのかというと、有るとも無いとも言える。こうした事は積み重ねの結果だ。
彼女はたちまち路頭に迷ってしまった――迷ったのだが、数秒後には街中で目についた求人に飛びついていて、それが酒場の皿洗いの仕事で、更に数分後には再就職を果たしていた。それから数日の試用期間を経た頃には、既に皿洗いの立場は過去のものとなり、調理、給仕、接客まで一通りの事をおぼえていて、バーテンダーとして店先に立っていた。
「ほんとのところ、求人の貼り紙は酒場の皿洗いなんかじゃなくて用心棒の募集で、それを受けたつもりだったんですけどね。雇用側でなにかの手違いがあったんでしょう」とは後の本人のうそぶきだが、真偽は不明である。
八千慧がこのようにして身を置き続けている街は、都市と言うにはまだ発展途上の土地だった。駅を降りた目の前には立派な市庁舎が建っているが、その裏手に回ってみるとすぐに茫漠とした平原が広がっているといった調子だ。たとえ間口は豪華であっても、そこを通ってみると拍子抜けさせられる。街の区画割りはさほど稠密ではなく、郊外との境界も曖昧だ。
だから、八千慧がこの酒場のバーカウンターに立ち始めて数ヵ月が経った頃、砂塵の舞い上がる薄暗い昼時に、饕餮の軍閥の分遣隊が自分たちの街にやってきた時もその兆しすら知らず、驪駒早鬼が自分の子飼いの一党らと店に入ってくるに及んで、ようやくその事実を知ったくらいだった。
「生の酒で、こいつらの人数分」
最初、早鬼も八千慧に気がつかなかった――いや、多少はこのバーテンダーの素性を怪しんではいた。畜生界に住む者も色々だが、こんなにも正体が曖昧なのに、やたらと目立つ角やら甲羅やら尻尾を持っている種族は、さすがに少数派だ。だからこそ、他にも幾人かバーテンダーがいる中から、八千慧その人の前のカウンターに着き、話しかけもしたのだ。
「……この街には、そこの、はす向かいの番地に商社があったと思う。交易の仲介業者」
「潰れましたよ。何か月か前に」
「そうか。近頃はどこもそんな感じだな」
「経営体力ってものが続かなかったんですよ。よくある事です」
「ふうん。彼ら自身の体力が続かなかったのが悪いとはいえ、ちょっと考えてしまうところはあるな……彼らの損失を、多少は埋め合わせできるはずだったのに」
「……それじゃあ、私のおちんぎん上げてください」
八千慧は冗談めかして言ってやり、相手がそこでようやく得心いって、なぜかカウンター越しに抱きつかんばかりの感激で再会を祝した事に、不思議な感じがした。
「まさかと思っていたけど、再就職の口があまりに近すぎないかい……」
「自分で言うのもなんですけど、わりあい安易な性格でね……」
さすがに少し照れくさくなって、八千慧は身を縮めた。
それからまた数週間ほど後、今度はあの化け狐が酒場にやってきた。
「あれから小競り合いをしていた地域の権益は取り返す事ができたわ。だからあなたたちの投資に報いる事もできるはずだった」
「会社は潰れたよ。私もこんな調子」
「まあ、そうだとは聞いているわ……近頃はどこもそう。世界の端っこで起きたつまらない諍い一つ、それに関わった商売のたかが一つの踏み外しで、そのまま潰れるまで追い込まれる者が多いみたい」
「シビアな世界なのよ、昔からそう」
「そう。シビアな世界。だからこそ困るの……出資者に還元すべきだった利益が宙ぶらりんになるっていうのは」
相手のほのめかしに対しては無言で、八千慧は強い酒をショットグラスに注いでバーカウンターに叩きつけた。
「……私に持ちかけ話をするなら、とりあえず酔っぱらいな」
「本来他人に配当されるべきだった利益が、自分の手元に残ったままという状況は……」九尾の化け狐は、八千慧を無視して言った。「あまりよくない。なぜならこれは死者の靴。道義的には使う事もできず、奪われるか悪用される可能性だけがある。まあ別に使っちゃえばいいんですけど、名分がない」
「……で、どうするんです?」
「私たちもあれから多少の成功はおさめたが、既に軍事集団としての行き詰まりを感じている。……というよりは、地方の小軍閥としての限界だな。なので、もっと多角的な経営によって勢力を伸張したい」
「なるほど。元手は既にありますからね……それは本来他人の金、倒産してしまった商社が受け取るべき利益だったけれど、おあつらえ向きにそこの元社員が目の前にいる、ってところですかね?」
「君を誘う理由は他にも色々あるんだけど、君自身はそういうビジネスの関係と割り切るのがお気に入りみたいね」
「正直さ」と八千慧はこぼした。「あなたはそう言うけれど、大きく堂々とやれる事業だろうと、やってみて上手く回せるものか、わからないじゃないですか。私自身、こうしてちっちゃな宿場町でバーテンダーをやってるのも、天職だと感じてるんですよね。幸い、人の顔や名前や酒とカクテルの好みをおぼえるくらいの事は得意ですしね。今まで出会った客は全員覚えてる」
「それでわかった。あなたにはもっと別の天職がある」
この街にはもう何日か泊まりますと言って、化け狐は手近なところにあった紙ナプキンに宿の所在を書きつけ、自分の名刺と一緒に八千慧に差し出した。
そういえば、この九尾の化け狐の名前を、八千慧は初めて知る。女は藍と名乗った。
饕餮尤魔は、その藍の帰りを待ちつつ、己の軍閥の根拠地で新人事に着手していた。
外への出立の前に、藍はこう言っていた。
「ひとまず、この畜生界の片端を獲る事で、あなたはある程度の存在感を示せました。今後は戦争だけではなく、もっと様々な経営に迫られる事でしょう。組織の根本的な改編を行った方がよろしいかと思いますわ」
また、こうも言った。
「この際、人事権の根拠を、饕餮というあなたの由緒に求めるのもありです。ウチがこの世界で一番強いからウチがなんでも決める、というのも単純で悪かないですけどね」
「私はこの世界の一番ではないからな」
という饕餮の自認は謙遜でもなんでもなく、正直極まりない告白だった。
「確かに多少は腕におぼえがある。でも一番ではない」
「個人的な武勇も、実のところあまりお呼びではありませんでしたからね」
「兵を率いるといった軍事は、驪駒が上手くやってくれてる。あいつは士気を煽るのが上手いというか、戦上手だ」
「ですが、彼女は勢力内に子飼いの派閥を作りつつある。今のところ本人に野心は無さそうですが、そこのところがどうだろうと、転ぶ時は転びます。こういう人事にかこつけて一新してしまうのが手でしょう」
「そういう文官仕事だって、私よりかは藍の方が得意だろう」
「饕餮」
と、普段もの柔らかな藍も、さすがに咎めるように言った。
「文武にかかわる人々の行政能力に引け目を感じるのはいいですが、人事権と任命権だけはあなたが決して手放してはいけないものです。そいつは手放したら暴れ龍のようにのたうち回る。あなたは器であるべきです。大喰らいなあなたの腹の中で、魚を自由に泳がせてやればいい。そこであなたが遠慮して魚の自由にさせてみたところで、誰も幸せにはならないでしょ」
「幸せにはならない、なんて言うけれどねえ……」
と、自分の勢力圏にかかわる執務を執り行いながら、尤魔は思うのだ。
「そんじゃあ、あんたが自ら出向いてまで迎え入れようとしている魚は、私の幸せになる存在なのかい……」
やがて、藍が八千慧を伴って戻ってきて、饕餮の軍閥に参加させた……というのは実質の事であって、形式上は軍閥組織の解体と、法人化による改組を間に挟んで行われた。彼らは単なる武装勢力ではなく、民間軍事会社として再出発した。これこそ後の鬼傑組・勁牙組・剛欲同盟という、畜生界を席巻する三勢力の共通した母体であり、また、この弱肉強食の無秩序でばらばらだった世界に、たとえ極めて暴力的であったにせよある種の共同体意識をもたらしたひとびとの、最初の姿でもあった。
が、それは後々の話。当時の八千慧に、この組織を三つに割るような野心があったかどうかは怪しい。それ以上に忙しくもあった。
「様々な種類の事業に手を広げる可能性があってもいいですが、当面の主要業務は、この地域の交易路における輸送・旅客・警備といったものにしましょう」
と藍が重役会議の席で、当面の計画を述べた。
「就業規則も既に作成しています。まずは三規(原理原則的な規則三条)・三要(旅先でやっておくべき事の心構え三条)・三不(旅先でやってはならない事の心構え三条)について――」
「おぼえたよ」
こうした説明をいつも面倒くさがる早鬼が、配布された資料の束を静かに置きながら言った。それから、ずらずらと何十条にもわたる規則を、一言一句違えずに諳んじてのける。
「部下にも暗唱できるようにさせておく。それでいいだろ?」
「……他の方々も、ちゃあんと目を通しておいてくださいね?」
それでこの話は終わった。次に藍は地図を広げる。かなり精密な鳥瞰地図であり、この地域の地勢や都市の位置、また場合によっては幾通りに分岐して必ずしも一本道ではない路線も、手に取るように把握できるものだった。
「よくできてるね、これ」
「オオワシ霊がいい仕事してくれたんだな」
これは尤魔が言った。
「とりあえず今すぐ始めるべきは、交易路の実質的な掌握です。簡単に言えば、これら街道の主要な街に支社と屯所を置き、強固なネットワークを構築し、会社と契約している荷物や旅客に危険が迫れば、即座に対応できる体制を作る」
「……さらりと凄い事言ってますが、大変ですよ? そうした街にも、当然その土地の顔役ってものがいます。彼らの顔を潰さない事も大事ですからね」
ぼそりと懸念を述べた八千慧だったが、その各地の支社の立ち上げを担当するのが自分自身だと知ったのは、そのすぐ後だった。
「もちろん、難しい事はわかっている。でも君は交渉上手だからね。そうした顔役からの心証を悪くさせず、こちらにも利が回ってくるような、そんな交渉をしてきて欲しい」
「私ただの帳簿係だよー?」
「営業回りもしてみろって事でしょ」
早鬼がからかうように口を挟んだ。
「……私も彼女についていっていいかな? 兵隊仕事をして実際の往来が多くなるのは、どうせ私だしな……こういう地図だけではわからない事もあるだろう」
採決は必要なかった。藍が尤魔に対して目くばせして、尤魔は頷くだけ。
八千慧と早鬼の、畜生界の方々を飛び回る生活が始まった。
彼女たちのやった事は、非常に単純だった。ひとつの街に入るたび、金まわりの良さをアピールしていったわけだが、金遣いは派手でも、品の無いばら撒きだけは決してしなかった。まず宿泊するホテルや酒場の従業員に、チップを弾んだりしながら篭絡していくのにたっぷり一週間はかけたし、それによって情報収集や多少の便宜供与を行ってもらうにしても、性急に事を運ぶつもりはなかった。
「こういう時は宴会なんかを開いて、それにご当地の顔役を招待したりして顔繋ぎするもんだろ?」
あまりにそういう事を行う気配がないので、最初の頃に早鬼が尋ねた事があった。
「そりゃしますよ。しますけれど、こういうのはタイミングが大事でね。まだ情報が足りない。街に住んでいれば誰もが知っているような顔役の二人三人を宴会に招待して、今後とも是非ご懇意に……なんて調子良い事を言うのくらい、誰だってできます。もっと巧妙にやらなきゃ」
「二人三人じゃだめなのかい」
「それだけでは将来、私たちの事業にも干渉してくるであろう、彼らの影響力を牽制できない。ただの親分をたらしこむだけでは、その土地を掌握できたとは言えません。……彼や彼女が権力を持っていることに、思うところのある野党勢力があるでしょう。また別の方面――たとえば軍事力はほとんど持っていないが、経済力では群を抜いている銀行家なんてものもいるでしょう。昔からこの土地で堅気な物売りをしているだけのうるさ屋の婆さんが、何物にも代え難い影響力を有している事だってある。ほとんど存在を無視されているがそれだけに得難い密告者になりえる者もいるに違いない。そうした上から下まで、これはという人物がいるなら知っておくべきだし、そのためにはもっと情報が必要です」
八千慧は、ホテルの一室で行う事務仕事の手を止めて言った。
「そうでなくても、こっちは支社の開設や社員の配置で大忙しなんです。銀行や資産家の融資も取りつけなきゃいけないし……藍は何キロの区間につきおよそ何人の警備人員が必要といった試算をしていますが、さてこれが実情にあったものか、どうか」
「あいつの計算は確かだと思う。しかもこっちの肌感覚ともぴったり。忌々しい話だがな」
と、早鬼はベッドの上にふんぞり返っている。
「……私と酒場で再会した時にあなたが引き連れていた子分たち、みんな今回の人事で異動させられましたよね」
「ふん、気づいていたか」
「人の顔と名前はすぐさま覚えられるたちでね」
「やっぱあんた、帳簿係よりかは外交官向きだよ――ま、自分の派閥を作ろうとしたのを警戒されたって、こっちも気にしないよ。どうせ我々は仲良しクラブじゃないんだし、私も調子に乗りすぎた」
「ああ、よくないですね。私って、そういう内部の権力争いっていうのがどうも苦手というか、ばかばかしくって。どこでもある事なんですけどね」
「私もだよ八千慧」
と気安く名前を呼び、なにか含んだものをもって肩を揉んでくるビジネスパートナーに、八千慧も微笑んで返す。
「……ま、あんまり気張ってお仕事するのもですね」
そう言って、大きく伸びをして事務仕事から遠ざかり、早鬼の寝ているベッドにごろりと寝転がる。
「マッサージしてください」
のちのちの事を考えると想像もできないが、この時期、八千慧と早鬼は長期間にわたって行動を共にしており、そこで、この時期の二人の間にはなにか濃密な関係があったのではないかと見る者もいる。
支社を開設するまでに、だいたい一か所につきひと月ほどかけた。そこでようやく祝賀パーティーを開いて土地の有力者たちと接するのが常の流れだったが、そこでの八千慧の主人役の立ち振る舞いときたら、実に堂に入っている。つい最近まで商社の出納係を失業してバーテンダーに流れていた女とは思えない存在感を見せつけていた。
「――お察しの通り、私たちの目的はこれらの交易路の繋がりをより強固にして、ここに一つの大きな経済圏を作る事です。……要するに、この地域の権益を求めているという事ですね。それは確かにそうです」
彼女は常に大胆なくらい自分たちの企業の真意をさらけ出し、そのあけすけさのために様々な立場の相手を安心させた。
「私たちは野望を持っていますし、おそらく悪名を高めるためにこれから額に汗して働く事にもなるでしょう――逆説的に言うとね」
「隊商護衛や運送業ときたら同業他社も多くて、彼らは私たちのような新興に対して、いい顔しないでしょうね。でも、それで別にいいじゃないですか。それこそ正常な競争っていうものでしょう。共に栄えましょうよ」
「なるほど。確かに私たちは武装勢力を出自としています。その軍事力を背景にしてこの地域を威圧していると言えるかもしれませんね……しかし威圧できない軍事力に意味は無いですし、無視できる力など単なる無力でしょう。私たちを警戒する方々が多いのは、実のところ私たちを評価しているからこそなのです」
その弁は非常に流暢で、態度には一切悪びれたところはなく、困ったことに、こういう時の八千慧はひどく魅力的だった。あっという間に彼女は土地の有力者のお気に入りになり、現地に後入りしてきた社員らに支社の運営を引き継いだ。
「まるで各地に愛人を作っているみたいですよ」と、一つの街から辞去するたび、後ろめたさのかけらも見せず、その土地の者たちに微笑んで言った。「……しかし、いずれまた会って、宴会でもしましょう。私はあなたがたの事を決して忘れません」
嘘ではなかった。彼女は各地を飛び回ってはその土地の有力者との繋がりを維持し続けたが、そこで会った相手の顔と名前だけは決して忘れる事がなかった――良い意味でも悪い意味でも。
当然、新興勢力の伸張に対する、既存勢力による反発がなかったわけではない。むしろ抗争は望むところだったのだ。そのために八千慧は各地の情勢や人間関係を事細かに把握して、土地の有力者を篭絡してきたわけで、その仲介を求めて有利な条件で抗争の手打ちをするという事がほとんどだった。
だが、そうでない場合――たとえば顔役そのものが反抗してきたという例も、あるにはある。
「あなたがこの街にいるとは知りませんでした」
「支社の設立が一通り終わって、近頃はすっかり会いにくくなっているからな」
いるとは思わなかった早鬼に向かって、八千慧は声をかけた。早鬼は襲撃を受けた支社の事務所を護衛していて、今のところ情勢は落ち着いているように見えた。
「偶然近くを通りがかったんだよ。……通常業務は部下の方にそのまま行かせて、事務所内に残った文書資料を保全してる。襲撃で奪われた契約書や証券……まあとにかくそんな感じの文書があるみたいだからな」
「悪かない対応です。調査委員は明日朝に到着しますよ……しかし私も、今回の件のせいで、超重要な荷物の輸送を部下に任せなきゃならなくなりました――いずれまた、どこかの大名かお大尽が戦争起こしますね、あれは」
「……社規に荷物への詮索は禁物とかなかったかい?」
「詮索したくなくても察してしまいますよ。あの感じ……」
ともかく、破壊された事務所の中――特にこじ開けられたいくつかの大金庫のあたりをぐるりと眺めて、八千慧は話題を転換させた。
「誰のどの勢力の仕業か、まだわかっていないんでしたっけ?」
「襲撃は少人数かつ短時間。統率が取れていたようだからな。それでも、それなりの騒ぎにはなったみたいだよ。目撃者くらいはいるだろうな」
だが、事件調査にあたる部署が翌日にはやってたものの、調査ははかばかしくなかった。
「しかし、ここの支社は街の中心部に置かれていますし、近くにはレストランや服飾店など、外への見通しが良い建物も多いんですよ。証拠や目撃証言がなかなか出てこない事が、かえってなんらかの示唆になる場合もあります……奪われたとみられる文書類について、もうちょっと再考してみましょうか」
そうした仕事に没頭する間にも、八千慧は酒場で飲みながら、個人的な聞き取りなどして――彼女はそうしたところからちょっとした情報を引き出すのが、おそろしく上手い――徐々に推理の確度を上げていった。
