私は幻想郷中を覆う霧となって様子を観察していた。目論見通りに花見もとい宴会は繰り返されて、春が短かくてしばらく開けていなかった分はどうにか取り戻せそうである。
が、欲というのは限りないもので、一つが満たされても「一つが満たされた」ではなく「他にこれだけ満たされていない」という考え方になってしまう。なってしまうものは仕方ないし、欲を持つことが悪いこととも思わない(無欲で「悟った」などと嘯く僧侶だの天人だのという人種のなんと空虚で欺瞞なことか!!)。だから私は別の欲を満たそうとした。
私は幻想郷全域に広げていた霧を湖上空に限定し、そこから動かしてみた。別の欲を満たす行動を始めたものの、その生まれたばかりの欲が何なのか、私自身にもうまく具体例な言葉では説明することができない。多分、霧という現象への人間共の反応を見て面白がってやろうとかそういうの。私を無視して花見をしているのが寂しいとかそういうのでは決してない。うん。絶対そう。
霧が湖から里に向かうと、地上の人々は「妙な天気だ」と不安げな顔、苛立った顔で空を見上げた。ため息をついてまだ乾ききっていない洗濯物を物干し竿から取り外す婦人の姿が見えた。前髪をしきりに押さえてそれが湿気ているかどうか気にしている若者の姿が見えた。
が、そうした感情、どうも抽象的な「お天道様」か前に幻想郷を紅霧まみれにした湖近くの洋館かに向けられているようで、「霧が流れてこちらに来ているのは霧が悪い」というような、直接に霧もとい私に向けられたものではなかった。見たものをそのまま疑わないとは、人間の心理は分かりかねる。人間を弄ぼうとしたのに、人間に振り回されている気分になる。唯一、お天道様も信仰せず自分達がやったのではないと知っている件の洋館の者のみが霧を動かす存在がいるのではないかと疑いの目を向けているようだが、そのささやかな成果があってなお思ってたものと違う。
珍しく精神を乱されたからだろうか、霧に変じた体の一部、肝臓のあたりに違和感がある。一匹の虫が細かく飛び回っているような。肝がおかしいとは鬼の名折れだ。これはいかんと、鬼の国に一度戻る。逃げたのではない。大異変を起こすという一大事業には長期的な視点が必要なのであって……。
にしても、この虫が走っているかのような感覚はいったいなんなんだ。
***
鬼の国とは文字通りの百鬼夜行なわけで、そこには人間も妖怪もいれやしない。鬼の国の創造神話はただ一つ「鬼あれ」だ。鬼と、鬼が作った空間と、鬼が作った人工物(鬼工物じゃないかと重箱の隅をつつくことを言う奴はこの国では到底生きられない)しかない。
鬼の国にないものは他全部。自然らしい自然もない。あるはずがない。
だから、これは異常事態だ。戻ってきて霧形態から実体化したら、目の前に明らかに地上出身という雰囲気を醸し出した妖精が一人いる。
「お前は誰だ」
「ここはどこなんですか!?」
「『ここはどこなんですか』か。随分と変な名前だな」
「あ、いや、それは名前ではないです」
異常事態だが、鬼に対する妖精なんぞ象に対するアリンコみたいなものなのでどうということはないという風に、その一方で気になりはするので質問を高圧的にふっかけてみた。
一方、この妖精、青色の服で緑髪という以外に特徴もないような妖精(ま、妖精の特徴なんて一々把握もしたことないんだけれどな)は、おどおどと狼狽えている。どうやら妖精側にとっても、自分が鬼の国にいることは予想外らしい。
「じゃあ名前はなんなんだよ」
「ええと……それは……」
ただ、それとは別に、こいつはどういうわけか、私の質問そのものに何か困っているようだった。そんなに変でも答えにくい質問でもないと思うのだが。
「名前、ないんです」
「『ないんです』って名前……じゃないんだろうな。冗談は終わりだ。名無しってことかい。人間は大概だと思っていたところだが、妖精も変な種族なんだな」
「いや、他の妖精には名前あるんですよ? 名前を持っていないのは私くらいです」
「訂正だ。変なのはお前個人だ。不便じゃないのか、呼び名がないって。というか今まさに不便だったろ」
「確かに不便なこともあります」
この妖精は不敵な笑みを浮かべた、と思っているらしい。鬼の覇気に比べたら妖精の威勢なんて張り子の虎、いや、張り子の子猫だ。
「けれども名前がない方が強そうじゃないですか。私の友達にチルノって名前の妖精がいて、自称最強なんですけれど、でもチルノちゃんはチルノちゃんであって、それ以上でもそれ以下でもないんです。その点私は名前に縛られない可能性の塊ですからね」
でも妖精であることには縛られているじゃないか、と私は思った。すぐに気がついたのは私が鬼だからかもしれない。鬼は最強の種族だが、最強故にあまりにも多くのことに縛られる。鬼だから豆をぶつけられるし、鬼だから鰯の頭は臭い。そして鬼だから最後は人間に退治され、長らく忘れ去られていた。
