飛頭蛮【ひとうばん】
妖怪。夜になると胴から首を離して飛ばす。虫やカニを捕食する。
胴に長いこと戻れないと苦しむ。ほんとはろくろ首。
月が明るい。どれくらいかっていうと、マジ? ちょっとまってくれよ、こんなに明るくっちゃあ、どっちが昼でどっちが夜かわかりゃしないよ。っていうくらい。なにせ、二日月でも従来比で満月くらいの明るさだったのだ。更にその上、満月より強い高揚感で力がみなぎった。妖怪も色めき立ってカッカして、そこらじゅうでけんかした。人間たちですら春に良く出てくるおじさんみたいになったりした。
本題と別に関係ないので忘れてもらってもよいのだが、一応説明しておく。月が明るくなったのは月のせいだ。月と純狐の諍いが、今回はどうもこじれにこじれ激化の一途を辿ったらしい。月の都は使えるもんならウンコでも使うぜって、地上に助けを求めたりしていたが、お前もうそろそろええ加減にせえよという話になり、あんまり助けてもらえなくなってきていた。
そこで月の都は、地球そのものを巨大な魔方陣に見立てた最終兵器術式のスーパー月光パワーで地上のウンコ諸共純狐を無に帰してやるぜえええと息巻いていたのだが、わよんわよん言う謎の女に邪魔されて光はめっちゃ拡散され本来の役割を果たせなかった。要は余波でこれということだ。さりげなく地上が滅亡しかけていた。月の連中全員眠らせて夢の世界へ逃がすぜの時とかも思ったけど、なんでそうやることが大規模で極端なんだろう? 地上はいい迷惑である。小学生が一人で決めてるのかもしれない。
今回はそんな闘いの話はどうでもよくて、その余波の月光でカッカした地上の妖怪たちの話をしたい。彼女らはてんやわんやしている。人里で数人の犠牲者が出る凄惨な事件が起こりかけたのをいつもの人たちが何とかするみたいな下りが十数回はあった。今回の異変で人死にがでたとかそういう痛ましいのはなかったが。有能で優しい幻想郷。結構なことだ。
そんなてんやわんやしてる中でも、満月で殊更ヤバくなるような奴は気が気でなかった。ワーハクタクとかを筆頭にそうだが、そういうやつらは自分が満月でヤバくなることは事前に重々承知しているので、普段は引きこもったりなんだりで意外となんとかなっていたが、範疇を超えたウルトラ月光の前ではパワーもルナティックも3倍に漲るといったところで、うおおお不死の煙よ、いっそ私を殺してくれえええみたいなことになった。もちろん殺しはしなかった。
そろそろ本当にしたかった話をする。飛頭蛮の話だ。彼女は妖怪の中でもかなり理性的な方で、それはどれくらいかっていうと、普通に人里の中で妖怪だとバレずに働けるくらいだったのだが、今回の異変ではむしろそういう『狂気に慣れてないやつ』の方が突拍子もないことをしてしまいがちだった。
飛頭蛮にも、妄想を巡らせたことくらいはある。白昼堂々(夜なんだから白昼ではないのだが、とにかく白昼堂々なのだ)欲望のまま街路で首を飛ばして回り、食っちまうぞと脅しすかしてケラケラ笑うといったようなことである。それをした。この時は三つの首を飛ばした。満面の下卑た笑みだった。キャアキャアと言う恐怖の絶叫が、己を愛撫するものに感じられた。これまで感じたことのない、至上の悦楽が飛頭蛮の身体を稲妻のように貫いた。
本当にたまったものではない。飛頭蛮は最悪の被害でも、驚いた人が腰を抜かしてシリモチをついた拍子にちょっと怪我させてしまうくらいで、命を奪ったりはしない安全な方の妖怪なのだが、人間からしたらそんな判断はつかない。マジで食われる! 死ぬ! ってなる。その本物の恐怖が飛頭蛮に力を与えるのでそうでなくては困るが。
違う。そんなことを喋りたいわけではない。つまり、この行為は、月が沈んで正気を取り戻した蛮奇に大層な羞恥をもたらしたということだ。さらに言えば、その日は友人と飲み会があったのだが、すっぽかしての凶行だった。友達と遊ぶ約束より、露出狂みたいに妖怪を晒して歩くことを選んだ、私。やべえぇ! ってなっていた。
しかも、大変な月光の下で無理やり元気にさせられた反動か、日中はずっとぐったりしていた。丁度、低気圧に弱い人が朝起きた時に「ああ、今日雨か」と判別がつくような、あのような体調である。この異変は半月ばかり続いてようやく収まるのだが、先ほど説明したような原因も、その期間も、地上の人妖には暫く知る由もなかった。このままではまずいと考える。
妖怪には常識がある。幻想郷は妖怪のために存在している場所だという常識だ。人間はそのために居る。だがこれは妖怪側の都合で、人間というのは存在している以上、他でもない人間自身のために存在していなければならない。人間は自治行為をするし、それを尊重せねばならない。妖怪は人間の都合を全く考えず好き勝手振舞うというわけにはいかない。そうでなければ人間は滅び、それは妖怪の滅びをも招く。幻想郷は妖怪のために存在しているかもしれないが、妖怪はある意味人間のために存在している。飛頭蛮にしたってそれくらいの分別は当然あり、人里で堂々と人間を脅かすなどの行為は控えねば排除されかねないという不文律(誰も口には出さないが守っていること、という意味だ。勉強になったな)の元に生きていた。
