果てしなく思えるほどに、高い高い塔があった。その頂上に、両手に一つずつ石を持った少女が登ってきた。少女は綺麗に石が並べられた塔の頂上の一角に二つの石を迷いなく置き、再び塔を降りて行った。彼女がここに来たのは何年ぶりかも分からないし、何回目かも分からない。分かっているのはこの塔がこうして水子の少女、戎瓔花の手によって一つずつ石を積んで築かれ、そして未だに完成していないという事である。
・
「――もう成仏しなさいだって? 私が何度それを言われても成仏しなかったのは知っているでしょう? どうして今更また?」
三途の川のほとり、賽の河原。親より先に死んだ子供が不孝の罰として石を積まされては鬼にその積み石を崩される、虚無の煉獄である。時折地蔵菩薩が現れて子供たちを苦役から救いあの世へと送り出すのだが、この戎瓔花は地蔵の救済を拒み賽の河原に留まり続け、その虚無の中に楽しみを見出す才覚で救済がまだの子供たちを楽しませて過ごしていた。
「単刀直入に言いましょう。この賽の河原は役目を終えました。この世界にもはや生物はいなくなったのです」
「へえ! それで最近新しい子供たちが来なくなってたのね。何があったの? 巨大隕石? 最終戦争?」
瓔花に成仏を呼びかける、この地域の担当閻魔であった四季映姫は苦々しい顔をした。
「人に寿命があるように、人という生物種にも寿命があり、また生物という存在そのものにも寿命があります。あらゆる生物は死んでは次の命に生まれ変わり、また死んでいくという輪廻の輪の中にありました。ですがまれにその輪廻の輪から解脱し、涅槃に至るものが現れます。その度にこの世とあの世から生物の数は減っていく。そうして永い時間をかけて一つ、また一つと生物はいなくなり、つい先日最後の生物が涅槃に至りました。もはやこの世界には輪廻の輪に乗る事も叶わず永遠に世界を彷徨うわずかな数の蓬莱人を除いて生物と呼べるものは存在しません。この顕界と冥界の狭間の世界には貴方や我々のような霊的存在がわずかに残っていますが、生まれ変わる先の生物がもういない以上遠からず存在する事をやめて消えていくでしょう。これを成仏と言います。貴方は長く仲間たちを楽しませて過ごしてきましたが、その仲間たちも永遠にいなくなってしまった今、貴方ももう眠って良い頃合いでしょう」
「うーん、じゃあ気が向いたら成仏するから、貴方たちは先に行っててくれて良いよ。あ、でもそういう話なら輝血 をこれ以上付き合わせるのは悪いかな?」
瓔花の積み石を崩す役目を担っていた鬼、輝血は沈痛な顔で答えた。
「映姫様は賽の河原は役目を終えたと言ったね。私ももう積み石崩しの仕事は解任されて、消えるまでの余生を自由に送るよう言い渡された。もうあんたに付き合う必要はないってわけだ。でも瓔花、あんたとはもう長い長い付き合いだしあんたがここを離れたくないのも重々知っている。でも、私は永遠には耐えられないし、かと言ってあんたを一人ここに置いて行くのはあまりに忍びない。一緒に行こう瓔花。友として、最後のお願いだ」
「……そっか。でも、ごめんね輝血。私、ここでやりたい事はまだまだあるの。しかももう積み石を崩されないとなれば、夢はもっともっと広がるわ。だから、いつか私も行くって約束するから、今はまだここに居させて?」
「……そうだよね。瓔花はそういうやつだよね。言ってみただけさ。……私たちにもう来世はないけれど、また〝あの世〟で逢える日が来たらその時はまた喧嘩しよう」
「うん! またいつか、ね」
そうして映姫と輝血は去っていき、それから二度と姿を見せる事はなかった。
・
「いくらでも積んで良いなら、やっぱり目指すは天上、果ての果てまで積みたいよね。幻想郷のバベルの塔は私が完成させる!」
積み石崩しの鬼が来なくなった賽の河原。仲間の子供たちも去っていった今、この広い広い賽の河原の全てが瓔花の王国であった。
瓔花は手始めに長年の夢であった積み石の高さの限界を目指し、次から次へと石を積み始めた。積み石はあっという間に瓔花の背丈を超え、風で揺れるようになると支えの積み石を添えて強度を補強した。たちまち積み石は巨大な塔の様相を呈した。
瓔花にとっては幸運な事に、賽の河原は無限とも思える長さがあり、積むための石もいくらでも拾う事ができた。塔の裾野はどんどん広がり、塔の頂上は果てしなく高くなっていく。そのうち地上と頂上を行き来するだけでも何日、何十日、何年とかかるようになった。
瓔花にとって幸運な事なのかは分からないが、賽の河原の上空はどこまで行っても空気があり、宇宙というものへ辿り着く事はなかった。塔が伸びるスピードは極めて遅かったが、着実に着実に、どこまでもどこまでも高くなっていった。
来る日も来る日も瓔花は石を持って塔を登り、来る日も来る日も瓔花は石を取りに塔を降りた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
――
