「あら、穣子。肩にハエが止まってるわよ」
「はえ?」
「もう、穣子ったら、気の抜けた返事なんかして」
「違う!? はえ? って聞き直したのよ! っていうかどこにとまってんのよ」
「今、肩って言ったでしょ」
「まじでー? やだなもう!」
穣子は肩のハエを手で払って、仕留めようとするが、あえなく逃げられてしまう。思わず静葉が言い放つ。
「もう。穣子ったら、どんくさいわね」
すかさず穣子はむっとして静葉に言い返す。
「そんなこと言っても、ハエってすばしっこいでしょ!」
「あらあら、穣子ったら。ハエははえーとでも言いたいの」
「そんなん誰も言ってないでしょ!? きょうびそんな古典的なシャレ、子どもでも言わないわよ!?」
「そうね。でもあなたなら言ってもおかしくないと思って」
「なんでよ」
「だってイモくさいし」
「イモくさい言うな! そういう姉さんは仕留められるっていうの? あのハエを!」
「ええ、できるわよ」
「へー。やってみなよ」
「そうね。これを使いましょう」
と、言いいながら静葉はハエ叩きを取り出す。
「あ!? ずるい!? 道具使うなんて!」
と、ブーブーとブーイングかます穣子に静葉は涼しい顔で言い放つ。
「穣子。今は神さまも文明の利器に頼る時代よ」
「それ、誇って言えること? 神として。……まぁ、別にいいんだけど」
気を取り直して二人は、本腰を入れてハエを倒そうとする。二人のまなざしは鋭く、ハエハンターのモノになっている
「さて。ハエさんはどこへ逃げたのかしら」
「あ、いたいた! 姉さん、ほら、そこの壁!」
「ふむ。よしよし。何も知らず羽根を休めているようね。……では」
と、静葉が静かにハエ叩きを振りかぶったその時だ。
「ちょーっと待ったあー!!」
突然のちょっと待ったコールに合わせて、突然弾幕が二人に襲いかかり、全弾穣子に命中する。
「ほぎー!?」
もんどりうって吹っ飛ぶ穣子には目もくれず、静葉はその声の正体を見て思わず驚きの声をあげた。
「あらあら、あなたは……」
その正体は蟲の王、リグル・ナイトバグだった。リグルはマントをひるがえすと、両手を合わせて静葉に懇願する。
「ねえ、お願い! どうかその子を殺さないで!」
「あら、どうして」
「その子は、今年一番に目を覚ましたハエなの!」
「あら……」
リグルは例のハエを呼び寄せると、肩にとまらせる。
「よしよし。もう大丈夫だよ。危ないから私の肩にとまってて」
その様子を見ていた静葉は、ふとつぶやいた。
「……ああ。そういえば今日は啓蟄だったわね」
静葉の言葉に、復活した穣子がのろのろと起き上がりながら応える。
「け、けいちつ……って、たしか虫が動き出す日だっけか……?」
すかさずリグルが、胸を張って告げた。
「そうそう! 私の仲間が一斉に動き出す日よ! だから一番最初に動き出したこの子を迎えに来たのよ!」
「ふーん。もうそんな季節なのねえ。どおりで最近なんか温いと思ったわー」
「まったく、穣子ったら。仮にも季節に携わる神として二十四節気くらい頭に入れておきなさい」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないしー」
「……まったく。呆れたものね」
静葉が思わずため息をついたそのとき、リグルは思い出したように穣子に向かって頭を下げる。
「あ、そうだ! さっきは急に驚かしてごめんなさい!」
「いや、驚かしてっていうか、人に向かっていきなり弾幕ぶっ放すとかさー? マジ痛かったんだけどー?」
「う、ゴメンなさい……」
すかさず静葉がなだめに入る。
「まあまあ、いいじゃないのよ穣子。彼女は自分の仲間を守りたかっただけでしょ」