「お前のいう可能性は野良猫のテリトリーか、どんだけ贔屓目に見てもせいぜいお釈迦様の掌の中の猿餓鬼って感じだけれどな。なんにせよ、私にとってはお前を呼ぶ方法がないと面倒なんだよ。『小さいの』でいいよな?」
「えー。私って妖精の中では背が高いから『大妖精』っても呼ばれるんですよー?」
小さいのは頬を膨らませた。
「鬼に比べたら小さいだろうが。というかお前自身名前がないことによる可能性がどうこう言ってたじゃないか。『大』妖精なんてのには縛られずにミニマムな可能性も模索していけ」
「鬼に比べたら小さいって、そうかなあ……」
小さいのは自分の頭頂部に片手の掌を下向きに置き、それを水平にこちらにスライドさせてきた。身長比較をしたいらしいが、手は私の額くらいの高さに当たった。そんなに私は背が低く見えるのかね。
「諦めな。お前はここでは小さいの、だ。で、私の一個目の質問は解決したから次はお前の質問に答えてやる番だな。とはいえ見れば分かるだろうが、ここは鬼の国だよ」
「鬼の国……」
小さいのはとぼけた顔をした。妖精ってのはだいたい呆けてるように見えるが。
「あー、鬼を知らなかったか。昔は表の世界にいて色々幅を利かせたり人妖とやりあったりしたものだがね……。いや妖精なら知ってるだろそれは」
鬼も含めた他の種族が妖精に対してただ一つ敬意を払わなければならないことがあるとするならば、それが自然そのものであり旧いということだ。妖精の歴史とはそれすなわち自然史である。
「そうでしたねえ」
小さいのはまだとぼけている。妖精以外は妖精の旧さに敬意を払うが、妖精側がそれに値する歴史を蓄積しているかどうかはまた別の話だ。
「じゃあ今鬼が住んでいるのが鬼の国、なんですか?」
「そうだとも。名前通りなのは当たり前だ。例えば『小人の国』ってのがあったとしてそこに住んでるのが巨人だったら詐欺だろ?」
「ふむふむ。鬼さん達は今はここにいるんですね」
小さいのはまだまだとぼけた顔をしている。やっぱり妖精は一生呆けてるものらしい。が、よく見ると寂寥のような憂いを一厘くらいの割合帯びたような気がしないでもない。
「湖の近くにミズナラの木があって、ずっとあったんですけれど、何年か前になくなっちゃったんですよね。思えば鬼さんもいつからか姿を消してましたねえ……」
鬼の国には自然がなく妖精が少ないので妖精との付き合いというのが皆無に近い。表の世界にいたときの記憶や経験を覚えていたつもりだったが、しばらく姿を消していただけでも存外妖精との付き合い方を忘れてしまうものらしい。大原則を忘れていた。こいつらは底抜けに馬鹿だった。
「ミズナラは鬼じゃない。私は事情を知らないが枯れて死んでしまったんだろうよ。で、鬼は死んだんじゃなくて引っ越しただけだけ。ここは死後の国じゃないから安心しろ」
「死後の国……?」
「あー面倒くさいな。つまりお前は別に死んだわけじゃないってことだ」
「そりゃそうですよ。妖精が死ぬわけないじゃないですか」
「ああ、そうだろうな」
私は小さいのに対して鬼の国がなんたるかを説明するのは諦めた。ここに私がいると互いに分かっている、それで十分じゃないか。
「お前の疑問が解決したところで、私からの質問二つ目だ。小さいの、お前はどうして鬼の国にいる?」
ここに私がいると互いに分かっているのはそれだけで十分となる事実だが、妖精がいるというのはその事実を互いに認めてもそれだけでいいか、とはならない話だ。主に私が納得しかねる。
「私にだって分かりませんよ。私だってここがどこかも知らずに来たんですから」
「じゃあ聞き方を変えようかね。どうやってここに辿り着いた?」
小さいのは少し間を置いて話し始めた。
「私、霧の中を泳ぐのが好きなんです」
何度目かくらいにこいつを変なやつだと思った。むしろ呆けてた方がありがたかったぐらいだが、こういうときに限ってこの妖精は呆けていなくて無駄にまっすぐした目でこちらを向いてくる。
「最近、霧の日が続きました。春先だからなんでしょうね。私も嬉々として泳ごうとしたものですが、どうにも。霧の範囲が広い代わりに満足に泳ぐには薄すぎたのです。湖の周りから泳いで出れる、出て霧の果てが見えると期待していたのに上手くいかない日が続きました。ところが今日は久しぶりに濃い霧が出て、しかも湖の上から動き始めた。鬼さんも見ました? これ幸いと飛び込んで泳いで進んでいたら、ここにたどり着きました。霧の果ては、鬼の国だったんですね」
「ああそうかい。風流なことで」
霧に対して「泳ぐ」という動詞を使うことは結局分からないままだった。逆に分かることとして、その霧とは私自身のことなのだろうが、「お前が泳いでいたのは私の中だよ」と教えても絶対理解してくれないだろうなと思ったからそれは言わなかった。
というか、霧になっていたとき肝臓に感じていた虫感の正体はこいつじゃねえか。
私は何かどっと疲れたからあぐらをかいた。それで小さいのだけ立たせているのも悪いから座るよう促した。
