Coolier - 新生・東方創想話

耐久の時代について語る(四・五・六面)

2025/04/11 21:53:15
最終更新
サイズ
10.72KB
ページ数
1
閲覧数
419
評価数
4/5
POINT
440
Rate
15.50
 祖母は、あの少女たちよりふた回りほど年少で、彼女たちをじかに見た事がある、最後の世代でした。
 そんな祖母が、ふとした会合の時など、同世代の人たちと寄り集まり、博麗の巫女らについて話題にしたところに何度か居合わせた事があります。彼らは、まるであの少女たちを知っている事自体が 、“私たちの世代”に共有されるある種の自信、“私たちの世代”が抱いている共同体意識になっているかのようでした。
 そうした事をちょっと新鮮に感じたのは、自分の父母の世代は、あの少女たちに対してあまり良い感情を抱いていなかったから。……もっとも悪感情といっても、敵意ではなく憐れみでした。父母世代にとっては、異変解決者など、本質的にはおとぎ話に出てくる、悪い神様や悪い鬼や悪い龍なんかの生贄として差し出される乙女と、なにも変わらない。そう考えていたらしいのです。
 だが、祖母の世代は、あの人たちはそんな残酷な仕打ちを受けたわけではなかったと、そう信じている。そばで話を聞いていた感じだと、祖母の世代の少女たちは、みな彼女らに憧れていたようなふしもありました。誰もが博麗霊夢になりたくて、また霧雨魔理沙になりたかった。あの勇敢で、向こう見ずで、当時のこの楽園にあったありとあらゆる伝説に出現する、神話英雄的な少女たち……それが本当の事なのだと本当の意味で知っているのは、祖母が最後でした。あの人はあの世代で一番長生きだったので。
 あるいは、妖怪どももそうした本当を知っていて、あの少女たちを未だに忘れられていないとも言えるのかもしれません。連中による異変や騒動は今でも時たま起こるし、英雄のいない次世代、次々世代は常に対応に苦労させられていました。
 博麗霊夢や霧雨魔理沙を喪失した後の幻想郷は、彼女たちがいた頃の幻想郷を維持しようとして、スペルカードルールに則った弾幕決闘が、幻想郷の秩序維持のために続行されました。そこまではいい。安定していたシステムを廃止する愚もありませんからね。
 そして親たちの世代は久々の大異変を経験して……一晩で八人が死にました。
 惨事の原因は、俗に言う“難易度調整をミスった”というやつです。妖怪たちは、彼ら特有の物忘れの激しさと誇張によって、手加減を忘れ始めていました。また、かつての英雄時代の当事者として、往事を偉大な時代と記憶しようと躍起になって、誇大に見てしまってもいる。その頃には、あの少女の同時代人たちは、みんな隠居したか神上がっていました。
 今でも、だいたい二年に一人くらいの割合で死者が出ています。この数字の変化を、多いと受け取るか案外少ないと取るかはみなさんの勝手ですが、異変解決者はある種の生贄であるという父母世代の認識も、あながち間違ってはいないように思うのです。
 ……ただ、その生贄の乙女が、匕首呑んで敵陣に突っ込んでいく女傑なだけで。

 で、状況はよくない。
 既に切り札は使い果たしていて、疲れ果てていて、世界の果てにいるような気もしている。その果ての果ては嵐なのか霧の中なのかわからない有り様で、いつの間に自分がその渦中に突っ込んでしまったのかすらわからず、なにもかもが曖昧だ。ただ一つ曖昧でないのは疲労と苦痛だけで、それすらも非日常の高揚で上書きされている。
 この感覚自体は嫌いではないのだが、なんだか戸惑う。異変を解決した後もそのたかぶりが身の内に残っていたりして、持て余しがちだ。自分がこわいくらいに積極的で攻撃的になっているのを感じる。博麗霊夢や霧雨魔理沙にも、そんな夜はあったのだろうか……とも考えさせられるが、弾幕決闘で本当に必要だったのは視野の広さと冷静さだし、高揚や興奮に完全に身を任せるのは良くないだろう。
 気の持ちようの話だけではなく、バランス感覚はすべての要素に求められる。特に上下の感覚は。これがしっかりしていないと、空間識失調を起こして地上に向かって上昇(空に墜落?)する羽目になりかねない。それを不安に思ったら、異変解決の途中だろうとおとなしく引き返して、もうそこで異変解決を辞めようと決めていた。
 が、今はもう帰還不能点を通り越している。ここは、この郷特有のことわざに言う“体験版より先”というやつ。……もっとも、異変解決なんかにのめり込んでいる時点で、帰還不能点はとうに過去のものだっただろという意見はあっていい。スリルジャンキー、アドレナリンジャンキー、ジャンキーのためのジャンキー。本当に必要だったバランス感覚だけが丹念にぶっ壊されて、報酬系がいかれて、脳が変質して、もう元には戻れなくなった少女がこの世界にはいっぱいいて、当の博麗霊夢と霧雨魔理沙だって、そうでなかったとは言えない。
 彼女たちの末路は、よくわからない(祖父母世代の話すら記録と記憶が曖昧になるのが人の世の常なのはわかるが、妖怪たちすら政治利用するわけでもなく口をつぐんでいるのは、少し不思議だ……案外、連中も彼女たちの末路だけはわからないのかも)。なにかの異変解決で事故に遭ってそのへんで野垂れ死んだとか、神仙になっただとか、新天地に辿り着いて自分たちの王国を築いたとか(この話自体は、プレスター・ジョンの東方王国の伝説みたいで正直好きだったりする。信じられる話ではないけれど)、はなはだしいものだと、彼女たちの活躍は稗田家が主導した政治プロパガンダにすぎないだとか、更に発展して博麗の巫女の非実在説まで近年では出てくる有り様。なんにせよ確かな話が伝わっていない事だけが確かだった。
 妖怪たちがなにかを喋ってくれれば、それで解決するんだけど。連中、この件に関してはほんとだんまりだからね。
 なんか言えよ。