飛頭蛮は友人の家に転がり込んで、欲望をぶつけあって過ごそうと考えた。気持ちがお互いに向いているうちは、周囲に迷惑が掛からないという考えである。これには問題が三つある。一つ、蛮奇には家に転がり込めるような関係値の友人が少ない。一つ、その内一人は水中を住処にしている人魚であり同室が叶わない。一つ、もう一人は狼女だということである。狼女!? この異変の最中(さなか)狼女に自ら会いに行こうというのか、落ち着け飛頭蛮! しかし彼女は低気圧にやられたみたいな状態の脳みそだったので、消去法で狼女の住居へフラフラ向かってしまった。南無阿弥陀仏、飛頭蛮。お前のことは忘れない。
欲望をぶつけあうって、具体的になんだよ? 何するんだよ? って思ったかもしれない。それは誰にもわからない。スマブラとかかもしれない。この話はそんなに退廃的なものではないので、ファンシイなイメエジを持っていただきたい。ほら、事前に人死にがないとまで言っている。すごい説得力だ。イメエジができた? よろしい。なら続きを読んでいいです。
***
狼女【おおかみおんな】
妖怪。満月で力を増す。人間を一飲みで食べられる。
銀の弾丸以外では中々死なない。
飛頭蛮が狼女の家へ転がり数日が経った。飛頭蛮は命を失ったりはしておらず、また、外に迷惑をかけるといった諸行動もないので全く思い通りにいっている。ただ、ルール違反のペナルティで処されることにばかり怯えていたが、別の問題が首をもたげてきた。日中のぐったりの件である。
この異変は二日月から始まった。そして三日月、四日月、五日月と経るにつれ、各々が内包する凶暴性はより大きな奔流となって襲ってくることになる。それはいい。二人はそれをコントロールできている。今の処は。問題はそのあとの疲労だ。どんどんひどくなっている。このままでは力を使い切って衰弱死するのではないかと危惧している。満月まで生き残れる妖怪あんまり居ないんじゃないの? やばすぎる。幻想郷は滅亡する! そういえば先刻(さっき)も人死にが出たとかはないって言ってたけど、妖怪も含めてとは一言も言ってなかった。すげえ。叙述トリックじゃん。
飛頭蛮も狼女も、このまま訳も分からないままに力尽きてしまうのはいやだった。まだなんとか動けるうちに、何らかの対処や調査を行いたいのが人情(妖怪なんだから人情じゃないだろみたいなことを言う奴は全員口内炎ができる)だ。夜は理性的でないから外に出られないとしても、日中はそんなことないので外出はノーリスクだ。解決できるなどと己惚れてはいないが、できることはあるはずだ。妖怪の大量死を招く異変なんてそう沢山あるものじゃないと彼女たちは感じていた。七日月のことだった。
しかし、先ずはと彼女たちを迎えてくれたのは絶望だった。人里に入れない。結界が張られているではないか! 人に害成す妖(あやかし)の者は死ねというのか! 死ねというのだ。そりゃそうだ。何も間違ってはいない。
月のせいだとしてもだ。妖怪が暴れてしまうのは、普段よりドギツイ月の明かりのせいで、妖怪のせいではないとしてもだ。人を傷つければ退治だ。そんなの当然だ。いちいち許していたらきりがない。人間同士であっても、酒を呑んでオッペロペーになっていたからといって、酒瓶で人を殴って許されるわけではない。それは善悪ではない。システムだ。やったという結果があれば、排除しなければ場が継続していかないのだ。狼女は普段から満月による類稀な高揚感に晒されているので、どうやっても禁欲的にならざるを得なかったし、そういった達観があった。
でも我々は人に害成す妖の者ではないじゃん! それに、酒は己が意志でするもので月明りは不可抗力なんだから、それは例えとしては成立してないぜ! というのが飛頭蛮の言い分だった。畜生! と彼女が結界を叩くと、手が焼けたように怪我した。痛そう。可哀想だから怪我だけはするな。そうは言っても、飛頭蛮には狼女がつけた歯形がそこら中にあったので、今更だったかもしれない。
狼女は落ち着きなさいと言って飛頭蛮の怪我した手を優しくなでた。そして、不謹慎でなくてわかりやすい例として酒があっただけで、別に不可抗力な原因でもよいと続けた。頭の中にできものが沸いた結果犯した殺人でも、きっと無罪放免とは行かないだろうということである。それが起きないようにと張られたこの結界は、私たちにとってはむしろ慈悲なのよと諭した。