私と小さいのの間にはちゃぶ台がある。畳むのが面倒でそのまま畳の一部を占有する家具として置いているのだ。小さいのの背丈は台に対して丁度に見える。ちゃぶ台なんて机としては低すぎるように作られているんだから、それが丁度ならやっぱりこいつは鬼基準ならチビだなと思った。
「私を知ってここに来たわけじゃないから、来客一人目、とは言えないな。お前は零人目だ。正式な客じゃないから完全にはもてなさないが、酒くらいは出してやろう」
私は盃に瓢箪の酒を注いだ。
「わあ、ありがとうございます」
小さいのは勢いよく盃の酒を飲んだ。飲みっぷりがいいのはよいことだ。これが人間だと、鬼からの酒というだけで嫌な顔をしたり変なものが入っていないかと疑ったりする。普段から人に振る舞う酒に毒を盛るからそんなことになるんだ。もし現代になってなおこの悪習が改まっていなかったら、「酒を気持ちよく飲ませない精神的暴力」という意味で「アルハラ」という言葉を生み出して世に浸透させてやろうと考えている。
「妖精も酒はよく飲むのか?」
「飲みますよー。宴会とかもよく行きます。最近は宴会が多くて楽しいです」
宴会が多い原因が目の前にいるんだけれどな。妖精に期待してはいないことなので構わないが。そろそろ、妖精以外のもうちょっとオツムの回る連中の誰かが何かがおかしいと気がつく頃合いだろう。そうなったらそいつが来客一人目だ。
「ところでもし私がちゃんとした客だったらどういうもてなしをしてもらえたんですか」
「そりゃあ楽しいこと
さ」
「あー」
この零人目の客は自分に許された唯一のもてなしは酒であるというのを忠実に守り、盃に二杯目の酒を求めた。妖精は見た目によらず飲むのが早いのだろうか。鬼や天狗には負けるとはいえ。
「そりゃあー、とてもー、いい、れすねえ」
いや、様子がおかしいな? と思う間もなく小さいのは大の字に腕を広げ、仰向けに倒れてしまった。特段酒に強くはなくて馬鹿、あるいは無謀だから身の丈に合わない量と速さで酒を体に入れていたというだけらしい。顔も紅潮していて、典型的な酔いつぶれだ。
盃二杯でダウン。妖精が酒豪種族でないのは分かるとしても、そんなにかとほろ酔い気分で考える。若気の至りみたいな度数の数字だけ高めた酒ではなくそこそこの強さの酒というのが最近のマイブームで、だから今飲んでいて小さいのに飲ませたのも、少なくとも鬼の基準ではほろ酔いな度数なのだが。
「赤らんだ妖精を観察しながら酒を飲むってのも花見のうちなのかねえ。ま、面白くはあれど綺麗なものではないな。顔の美醜関係置いときゃ酔っ払いを見て飲んでるのと変わんない。妖精ならせめて本物の花の一つでも咲かせてほしかったもんだが、こいつはそういう性質じゃないっぽいなあ」
結局一人で飲んでいる。厳密には一人ではないが、二人目が目の前の意識不明だからこれの姿を眺める以上には二人目がいることの利点がない。
もっとも、鬼や天狗の酔いつぶれは見飽きて見るに堪えないのに対して妖精のそれはまだ面白い。本当に花を見てるようで、どこが花なのかというと赤く咲いているのが散って……。
散って……?
「おーい」
赤かった小さいのの頬が、気がつけば完全に青ざめてる。「最初黒くて赤くなって最後白くなるものはなんだ」という謎々があり、これの答えは「木炭」なのだが、「妖精」でもいいんじゃないかな。最初が黒じゃないが。
ではなく。私は小さいのの首筋に触れる。酔っぱらいのおぼつかない手にも分かるくらいに冷えている。
「死んだんじゃないだろうな。大丈夫だろうな」
小さいのは目を閉じたまま答えない。
しかし、こいつがすぐさっきまで上機嫌に酒を飲んでいるのを見ていて、体温と血色以外はそのときのままなのだ。だからそれでも死ぬのかな、と思い上体を起こして小さいのの鼻と口をこっちに近づけてみたが呼吸は止まっていた。それでこれは死んだなと諦めて事態を受け入れることにした。
故意に猫を死なせたようなもので、故意に猫を死なせても犯罪ではないように(私の知る法ではそういうことになっている)、それで何かお咎めがあるということもない。が、家の中で猫が死んだときのように、それを処理する手間というのはある。
「庭に穴でも掘って埋めるか。面倒なことになった」
とりあえず酒の入りが半端なのでまずは飲むことにした。酒は命より重い。
面倒な死に方しやがって。手品みたいに消えてくれないかなと念じながら酒をあおる。天井を見上げて瓢箪の中身を喉に流し込み、また前方の、小さいのの死体を視界に入れると、それがぼやけているような気がした。
「酔いが深まったか」
そう思い同じ手順をもう一度すると、死体は更にぼやけた。しかも、このとき気がついたが、ぼやけているのは小さいのの(身につけている服を含めた)死体だけで、他はそのままだ。変わったのは私の視覚ではなく小さいのの体の方だ。
これ幸いとどんどん酒を飲むと、酔いの深まりなのか時間の経過なのか知らないが小さいのの死体はどんどん曖昧になっていき、ついに霧のように姿を消した。
「ああ、妖精は死んでも一回休みで生き返るんだったな」