 だいたいお前らが、何も言わないのが良くないんだろうが。この世界の陰に身をひそめてしまっただんまり屋ども。ただ無言でタマ飛ばしてきて、こっちのタマがはじけ飛ぶのを、じっと待ち続けているだけの臆病者ども。今のありさまを見ていたら、てめえら妖怪なんかその程度の存在だって、たぶん彼女たちもそう思うわ。彼女たちとは誰の事かって? 博麗霊夢と霧雨魔理沙よ。彼女たちは逃げも隠れもしなかった。あの人たちは、常に勝負の舞台に立って、あんたらをのして、同時にあんたらがこの世界に居てもかまわないって言ってやった。妖怪たちがそうした通過儀礼すらおそれるようになってしまったなんて、ああ、もうおしまいだわ。弾幕ごっこですら身を隠すようになったって事は、私たち人間が抱いている恐怖は、もはや弾丸と人間に対してだけ。そういう世界になるのを認めたって事でしょ。もう一度言ってやる。うちらが恐れているのは、あんたたち妖怪の異様な能力ではなく、ただ無言で肉を切り裂いてくる弾幕と、墜落の懸念だけなの。ずいぶん寂しい世界になったものよ。……思えば、一晩で八人もぶち殺しちゃったのがあんたらの失策ね。おかげで新世代にとって、妖怪との弾幕決闘ってそういうものだって認識が定着してしまった。そうなると、もう妖怪なんてものはなくって、単に被弾が恐ろしくなるだけ。だから人間は妖怪そのものを恐れなくなる。だって被弾するのは、当人の判断と運が悪いだけだものね。自己責任、自己責任よ。自己責任は妖怪ですらない。
 ……無言ですっとんできたレーザーに焼かれて、髪の毛の先が焦げた。気がつくと周囲は交差する弾丸の坩堝。

 相手の攻撃が止むまで闇雲に反撃を加えまくって、なにかを退治したという手ごたえもないまま、先に進んでいる。
 いつもの事だが、いったいなんだったのだろう……と思う間もなく、左側から散発的に光弾が飛んでくる。位置の把握を難しくするため、攻撃を返すペースは抑えめにして、撃った後はその都度移動。するとその過去位置に向かって、相手の追尾弾が撃ち込まれた。
 この程度の道中なら、ちまちまと位置を変えてやりすごすだけでいい……のだが、こうした陽動によって、相手のやりやすい場所に誘い込まれている可能性も、もちろん考慮に入れる必要がある。一度、大きく左右に位置を振って弾を散らした後で、大きく前に出た。
 なにかが鼻先を横切った。妖精だろう。彼らもさっぱり見かけなくなった。自分たち人間の目が悪くなってしまっただけなのか、妖怪たちと同じように何事かが起きたのか、それはわからない。自分たちはあなた方がわからない。わかろうとするのを放棄しているわけではないはず、なのに。
 あるいは、お互い、相手が対話を拒絶していると思い込んでいるだけかもしれない(よくある事だ)。みんな受け入れる準備はできていたのに、みんな相手が受け入れてくれるのか疑わしくなっている。
 かつてはそうではなかったはずだ。彼ら妖怪も拒絶なんかおそれていなかった。むしろ拒絶こそ受容のポーズになり、我らと彼らの間に一線を置く事が、互いを認め合う共同体の成立の一助になったりした。そこにあの時代の不思議さがあったのだろうなとも思う。
 それを再び定義しなおして、成立させるためには、どうすべきか。
 答えはわかっている。あの時代と同じことを、何度失敗しようが奴らに出会えるまで繰り返し続ける。生贄に選ばれた乙女が匕首呑んだまま相手の懐まで潜り込んで、あいつらの奥歯ブチ割ってやんのよ。

