「お姉ちゃんってさ、いつも本っっ当に偉いよ。私だけの、愛すべき自慢のお姉ちゃん!大好きだよっ!」
───は?
さて、本日の議題テーマは午前9時48分、この摩訶不思議な発言を以て不可逆的に決定されたとここに宣言する。
発言者は古明地こいし。
私の…愛すべき自慢の妹である。
「え……いや……え?」
反射で飛び出す焦り声。返答としては0点どころか-1点級だが、これがこれが、まあ驚かずにはいられないってものだ。どうか判ってほしい。
たった今何の脈絡もなく過剰な褒め言葉を重ねたこいしは、純粋無垢たる眼差しで依然私を見つめている。生気なんてとうに消えたその目が、生き生きと私を捉えて離さない。
妹からの純愛と感謝に何が不満なのかと諸君らは思うかもしれないが、逆に問いたい。この古明地こいしという妹が過去にしでかした所業を見ても全く同じことが言えるのか?と。もし今私が想起スペルでトラウマを掘り出されたら九割はこいし関連。残り一割でその他諸々。多分覚り妖怪の迫害とかそういうシリアスな話であるが、正直割り切っているし何より過去の話すぎて忘れてきている。それに対しここ十年間のトラウマにおいてはこいしの加害性無意識が圧倒的なシェアを誇っていて、多分あと千年は揺らぐことがないと思っていた。
例を挙げればキリがないが、楽しく読書中に空中から降ってくる(ドロップキックがおまけで炸裂)、地霊殿に突如コオロギの大群を放つ(ペット達大騒ぎ。私1人で後始末)、要らん挑発を繰り返して博麗の巫女の侵攻を招く(ボコられるのは何故か私)、などなど。これら全てが『無意識だから仕方ないね、わっはっは』とかいうびっくり論理で正当化されるのが本当に納得できなかった。というか、今でもまだ納得していない。理解も当然していない。
それでも私の可愛い妹だから。たったそれだけで、されどそれだけで…かろうじて正負の均衡は保たれていた。それが今、崩れ去ったのだ。心が読めないということを、こんなにも切実に危ぶんだ事はない。妹が心を閉ざしたあの日ですら、私が抱いたのは未知への拒絶であって妹の存在そのものへの懐疑などではないのだから。
今私が感じているもの。それは…恐怖。怨霊も恐れ怯む少女さとりが。地底を総べる古明地の覚りが。…怖いのだ。目の前の妹が本物かすら、私にはもう判らない。
もう私はおかしくなってしまったのでしょうか。仰ぎ見る空もないのに、助けてと心が叫ぶ。嗚呼、どこにいらっしゃるのですか、レミリア嬢……。
…いや、落ち着け。何焦ってるのよ古明地さとり。
ただここで狼狽するだけでは威厳溢れる古明地の長女として失格。赤点再補習確定だ。あろう事か甘言をそのまま享受するなど断じて許されない。
求められるは強さと広さ。守るための強さと、受け入れるための広さ。これを以て姉は初めて、妹を守る大きな存在──カリスマ──となれるのだ…。レミリア嬢が勧めてくれた『文系長女の良問カリスマ』。まさかこんな所で役に立つとは、流石はカリスマの祖たる吸血鬼である。徹夜で読み進めた甲斐があった。
そうだ。私にはまだ対話の余地がある。たった一つの言の葉を以て知った気になるなどあまりに早計すぎるではないか。それは本来覚りに課せられた必然であったにしろ、こいし相手ならばそんなもの知ったことではないのだから。
咳払いのポーズで仕切り直し、再度こいしだと思われる何かへと向き直る。
「…こほん。こいし?どうしちゃったのかしら。どこか体調でも悪いの?」
姉として、あくまでも平生を貫きつつ言葉を紡ぐ。
それはもうはち切れる一歩手前であったけれども、私は虚勢の為に一本の糸だって掴んでみせるお姉ちゃんなのだ。
「お姉ちゃんに隠し事は通用しないわ。大丈夫。気にせず何でも相談してみなさい」
「いや、言ったことそのまんまなんだけど」
その、まんま???