最終的に八千慧が本社に戻って藍に報告した内容は「現地の顔役である甲が当社の社員である乙をそそのかし、共謀して、襲撃事件を起こして、自分たちの不利になる権利関係の書類を強奪したのだろう」という事だった。
「奪われた文書には二種類あったんです……すなわち常日頃の業務で使われている債券と、その街の土地債権に関わる書類。二つは別々の金庫に保管されていました」
藍は、報告を聞きながら編み物をしていた。ながら作業で話を聞いているというよりは、手を動かしてパターン作りながら、情報を選り分けて整理するためにやっているようだった。
「既にそこに示唆があるのね。どちらかは強盗に見せかけた目くらましの盗みで、もう片方が本命」
「後者が本命でしょう。目撃証言がなかなか出てこないという事は、よほどその土地に根付いている者が背後にいる」
「そこにうちの社員も一枚噛んでしまったようだと」
藍はそこでため息をついたが、どうも別に落胆したというふうでもない。ため息のあと、あくびをしたように口元をむにゃむにゃやって、編み物の手は一切止めていなかった。
「どうにもこうにもね」
「どうやら、現地で生活する中で何らかの弱みを握られたようですね。賭博か、異性関係か、もっと単純な金銭の問題か――まあ、現地で円滑に活動するにはそうした方々との交際も必要だし、そのためにはなにかと入用にもなる」
「おのれの所属するところと、赴任先との関係、どちらが重要かというバランスの問題は、こうした会社には常について回る問題ね」
藍は考え深げに言った。
「私たちとしては社員教育を徹底して再発の防止に努めるとして……それで、どうしたらいいかしら?」
「どうしたらいいか、とは」
「会社内部の問題は内部の問題で済むけれど、外との折衝はどうすればいい? 現地を見てきたあなたの方がわかるでしょ?」
「……正直、相手のことを考えると、あまり事を荒立てたくないですね。この件はうやむやにするしかないのかも」
「あらあら弱気ねえ」
「しかし、あの街には彼らと拮抗する勢力もいます。そちらとの付き合いを増やしていきましょう。不義理は向こうが行ったんです。現地の仕事は彼ら無しでも上手くいく試算が出ています。徐々に付き合いを減らして、枯らしていくだけでいい」
「もう一つ付け加えておくなら、連中に対するよからぬ噂もばらまいてやりなさい」
そう言った時だけは、編み物の手を止めた。
「これはやっておくだけタダですからね」
「怖い人だわほんと……」
ほんの一例だが、こうした事件はたびたびあった。
※ ※ ※ ※ ※
当時は――とパーティーゲームの中で早鬼を陥れながら(「ふざけんじゃねえぞてめえ」と罵られる)、八千慧は物思いにふけり続けている。
当時は忙しかった。私とこいつ(早鬼)はそこらへんじゅうを飛び回っていて、尤魔もまあ、あまり外に出張る事は無かったけれど、なんだかんだ会社のトップとして内務を色々頑張ってはいたのだろう。それに、時には饕餮という種族の由緒や格がものをいう事もあった――かつてはそうしたものが鼻紙以下の価値だった畜生界も、なにかが変わり始めていたのだ。
なにより藍だ。あいつはヤバかった。ヤバいといっても、そこらのストリートで粋がっているようなチンピラのヤバさではなく、奴はマジの行政官僚だった。正直なところ、当時の会社の方針にはやや力押しというか、無理のある行動や、文字通りの野放図もたびたびあったのだが、その無理を押し通せる事務処理と組織作りの能力が彼女にはあった。
もちろん、その無理は彼女一人で受け止めきれるものではない。外交官役の自分や、荒事担当の早鬼なんかが、そこから多少はみ出したしわ寄せを喰らったりもしたけれど、組織なんて万事そんなもんだし、うまく回っているうちは、愚痴がこぼれる事はあっても、悪い気はしないものだ。
当時は忙しくて、楽しかった……というとちょっとセンチメンタルすぎるけれども、そうと思うしかないのだから、そうと思わせて欲しい。
「お前性格出てるぞ八千慧」
……まあ、今も今で割と楽しんでいるような気が、しなくはないのだけれど。
※ ※ ※ ※ ※
事業そのものは順調だったが、近頃は世界情勢の方があやしい。
「支社から入ってくる様々な情報を統合するに、これは一戦起こる気配がありますね」
藍は相変わらず、本社の執務室で編み物に勤しみながら尤魔に告げていた。
「物資の流れが明らかに異常ですし、旅客の傾向にも偏りがあります――入ってくるのは大人数の兵隊で、出ていくのはちまちまと少人数で目立たない金持ちとその家族」
「しかし本当に正規の武力衝突までするだろうか」
尤魔は懸念を述べた。
「この土地の戦争は非常に消極的だもの。戦争状況に至った経緯と大義名分を叫ぶ公式声明があって、それから挑発的に相手の出方を探る演習行動……でも大抵はそこから大戦には発展せず、ちっちゃな小競り合いをして長滞陣しているうちに、軍団の維持も難しくなって、ぐだぐだと手打ちをして終わり」
「もちろんその可能性の方が高いし、それでも困るのが私たちです」
藍は編み物を置いて立ち上がると、執務室にかけられている地図を眺めながら言った。
「戦闘が起こると想定される場所には、私たちの仕事における街道、幹線、大動脈が含まれています。こんな場所で長丁場されたら、なにはともあれこっちの仕事はひっどい事になる」
「なにもそんなところで戦争してくれんでも……」
尤魔がため息をつく横で、藍はまだ更に、じっと考えるようだった。
「ひょっとするとの話ですが、真の目的は二者の抗争ではなく、私たちが築き上げてきた路線の権益の分配を狙っているのかも……まあなんにせよ、私たちとしては、おおごとになってくれた方がいいかもしれない。この地域に勤務している社員を、避難という名目で全員引き揚げさせましょう」
紛争地帯から引き揚げた社員は、そのままいくつかの箇所に分けて集結していたが、やがてその各所に自社の速達便が届いた。
「……八千慧はこれをどう見る?」
と、同じ地点の野に集結させられていた早鬼と八千慧の二人は、それぞれに配達された封印文書を、交互に見比べた。
「まさかとは思っていたけれど」八千慧も感に堪えないといった感じで嘆息した。「本社は大博打に踏み切りましたね。近頃は、我々も護衛や運送を生業とする会社に、うまいこと化けられていました……その社員が紛争地帯から避難するのを、軍団の集結と解釈できる者は、そうはいないでしょう」
「そうして軍閥に返り咲いた軍団でもって、ぬるま湯のような競り合いを続けている連中の横っ面を、まとめて張り飛ばすわけか」
早鬼は愉快そうに言った。八千慧はまだ考えている。
「……当の戦場は、わが社にとっては庭といえるほどの仕事場ですもんね。そのうえ我々が大急ぎで撤退したせいで、民間にまで異常な動揺が広がっている。情勢は大混乱ですよ。今回の紛争をしている軍閥連中だって、そこまでの大決戦をやるつもりなんて無かったでしょうに、もはや周囲の恐慌がどんどん事を大きくしている」
「そうこう言っているうちに開封時間だ」
早鬼が引きちぎるように文書の封印を解き、八千慧はナイフを使って綺麗に開封した。
二人の予想通り、文書の内容は軍事作戦の発動に関するものだった。まず饕餮尤魔の一筆による、あなたを第何軍の動員管理官に任命するの書状、そして何日の何時何分をもって計画行動を開始して、それぞれどの方面に発してどの地点に何日の何時何分までに到着して地点を確保せよとの旨が指示されていた。また添えられた資料には、どの支社員が四つの軍団(藍、八千慧、早鬼の三人に加えて、同盟長饕餮尤魔に隷属する部隊も含めて四軍)に分かれて、どの動員管理官の指揮系統に属するといった戦闘序列も、整然と矛盾なく配置されている。
「……はぁー、こんなのよく考えたもんだ」
「平時からあった会社の構造を、有事にはそのまま軍隊式に転用できるよう、最初から組織作りしていたんでしょう」
「ずっと狙っていたわけか。こりゃ博打ですらないわ」
早鬼の言いぐさには感動の色すらあった。
「あいつ、もしかすると本気でこの世界を“獲る”つもりだぜ」
「……それにしても少し気になるんですが、あなたはともかくとして、どうして私まで一軍団引っ提げた動員管理官になっているんでしょうね?」
「さあ、なんでだろうな」
早鬼はクスクスと笑う。少し自信なげな八千慧の様子を、面白そうにからかった。
「あんた、目をかけられてるのさ……隊商の経験くらいはあるだろ?」
「ありますし、この会社でも外交仕事のかたわら、たまには通常の輸送業務に従事してきましたよ。しかしこうした……そう、戦争には、私ってあまり向いてないと思うんですけどねえ……」
「自分が戦争に向いているなんて思っている自惚れ屋にだけは、そういう事をやって欲しいと思わないな」
こう考え方を変えるといい、と早鬼は教えてあげる。
「あんたは戦争に行くのではなく、自分が指揮する兵隊を、指定の時間までに運んで配置するだけだ。それならいつも通りの通常業務だろ。そして、そのためにだけ千慧の限りを尽くせばいい」
「もしその途上や到着地点で、戦闘が起こってしまったら……?」
「言っただろ、知恵の限りを尽くせって。撃破しても迂回しても買収しても、最終的に勝ちゃいいのよ。私はぶち込むのがお好みだけど、それはあくまで好みの問題」
それ以上のやりとりをしている暇も無かった。彼女たちは大急ぎでそれぞれの指揮系統に基づいた軍団を編成し、それぞれ指示された経路に向かって進発しなければならなかったのだ。
意表の外にあった第三勢力に包み込まれた二つの軍閥組織こそ、なにがなにやらという感想だっただろう。しかも、包み込んだといっても、当人らすらそうと認識していない急所が、使用不能になるといった性格の包囲なので、その意味が実情として浸透するまでには多少の時差があった。そして事態が更に深刻になる頃には、各個部隊間の情報共有や連絡すらほとんど不可能になったのだから、巨人の体が知らぬ間に機能不全を起こして、衰弱しているようなものだった。
街道の急所を抑えた後、八千慧の兵力の大部分は、そこのみを防衛させる事に徹した。同時に、守るという行為は必ずしも貝が蓋するように閉じ籠っているだけでは成立しえない事にも気がついていたので、彼女自身は最低限の分遣隊を率いつつ、目立たない裏道や間道などを駆使して、戦場の中の街に潜入する事をもっぱらとしていた。
どこの現地にも、避難し損ねたか、あるいはのっぴきならない理由で街から離れられなかった者が少なからずいて、彼女は次のように言って彼らの人心を掴んだ。
「言ったでしょう。私はあなたたちの事を忘れやしないと」
かねてから培ってきた地縁を活かす事に成功した八千慧は、各地で得られた情報や、様々な形での抵抗運動の指導に基づいた作戦術を、幾つも発想している。やがて隣接する要衝を抑えていた早鬼とも連携を始めた。そのため、縫い針のように鋭い突破力のある早鬼とその麾下の群狼たちが、街道の兵力の手薄な地点を縦横に行き来できるようになった。
別方面から浸透し始めた尤魔や藍の進軍とも合流するに至って、もはやこの街道筋の野は彼らの遊び場も同然になっていた。
「みなさんご苦労様です」
無事の合流を一通り喜んだ後で、藍はいけしゃあしゃあと言った。
「我が社の出兵の名分は、お仕事に重要な街道や宿場町の保全と守備です。少なくとも表立っては、それ以上の事はやらないようにお願いしますね」
八千慧も頷いた。
「内情を探った感じ、彼らも慌てて和平交渉を始めたようですよ。今回はこれで手仕舞いでしょう」
「まったく、怖い事やらかしますわ、彼らも」
相変わらずすっとぼけたふうで、藍はぼやく。
「迷惑するのは土地の方々ばかり。今後は、私たちがこれに連なる街道の流通を支配してでも、このように無益な戦闘が起こらないようにしませんと、ね」
と、尤魔への含んだ微笑み。
「ああ。――今の、公式声明として出すぞ」
「実効支配だ」
早鬼が言った。
「この世界は私たちのものだ」
大変な放言のように聞こえるが、けっして過言ではなかった。少なくとも畜生界の大動脈の一つは、彼女たちの手中に収まったのだから。
※ ※ ※ ※ ※
それが四人組の、四人組としての最盛期。
もちろんその支配は周辺勢力をおおいに刺激したので、反発もあった。包囲網を形成する機運もあったけれど、そんな勢力は小さく小分けに切り分けて、離反させたり仲間割れさせたり、また同盟へと取り込んだりして、すべて反故にさせた。彼女たち以上に、そうした調略に長けた勢力は存在しなかったのだ。
認めざるをえないのは、あの頃の自分たちは無敵だったという事と、今は敵ばっかり、という事。というか、もう敵しかいないですもんね。
「……あとは落ちるだけだろ」
「あぁ?」
隣で、同じゲームに興じている敵が言った。その言も、パーティーゲームの一時の首位に立った八千慧を、早鬼が少しからかっただけなのだが、なぜか、それがどう気にさわったのか、そのままゲームなんかそっちのけの乱闘に発展してしまう。
「やめろよお前ら……あー! もー! やーめーろ!」
争いは止まない。
※ ※ ※ ※ ※
「⸘八千慧が結婚‽」
「なんでそんな夏休み映画の予告編冒頭みたいなテンションなんですか……」
「わかるようなわからんような変な喩えすな」
「でもわかりますよ。直後に主題歌のサビとかぶつけてくる感じのやつでしょ」
「藍も変な乗っかり方するなって……いや。でも、びっくり」
尤魔はふわふわとした髪を、どうしたものかと神経質にいじりはじめる。彼女たちを同盟の執務室に呼びつけて、一応はお堅い人事の場だったのに、劈頭そんな話題をぶつけられてしまうと、困る。
「……ほんとにびっくりだよ」
「⸘……八千慧が結婚‽」
「早鬼は未だに情報を処理できていません」
「まあ、結婚報告のためにこの場をお借りしちゃったのは謝りますけれど、そこまでびっくりする事ではないですよね?」
「びっくりは、します。祝福もしますが」
どう見ても一同の中で一番びっくりしていない藍が言った。
「悪い事ではないですよ。外交官は所帯を持っていた方が、相手方に与える印象は良いですから。……しかし惜しかったですね、あなたが今まで培ってきた外交の手練手管を駆使して相手を落としていくところは、それはそれでちょっと見てみたかったので」
「それが逆なんです」八千慧は、少し照れくさそうに、のろけて言った。「変な話ですけど、向こうがぐいぐいきたんですよ……まったく。こういうの慣れてなくって……」
さすがの藍も目をしばたたかせて、豊かな尻尾をくねらせながら、尤魔と顔を見合わせる。妙な沈黙が場を支配した。
「……興味深い話ね。どういう相手なのかしら……部下? それはまた……初めてのデートは? キスは? 告白とプロポーズはどういう場所で――」
「藍、本題に入りたいからガールズトークは後で個人的にやって」
「⸘……八千慧が‽ ⸘結婚‽」
「あんたはいいかげんそこから情報を更新しろ早鬼」
彼女たちが次なる外交上の目標としたのは、発展途上の水辺の都市だった。
「我々の中原からはだいぶ離れていますね。遠交近攻策ですか?」
「そんなところだね。あそこは昔々の戦乱から逃れた人間霊が築いた街だそうだ」
「人間霊ですか……」
と、八千慧は呟いたものの、人間霊というものに対して特別の感情を抱いたわけではない。むしろその逆で、これから会うであろう個々人をあくまで抽象化し、一般化し、均一化しようというふうに呟いていた。
「そうなると、まずは私が入る事になりそうですね。まあ、相手がなんだろうが、やる事はいつも通りですよ。……しかしお願いがあります。夫を帯同させてください」
誰かが鋭い口笛を吹いた――たぶん、早鬼だろう。
「たぶんだけど、新婚旅行とはいかないよ」
「藍も言ったでしょ。“外交官は、所帯を持った方が相手方の印象がいい”……それだけのたくらみです」
「護送班を組んでやるよ」
これも早鬼の弁。
「包囲網は瓦解しているとはいえ、今でも嫌がらせ自体は充分に可能だからな」
会議が終わって退席したのち、八千慧の肩を叩く者がある。早鬼だった。
「今度の旅行、気をつけろよ」
「いつでも気をつけてますよ」
うんざりとしたように言って、相手に向き直る。
「……そりゃ、私と彼女らにしたって、ビジネスの関係ですもの。辺境に派遣されたこっちの存在感が大きくなれば、中央の彼女たちがちょっと微妙な気分になっちゃうのも、みんなわかっています。あなたに言われなくても」
「わかってるならいいんだ。わかっているなら……」
「まあ、それでも気にかけてくれるのは嬉しいです。今度の出張はちょいとばかし、そういう微妙なパワーバランスが動きやすい、遠方の立地なのも事実ですからね。いっそ監視目的のお目付け役でもつけてくれた方が、なにかとやりやすいでしょうに――」
と言いながら、めずらしく物憂げな相手の表情を見て、八千慧は首を傾げた。
「なにか……?」
「いや」
早鬼は懸念を振り払うように言った。
「ただの思い過ごしだよ」
彼女の結婚は失敗するかもしれません、と藍が悲しげに言った。
「わかってる」
尤魔も察していた。
「八千慧は賢いからな。しかも人並みに疑り深くて、人並み以上に慎重でもある」
「だから、やがては彼女も真実に気がつく――自分と結婚した夫は、あなたと私とが派遣した内偵員で、彼が八千慧を篭絡して結婚した事すら、彼女を間接的にコントロールしようとする調略の一環でしかない」
「間違った真実だ」
尤魔は額を揉みながら言う。
「私たちはそんな事していない。あいつをコントロールするなら、もっとましで、そこまでいやらしくない方法がいっぱいあるはずよ」
「本当かどうかではなく、そうした考えを植え付けられる事が、一番恐ろしいわ。既に一人、その思いつきに囚われ始めている者がいる」
「早鬼か」
藍は無言の頷き。
「……かといってどうしようもないよ。私たちが変な事を言って、かえって疑惑をもたげさせるのは悪手だし、ただひたすら、夫妻がうまくいってくれる事を願うしかないじゃん……しかし早鬼は厄介だな。あいつらは相性が良い……下手を打ったら辺境に一勢力を築いて、独立されるだろうな」
