Coolier - 新生・東方創想話

リリー、はやく

2025/03/20 20:25:00
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 いつになっても春が来ないのはこれで二度目だから、取り立てて慌てることもなかった。とりあえず前科のある奴のところに霊夢と行って、事情を聞く前にぶちのめし、それから事情を聞き、念入りにぶちのめしてから無罪であることを確認し、神社に戻って来た。
 もう四月だと言うのに、神社の至る所に雪だるまが出来ている。完全に自然由来の雪だと冥界の奴らは抜かしたが、未だに霊夢の鬼の形相にビビって出鱈目を抜かしたんじゃないかと疑ってしまう。

 要はただの異常気象だと納得することが出来たのは、菫子のスマートフォンとかいう機械のおかげだ。四月の雪は幻想郷だけの出来事ではなくて、外でも季節にそぐわない雪が日本中を真っ白に染め上げているらしい。境内に生えている桜に雪が積もっている光景は、なにかがバグっちまってるとしか思えない。桜が咲いてなかったらそれはそれで異常なことだが、桜が咲いているのに雪まで降ると言うのは自然の成り行きとは言え、やっぱり異変にしか見えなかった。

 「まさかこの季節になってまで厚着するとは思わなかったわ」
 いつもなら桜でも見ながら縁側で茶を飲んでいる季節だけど、わたし達は部屋の中で完全に戸を締め切っていた。炬燵でも出したいくらいだが、いつ終わる途切れるともわからない寒波のためにそんな労力を使いたくない。わたしと霊夢は布団にくるまって茶を啜っていた。
 「馬鹿寒いな、まったく」
 これは本人に言ったらブチギレられたのだが、大抵の場合、霊夢は十月ごろになると脇を服の中にしまう。普段は晒している脇を。一部の男どもを魅了してやまない、あの脇だ。理由は言うまでもなく十月ごろになると冷えるからだが、去年の時にはまだ脇を出していた。暖かかったのだ。結局、霊夢は一月になるまで脇をしまわなかった。わたしもようやくその頃になって衣替えを始めた。季節が数ヶ月単位でズレているとしか思えない。

 「異変じゃないからどうすることも出来ないし……」霊夢は茶を大事に啜った。一気に飲むとまた淹れにいかなくてはならない、すなわち布団から出なくてはならないのだ。「暇だし、お花見も出来ないし、なんなのかしら」
 「氷っぽい奴らは喜んでそうだよな」
 「そうでもないわよ。ほら、チルノは馬鹿だからともかく、あのなんとか言う妖怪は……」
 「なんとかって?」
 「自分のことを黒幕とか抜かしてたホラ吹き野郎よ」
 「あいつか」
 「冥界に向かってる時にまた見かけたんだけどね。もう冬になったんだと思って大はしゃぎしてたんだけど、まだ四月だって教えてやったら、絶望の化身みたいになって住処に戻ってったわ」
 「残酷だな」
 「そうね、自然って残酷よね」
 「……」

 戸がカタカタ揺れる。春の嵐と、お門違いの雪の双生児みたいな暴風が、まるで神社全体を揺らしているような感覚だ。風の音に混じって聞こえて来る妖精どもの声から、この混沌たる季節感を逞しく楽しんでいる様子が思い浮かぶ。
 「馬鹿は良いわね、なんでも楽しめて」
 外の空気と比例して、霊夢は冷たくなっていた。
 「寒いと脳みそが麻痺するからな。そのうち心臓も麻痺しまうぞ、妖精どもも部屋の中に入れてやれよ」
 「布団は二枚しか無いんだからね、そんな余裕はありません」 
 「つか、ピースはどうした?」
 「ピースも外」
 外から地獄めいた笑い声が聞こえて来る。桜に雪なんて地獄でも見られないだろうから、興奮しているんだろう。こんな日に床下で燻るような奴は、地獄でも妖精でも名折れと言うものだ。

 「することも無いし、寝る」
 そう言うと霊夢はいきなり寝てしまって、寒い上に暇と言う状況が出来上がってしまった。寒さと退屈だったら、天秤にかけるまでもなく、退屈の方に比重が傾く。わたしはマフラーを首に巻き、戸を開けて外に出た。
 「おうお前ら、なにやってんだ」
 サニー、スター、ルナ、チルノ、ピース、いわゆるいつもの顔ぶれが一斉にこっちを向く。子供ならではの無邪気な笑顔と、殆どブリザードと言っても過言ではない暴風の組み合わせがやはり異様に見えて、思わずぞくっとする。
 
 「雪合戦!」
 チルノが言うや否や、雪玉が飛んで来る。軽くかわしてやると、後ろの戸の障子がバリンと音を立てて破れる。どう見ても雪の硬度では無かった。
 「どうだ、あたいの必殺技!氷の塊に雪をコーティングさせたんだ」
 妖精どもがチルノに非難轟々を浴びせる。チルノはその報復として、たった今恐るべき殺傷力を披露した必殺技をお見舞いする。わたしはチルノの脳天に「馬鹿よ治れ」と念じながら拳骨をお見舞いする。
 
 「拳は反則だろ!」
 チルノが同調を求めるように言ったが、妖精どもはわたしを称賛するばかりで、チルノに同意を示すほどのオツムの弱い奴はいないことを証左していた。
 「いいか、遊びってのは公平性が大事なんだ。お前一人だけ必殺技を持ってたら不公平だし、あの技はどう考えても遊びの範疇超えてる。遊びっつーのは死人が出た時点で遊びじゃなくなるんだよ」
 「妖精は死んでも生き返るよ!」得意げにチルノ。
 「自分のものさしで世界を測るなんて馬鹿のやることだぜ」
 「馬鹿って言うな!」
 「とにかく必殺技は禁止な」
 チルノは心底不服そうだったけど、こう言うのを納得させるには時間をかけるのが一番だ。現にチルノはすぐにあの自信満々な笑みを取り戻した。
 「そうね、あの技は最強すぎるから、みんなと公平じゃないね、たしかに」
 持ち前のポジティブさと言うか、発想が飛躍し過ぎというか、とにかくどこまでも自分に都合の良い解釈をしてくれたおかげで、公平性を取り戻した雪合戦は大いに盛り上がった。

 お互いに自身の全存在をかけた戦いになるまで白熱しかけたんだけど、ブチギレた霊夢が戸を引き剥がさんばかりの勢いで開き、満点下に怒りを示したときには心身共に冷え込んじまった。
 「ちょっと、なんで障子が破れてるわけ?」
 殺意が八割ほどを占めている怒りを前にして、誰もが己の命を優先した。わたしとて例外では無かったので、妖精どもと同じようにチルノを指差した。当のチルノは愚かにも霊夢に向けて雪玉を投げつけ、キレているとは言え寝起きの霊夢はそれに反応することが出来なかった。顔面に雪玉をモロに食らった霊夢は、表情こそ窺えないものの、超キレてるに違いない。
 「お前も混ぜてやるよ!」
 チルノ的には悪気はなかったんだろうな。それがわかっていたから、キレていたにしろ霊夢も雪玉で報復したんだと思う。

 ※

 霧雨魔法店は言わばなんでも屋なのだが、いたいけな少女がなんでもやるって言ってんのにいつも閑古鳥が鳴いている。まず第一に魔法の森は普通の人間が立ち入っていい場所じゃない。第二にわたしのことを甘く見ている奴が多すぎる。第三に、今日も今日とて季節外れの大雪が降ってる。
 「いったぁい世界はっ、どうしちまったーんだっ寒すーぎてぇ、外出たくなぁい♪」
 