ぐるぐる回る頭。その間にも、無慈悲に針は音を立てて回り続ける。
少しの静寂を超えて、やっと口が動き出す。
「ごめんなさい、よく聞こえなかったんだけど」
結局、こんな質問しか繰り出すことができなかった。何が真実で何が真実じゃないのか。ぐるぐるぐる回りに回って、上も下も右も左も判らなくなってくる。
「だーかーらー、そのまんまの意味だよ!」と一言。頭を抱える私を脇目に、こいしは少し顔をしかめる。怒ってるのかな、こいし。でもごめんなさい、本当に何が何だか判らなくて。さっきより少し押し気味に返ってくる言葉も、俯く私の耳をただ素通りするのみだった。
でも、と続けようとして、顔を上げる。何か異論を唱えようとしたと思う。
そこで初めて気がついた。こいしが手に持っていた、花を。
「私、お燐とおくうから聞いたの。お姉ちゃんはみんなのためにたくさん働いて、締め切り前はたくさん徹夜して、それでも間に合わなかったら映姫様に怒られて……それでも私達のことをいつも考えて暮らしてくれてるって。だから今、こうしてお姉ちゃんに面と向かってありがとうって伝えたいの。大好きって伝えたいの。ねえお姉ちゃ──んっ!?」
気づけば私は席を立っていて、気づけばこいしは私の腕の中だった。涙は溢れ出るのに、声は上手く出てこない。あんなに嫌いだった無意識が、今では私を突き動かして止まらない。
こいしは冷たかった。私がもっと気づいてあげていれば、この手で温もりを与えてあげられたのだろうに。私は読心術を持ちながら、目の前の心を知ろうともしなかった。表ばっかり見て、裏があることさえ疑わなかった。信頼という言葉を盾にして。
何が威厳だ。何がカリスマだ。こんなに素敵な家族さえいれば、強さも広さも喜んで捨ててやる。
「ごめん…なさいっっ…」
一度でも疑った私を許して。一度でも恐れた私を許して。
姉じゃなくて、古明地さとりとして。 愛してる貴方に伝えるわ。
「ありがとう。私も…大好きよ、こいし」
今日は貴方の好きなハンバーグでも作りましょう。お燐とお空も呼んで、みんなでテーブルを囲みましょう。 その綺麗な花も添えて。
馬鹿な私を気づかせてくれて、ありがとう。貴方は自慢の妹よ、こ────
「さとり様っ!」
危うく吹き飛びかねないほどの勢いで開いた扉の向こうには、たった今呼びに行こうとしたお空と…お燐がいた。お空はやけに真剣だし、お燐は妙に焦っている。お燐に至ってはちょっと涙ぐんでいた。
「お空のお馬鹿っ…!あんないい雰囲気に水差す奴がいるかい!」
「ん?あ、まだ入るの早かった?」
「早いとか遅いとかじゃなくて!時と場合ってもんがあるでしょうが!この鳥頭ぁ!」
わけも分からず立ち尽くす私にも構わず、突如揉め出すペット達。腕の中のこいしも、流石に驚きを隠せない。
「お、お燐?一体どうしたのかしら」
恐る恐る声をかけてみる。
「い、いやぁさとり様っ!なんでもないですから!なんでもないですから!どうぞおふたりの時間を楽しんでください!」
「お燐?仕事サボってまでここに来たんでしょ?ちゃんとさとり様に伝えないと」
仕事サボって、まで聞こえたところで涙が引っ込み始める。さっきまでが古明地さとりモードなら、ここからは地霊殿の主モードと言わんばかりに。驚愕の目で滝汗を流すお燐とは対照的に、お空は曇りなき笑顔で爆弾を解き放ってしまった。
「お燐、ちょっとこっちに来てください」
「はいっ!?」
目を泳がせながらも恐る恐る歩くお燐。こちらはここぞとばかりに三つの眼を向ける。
「さ、さとり、様…?」
「…“外の世界では『勤労感謝の日』、というものがあるらしい”」
「んにゃっ!?!?」
「“さとり様をみんなで褒めまくれば焼肉の一回は確実よ”、ですか。なるほど」
「で、でもっ!それはそれは仲睦まじいおふたりを見てしまったものですから、扉の前で待機していたんです!未遂ですっ!」
「ではお望み通り今日は焼肉、以降三日はご飯抜きです」
「やった…んええぇぇええぇ!?!?さとり様、どうかそれだけは!それだけは勘弁してくださいいぃいいぃぃ」