尤魔の呟きは、憂いを通り越してもはやしみじみした嘆息だった。
「可能性はありますね。少なくとも鼻で笑えるような話ではない」
「せっかくうちらが自分たちでこの土地をまとめようとしたのに、自ずからそれを壊したくはないよ……“中原に鹿を逐う”にならなければいいけれど……」
「尤魔」
「ん、なに?」
「“Ne craignés point, Monsieur, la tortue”」
「え?」
「“びびってんじゃねえよ、大将、たかが亀だろ。”」
藍はニッと笑った。
「……アキレスと亀の問題についてのライプニッツの忠告よ」
「絶対嘘だ」
「たとえ彼女たちと内輪揉めを起こす羽目になって、彼女たちがなんらかの形で先んじようが、結局相手は亀にすぎません。ここに至るまで、一見、彼女たちの方が華々しい事をやってきたように見えますが、あなたにだって積み上げてきたものはある。そういう事です」
藍はそう言いながら、執務室の隅に置いていたやりかけの編み物を手に取って、また椅子に座った。
「……もっとも、多少パターンを考え直さなきゃいけない部分があるとは思いますがね」
そう言って、編みかけのものをぱらぱらほどき始める藍を、尤魔はなにかグロテスクなものを眺める心持ちで見つめていた。
結婚生活の破綻はさほど劇的ではなく、なにより退屈だった。最後の一撃こそ決定的なものはあったが、それまでも、ちょっとした疑惑や、意識のずれがあった結果でもあるだろう。長い時間をかけて当人らに毒が回っていくような感じで、八千慧にとっては、それよりも人間霊の都市に分け入って、外交工作を行う事の方が忙しかった。
この都市はのちに畜生界最大のメトロポリスと化し、彼女たちの主要な餌場であり戦場にもなる宿命を課されている土地だが、当時はまだまだ未発展の部分が少なくなかった。巨大なビルディングと小さな民家が隣り合ったりしてどうにもちぐはぐだし、主要道路の計画は未来の交通事情を考慮して野放図に広かったり、かと思えばそこから一ブロック分け入ってしまえば、極端に狭苦しい路地が網の目のようにあったりした。
「あれは?」
と都市に入って真っ先に興味を持ったのは、湖ほどもある濠の中にある、広大なモニュメントだ。霊長園だと説明された。なにか信仰の場らしく、濠の中から石を組み、土を盛り、葺石する事によって威容を留めている。それだけのものを作るには相当の動員力と施工の管理力が必要だろうし、それによる威信のアピールも目的なのだろう、とも思った。
しかし人間霊は手先こそ器用なものの、力はさほど強くなく、また水中での作業も得意ではない事を知った。
「山椒魚あたりにでも、水中の作業を肩代わりさせているんでしょうかね?」
と推測してもみたが、畜生界の人間霊どもにとってのアンドリアス・ショイフツェリは、山椒魚ではなくカワウソ霊だった。彼らは、この水辺の土地がまださむざむしい漁村にすぎなかった頃からの先住民で、今でも普段は漁業に従事していたが、たまに人間霊に使役されていて、愛玩されて、蔑むまではされていないものの、飼われる者への愛情という名の見下しも受けていた。八千慧はその事を重要なものとして覚えておこうと思った。
人間霊に取り入るのは容易かった。この点では、夫婦としての出向は、目論見通りに仕事がやりやすくなった。八千慧はあっという間に社交界や上流の婦人会コミュニティ内における人気者になり、女の世界を通じてこの都市の内情を把握して、人間関係の急所を掴んでいった――人間関係の急所といえば、家族や恋人、時には愛人といったものだ。こうした搦め手でもって、八千慧は都市を調略し始めていた。
同時に、八千慧は自分自身のアキレス腱となる人物をも自覚し始めた。もちろん自分の夫の事だ。
彼女の最初の(最後かもしれない)夫がどんな人物だったのか、いまいちわからない。後には誰も、あえて語ろうとはしなくなったのだ。少なくとも、八千慧ほどには外交官の才能が無かったように感じられる。
「悪い方じゃありませんよ」と八千慧が早鬼にたびたび擁護する事があったくらいの、本当に、良くも悪くもそれくらいの人物だったと思われる。
早鬼は、もちろんのこと本来の主戦場があるので、この都市にやってくるのはたまに、お忍びでの事だった。
「最近の中央はなんだか雰囲気が良くないわ」
というのが、お決まりの文言だった。
「だからといって――」八千慧は困ったように耳元をいじる。「あんまりここに遊びに来られても困ります」
それに、どう居心地が悪くなっているのか、早鬼に聞いてみてもいまいちはっきりしない。ただ彼女の主観の、身勝手な判断基準による居心地の悪さらしかった。
しかし八千慧は、そうした個人の主観を、客観性と同じくらい重要視している。なにより早鬼は、考えなしだが勘の優れない奴ではなかった。あくまで参考程度にだが、色々と聞き入れておくべきものはあるだろう、と考えている。
「新人事によって、いくつかの軍団が増設される事になった」
「……まあ、私たちの勢力も規模が大きくなりましたからね。その他色々、有象無象の将軍連中が増えて、私らの発言権が多少割り引かれてしまっても、そこはしょうがないんじゃないですかね」
「いや、私たちはそこに含まれてすらいない」
様々な解釈が可能で、そのためにどっちつかず、不可解とすら言える仕打ちだった。
「しかし、彼女たちから立場を奪ったわけではありません」
藍は、歩きながら尤魔に説明した。たまには外に遊ぼうと、二人は野原を散歩している。
「むしろ逆です。彼女たちは昔からの会社時代の共同経営者で、同盟者だったんです。先の戦争でも出先軍の司令官になってもらいましたが、そうした対外作戦でしばしば求められる臨機応変を可能とするために、あなたの同盟者という名目で参戦させた。実際は同盟長としての饕餮尤魔の任命と指導を受けるものの、実は彼女たちだけは、形式上あなたにいっさい隷属していない。……転じて、今回の新人事における軍の編成はすべてあなたに直隷するものです。この事について、いくつかの解釈が可能と思いますが」
「要するに、彼女たちをあらためて別格に位置づけたとも言えるし、私が集権して力を強めようとしているとも見える」
尤魔はひっそりと持っていた懸念を相手にぶつけてみた。
「どうとでも取れる話じゃないか……なあ藍、これって試し行為じゃないか?」
「袂を分かつ事も考えなければいけませんからね。残念ながら、今はその段階です」
「いつの間にそんな話になってんの?」
「あなたが成功したからです」
旧友のいらいらした様子を抑えるように、藍は静かに言った。
「彼女たちが離反しようがしまいが、あなたはあなたにとっての最善手を取らなければいけません。聞きたくない顔をしていてもわかっているでしょうに」
そのまま、じっと相手の出方を待ち続ける藍に、尤魔はおそるおそる尋ねた。
「……私にとっての最善手とは?」
「吉弔八千慧と驪駒早鬼の関係を裂く事でしょうね」
尤魔は藍に掴みかかろうとして、なぜか抱きつくような格好になった。そうして飛び込んでしまった相手の体が、やわらかくあたたかいのに、なんだか戸惑ってしまう。
「……お前が引き起こそうとしてるのは、ただそこらへんにいる意地の悪い女子がやる、陰湿な、イジメか、ケンカだ」尤魔の声には怒気が含められていたが、どこか縋るような嘆きもあった。「それをやってしまったら、お前はもう策士でもなんでもない」
「……私は今までも、あなたが悪口のように言われる事しか、やってきませんでした」藍はそっけなく言い返した。「いいえ、実際のところは逆なのでしょう。この全世界で行われている策謀で、陰険なお子様同士のイジワル以上の事を成し遂げている連中なんて、存在していないのですよ――恐ろしく洗練されたイジワルではありますがね」
藍は尤魔を抱きしめてやって、それからつと離れ、散歩を切り上げて自分たちの本営へと戻っていく。
「ま、あなたの気持ちはなるたけ汲みます。できるだけ破綻しないようには努力するつもりですよ」
「……藍」
尤魔は、一度、ごくりと唾を飲んでから尋ねた。
「お前はなんで私にそこまでしてくれるんだ? 私の同盟者であり、私にまったく隷属していない立場といえば、吉弔と驪駒の他にもう一人いる――お前だ。そもそもお前の立場が、軍師だの相談役だのなんだの、社内での役職が判然とせず、宙ぶらりんだったおかげで、あの時の動員管理官に任命する人事を、会社の共同経営者による同盟という形にせざるを得なかったんだろ。あいつらはそのついでに、お前と同じく別格になっただけだ。あの二人を蹴落とすのなら、私は、お前もまた信じるわけにはいかないんじゃないか?」
振り向いた藍は、一切の悪意を感じさせない微笑みで、その疑問にあっさりと答えた。
「あなたが、そのちっちゃな体の底知れない腹の中に、この世界を清濁併せ呑むつもりがあると考えたからです」
「そのつもりはあるが、私の話は聞いていない。お前の話だ」
風が出てきた。野原の背の高い草の穂が波打つ。
「そこに座れ」
尤魔が指したそことは、下草しか生えていないような地面だ。藍は膝を曲げる。
「もう一度尋ねよう。お前は何者だ? 何者で、私に何をもたらそうとしている?」
「私は九尾の化け狐で、あなたの古い昔なじみの、藍と申します。あなたには、この畜生界を統べてもらいたいと思っております」
まるでプログラミングされたようにそっけない名乗りだった。
「誰の事情でだ?」
「半分はあなた自身のために」
「もう半分は?」
「未だあなたの知らぬ方々でしょう」
この時期の藍――八雲藍は、幻想郷の賢者の命を受けて、本来の素性を偽装しつつ畜生界へ軍事参謀として出向していた事が判明している。
※ ※ ※ ※ ※
「むちゃくちゃだ」
尤魔が嘆息した時には、部屋は破壊しつくされていた。さっきまで興じていたゲームのディスプレイは、八千慧が投げ飛ばされた時に彼女の甲羅がぶつかって大きく破損してしまっていたし、バーカウンターの周囲は砕け散ったガラスと陶器の残酷な野と化している。八千慧と早鬼の二人は、争っていたように見えて、フロア全体を破壊するために暴れていたようにも思える。
クラブのスタッフがただ一人で乱暴を止めにやってきた時まで、尤魔もまた彼女たちを止めようとしていた。しかし、そのスタッフの顔を見た時、尤魔もまたかっとしてそいつを殴り飛ばしていた。相手は藍だった。
「なにもかもむちゃくちゃだ」
※ ※ ※ ※ ※
尤魔の指摘通り、藍が吉弔八千慧と驪駒早鬼に対して行った策謀は、陰険な女子がなんとなく気に食わなくなってきた仲間内で行う、そういう意地悪そのものだった――ただし、陥れられる当人らの性質を見極めているという点では、比べものにならなかったが。
まず、藍は早鬼を冷遇した――冷遇といっても、実務からはほとんど身を引かせて、形式上満足のゆく名誉職を食らわせてやった。
反面、いよいよ尤魔が実権力を強めていく形でもある。早鬼は警戒を強めていき、たびたび八千慧にも警告の便りを送ったが、彼女はその嘆きに取り合わない。
「実際、彼女が上に立って率いてきた同盟ですよ。立場上辱められていないなら、別にいいじゃないですか……」
そうしたどこか冷ややかな反応は、八千慧が未だに遠方の人間霊の都市に根を下ろしている事にも原因があった。当時の彼女は陰から人間霊に対抗する勢力を作ろうとして、カワウソ霊に物質的な援助を行い始めていた。それらの物資や資金は中央からもたらされるものがほとんどだったが、尤魔も藍も一切の出し惜しみをしていなかった。
先に述べた早鬼の警告の便りにしたって、そうした輸送の中で、検閲もなにもなく一緒に送られてきているのだから、おかしな話だった。
「私自身は、まったく仕事を制限されているという感じがしません」と彼女は正直極まりない返信をする。「……まあ、あなたのように精力旺盛な悍馬では、暇をもてあましている事がかえって気苦労なのかもしれませんね。――いっそ、少しの期間でもいいので、こちらに遊びに来てはどうでしょう」
通説としては、吉弔八千慧にも、当時から饕餮尤魔の同盟を離反する野心があったとされている。この遊びの誘いにしたところで、驪駒早鬼に中央からの脱出と合流を促すものだったと囁かれているし、事実そうなった。彼女自身、後にはそれらが全て計画的に運んだ行動だった事を、積極的に宣伝している。
が、冷静に事の運びを読んでみると、明らかにおかしい。計画的な行動にしては、あまりに拙すぎるのだ。
「なにやってるんですかあなた……」
八千慧が呆れたのは、早鬼が、自分に同調する武断派(後には勁牙組の中核となる者ども)を、中央からあらかた引っ提げてきて都市に入ったからだった。
「知らん。遊びに行こうと思ったら、なんだかともがらがいっぱいついてきちゃってね」
実際に早鬼がこの旅程でつき従わせようとしたのは、あくまで少数の与党だった。しかし道中で、予想外にその勢力が膨れ上がってしまったのも本当だった。
「……あなたが入城した事に、人間霊はこれまでにない危機感を覚えていますし、あなたのやり方は私のやり方にも真っ向から反しています。帰ってください」
「帰る場所がない」
「知りませんよ。てめえが蒔いた種でしょうが。野にでも下りやがれ」
あまりに身勝手な相手の言い様に、八千慧も思わず強い言葉を吐き捨ててしまった。早鬼は、それに憤るでもなく、目を細めながら、寂しそうに背を向けて、自分の一党を退かせ始めた。
「どうもあんたの事を見誤っていたみたいだ。……もっと野心を持った方がいいよ八千慧、私が好きだったあんたじゃなくなるだろうけど」
早鬼がそう言った。八千慧は眉をひそめる。
「それってどういう――」
別れ際に、早鬼は最悪の呪詛をぶつけていった。
「気をつけろよ。てめえの宿六、どうもあいつは怪しいぜ」
吉弔八千慧の反逆へのためらいは驪駒早鬼の下野へと繋がった。
のちにこれは機が熟していないと見て取った八千慧の深謀遠慮、早鬼の短慮というふうに印象付けられてしまっているが、どうだろう。本当に深謀遠慮があるならあのような遊びの誘いをしないわけだし、結局彼女たちは袂を分かってしまう――しかもこの後、事態を察知した尤魔らは、野に下った早鬼の追討を八千慧に命じるのだ。
これを受けて、八千慧はかねてから援助していたカワウソ霊を配下に率いて早鬼を追い、河川の入り組んだ水域に誘い込んで、容赦なく叩いた。結果として頼りになる仲間との関係を著しく悪化させてしまったというのに、深謀も遠慮も無いだろう。
同じ時期、八千慧は離婚を経験してもいる。どうも早鬼の別れ際に吐き捨てたせりふが噂として大きく拡がって、彼女の夫の耳に入ったらしい。それが疑惑になり、己の身への危機にも拡大していくだろうと察するくらいの危険察知能力が、その人にもあった。彼は逐電した。本当に中央の内偵員だったという説もあるし、あるいは社交に及ぶ中で起きた不倫が逃亡の直接の原因などとまで言われているが、決定的な証拠はまるでなく、ただの口さがない風説だと判断するしかない。
八千慧の手からはあらゆるものがこぼれていったが、それらの原因の一つは、早鬼を遊びに招いた事だった。こうしたうっかりは、彼女が(早鬼の忠告通り)野心家になった後もしばしばやらかしている事で、他人を操作する事には長けているが、自分の行動がどう世界に波及していくかというところには、常になにか鈍感な一面があった。元来は、意外と自己評価が低く、欲の薄い人物だったのかもしれない。
藍にしても、八千慧のこうしたうっかりに振り回された側だった。身勝手な話だが、彼女としても二人の決定的な決裂を望んではいなかっただろう。ただお互いに微妙な関係、なんともいえない距離感をおぼえて、尤魔の脅威にならなければそれでよかったのが、思わず大事になった。
「策士策に溺れるってやつ?」
「皮肉は甘んじて受けますが、状況が悪化しつつあります……驪駒に決起をそそのかしたのが、八千慧だという噂が広がっていますので。いや、半分は真実でしょう。彼女本人にそのつもりが無くても、彼女以外がそう受け取ってしまったら真実も同然です」
そう言われて、尤魔は疲れたように首を振った。
「でもあいつは早鬼の――驪駒の追討命令に応じた。二心はないはずだよ」
「ですが討ち取るまではできませんでした。八千慧の追討もあくまでポーズにすぎず、手加減をしつつ辺境に追い散らすふりをしながら、私たちの勢力圏外に潜伏させた、とまで言われています」
「みんな人を疑いすぎじゃないかい?」
「一連の事件は、我々の同盟に敵対する勢力も刺激しています」藍は尤魔を完全に無視した。「崩壊しかけていた包囲網も息を吹き返しかけていますし、驪駒を匿ったり、でたらめな風聞をばらまいているのも、おそらくそうした勢力ですね」
藍はそこで一旦言葉を止めて、物思いにふけった。
「連中も私たちの戦い方を真似して、学習しつつあります。おそらくこれからの戦いは、もっと姑息で、いやらしく、吐き気のするものになるでしょう」
「……私はこれから、どうすればいい?」
「なにもしなくていい」
「なにも?」
「あなたが手を下す必要はないという意味で、なにもです。代わりに、情報をよく集めて、どんな時でも状況をよく理解しておく事です。あなたに敵対者がいるなら、あなたの代わりに、敵対者を殴り飛ばしてくれる者を作っておけばいい。それは別に仲間である必要はない――もちろん、そうする事が適切ならば、時には相手を同盟に加えてやったり、喜ばせるための役や格を与えてやってもいいでしょう。臨機応変にやりなさい。この畜生界における大同盟長たる饕餮尤魔の名は、この土地にあってさえ、既にある種の権威となりつつあります。自分自身は戦いに顔を出さず、ただ影のようであっても、大衆はあなたの存在を感じ続けるでしょう。そうした構造がある程度機能し始めた以上、あなたはただ自己の勢力を維持して、そこにあり続けるだけで良い」
「……藍?」
当面の事を尋ねただけのつもりなのに、今後百年千年というような大計を授けられて、尤魔は狼狽した。
「あんたどうしたの?」
その時、鳥の羽音が聞こえて、藍の肩に止まる。鴉だった。本営の周囲にはオオワシ霊が尤魔の親衛隊のようになって巡回しているのに、どこからやってきたのだろう。