 なんとなく思い浮かんだメロディに出鱈目な歌詞を乗せて歌ってしまうくらいにはやることがない。今日も今日とてなんて言ったけど、今日のは昨日と比べもんにならないくらい降ってる。神様が本気で世界を真っ白に染め上げちまおうと目論んでるんじゃないかってくらい、見渡す限り外は真っ白だ。流石に神社に行く気にもなれないので、今日は家に引きこもっていようと決心する。
 昼まで過ごした。
 「家にいたぁい、でもご飯がない、どうすんだーっ外出たかなぁい♪」

 限界だった。
 入念に準備を重ね、ついでに服を重ね外に出ると、外に出たのを後悔するほどの吹雪に見舞われる。空を飛べなかったらこの森の中で遭難して死ぬのが必定の視界の悪さだ。空を飛べて本当によかった。

 流石の妖精もこの吹雪の中では外で遊ぼうなんて思わないらしく、神社は閑散としていた。まあ神社に人がいないのはいつものこととは言え、こう雪と風が強いと、その中にポツンと建っている神社が廃墟にも見えてしまう。なんとも寂しい佇まいだ。
 部屋に入ると、霊夢は昨日とまったく同じ格好をしていた。布団と一体化してる。
 
 「風邪ひいた」
 挨拶もなしに霊夢が言った。後ろの戸を顎でしゃくられる。昨日、チルノが空けた穴のところにお札が貼られている。
 「あの穴直すの忘れてて、朝まで吹き曝しのまま寝てた」
 「そら、ひくわ」
 「雪合戦の後、疲れてすぐ寝ちゃって。と言うか、あの時点で既に罹ってたのかもしれない」
 生気のない霊夢と言う奴は、雪の降る中に咲いている桜みたいなもんだ。異常気象ならぬ、異常希少。
 「食欲ある?飯作ってやるよ」
 「ない」
 「わたしは減ってるんで作るぜ」
 「……」

 わたしの家よりも随分としっかり備蓄が整っていた。殆どの食材が貰い物だろう。あの巫女、金がない金がないとは言うが、ああして生きてんのは一重に人徳の賜物という奴だ。
 目移りしてしまうくらいの食材の中から幾つか簡単に作れそうなものを抜き取って作る。茹でるだけで作れるパスタがあったので、それを丸々一袋分茹で、ソースは缶詰のを使った。
 山のように盛られたパスタを持って部屋に戻ると、霊夢がまた眠っていた。起こすのも悪いので、わたしは一人で泳ぐようにパスタ貪った。
 飯を食い終わるのと同時に戸が開いて、雪と一緒に入って来たのはチルノだった。
 
 「昨日の決着を着けに来た!」
 チルノの脳天にゲンコツを喰らわす。
 「なにすんだ!」
 「霊夢、寝てるから」
 わたしは声を落としながら、布団の上で寝返りを打つ霊夢を顎でしゃくった。
 「寝てばかりいると太るぞ」
 「風邪ひいてんだ」
 「風邪?」
 首を傾げるチルノ。ああそうか、こいつは馬鹿だし罹ったことがないんだろうなと思って、親切に教えてやる。
 「お前みたいな奴とは無縁の病気だよ」
 「馬鹿は風邪ひかないってね……ってやかましいわ!」
 「やかましいのはあんただよ!」
 霊夢がブチギレてお祓い棒をぶん投げてきたので、思わず外に退散する。

 「追い出されちゃっただろ!」
 チルノに責任転嫁すると、野郎は大して悩むでもなく、せっせと雪でなにかを作り始める。それがかまくらであるとすぐに気付いたが、その頃にはもう殆ど出来上がっていた。認めざるを得ない、こいつはかまくら作りに関しちゃプロ級の腕前を持ってる。「かまくら早作り選手権」があったら全一は固い。

 わたし達はかまくらの中に避難した。雪で作られているとはいえ、寒さを凌ぐのに予想以上の効果を発揮してくれた。
 「お前、風邪引いたことあんの?」
 「ない!……なに?その『やっぱり』みたいな顔」
 「さっきは風邪のことなんか知らないみたいな態度をしたじゃないか」
 「あたいは無いけど、どうして霊夢が罹ったのかなって思ったんだよ」
 「昨日、雪合戦やっただろ。お前の必殺技の威力が超凄過ぎて、戸に穴が空いちゃったんだ。そこから風が部屋に入ってな」
 忌憚なく「お前のせいだ」と言ったら泣いちゃうかなと思ったので、オブラートに包んで教えてあげた。
 「やっぱ、あたいってばサイキョーね!」
 「……」
 まあ、期待していたわけではないんだけど、一応ぶん殴っておく。

 「なによ!」
 「あのなぁ、お前のせいで風邪ひいたってことなんだぞ。そんなこともわからんのか」
 「……」
 「賢い奴はな、自分の過ちを素直に受け止められるんだ」
 チルノは俯いて黙ってしまった。思ったより責め立てるような口調になっていたかもしれない。世界が冷気に覆われていると、そこに住む人まで冷たくなってしまうんだと自己正当化しておく。いや、無理があるな。
 「まあ、その、なに?お前の必殺技を避けたわたしにも責任があるっていうか……」
 ここで「そうだそうだ」とか言ってくれたらよかったんだけど、チルノはちょっとナイーブ過ぎた。

 「ねえ、霊夢、大丈夫かな」
 甘えるような声音に思わずむせる。そんな声を出すようなキャラじゃないだろとツッコミたくなるのをグッと堪え、何度も殴ったチルノの頭を撫でてやる。
 「寝れば治るよ」
 「そうかな……でも、このままずっと雪が降り続けるようだったら、また風邪ひいちゃうんじゃないかな」
 「む……それはたしかに」
 口とは裏腹に「それはどうかな」と思ってしまう。
 「風邪を引いて治ってまた風邪をひいての永久機関が完成しちまうよなァァ〜〜!」
 「なに今のキャラ」

 チルノはなにか考え込むように黙ってしまった。真剣だった。幻想郷において、なにかを真剣に悩む奴というのは自分以外に中々お目にかかれない。思い立ったが吉日野郎が住民の大半を占めているからだ。霊夢なんかはその最たる例だろう。八雲紫とかなに考えてるかわからん奴らは、なに考えてるかわからんと思っている間にアイデアを出してしまうので、結局彼奴らが悩んでるところはとんとお目にかかれない。だから、チルノみたいに物事と真剣に向き合おうとするような奴は返って新鮮だった。まあ、なにと向き合ってんのかはわからないんだけど。

 ふと、チルノが顔を上げた。
 「そうだ、春を呼べばいいんだ」
 なに言ってんだこいつ、的な表情を一瞬浮かべそうになったが、それなりに理にかなっているんじゃないかと思い直す。こいつらは妖精は言わば自然のエネルギーそのもので、自然そのものだったらどうにかなって春だって呼べるんじゃねーかって具合だ。いや、やっぱり無理があるな。
 「リリーホワイトを呼ぶんだ!」
 
 リリーホワイト。春を告げる妖精のことだ。幻想郷のどこかに住んでて、どんなに些細な春の兆しも見逃さない、とことん春にめざとい奴だ。
 「リリーなら今年も見たな、ちょうど桜が開花した日に」
 「あいつなら、この春らしからぬ寒さをどうにか出来るかもしれない!」
 妖精のことは妖精が一番詳しいだろうから、チルノがそう言うならそうかもしれないんだけど、もしリリーホワイトに本当にどうにかする力があるんなら、とっくにそうしてるんじゃないかと思う。
 でも、だから動かないと言う選択肢は取らない。疑わしきは疑った直後に罰しに行き、少しでも怪しいと思った場所には一も二もなく直行する。それが異変解決のプロと言うもの。
 行動力が人生を切り開く鍵だ。
 