「焼肉の一回は叶いましたよ」
「さとり様の鬼畜!」
「なんとでも言いなさい」
労ってくれるのは嬉しいけど、裏の意図がやましすぎるのでドボン。執行猶予として焼肉は保証してあげたのだから十分だろう。
「お燐、なんだか判らないけど頑張ってね!」
依然として笑顔が取れないお空は、他人事のように清々しく立っている。だがその心は焼肉の香ばしい匂いで埋め尽くされていた。
「いや、貴方もですけど。お空」
「んえ?」
「何にも考えずお燐に賛同した貴方も同罪です。だから貴方は今こうしてやってきたのでしょう?」
「それってつまり」
罪状を読み上げるかの如く、その事実は告げられる。
「ゆで卵でも食って反省してなさい」
「うにゅう!?!?!?」
有罪確定。項垂れる被告人二人。裏を見なきゃって反省した途端これとは、なんともやるせないものである。多分映姫様って一生こんなことし続けてるんだろうな。本当にお疲れ様です。
お燐、お空。勤労感謝ってのは、こうやるのよ。
「こいし様ぁ、抜け駆けはずるいですよぉ…律儀にお花まで用意して」
半泣きのお燐がぼそっと呟く。
「え?これってお燐達が用意したんじゃないの?」
「こいし様が買ってらっしゃったものですよ。私達はみんなで労いの言葉をかけよう、とだけお伝えしたのですが、いつの間にお花まで用意されて、一番にさとり様の元へ駆け込んでしまわれて。大好き、とまで言い出すとは思いませんでしたよ」
…裏かと思ってたら、表だった。
「こいし」
「むぐ」
まだ腕の中にいるこいしはちょっと苦しそう。でも今だけは、離したくない。
言い忘れたことを、面と向かって告げる。たまにはそんな日が必要だろう。
「今日は貴方の好きなハンバーグでも作りましょう。お燐とお空も呼んで、みんなでテーブルを囲みましょう。その綺麗な花も添えて、ね」
こいしからの返事はない。でもその真っ白い目は、少しだけ輝いたように見える。
さて、今日は一段と大変ね。
そうして私はキッチンへと向かう。今日だけの焼肉と、ハンバーグと、感謝のために。
───は?
サトリ全肯定戦線
さて、本日の議題テーマは午前9時48分、この摩訶不思議な発言を以て不可逆的に決定されたとここに宣言する。
発言者は古明地こいし。
私の…愛すべき自慢の妹である。
「え……いや……え?」
反射で飛び出す焦り声。返答としては0点どころか-1点級だが、これがこれが、まあ驚かずにはいられないってものだ。どうか判ってほしい。
たった今何の脈絡もなく過剰な褒め言葉を重ねたこいしは、純粋無垢たる眼差しで依然私を見つめている。生気なんてとうに消えたその目が、生き生きと私を捉えて離さない。
妹からの純愛と感謝に何が不満なのかと諸君らは思うかもしれないが、逆に問いたい。この古明地こいしという妹が過去にしでかした所業を見ても全く同じことが言えるのか?と。もし今私が想起スペルでトラウマを掘り出されたら九割はこいし関連。残り一割でその他諸々。多分覚り妖怪の迫害とかそういうシリアスな話であるが、正直割り切っているし何より過去の話すぎて忘れてきている。それに対しここ十年間のトラウマにおいてはこいしの加害性無意識が圧倒的なシェアを誇っていて、多分あと千年は揺らぐことがないと思っていた。
例を挙げればキリがないが、楽しく読書中に空中から降ってくる(ドロップキックがおまけで炸裂)、地霊殿に突如コオロギの大群を放つ(ペット達大騒ぎ。私1人で後始末)、要らん挑発を繰り返して博麗の巫女の侵攻を招く(ボコられるのは何故か私)、などなど。これら全てが『無意識だから仕方ないね、わっはっは』とかいうびっくり論理で正当化されるのが本当に納得できなかった。というか、今でもまだ納得していない。理解も当然していない。
それでも私の可愛い妹だから。たったそれだけで、されどそれだけで…かろうじて正負の均衡は保たれていた。それが今、崩れ去ったのだ。心が読めないということを、こんなにも切実に危ぶんだ事はない。妹が心を閉ざしたあの日ですら、私が抱いたのは未知への拒絶であって妹の存在そのものへの懐疑などではないのだから。