 白というよりは灰色の階調と化した霧の遠くが、ぼうと光った。光源は弾幕の発生点だ。遠く妙に間延びしたような光弾の軌道は、手前に至る頃にはとんでもない速さになっているので、注意が必要だ。またこの手の光弾は、湿ってひんやりした空気の中では、奇妙にヒステリックな音を立ててすっとんでくる。その距離感をたよりにして避ければいい。
 しかし、音。音といえば、さっきから音楽がうるさい。妖怪たちは頭がおかしいらしく、異変があると、こういう騒音一歩手前の大音量で出迎えてくれる事があった。霧の中で音の輪郭がぼやけて、音の壁と化した中から、わずかに聞こえるかぼそい悲鳴のような弾幕の飛来音をよりわけなきゃいけない。
 音楽もかつては彼らを定義するものだったのかもしれないけれど、和音は今にもばらばらになりそうで、破綻し始めた演奏を立て直すすべを、誰も知らない。
 寸断ない攻撃が加えられてきたけれど、明らかに弾幕の質が変わった瞬間が幾度かあって(それくらいはわかる)、それから音楽さえぷっつりと止んでしまった。
 弾幕も止んだ。自分一人が孤独にこの世界に取り残されてしまった気がする。なにか言った方がよさげな雰囲気だったけれど、ひゅうひゅうと空気の通りだけが良くって、声が出ない。たぶん、弾幕とかではないのだけれど、口に飛び込んできた石か何かが頬を突き抜けていた。脳幹をやられたり、喉を抜かれたりしないだけ良かった。
 視覚も無事とは言えなかった。小一時間ほど、延々漫然と避けさせられた耐久弾幕の光弾が、網膜に焼けついて残っている。ただ技巧的に、作業的に避けているだけではいけなかったという事に気がついた時には、もう視界の真ん中は太陽を直視した時のように使い物にならなくなってしまっていた。それに、もはや確認するつもりもないが、どこか出血しているらしい。気がつくとぬるぬるしたものが手についていた。
 もう泣きそうよこっちは。

「なんだ、まだ泣いてなかったのか」
「あんたと違って強いのよ」
 おまけに幻聴まで始まった。ものすごく現実感のある声だったが、それだけに現実のものなのか怪しく思える、少女二人の声だった。
「だいたい、なんなのよこれ。昔どおりのルールじゃないわ。スペルカードルールに則るふりだけでもするのなら、せめて宣言くらいしなきゃ」
「……またぞろ政変か失脚か、とにかく妖怪側で誰かがやらかしたかな」
「昔、阿求が危惧していた、継承関係の非対称性ってやつかしら。おかしな事になるわけだわ」
 幻聴は妙に明瞭で、彼女らなりに筋道の立った会話を、ずるずると続けていった。
「たしかにおかしいけれど、だからといって、そこに私たちが殴りこんで昔ながらのルールを押しつけるわけにもいかない。昔を尊ぶなら、手掴みで飯を食っていた時代に戻る事だって肯定しなきゃいけないぜ?」
「無理に決まっている」
「だろ?」
「でも、古き法は新しき法にもなり得る。私たちだって、古いものに触れてはそこに新しきを見出して、新しいものに触れてはそこに古きを見出してきたわ。新しい世代にも、それと同じ事をしてもらえばいい」
「……ともかく、この異変に関してはここらで締めてやらなきゃみんなかわいそうだな」
「妖怪どものやる気が無いのなら、もう私たちがラスボスになっといてあげましょ」
 二人の声は少しずつ遠ざかっていきながら「いや私がラスボスだろ」とか「あんたはエクストラステージがお似合いでしょうが」とか、なにかふざけ半分の揉め事をやりながら、正面に陣取ってきた。どうやら幻聴すら敵になっちゃったみたいだけど、妙にほんわかとした安心感があって、本当に泣けてきちゃった。
 そして少女たちは名乗った。

 博麗霊夢や霧雨魔理沙を名乗る少女が、後の世代の少女たちの窮地を救ったという伝説は、たびたび報告されてきた。その多くはスペルカードルールの維持を良しとする妖怪たちの一派の謀略であった事が判明しているが、上の事例はその最初のものであり、また協力ではなくなぜか敵対してきたという点で、きわめて特殊な事例と捉えられている。
東方幻存神籤は無事入手できました。
かはつるみ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。なんというか耐久しんどいっすよね。
2.100夏後冬前削除
こういうぶっ殺すみたいな雰囲気の一人称が大好きなのと、弾幕戦が突き詰められると現代戦っぽい打ち合いに行き着いてしまうどん詰まり感が好きでした。狂った音楽を流しながらただただ殺人弾ぶちこんでくるのアナーキーすぎて良き。幻想少女の戦い方じゃない。。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
とにかく面白かったです。耐久弾幕しかない未来はめちゃくちゃディストピアだなあと思いました。対話相手が顔を出さないことへの怒りは、かなり現代的な感情だなあとも。