 「リリーの居場所はわかるか?」
 「知らん!」
 「……」
 「神出鬼没って奴だね」
 難しい言葉を使ってやったぜ、みたいな顔をされた。
 「お前の勝ちでいいよ」
 「やったー!……え、なにが?」
 「まずは聞き込みからだな。二手に分かれて、リリーホワイトの目撃情報やらなんやらを誰にでもいいから聞いてこい」
 「魔理沙!」
 「なに?」
 「あたいが隊長やりたい」
 「チルノ隊長!」と、敬礼のポーズ。「わたしは東の方へ行くので、チルノ隊長は西の方の捜索をお願いします」
 「うむ」
 「へば!」

 かまくらをよっこらせと抜け出、白銀の世界に飛び立つ。リリーホワイト捜索隊、第一次遠征の始まりだ!
 と、なにげに後ろを見やると、なぜかチルノ が付いてきてた。途中で分かれるのかなと思ったけど、そんな気配を微塵も感じさせてくれなかったので、思った疑問をそのままぶつけてみた。
 「あ、西ってあっちか!」
 そう言うとチルノは南の方角にすっ飛んで行った。まあ、あいつになにかを期待するなんて、ロバを有馬記念に出すくらい無意味と言うもんだ。
 
 ※

 チルノを散々扱き下ろしたものの、わたしとてリリーの捜索が順調かと聞かれれば、まったくそんなことは無かった。妖精から聞き出せば案外早くリリーの所に辿り着けるとタカを括っていたが、チルノが神出鬼没なんて言葉を覚えている理由が分かった。あいつは神出鬼没と言う言葉をリリーホワイトと結び付けて覚えているのだ。

 そんな気付きこそあれど、捜索は進展しない。そもそもリリーホワイトのことなんか知らないと言う奴までいた。春くらいにしか出てこないから、きっと誰も覚えていないのだ。
 
 春以外には死んでるんじゃ無いかと疑い始めた頃になって、気が付けば太陽の畑に来ていた。相変わらず雪が降っているが、向日葵はそんな苦難にも負けず、逞しく太陽の方を向いている。ここに住む妖精も少なくない筈だが、今は誰もいないみたいだ。
 すぐにその原因がわかった。遠くで誰かが弾幕ごっこをやってるのが見える。その対戦カードの片割れはどう見たってチルノで、つい頭を抱えそうになる。もう片方は傘を持ってるから、たぶん風見幽香だ。

 わたしは遠巻きに二人の弾幕戦を眺めてた。時々飛んでくる流れ弾に注意しながら。風見幽香が圧倒的に押しているのは間違いないが、チルノの奴も中々粘る。最初はどっちが勝っても良かったけど、チルノが勝てば風見幽香からリリーホワイトの居場所を聞き出せることになってるんじゃないかと言う可能性に考えいたり、手のひらを返してチルノを応援する。
 「頑張れっ、チルノ!頑張れ!」
 わたしの声が届いているかどうか定かではないが、チルノが巻き返しているような雰囲気になってきた。自然と応援にも熱が入る。
 「頑張れ〜、頑張れ〜チルノ頑張れ〜♪」
 適当なメロディまで思い付いたので、それにチルノへの鼓舞を乗せる。「君なら〜勝て〜る〜♪」

 応援することに必死になり過ぎてて、二人と距離が近付いていたことに気付かなかった。風見幽香の笑みが目に前にまで迫っていた。
 「あんたもあのおチビさんの仲間?」日傘を棍棒のように振るってくる。寸前のところで回避する。「二体一なら勝てるとでも?」
 「わたしは中立だぜ!」
 「あんなに大きな声で歌ってたじゃない。頑張れ〜、チルノ頑張れ〜って」
 「うわああああああ!」考え無しに弾幕を撃ちまくる。「知らん、知らん!」

 日傘と弾幕の波状攻撃を避けつつ、風見幽香と距離を取る。いつの間にかチルノが横に並んでいた。
 「おい、魔理沙!あいつ強いぞ!」
 「知ってるよ!」
 風見幽香はクスクス笑い、攻撃して来る来る素振りを見せない。こちらに準備する時間を与えるかのように、余裕の表情を見せている。
 「魔理沙、あれで行くぞ!」
 「あれ」がなんなのかさっぱりわからなかったが、ここは咄嗟に合わせた方が良いなと思った。「おう!」
 「作戦会議は終わりかしら?」
 風見幽香が自身の周囲に弾幕を展開する。あれを一気に撃たれたらただじゃ済まない。ただし、避けられるほどの隙間もありそうにない。
 だから、そういう消極的な選択肢はなしで行くぜ!

 チルノが合図を出すと、風見幽香の周囲の弾幕が凍った。避けられないほどのギュウギュウ詰めの弾幕が仇となり、風見幽香が自身の弾幕の中に閉じ込められる。
 「行け、魔理沙!」
 既に準備は出来ている。
 チルノが意図していたことがなんなのかはさっぱりだが、わたしは初めから自分と言えばこれしか無いって言うのをやるだけのつもりだった。
 
 「春よ恋符……なんちゃってマスタースパーク!」
 強風を押し返すほどの衝撃に続いて、八卦路から超高出力の光線が放たれる。光線は氷の檻ごと風見幽香を包み、どこまでも伸びて行って、雪を絶え間なく降らし続ける分厚い雲に大きな穴を空けた。そこから天使の梯子が降りてきて、わたし達の勝利を祝福した。

 「やったな、魔理沙!」
 「ああ!」 
 わたし達は空中でハイファイブをキメて、互いに勝利を讃え合った。リリーホワイトのことをすっかり忘れていたことに気付いたのは、ちゃっかりわたし達に混ざっていた風見幽香とハイファイブをキメた時だった。、


 二人仲良くぶん殴られて、頭にお月様くらい大きなタンコブをこさえて、雪の上に正座させられると、風見幽香はチルノが如何に自分の領分を侵したかと言う話を優雅に語り始めた。幽香が言うには、チルノが雪に埋もれてた小さな向日葵を気付かずに踏んづけてしまったらしい。悪気はなかったにせよ、フラワーマスターならブチギレて当然の案件だが、襲う前に事情を説明してやれと思った。怒りで我を忘れていた様にも見えなかったし、たぶん誰でもいいから虐めたい気分だったんだと思う。
 
 「じゃあなに、リリーの件とあの弾幕ごっこは関係なかったわけ」
 うんざりした目をすっかり大人しくなってしまったチルノに向けた。チルノはうんともすんとも言わなかった。
 「まあ気にすんなよ」
 どう励ましていいか分からないから、適当に言った。
 「リリーって、あの子を探してるの?」
 今はもう大人しい幽香が横から口を出した。
 「知ってるのか?」
 「リリーホワイトについては知らないけど、あの子によく似た黒い子なら知ってる」
 「そいつがリリーだ!」チルノの方を向き直る。「おい、お手柄だ。リリーの足取りを掴んだぞ!」
 が、やっぱりチルノはなにも言わなかった。

 ※

 チルノと一緒に幽香から教えてもらったリリーホワイトの居場所へ向かう。なんで幽香が知ってるのかはわからないけど、わたし達の計画に展望が開けたみたいだ。心なしか雪も少しだけ弱まったような気がした。
 「この分だと、リリーを探す必要もないかもしれないな」
 誰に向けた言葉と言うわけじゃないけど、チルノの返事を期待してないと言えば嘘になる。が、当のチルノは自分の殻に閉じこもったままで、わたしの言葉なんかまるで聞こえちゃいないみたいだ。
 