狼女は博麗神社へ行こうと提案した。巫女なら月光をよける結界も張れるのではないかと考えてのことだった。天才ここに極まれりと言った感じだ。先ほどの絶望はなかったことにさせていただく。ちなみに、月光をよけるだけなら家に閉じこもっていれば関係ないだろと思った低能のために一応説明しておくが、問題なのは月光そのものではなくて、それによって漲る月からの魔の力である。
ところで二人は息も絶え絶えだった。それに、今から神社へ行っても夕方にはなってしまうだろう。今日の処は竹林へ戻って、明日にした方がよいと飛頭蛮は言った。明日が今より元気な保証などないが。というより、おそらく悪いだろう。夜になるまでの間、少しでも休まねば。神社からの帰りに夜になってしまってはたまらない。同じゴミだとしても、少しでもマシなゴミを選ばなければならない時はある。今とか。
夜は妖怪の時間だ。だから、昼に寝るのは本来正しい。しかし、夜に起きて本当に人間を襲ってしまうなら話にならない。幻想郷において妖怪は人間を脅かす存在、という体裁だけがあればよい。人間もまた、脅かされれば妖怪を退治するもの、という体裁があればよいのだ。それで、どうにかこうにか共存してきたのだ。体裁のために、スペルカードルールなんて回りくどいものまで導入されている。こんな内戦のような状態ではその体裁が崩れる。二人はまだまだ理性的だった。異変も前半が終わろうとしている。後半になっても同じ気持ちを保っていられるかは、月次第といったところだ。
***
神社には人混みがあった。二人がなんとか入っていこうとすると、ちゃんと並べと怒られた。神社に並ぶとはどういうことなのだろうか? 二人には経験がなかったし、意味も分からなかった。それでもしぶしぶ並んでいると、やがて巫女に会えた。飛頭蛮がこの行列はなんなのか聞くと、知らずに並んでいたことに巫女はあきれた。巫女はお札を配っていたのだ。月明りを遮る結界を張るお札だ。二人はふーん、ご苦労なことだな、と思った。次に、月明りを遮る結界!? と思った。ドンピシャ、求めていたものではないか! というか、人里に張ってあった結界が、まさにその月明りを遮る結界だったのだと言うではないか。
博麗の巫女はもちろん、人間たちのために人里で月明りを遮る結界を張った。そして無辜の妖怪達がバタバタ死ぬのも良くないと思い、次なる対策と夜なべ仕事で作ったお札がこれであった。あまりにもすごい。どんなやつもこの巫女を尊敬するであろう。全部解決じゃないか。
飛頭蛮と狼女が全部解決じゃないかという顔をしていると、全然解決ではなく、これはあくまで一時しのぎの対策だと巫女は言った。それに、お札の恩恵を受けられない妖怪はやっぱり沢山いるということも問題だ。ここ数日、巫女は散々人脈を駆使してこのお札を配ることを喧伝して回ったが、二人のように事情を知らないものが居る。あと、単純に巫女の生産能力にも限界があり、当然、幻想郷の全員分というわけにはいかなかった。
狼女は、あのね、やってくれたことには感謝するけど、あなたの仕事って、こういうときにウロウロフラフラうろつきまわって、異変の元凶に当たるまで出会ったやつ全員ぶちのめすことじゃなかったかしらと言った。狼女が多少聡明とはいっても、所詮この程度だ。彼女が思う程度のことなど、既にその行(くだり)ごと終わっている。
昼に出てもへとへとになった妖怪たちはてんで巫女の前に現れないし、夜に出たら出たで強力すぎる狂気と高揚にあてられた妖怪たちはスペルカードルールさえ守れないような有様なのである。無論、本当の妖怪退治になったところで平時ならば大抵なんとかなるのが激強巫女の良い処なのだが、強力に強化された今日、そこそこボロボロになって帰ってきた巫女を見かねてスキマーストップがかかっている。故に、対処療法的な方策しかとれないのが現実だった。
それって、隙間が介入しているのに異変の原因の『げ』の字も掴めていないということではないのか。本当か? 本当にそんなことあるのか、と、それはそれで訝しんだ狼女だったが、他でもない巫女がそうだと言うんだから、そうなのだろうと思うしかない。
咳払いをして、とにかく、と巫女は言った。列ははけていない。いつの間にか二人の後ろにもごったがえしていた。いつまでも話している時間はないということだろう。巫女はお札の説明をしてくれた。ぺたりと貼ったら家一軒くらいの範囲は月明りを遮る結界が張られる。張られている間は物理的にも閉じ込められるが、お札を剥がすだけで結界は解除できる。解除したらもう一度使うことはできないので、柱など丈夫な場所に貼ることが推奨される。今二人で暮らしているなら一枚で我慢せよとのこと。
なんにせよ、よかった。これがあれば自らの暴走を防げるだけでなく、外からの脅威も防げる。やはり、二人にとっては解決を見た格好だ。お札を受け取り、お礼を言って列から出ると、鬼が紙をくれた。これを読んで帰れということらしい。二人はへとへとだったので、帰ってから読もうと思った。あまり気を使うこともなかったので、家に帰りつく頃には紙に皺が寄っていた。