ある日瓔花が塔の頂上に辿り着き、いつものように石を積んで一呼吸背伸びをした瞬間、〝上〟に頭をぶつけて瓔花は大変驚いた。ついに天上ならぬ天井に辿り着いたのだ! 賽の河原は無限の空間である。それゆえ高さも無限と思っていたが、果てがあったのだ! 瓔花は喜び勇んで塔の頂上と〝天井〟の間の空間を石で埋めた(当然、それにも気が遠くなるような時間がかかった)。瓔花はついに一つの達成を果たした。瓔花の積み石は限界というものを知る事ができたのだ。
瓔花はしばしの間世界の天井で達成感に浸っていたが、「完成」というものを知らなかった瓔花の頭にはすぐに新しいアイデアが浮かんでいた。
「これ以上上に積めないのなら、この積み石をどれだけ造れるかに挑戦しよう! そうだわ! この積み石の隣に同じ積み石をもう一つ積んで、その間を壁で埋めるの。万里の長城計画よ!」
賽の河原の上空には果てがあったが、瓔花の行動力には果てが無かった。また長い長い時間をかけて新たな塔を造り、塔と塔の間に壁を築き、果てしなく長く流れる三途の川の川縁に堤防のごとき長城を築いていった。
果たしてその川の流れに果てがあったのか、瓔花は長城を完成させて輝血に会いに行ったのか。それは誰も知らない。ここには瓔花しかいないからである。
・
この世の果てには、三途の壁と呼ばれる長大な壁がある。人が老いたり大怪我を負ったりするとこの壁の前に連れられ、儀式を経て再びこの世に戻ってきた。我々の先祖はそうして生まれ変わりながら永遠の生を謳歌していたのである。この壁が自然のものなのか、誰かが造ったのか、それはこの世の誰も知らない。確かなのは、これが人工物だとすれば今この世に生きる生物種が地上に現れる前に存在した古代生物群の手によって、気の遠くなるような時間をかけて築かれたものだという事だ。
ある時、とある子供がこの壁の向こうには何があるのだろうと考えた。どんな者でも一度や二度は考える永遠の謎だ。その子供が他の者と違ったのは、三途の壁を実際に掘り進んでみようと考えた事である。この時代、人は死ななかったからいくらでも無茶ができた。壁は堅く、厚かったが、無尽の命と飽くなき好奇心が巨大な壁に穴を開けた。
「川だ! 三途の壁の向こうには川があったんだ!」
叫び声と同時に、この世に冥界の風が吹き抜けた。実に幾劫ぶりの事だろうか、この世とあの世が再び繋がったのである。
・
この世に〝死〟が生まれた事を説明するこの壁堀説話は世界各地に類似の神話として残されており、研究者が日々その解釈に頭を悩ませている。
しかしこれはれっきとした事実なのだ。
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「――もう成仏しなさいだって? 私が何度それを言われても成仏しなかったのは知っているでしょう? どうして今更また?」
三途の川のほとり、賽の河原。親より先に死んだ子供が不孝の罰として石を積まされては鬼にその積み石を崩される、虚無の煉獄である。時折地蔵菩薩が現れて子供たちを苦役から救いあの世へと送り出すのだが、この戎瓔花は地蔵の救済を拒み賽の河原に留まり続け、その虚無の中に楽しみを見出す才覚で救済がまだの子供たちを楽しませて過ごしていた。
「単刀直入に言いましょう。この賽の河原は役目を終えました。この世界にもはや生物はいなくなったのです」
「へえ! それで最近新しい子供たちが来なくなってたのね。何があったの? 巨大隕石? 最終戦争?」
瓔花に成仏を呼びかける、この地域の担当閻魔であった四季映姫は苦々しい顔をした。
「人に寿命があるように、人という生物種にも寿命があり、また生物という存在そのものにも寿命があります。あらゆる生物は死んでは次の命に生まれ変わり、また死んでいくという輪廻の輪の中にありました。ですがまれにその輪廻の輪から解脱し、涅槃に至るものが現れます。その度にこの世とあの世から生物の数は減っていく。そうして永い時間をかけて一つ、また一つと生物はいなくなり、つい先日最後の生物が涅槃に至りました。もはやこの世界には輪廻の輪に乗る事も叶わず永遠に世界を彷徨うわずかな数の蓬莱人を除いて生物と呼べるものは存在しません。この顕界と冥界の狭間の世界には貴方や我々のような霊的存在がわずかに残っていますが、生まれ変わる先の生物がもういない以上遠からず存在する事をやめて消えていくでしょう。これを成仏と言います。貴方は長く仲間たちを楽しませて過ごしてきましたが、その仲間たちも永遠にいなくなってしまった今、貴方ももう眠って良い頃合いでしょう」
「うーん、じゃあ気が向いたら成仏するから、貴方たちは先に行っててくれて良いよ。あ、でもそういう話なら
瓔花の積み石を崩す役目を担っていた鬼、輝血は沈痛な顔で答えた。
「映姫様は賽の河原は役目を終えたと言ったね。私ももう積み石崩しの仕事は解任されて、消えるまでの余生を自由に送るよう言い渡された。もうあんたに付き合う必要はないってわけだ。でも瓔花、あんたとはもう長い長い付き合いだしあんたがここを離れたくないのも重々知っている。でも、私は永遠には耐えられないし、かと言ってあんたを一人ここに置いて行くのはあまりに忍びない。一緒に行こう瓔花。友として、最後のお願いだ」