 「あたい……」その声はあまりに暗く、チルノが喋ったのだと理解するのに時間がかかった。「あたい、負けちゃった」
 振り返ってチルノを見た。人生に打ちのめされたような表情を浮かべていた。
 「あの妖怪に、二人で頑張ったのに……」
 「んなことで悩んでたのか」
 口を滑らしたと後悔した時には遅かった。チルノが泣きそうになってしまった。
 「だって、魔理沙、あんなに応援してくれたのに……歌まで歌ってくれて……」
 「……」
  
 わたしは行軍を止め、チルノの方を改めて向いた。
 「気にすんなよ。勝ち負けは重要じゃなかったんだ。あと、歌のことはマジで忘れろ」
 「でも、魔理沙、あんな歌まで作って……」
 「忘れろって!」
 恥ずかしさのあまり自分だかチルノだかを殺したくなる。考えなしの行動は時として、というか大抵の場合、後悔しか生まないのだ。
 頭の中を無意識に反芻するオリジナルソングと帽子に積もった雪を振り払うために、頭をブンブン振った。
 「いいか、チルノ。さっさとあんな歌のこと忘れないと、酷い目に遭わすからな」
 「忘れたくない!」
 突然の気迫に気圧されて、箒から落っこちそうになった。
 「嬉しかったんだ。魔理沙に必死に応援されて。だから、あたいは忘れたくない。嬉しかったから!」
 「いや、でも、わたしは恥ずかしいので……」
 「恥ずかしくない!」
 ひっくり返って箒から落っこちるも、空を飛ぶのに箒が必需品ではないということを忘れていたのを思い出した。

 「恥ずかしくないさ、あたいはいつだって真剣だ!それを応援してくれた魔理沙が恥ずかしいと感じる必要なんか無いんだ。負けたあたいの方がよっぽど恥ずかしいよ」
 「……」
 思い返せば、雪合戦の時もそうだった。あの殺傷力マシマシの雪玉にせよ、さっきの幽香との弾幕ごっこにせよ、チルノは遊びに対しても真剣に取り組んできた。それが妖精の本分と言えばおしまいだが、チルノは特にアイデンティティを占める部分が多いように思う。真剣に遊び、勝ち負けに拘り、だからこそ負けた時には落ち込む。
 こいつのことをクソ馬鹿だと思ってたけど、チルノの遊びに対する取り組み方に共感出来るわたしは、もしかしたら似た者同士なのかもしれない。

 改めてチルノの方を向き直って、野郎の頭に降り積もる雪を払ってやる。
 「次があるよ」
 「今回の勝利はもう味わえないの!」
 「……」
 それっぽい台詞で納得させてやろうと思ったのに、ううむ、こいつは妙なところで頑固だ。こいつが妖精じゃなかったら上手く纏まりそうだったのに。リリーホワイトに会うのが今から心配になってきた。
 また髪の毛に雪が積りだしたので、わたし達は行軍を再開した。

 「ねえ、魔理沙」
 背中がやけに冷たいなと思ったら、チルノの奴が箒に乗っていた。チルノはわたしの服を掴んで、なにか言い淀む。寒いから降りて欲しかったけど、それとは裏腹に箒はわたし達を乗せてリリーホワイトのところへと向かう。
 沈黙は言葉より多くのことを語る時がある。わたしはそれを知っている。だから、チルノが喋るのを辛抱強く待った。
 「謝ることじゃないぞ」だけど、すぐに沈黙の重みに耐えられなくなってしまった。「元々、わたし達の目的はリリーホワイトを探すことだったんだ。むしろ、お前が幽香に勝ったりしたら、あいつが機嫌を悪くしてリリーのことを教えてもらえなかったかもしれないだろ?」

 そうだとも。そもそも幽香と決闘をするために動いてるわけじゃない。チルノはすっかり忘れているかもしれないけど。
 「霊夢がもう風邪をひかないように、リリーを探してたんだろ」
 後ろから「あっ」と声が聞こえてきて、やっぱりな、と思う。
 「だったら、あの弾幕ごっこは負けるのが勝ちだったんだ。そもそもだよ、あの時に負けたのはどっちかっつーとわたしの責任だ。マスタースパークでトドメをさせなかったのが原因だからな」
 これがお節介な気遣いだとチルノに伝わらなければいいけど。
 「でもな、あれもわたしの作戦なんだぜ。わたしは敢えて幽香を勝たせるように仕組んだんだ。わざと出力を弱めたマスタースパークを撃って、あたかも全力を尽くして負けたように振る舞った。それで幽香は上機嫌になって、リリーの居場所を教えてくれた。どうよ、勝負事は負け方っつーのも重要なんだぜ」

 まあ、チルノが幽香と戦うことになったのも、わたしが幽香にトドメを刺し損ねたのも、幽香がわたし達にリリーの居場所を教えてくれたのも、全部偶然なんだけど。
 「そっか……」
 「お前は凄かったよ。あの弾幕を凍らして幽香を封じ込めたの、素直にIQ高いと思った。それに比べてわたしはまだまださ。幽香がリリーの居場所を知ってるなんて考えもしなかったからな、さすがは隊長だぜ」
 チルノを元気付けてやるための自虐とは言え、喋ってるうちになんだか気持ちよくなってくる。他人を褒めるっていうのは幻想郷の住民には特に難しいことだけど、周りに出来ていないことが自分には出来ている万能感のようなものを感じ始めていた。

 「チルノはえらいっ、すごいっ」
 後ろでチルノが鼻を鳴らした。
 「まあ、これくらいは当然だけどね!魔理沙もせいぜい頑張んなよ!」
 自分の殻を打ち破ったチルノが箒から降りて、わたしと並走する。もう何分か箒の上にいられたら、わたしの背中は凍り付いていたかもしれない。
 負け方が大事ってのは本当だ。あまり勝ちに拘りすぎると、いつか必ず危険な目に遭う。今回で言うと、脊髄が凍って一生車椅子生活とか、そんな危険な目に。


 空を走り続けて、わたし達は人里からちょっと離れた場所にある屋台の近くに降り立った。こんな天気の中でもやってる屋台の主人は、きっととんでもないアホか人徳者に違いない。他に客がいないのを見るに、どちらとも言えない。
 「いらっしゃい」
 暖簾を潜ると、おでんの香りが鼻腔をくすぐった。この季節、つまり春先におでんと言うのはそれほど変ではないけど、色々と頭がこんがらがっちまう。今は春で、だけど雪が降ってて、その中で屋台のおでんを食う。その上、客の中に春を告げる妖精が居るというのだから、今の状況がやっぱり狂っていると再認識させられる。

 わたしはリリーホワイトの隣に座り、チルノはわたしの隣に座った。右側はなんだか暖かい空気が漂っているが、左側は凍てつく冷気を纏ってやがる。温度差でマジで風邪をひきそうだ。
 女将におでんのタネを色々と注文してから、春告精の方を向く。
 「リリーホワイト、あんたを探してたんだ」
 
 リリーホワイトは燗してあるワンカップを一口、二口啜った。何日か前に春を告げるために幻想郷中を飛び回っていたとは思えない荒み具合だ。
 「人違いだね。リリーホワイトなんかここにはいないよ」
 リリーホワイトは掠れた声で言った。だいぶ酔っているようだが、その掠れ声は無理して出しているようにも思えた。
 女将が注文したおでんの具を出してくれる。
 「たしかに、今のお前は真っ黒だもんな。どっちかっつーとリリーブラックだ」
 大根を一口食べる。外の寒さのせいもあるだろうが、めちゃくちゃ染みた。
 「あたい達、リリーに春を呼んで貰いたくて探してたんだ」
 横からチルノが口を出すと、リリーの奴がおもむろに震え出す。
 「春、ですって……?」
 やおら台の上に突っ伏すと、リリーはおいおい泣き始めてしまった。チルノですら肩を竦める始末だった。
 