「正体を明かしてしまった狐女房は、どう行動すべきかという話ですよ」
そのまま藍は尤魔のもとを去ってしまっている。
妙なうそぶきはあったが、実情はきっと違うのだろう。幻想郷という別世界からの内部干渉が当の尤魔に露見した以上、畜生界で堂々と活動するのは非常に危うい事に決まっているし、それにあちらにはあちらの事情もあるだろう。手を引く時機だと見られたのかもしれない。藍にしたところで一個の駒でしかなかった事だけが確かな事に思えて、尤魔は彼女を恨む気にはなれなかった。
いまや尤魔は孤独になった――いや、彼女だけでなく、彼女たちはそれぞれ孤独だった。
「……吉弔は今のところ置いておいていい。むしろ今となっては重要な同盟相手だからな。驪駒の追討に即座に応えてくれた事に関しても、公式に、大々的に謝意をあらわそう。しかし位を打って釣るほどではないな。この段階で変な餌を与えてしまったら、あいつはこれからどんどんと自分の値打ちを吊り上げるだろうし――反面、驪駒とは全面的に対立する事になるだろうが、あいつはどういう出方をするだろう?」
「いつまでも負けっぱなしで、辺境に逼塞しているのはごめんだわ。うちらの再起はゆっくり着実にではなく、迅速にやるべきよ。包囲網に参加しましょう。あの中原と街道とが、本当は誰の庭だったのか、奴に思い知らせてやる――しかし問題は吉弔ね。ほんと、奴が野心のかけらでも持ってくれたら、こちらとしても助かるんだけど……いや。むしろ、こちらから奴の野心をくすぐってやるべきなのかしら? 私が大嫌いな彼女になるように?」
「……驪駒ときたらこすくなりましたね。以前の恨みは忘れて、自分に協力してくれとは。……いいでしょう。しかしやれる事は消極的な支援にしかなりませんし、こっちも饕餮への表向きの追従もやめるわけにはいかない。おそらく饕餮は再度追討命令を出して、私たちを食わせ合う魂胆です――ではこうしてやりましょう。私と驪駒は、表向き対立します。ですがその裏で、第四の勢力を陰ながら支援して興させて、饕餮を叩かせましょう」
幻想郷のこっちに戻ってからずっと、藍は編み物ばかりしている。しかも編んだものを解きほぐしては、また編み始める。そればかり続けている。
「もしかしてあなた」
と、彼女の主人は尋ねた。
「途中で呼び戻されて、怒っていたり、する?」
いえ、と藍は答えた。
「しょうがないですよ。こちらの事情を優先した方がいい」
「正直その様子を見ていると、悪い事をしたかな、とも思うわ。けっこう派手にやっていたみたいだしね」
今でも、主人は自分とは別の式神を使って、畜生界の情勢を探らせている。しかし藍がやっていたような積極的な介入行動ではなく、あくまで眺めるだけだ。
饕餮包囲網に加わった早鬼の反攻は、いまいち煮え切らない小競り合いの末、尤魔に退けられた。早鬼が拙速でも決戦を求めたのに対して、別勢力を支援してかねてからあった包囲網を有機的に機能させるという八千慧の戦略は、やや気が長すぎ、彼女たちは決定的に歩みが合わなかった。
敗走した早鬼は八千慧のもとに奔ったが、そこでなにか諍いがあったらしい――諍いのもとが、ごくごく個人的な事だったのか、それとも今回の戦役における作戦についてだったのか、それはわからない。ともかくも、ここに至って、二人の良好な関係は完全に崩壊した。
尤魔にしたところで、己の地盤を維持しきれたとはいえない。以前の同盟はどのような状況でも指揮系統の混乱だけは起こらなかったが、それは藍の類まれな軍政能力に依るところが大きかった。その後の同盟は尤魔への集権が上手くゆかず、勢力内でも暴走や越権行為が頻繁に起きた。
やがて、八千慧が撒いた種が、なにもかも手遅れになった後に辺境で芽生え始める。第四勢力に所属している藍も知らないような連中や、また取るに足らなかったような尤魔の配下さえも、伸張して独立した。
人間なら数代かけて起こさなければいけない事だって、彼女たちならたったの一代で成し遂げる事ができる。彼女たちはたった一代で、まるで帝国のような栄枯盛衰を成し遂げて、やがてはこの世界で争い合う一軍閥にすぎなくなりつつあった。
しかし藍は、もはやそんな事は知ったこっちゃなかった。彼女はあの世界から少しの間でも離れたかったし、今でもあの日々を思い出すたび熱っぽくなる。彼女自身は、その熱を、単に情報処理に酷使された頭脳の放熱だと考えている。
「あそこは畜生の野ですよ」
※ ※ ※ ※ ※
二日酔いと格闘の傷で痛む全身を引きずって、四人はエレヴェーターの箱の中に、倒れ込み重なり合うように入った。直通の専用エレヴェーターなので、そのまま階下のラウンジへと直行。
「……それで」
あえぎあえぎ誰かが言った。たぶん八千慧だ。早鬼にしなだれかかりながら、寄りかかっていると胃がせり上がってくるようで「あんたが隣にいる事が耐えられない」という顔だ。
「藍はどういうつもりだったんです? こんなところに私たちを呼んで、思わせぶりな遊びをして――物笑いの種にでもするつもりだったんですか?」
「だとしたら、私たちを止めにきた意味がわかんないぜ」早鬼はぜいぜい息をしながら鼻をかみ、指先にべっとり鼻血がついているのを物珍しそうに眺めながら、八千慧の唇に運んでやる。八千慧は吐き捨てた。「……どうせ笑い者にするなら最後までやれ」
「私も気になってるよ」と尤魔は言った。「どういうつもりだったのよ……」
藍は不機嫌そうに、ちっと舌打ちをして言った。
「……私はあなたたちと仲直りしたかっただけよ――ほら、そういう顔をする。どうせなにか魂胆があるのだろう、今度はどういうつもりだ、また私たちを巻き込むのですか……そういう顔、畜生の顔よ。でも全部違う。私はただ、個人としてのあなたたちと仲直りしたかった。もちろん、今となっては取り返しがつかない事も多い。それぞれ抱えている組織が大きすぎて、もはや私たちは心許せる仲間ではない。それはそれでいいのよ。次に会ったときは、それぞれの組織や所属に従って争ったり利用しあったり、好きにすればいい。でも今は一個人として付き合って欲しかった。ぶん殴られたのだって、殴られるだけの事をして、それで一個人として私を張り倒したのなら、しょうがないわ。それだって付き合いの一つでしょ。それだけの事を私はした」
エレベーターはラウンジに辿り着いた。扉が開くと、三組織の部下がフロアで待ち受けていたが、彼女たちはそれを気にも留めず、よろよろ外へと歩み始めていた。クラブの従業員もさすがにざわめくが、藍が合図のように一本指を立てると、それだけで静かになる。畜生組織の構成員も、それぞれの長が手を出すなとふらふらした手振りで合図をするので、誰も手出しできない。
彼女たち以外の世界が止まる。
四人は、四人の体で押すようにビルディングの外に出る。朝のメトロポリスの目抜き通りを、体を預け合いながらよろよろ歩み去っていく四人。
罠ではないと思う。招待状が彼女の手元にやってきたのは一週間も前。そのため、この畜生界の摩天楼にひっそりと存在していた会員制クラブの素性に探りをかけるには、数日の猶予があった。
招待主の素性も簡単に割れた。向こう側もこちらが調査するのは予想の範囲内だったろう。
ようするに、八千慧の立場にしては安心して出会える相手だという、それだけの見当はついていた。
目的階に辿り着き、扉が開く。
「……サービスなんかいいから、うちを呼んだ目的を教えな。知らないなら、酒だけ置いて、失せろ」
自分を出迎えた給仕たちに少し威圧的に言ってみても、彼らは物腰柔らかく、戸惑いもせず、薄気味悪いくらいの微笑みで受け流して、フロアから消えてくれた。下の階のラウンジでも似たような調子だったのを思い出して、この社交クラブの雇い主は、なにかの術法で従業員の感情を切断して、業務内容と行動規則をプログラミングしているのだろうという、さっきまで少々怪しかった推理に対する確信を深めていく。
バーカウンターがあった。その天板に尻をつけて、調理スペースの内側へと乗り越えると、ラリック風のガラスタンブラーを手に取り、アイスペールから素手でロックアイスを掴み出して、がらりと入れた。それから目についた一番お高そうな酒瓶(おそらく数十年もののコニャック)をもう一方の手にぶら下げて、フロアの奥へ我が物顔に入り込んでいく。
カウンターの内部をざっと見渡した時、いくつかのグラスやバースプーン、カクテルメジャーなどは洗浄されたばかりだった事について考える。誰か先客があるのは明らかだったし、なにより、人を下がらせたはずなのに、ずっと奥の方で物音が聞こえる。
改めてフロアの外装をざっと眺めた。総じて上品な調度で、統一的。シンプルだがそもそもの素材がいい。これだけでも畜生界文化圏らしくないが、フロアの奥から聞こえてきたのは、そんな高級な雰囲気に似つかわしくない物音だったのだ。
「――お、八千慧じゃん」
フロアの一番奥には、大型モニタ付きの小ざっぱりしているが格調高いリクライニングスペースがあった。そこにいたのは、ゲーム機のコントローラーを手にしている驪駒早鬼と饕餮尤魔だ。八千慧自身、なんとなく、これは会っちゃうだろうなぁと思っていた顔を見てしまって、ため息をついた。
そのままコントローラーをよこされて、四人操作のパーティーゲームを三人でプレイしていると、なぜかCOMにしてやられる事ばかりだった。ゲームには、四人での対戦を前提とした複数のゲームが収録されていて、一対一対一対一、二対二、三対一といった形式に大別できる。
「……このCOM、どっかで遠隔操作されてるんじゃないの」
「ありうる」
「やりかねない」
ゲームの自動操作が、なぜかやたらと強かったのだ。一対一対一対一の場合は小さく目立たないように利を得て、二対二ではその都度組んだバディが動きやすいように立ち回り、三対一の時はさらりと己の一人勝ちをかすめ取っていく。
三人はなにか思い出すものがあった。
「いつになったら来るのよあいつは」
「こっちは無理くり予定を空けたっていうのに」
「会いたくない連中に会うというリスクまで呑みこんでね」
三者三様、ぶつくさ文句を言うものの、かといって帰る気にはなれない。
招待状の送り主の人読みは完璧だった。八千慧なんかは頼まれなくてもその素性を調査してくれるだろうと読み、早鬼はそんなこと調べもせずクラブに乗り組んでくる。尤魔に対してはどうかというと、招待主がきちんと名乗りさえすれば来てくれるだろう。
「あいつらしい事よ」
誰かがしみじみと言いながら、それでも一度コントローラーを放り投げる。上質でクッションのきいたソファが、それを弾力豊かに受け止めた。
「……ちょっと酒取ってくるわ」
「そうですね。ついでに何か簡単なものを作りましょう」
※ ※ ※ ※ ※
三人が共有できる最初の記憶は、彼女たちが都市を得るより以前、畜生界の荒れ野を放浪していた頃まで遡る。そこは必ずしも故郷ではないが、精神的な故郷のようなものだ――移動する、ノマド的なものであったとしても。
平原の放浪は孤独ではなかった。常に寄り集まるものがあって、隊を成していた。他世界の方々は、この畜生界を弱肉強食の理で動く暴力組織が支配している野だと偏見を持っているが、別にそんな事はない。この地は、むしろ互助と信頼によって成り立っている世界だった。真に弱肉強食ならば誰も組織など作ろうとはしない。組織とはどんなにその実態が暴力的なものであろうと、いつだって連帯と共同体を作る必要に迫られた、弱い者たちのためのものだ。そうでなければ、強い者が強い者であり続けるだけで、なんの変化もない野だっただろう。
当時の吉弔八千慧は、小さな商会の帳簿係をしていた。彼女のそれ以上の前歴は、彼女にしかわからない。この商会の素性は至極真っ当なもので、吉弔八千慧もその社員名簿の末端に、雇われ帳簿係としてひっそり名前を連ねていた。
商会の売り物はその時々によって様々だったが、この時は馬と驢馬だった。辺境で武装勢力同士の小競り合いがあったからだ。どちら側に与するというわけでもないが、商人にとっては仕事の機会だった。こうした場合は手早く商品を動かして素早く売り抜くのが鉄則で、やや拙速のきらいはあるものの、商会はさっさと必要な商品の買いつけを手配して、隊商を進発させた。
旅の中継地点――辺境にある馬飼いの民から、手配していた商品の馬と驢馬を受け取ったところで、一行もようやく乱の詳細に興味を持つ気になった。
もっとも、戦の事情を知ったところで、あまり興味を惹かれるものではない。いつもの、小軍閥同士の、せこい利権争い。もうちょっと建設的な事で争って欲しいものよと思いながら、それが商売の種になっている自分たちもいる。まあ世の中そんなものでしょうという、ちょっとこまっしゃくれた感想もあった。
ただひとつだけ関心を持ったのは、勢力の一方が饕餮を擁立していた事だった。
「……饕餮といえば神話以来の由緒がある霊獣の種族ですが、そりゃ本物なんでしょうかね」
嘘か真かなぞどうでもよかったが、商品を売りつける相手を選べるのなら、個人的にはこちらだなという気持ちもあった。吉弔八千慧には、そうした微妙に権威主義的な一面もあった。
いずれにせよ、当時の八千慧には、誰に商品を売りつけるかといった事を決定する権利はない。商売の動向は常に天地人からなる諸作用に左右されていて、しかも彼女は、一応の管理職といえども若輩の帳簿係。この場合、天地人の人にあたる要素にすらなれていない。
八千慧らの隊商は売り買いの目的地に向けて発したが、それから半月ほど経って雲行きが怪しくなりだした。交易路を行き交う隊商は他にもあり、往路と復路とですれ違ったりもしていたが、復路の隊商は、明らかにいずれかの軍閥に売りつけるはずであった商品を抱えたまま引き返していたからだ。
抗争の趨勢は早々に決まってしまったらしい――商売をしくじったのはそれはそれとしても、さっさと引き返すべき局面のように八千慧は見ていた。引き返してくる商人の中には、お荷物になる商品さえ置き去りにしながら退散していた者もいたからだ。
八千慧の隊商も自分たちの進退について、一旦本社に問い合わせるべきか現場判断を下すか、半日ほど戸惑った末に交易路を引き返し始めたが、売り物の馬と驢馬は大事に抱えたまま、手放そうとはしなかった。そうした対応のぬるさを当時の八千慧はうらみもしたが、実際のところは、何を言っても後出しの話でしかなく、突き詰めてしまえば単に間が悪かったにすぎない。
寄らば大樹の陰とばかりに、同様の境遇にあって転遷する大きな一団に寄り添う形で、隊商は逃走を開始した。この一団は八千慧らと同じく中小の隊商がなんとなく集合したもので、多くが商品を売り抜けないまま抱え込み、益無いままに来た道をのろのろ戻る羽目になったものたちだ。
一団の性格は非常に動物的だった――というより、動物の群れそのものだった。大集団を作る事によって、追いすがってくる群狼を牽制し、防衛機能は体力のない者を見捨てて時間稼ぎを作る事だった。また、こうした危機にあってさえどこかのんびりと、ペースを保って移動し続けていたのも、あるいは野の動物のようだったかもしれない。
こうした状況で、危機感とストレスを押し隠して平静を装うのにも、二、三日すれば慣れた。毎朝コップ一杯の水で洗顔歯磨きその他一切の用を済ませながら、
「おや、おはようございます」
「あら、そちらもおはやいですなあ」
「寝て起きて、あとはひたすら体を動かすだけですからね。毎晩ぐっすり寝てしゃっきり起きられますわ」
「おほほほほほ」
といった感じの、当たり障りのないやりとりをする余裕というか、少なくとも余裕ありげに装う感じの朝が何日か続いた後で、八千慧はこのよく出会う化け狐相手に、もうちょっと踏み込んだ話題を振ってみた。
「ところで、あんたも行商なんだろ。なに売ってるんだ?」
「主にこういうもの」
相手が服の袖口から一本なにか抜きだしたのは、針だった。
「かさばらないからね。かさばらないものばかり売ってる」
「とても賢い」
「褒めてくれて嬉しいわ」
「現状が現状なんでね」
弱気な事をぼやいてしまった。大荷物を抱えて右往左往している自分たちの現状を考えると、更に考えさせられるものがあったからだ。そうして沈み込むように考え込んでいる八千慧の顔を伺いながら、相手はぽつりと口を開いた。
「……そして賢いから知恵も売っている」
八千慧ははっとして、化け狐のつんと立った耳から、豊かに分かれた九本の尻尾の毛先までの道士服姿を、ずらりと眺めながら考えた。
「あんた、軍師かなんかのつもり?」
「ま、古い友人がなにかやらかすつもりだったみたいだからね。私が到着するまで、もう少しは保ってくれると思ったんだけど――しかし当てが外れた」
「友人っていうのは饕餮の方かい……九尾さん」
相手は無言だが、否定はしない。
「……まあ、なんでもいいけれど。心の中では、彼女らを少しは応援してたんですけどねぇ」
「ふうん?」
八千慧がちょっと本心をほのめかしてみると、相手は耳をぴくんと動かした。
「だってさ、饕餮といえば私だって知っている。神話以来の、由緒も血統も種族的優位も有している霊獣でしょ。そういうの、私はいいと思ったんだ。だってこの土地ときたら、そういうものがてんででたらめ、その時に強い者が、少なくともその時だけはきっと強いみたいな調子で、権威とかご威光とか、あったもんじゃない。強い奴だって、今はそれでいいのかもしれないけれど、強くなくなった後のことを考えているのかねえ、とも思うのよ」
「……なるほど。畜生界の群れのボスは、ボスという立場に権威付けを行わないのね」
「私たち商売人としては、そういう権威がひっついてくれた方がやりやすいんだけど……。だから饕餮も、思い通りにゆかなかったんだろうね。畜生界にふさわしからぬ尊い御方が(と、皮肉っぽく言ってやった)、その辺境の勢力同士の小競り合いをするまでに落ち込んで、案の定負けてしまって、あんたも今の境遇よ……気をつけな九尾さん。この畜生界は、かつてのあんたらが持っていた由緒・血統・種族的優位にどんなものがあろうが、今、強くなければ、ちっとも通用しやしないんだ。……あんたもけっこうな大妖怪なんだろうが、そんなご立派な尻尾、見せびらかしている方が危ういんだぜ」