一回休みとは双六に例えた比喩なのだが、実際にその様を目の当たりにすると、どっちかというと「振り出しに戻る」じゃないかな、と思った。小さいのの振り出しは、あの話しぶりからすると霧の湖なのだろう。
「自由なやつだ」
最後、もう一杯だけ酒を飲む。自然というのは自由で気まぐれで勝手なものだから、妖精もさもありなんというわけ。私ら鬼もそれを理想として生きていたつもりだったが、本物を見せつけられるともっと自由でもいいんだなと内省させられるものがあった。
***
私は地上の神社で酒を飲んでいる。
異変終わりの宴会だ。私が起こした異変が終わったのでそれを祝した宴会、というのが名目。
実際のところ、異変は終わったのだろうか? 私が異変を起こした最大の目的及び現象は宴会を繰り返すことだったのだから、宴会をしているなら異変はまだ終わっては。
ま、どうでもいいかそんなこと。異変を起こした側が終わりだって言ってるんだから終わりでいいだろ。霊夢筆頭に宴会に集まった連中も、宴会を開く理由なんて正直どうでもいいと思っていたのだ。それは異変を起こしている時点で分かっていたことだが。
つまり、今の幻想郷の連中は鬼とそんな変わらんってことだ。悲しいことにこれを指摘するとだいたい芳しくない反応が返って来る。そんなに鬼扱いが嫌か。言い方を変えると享楽的で裏表がないってことなのだが。
「あー?」
特に霊夢はなんか怒り出す。私から見る限り、お前が一番鬼に近いのだがね。
「ま、言い得て妙ね。無差別に罪のない妖怪まで問答無用で倒して回る様は正に鬼。全く御しがたい。そこの鬼の保護者、あんたの主人と霊夢だとどっちが厄介だと思う?」
霊夢よりは相対的に鬼ではないが、本人が思っているだろう以上には鬼性のある人形遣いは同意を示していた。
「鬼の保護者だった覚えはありませんが……」
鬼の保護者かそうでないかでいえばこいつは鬼の保護者。ただこいつが面倒を見ている鬼は歴史の浅い妙な変種だからか羽が生えている。
「鬼なら炒った豆で倒せるわね」
吸血鬼の旧友の方の魔女。実は精神的にはこいつにも鬼らしいところはあるのだが、流石に肉体が鬼と分類するにはあまりにも貧弱すぎる。こいつは会話に参加しながら手元では煮豆をどうにかして炒った豆に変えることができないか試行錯誤してるようだった。食べ物で遊ぶなよ。
ひとしきり参加者の鬼さを鑑定して、鬼ではないが多かれ少なかれ鬼っぽくはあるという結論を改めて得たところで、妖精も宴会に参加しているのを見つけた。あの小さいのもいて、確かにあいつが主張してたように、小さいのは他の妖精に比べたら少し大きかった。
「妖精もいるんだな」
「鬼の国では珍獣かもしれんが、こっちではそこら中にいる。人より妖精の方が多い。つまり人間の方が貴重だから愛でるべきは人間だってことだ」
貧弱じゃない方の魔女、霧雨魔理沙は知ってる範囲では霊夢の次に鬼に近い。が、致命的なことにこいつ、平気で嘘をつくからその点において絶対鬼じゃないんだよなあ。なので魔理沙の言う事は適当に聞き流して妖精の方に行くことにした。
「よう」
「はじめましてー」
小さいのは私と会ったことを忘れたようだった。明らかに命と同時に記憶を失う飲み方だったからなあ。
「はじめまして、か。久しぶり、かもしれんがね。私は鬼だ。昔々は地上にいたんだ」
「あたいは妖精!! 泣く子も凍らせる最強の妖精さ!! で、あたいの右にいるのが」
自称最強なので、この氷の妖精が前一瞬話題に挙がっていたチルノらしい。で、チルノから見て右にいるのがあの小さいのだった。
「待て。何の妖精なのか当ててやろう」
「おっ? 何も言ってないのがそんなことができるのか?」
「生き物には気というのがあってな。気を読み取るとどういう性質の存在かというのが分かる」
霧になることの応用で、気を読むことが全くできないわけではないから嘘ではない。それはそれとして今回は元々知ってるわけだからカンニングなんだけれどな。
「霧の妖精だろ? お前」
「すごーい、ほんとに分かるなんて」
「あたいに比べたら最強じゃないかもしれないけれど、お前、中々強いな」
その後しばし酒を交わしながら歓談し、私はただ酒を「適度に」飲んで話しているつもりだったんだが、やっぱり妖精達が先に酔いつぶれてお開きになった(今回は私の酒だけでなく持ち込みの水みたいな酒も混ざってたからか死人は出なかったが)。
今回会ったこともまた小さいのは忘れるのだろうな、と思う。命は変わらずとも精神はまた「振り出しに戻る」だ。妖精という種族、他のどの種族よりも長生きなのに進歩というものが感じられないのが少し不思議だったのだが、こういうカラクリというわけだ。
まあ、妖精が時間をまともに活用してどんどん賢くなったら世界はずっとつまらないものになってしまうだろうからこれでいいのだ。妖精も自然も、前に進むというよりは循環するものなのだ。
私はまた自然の何かの歯車が一回転して、再び霧になるのを期待して待とうと決めた。