 「リリーはここではリリーじゃないのよ」
 おでんの鍋を睨みつけながら、女将が悲しげに言った
 わたしとチルノは顔を見合わせた。
 「彼女は今、自分の居場所を見失っちゃってる。春に生きる妖精なのに、今はこんな気候でさ、どこにも居場所がないの。そんなのって残酷でしょ。だから、わたしが彼女の居場所になってやってるんだ」
 「他に客がいないのはそういうわけか」
 ミスティア・ザ・女将が哀れみたっぷりにリリーを見下ろした。
 「可哀想に、こんなコスプレまでしちゃってさ……一人になりたいんだって」

 リリーホワイトはぶっ壊れていた。そうでなきゃ全身を黒尽くめに着込んだりしないだろうし、酒なんかもやらなかっただろう。わたしの分析としては、リリーは自分の役目を忘れようとしている。だから、リリーはホワイトからブラックに転じたのだ。春を告げる妖精から、別のなにかへと。こうまでしてホワイトを封じ込めているリリーには、確固たる意志があった。
 だけど、チルノにも譲れないものがある。
 「リリー、お願いだよ。この異常気象をなんとか出来ないの?」
 リリーは顔を上げると、ワンカップをぐいぐい飲んだ。
 「桜を咲かして、暖かい陽気も連れてきたの」だけど、その声は相変わらず掠れていた。「リリーホワイトに出来ることはなんだってやった。でも、春の方がリリーホワイトを拒むんだ……みすちー、お酒」
 「飲み過ぎだよ」
 救いの手を掴もうとするように伸ばしたリリーの手を、女将は優しく揉んでやった。
 「そんなことないよ。まだ……まだ、三本しか飲んでない」
 「長いことお客さんを見てるとね、その人がお酒を飲み慣れているかどうかわかるようになるんだ。リリー、あなたは明らかに手加減ってものを知らない」
 「酒がないとやってられないのぉ……」
 「いつか本当にお酒が必要になったら出してあげる。今、あんまり飲んじゃうと、いつかその時が来た時にお酒に縋れなくなっちゃうから。お酒を嫌いにならないで欲しいの、リリー」
 
 女将とリリーのやり取りを黙って見ていた。リリーにはなによりも時間が必要に見える。最初に考えた通りだ。リリーに春をどうにかする力があるなら、自分からやっていた。今、雪が降っているということは、リリーにもどうしようもなかったということだ。それに、これを言っちゃお終いだが、この季節外れの雪は異変でもなんでもなく、ただの異常気象だ。それこそ長くは続かないんだから、雪が降ってる間は家にでも引きこもってりゃ良い。

 「行こうぜ、チルノ」チルノの肩に手を置く。ひんやりと冷たかった。「霊夢も明日にゃ元気になってるよ」
 「……やだ」
 チルノがわたしの手を払った。突然の乱暴な仕草に、わたしはびっくりした。
 「やい、リリー」チルノに押しのけられ、椅子から雪の上に落っこちる。「さっきからシケたことばかり言いやがって!」
 雪を払いつつ立ち上がる。チルノの右手には、なんと!ワンカップ酒が握られているではないか。
 売り言葉のチルノに、リリーの獣のような視線が突き刺さる。二人を包む空気が硬くなる。女将は明らかに慌てている。

 「あなたになにがわかるの?」リリーのカップを握る手に力が漲る。「氷の妖精に春を告げることのプレッシャーがわかると言うの?」
 プ、プレッシャー!
 妖精てのは気ままに生きてるもんだと思っていたから、そんな奴からプレッシャーなんて言葉が出てきたので、わたしはたいそうたまげた。
 「わからん!」と、自信満々にチルノ。「わからんから、教えてよ」
 思わぬ話の流れに、わたしは戸惑っていた。
 「……どうも、幻想郷では春というものがないがしろにされているような気がするの」訥々と語るリリーは遠い目をしていた。「過去にもいつまでも寒い時期があったし、この前も色んな季節がない混ぜになる異変があった。それに、今回の異常気象。春を告げようと思っても、その春が本物かどうかまでは、わたしにはわからないの。だから、間違えて目覚めてしまう時がある。春だと思って目覚めて、それが春じゃなかった時の落胆は、あなた達にはわからないでしょうね!」

 みんな口を噤んでしまった。おでんの煮える音と風の音だけが鳴っている。リリーの悲しみが雪のように積もっていく。共感は出来ないけど、悲しみだけがこっちにも浸透する。わたしとしては、なにもかけてやる言葉がない。リリーは疑心暗鬼になっている。今ある春が本当の春なのか信じきれずにいる。そして疑うことに疲れ、リリーホワイトを封じ込めてしまった。そんな彼女にかけてやれる言葉など、ある筈がない。

 救いを求めてチルノの方を見ると、チルノの奴はあざといくらいリリーのために真剣になにかを考えていた。リリーのため、とわかるのは、彼女がチルノだからだ。
 「リリー」
 チルノが彼女の名前を呼ぶが、そんな奴は知らんとばかりにリリーはそっぽを向いた。
 「が、頑張れ〜」
 「……」
 「頑張れ〜」
 リリーがチルノの方を向いた。なにか面白いものを期待しているような感じだった。
 嫌な予感がした。
 「頑張れ〜、リリーは出来る頑張れ〜♪」
 ちくしょう、やっぱりだ!
 チルノはわたしが適当に思い浮かんだメロディに合わせて、リリーの応援歌を歌った。わたしは雪の中に頭を突っ込み、あらゆる音が入って来ないようにのたうち回って暴れた。
 「あああああああ!」
 リリーが、女将がどんな表情をしてるかはわからない。わからないが関係ない。チルノが歌い終わるとわかるまで、わたしは奇声をあげまくる。こんな辱めにあうくらいなら、生まれてこなきゃよかった!

 「魔理沙さん、魔理沙!」
 わたしを呼ぶ声で我に帰る。顔にへばりつく雪を払うと、女将がそこにいた。
 チルノとリリーはメンチを切っていた。チルノの歌がよっぽど癇に障ったか、わたしの絶叫がよっぽど耳障りだったか、二つに一つだと思った。
 「頑張れ、頑張れと無責任なことを言いやがって……!」リリーはわなわなと肩を震わした。「春も夏も秋も冬も拝めないようにしてやる!」

 リリーがいきなり弾幕を放った。彼女を象徴するかのような、淡い桜色をした弾幕がチルノを襲う。チルノはそれを軽々と避けると、背後にあった女将の屋台が破壊された。
 「ああー!わたしの城がぁ……」
 わたしは女将を慰めながら、空中へとステージを移しながら戦う二人を目で追った。二人はあっという間に木々の間を抜けて、夜の空へと消えて行った。
 雪の中で泣き崩れる女将が風邪をひかないように、彼女を囲うようにかまくらを作ってやってから、わたしは二人を追いかけた。