***
狼女の家に帰ってきた。柱にお札を貼ると、確かにその夜は月光の影響を受けなかった。二人はこれまで気を張っていたのが、糸を切ったかの如く安心して泥のように寝た。それは一日と半分にも及んだ。余程疲労がたまっていたと見える。やっと起きてからも、しばらくぼーっとしていた。こうなると、社会との断絶を合法のもとに許可されたようなものであった。
思えば二人は、というより妖怪たちはここ数日ずっと翻弄されてきた。ノーマルとルナティックの間を行ったり来たり反復横跳びして、その中にはいろんなグラデエションがあれど大方どんどん酷くなってきて、疲労はたまり、アイデンティティが揺らぎ、もしや月の出ている今の自分こそが妖怪として本来の自分なのではないかと考え、自制が効かなくなっていくのだ。
そこから突然ぽーんと解放されたからといって、ハイじゃあ即全快ね、などといくわけがなかった。とはいえ、これだけ休めば頭も多少冴えてくる。鬼から貰った、ちょっと皺が寄った紙に目が行って、そういえば読んでなかったな、と狼女は思った。九日月の夜のことだった。
曰く、お札を配り切ってしばらくした段階で神社も結界で覆い避難シェルターとするらしい。先の説明の通り出入りは不可能なので、この紙を読んだら日が高いうちに知り合いに事情を触れ回って神社へ避難させろ、という内容だった。狼女はふうん、つくづくご苦労なことだな、と思った。読んだ紙を、のそのそ起きてきた飛頭蛮に渡した。飛頭蛮は、それを読むと真っ青になった。
突然わなわなと震えて脂汗を吹き出し始めた飛頭蛮を見て、狼女は一体何事かと心配した。飛頭蛮の目に入ったのは、「知り合い」という単語だった。そして、人魚は今どうしてるんだ? と言った。狼女はそれを聞いた途端、迷わずお札を剥がした。結界は壊れた。
前述ッ! 飛頭蛮の『友人』は『二人』居たッ! 狼女とも共通の、数少ない交友である。無理もない。ここ数日、二人とも二日酔いと低気圧に同時に晒されて頭いてー以外考えられないような状態だった。己の身の安全を守るのに精いっぱいだったとして、誰が彼女たちを責められようか? 余裕が出てくればこそ他者にやさしく在れるのだ。異常な状況に翻弄され愚行を犯す者を見て「これが人間の本質……」とか思ってしまうようなダボハゼと、二人は違う。お互いを責めたり、呵責に悩まされたりすることなく、彼女たちはとにかく行動に出た。猫車を持って烈風の如く家を飛び出した。なにはともあれ、安否を確認せねば!
夜にお札を剥がしたので、二人の身体にはすぐさま己の丈に不相応な力がムクムクと漲り、今なら何でもできるという全能感に満たされた。続いて、人間やっちまおうぜゲヘヘという邪な考えも湧いてくる。今現在が全盛期だ! これこそが『我』だ! 今までの、けそけそ端っこで生きてきた自分はすべて偽物だったのだ! うわはははは! みたいな虚栄心も見る間に膨れ上がっていく!
しかし十分な休養を取っていたこと、ある程度狂気との付き合い方がわかってきたこと、明確な目的意識を持っていることなどが合わさって、二人は一糸乱れず霧の湖に向かった。道中木っ端妖怪がRPGの雑魚敵みたいにいくらか襲ってきたが、残存体力の差で圧倒できる程度のものだった。狼女がぶったおすまでもなく、既にぶったおれてる様なのも何体か見かけた。
上空では笑い声と叫び声が聞こえた。弾幕が飛び交い、生い茂る木の葉が光って見えた。危険な花火そのものであった。月明りもあって、暗くて転ぶだとか迷うなどといったことは微塵も心配がない。猫車を押してない飛頭蛮は途中で走っているのがばかばかしくなって、低空飛行で狼女を追い抜かした。
湖に着いた飛頭蛮は首をいくつも飛ばして捜索を行った。やがてぷかぷか浮いてる人魚を発見した。意識を失っているが、外傷はない。何故この辺りはこんなにも静かなのか。遠くの方ではまだ弾幕が見えるのに。訝しみながらも、行動は迅速だ。襟を噛んで陸まで引きずり、猫車に乗せて、またしても二人は矢の如く走った。狼女の家までに、またしても三回くらい、RPGの雑魚敵みたいにエンカウントがあったが、残存体力の差で圧倒できる程度のものだった。途中で撃墜されたらしき妖精が進行方向に落っこちてきて轢いてしまった。南無阿弥陀仏、妖精。お前のことは忘れない。
行きはあんなに騒がしかったのに、帰りは喧噪も大分少なくなっていた。みんな疲れて疲れて、どうしようもないのかもしれなかった。やな感じだ。疲れていても、暴れずにはいられない。高揚してしまって興奮してしまって、遣る方ない。足が攣ってしまうくらいの状況でも、他者に害を及ぼさずにはいられない。もう、相手が妖怪でも妖精でもこの際構わないといった有様である。これでも結界に守られた大多数は含まれないというのだから、隠れ住んでいた者どもの多さが伺える。
