ケータイ一つで、誰とでも繋がれるなんて誰が想像しただろうか。遠く離れた友人でもメアドや電話番号さえ知っていれば手軽にやりとりができる。果てはガラケーと呼ばれていたものがスマホへと進化して……。けれども、便利になったは良いが問題が起きている部分もある。
というふうな話を、最近知り合った女性とした。便利になることで生活の質が上がるのはもちろんだが、逆にその技術が人々を堕落させているというのも事実だ。現に同世代の人たちは初夏を迎えた木々がどんな匂いをしているのかを知らないし、祭囃子の音色に込められた意味も知らないし、昇り始めた朝日の美しさも知らない。知らないことを悪いとは言わないが、知ることで日常が人生が彩られることは何よりのメリットだと思う。だけれど、その女性は言った。
「大切なものは失って初めてその大切さに気付く。今はまだ見えてないだけでいずれ見える人が現れる」
そしてこう続けた。
「都合の良いように改変されない内に、どうかその深秘を守っていてほしい」
と。
もともと他人を遠ざけるために作った『秘封倶楽部』に、その人は意味を与えてくれた。
世界の深い処にある神秘を、いつかその崇高に気付くまで封じ込めておくという意味を。
◆◆◆
都内某所の路地裏、遠くからは火薬の炸裂する音が聞こえる。人々はソレにスマホを向けている。私なんて気にも掛けない。だけど寧ろそれでいい。暗闇に紛れられるよう黒いケープを羽織っているが、他人の視線が無いことに越したことはない。別に、強盗をするつもりではないが注目を集めたくないのには理由がある。それは私がちょっぴり違う人間だからだ。ちょっとだけサイコキネシスやらテレポーテーションやらといった超能力が使えるだけの女子高生だからだ。
「ま、超能力が使える女子なんて普通じゃないもんね。っとそろそろ時間だ」
私の今夜のミッションは、とあるお寺を封印することだ。桜の名所で古くから歌にも詠まれるような場所で、一度来たことがあるのだがとても綺麗な場所だった。あの女性に渡されたお札を貼ってまわるだけでいいとは言われたが、ちょっとくらい見ていたって誰も怒らないだろう。
夏なのにも関わらず、季節が狂ったかのように桜が咲き誇っていた。
「おかしい……。こんな変な現象が起きているならTVで取り上げられていてもいいはずなのに」
「そうよね、目の前にある事柄に目も向けないで、やれスマートフォンだの、デジタルカメラだの、二言目にはインターネット。もうこの場所には、これ以上『不思議な現象』を保つ力がないのよ。だからこそ、必要な人に必要なだけこの現象を見せられるように、封じなければならないの」
言葉がフラッシュバックする。必要なときに必要なだけ。現代でもSDGsとか言われているが、何も資源とは単にモノとは限らない。いつも見ている風景が、また明日もそこにあるとは限らない。
入口の三門にお札を貼った。地蔵の並ぶ花壇にお札を貼った。墓石にお札を貼った。
果たしてこれで何か変わるとは到底思えないが、あの八雲紫の力ならばきっと何かしが変わっているのだろう。ただ、あの景色を最後に見ることができた人になれて良かったと思う。
◆◆◆
「間違いなくここね」
「間違いないわね、うん」
深夜に徘徊する人影が二つ。
「ほんとに……。墓荒らしみたいな真似は避けたいって言ったはずなのに貴方という人は……」
「悪かったって。あ、ほらさ今度新作スイーツ奢ってあげるからさ」
肝試し、というには些か遅いが、大学生のヒアソビのようだ。
「彼岸にデンデラ。ここはあの世なのね」
「死ぬ前にあの世に行けるなんて光栄だわ」
発言はとても物騒で、おおよそ女子大学生とは思えない。理由は簡単だ。
彼女らは不良オカルトサークルで、遥かな昔に誰かが封じた秘密を暴く活動をしていて、危なっかしい二人組だからだ。
「何人たりとも、私たちの青春を邪魔してはいけないのよ。例え外の世界の人だとしても」
「メリー?なんか言った?」
「いいえ、なにも。さ、探索を続けましょう」
時刻は二時二十四分。日付もまわってだいぶ経ったし、下手すれば爺婆は起きて歩いているかもしれないが、わたしたちの秘封活動はこれからだ。