「いや、そうかもしれないけどさー? めっちゃ痛かったんだけど? めっちゃめーっちゃめっちゃめっちゃ痛かったんだけど!?」
「もう穣子ったら、そんな焼きイモみたいにピーピー怒るんじゃないわよ。どうせ、死ななきゃかすり傷でしょ」
「そりゃあ、神さまが死ぬことなんて滅多にないけどさー? ……ないけどさあー?」
「あ、あわわわ……」
穣子の圧に思わずドギマギしてしまうリグル。それを静葉は呆れた様子で眺めていたが、そのとき不意にリグルのお腹が「りぐるううううっ」と盛大に鳴った。
「あっ……」
思わず赤面してうつむいてしまうリグルに、静葉がふっと笑みを浮かべて告げる。
「……どうやら啓蟄を迎えて、あなたの腹の虫も動き出したみたいね。はい。お食べなさい」
そう言って静葉が差し出した焼きイモを、リグルはおずおずと受け取ると頭を下げる。
「あ、ありがとう……。静葉さん」
すかさず穣子が言い放つ。
「ねえ、ちょっと姉さん! それ私のイモなんだけど!? なに勝手に配ってるのよ!?」
「穣子ったら、別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
「減るわよ!? めっちゃ減るわよ!? 私のイモ!」
「はー。おいしい! おイモ……!」
「ちょっと、あんたも勝手に食ってんじゃないわよ!? もう! どいつもこいつも!」
「まったく。穣子ったら、虫の居所が悪いみたいね。ねえ、リグル。もう無視することにしましょうか。虫だけに」
「うん、そうだね。虫だけに」
「ちょっとやかましいわよ!? そこの枯草大明神と弱虫キング!」
などと、ピースカギャースカと家の縁側で騒いでいる三人の脇を、春めいた風とともに一匹のイモ虫が、軽い足取りで横切っていくのだった。
「はえ?」
「もう、穣子ったら、気の抜けた返事なんかして」
「違う!? はえ? って聞き直したのよ! っていうかどこにとまってんのよ」
「今、肩って言ったでしょ」
「まじでー? やだなもう!」
穣子は肩のハエを手で払って、仕留めようとするが、あえなく逃げられてしまう。思わず静葉が言い放つ。
「もう。穣子ったら、どんくさいわね」
すかさず穣子はむっとして静葉に言い返す。
「そんなこと言っても、ハエってすばしっこいでしょ!」
「あらあら、穣子ったら。ハエははえーとでも言いたいの」
「そんなん誰も言ってないでしょ!? きょうびそんな古典的なシャレ、子どもでも言わないわよ!?」
「そうね。でもあなたなら言ってもおかしくないと思って」
「なんでよ」
「だってイモくさいし」
「イモくさい言うな! そういう姉さんは仕留められるっていうの? あのハエを!」
「ええ、できるわよ」
「へー。やってみなよ」
「そうね。これを使いましょう」
と、言いいながら静葉はハエ叩きを取り出す。
「あ!? ずるい!? 道具使うなんて!」
と、ブーブーとブーイングかます穣子に静葉は涼しい顔で言い放つ。
「穣子。今は神さまも文明の利器に頼る時代よ」
「それ、誇って言えること? 神として。……まぁ、別にいいんだけど」
気を取り直して二人は、本腰を入れてハエを倒そうとする。二人のまなざしは鋭く、ハエハンターのモノになっている
「さて。ハエさんはどこへ逃げたのかしら」
「あ、いたいた! 姉さん、ほら、そこの壁!」
「ふむ。よしよし。何も知らず羽根を休めているようね。……では」
と、静葉が静かにハエ叩きを振りかぶったその時だ。
「ちょーっと待ったあー!!」
突然のちょっと待ったコールに合わせて、突然弾幕が二人に襲いかかり、全弾穣子に命中する。
「ほぎー!?」
もんどりうって吹っ飛ぶ穣子には目もくれず、静葉はその声の正体を見て思わず驚きの声をあげた。
「あらあら、あなたは……」