が、欲というのは限りないもので、一つが満たされても「一つが満たされた」ではなく「他にこれだけ満たされていない」という考え方になってしまう。なってしまうものは仕方ないし、欲を持つことが悪いこととも思わない(無欲で「悟った」などと嘯く僧侶だの天人だのという人種のなんと空虚で欺瞞なことか!!)。だから私は別の欲を満たそうとした。
私は幻想郷全域に広げていた霧を湖上空に限定し、そこから動かしてみた。別の欲を満たす行動を始めたものの、その生まれたばかりの欲が何なのか、私自身にもうまく具体例な言葉では説明することができない。多分、霧という現象への人間共の反応を見て面白がってやろうとかそういうの。私を無視して花見をしているのが寂しいとかそういうのでは決してない。うん。絶対そう。
霧が湖から里に向かうと、地上の人々は「妙な天気だ」と不安げな顔、苛立った顔で空を見上げた。ため息をついてまだ乾ききっていない洗濯物を物干し竿から取り外す婦人の姿が見えた。前髪をしきりに押さえてそれが湿気ているかどうか気にしている若者の姿が見えた。
が、そうした感情、どうも抽象的な「お天道様」か前に幻想郷を紅霧まみれにした湖近くの洋館かに向けられているようで、「霧が流れてこちらに来ているのは霧が悪い」というような、直接に霧もとい私に向けられたものではなかった。見たものをそのまま疑わないとは、人間の心理は分かりかねる。人間を弄ぼうとしたのに、人間に振り回されている気分になる。唯一、お天道様も信仰せず自分達がやったのではないと知っている件の洋館の者のみが霧を動かす存在がいるのではないかと疑いの目を向けているようだが、そのささやかな成果があってなお思ってたものと違う。
珍しく精神を乱されたからだろうか、霧に変じた体の一部、肝臓のあたりに違和感がある。一匹の虫が細かく飛び回っているような。肝がおかしいとは鬼の名折れだ。これはいかんと、鬼の国に一度戻る。逃げたのではない。大異変を起こすという一大事業には長期的な視点が必要なのであって……。
にしても、この虫が走っているかのような感覚はいったいなんなんだ。
***
鬼の国とは文字通りの百鬼夜行なわけで、そこには人間も妖怪もいれやしない。鬼の国の創造神話はただ一つ「鬼あれ」だ。鬼と、鬼が作った空間と、鬼が作った人工物(鬼工物じゃないかと重箱の隅をつつくことを言う奴はこの国では到底生きられない)しかない。
鬼の国にないものは他全部。自然らしい自然もない。あるはずがない。
だから、これは異常事態だ。戻ってきて霧形態から実体化したら、目の前に明らかに地上出身という雰囲気を醸し出した妖精が一人いる。
「お前は誰だ」
「ここはどこなんですか!?」
「『ここはどこなんですか』か。随分と変な名前だな」
「あ、いや、それは名前ではないです」
異常事態だが、鬼に対する妖精なんぞ象に対するアリンコみたいなものなのでどうということはないという風に、その一方で気になりはするので質問を高圧的にふっかけてみた。
一方、この妖精、青色の服で緑髪という以外に特徴もないような妖精(ま、妖精の特徴なんて一々把握もしたことないんだけれどな)は、おどおどと狼狽えている。どうやら妖精側にとっても、自分が鬼の国にいることは予想外らしい。
「じゃあ名前はなんなんだよ」
「ええと……それは……」
ただ、それとは別に、こいつはどういうわけか、私の質問そのものに何か困っているようだった。そんなに変でも答えにくい質問でもないと思うのだが。
「名前、ないんです」
「『ないんです』って名前……じゃないんだろうな。冗談は終わりだ。名無しってことかい。人間は大概だと思っていたところだが、妖精も変な種族なんだな」
「いや、他の妖精には名前あるんですよ? 名前を持っていないのは私くらいです」
「訂正だ。変なのはお前個人だ。不便じゃないのか、呼び名がないって。というか今まさに不便だったろ」
「確かに不便なこともあります」
この妖精は不敵な笑みを浮かべた、と思っているらしい。鬼の覇気に比べたら妖精の威勢なんて張り子の虎、いや、張り子の子猫だ。
「けれども名前がない方が強そうじゃないですか。私の友達にチルノって名前の妖精がいて、自称最強なんですけれど、でもチルノちゃんはチルノちゃんであって、それ以上でもそれ以下でもないんです。その点私は名前に縛られない可能性の塊ですからね」
でも妖精であることには縛られているじゃないか、と私は思った。すぐに気がついたのは私が鬼だからかもしれない。鬼は最強の種族だが、最強故にあまりにも多くのことに縛られる。鬼だから豆をぶつけられるし、鬼だから鰯の頭は臭い。そして鬼だから最後は人間に退治され、長らく忘れ去られていた。
「お前のいう可能性は野良猫のテリトリーか、どんだけ贔屓目に見てもせいぜいお釈迦様の掌の中の猿餓鬼って感じだけれどな。なんにせよ、私にとってはお前を呼ぶ方法がないと面倒なんだよ。『小さいの』でいいよな?」
「えー。私って妖精の中では背が高いから『大妖精』っても呼ばれるんですよー?」