メリーは墓荒らしだと言ったけれど、ここの地下には遺体は一体も入っていない。いつだったか、土地開発中に”運悪く”掘り起こした事があって、作業員がPTSDになってしまった。それ以降地面に埋める所謂埋葬は禁止となった。亡くなった人間は国が管轄する施設へと送られ500mlペットボトルくらいの容器に入って帰ってくる。しかし、それすらも回収されてしまい、故人は二度と返ってこない。墓参りやお盆といった文化もなくなってしまった。今の時代には、墓はすっからかんなので「墓地で肝試し」みたいなものもついぞ聞かなくなった。
「うーん、何も起きないわね」
「壁に向かって走るとかそんなバグ技みたいなのが必要なんじゃないかしら?」
メリーの言ったバカな意見は無視するとして、あの写真にあったような桜の景色はどうやったら現れるのだろうか。ヒガンバナをいじってみたり、墓に団子を供えてみたり、同じ画角で写真を撮ってみたりしたが一向になにかが起きる気配はない。
二時二十九分、月も星もよく視える。中秋の名月にはまだ遠い。満開の桜の季節にも遠い。満月も夜桜も、どちらも現代の人々は見ることはない。造り物のヴァーチャルで満足しているのだから。はるかな大昔の人が楽しんだのであろう風景を、わたしたちが見ることはできないのだろうか。
「あら?この墓石動くわ」
「……!」
二時三十分、メリーが墓石を回すと辺り一面に桜が、それも七分咲きの桜が顕れた。
「綺麗」
メリーがボソッと呟いた。照明も無いはずなのに輝く桜を前にして、そう思わずにはいられないだろう。幽玄を体現したかのようなその様は、まさに墓地の魂を吸って妖しく光っていた。
消えかけの電灯のように明滅したのち、桜は見えなくなってしまった。僅か一分ほどの景色は言葉を失うほどに美しく儚く、そして同時に、今の時代に存在してはいけないような禁忌
があった。
「……メリーには、あれはどう映った?」
「境界の向こうには、確かに存在していたわ。不思議なものね。」
この世ならざるモノ、封じられてしまったモノを暴くわたしたちの活動は褒められたものではない。科学も理論も発達しきった世界には、不思議や謎が必須だ。
「その為なら境界だろうとなんだろうと越えてみせるわ」
終
というふうな話を、最近知り合った女性とした。便利になることで生活の質が上がるのはもちろんだが、逆にその技術が人々を堕落させているというのも事実だ。現に同世代の人たちは初夏を迎えた木々がどんな匂いをしているのかを知らないし、祭囃子の音色に込められた意味も知らないし、昇り始めた朝日の美しさも知らない。知らないことを悪いとは言わないが、知ることで日常が人生が彩られることは何よりのメリットだと思う。だけれど、その女性は言った。
「大切なものは失って初めてその大切さに気付く。今はまだ見えてないだけでいずれ見える人が現れる」
そしてこう続けた。
「都合の良いように改変されない内に、どうかその深秘を守っていてほしい」
と。
もともと他人を遠ざけるために作った『秘封倶楽部』に、その人は意味を与えてくれた。
世界の深い処にある神秘を、いつかその崇高に気付くまで封じ込めておくという意味を。
◆◆◆
都内某所の路地裏、遠くからは火薬の炸裂する音が聞こえる。人々はソレにスマホを向けている。私なんて気にも掛けない。だけど寧ろそれでいい。暗闇に紛れられるよう黒いケープを羽織っているが、他人の視線が無いことに越したことはない。別に、強盗をするつもりではないが注目を集めたくないのには理由がある。それは私がちょっぴり違う人間だからだ。ちょっとだけサイコキネシスやらテレポーテーションやらといった超能力が使えるだけの女子高生だからだ。
「ま、超能力が使える女子なんて普通じゃないもんね。っとそろそろ時間だ」
私の今夜のミッションは、とあるお寺を封印することだ。桜の名所で古くから歌にも詠まれるような場所で、一度来たことがあるのだがとても綺麗な場所だった。あの女性に渡されたお札を貼ってまわるだけでいいとは言われたが、ちょっとくらい見ていたって誰も怒らないだろう。
夏なのにも関わらず、季節が狂ったかのように桜が咲き誇っていた。
「おかしい……。こんな変な現象が起きているならTVで取り上げられていてもいいはずなのに」