それから数日、二人はこれまでと同じように過ごした。途中、屋根に光弾が飛んできて穴が開いたので、キレ散らかした狼女が辺りの妖精とかを一網打尽にしたりといったトラブルがあったが、大きな事故はなかった。人魚は目を覚まさなかったので看病した。風呂桶に水を張ってそこに放っておいて、たまに様子を見に行き、一日一回水を替える。占有されているので、二人は風呂に入れなくなった。まあ、入れたとて、このような体調では入浴中に意識を飛ばして溺れ死ぬであろうが。
***
人魚【にんぎょ】
妖怪。気に入った人間をみると、歌で誘って引きずり込んで遊ぶ。
食べても八百年の寿命を得られたりはしないがよく狙われる。
人魚が起きた。人魚は夜の最中(さなか)に力を使い果たし意識を飛ばしたのだという。死んでいなくてよかった。ところが二人はすぐに、異変が終わるまでの間ずっと起きなきゃよかったのにと思うことになる。夜になると人魚はとにかく、ずっと歌った。それがなんとも破壊的な魅力を持っていたので二人は狂った。狂って踊った。へとへとに疲れ果てても踊った。人魚はその様子をみてますます気分をよくして、さらに歌った。
二人は人魚の言うことをなんでもきいた。こっちへおいでと手招きしたら来た。飛頭蛮の髪をつかんで風呂桶に突っ込んだ。気泡が浮かんでこなくなった辺りで引き上げると、ひゅうっと息を吸ってひとしきり咽せた。狼女はその光景を見てステップを踏みながら喉を掻きむしった。人魚はそんな狼女を見てケラケラ笑っていた。
風呂桶に込められた水が渦を巻いて人魚を持ち上げた。飛び散った水滴に、外から射した月の光が乱反射した。家の外でも同様の狂乱が起きているようだった。時間がずしりと遅くなって感じた。そんな状態でも、苦しいとか、もう助けてくれとかいう気持ちはほんの少しで、楽しいとか、ずっとこうしていたいとかいう気持ちの方が遥かにまさって、その状態でその上、月の光のもたらす全能感と、只管人魚の思うままにしかされ得ない無力感もあった。それは魂魄を圧し潰されるような惨い、他に経験のない感覚だった。一個の知能が一度に体験していい感情の量を何倍も何倍も超えていた。
朝になって月が隠れた途端、人魚の顔はみるみる疲れて困り眉になって、ごめんなさいと謝った。二人には聞こえていなかった。やっと解放されたという虚脱感を持ったのもつかの間、意識を手放した。風呂の水と血と汗と涙でべちょべちょのぐちゃぐちゃだった。本当にここ数年で最も悪い夜だった。
ひとまず、狼女と飛頭蛮は昨日の夜のことを許した。だが、もう一度同じことがあったら対等な友人関係でいられなくなる気がする。人魚はこれまで、特に我慢するとかもなく高揚のままに力を振るって振るって振るいまくったらしく、奇跡的におそらく死者こそないが、広域大量殺害危険地域と化した霧の湖にはマジで誰も近寄らなくなったらしい。
飛頭蛮は月のせいなんだから仕方ないよ、と口では言ったものの、釈然としない気持ちもあった。その言葉は自らが犯した過去の愚行を許すためでもあったのだが、実際喰らってみて、喰らう側になってみて、前に狼女が言っていたことが理解できたような気もしたのだ。
思い出す。あの時、涙を流して怖がった女の人の顔。驚きすぎてシリモチをついた拍子に腰が抜けて立てなくなったおじさんのこと。逃げ出す子供のこと。聞こえてくる複数の悲鳴のこと。その時、月がきれいだったこと。
消えないということだ。『された』という事実は、今後永劫『されなかった』ということにはならない。残る。残り続ける。それは誰においても同じことで、そこに至る経緯は関係がない。そういうことだ。混同してしまっていたが、許すとか許さないとか、そういう言葉では厳密ではなかったのかもしれない。そんな主観的な話ではなく、もっと厳然たる現実の話。『した』。『された』。それは消えない。残り続ける。それだけだ。それを正しく認識した上でやっと、『それから』がある。
『それから』、消えないのだから死ぬがよい、なのか、消えないのだから次からはしないようにせよ、なのか、それは個々人の信念の話になる。やっとそこで、信念。その前提は、事実。現実。真実。信念の一つ前には、常に事実が存在している。二人は許した。『された』事実は消えないけれど、許した。正しく認識しつつも、それでも許した。それが大事なことだった。
狼女は繰り返し主張した。もちろん同情すべき点はあるが、月のせいだからといって何でも許されるわけではない。暴虐によって失われたものは、それが物質的なものであれ精神的なものであれ元には戻らないし、事前にできる対策はしておくべきではないか。起こってからピーピー言葉を並べ立てて、あれは悪くない、これが悪いなどと騒いでもどうしようもない。自らが満月で力を増す種族であるからこそ、むしろこういう考えになるのだ。
飛頭蛮の発案で、次の晩からは人魚に猿轡をして簀巻きにすることが決まった。人魚は特に抗議することもなくこれに同意したが、飛頭蛮の身体中についた歯形については何か言いたげにしていた。十三夜月の朝のことだった。