小さいのは頬を膨らませた。
「鬼に比べたら小さいだろうが。というかお前自身名前がないことによる可能性がどうこう言ってたじゃないか。『大』妖精なんてのには縛られずにミニマムな可能性も模索していけ」
「鬼に比べたら小さいって、そうかなあ……」
小さいのは自分の頭頂部に片手の掌を下向きに置き、それを水平にこちらにスライドさせてきた。身長比較をしたいらしいが、手は私の額くらいの高さに当たった。そんなに私は背が低く見えるのかね。
「諦めな。お前はここでは小さいの、だ。で、私の一個目の質問は解決したから次はお前の質問に答えてやる番だな。とはいえ見れば分かるだろうが、ここは鬼の国だよ」
「鬼の国……」
小さいのはとぼけた顔をした。妖精ってのはだいたい呆けてるように見えるが。
「あー、鬼を知らなかったか。昔は表の世界にいて色々幅を利かせたり人妖とやりあったりしたものだがね……。いや妖精なら知ってるだろそれは」
鬼も含めた他の種族が妖精に対してただ一つ敬意を払わなければならないことがあるとするならば、それが自然そのものであり旧いということだ。妖精の歴史とはそれすなわち自然史である。
「そうでしたねえ」
小さいのはまだとぼけている。妖精以外は妖精の旧さに敬意を払うが、妖精側がそれに値する歴史を蓄積しているかどうかはまた別の話だ。
「じゃあ今鬼が住んでいるのが鬼の国、なんですか?」
「そうだとも。名前通りなのは当たり前だ。例えば『小人の国』ってのがあったとしてそこに住んでるのが巨人だったら詐欺だろ?」
「ふむふむ。鬼さん達は今はここにいるんですね」
小さいのはまだまだとぼけた顔をしている。やっぱり妖精は一生呆けてるものらしい。が、よく見ると寂寥のような憂いを一厘くらいの割合帯びたような気がしないでもない。
「湖の近くにミズナラの木があって、ずっとあったんですけれど、何年か前になくなっちゃったんですよね。思えば鬼さんもいつからか姿を消してましたねえ……」
鬼の国には自然がなく妖精が少ないので妖精との付き合いというのが皆無に近い。表の世界にいたときの記憶や経験を覚えていたつもりだったが、しばらく姿を消していただけでも存外妖精との付き合い方を忘れてしまうものらしい。大原則を忘れていた。こいつらは底抜けに馬鹿だった。
「ミズナラは鬼じゃない。私は事情を知らないが枯れて死んでしまったんだろうよ。で、鬼は死んだんじゃなくて引っ越しただけだけ。ここは死後の国じゃないから安心しろ」
「死後の国……?」
「あー面倒くさいな。つまりお前は別に死んだわけじゃないってことだ」
「そりゃそうですよ。妖精が死ぬわけないじゃないですか」
「ああ、そうだろうな」
私は小さいのに対して鬼の国がなんたるかを説明するのは諦めた。ここに私がいると互いに分かっている、それで十分じゃないか。
「お前の疑問が解決したところで、私からの質問二つ目だ。小さいの、お前はどうして鬼の国にいる?」
ここに私がいると互いに分かっているのはそれだけで十分となる事実だが、妖精がいるというのはその事実を互いに認めてもそれだけでいいか、とはならない話だ。主に私が納得しかねる。
「私にだって分かりませんよ。私だってここがどこかも知らずに来たんですから」
「じゃあ聞き方を変えようかね。どうやってここに辿り着いた?」
小さいのは少し間を置いて話し始めた。
「私、霧の中を泳ぐのが好きなんです」
何度目かくらいにこいつを変なやつだと思った。むしろ呆けてた方がありがたかったぐらいだが、こういうときに限ってこの妖精は呆けていなくて無駄にまっすぐした目でこちらを向いてくる。
「最近、霧の日が続きました。春先だからなんでしょうね。私も嬉々として泳ごうとしたものですが、どうにも。霧の範囲が広い代わりに満足に泳ぐには薄すぎたのです。湖の周りから泳いで出れる、出て霧の果てが見えると期待していたのに上手くいかない日が続きました。ところが今日は久しぶりに濃い霧が出て、しかも湖の上から動き始めた。鬼さんも見ました? これ幸いと飛び込んで泳いで進んでいたら、ここにたどり着きました。霧の果ては、鬼の国だったんですね」
「ああそうかい。風流なことで」
霧に対して「泳ぐ」という動詞を使うことは結局分からないままだった。逆に分かることとして、その霧とは私自身のことなのだろうが、「お前が泳いでいたのは私の中だよ」と教えても絶対理解してくれないだろうなと思ったからそれは言わなかった。
というか、霧になっていたとき肝臓に感じていた虫感の正体はこいつじゃねえか。
私は何かどっと疲れたからあぐらをかいた。それで小さいのだけ立たせているのも悪いから座るよう促した。
私と小さいのの間にはちゃぶ台がある。畳むのが面倒でそのまま畳の一部を占有する家具として置いているのだ。小さいのの背丈は台に対して丁度に見える。ちゃぶ台なんて机としては低すぎるように作られているんだから、それが丁度ならやっぱりこいつは鬼基準ならチビだなと思った。