相手によってはその場でぶん殴られていそうな挑発を、八千慧は一気に言い放った。ぶん殴られる気はなかった。元々、己の弁舌というか、相手に有無を言わせずまくしたてる才能には自覚的だったので、その気になると相手を選ばずにずけずけ言う一面もある彼女だった――この才とて、気まずい別れ話とか、言い寄ってくるオスを袖にする時くらいしか効果を発揮したためしが無かったが。
九尾は目を丸くして、その弁を聞いていた。
「……なかなか良い声を持っていますね」
「よく褒められるわ」
「ついでにもっと褒めてやりましょう――あなたの商会は良い馬を運んでいる」
「ふふん、はっきり言って小さくてせこい商売しかできない会社だし、ついでにお賃金もせこいけれど、上得意の仕入先だけは作ってるのよ」
「よろしい。それは我が軍が接収するわ」
その九尾の言のまま、隊商に装いを合わせて紛れ込んでいた饕餮の軍団は、ひるがえるようにその本性をあらわした。
「しかし、商品を略奪するのだけはやめておきましょう」
化け狐が幕舎の中でそのように進言した相手は、饕餮尤魔だった――先ごろの軍事衝突の一方の当事者であるが、一敗地にまみれて隊商に装って遁走しかけていたところを、この旧友の知恵によって少しだけ息を吹き返しかけて、今回の乱の渦中にある、その人。
「混乱は最小限でおさめたのね」
「あなたの配下にはきつく言い含めておきましたからね……略奪にせよ暴力にせよ、商人たちには一切危害を加えさせていません。おかげで、各々の隊商がお抱えしていた傭兵や用心棒なんかも、こっちに手を出せなかった――商品や社員に手をかけられた時の抵抗でしか、彼らへの報酬は約束されていない。そういった契約内容がこの土地の慣例のようですね」
「そういうところの読みは絶対外さないのな、お前」
「だいいち、こちらとしても別に相手を取って食うつもりはない。彼らだって余計なお荷物を抱えて、失敗した商売をどう補填すべきかという損得勘定に悩まされているだけです。あなたが許すのなら、私たちは損害を補償する準備があるという姿勢を取ってもいい」
「もう、今から多少なりとも良い方に転がるのなら、よきにはからってちょうだい……」
「事務方はまかせてちょうだいよ。それで肝心の戦争は……はっきり言って時の運だけど、できる限りの手伝いはしてあげるわ」
「自信なくなったわこっちは……」
尤魔がそう言って、先の敗走の痛手を噛みしめているのを見て、九尾はニヤッと笑った。自信はなくなっても、まだ心は折れていないようだ。
「……まあ、ちょーっと私もあてが外れたのは確かね。来て早々のお仕事がこれとは」
「悪かったね戦下手で」
「それ以前の問題だったのよ。この土地は権威を恐れていないから」
あの、何の妖怪だったのかもわからないような、貧相な帳簿係から聞いた言葉を彼女は思い出す。
「この土地では、あんたがどえらい種族だったろうと関係ない。今現在強い者こそが強くて、昔強かった者は今強くなければ意味が無く、顧みられすらしない……どうもそんな感じらしい」
「ここは畜生の野だ」
尤魔が吐き捨てるように呟くのを背に、化け狐は幕舎を出た。隊商は反抗の兆しを見せていないが、補償関係は今すぐにでも約束しなければならない。
八千慧に連絡係をしてもらおう、とも思った。もののはずみで腹の内を明かしてしまった後、彼女はこちらに拘束されていたのだ。――といっても、別に牢などにぶち込んで監禁したわけではなく、朝っぱらから陣中に連れ込んで、酒を食らわせてやるという形で。
「あなたたちのお仲間には不安な目に遭わせてごめんなさいね」
「私は別に、なんにもやな思いしてないからねぇ」
八千慧はしたたかに酔っぱらいながら、げらげら笑って言った。
「で……私に相談というのは?」
「商人の方々にも迷惑をかけていますが、こちらとしても、あなたがたの資産を奪い取ったりで不興を買うつもりはない。それだけは明言させてもらいます。恨みは買いたくないし、買い物はあくまで物の売り買いだけでありたい。――そうした交渉を行う準備が、我々にはあります」
「私みたいな下っ端に、そんな大層な交渉をやらせるもんじゃないよ」
八千慧の抗議はひとまず無視して、化け狐は話を続けた。
「……ひとまず、急ごしらえで戦時債券を発行するので、それによって商品を買い取ったという形式にしようと考えています」
「ただの方便でしょ。なんの実効力もない御幣と交換してくれって話じゃない」
「……その通りね」
「話になんない」
「なので、こちらとしてももう一つの方法を勧めたい。我々は君らから投資をつのる」
八千慧は眉をひそめたが、相手の弁はまだ続いた。
「この場合、君たちは私たちに投資するという形で商品を譲る。当然、こっちのやる事が上手くいけば、今後見返りがある……投資する気がなくても、それはそれでいい。そのまま荷物を抱えて帰ってもらって、別に構わないさ――相手方に物資を売りつけないといった類の念書は書かせるかもしれないがね。とはいえ債券が紙くず同然なら、そんな証文だって紙くずさ。状況に迫られれば破られるものでしかないだろう……やっている事自体は、さっきの提案と結局ほとんど変わらない」
「ふん。だが、あんたらに投資という形で商品を譲って、それで債権を得れば、勝った時に利益を掴むかもしれない。負けたところで、奪われて元々だった商品を失うだけで済む」
八千慧は酒臭い息を吐いた。
「大層な提案だけど、乗ると思ってんの? そんな話」
「わからん。しかし君は乗ってくれると思った」
「なんでー?」
「ものの損得がよく見えているからさ。どのみち、このまま品物を抱えてあっちをふらつき、こっちをふらつきしているだけでは、破滅だ。それがわかっている。だったら、たとえどれほど薄い勝ち筋であっても投資してくれるだろう」
八千慧は、すぐには答えなかった。相手の言った事を咀嚼して、呑みこんで、ようやっと何かを考えられる態勢に脳が至って、なにか言いかけたところで、とんだ闖入者が陣中に乱暴に入ってきた。
「やあ、あんたら。戦争するんなら手が要るだろ? 貸してやるよ、手を」
そう言った女は、どこかの商社が雇用していた傭兵で、名前を驪駒早鬼と名乗った。
元々、早鬼が隊商の用心棒をしていたのも、なにやら面白げな戦争に参加するついでだったという。
「商人連中には、報酬をもらった後は軽い身でかっとんで帰ればいいだけだし、往路の護衛だけで構わないって奴もいるからな」
「そうか……うちの会社だと絶対にありえない話ですね。亀みたいな会社なんで」
「ま、そういうもんよ。ヨソはヨソ、ウチはウチ。業界人が本当に業界を知り尽くしているかというと、それはそれで微妙な話」
「……世の中、いろんな目論見を持った奴が出てくるって事ですかねえ」
早鬼の話を歩いて聞きながら、八千慧は鼻の頭をぽりぽり掻いた。
「私はただの帳簿係だっていうのに、なぜかご大層な話を持ち帰る羽目になってる」
「あんた、あの軍師様に目をかけられてるみたいね」
「そうでしょうか。体よく利用されてるだけですよ」
「利用価値があるって事だ」
八千慧はひとまず解放されて、自分の所属している隊商に、饕餮の軍閥に対する投資話をもちかけようとしている。その横に早鬼を立たせているのは、多少の武力的威圧もあっただっただろう。
「……まあ要するに、どうせ商品を抱えこんだままにっちもさっちもゆかないのなら、彼らに投資しろ、という持ちかけですね」
だが、八千慧は上長らにそう説明しながらも、自分たちの商社の体質を知っている。本社に使者を送ってお伺いを立てるか、それとも現場判断で一切を博打に擲つかという二択を選ぶところから話が始まって、だらだらと進んだり、止まったり。決断を下す頃には売り時を逃している。だからこんなちっちゃな会社のままなのよね。
……と、なかば諦め気分で自社に話を持ち掛けたのだが、意外にも回答は即決即断だった。
そんなこんなで商社から軍閥へと、投資という形で譲られた馬の尻を、早鬼は我が物のように撫でたり、頬ずりしたり。
「こいつは良い馬だぜ」
八千慧はなんだかちょっと気まずいものを見せられているような思いがしたが、考えはそれどころではなかった。
「……正直ちょっと予想外でしたね」
「あんたが自分らを頭ばっかりでかいのろまな亀だと思っていようが、彼らは売る時は売るんだよ。子供でもわかる理屈」
「なんじゃそりゃ」
八千慧は笑ってしまった。
「……私はとりあえず、自分ところの本社に戻ります」
あの化け狐からも、なぜか饕餮の軍に参加してみないかという勧誘があった――事務方の手が足りないのだろう――が、それは丁重に断っておいた。
「おのれの会社だけでなく方々に投資を勧めた者として、あなたがたの負った債務を見届けなければいけませんしね」
「私はそういう、誰かと結んだ契約とか、義務みたいなの、てんで無理だわ」
そう言って隣で大きく伸びをする女を、気安い存在と思ってしまっている、八千慧はそれを少し不思議に思った。こいつとはまだ数刻も共に仕事をしていないくらいの間柄だし、翌日の朝にはもう別れている……いや、あの九尾の化け狐との関係すら、大きな動きがあったのは今朝の事で、そこからまだ半日も経っていない。
早鬼は話を続けている。
「少なくとも今度の傭兵稼業で、そういうの向いてないなと思い知ったわけ……あんた、欲が薄いんだな」
と、彼女は珍しそうな表情で、横を歩く八千慧の顔を眺めた。
「……そんな事ありませんよ。私にも欲はあります」
「ふうん。どんな?」
「おちんぎん上げて欲しい」
うふふ、と早鬼は笑った。
※ ※ ※ ※ ※
八千慧がバーカウンターのキッチン設備を使って作ったおつまみは、堅く目の詰まったパンを薄切りにして、動物の脂を塗りたくり、ウズラの卵や、スライスしたエシャロット、ツナのフィリングといったものにケーパーソースを添えてカナッペに仕立てたものだった。
「……ウズラの卵は、少々茹で加減が固すぎたかもしれませんね」
「食えるならなんでもいいよ」
「そう言ってくれるのは半分嬉しいんですが、もう半分のところがなんだか微妙な気分なんですよねぇ……」
思い出にふけっていたせいもあって、そういう事をぼやいてしまう。早鬼がその感慨に敏感に気がついて、寄り添ってくる。
「……そういや昔、飲食で仕事してた事もあったんだね、あんた」
「もともと勤めていた商社が潰れちゃいましたからね」
※ ※ ※ ※ ※
吉弔八千慧の所属する商社が倒産した理由に、饕餮の軍閥相手の負債があったのかというと、有るとも無いとも言える。こうした事は積み重ねの結果だ。
彼女はたちまち路頭に迷ってしまった――迷ったのだが、数秒後には街中で目についた求人に飛びついていて、それが酒場の皿洗いの仕事で、更に数分後には再就職を果たしていた。それから数日の試用期間を経た頃には、既に皿洗いの立場は過去のものとなり、調理、給仕、接客まで一通りの事をおぼえていて、バーテンダーとして店先に立っていた。
「ほんとのところ、求人の貼り紙は酒場の皿洗いなんかじゃなくて用心棒の募集で、それを受けたつもりだったんですけどね。雇用側でなにかの手違いがあったんでしょう」とは後の本人のうそぶきだが、真偽は不明である。
八千慧がこのようにして身を置き続けている街は、都市と言うにはまだ発展途上の土地だった。駅を降りた目の前には立派な市庁舎が建っているが、その裏手に回ってみるとすぐに茫漠とした平原が広がっているといった調子だ。たとえ間口は豪華であっても、そこを通ってみると拍子抜けさせられる。街の区画割りはさほど稠密ではなく、郊外との境界も曖昧だ。
だから、八千慧がこの酒場のバーカウンターに立ち始めて数ヵ月が経った頃、砂塵の舞い上がる薄暗い昼時に、饕餮の軍閥の分遣隊が自分たちの街にやってきた時もその兆しすら知らず、驪駒早鬼が自分の子飼いの一党らと店に入ってくるに及んで、ようやくその事実を知ったくらいだった。
「生の酒で、こいつらの人数分」
最初、早鬼も八千慧に気がつかなかった――いや、多少はこのバーテンダーの素性を怪しんではいた。畜生界に住む者も色々だが、こんなにも正体が曖昧なのに、やたらと目立つ角やら甲羅やら尻尾を持っている種族は、さすがに少数派だ。だからこそ、他にも幾人かバーテンダーがいる中から、八千慧その人の前のカウンターに着き、話しかけもしたのだ。
「……この街には、そこの、はす向かいの番地に商社があったと思う。交易の仲介業者」
「潰れましたよ。何か月か前に」
「そうか。近頃はどこもそんな感じだな」
「経営体力ってものが続かなかったんですよ。よくある事です」
「ふうん。彼ら自身の体力が続かなかったのが悪いとはいえ、ちょっと考えてしまうところはあるな……彼らの損失を、多少は埋め合わせできるはずだったのに」
「……それじゃあ、私のおちんぎん上げてください」
八千慧は冗談めかして言ってやり、相手がそこでようやく得心いって、なぜかカウンター越しに抱きつかんばかりの感激で再会を祝した事に、不思議な感じがした。
「まさかと思っていたけど、再就職の口があまりに近すぎないかい……」
「自分で言うのもなんですけど、わりあい安易な性格でね……」
さすがに少し照れくさくなって、八千慧は身を縮めた。
それからまた数週間ほど後、今度はあの化け狐が酒場にやってきた。
「あれから小競り合いをしていた地域の権益は取り返す事ができたわ。だからあなたたちの投資に報いる事もできるはずだった」
「会社は潰れたよ。私もこんな調子」
「まあ、そうだとは聞いているわ……近頃はどこもそう。世界の端っこで起きたつまらない諍い一つ、それに関わった商売のたかが一つの踏み外しで、そのまま潰れるまで追い込まれる者が多いみたい」
「シビアな世界なのよ、昔からそう」
「そう。シビアな世界。だからこそ困るの……出資者に還元すべきだった利益が宙ぶらりんになるっていうのは」
相手のほのめかしに対しては無言で、八千慧は強い酒をショットグラスに注いでバーカウンターに叩きつけた。
「……私に持ちかけ話をするなら、とりあえず酔っぱらいな」
「本来他人に配当されるべきだった利益が、自分の手元に残ったままという状況は……」九尾の化け狐は、八千慧を無視して言った。「あまりよくない。なぜならこれは死者の靴。道義的には使う事もできず、奪われるか悪用される可能性だけがある。まあ別に使っちゃえばいいんですけど、名分がない」
「……で、どうするんです?」
「私たちもあれから多少の成功はおさめたが、既に軍事集団としての行き詰まりを感じている。……というよりは、地方の小軍閥としての限界だな。なので、もっと多角的な経営によって勢力を伸張したい」
「なるほど。元手は既にありますからね……それは本来他人の金、倒産してしまった商社が受け取るべき利益だったけれど、おあつらえ向きにそこの元社員が目の前にいる、ってところですかね?」
「君を誘う理由は他にも色々あるんだけど、君自身はそういうビジネスの関係と割り切るのがお気に入りみたいね」
「正直さ」と八千慧はこぼした。「あなたはそう言うけれど、大きく堂々とやれる事業だろうと、やってみて上手く回せるものか、わからないじゃないですか。私自身、こうしてちっちゃな宿場町でバーテンダーをやってるのも、天職だと感じてるんですよね。幸い、人の顔や名前や酒とカクテルの好みをおぼえるくらいの事は得意ですしね。今まで出会った客は全員覚えてる」
「それでわかった。あなたにはもっと別の天職がある」
この街にはもう何日か泊まりますと言って、化け狐は手近なところにあった紙ナプキンに宿の所在を書きつけ、自分の名刺と一緒に八千慧に差し出した。
そういえば、この九尾の化け狐の名前を、八千慧は初めて知る。女は藍と名乗った。
饕餮尤魔は、その藍の帰りを待ちつつ、己の軍閥の根拠地で新人事に着手していた。
外への出立の前に、藍はこう言っていた。
「ひとまず、この畜生界の片端を獲る事で、あなたはある程度の存在感を示せました。今後は戦争だけではなく、もっと様々な経営に迫られる事でしょう。組織の根本的な改編を行った方がよろしいかと思いますわ」
また、こうも言った。
「この際、人事権の根拠を、饕餮というあなたの由緒に求めるのもありです。ウチがこの世界で一番強いからウチがなんでも決める、というのも単純で悪かないですけどね」
「私はこの世界の一番ではないからな」
という饕餮の自認は謙遜でもなんでもなく、正直極まりない告白だった。
「確かに多少は腕におぼえがある。でも一番ではない」
「個人的な武勇も、実のところあまりお呼びではありませんでしたからね」
「兵を率いるといった軍事は、驪駒が上手くやってくれてる。あいつは士気を煽るのが上手いというか、戦上手だ」
「ですが、彼女は勢力内に子飼いの派閥を作りつつある。今のところ本人に野心は無さそうですが、そこのところがどうだろうと、転ぶ時は転びます。こういう人事にかこつけて一新してしまうのが手でしょう」
「そういう文官仕事だって、私よりかは藍の方が得意だろう」
「饕餮」
と、普段もの柔らかな藍も、さすがに咎めるように言った。
「文武にかかわる人々の行政能力に引け目を感じるのはいいですが、人事権と任命権だけはあなたが決して手放してはいけないものです。そいつは手放したら暴れ龍のようにのたうち回る。あなたは器であるべきです。大喰らいなあなたの腹の中で、魚を自由に泳がせてやればいい。そこであなたが遠慮して魚の自由にさせてみたところで、誰も幸せにはならないでしょ」
「幸せにはならない、なんて言うけれどねえ……」
と、自分の勢力圏にかかわる執務を執り行いながら、尤魔は思うのだ。
「そんじゃあ、あんたが自ら出向いてまで迎え入れようとしている魚は、私の幸せになる存在なのかい……」
やがて、藍が八千慧を伴って戻ってきて、饕餮の軍閥に参加させた……というのは実質の事であって、形式上は軍閥組織の解体と、法人化による改組を間に挟んで行われた。彼らは単なる武装勢力ではなく、民間軍事会社として再出発した。これこそ後の鬼傑組・勁牙組・剛欲同盟という、畜生界を席巻する三勢力の共通した母体であり、また、この弱肉強食の無秩序でばらばらだった世界に、たとえ極めて暴力的であったにせよある種の共同体意識をもたらしたひとびとの、最初の姿でもあった。