三人は、そろそろ明後日に迫ってきた満月のことを考え出した。基本、満月以外は何も感じないのが普通だ。それくらい、満月とそれ以外の月には隔たりがある。つまり、それ以外の月ですら平時の満月よりはるかに強力な力にあてられている今、満月になってしまったらみんな余りの凄まじさに耐えかねて爆発して死ぬんじゃないか。飛頭蛮は他人事のようにそう思った。
それに、満月に向けて徐々に強力になっていく力と平時の精神状態の乱高下に本当に困窮している。何度も言うように、自己の同一性を著しく損なう。狼女などは、今の自分は本当の自分ではなく、強力に顕現した月明りの元の自分の方が、本当の自分なのだという気がしてきていた。危険な状態だ。
人魚は、本当の自分などというものはないと言った。開口一番の断言だった。ない。身体に刻まれた傷と、外部からの刺激と、己の中から分泌されるものの均衡があるだけで、一瞬一瞬の自分を受け入れるしかない。しいて自己啓発的なことを言えば、あるのは「本当の自分」ではなく「ありたい自分」なのだ。それと乖離した時に苦しみを感じる。月がもたらす万能感は「ありたい自分」を上書きする。これまで折り合いをつけてきた沢山の小さな絶望をなかったことにする。それは正しいことじゃないから苦しんでいる。「本当の自分がどこなのかわからなくなった」という言葉で以って。刹那的な人魚らしい言だった。
飛頭蛮は、それならば、平時の今「ありたい自分」を強くイメエジするしかないと言った。しかし、「ありたい自分」などと言うものが私にあるだろうかと彼女は思った。そんなに自己肯定の高い方ではない。妖怪は生まれながらに力の差が決まっている。人間もそうだが、妖怪は更に露骨にそうなのだ。山河を創造し空間を切断する連中が犇いているそんな中、ピュンピュン首を飛ばすだけの女が高い自尊心を築ける訳もなかった。社交性が低くないのだって、妖怪にとったら自慢でも何でもない。
そんな彼女の顔を見た狼女と人魚の二人は、「ありたい自分」なんて言い方をすると高尚だけれど、要は信条に欠けることを思い浮かべればよいのだ肩を叩いた。元来小心者だがみみっちいプライドだけは高く、冷笑的な目で物を捉えて常に少し不貞腐れている、それが精いっぱい客観的に考えた飛頭蛮の自己評価だったが、場が壊れることを嫌う平和主義者で、調和を尊びそのために心を砕くこともできる。信条に欠けること。それはもちろん、二度と人前で露出狂みたいな真似をしないことだ!
***
満月を間近に控えている。昨日は人魚の猿轡作戦が功を奏して永らえたが、今日はどうだろうか、わからない。とりあえず、三人は開き直って月見をすることにした。命が助からないような予感があったのだ。月見だんごを用意するというわけにはいかなかった。もう、三人が三人とも、許されるなら指一本でも動かしたくはなかった。喋るだけの元気はあったのだろうかというと、本当はないのだが、近づいてくる終わりの時を思うと喋らずにはいられなかった。
辺りは静まり返って風一つなく、三人が話す声だけが妙に辺りに響き渡った。もう、結界に守られていないやつらは彼女ら以外意識がないのかもしれなかった。謎に二日休みが挟まった二人はともかく、人魚が三人の中でも比較的元気なのは、本当になんでなのか全然さっぱりわからない。永遠の謎。
死ぬにしても死に方は選びたかった飛頭蛮と狼女は、やっぱり人魚に猿轡をした。人魚はちょっとだけ不服そうな顔をしたが、死ぬにしても殺すのは嫌だったのでしぶしぶ従った。それから、人魚を真ん中にして、三人で抱き合って空を見た。日が沈み切り月のもたらす明かりだけになった時、彼女たちはあらゆる理性から解放されるであろう。夕日の赤と空の青が混ざって間に薄い緑色が見えた。飛頭蛮はその緑色が好きだった。
満月の強すぎる光で死んでしまうなんて、ある意味ロマンチックかもしれないと人魚は思った。しかし既にそれを二人に伝える方法はなかったので、左右を交互に見てウンウンうなるに留まった。まるで三人は死んで幻想郷は滅ぶと決めつけているかのようになっているが、死ぬと決まったわけではないし、そもそも死ぬとしても大半の人妖は結界に守られて助かる。地球最後の日に何をする? みたいな感じになっている。三人は抱き合って過ごすらしい。
もう、人生というものがわからない。人生とは産まれてから死ぬまでの主観的体験のことです。そういう意味ではない。死が近づいてくると、これまでのことはなんだったんだろう、自分はいままでどうやって生きてきただろうと考える。そういう話をしているのだ。妖怪とて、そういう考えからは逃れられぬであろう。