その正体は蟲の王、リグル・ナイトバグだった。リグルはマントをひるがえすと、両手を合わせて静葉に懇願する。
「ねえ、お願い! どうかその子を殺さないで!」
「あら、どうして」
「その子は、今年一番に目を覚ましたハエなの!」
「あら……」
リグルは例のハエを呼び寄せると、肩にとまらせる。
「よしよし。もう大丈夫だよ。危ないから私の肩にとまってて」
その様子を見ていた静葉は、ふとつぶやいた。
「……ああ。そういえば今日は啓蟄だったわね」
静葉の言葉に、復活した穣子がのろのろと起き上がりながら応える。
「け、けいちつ……って、たしか虫が動き出す日だっけか……?」
すかさずリグルが、胸を張って告げた。
「そうそう! 私の仲間が一斉に動き出す日よ! だから一番最初に動き出したこの子を迎えに来たのよ!」
「ふーん。もうそんな季節なのねえ。どおりで最近なんか温いと思ったわー」
「まったく、穣子ったら。仮にも季節に携わる神として二十四節気くらい頭に入れておきなさい」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないしー」
「……まったく。呆れたものね」
静葉が思わずため息をついたそのとき、リグルは思い出したように穣子に向かって頭を下げる。
「あ、そうだ! さっきは急に驚かしてごめんなさい!」
「いや、驚かしてっていうか、人に向かっていきなり弾幕ぶっ放すとかさー? マジ痛かったんだけどー?」
「う、ゴメンなさい……」
すかさず静葉がなだめに入る。
「まあまあ、いいじゃないのよ穣子。彼女は自分の仲間を守りたかっただけでしょ」
「いや、そうかもしれないけどさー? めっちゃ痛かったんだけど? めっちゃめーっちゃめっちゃめっちゃ痛かったんだけど!?」
「もう穣子ったら、そんな焼きイモみたいにピーピー怒るんじゃないわよ。どうせ、死ななきゃかすり傷でしょ」
「そりゃあ、神さまが死ぬことなんて滅多にないけどさー? ……ないけどさあー?」
「あ、あわわわ……」
穣子の圧に思わずドギマギしてしまうリグル。それを静葉は呆れた様子で眺めていたが、そのとき不意にリグルのお腹が「りぐるううううっ」と盛大に鳴った。
「あっ……」
思わず赤面してうつむいてしまうリグルに、静葉がふっと笑みを浮かべて告げる。
「……どうやら啓蟄を迎えて、あなたの腹の虫も動き出したみたいね。はい。お食べなさい」
そう言って静葉が差し出した焼きイモを、リグルはおずおずと受け取ると頭を下げる。
「あ、ありがとう……。静葉さん」
すかさず穣子が言い放つ。
「ねえ、ちょっと姉さん! それ私のイモなんだけど!? なに勝手に配ってるのよ!?」
「穣子ったら、別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
「減るわよ!? めっちゃ減るわよ!? 私のイモ!」
「はー。おいしい! おイモ……!」
「ちょっと、あんたも勝手に食ってんじゃないわよ!? もう! どいつもこいつも!」
「まったく。穣子ったら、虫の居所が悪いみたいね。ねえ、リグル。もう無視することにしましょうか。虫だけに」
「うん、そうだね。虫だけに」
「ちょっとやかましいわよ!? そこの枯草大明神と弱虫キング!」
などと、ピースカギャースカと家の縁側で騒いでいる三人の脇を、春めいた風とともに一匹のイモ虫が、軽い足取りで横切っていくのだった。
長年リグルを追い続けてきましたが、リグルを擬音に使った作品はたぶん初めて見たと思います。
作者さんの静葉と穣子がいつもいい意味でお互いに遠慮がないのとても好きです
仲間を守るために神にも牙をむくリグルがカッコよかったです