 空では二人が、と言うよりかはリリーの方が一方的にチルノを攻撃していた。春でないにも関わらず、彼女の弾幕は熾烈を極めている。いや、そう言えば春だったのだ。
 リリーの弾幕は吹雪の中の桜吹雪を思わせた。チルノはアルコールが入っているにも関わらず、それらを冷静に対処し、避けた。
 「春なんて、春なんて嫌いだ!」
 リリーはチルノだけではなく、自分とも戦っているみたいだった。闇雲に撃たれる弾幕は規則性が無く、チルノは気合い避けを余儀なくされていた。
 「本当にそうか?」
 チルノは弾幕を避けながらも、リリーに声をかけた。チルノは弾幕ではなく、リリーのことを見ていた。
 「うるさい!」
 リリーが自分のこめかみをこじ開けるように指でかいた。内側に潜んでいる、リリーホワイトに苦しめられているみたいだった。
 「お前の大好きな春の塵にしてやる!」
 
 リリーが空にカードをかざして、その名前を宣言する。聞いたこともない名前のカードだったが、リリーのカードなんかどうせ一枚しか知らない。
 そのスペルカードはまさしく春の力そのものだった。一妖精の力としては目を見張るものがあるとチルノを評価しているが、リリーのそれはチルノに肉薄する勢いだった。

 だけど、チルノなら避けられないほどじゃない。弾幕は桜が風に舞うように、圧倒的な物量を伴ってゆっくりとチルノに近付く。チルノなら、弾幕を凍らしてどうにか出来る。
 「チルノ!」
 思わず声をあげた。チルノは弾幕を目前にしても避けようとしなかった。グレイズを狙って避けようとしているのかと思ったが、チルノは呆気なく弾幕の餌食になった。
 「うわあっ!」

 わたしとリリーは地面に落下して行くチルノを呆然と眺めた。夢から覚めるような間があって、それからチルノを追いかけて地上に向かった。積もった雪に頭から突っ込んだチルノは、まるで封印された伝説の剣みたいに雪から足を生やしていた。
 引っこ抜くと、逆さまのままチルノは笑っていた。頭をぶつけて変になったのかと思った。足を離してやると、体制を立て直して雪の上に着地して、ふらふらと尻餅をついた。
 「お前、負けたんだぞ」
 リリーに聞こえないように言った。チルノはガッツポーズを返すばかりで、頼もしい笑みを浮かべた。

 「ねえ!」わたしを押しのけて、リリーがチルノの胸ぐらを掴んだ。「どうして避けなかったの。あなたの力なら避けられた筈なのに……」
 「たしかに、力を使えば避けられたかもしれらい」
 ボロボロのチルノは呂律が回っていない。もしかしたら脳味噌も回ってない。
 「だけど、あたいは勝ち方に拘ったんだ。あんたに、あんたに春のことを嫌いになって欲しくなかった。あの弾幕はまぎれもなく春そのもので、あんたそのものだった。それを凍らすことは、あんたを否定するのと同じことなんだ」
 リリーはチルノから目を逸らし、なにかブツブツと言った。リリーの手を優しく払うと、チルノは地面に大の字になった。
 
 「なんだか清々しいや」
 そう言うとチルノは雪を布団にして眠ってしまった。リリーがチルノを起こそうとしたので、わたしは手で制した。
 「まだ春は嫌いか?」
 リリーは俯き、なにも言わなかったが、言いたいことはあるみたいだった。言葉が喉で渋滞を起こしている、きっとそんな感じだ。
 「間違ってんのはお前じゃない。季節を司る、春なんかに雪を降らしやがるどこかのバカタレさ。でも、まあ……誰だって間違えることはあるよな」
 リリーはやはりなにも言わなかった。今度はなにも言うことがないって感じだった。
 「気張んなよ」チルノは拾って背負う。「春らしく行こうぜ」
 わたしの方もそう言うのがやっとだった。
 「春らしく……」
 リリーが呟くのを見て、もうなにも必要ないと思ったわたしは、軽く手を振ってリリーと別れた。

 
 雪を踏みしめ歩いていると、背中のチルノが起きる気配があった。
 「リリーは?」開口一番、チルノが言った。「リリーはどこ?」
 「リリーなら……」
 どう答えたもんか迷った。わたしの見解では、リリーは完全に立ち直ったと思う。だけど確証があるわけじゃない。あいつはまだ春を嫌ったままの、リリーではない誰かのままかもしれない。だけど、体を張ったチルノに残酷な話はしたくなかった。
 「お前ならわかるだろ?」
 濁して答えてやったが、反応はない。
 
 「それより、よくやったな」逃げるように話題を逸らした。「あの負け方は見事だった。完全にお前の勝ちだったよ」
 チルノが浮かばれない顔をしているのが想像出来た。
 「リリーが春を取り戻してくれなきゃ、意味ないぞ……」
 苦笑してしまう。風邪をひいた霊夢のためにリリーに春を呼んで貰うのが目的だったのが、いつの間にかリリーに春を取り戻して貰う話になっていたことに。
 
 「リリーなら平気さ」さっき言いさした言葉が今更になって口を出た。「お前との戦いで完全に自信を取り戻してたよ」
 「……そっか」
 それっきり会話は干上がって、わたしはチルノを背負ったまま歩いて、歩いて、歩きまくった。実際のところそんなには歩いていないけど、チルノの体温のせいで身体が冷えて、歩幅が極端に短くなっていたのだ。

 元いた場所に戻ってきた。屋台の残骸とわたしが作ったかまくら。その中ではついさっき城を失った女将が、暗い表情でなにか口ずさんでいた。チルノがわたしの背中から降りて、女将に近付いてって、ペコリと頭を下げた。
 「良いの良いの、気にしないで。屋台なんかまた建て直せば良いんだから」
 影のさした笑みで女将は言った。チルノはまだ申し訳なさそうにしていた。女将はかまくらに閉じこもって、また歌を口ずさむ。今晩はそのかまくらで明かすつもりらしい。
 
 ううむ。リリーには是が非でも立ち直っていて貰わないとダメだ。でないと、あの女将があまりにも不憫すぎる。



 長いこと居座っていたクソッタレの寒気がようやく腰を上げて去ったかと思えば、いきなり春らしい陽気が来て、幻想郷中の雪を溶かしてくれたのが、リリーと会った次の日のことだ。朝、目覚めるや否や、霊夢は風邪で寝込んでいた間、境内で好き放題遊んでいた妖精どもをぶちのめした。博麗の巫女、完全復活てな具合だ。
 「いやー、すっかり春らしくなったわね!」
 縁側で呑気にお茶を啜る霊夢は、妖精どもを奴隷のようにこき使って境内の掃除をさせている。まあ、いつものことだ。わたしも霊夢の隣に居座って、霊夢の入れた出涸らしを舐めていた。いつも通りと言えば、それもいつも通りだ。

 妖精どもが一通り掃除を終えると、霊夢の前に群がった。霊夢がパンっと手を叩くと、ざわついていた連中が静まり返る。
 「ちゃんと掃除した?」
 霊夢が疑るように尋ねると、リーダー格のサニーが不満そうに答えた。
 「よし。これからは神社で遊ぶときは、必ずわたしに場所代を払うこと。良いわね?」
 誰一人とて納得いってる様子ではなかったが、霊夢がこいつらから金を徴収しているところは見たことがないから、たぶんこの言い含めもいつも通りなんだろう。

 わたしが気になるのは、このいつも通り、つまりは例年通りの春らしい陽気に包まれた今日と言う日が齎されたのが、リリーホワイトのおかげなのかどうかと言うところだ。
 「そういや、お前ら。チルノは?」
 ふと気が付いて訊いてみた。チルノはわたしといたわけだし、別に神社で遊びまわっていたわけじゃないから、ここにいなくてもおかしいことではないのだけれど。チルノのいない妖精軍団は、いつもより明るさが半減しているように見える。
 