飛頭蛮は、いつも存在しない敵に対して腐すような精神状態で生きてきたこと、幻想郷に来たこと、茶屋の同僚やお得意様のこと、狼女と人魚と出会ったこと、三人での思い出を振り返って、総合すると悪くなかったな。でも、最後にするはずだった飲み会はすっぽかして終わってしまった。しかも、そのことをまだ謝っていない。でもまあ、それどころじゃなかったし。二人も突っ込んでこないし、いいか。みたいなことをぽつぽつ思った。
狼女は夕日を見て、ただ、綺麗ねえ、とつぶやいた。二人はそれに同意した。特に普段と変わりないただの普通の変哲ない通り一遍の夕日だったが、夕日というのはいつ見ても注視すれば大体綺麗である。そんなにも素晴らしいものが我々の上空にいつでも浮かんでいるというのは生まれてきてよかった点の一つかもしれない。しかし夕日というのは一瞬で、まるで落語の死神でろうそくの灯(ひ)が消えるのを惜しむように、ああ、落ちる、と日は落ちた。
日は落ちた! 満月が上った! さあ来るぞ! まずは狼女だ! 普段はちょっと毛深くなるくらいの彼女だが、今回に限ってはなんと童話の狼男のようにザワザワと全身が逆立って――来なかった。ただ、ちょっと毛深くなった。あと、ちょっと興奮した。人魚はちょっと気分が良くなった。飛頭蛮はちょっと人前に妖怪の姿を晒したくなった。それだけだった。普段通りの、良く知ってる満月だった。
もちろん何が起きたのか説明する。巫女はとっくに今回の異変の正体が月そのものにあることを見抜いていた。隙間妖怪経由で。隙間妖怪と共に月に向かう二人。「破ぁーーーーー!!」霊夢が叫ぶと純狐は死んだ(嘘)! 月の民も死んだ(嘘)! 最終兵器術式、沈黙(これは嘘じゃない)! 月の光、霧散(これも嘘じゃない)! 激強月光異変、解決! こういうことである。ちなみに、なんとか満月までに間に合ったのは、ただの奇跡だ。要約するとこのようになるが、今回の本題ではない故泣く泣く削られただけで、実際巫女はいっぱい頑張ったのであった。巫女の目が黒いうちは幻想郷に危機は訪れないッ!
命が助からないような予感? あれ気のせい。近づいてくる終わりの時? あれ嘘! 作劇中で登場した爆弾は爆発しなければならない? しなくていい時もあるよ! やっぱり博麗の巫女ってすごい。改めてそう思った。呆然として、何が起こったかよくわからない飛頭蛮と狼女に、人魚は、もういいから猿轡をはやく外してくれと言いたげにウンウンうなった。
皆、今はもう大人しい。三人はちょっとだけ月見をしたら、家に引っ込んで馬鹿みたいに寝た。大人しいどころの騒ぎではなかった。幻想郷自体が「もう当分は勘弁してくれや」と泣きが入ったかのように、数日間は異様で、それでいて安穏とした静寂が続いた。
***
いつもの異変に比べて、いつもより分かりやすい形で巫女にたすけられた人妖たちは、巫女にいっぱいお礼をした。笠地蔵かと思うくらいに米や野菜が送られた。巫女は照れた。ぶっきらぼうな対応をした。巫女は概ね、いつもいつでも愛されていた。やったことが返ってくるとは限らないのが世の常だが、善行が報われるのを見るのは気分がいいものだ。
これだけ大きな出来事があったら、今回の主人公に選ばれた飛頭蛮にも何らかの変化や成長があったのではなかろうか。なかった。マジで全然なかった。というか、何ぞあったくらいで成長出来たら苦労はない。というか、苦労した程度で変われるなどと己惚れるなと言ったところだろうか。人はそう簡単には変われないし、妖もその例には漏れなかった。ただ、腹痛の後の健常に、妙な有難さと悦楽を感じるように、今の日常を謳歌はしているであろう。
そう、日常。たとえば、真昼間から酒をかっくらうといったようなことだ。三人の飲み会は人魚の元に集まって行われる。異変の始まったころはちょうど飲みの約束をしていたが、それどころではなかったので飛頭蛮と狼女はすっぽかした。ほんとは人魚も忘れていたのですっぽかしたと言ってよいが、人魚だけはその場で待ってるだけよかった。すっぽかされたと被害者ヅラが可能だった。人魚は月のせいだから仕方ないよと笑った。
月のせい。今回のことは何から何まで月のせいだった。しかし、月のせいとは言ったものの実際に地上で暴れたのは地上の妖怪や人間たちだった。人死にこそなかったが、損壊したものを数えると相当な被害だったことは間違いない。平時で言えば確かに、酒飲んでたとか、頭の中にできものがあるとか、そんな理由で凶行が許されたりはしないけれども、何せ規模が規模だし、皆が己の行動を顧みて忘れたがった。自然と、異変の間に起きたことは無罪放免とされた。釈然とはせずとも、仕方のないことだった。第一、起きたことが煩雑すぎて、つまびらかに詳細を暴くことなど不可能で、つまり正確に裁けるものがいなかった。あれだけ『した』も『された』もなくならないと言っていたのに結局全部有耶無耶。各々の中に堆積していく業はともかく、それからの話は別ということだろうか。