今私が感じているもの。それは…恐怖。怨霊も恐れ怯む少女さとりが。地底を総べる古明地の覚りが。…怖いのだ。目の前の妹が本物かすら、私にはもう判らない。
もう私はおかしくなってしまったのでしょうか。仰ぎ見る空もないのに、助けてと心が叫ぶ。嗚呼、どこにいらっしゃるのですか、レミリア嬢……。
…いや、落ち着け。何焦ってるのよ古明地さとり。
ただここで狼狽するだけでは威厳溢れる古明地の長女として失格。赤点再補習確定だ。あろう事か甘言をそのまま享受するなど断じて許されない。
求められるは強さと広さ。守るための強さと、受け入れるための広さ。これを以て姉は初めて、妹を守る大きな存在──カリスマ──となれるのだ…。レミリア嬢が勧めてくれた『文系長女の良問カリスマ』。まさかこんな所で役に立つとは、流石はカリスマの祖たる吸血鬼である。徹夜で読み進めた甲斐があった。
そうだ。私にはまだ対話の余地がある。たった一つの言の葉を以て知った気になるなどあまりに早計すぎるではないか。それは本来覚りに課せられた必然であったにしろ、こいし相手ならばそんなもの知ったことではないのだから。
咳払いのポーズで仕切り直し、再度こいしだと思われる何かへと向き直る。
「…こほん。こいし?どうしちゃったのかしら。どこか体調でも悪いの?」
姉として、あくまでも平生を貫きつつ言葉を紡ぐ。
それはもうはち切れる一歩手前であったけれども、私は虚勢の為に一本の糸だって掴んでみせるお姉ちゃんなのだ。
「お姉ちゃんに隠し事は通用しないわ。大丈夫。気にせず何でも相談してみなさい」
「いや、言ったことそのまんまなんだけど」
その、まんま???
ぐるぐる回る頭。その間にも、無慈悲に針は音を立てて回り続ける。
少しの静寂を超えて、やっと口が動き出す。
「ごめんなさい、よく聞こえなかったんだけど」
結局、こんな質問しか繰り出すことができなかった。何が真実で何が真実じゃないのか。ぐるぐるぐる回りに回って、上も下も右も左も判らなくなってくる。
「だーかーらー、そのまんまの意味だよ!」と一言。頭を抱える私を脇目に、こいしは少し顔をしかめる。怒ってるのかな、こいし。でもごめんなさい、本当に何が何だか判らなくて。さっきより少し押し気味に返ってくる言葉も、俯く私の耳をただ素通りするのみだった。
でも、と続けようとして、顔を上げる。何か異論を唱えようとしたと思う。
そこで初めて気がついた。こいしが手に持っていた、花を。
「私、お燐とおくうから聞いたの。お姉ちゃんはみんなのためにたくさん働いて、締め切り前はたくさん徹夜して、それでも間に合わなかったら映姫様に怒られて……それでも私達のことをいつも考えて暮らしてくれてるって。だから今、こうしてお姉ちゃんに面と向かってありがとうって伝えたいの。大好きって伝えたいの。ねえお姉ちゃ──んっ!?」
気づけば私は席を立っていて、気づけばこいしは私の腕の中だった。涙は溢れ出るのに、声は上手く出てこない。あんなに嫌いだった無意識が、今では私を突き動かして止まらない。
こいしは冷たかった。私がもっと気づいてあげていれば、この手で温もりを与えてあげられたのだろうに。私は読心術を持ちながら、目の前の心を知ろうともしなかった。表ばっかり見て、裏があることさえ疑わなかった。信頼という言葉を盾にして。
何が威厳だ。何がカリスマだ。こんなに素敵な家族さえいれば、強さも広さも喜んで捨ててやる。
「ごめん…なさいっっ…」
一度でも疑った私を許して。一度でも恐れた私を許して。
姉じゃなくて、古明地さとりとして。 愛してる貴方に伝えるわ。
「ありがとう。私も…大好きよ、こいし」
今日は貴方の好きなハンバーグでも作りましょう。お燐とお空も呼んで、みんなでテーブルを囲みましょう。 その綺麗な花も添えて。
馬鹿な私を気づかせてくれて、ありがとう。貴方は自慢の妹よ、こ────
「さとり様っ!」
危うく吹き飛びかねないほどの勢いで開いた扉の向こうには、たった今呼びに行こうとしたお空と…お燐がいた。お空はやけに真剣だし、お燐は妙に焦っている。お燐に至ってはちょっと涙ぐんでいた。