 みんな「そういえばいないね」みたいなことしか言わない。元々こいつら三妖精+地獄の妖精とは住処も違うわけだし、知らないのも無理はない。
 「あいつがどうかしたの?」と、妖精どもを散らしながら霊夢。
 「いやな、昨日一緒にリリーホワイトを探してたんだけど……」
 「リリーホワイトって、春に出てくる妖精だっけ?」半目を据える霊夢。「なんでそんなもん?それもチルノと一緒に?」
 「まあ、成り行きだよ」
 「あー!」霊夢が地面を蹴って立ち上がった。「そういえばあいつ、障子を破ったんだった!」
 
 博麗組組長の霊夢は子分の妖精どもを呼び戻すと、チルノを連れて来いと命令した。
 「待て」
 脊髄反射で妖精どもを呼び止めてしまう。隣のヤクザが訝しんで睨み付けてくる。
 「なに?」
 「あの、いや、その……」
 全員の注目の的になる。なにを言っても怪しまれそうだったから、素直に言ってしまうことにした。
 「チルノの家にはわたしが行く」
 妖精どもがお互いの顔を見合ったり、霊夢が顎に手を置いてわたしの真意を測ろうとした。
 「その、なんだ……その……」なにも言うべきことがない。「だから、その……」
 「だから、なによ?」霊夢がイライラした。「はっきり言いなさいよ、わたしもそんなに暇じゃないのよ」
 「嘘こけ!」箒を持って立ち上がる。「とにかくわたしが行くから、お前らはここで待ってろ」
 「魔理沙!」
 有無を言わさず飛び立とうとしたところを呼び止められる。「なんだよ?」
 「チルノの家知ってるの?」
 「……」
 「知ってるの?」
 「さっさと教えろよ、このアスパラガス!」
 完全に勢いだけで行動しようとしていた。
 一日中、チルノと一緒にいたせいだ。

 
 サニーもスターもルナもピースも正確な場所までは知らなかったので、実際にチルノの家に辿り着くまでにかなり無駄にカロリーを消費した。湖の近くにあると言う意見だけは奇跡の一致を見せたので、そこら辺を中心に探して、ようやく見つけたと思ったら湖から九キロくらい離れた場所で、正味な話、ブチ切れそうだった。チルノの家はいわゆるイグルーと言う様式に一般的な家の特徴を混ぜ込んだ感じで、森の中にあるので無かったら中々に風情があったと思う。

 呼吸を整えてから、ドアをノックしてみる。反応はない。そもそも家にいない可能性だってある。どうせチルノだしと思い切ってドアを開けた。
 部屋の中は空調でも効いてるのかと言うくらいに冷え冷えだった。部屋の中を見渡してもそんなハイテクな機器はないし、あったところで幻想郷じゃ動かせないだろうけど。
 質素な部屋の片隅に気休め程度に置かれたベッドの上で、チルノはなんだか様子がおかしかった。体をモゾモゾと動かしながら喘いでいる。まずいものを見てしまった気になって家を出ようとしたが、喘ぎは喘ぎでも苦しみ喘いでいると言うことに気が付いて思い留まる。
 
 「チルノ?」
 呼びかけると、小さな体が微かにこちらに傾いた。顔が赤い。それに汗をびっしょりかいている。額に手を置くと、ジュッと音がしそうなくらい熱かった。わたしの手の方が冷たいくらいだ。
 「んん……」チルノの目が微かに開く。「魔理沙……?」
 チルノは目を指でごしごしやった。目がよく見えていないみたいだった。
 「ああ、わたしだよ……風邪ひいたのか?」
 数秒の間の後に、チルノは頷いた。
 汗だらけの服を着替えさせてやろうと思ったが、家の中にクローゼットの類は見当たらない。それでなにからやれば良いのかわからなくなって、頭がこんがらがった。

 パニクってる間にチルノが起き上がって、ベッドに腰掛けていた。
 「おい、寝てろ!」
 「大丈夫……」
 「んなわけあるか、寝てろって!」
 マジな話、ここ数年くらい風邪とは無縁の生活をしていたから、どうしたら良いのか全然わからなかった。薬なんかないだろうし、薬の材料を拾いに行くのでは時間がかかり過ぎるし、かと言って諦めるわけにもいかんし。
 とりあえずチルノをベッドに寝かせる。
 「氷出せるか?」
 それで熱を冷まさせようという算段だ。辛そうなチルノに頼むのは酷だと思ったが、わたし一人じゃなんにも出来なかった。チルノは掌の上に小さな氷のかけらを精製したが、すぐに熱で溶けてしまう。
 無駄に体力を使わせただけじゃないか!

 「魔理沙」荒い呼吸のせいで、必死に言葉を掴み取ろうとしているかのような喋り方になっていた。「染したら嫌だから」
 「そんなこと気にすんな」
 かと言ってやれることがない。あの妖精どもに来させていた方がマシだったかもしれない。

 唐突に閃いた。と言うか思い出した。この幻想郷には宇宙一腕の良い医者がいると言うことを。そいつに頼んで即効で風邪が治るような薬を処方して貰えれば、今までのタイムロスがチャラになるどころかお釣りが貰えるくらいの結果が残せるはずだ!
 「魔理沙」
 何回呼んでくるんだこいつと思いつつも、ベッドの横にしゃがみ込む。
 「安心しろ、すぐに薬を持ってきてやる」
 「大丈夫だから、マジで」
 頑なに平気なフリをするチルノは、体調以外のどこかもおかしいみたいだった。妙に厭世的と言うか、死にたがっていると言うか。
 「あのな、全然平気そうに見えないぞ。いいから黙って寝てろよ」
 「妖精は死んでも生き返るから、だから……」
 「だからって死んでいいわけじゃないだろ、この馬鹿!馬鹿のくせに風邪ひきやがって、どうしてわたしじゃないんだ!」
 
 ドアを蹴り開けた勢いで走っていると、またもや忘れていたことに気が付いた。わたしは空を飛べるんじゃないか!もしかしたら馬鹿なのはわたしの方なのかもしれない。
 箒に跨り永遠亭を目指して飛ぶ。春の心地良い風にぶん殴られてるような錯覚を覚えるくらいにスピードを出す。なにかと激突したら全身がバラバラになるような速度だが、お空の交通情報を集めている時間はない。誰かがいたら、向こうの方が避けてくれることに期待して、さらにスピードを上げる。

 隕石みたいな勢いで地面に落下し、返す刀で竹林に突入する。ムカつくことに永遠亭へは上からは行けないようになっているのだ。病院として欠陥だろとツッコミたくなるが、腕の良すぎる医者で釣り合いを取っているつもりなのか?
 近くを通りかかった兎を引ったくるうに捕まえて、永遠亭までの道のりを案内させる。迷いの竹林なんかに建てやがって、病院なんだから通いやすい場所に建て替えろと言うツッコミ所なのだが、永琳の存在程度で見逃されると思うなよ!