「私を知ってここに来たわけじゃないから、来客一人目、とは言えないな。お前は零人目だ。正式な客じゃないから完全にはもてなさないが、酒くらいは出してやろう」
私は盃に瓢箪の酒を注いだ。
「わあ、ありがとうございます」
小さいのは勢いよく盃の酒を飲んだ。飲みっぷりがいいのはよいことだ。これが人間だと、鬼からの酒というだけで嫌な顔をしたり変なものが入っていないかと疑ったりする。普段から人に振る舞う酒に毒を盛るからそんなことになるんだ。もし現代になってなおこの悪習が改まっていなかったら、「酒を気持ちよく飲ませない精神的暴力」という意味で「アルハラ」という言葉を生み出して世に浸透させてやろうと考えている。
「妖精も酒はよく飲むのか?」
「飲みますよー。宴会とかもよく行きます。最近は宴会が多くて楽しいです」
宴会が多い原因が目の前にいるんだけれどな。妖精に期待してはいないことなので構わないが。そろそろ、妖精以外のもうちょっとオツムの回る連中の誰かが何かがおかしいと気がつく頃合いだろう。そうなったらそいつが来客一人目だ。
「ところでもし私がちゃんとした客だったらどういうもてなしをしてもらえたんですか」
「そりゃあ楽しいこと
さ」
「あー」
この零人目の客は自分に許された唯一のもてなしは酒であるというのを忠実に守り、盃に二杯目の酒を求めた。妖精は見た目によらず飲むのが早いのだろうか。鬼や天狗には負けるとはいえ。
「そりゃあー、とてもー、いい、れすねえ」
いや、様子がおかしいな? と思う間もなく小さいのは大の字に腕を広げ、仰向けに倒れてしまった。特段酒に強くはなくて馬鹿、あるいは無謀だから身の丈に合わない量と速さで酒を体に入れていたというだけらしい。顔も紅潮していて、典型的な酔いつぶれだ。
盃二杯でダウン。妖精が酒豪種族でないのは分かるとしても、そんなにかとほろ酔い気分で考える。若気の至りみたいな度数の数字だけ高めた酒ではなくそこそこの強さの酒というのが最近のマイブームで、だから今飲んでいて小さいのに飲ませたのも、少なくとも鬼の基準ではほろ酔いな度数なのだが。
「赤らんだ妖精を観察しながら酒を飲むってのも花見のうちなのかねえ。ま、面白くはあれど綺麗なものではないな。顔の美醜関係置いときゃ酔っ払いを見て飲んでるのと変わんない。妖精ならせめて本物の花の一つでも咲かせてほしかったもんだが、こいつはそういう性質じゃないっぽいなあ」
結局一人で飲んでいる。厳密には一人ではないが、二人目が目の前の意識不明だからこれの姿を眺める以上には二人目がいることの利点がない。
もっとも、鬼や天狗の酔いつぶれは見飽きて見るに堪えないのに対して妖精のそれはまだ面白い。本当に花を見てるようで、どこが花なのかというと赤く咲いているのが散って……。
散って……?
「おーい」
赤かった小さいのの頬が、気がつけば完全に青ざめてる。「最初黒くて赤くなって最後白くなるものはなんだ」という謎々があり、これの答えは「木炭」なのだが、「妖精」でもいいんじゃないかな。最初が黒じゃないが。
ではなく。私は小さいのの首筋に触れる。酔っぱらいのおぼつかない手にも分かるくらいに冷えている。
「死んだんじゃないだろうな。大丈夫だろうな」
小さいのは目を閉じたまま答えない。
しかし、こいつがすぐさっきまで上機嫌に酒を飲んでいるのを見ていて、体温と血色以外はそのときのままなのだ。だからそれでも死ぬのかな、と思い上体を起こして小さいのの鼻と口をこっちに近づけてみたが呼吸は止まっていた。それでこれは死んだなと諦めて事態を受け入れることにした。
故意に猫を死なせたようなもので、故意に猫を死なせても犯罪ではないように(私の知る法ではそういうことになっている)、それで何かお咎めがあるということもない。が、家の中で猫が死んだときのように、それを処理する手間というのはある。
「庭に穴でも掘って埋めるか。面倒なことになった」
とりあえず酒の入りが半端なのでまずは飲むことにした。酒は命より重い。
面倒な死に方しやがって。手品みたいに消えてくれないかなと念じながら酒をあおる。天井を見上げて瓢箪の中身を喉に流し込み、また前方の、小さいのの死体を視界に入れると、それがぼやけているような気がした。
「酔いが深まったか」
そう思い同じ手順をもう一度すると、死体は更にぼやけた。しかも、このとき気がついたが、ぼやけているのは小さいのの(身につけている服を含めた)死体だけで、他はそのままだ。変わったのは私の視覚ではなく小さいのの体の方だ。
これ幸いとどんどん酒を飲むと、酔いの深まりなのか時間の経過なのか知らないが小さいのの死体はどんどん曖昧になっていき、ついに霧のように姿を消した。
「ああ、妖精は死んでも一回休みで生き返るんだったな」
一回休みとは双六に例えた比喩なのだが、実際にその様を目の当たりにすると、どっちかというと「振り出しに戻る」じゃないかな、と思った。小さいのの振り出しは、あの話しぶりからすると霧の湖なのだろう。