が、それは後々の話。当時の八千慧に、この組織を三つに割るような野心があったかどうかは怪しい。それ以上に忙しくもあった。
「様々な種類の事業に手を広げる可能性があってもいいですが、当面の主要業務は、この地域の交易路における輸送・旅客・警備といったものにしましょう」
と藍が重役会議の席で、当面の計画を述べた。
「就業規則も既に作成しています。まずは三規(原理原則的な規則三条)・三要(旅先でやっておくべき事の心構え三条)・三不(旅先でやってはならない事の心構え三条)について――」
「おぼえたよ」
こうした説明をいつも面倒くさがる早鬼が、配布された資料の束を静かに置きながら言った。それから、ずらずらと何十条にもわたる規則を、一言一句違えずに諳んじてのける。
「部下にも暗唱できるようにさせておく。それでいいだろ?」
「……他の方々も、ちゃあんと目を通しておいてくださいね?」
それでこの話は終わった。次に藍は地図を広げる。かなり精密な鳥瞰地図であり、この地域の地勢や都市の位置、また場合によっては幾通りに分岐して必ずしも一本道ではない路線も、手に取るように把握できるものだった。
「よくできてるね、これ」
「オオワシ霊がいい仕事してくれたんだな」
これは尤魔が言った。
「とりあえず今すぐ始めるべきは、交易路の実質的な掌握です。簡単に言えば、これら街道の主要な街に支社と屯所を置き、強固なネットワークを構築し、会社と契約している荷物や旅客に危険が迫れば、即座に対応できる体制を作る」
「……さらりと凄い事言ってますが、大変ですよ? そうした街にも、当然その土地の顔役ってものがいます。彼らの顔を潰さない事も大事ですからね」
ぼそりと懸念を述べた八千慧だったが、その各地の支社の立ち上げを担当するのが自分自身だと知ったのは、そのすぐ後だった。
「もちろん、難しい事はわかっている。でも君は交渉上手だからね。そうした顔役からの心証を悪くさせず、こちらにも利が回ってくるような、そんな交渉をしてきて欲しい」
「私ただの帳簿係だよー?」
「営業回りもしてみろって事でしょ」
早鬼がからかうように口を挟んだ。
「……私も彼女についていっていいかな? 兵隊仕事をして実際の往来が多くなるのは、どうせ私だしな……こういう地図だけではわからない事もあるだろう」
採決は必要なかった。藍が尤魔に対して目くばせして、尤魔は頷くだけ。
八千慧と早鬼の、畜生界の方々を飛び回る生活が始まった。
彼女たちのやった事は、非常に単純だった。ひとつの街に入るたび、金まわりの良さをアピールしていったわけだが、金遣いは派手でも、品の無いばら撒きだけは決してしなかった。まず宿泊するホテルや酒場の従業員に、チップを弾んだりしながら篭絡していくのにたっぷり一週間はかけたし、それによって情報収集や多少の便宜供与を行ってもらうにしても、性急に事を運ぶつもりはなかった。
「こういう時は宴会なんかを開いて、それにご当地の顔役を招待したりして顔繋ぎするもんだろ?」
あまりにそういう事を行う気配がないので、最初の頃に早鬼が尋ねた事があった。
「そりゃしますよ。しますけれど、こういうのはタイミングが大事でね。まだ情報が足りない。街に住んでいれば誰もが知っているような顔役の二人三人を宴会に招待して、今後とも是非ご懇意に……なんて調子良い事を言うのくらい、誰だってできます。もっと巧妙にやらなきゃ」
「二人三人じゃだめなのかい」
「それだけでは将来、私たちの事業にも干渉してくるであろう、彼らの影響力を牽制できない。ただの親分をたらしこむだけでは、その土地を掌握できたとは言えません。……彼や彼女が権力を持っていることに、思うところのある野党勢力があるでしょう。また別の方面――たとえば軍事力はほとんど持っていないが、経済力では群を抜いている銀行家なんてものもいるでしょう。昔からこの土地で堅気な物売りをしているだけのうるさ屋の婆さんが、何物にも代え難い影響力を有している事だってある。ほとんど存在を無視されているがそれだけに得難い密告者になりえる者もいるに違いない。そうした上から下まで、これはという人物がいるなら知っておくべきだし、そのためにはもっと情報が必要です」
八千慧は、ホテルの一室で行う事務仕事の手を止めて言った。
「そうでなくても、こっちは支社の開設や社員の配置で大忙しなんです。銀行や資産家の融資も取りつけなきゃいけないし……藍は何キロの区間につきおよそ何人の警備人員が必要といった試算をしていますが、さてこれが実情にあったものか、どうか」
「あいつの計算は確かだと思う。しかもこっちの肌感覚ともぴったり。忌々しい話だがな」
と、早鬼はベッドの上にふんぞり返っている。
「……私と酒場で再会した時にあなたが引き連れていた子分たち、みんな今回の人事で異動させられましたよね」
「ふん、気づいていたか」
「人の顔と名前はすぐさま覚えられるたちでね」
「やっぱあんた、帳簿係よりかは外交官向きだよ――ま、自分の派閥を作ろうとしたのを警戒されたって、こっちも気にしないよ。どうせ我々は仲良しクラブじゃないんだし、私も調子に乗りすぎた」
「ああ、よくないですね。私って、そういう内部の権力争いっていうのがどうも苦手というか、ばかばかしくって。どこでもある事なんですけどね」
「私もだよ八千慧」
と気安く名前を呼び、なにか含んだものをもって肩を揉んでくるビジネスパートナーに、八千慧も微笑んで返す。
「……ま、あんまり気張ってお仕事するのもですね」
そう言って、大きく伸びをして事務仕事から遠ざかり、早鬼の寝ているベッドにごろりと寝転がる。
「マッサージしてください」
のちのちの事を考えると想像もできないが、この時期、八千慧と早鬼は長期間にわたって行動を共にしており、そこで、この時期の二人の間にはなにか濃密な関係があったのではないかと見る者もいる。
支社を開設するまでに、だいたい一か所につきひと月ほどかけた。そこでようやく祝賀パーティーを開いて土地の有力者たちと接するのが常の流れだったが、そこでの八千慧の主人役の立ち振る舞いときたら、実に堂に入っている。つい最近まで商社の出納係を失業してバーテンダーに流れていた女とは思えない存在感を見せつけていた。
「――お察しの通り、私たちの目的はこれらの交易路の繋がりをより強固にして、ここに一つの大きな経済圏を作る事です。……要するに、この地域の権益を求めているという事ですね。それは確かにそうです」
彼女は常に大胆なくらい自分たちの企業の真意をさらけ出し、そのあけすけさのために様々な立場の相手を安心させた。
「私たちは野望を持っていますし、おそらく悪名を高めるためにこれから額に汗して働く事にもなるでしょう――逆説的に言うとね」
「隊商護衛や運送業ときたら同業他社も多くて、彼らは私たちのような新興に対して、いい顔しないでしょうね。でも、それで別にいいじゃないですか。それこそ正常な競争っていうものでしょう。共に栄えましょうよ」
「なるほど。確かに私たちは武装勢力を出自としています。その軍事力を背景にしてこの地域を威圧していると言えるかもしれませんね……しかし威圧できない軍事力に意味は無いですし、無視できる力など単なる無力でしょう。私たちを警戒する方々が多いのは、実のところ私たちを評価しているからこそなのです」
その弁は非常に流暢で、態度には一切悪びれたところはなく、困ったことに、こういう時の八千慧はひどく魅力的だった。あっという間に彼女は土地の有力者のお気に入りになり、現地に後入りしてきた社員らに支社の運営を引き継いだ。
「まるで各地に愛人を作っているみたいですよ」と、一つの街から辞去するたび、後ろめたさのかけらも見せず、その土地の者たちに微笑んで言った。「……しかし、いずれまた会って、宴会でもしましょう。私はあなたがたの事を決して忘れません」
嘘ではなかった。彼女は各地を飛び回ってはその土地の有力者との繋がりを維持し続けたが、そこで会った相手の顔と名前だけは決して忘れる事がなかった――良い意味でも悪い意味でも。
当然、新興勢力の伸張に対する、既存勢力による反発がなかったわけではない。むしろ抗争は望むところだったのだ。そのために八千慧は各地の情勢や人間関係を事細かに把握して、土地の有力者を篭絡してきたわけで、その仲介を求めて有利な条件で抗争の手打ちをするという事がほとんどだった。
だが、そうでない場合――たとえば顔役そのものが反抗してきたという例も、あるにはある。
「あなたがこの街にいるとは知りませんでした」
「支社の設立が一通り終わって、近頃はすっかり会いにくくなっているからな」
いるとは思わなかった早鬼に向かって、八千慧は声をかけた。早鬼は襲撃を受けた支社の事務所を護衛していて、今のところ情勢は落ち着いているように見えた。
「偶然近くを通りがかったんだよ。……通常業務は部下の方にそのまま行かせて、事務所内に残った文書資料を保全してる。襲撃で奪われた契約書や証券……まあとにかくそんな感じの文書があるみたいだからな」
「悪かない対応です。調査委員は明日朝に到着しますよ……しかし私も、今回の件のせいで、超重要な荷物の輸送を部下に任せなきゃならなくなりました――いずれまた、どこかの大名かお大尽が戦争起こしますね、あれは」
「……社規に荷物への詮索は禁物とかなかったかい?」
「詮索したくなくても察してしまいますよ。あの感じ……」
ともかく、破壊された事務所の中――特にこじ開けられたいくつかの大金庫のあたりをぐるりと眺めて、八千慧は話題を転換させた。
「誰のどの勢力の仕業か、まだわかっていないんでしたっけ?」
「襲撃は少人数かつ短時間。統率が取れていたようだからな。それでも、それなりの騒ぎにはなったみたいだよ。目撃者くらいはいるだろうな」
だが、事件調査にあたる部署が翌日にはやってたものの、調査ははかばかしくなかった。
「しかし、ここの支社は街の中心部に置かれていますし、近くにはレストランや服飾店など、外への見通しが良い建物も多いんですよ。証拠や目撃証言がなかなか出てこない事が、かえってなんらかの示唆になる場合もあります……奪われたとみられる文書類について、もうちょっと再考してみましょうか」
そうした仕事に没頭する間にも、八千慧は酒場で飲みながら、個人的な聞き取りなどして――彼女はそうしたところからちょっとした情報を引き出すのが、おそろしく上手い――徐々に推理の確度を上げていった。
最終的に八千慧が本社に戻って藍に報告した内容は「現地の顔役である甲が当社の社員である乙をそそのかし、共謀して、襲撃事件を起こして、自分たちの不利になる権利関係の書類を強奪したのだろう」という事だった。
「奪われた文書には二種類あったんです……すなわち常日頃の業務で使われている債券と、その街の土地債権に関わる書類。二つは別々の金庫に保管されていました」
藍は、報告を聞きながら編み物をしていた。ながら作業で話を聞いているというよりは、手を動かしてパターン作りながら、情報を選り分けて整理するためにやっているようだった。
「既にそこに示唆があるのね。どちらかは強盗に見せかけた目くらましの盗みで、もう片方が本命」
「後者が本命でしょう。目撃証言がなかなか出てこないという事は、よほどその土地に根付いている者が背後にいる」
「そこにうちの社員も一枚噛んでしまったようだと」
藍はそこでため息をついたが、どうも別に落胆したというふうでもない。ため息のあと、あくびをしたように口元をむにゃむにゃやって、編み物の手は一切止めていなかった。
「どうにもこうにもね」
「どうやら、現地で生活する中で何らかの弱みを握られたようですね。賭博か、異性関係か、もっと単純な金銭の問題か――まあ、現地で円滑に活動するにはそうした方々との交際も必要だし、そのためにはなにかと入用にもなる」
「おのれの所属するところと、赴任先との関係、どちらが重要かというバランスの問題は、こうした会社には常について回る問題ね」
藍は考え深げに言った。
「私たちとしては社員教育を徹底して再発の防止に努めるとして……それで、どうしたらいいかしら?」
「どうしたらいいか、とは」
「会社内部の問題は内部の問題で済むけれど、外との折衝はどうすればいい? 現地を見てきたあなたの方がわかるでしょ?」
「……正直、相手のことを考えると、あまり事を荒立てたくないですね。この件はうやむやにするしかないのかも」
「あらあら弱気ねえ」
「しかし、あの街には彼らと拮抗する勢力もいます。そちらとの付き合いを増やしていきましょう。不義理は向こうが行ったんです。現地の仕事は彼ら無しでも上手くいく試算が出ています。徐々に付き合いを減らして、枯らしていくだけでいい」
「もう一つ付け加えておくなら、連中に対するよからぬ噂もばらまいてやりなさい」
そう言った時だけは、編み物の手を止めた。
「これはやっておくだけタダですからね」
「怖い人だわほんと……」
ほんの一例だが、こうした事件はたびたびあった。
※ ※ ※ ※ ※
当時は――とパーティーゲームの中で早鬼を陥れながら(「ふざけんじゃねえぞてめえ」と罵られる)、八千慧は物思いにふけり続けている。
当時は忙しかった。私とこいつ(早鬼)はそこらへんじゅうを飛び回っていて、尤魔もまあ、あまり外に出張る事は無かったけれど、なんだかんだ会社のトップとして内務を色々頑張ってはいたのだろう。それに、時には饕餮という種族の由緒や格がものをいう事もあった――かつてはそうしたものが鼻紙以下の価値だった畜生界も、なにかが変わり始めていたのだ。
なにより藍だ。あいつはヤバかった。ヤバいといっても、そこらのストリートで粋がっているようなチンピラのヤバさではなく、奴はマジの行政官僚だった。正直なところ、当時の会社の方針にはやや力押しというか、無理のある行動や、文字通りの野放図もたびたびあったのだが、その無理を押し通せる事務処理と組織作りの能力が彼女にはあった。
もちろん、その無理は彼女一人で受け止めきれるものではない。外交官役の自分や、荒事担当の早鬼なんかが、そこから多少はみ出したしわ寄せを喰らったりもしたけれど、組織なんて万事そんなもんだし、うまく回っているうちは、愚痴がこぼれる事はあっても、悪い気はしないものだ。
当時は忙しくて、楽しかった……というとちょっとセンチメンタルすぎるけれども、そうと思うしかないのだから、そうと思わせて欲しい。
「お前性格出てるぞ八千慧」
……まあ、今も今で割と楽しんでいるような気が、しなくはないのだけれど。
※ ※ ※ ※ ※
事業そのものは順調だったが、近頃は世界情勢の方があやしい。
「支社から入ってくる様々な情報を統合するに、これは一戦起こる気配がありますね」
藍は相変わらず、本社の執務室で編み物に勤しみながら尤魔に告げていた。
「物資の流れが明らかに異常ですし、旅客の傾向にも偏りがあります――入ってくるのは大人数の兵隊で、出ていくのはちまちまと少人数で目立たない金持ちとその家族」
「しかし本当に正規の武力衝突までするだろうか」
尤魔は懸念を述べた。
「この土地の戦争は非常に消極的だもの。戦争状況に至った経緯と大義名分を叫ぶ公式声明があって、それから挑発的に相手の出方を探る演習行動……でも大抵はそこから大戦には発展せず、ちっちゃな小競り合いをして長滞陣しているうちに、軍団の維持も難しくなって、ぐだぐだと手打ちをして終わり」
「もちろんその可能性の方が高いし、それでも困るのが私たちです」
藍は編み物を置いて立ち上がると、執務室にかけられている地図を眺めながら言った。
「戦闘が起こると想定される場所には、私たちの仕事における街道、幹線、大動脈が含まれています。こんな場所で長丁場されたら、なにはともあれこっちの仕事はひっどい事になる」
「なにもそんなところで戦争してくれんでも……」
尤魔がため息をつく横で、藍はまだ更に、じっと考えるようだった。
「ひょっとするとの話ですが、真の目的は二者の抗争ではなく、私たちが築き上げてきた路線の権益の分配を狙っているのかも……まあなんにせよ、私たちとしては、おおごとになってくれた方がいいかもしれない。この地域に勤務している社員を、避難という名目で全員引き揚げさせましょう」
紛争地帯から引き揚げた社員は、そのままいくつかの箇所に分けて集結していたが、やがてその各所に自社の速達便が届いた。
「……八千慧はこれをどう見る?」
と、同じ地点の野に集結させられていた早鬼と八千慧の二人は、それぞれに配達された封印文書を、交互に見比べた。
「まさかとは思っていたけれど」八千慧も感に堪えないといった感じで嘆息した。「本社は大博打に踏み切りましたね。近頃は、我々も護衛や運送を生業とする会社に、うまいこと化けられていました……その社員が紛争地帯から避難するのを、軍団の集結と解釈できる者は、そうはいないでしょう」
「そうして軍閥に返り咲いた軍団でもって、ぬるま湯のような競り合いを続けている連中の横っ面を、まとめて張り飛ばすわけか」
早鬼は愉快そうに言った。八千慧はまだ考えている。
「……当の戦場は、わが社にとっては庭といえるほどの仕事場ですもんね。そのうえ我々が大急ぎで撤退したせいで、民間にまで異常な動揺が広がっている。情勢は大混乱ですよ。今回の紛争をしている軍閥連中だって、そこまでの大決戦をやるつもりなんて無かったでしょうに、もはや周囲の恐慌がどんどん事を大きくしている」
「そうこう言っているうちに開封時間だ」
早鬼が引きちぎるように文書の封印を解き、八千慧はナイフを使って綺麗に開封した。
二人の予想通り、文書の内容は軍事作戦の発動に関するものだった。まず饕餮尤魔の一筆による、あなたを第何軍の動員管理官に任命するの書状、そして何日の何時何分をもって計画行動を開始して、それぞれどの方面に発してどの地点に何日の何時何分までに到着して地点を確保せよとの旨が指示されていた。また添えられた資料には、どの支社員が四つの軍団(藍、八千慧、早鬼の三人に加えて、同盟長饕餮尤魔に隷属する部隊も含めて四軍)に分かれて、どの動員管理官の指揮系統に属するといった戦闘序列も、整然と矛盾なく配置されている。