「……そっか。でも、ごめんね輝血。私、ここでやりたい事はまだまだあるの。しかももう積み石を崩されないとなれば、夢はもっともっと広がるわ。だから、いつか私も行くって約束するから、今はまだここに居させて?」
「……そうだよね。瓔花はそういうやつだよね。言ってみただけさ。……私たちにもう来世はないけれど、また〝あの世〟で逢える日が来たらその時はまた喧嘩しよう」
「うん! またいつか、ね」
そうして映姫と輝血は去っていき、それから二度と姿を見せる事はなかった。
・
「いくらでも積んで良いなら、やっぱり目指すは天上、果ての果てまで積みたいよね。幻想郷のバベルの塔は私が完成させる!」
積み石崩しの鬼が来なくなった賽の河原。仲間の子供たちも去っていった今、この広い広い賽の河原の全てが瓔花の王国であった。
瓔花は手始めに長年の夢であった積み石の高さの限界を目指し、次から次へと石を積み始めた。積み石はあっという間に瓔花の背丈を超え、風で揺れるようになると支えの積み石を添えて強度を補強した。たちまち積み石は巨大な塔の様相を呈した。
瓔花にとっては幸運な事に、賽の河原は無限とも思える長さがあり、積むための石もいくらでも拾う事ができた。塔の裾野はどんどん広がり、塔の頂上は果てしなく高くなっていく。そのうち地上と頂上を行き来するだけでも何日、何十日、何年とかかるようになった。
瓔花にとって幸運な事なのかは分からないが、賽の河原の上空はどこまで行っても空気があり、宇宙というものへ辿り着く事はなかった。塔が伸びるスピードは極めて遅かったが、着実に着実に、どこまでもどこまでも高くなっていった。
来る日も来る日も瓔花は石を持って塔を登り、来る日も来る日も瓔花は石を取りに塔を降りた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
そしてまた頂上に石が積まれた。
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ある日瓔花が塔の頂上に辿り着き、いつものように石を積んで一呼吸背伸びをした瞬間、〝上〟に頭をぶつけて瓔花は大変驚いた。ついに天上ならぬ天井に辿り着いたのだ! 賽の河原は無限の空間である。それゆえ高さも無限と思っていたが、果てがあったのだ! 瓔花は喜び勇んで塔の頂上と〝天井〟の間の空間を石で埋めた(当然、それにも気が遠くなるような時間がかかった)。瓔花はついに一つの達成を果たした。瓔花の積み石は限界というものを知る事ができたのだ。
瓔花はしばしの間世界の天井で達成感に浸っていたが、「完成」というものを知らなかった瓔花の頭にはすぐに新しいアイデアが浮かんでいた。
「これ以上上に積めないのなら、この積み石をどれだけ造れるかに挑戦しよう! そうだわ! この積み石の隣に同じ積み石をもう一つ積んで、その間を壁で埋めるの。万里の長城計画よ!」
賽の河原の上空には果てがあったが、瓔花の行動力には果てが無かった。また長い長い時間をかけて新たな塔を造り、塔と塔の間に壁を築き、果てしなく長く流れる三途の川の川縁に堤防のごとき長城を築いていった。
果たしてその川の流れに果てがあったのか、瓔花は長城を完成させて輝血に会いに行ったのか。それは誰も知らない。ここには瓔花しかいないからである。
・
この世の果てには、三途の壁と呼ばれる長大な壁がある。人が老いたり大怪我を負ったりするとこの壁の前に連れられ、儀式を経て再びこの世に戻ってきた。我々の先祖はそうして生まれ変わりながら永遠の生を謳歌していたのである。この壁が自然のものなのか、誰かが造ったのか、それはこの世の誰も知らない。確かなのは、これが人工物だとすれば今この世に生きる生物種が地上に現れる前に存在した古代生物群の手によって、気の遠くなるような時間をかけて築かれたものだという事だ。
ある時、とある子供がこの壁の向こうには何があるのだろうと考えた。どんな者でも一度や二度は考える永遠の謎だ。その子供が他の者と違ったのは、三途の壁を実際に掘り進んでみようと考えた事である。この時代、人は死ななかったからいくらでも無茶ができた。壁は堅く、厚かったが、無尽の命と飽くなき好奇心が巨大な壁に穴を開けた。
「川だ! 三途の壁の向こうには川があったんだ!」
叫び声と同時に、この世に冥界の風が吹き抜けた。実に幾劫ぶりの事だろうか、この世とあの世が再び繋がったのである。
・
この世に〝死〟が生まれた事を説明するこの壁堀説話は世界各地に類似の神話として残されており、研究者が日々その解釈に頭を悩ませている。
しかしこれはれっきとした事実なのだ。
その寸前までの無邪気かつ壮大なものが凄い
こんな狂気の沙汰をひたすら純真無垢なまま成し遂げた瓔花に恐ろしさすら感じました
とてもよかったです