 受付の兎に「薬をくれ!」と吠えると、ロクデナシを見るような目をされてしまった。
 「うちではそう言う薬は取り扱ってないんで……」
 「風邪薬だよ、風邪薬!」
 「風邪薬だって過剰に摂取したら気持ちよくなれるんですからね!」
 「いいからよこせ!」
 鈴仙と取っ組み合いながら、わたしはなにをやっているんだと泣きたくなった。永琳が駆け付けてくるのがあと少し遅かったら、鈴仙のことをマジで殺していたと思う。わたしのパニクった説明でも、永琳はキチンとした
薬を処方してくれた。この病院が抱えているあらゆる欠陥も許してやりたくなった。
 「師匠、あいつ絶対にキメてますよ!」
 鈴仙への落とし前は今度付けさせてやるとして、わたしはまた竹林を駆け、空を駆け、また地を駆け、チルノの家に戻って来た。

 ドアを開けると、中から冷たい空気が流れて来る。息が詰まりそうになったが、ベッドで苦しむチルノを見ると頓着していられない。いや、待てよ……。
 チルノは苦しむどころか、ぐったりしていた。
 「チルノ……?」
 呼び掛けても反応がない。体をさすってみた。酷く冷たくなっているが、平常時の体温もこんなものだったような気がする。かと言って、こんなにいきなり風邪が治るはずがない。
 最悪の想像をしてしまう。それが確信になるのが怖くて、脈を測ったり、呼吸を確かめたり、胸に耳を押し当てるのを躊躇してしまう。チルノの言葉を無意識に思い返す。
 
 妖精は死んでも生き返るよ!

 「え、死ん……?」
 呼吸も脈も心臓も確かめた。どれもチルノが生命活動を終えたことを訴えていた。

 妖精は死んでも生き返るよ!

 自分のものさしで世界を測るのは馬鹿だ。わたしは人間で、チルノは妖精だ。そもそも命の価値観みたいなものが、根本から違っているのかもしれない。だからと言って、チルノを生かしてやれなかったことへのなんの慰めにもなりゃしなかった。
 
 妖精だって風邪をひくんなら、こんな風に死ぬのは当たり前のことなのか?あんまり表に出てこないだけで、しょっちゅう死ぬもんなのか?もしかして、弾幕の撃ちどころが悪くてわたしが殺してしまったこともあるのか?生き返られればどんな風に死んでも構わないと言うのか?こんなに悲しんでる人がいても?

 事ここに至っては、わたしに出来ることなど「チルノを救えなかった女」と言う烙印を刻んで生きていくことくらいしかない。死んでいく命を前にして右往左往する馬鹿な奴。霊夢がヤバかった時でさえ、もっと冷静に行動が出来ていた筈なのに。死んでも生き返るとチルノが言うから、どこかで手を抜いていたのかもしれない。

 くそ、うすうす気付いてはいたけど、馬鹿はわたしの方だ。チルノが生き返ったら、そのことを教えてやろうと思った。それが罪滅ぼしだ。チルノにはわたしのことを一生馬鹿にする権利がある。
 「なあ、早く、生き返ってくれよ……」
 
 ふと、頬を涙以外のものが触れた。
 チルノの手だった。
 握ってみると、握り返された。
 「魔理沙?」
 チルノがこちらに顔を向けていた。意外なことに、それほどの驚きは無かった。むしろ憂鬱な気分になっていた。
 「……もう生き返ったのか?」
 わたしは自己紹介の準備を始めていた。え〜、わたしこそがチルノを救えなかった不甲斐ない人間であります。あなたが死んだのはわたしの責任であり、あなたには一生をかけてわたしを馬鹿にする権利があります、よろしく。

 泣き腫らした喉を整えようとしたところで、チルノに先を越されてしまった。
 「リリーがいた」
 チルノはすっかり元気になっているみたいだった。まるで三途の川で悪いところを全部洗い流して帰って来た、と言わんばかりに。
 「リリーが助けてくれたんだ」
 自己紹介用に整えていた喉を調整し直す。「リリーが?助けてくれた?」
 頷いた。首の骨が折れたんでなければ、チルノは頷いたのだ。
 「なにもないところを一人で歩いてたんだ。死んだんだって思って、歩いてた」
 黙って話を聞いていた。
 「たぶん、あっちの方向に行ったら生き返れるんだと思って、歩いてたら、いきなり目の前にリリーが、リリーホワイトがいて」チルノは泣きそうになっていた。「謝ったんだ」
 「え、なんで?」
 「リリーと戦ったあと、なにも言えなくて。リリーはまだ春のことを嫌いなんじゃないかって思って」

 チルノがやけに厭世的だったことに合点が行った。チルノは風邪だけじゃなくて、リリーへの罪悪感にも苦しめられていたのだ。感じる必要のない罪の意識に押し潰されそうになっていたのだ。チルノは馬鹿だから、切腹のような感覚で責任を取って死のうとしていたんだろう。本当に馬鹿だ、こいつは。
 妙な安心感を覚えて、力が一気に抜けた。
 
 「なあ、チルノ……今日、お前まだ一回も外に出てないよな」
 「うん」
 「今日はまさに春って感じで、めちゃくちゃ陽気だぜ」
 チルノは太陽みたいに笑って外に飛び出した。わたしも後を追って外に出た。
 「あったけー!」
 草の上を駆け、空を飛び回り、チルノは春の風を余すことなく身に受けていた。氷の妖精の癖して、暖かいことを喜んでいるのは、雪の中に咲いている桜みたいに妙な光景だな、なんて思ってしまう。

 のほほんとチルノを見守っていて、忘れていたことを思い出した。春の陽気さは脳味噌をダメにしてしまうのかもしれない。
 「おーい、チルノ」
 その辺に寝っ転がってるチルノは既に息を切らしていて、視線だけで返事をしてきた。
 「そういえば霊夢がな、お前が障子を破ったことにキレてたぜ」
 息が詰まって返事が出来ないチルノは、表情だけで絶望を表現した。
 「後で来いってさ」
 チルノは立ち上がると、服に付いた草を払って、わたしの隣に来ると、上目遣いで見てきた。
 「なに?」
 「心配してくれてサンキューね」
 
 荒い呼吸の合間を縫って、チルノは言葉を結んだ。わたしは息を切らしてもないのに言葉が出て来ない。
 「薬、貰ってきてくれたんでしょ?」
 「うん……別にお前のためじゃないけど」じゃあ誰のためなんだよと自分にツッコミを入れる。まあ、自分のためって言うのも間違いではないか。
 「魔理沙、あたいが死ぬって泣いてたもんな」
 「はあ⁉︎調子乗んなよ!」
 泣き虫、とチルノは妖精っぽく悪戯に笑って言った。霊夢にこいつの命を捧げてやっても良いような気がしてきた。
 「なあ、お前が謝ったあと、リリーはなんて言ったんだ?」
 泣いていたと認めるのが嫌で話題を逸らした。
 「『春ですよ』って」
 「それだけ?」
 「うん……でも、リリーにそう言われて、元気が出たんだ。死んでたまるかって気持ちになったんだよ。助けてくれたんだ!」
 
 それで納得するしかないみたいだ。
 死にかけていたところへやって来たリリーは、もしかしたら熱にうなされたチルノが見た幻かもしれない。だけど、幻だってたしかに見えたんなら、それは本物だ。そのリリーはいの一番にチルノに伝えたかったんだ。
 雲一つない空の下、暖かな風が吹き抜けて行く。
 春がようやく芽吹いたと言うことを。
 全身で春を受け止めて、チルノがはにかんだ。
 「リリーが言った通りだね!」
 
 ……屋台を壊された女将のところにも、リリーが行ってやってると良いけど!
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evil_De_Lorean
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最後の最後にリリーがチルノに言った言葉が「春ですよ」の一言だけなの、とても好きです。
3.100のくた削除
良い話でした
みすちーは救われたんでしょうか
4.100東ノ目削除
魔理沙が終始面倒見のいい保護者ポジションでここの魔理沙は聖人だ……と思いながら読んでいました。他も、やさぐれていたり原作ばりに手が早い奴はいながらも根は話の通じる善人で光を感じました
5.100南条削除
面白かったです
リリーがワンカップ酒を飲んでいたあたりから嫌な予感がひしひしと伝わってきましたが、読み終わってみたら驚くほど暖かい春のお話でした
素晴らしかったです