「お空のお馬鹿っ…!あんないい雰囲気に水差す奴がいるかい!」
「ん?あ、まだ入るの早かった?」
「早いとか遅いとかじゃなくて!時と場合ってもんがあるでしょうが!この鳥頭ぁ!」
わけも分からず立ち尽くす私にも構わず、突如揉め出すペット達。腕の中のこいしも、流石に驚きを隠せない。
「お、お燐?一体どうしたのかしら」
恐る恐る声をかけてみる。
「い、いやぁさとり様っ!なんでもないですから!なんでもないですから!どうぞおふたりの時間を楽しんでください!」
「お燐?仕事サボってまでここに来たんでしょ?ちゃんとさとり様に伝えないと」
仕事サボって、まで聞こえたところで涙が引っ込み始める。さっきまでが古明地さとりモードなら、ここからは地霊殿の主モードと言わんばかりに。驚愕の目で滝汗を流すお燐とは対照的に、お空は曇りなき笑顔で爆弾を解き放ってしまった。
「お燐、ちょっとこっちに来てください」
「はいっ!?」
目を泳がせながらも恐る恐る歩くお燐。こちらはここぞとばかりに三つの眼を向ける。
「さ、さとり、様…?」
「…“外の世界では『勤労感謝の日』、というものがあるらしい”」
「んにゃっ!?!?」
「“さとり様をみんなで褒めまくれば焼肉の一回は確実よ”、ですか。なるほど」
「で、でもっ!それはそれは仲睦まじいおふたりを見てしまったものですから、扉の前で待機していたんです!未遂ですっ!」
「ではお望み通り今日は焼肉、以降三日はご飯抜きです」
「やった…んええぇぇええぇ!?!?さとり様、どうかそれだけは!それだけは勘弁してくださいいぃいいぃぃ」
「焼肉の一回は叶いましたよ」
「さとり様の鬼畜!」
「なんとでも言いなさい」
労ってくれるのは嬉しいけど、裏の意図がやましすぎるのでドボン。執行猶予として焼肉は保証してあげたのだから十分だろう。
「お燐、なんだか判らないけど頑張ってね!」
依然として笑顔が取れないお空は、他人事のように清々しく立っている。だがその心は焼肉の香ばしい匂いで埋め尽くされていた。
「いや、貴方もですけど。お空」
「んえ?」
「何にも考えずお燐に賛同した貴方も同罪です。だから貴方は今こうしてやってきたのでしょう?」
「それってつまり」
罪状を読み上げるかの如く、その事実は告げられる。
「ゆで卵でも食って反省してなさい」
「うにゅう!?!?!?」
有罪確定。項垂れる被告人二人。裏を見なきゃって反省した途端これとは、なんともやるせないものである。多分映姫様って一生こんなことし続けてるんだろうな。本当にお疲れ様です。
お燐、お空。勤労感謝ってのは、こうやるのよ。
「こいし様ぁ、抜け駆けはずるいですよぉ…律儀にお花まで用意して」
半泣きのお燐がぼそっと呟く。
「え?これってお燐達が用意したんじゃないの?」
「こいし様が買ってらっしゃったものですよ。私達はみんなで労いの言葉をかけよう、とだけお伝えしたのですが、いつの間にお花まで用意されて、一番にさとり様の元へ駆け込んでしまわれて。大好き、とまで言い出すとは思いませんでしたよ」
…裏かと思ってたら、表だった。
「こいし」
「むぐ」
まだ腕の中にいるこいしはちょっと苦しそう。でも今だけは、離したくない。
言い忘れたことを、面と向かって告げる。たまにはそんな日が必要だろう。
「今日は貴方の好きなハンバーグでも作りましょう。お燐とお空も呼んで、みんなでテーブルを囲みましょう。その綺麗な花も添えて、ね」
こいしからの返事はない。でもその真っ白い目は、少しだけ輝いたように見える。
さて、今日は一段と大変ね。
そうして私はキッチンへと向かう。今日だけの焼肉と、ハンバーグと、感謝のために。
二人のうちどちらかが読心されたらその時点でアウトなのに焼肉食べたさに
全肯定計画を押し進めてしまう燐と空も微笑ましかったです。
ご馳走様でした、面白かったです。
しっとりした話かと思ったらお燐が出てきて急に流れが変わっていて勢いがよかったです