「……はぁー、こんなのよく考えたもんだ」
「平時からあった会社の構造を、有事にはそのまま軍隊式に転用できるよう、最初から組織作りしていたんでしょう」
「ずっと狙っていたわけか。こりゃ博打ですらないわ」
早鬼の言いぐさには感動の色すらあった。
「あいつ、もしかすると本気でこの世界を“獲る”つもりだぜ」
「……それにしても少し気になるんですが、あなたはともかくとして、どうして私まで一軍団引っ提げた動員管理官になっているんでしょうね?」
「さあ、なんでだろうな」
早鬼はクスクスと笑う。少し自信なげな八千慧の様子を、面白そうにからかった。
「あんた、目をかけられてるのさ……隊商の経験くらいはあるだろ?」
「ありますし、この会社でも外交仕事のかたわら、たまには通常の輸送業務に従事してきましたよ。しかしこうした……そう、戦争には、私ってあまり向いてないと思うんですけどねえ……」
「自分が戦争に向いているなんて思っている自惚れ屋にだけは、そういう事をやって欲しいと思わないな」
こう考え方を変えるといい、と早鬼は教えてあげる。
「あんたは戦争に行くのではなく、自分が指揮する兵隊を、指定の時間までに運んで配置するだけだ。それならいつも通りの通常業務だろ。そして、そのためにだけ千慧の限りを尽くせばいい」
「もしその途上や到着地点で、戦闘が起こってしまったら……?」
「言っただろ、知恵の限りを尽くせって。撃破しても迂回しても買収しても、最終的に勝ちゃいいのよ。私はぶち込むのがお好みだけど、それはあくまで好みの問題」
それ以上のやりとりをしている暇も無かった。彼女たちは大急ぎでそれぞれの指揮系統に基づいた軍団を編成し、それぞれ指示された経路に向かって進発しなければならなかったのだ。
意表の外にあった第三勢力に包み込まれた二つの軍閥組織こそ、なにがなにやらという感想だっただろう。しかも、包み込んだといっても、当人らすらそうと認識していない急所が、使用不能になるといった性格の包囲なので、その意味が実情として浸透するまでには多少の時差があった。そして事態が更に深刻になる頃には、各個部隊間の情報共有や連絡すらほとんど不可能になったのだから、巨人の体が知らぬ間に機能不全を起こして、衰弱しているようなものだった。
街道の急所を抑えた後、八千慧の兵力の大部分は、そこのみを防衛させる事に徹した。同時に、守るという行為は必ずしも貝が蓋するように閉じ籠っているだけでは成立しえない事にも気がついていたので、彼女自身は最低限の分遣隊を率いつつ、目立たない裏道や間道などを駆使して、戦場の中の街に潜入する事をもっぱらとしていた。
どこの現地にも、避難し損ねたか、あるいはのっぴきならない理由で街から離れられなかった者が少なからずいて、彼女は次のように言って彼らの人心を掴んだ。
「言ったでしょう。私はあなたたちの事を忘れやしないと」
かねてから培ってきた地縁を活かす事に成功した八千慧は、各地で得られた情報や、様々な形での抵抗運動の指導に基づいた作戦術を、幾つも発想している。やがて隣接する要衝を抑えていた早鬼とも連携を始めた。そのため、縫い針のように鋭い突破力のある早鬼とその麾下の群狼たちが、街道の兵力の手薄な地点を縦横に行き来できるようになった。
別方面から浸透し始めた尤魔や藍の進軍とも合流するに至って、もはやこの街道筋の野は彼らの遊び場も同然になっていた。
「みなさんご苦労様です」
無事の合流を一通り喜んだ後で、藍はいけしゃあしゃあと言った。
「我が社の出兵の名分は、お仕事に重要な街道や宿場町の保全と守備です。少なくとも表立っては、それ以上の事はやらないようにお願いしますね」
八千慧も頷いた。
「内情を探った感じ、彼らも慌てて和平交渉を始めたようですよ。今回はこれで手仕舞いでしょう」
「まったく、怖い事やらかしますわ、彼らも」
相変わらずすっとぼけたふうで、藍はぼやく。
「迷惑するのは土地の方々ばかり。今後は、私たちがこれに連なる街道の流通を支配してでも、このように無益な戦闘が起こらないようにしませんと、ね」
と、尤魔への含んだ微笑み。
「ああ。――今の、公式声明として出すぞ」
「実効支配だ」
早鬼が言った。
「この世界は私たちのものだ」
大変な放言のように聞こえるが、けっして過言ではなかった。少なくとも畜生界の大動脈の一つは、彼女たちの手中に収まったのだから。
※ ※ ※ ※ ※
それが四人組の、四人組としての最盛期。
もちろんその支配は周辺勢力をおおいに刺激したので、反発もあった。包囲網を形成する機運もあったけれど、そんな勢力は小さく小分けに切り分けて、離反させたり仲間割れさせたり、また同盟へと取り込んだりして、すべて反故にさせた。彼女たち以上に、そうした調略に長けた勢力は存在しなかったのだ。
認めざるをえないのは、あの頃の自分たちは無敵だったという事と、今は敵ばっかり、という事。というか、もう敵しかいないですもんね。
「……あとは落ちるだけだろ」
「あぁ?」
隣で、同じゲームに興じている敵が言った。その言も、パーティーゲームの一時の首位に立った八千慧を、早鬼が少しからかっただけなのだが、なぜか、それがどう気にさわったのか、そのままゲームなんかそっちのけの乱闘に発展してしまう。
「やめろよお前ら……あー! もー! やーめーろ!」
争いは止まない。
※ ※ ※ ※ ※
「⸘八千慧が結婚‽」
「なんでそんな夏休み映画の予告編冒頭みたいなテンションなんですか……」
「わかるようなわからんような変な喩えすな」
「でもわかりますよ。直後に主題歌のサビとかぶつけてくる感じのやつでしょ」
「藍も変な乗っかり方するなって……いや。でも、びっくり」
尤魔はふわふわとした髪を、どうしたものかと神経質にいじりはじめる。彼女たちを同盟の執務室に呼びつけて、一応はお堅い人事の場だったのに、劈頭そんな話題をぶつけられてしまうと、困る。
「……ほんとにびっくりだよ」
「⸘……八千慧が結婚‽」
「早鬼は未だに情報を処理できていません」
「まあ、結婚報告のためにこの場をお借りしちゃったのは謝りますけれど、そこまでびっくりする事ではないですよね?」
「びっくりは、します。祝福もしますが」
どう見ても一同の中で一番びっくりしていない藍が言った。
「悪い事ではないですよ。外交官は所帯を持っていた方が、相手方に与える印象は良いですから。……しかし惜しかったですね、あなたが今まで培ってきた外交の手練手管を駆使して相手を落としていくところは、それはそれでちょっと見てみたかったので」
「それが逆なんです」八千慧は、少し照れくさそうに、のろけて言った。「変な話ですけど、向こうがぐいぐいきたんですよ……まったく。こういうの慣れてなくって……」
さすがの藍も目をしばたたかせて、豊かな尻尾をくねらせながら、尤魔と顔を見合わせる。妙な沈黙が場を支配した。
「……興味深い話ね。どういう相手なのかしら……部下? それはまた……初めてのデートは? キスは? 告白とプロポーズはどういう場所で――」
「藍、本題に入りたいからガールズトークは後で個人的にやって」
「⸘……八千慧が‽ ⸘結婚‽」
「あんたはいいかげんそこから情報を更新しろ早鬼」
彼女たちが次なる外交上の目標としたのは、発展途上の水辺の都市だった。
「我々の中原からはだいぶ離れていますね。遠交近攻策ですか?」
「そんなところだね。あそこは昔々の戦乱から逃れた人間霊が築いた街だそうだ」
「人間霊ですか……」
と、八千慧は呟いたものの、人間霊というものに対して特別の感情を抱いたわけではない。むしろその逆で、これから会うであろう個々人をあくまで抽象化し、一般化し、均一化しようというふうに呟いていた。
「そうなると、まずは私が入る事になりそうですね。まあ、相手がなんだろうが、やる事はいつも通りですよ。……しかしお願いがあります。夫を帯同させてください」
誰かが鋭い口笛を吹いた――たぶん、早鬼だろう。
「たぶんだけど、新婚旅行とはいかないよ」
「藍も言ったでしょ。“外交官は、所帯を持った方が相手方の印象がいい”……それだけのたくらみです」
「護送班を組んでやるよ」
これも早鬼の弁。
「包囲網は瓦解しているとはいえ、今でも嫌がらせ自体は充分に可能だからな」
会議が終わって退席したのち、八千慧の肩を叩く者がある。早鬼だった。
「今度の旅行、気をつけろよ」
「いつでも気をつけてますよ」
うんざりとしたように言って、相手に向き直る。
「……そりゃ、私と彼女らにしたって、ビジネスの関係ですもの。辺境に派遣されたこっちの存在感が大きくなれば、中央の彼女たちがちょっと微妙な気分になっちゃうのも、みんなわかっています。あなたに言われなくても」
「わかってるならいいんだ。わかっているなら……」
「まあ、それでも気にかけてくれるのは嬉しいです。今度の出張はちょいとばかし、そういう微妙なパワーバランスが動きやすい、遠方の立地なのも事実ですからね。いっそ監視目的のお目付け役でもつけてくれた方が、なにかとやりやすいでしょうに――」
と言いながら、めずらしく物憂げな相手の表情を見て、八千慧は首を傾げた。
「なにか……?」
「いや」
早鬼は懸念を振り払うように言った。
「ただの思い過ごしだよ」
彼女の結婚は失敗するかもしれません、と藍が悲しげに言った。
「わかってる」
尤魔も察していた。
「八千慧は賢いからな。しかも人並みに疑り深くて、人並み以上に慎重でもある」
「だから、やがては彼女も真実に気がつく――自分と結婚した夫は、あなたと私とが派遣した内偵員で、彼が八千慧を篭絡して結婚した事すら、彼女を間接的にコントロールしようとする調略の一環でしかない」
「間違った真実だ」
尤魔は額を揉みながら言う。
「私たちはそんな事していない。あいつをコントロールするなら、もっとましで、そこまでいやらしくない方法がいっぱいあるはずよ」
「本当かどうかではなく、そうした考えを植え付けられる事が、一番恐ろしいわ。既に一人、その思いつきに囚われ始めている者がいる」
「早鬼か」
藍は無言の頷き。
「……かといってどうしようもないよ。私たちが変な事を言って、かえって疑惑をもたげさせるのは悪手だし、ただひたすら、夫妻がうまくいってくれる事を願うしかないじゃん……しかし早鬼は厄介だな。あいつらは相性が良い……下手を打ったら辺境に一勢力を築いて、独立されるだろうな」
尤魔の呟きは、憂いを通り越してもはやしみじみした嘆息だった。
「可能性はありますね。少なくとも鼻で笑えるような話ではない」
「せっかくうちらが自分たちでこの土地をまとめようとしたのに、自ずからそれを壊したくはないよ……“中原に鹿を逐う”にならなければいいけれど……」
「尤魔」
「ん、なに?」
「“Ne craignés point, Monsieur, la tortue”」
「え?」
「“びびってんじゃねえよ、大将、たかが亀だろ。”」
藍はニッと笑った。
「……アキレスと亀の問題についてのライプニッツの忠告よ」
「絶対嘘だ」
「たとえ彼女たちと内輪揉めを起こす羽目になって、彼女たちがなんらかの形で先んじようが、結局相手は亀にすぎません。ここに至るまで、一見、彼女たちの方が華々しい事をやってきたように見えますが、あなたにだって積み上げてきたものはある。そういう事です」
藍はそう言いながら、執務室の隅に置いていたやりかけの編み物を手に取って、また椅子に座った。
「……もっとも、多少パターンを考え直さなきゃいけない部分があるとは思いますがね」
そう言って、編みかけのものをぱらぱらほどき始める藍を、尤魔はなにかグロテスクなものを眺める心持ちで見つめていた。
結婚生活の破綻はさほど劇的ではなく、なにより退屈だった。最後の一撃こそ決定的なものはあったが、それまでも、ちょっとした疑惑や、意識のずれがあった結果でもあるだろう。長い時間をかけて当人らに毒が回っていくような感じで、八千慧にとっては、それよりも人間霊の都市に分け入って、外交工作を行う事の方が忙しかった。
この都市はのちに畜生界最大のメトロポリスと化し、彼女たちの主要な餌場であり戦場にもなる宿命を課されている土地だが、当時はまだまだ未発展の部分が少なくなかった。巨大なビルディングと小さな民家が隣り合ったりしてどうにもちぐはぐだし、主要道路の計画は未来の交通事情を考慮して野放図に広かったり、かと思えばそこから一ブロック分け入ってしまえば、極端に狭苦しい路地が網の目のようにあったりした。
「あれは?」
と都市に入って真っ先に興味を持ったのは、湖ほどもある濠の中にある、広大なモニュメントだ。霊長園だと説明された。なにか信仰の場らしく、濠の中から石を組み、土を盛り、葺石する事によって威容を留めている。それだけのものを作るには相当の動員力と施工の管理力が必要だろうし、それによる威信のアピールも目的なのだろう、とも思った。
しかし人間霊は手先こそ器用なものの、力はさほど強くなく、また水中での作業も得意ではない事を知った。
「山椒魚あたりにでも、水中の作業を肩代わりさせているんでしょうかね?」
と推測してもみたが、畜生界の人間霊どもにとってのアンドリアス・ショイフツェリは、山椒魚ではなくカワウソ霊だった。彼らは、この水辺の土地がまださむざむしい漁村にすぎなかった頃からの先住民で、今でも普段は漁業に従事していたが、たまに人間霊に使役されていて、愛玩されて、蔑むまではされていないものの、飼われる者への愛情という名の見下しも受けていた。八千慧はその事を重要なものとして覚えておこうと思った。
人間霊に取り入るのは容易かった。この点では、夫婦としての出向は、目論見通りに仕事がやりやすくなった。八千慧はあっという間に社交界や上流の婦人会コミュニティ内における人気者になり、女の世界を通じてこの都市の内情を把握して、人間関係の急所を掴んでいった――人間関係の急所といえば、家族や恋人、時には愛人といったものだ。こうした搦め手でもって、八千慧は都市を調略し始めていた。
同時に、八千慧は自分自身のアキレス腱となる人物をも自覚し始めた。もちろん自分の夫の事だ。
彼女の最初の(最後かもしれない)夫がどんな人物だったのか、いまいちわからない。後には誰も、あえて語ろうとはしなくなったのだ。少なくとも、八千慧ほどには外交官の才能が無かったように感じられる。
「悪い方じゃありませんよ」と八千慧が早鬼にたびたび擁護する事があったくらいの、本当に、良くも悪くもそれくらいの人物だったと思われる。
早鬼は、もちろんのこと本来の主戦場があるので、この都市にやってくるのはたまに、お忍びでの事だった。
「最近の中央はなんだか雰囲気が良くないわ」
というのが、お決まりの文言だった。
「だからといって――」八千慧は困ったように耳元をいじる。「あんまりここに遊びに来られても困ります」
それに、どう居心地が悪くなっているのか、早鬼に聞いてみてもいまいちはっきりしない。ただ彼女の主観の、身勝手な判断基準による居心地の悪さらしかった。
しかし八千慧は、そうした個人の主観を、客観性と同じくらい重要視している。なにより早鬼は、考えなしだが勘の優れない奴ではなかった。あくまで参考程度にだが、色々と聞き入れておくべきものはあるだろう、と考えている。
「新人事によって、いくつかの軍団が増設される事になった」
「……まあ、私たちの勢力も規模が大きくなりましたからね。その他色々、有象無象の将軍連中が増えて、私らの発言権が多少割り引かれてしまっても、そこはしょうがないんじゃないですかね」
「いや、私たちはそこに含まれてすらいない」
様々な解釈が可能で、そのためにどっちつかず、不可解とすら言える仕打ちだった。
「しかし、彼女たちから立場を奪ったわけではありません」
藍は、歩きながら尤魔に説明した。たまには外に遊ぼうと、二人は野原を散歩している。
「むしろ逆です。彼女たちは昔からの会社時代の共同経営者で、同盟者だったんです。先の戦争でも出先軍の司令官になってもらいましたが、そうした対外作戦でしばしば求められる臨機応変を可能とするために、あなたの同盟者という名目で参戦させた。実際は同盟長としての饕餮尤魔の任命と指導を受けるものの、実は彼女たちだけは、形式上あなたにいっさい隷属していない。……転じて、今回の新人事における軍の編成はすべてあなたに直隷するものです。この事について、いくつかの解釈が可能と思いますが」
「要するに、彼女たちをあらためて別格に位置づけたとも言えるし、私が集権して力を強めようとしているとも見える」
尤魔はひっそりと持っていた懸念を相手にぶつけてみた。
「どうとでも取れる話じゃないか……なあ藍、これって試し行為じゃないか?」
「袂を分かつ事も考えなければいけませんからね。残念ながら、今はその段階です」
「いつの間にそんな話になってんの?」
「あなたが成功したからです」
旧友のいらいらした様子を抑えるように、藍は静かに言った。
「彼女たちが離反しようがしまいが、あなたはあなたにとっての最善手を取らなければいけません。聞きたくない顔をしていてもわかっているでしょうに」
そのまま、じっと相手の出方を待ち続ける藍に、尤魔はおそるおそる尋ねた。
「……私にとっての最善手とは?」
「吉弔八千慧と驪駒早鬼の関係を裂く事でしょうね」
尤魔は藍に掴みかかろうとして、なぜか抱きつくような格好になった。そうして飛び込んでしまった相手の体が、やわらかくあたたかいのに、なんだか戸惑ってしまう。
「……お前が引き起こそうとしてるのは、ただそこらへんにいる意地の悪い女子がやる、陰湿な、イジメか、ケンカだ」尤魔の声には怒気が含められていたが、どこか縋るような嘆きもあった。「それをやってしまったら、お前はもう策士でもなんでもない」