「そうよね、目の前にある事柄に目も向けないで、やれスマートフォンだの、デジタルカメラだの、二言目にはインターネット。もうこの場所には、これ以上『不思議な現象』を保つ力がないのよ。だからこそ、必要な人に必要なだけこの現象を見せられるように、封じなければならないの」
言葉がフラッシュバックする。必要なときに必要なだけ。現代でもSDGsとか言われているが、何も資源とは単にモノとは限らない。いつも見ている風景が、また明日もそこにあるとは限らない。
入口の三門にお札を貼った。地蔵の並ぶ花壇にお札を貼った。墓石にお札を貼った。
果たしてこれで何か変わるとは到底思えないが、あの八雲紫の力ならばきっと何かしが変わっているのだろう。ただ、あの景色を最後に見ることができた人になれて良かったと思う。
◆◆◆
「間違いなくここね」
「間違いないわね、うん」
深夜に徘徊する人影が二つ。
「ほんとに……。墓荒らしみたいな真似は避けたいって言ったはずなのに貴方という人は……」
「悪かったって。あ、ほらさ今度新作スイーツ奢ってあげるからさ」
肝試し、というには些か遅いが、大学生のヒアソビのようだ。
「彼岸にデンデラ。ここはあの世なのね」
「死ぬ前にあの世に行けるなんて光栄だわ」
発言はとても物騒で、おおよそ女子大学生とは思えない。理由は簡単だ。
彼女らは不良オカルトサークルで、遥かな昔に誰かが封じた秘密を暴く活動をしていて、危なっかしい二人組だからだ。
「何人たりとも、私たちの青春を邪魔してはいけないのよ。例え外の世界の人だとしても」
「メリー?なんか言った?」
「いいえ、なにも。さ、探索を続けましょう」
時刻は二時二十四分。日付もまわってだいぶ経ったし、下手すれば爺婆は起きて歩いているかもしれないが、わたしたちの秘封活動はこれからだ。
メリーは墓荒らしだと言ったけれど、ここの地下には遺体は一体も入っていない。いつだったか、土地開発中に”運悪く”掘り起こした事があって、作業員がPTSDになってしまった。それ以降地面に埋める所謂埋葬は禁止となった。亡くなった人間は国が管轄する施設へと送られ500mlペットボトルくらいの容器に入って帰ってくる。しかし、それすらも回収されてしまい、故人は二度と返ってこない。墓参りやお盆といった文化もなくなってしまった。今の時代には、墓はすっからかんなので「墓地で肝試し」みたいなものもついぞ聞かなくなった。
「うーん、何も起きないわね」
「壁に向かって走るとかそんなバグ技みたいなのが必要なんじゃないかしら?」
メリーの言ったバカな意見は無視するとして、あの写真にあったような桜の景色はどうやったら現れるのだろうか。ヒガンバナをいじってみたり、墓に団子を供えてみたり、同じ画角で写真を撮ってみたりしたが一向になにかが起きる気配はない。
二時二十九分、月も星もよく視える。中秋の名月にはまだ遠い。満開の桜の季節にも遠い。満月も夜桜も、どちらも現代の人々は見ることはない。造り物のヴァーチャルで満足しているのだから。はるかな大昔の人が楽しんだのであろう風景を、わたしたちが見ることはできないのだろうか。
「あら?この墓石動くわ」
「……!」
二時三十分、メリーが墓石を回すと辺り一面に桜が、それも七分咲きの桜が顕れた。
「綺麗」
メリーがボソッと呟いた。照明も無いはずなのに輝く桜を前にして、そう思わずにはいられないだろう。幽玄を体現したかのようなその様は、まさに墓地の魂を吸って妖しく光っていた。
消えかけの電灯のように明滅したのち、桜は見えなくなってしまった。僅か一分ほどの景色は言葉を失うほどに美しく儚く、そして同時に、今の時代に存在してはいけないような禁忌
があった。
「……メリーには、あれはどう映った?」
「境界の向こうには、確かに存在していたわ。不思議なものね。」
この世ならざるモノ、封じられてしまったモノを暴くわたしたちの活動は褒められたものではない。科学も理論も発達しきった世界には、不思議や謎が必須だ。
「その為なら境界だろうとなんだろうと越えてみせるわ」
終
墓場でやみくもにいろいろやっている連メリがよかったです