「自由なやつだ」
最後、もう一杯だけ酒を飲む。自然というのは自由で気まぐれで勝手なものだから、妖精もさもありなんというわけ。私ら鬼もそれを理想として生きていたつもりだったが、本物を見せつけられるともっと自由でもいいんだなと内省させられるものがあった。
***
私は地上の神社で酒を飲んでいる。
異変終わりの宴会だ。私が起こした異変が終わったのでそれを祝した宴会、というのが名目。
実際のところ、異変は終わったのだろうか? 私が異変を起こした最大の目的及び現象は宴会を繰り返すことだったのだから、宴会をしているなら異変はまだ終わっては。
ま、どうでもいいかそんなこと。異変を起こした側が終わりだって言ってるんだから終わりでいいだろ。霊夢筆頭に宴会に集まった連中も、宴会を開く理由なんて正直どうでもいいと思っていたのだ。それは異変を起こしている時点で分かっていたことだが。
つまり、今の幻想郷の連中は鬼とそんな変わらんってことだ。悲しいことにこれを指摘するとだいたい芳しくない反応が返って来る。そんなに鬼扱いが嫌か。言い方を変えると享楽的で裏表がないってことなのだが。
「あー?」
特に霊夢はなんか怒り出す。私から見る限り、お前が一番鬼に近いのだがね。
「ま、言い得て妙ね。無差別に罪のない妖怪まで問答無用で倒して回る様は正に鬼。全く御しがたい。そこの鬼の保護者、あんたの主人と霊夢だとどっちが厄介だと思う?」
霊夢よりは相対的に鬼ではないが、本人が思っているだろう以上には鬼性のある人形遣いは同意を示していた。
「鬼の保護者だった覚えはありませんが……」
鬼の保護者かそうでないかでいえばこいつは鬼の保護者。ただこいつが面倒を見ている鬼は歴史の浅い妙な変種だからか羽が生えている。
「鬼なら炒った豆で倒せるわね」
吸血鬼の旧友の方の魔女。実は精神的にはこいつにも鬼らしいところはあるのだが、流石に肉体が鬼と分類するにはあまりにも貧弱すぎる。こいつは会話に参加しながら手元では煮豆をどうにかして炒った豆に変えることができないか試行錯誤してるようだった。食べ物で遊ぶなよ。
ひとしきり参加者の鬼さを鑑定して、鬼ではないが多かれ少なかれ鬼っぽくはあるという結論を改めて得たところで、妖精も宴会に参加しているのを見つけた。あの小さいのもいて、確かにあいつが主張してたように、小さいのは他の妖精に比べたら少し大きかった。
「妖精もいるんだな」
「鬼の国では珍獣かもしれんが、こっちではそこら中にいる。人より妖精の方が多い。つまり人間の方が貴重だから愛でるべきは人間だってことだ」
貧弱じゃない方の魔女、霧雨魔理沙は知ってる範囲では霊夢の次に鬼に近い。が、致命的なことにこいつ、平気で嘘をつくからその点において絶対鬼じゃないんだよなあ。なので魔理沙の言う事は適当に聞き流して妖精の方に行くことにした。
「よう」
「はじめましてー」
小さいのは私と会ったことを忘れたようだった。明らかに命と同時に記憶を失う飲み方だったからなあ。
「はじめまして、か。久しぶり、かもしれんがね。私は鬼だ。昔々は地上にいたんだ」
「あたいは妖精!! 泣く子も凍らせる最強の妖精さ!! で、あたいの右にいるのが」
自称最強なので、この氷の妖精が前一瞬話題に挙がっていたチルノらしい。で、チルノから見て右にいるのがあの小さいのだった。
「待て。何の妖精なのか当ててやろう」
「おっ? 何も言ってないのがそんなことができるのか?」
「生き物には気というのがあってな。気を読み取るとどういう性質の存在かというのが分かる」
霧になることの応用で、気を読むことが全くできないわけではないから嘘ではない。それはそれとして今回は元々知ってるわけだからカンニングなんだけれどな。
「霧の妖精だろ? お前」
「すごーい、ほんとに分かるなんて」
「あたいに比べたら最強じゃないかもしれないけれど、お前、中々強いな」
その後しばし酒を交わしながら歓談し、私はただ酒を「適度に」飲んで話しているつもりだったんだが、やっぱり妖精達が先に酔いつぶれてお開きになった(今回は私の酒だけでなく持ち込みの水みたいな酒も混ざってたからか死人は出なかったが)。
今回会ったこともまた小さいのは忘れるのだろうな、と思う。命は変わらずとも精神はまた「振り出しに戻る」だ。妖精という種族、他のどの種族よりも長生きなのに進歩というものが感じられないのが少し不思議だったのだが、こういうカラクリというわけだ。
まあ、妖精が時間をまともに活用してどんどん賢くなったら世界はずっとつまらないものになってしまうだろうからこれでいいのだ。妖精も自然も、前に進むというよりは循環するものなのだ。
私はまた自然の何かの歯車が一回転して、再び霧になるのを期待して待とうと決めた。
とはいえこの組み合わせには中々可能性を感じました。
萃香の中を泳いで鬼の国に迷い込む大妖精というRTAとは思えないような発想が素晴らしかったです
酒飲んでぶっ倒れてる大妖精がかわいらしかったです