「……私は今までも、あなたが悪口のように言われる事しか、やってきませんでした」藍はそっけなく言い返した。「いいえ、実際のところは逆なのでしょう。この全世界で行われている策謀で、陰険なお子様同士のイジワル以上の事を成し遂げている連中なんて、存在していないのですよ――恐ろしく洗練されたイジワルではありますがね」
藍は尤魔を抱きしめてやって、それからつと離れ、散歩を切り上げて自分たちの本営へと戻っていく。
「ま、あなたの気持ちはなるたけ汲みます。できるだけ破綻しないようには努力するつもりですよ」
「……藍」
尤魔は、一度、ごくりと唾を飲んでから尋ねた。
「お前はなんで私にそこまでしてくれるんだ? 私の同盟者であり、私にまったく隷属していない立場といえば、吉弔と驪駒の他にもう一人いる――お前だ。そもそもお前の立場が、軍師だの相談役だのなんだの、社内での役職が判然とせず、宙ぶらりんだったおかげで、あの時の動員管理官に任命する人事を、会社の共同経営者による同盟という形にせざるを得なかったんだろ。あいつらはそのついでに、お前と同じく別格になっただけだ。あの二人を蹴落とすのなら、私は、お前もまた信じるわけにはいかないんじゃないか?」
振り向いた藍は、一切の悪意を感じさせない微笑みで、その疑問にあっさりと答えた。
「あなたが、そのちっちゃな体の底知れない腹の中に、この世界を清濁併せ呑むつもりがあると考えたからです」
「そのつもりはあるが、私の話は聞いていない。お前の話だ」
風が出てきた。野原の背の高い草の穂が波打つ。
「そこに座れ」
尤魔が指したそことは、下草しか生えていないような地面だ。藍は膝を曲げる。
「もう一度尋ねよう。お前は何者だ? 何者で、私に何をもたらそうとしている?」
「私は九尾の化け狐で、あなたの古い昔なじみの、藍と申します。あなたには、この畜生界を統べてもらいたいと思っております」
まるでプログラミングされたようにそっけない名乗りだった。
「誰の事情でだ?」
「半分はあなた自身のために」
「もう半分は?」
「未だあなたの知らぬ方々でしょう」
この時期の藍――八雲藍は、幻想郷の賢者の命を受けて、本来の素性を偽装しつつ畜生界へ軍事参謀として出向していた事が判明している。
※ ※ ※ ※ ※
「むちゃくちゃだ」
尤魔が嘆息した時には、部屋は破壊しつくされていた。さっきまで興じていたゲームのディスプレイは、八千慧が投げ飛ばされた時に彼女の甲羅がぶつかって大きく破損してしまっていたし、バーカウンターの周囲は砕け散ったガラスと陶器の残酷な野と化している。八千慧と早鬼の二人は、争っていたように見えて、フロア全体を破壊するために暴れていたようにも思える。
クラブのスタッフがただ一人で乱暴を止めにやってきた時まで、尤魔もまた彼女たちを止めようとしていた。しかし、そのスタッフの顔を見た時、尤魔もまたかっとしてそいつを殴り飛ばしていた。相手は藍だった。
「なにもかもむちゃくちゃだ」
※ ※ ※ ※ ※
尤魔の指摘通り、藍が吉弔八千慧と驪駒早鬼に対して行った策謀は、陰険な女子がなんとなく気に食わなくなってきた仲間内で行う、そういう意地悪そのものだった――ただし、陥れられる当人らの性質を見極めているという点では、比べものにならなかったが。
まず、藍は早鬼を冷遇した――冷遇といっても、実務からはほとんど身を引かせて、形式上満足のゆく名誉職を食らわせてやった。
反面、いよいよ尤魔が実権力を強めていく形でもある。早鬼は警戒を強めていき、たびたび八千慧にも警告の便りを送ったが、彼女はその嘆きに取り合わない。
「実際、彼女が上に立って率いてきた同盟ですよ。立場上辱められていないなら、別にいいじゃないですか……」
そうしたどこか冷ややかな反応は、八千慧が未だに遠方の人間霊の都市に根を下ろしている事にも原因があった。当時の彼女は陰から人間霊に対抗する勢力を作ろうとして、カワウソ霊に物質的な援助を行い始めていた。それらの物資や資金は中央からもたらされるものがほとんどだったが、尤魔も藍も一切の出し惜しみをしていなかった。
先に述べた早鬼の警告の便りにしたって、そうした輸送の中で、検閲もなにもなく一緒に送られてきているのだから、おかしな話だった。
「私自身は、まったく仕事を制限されているという感じがしません」と彼女は正直極まりない返信をする。「……まあ、あなたのように精力旺盛な悍馬では、暇をもてあましている事がかえって気苦労なのかもしれませんね。――いっそ、少しの期間でもいいので、こちらに遊びに来てはどうでしょう」
通説としては、吉弔八千慧にも、当時から饕餮尤魔の同盟を離反する野心があったとされている。この遊びの誘いにしたところで、驪駒早鬼に中央からの脱出と合流を促すものだったと囁かれているし、事実そうなった。彼女自身、後にはそれらが全て計画的に運んだ行動だった事を、積極的に宣伝している。
が、冷静に事の運びを読んでみると、明らかにおかしい。計画的な行動にしては、あまりに拙すぎるのだ。
「なにやってるんですかあなた……」
八千慧が呆れたのは、早鬼が、自分に同調する武断派(後には勁牙組の中核となる者ども)を、中央からあらかた引っ提げてきて都市に入ったからだった。
「知らん。遊びに行こうと思ったら、なんだかともがらがいっぱいついてきちゃってね」
実際に早鬼がこの旅程でつき従わせようとしたのは、あくまで少数の与党だった。しかし道中で、予想外にその勢力が膨れ上がってしまったのも本当だった。
「……あなたが入城した事に、人間霊はこれまでにない危機感を覚えていますし、あなたのやり方は私のやり方にも真っ向から反しています。帰ってください」
「帰る場所がない」
「知りませんよ。てめえが蒔いた種でしょうが。野にでも下りやがれ」
あまりに身勝手な相手の言い様に、八千慧も思わず強い言葉を吐き捨ててしまった。早鬼は、それに憤るでもなく、目を細めながら、寂しそうに背を向けて、自分の一党を退かせ始めた。
「どうもあんたの事を見誤っていたみたいだ。……もっと野心を持った方がいいよ八千慧、私が好きだったあんたじゃなくなるだろうけど」
早鬼がそう言った。八千慧は眉をひそめる。
「それってどういう――」
別れ際に、早鬼は最悪の呪詛をぶつけていった。
「気をつけろよ。てめえの宿六、どうもあいつは怪しいぜ」
吉弔八千慧の反逆へのためらいは驪駒早鬼の下野へと繋がった。
のちにこれは機が熟していないと見て取った八千慧の深謀遠慮、早鬼の短慮というふうに印象付けられてしまっているが、どうだろう。本当に深謀遠慮があるならあのような遊びの誘いをしないわけだし、結局彼女たちは袂を分かってしまう――しかもこの後、事態を察知した尤魔らは、野に下った早鬼の追討を八千慧に命じるのだ。
これを受けて、八千慧はかねてから援助していたカワウソ霊を配下に率いて早鬼を追い、河川の入り組んだ水域に誘い込んで、容赦なく叩いた。結果として頼りになる仲間との関係を著しく悪化させてしまったというのに、深謀も遠慮も無いだろう。
同じ時期、八千慧は離婚を経験してもいる。どうも早鬼の別れ際に吐き捨てたせりふが噂として大きく拡がって、彼女の夫の耳に入ったらしい。それが疑惑になり、己の身への危機にも拡大していくだろうと察するくらいの危険察知能力が、その人にもあった。彼は逐電した。本当に中央の内偵員だったという説もあるし、あるいは社交に及ぶ中で起きた不倫が逃亡の直接の原因などとまで言われているが、決定的な証拠はまるでなく、ただの口さがない風説だと判断するしかない。
八千慧の手からはあらゆるものがこぼれていったが、それらの原因の一つは、早鬼を遊びに招いた事だった。こうしたうっかりは、彼女が(早鬼の忠告通り)野心家になった後もしばしばやらかしている事で、他人を操作する事には長けているが、自分の行動がどう世界に波及していくかというところには、常になにか鈍感な一面があった。元来は、意外と自己評価が低く、欲の薄い人物だったのかもしれない。
藍にしても、八千慧のこうしたうっかりに振り回された側だった。身勝手な話だが、彼女としても二人の決定的な決裂を望んではいなかっただろう。ただお互いに微妙な関係、なんともいえない距離感をおぼえて、尤魔の脅威にならなければそれでよかったのが、思わず大事になった。
「策士策に溺れるってやつ?」
「皮肉は甘んじて受けますが、状況が悪化しつつあります……驪駒に決起をそそのかしたのが、八千慧だという噂が広がっていますので。いや、半分は真実でしょう。彼女本人にそのつもりが無くても、彼女以外がそう受け取ってしまったら真実も同然です」
そう言われて、尤魔は疲れたように首を振った。
「でもあいつは早鬼の――驪駒の追討命令に応じた。二心はないはずだよ」
「ですが討ち取るまではできませんでした。八千慧の追討もあくまでポーズにすぎず、手加減をしつつ辺境に追い散らすふりをしながら、私たちの勢力圏外に潜伏させた、とまで言われています」
「みんな人を疑いすぎじゃないかい?」
「一連の事件は、我々の同盟に敵対する勢力も刺激しています」藍は尤魔を完全に無視した。「崩壊しかけていた包囲網も息を吹き返しかけていますし、驪駒を匿ったり、でたらめな風聞をばらまいているのも、おそらくそうした勢力ですね」
藍はそこで一旦言葉を止めて、物思いにふけった。
「連中も私たちの戦い方を真似して、学習しつつあります。おそらくこれからの戦いは、もっと姑息で、いやらしく、吐き気のするものになるでしょう」
「……私はこれから、どうすればいい?」
「なにもしなくていい」
「なにも?」
「あなたが手を下す必要はないという意味で、なにもです。代わりに、情報をよく集めて、どんな時でも状況をよく理解しておく事です。あなたに敵対者がいるなら、あなたの代わりに、敵対者を殴り飛ばしてくれる者を作っておけばいい。それは別に仲間である必要はない――もちろん、そうする事が適切ならば、時には相手を同盟に加えてやったり、喜ばせるための役や格を与えてやってもいいでしょう。臨機応変にやりなさい。この畜生界における大同盟長たる饕餮尤魔の名は、この土地にあってさえ、既にある種の権威となりつつあります。自分自身は戦いに顔を出さず、ただ影のようであっても、大衆はあなたの存在を感じ続けるでしょう。そうした構造がある程度機能し始めた以上、あなたはただ自己の勢力を維持して、そこにあり続けるだけで良い」
「……藍?」
当面の事を尋ねただけのつもりなのに、今後百年千年というような大計を授けられて、尤魔は狼狽した。
「あんたどうしたの?」
その時、鳥の羽音が聞こえて、藍の肩に止まる。鴉だった。本営の周囲にはオオワシ霊が尤魔の親衛隊のようになって巡回しているのに、どこからやってきたのだろう。
「正体を明かしてしまった狐女房は、どう行動すべきかという話ですよ」
そのまま藍は尤魔のもとを去ってしまっている。
妙なうそぶきはあったが、実情はきっと違うのだろう。幻想郷という別世界からの内部干渉が当の尤魔に露見した以上、畜生界で堂々と活動するのは非常に危うい事に決まっているし、それにあちらにはあちらの事情もあるだろう。手を引く時機だと見られたのかもしれない。藍にしたところで一個の駒でしかなかった事だけが確かな事に思えて、尤魔は彼女を恨む気にはなれなかった。
いまや尤魔は孤独になった――いや、彼女だけでなく、彼女たちはそれぞれ孤独だった。
「……吉弔は今のところ置いておいていい。むしろ今となっては重要な同盟相手だからな。驪駒の追討に即座に応えてくれた事に関しても、公式に、大々的に謝意をあらわそう。しかし位を打って釣るほどではないな。この段階で変な餌を与えてしまったら、あいつはこれからどんどんと自分の値打ちを吊り上げるだろうし――反面、驪駒とは全面的に対立する事になるだろうが、あいつはどういう出方をするだろう?」
「いつまでも負けっぱなしで、辺境に逼塞しているのはごめんだわ。うちらの再起はゆっくり着実にではなく、迅速にやるべきよ。包囲網に参加しましょう。あの中原と街道とが、本当は誰の庭だったのか、奴に思い知らせてやる――しかし問題は吉弔ね。ほんと、奴が野心のかけらでも持ってくれたら、こちらとしても助かるんだけど……いや。むしろ、こちらから奴の野心をくすぐってやるべきなのかしら? 私が大嫌いな彼女になるように?」
「……驪駒ときたらこすくなりましたね。以前の恨みは忘れて、自分に協力してくれとは。……いいでしょう。しかしやれる事は消極的な支援にしかなりませんし、こっちも饕餮への表向きの追従もやめるわけにはいかない。おそらく饕餮は再度追討命令を出して、私たちを食わせ合う魂胆です――ではこうしてやりましょう。私と驪駒は、表向き対立します。ですがその裏で、第四の勢力を陰ながら支援して興させて、饕餮を叩かせましょう」
幻想郷のこっちに戻ってからずっと、藍は編み物ばかりしている。しかも編んだものを解きほぐしては、また編み始める。そればかり続けている。
「もしかしてあなた」
と、彼女の主人は尋ねた。
「途中で呼び戻されて、怒っていたり、する?」
いえ、と藍は答えた。
「しょうがないですよ。こちらの事情を優先した方がいい」
「正直その様子を見ていると、悪い事をしたかな、とも思うわ。けっこう派手にやっていたみたいだしね」
今でも、主人は自分とは別の式神を使って、畜生界の情勢を探らせている。しかし藍がやっていたような積極的な介入行動ではなく、あくまで眺めるだけだ。
饕餮包囲網に加わった早鬼の反攻は、いまいち煮え切らない小競り合いの末、尤魔に退けられた。早鬼が拙速でも決戦を求めたのに対して、別勢力を支援してかねてからあった包囲網を有機的に機能させるという八千慧の戦略は、やや気が長すぎ、彼女たちは決定的に歩みが合わなかった。
敗走した早鬼は八千慧のもとに奔ったが、そこでなにか諍いがあったらしい――諍いのもとが、ごくごく個人的な事だったのか、それとも今回の戦役における作戦についてだったのか、それはわからない。ともかくも、ここに至って、二人の良好な関係は完全に崩壊した。
尤魔にしたところで、己の地盤を維持しきれたとはいえない。以前の同盟はどのような状況でも指揮系統の混乱だけは起こらなかったが、それは藍の類まれな軍政能力に依るところが大きかった。その後の同盟は尤魔への集権が上手くゆかず、勢力内でも暴走や越権行為が頻繁に起きた。
やがて、八千慧が撒いた種が、なにもかも手遅れになった後に辺境で芽生え始める。第四勢力に所属している藍も知らないような連中や、また取るに足らなかったような尤魔の配下さえも、伸張して独立した。
人間なら数代かけて起こさなければいけない事だって、彼女たちならたったの一代で成し遂げる事ができる。彼女たちはたった一代で、まるで帝国のような栄枯盛衰を成し遂げて、やがてはこの世界で争い合う一軍閥にすぎなくなりつつあった。
しかし藍は、もはやそんな事は知ったこっちゃなかった。彼女はあの世界から少しの間でも離れたかったし、今でもあの日々を思い出すたび熱っぽくなる。彼女自身は、その熱を、単に情報処理に酷使された頭脳の放熱だと考えている。
「あそこは畜生の野ですよ」
※ ※ ※ ※ ※
二日酔いと格闘の傷で痛む全身を引きずって、四人はエレヴェーターの箱の中に、倒れ込み重なり合うように入った。直通の専用エレヴェーターなので、そのまま階下のラウンジへと直行。
「……それで」
あえぎあえぎ誰かが言った。たぶん八千慧だ。早鬼にしなだれかかりながら、寄りかかっていると胃がせり上がってくるようで「あんたが隣にいる事が耐えられない」という顔だ。
「藍はどういうつもりだったんです? こんなところに私たちを呼んで、思わせぶりな遊びをして――物笑いの種にでもするつもりだったんですか?」
「だとしたら、私たちを止めにきた意味がわかんないぜ」早鬼はぜいぜい息をしながら鼻をかみ、指先にべっとり鼻血がついているのを物珍しそうに眺めながら、八千慧の唇に運んでやる。八千慧は吐き捨てた。「……どうせ笑い者にするなら最後までやれ」
「私も気になってるよ」と尤魔は言った。「どういうつもりだったのよ……」
藍は不機嫌そうに、ちっと舌打ちをして言った。
「……私はあなたたちと仲直りしたかっただけよ――ほら、そういう顔をする。どうせなにか魂胆があるのだろう、今度はどういうつもりだ、また私たちを巻き込むのですか……そういう顔、畜生の顔よ。でも全部違う。私はただ、個人としてのあなたたちと仲直りしたかった。もちろん、今となっては取り返しがつかない事も多い。それぞれ抱えている組織が大きすぎて、もはや私たちは心許せる仲間ではない。それはそれでいいのよ。次に会ったときは、それぞれの組織や所属に従って争ったり利用しあったり、好きにすればいい。でも今は一個人として付き合って欲しかった。ぶん殴られたのだって、殴られるだけの事をして、それで一個人として私を張り倒したのなら、しょうがないわ。それだって付き合いの一つでしょ。それだけの事を私はした」
エレベーターはラウンジに辿り着いた。扉が開くと、三組織の部下がフロアで待ち受けていたが、彼女たちはそれを気にも留めず、よろよろ外へと歩み始めていた。クラブの従業員もさすがにざわめくが、藍が合図のように一本指を立てると、それだけで静かになる。畜生組織の構成員も、それぞれの長が手を出すなとふらふらした手振りで合図をするので、誰も手出しできない。
彼女たち以外の世界が止まる。
四人は、四人の体で押すようにビルディングの外に出る。朝のメトロポリスの目抜き通りを、体を預け合いながらよろよろ歩み去っていく四人。
ただ、演者の役目に対して少し感情をうまく読み取れなくて、でもそういう作品なんだろうなって
面白かったです。
小規模な組織が乱立していた原野から権謀術数渦巻く組織戦になり天下統一らしきものに手が届いたと思ったらグダグダに崩壊していて畜生界の歴史の一端を見たような気分になりました
しかもこの後創造神が突如ポップするとか
最後はみんな仲直り出来たようで何よりでした
4人で協力していたかに見えて、紛れ込んでいたcomが3人をいつの間にかぼこぼこにしているというこの構造。いや、実はcomの中に人間が潜んでいて3人がcomなのか。本当に面白かったです。