最後まで自制した(?)狼女も、一度の過ちで済んだ飛頭蛮も、やるだけ暴れた人魚も、等しく同じ扱いとされた。三人にとっては、それでよかった。おこなった分だけ裁かれたとて彼女らの対等な関係にヒビが入ったりはしない(筈だ)が、裁かれないに越したことはなかった。とにかく、おしゃべりは楽しいし酒はうまかった。そんな時くらいは、生きててよかったと思うものである。
飛頭蛮はみんなで持ち寄ったつまみをほとんど一人で食べてしまった。首がいっぱいあるのがいけない。首がいっぱいあるということは、その分口がいっぱいあるということだ。他より食べるスピードが速くとも、無理からぬことだった。というか、みんな初めから飛頭蛮の早食いは事前に想定した量を持ってきているので粗相というほどの罪ではなかった。みんな同じくらい持ってきてる以上、実質ワリカンなんだけど。やっぱり罪かもしれない。
人魚は、飛頭蛮に草の根妖怪ネットワークに入れと言った。飛頭蛮は、次にそれを言ったらもう飲みには参加しないと断った。これは三人での飲みがあるたびに必ず発生する流れだった。飛頭蛮はそういう、無用な人付き合いが発生しそうなやつがマジで全部無理だった。仕事以外で愛想を振りまくなんざ御免被る。狼女はその話はもうよしなさいと窘めた。
狼女は人生の話をしだした。狼女は人生の話が好きだ。というより、終わりのない、詮のない話が好きだ。いつまでも喋っていられるから。人魚が「後悔の無いように生きるだけじゃない」とぶった切って終わらせようとするのを、「死ぬ前に何を後悔するかなんてわからない」と飛頭蛮がごねて、狼女が「そうよねえ」と提起しておきながら適当な返事をする。この時は「生まれたことに意味などないのと同じように、人生に生き方などない」という話に落ち着いた。次に話したら、別の話に落ち着くだろうが。
この後日も、狼女が作ってくれた料理に毛が混入しているのをげんなりしながら食べたり、人魚の歌が好きだったはずなのに微妙にトラウマになってしまっているのを払拭する努力をしたり、飛頭蛮が働いてる茶屋に二人で遊びに行って怒られたりする。楽しそう。
何のせいだろうが愚行はなくならない。本当の自分などない。ありたい自分があるだけ。生まれたことに意味などないのと同じように、人生に生き方などない。何を犯しても許されても許されなくても生きていかねばならない。彼女たちはそれを覚えているだろうか。そう思ったことを覚えているだろうか。別に覚えてなくてもいい。成長とか変化とか、そういうのって疲れるし。
ともすれば、楽しければそれでよいのだと考えらえる。楽しければそれでよい。浅い。仮にも世界滅びかけてるのに結論が浅すぎる。いやでもあれじゃん。浅い考えでも、結局戻ってくるじゃん。何週もして戻ってきた浅い結論って、結局の処浅くないみたいなところがある。実際、彼女たちはあんなことがあっても楽しく生きてる訳なんだから。楽しくないよりは楽しい方がいいじゃん。ね? ね?
有明の月だった。月のせいと言えば聞こえは良かった。白んだ空に月が浮かんでいるだけに、白々しかったとも言える。それでも、月そのものが憎まれることはきっとないのであろう。でないと、困ったときに、押し付ける相手がいなくなる。首飛ぶ夜は月の所為。この様な調子で。
妖怪。夜になると胴から首を離して飛ばす。虫やカニを捕食する。
胴に長いこと戻れないと苦しむ。ほんとはろくろ首。
月が明るい。どれくらいかっていうと、マジ? ちょっとまってくれよ、こんなに明るくっちゃあ、どっちが昼でどっちが夜かわかりゃしないよ。っていうくらい。なにせ、二日月でも従来比で満月くらいの明るさだったのだ。更にその上、満月より強い高揚感で力がみなぎった。妖怪も色めき立ってカッカして、そこらじゅうでけんかした。人間たちですら春に良く出てくるおじさんみたいになったりした。
本題と別に関係ないので忘れてもらってもよいのだが、一応説明しておく。月が明るくなったのは月のせいだ。月と純狐の諍いが、今回はどうもこじれにこじれ激化の一途を辿ったらしい。月の都は使えるもんならウンコでも使うぜって、地上に助けを求めたりしていたが、お前もうそろそろええ加減にせえよという話になり、あんまり助けてもらえなくなってきていた。
そこで月の都は、地球そのものを巨大な魔方陣に見立てた最終兵器術式のスーパー月光パワーで地上のウンコ諸共純狐を無に帰してやるぜえええと息巻いていたのだが、わよんわよん言う謎の女に邪魔されて光はめっちゃ拡散され本来の役割を果たせなかった。要は余波でこれということだ。さりげなく地上が滅亡しかけていた。月の連中全員眠らせて夢の世界へ逃がすぜの時とかも思ったけど、なんでそうやることが大規模で極端なんだろう? 地上はいい迷惑である。小学生が一人で決めてるのかもしれない。
今回はそんな闘いの話はどうでもよくて、その余波の月光でカッカした地上の妖怪たちの話をしたい。彼女らはてんやわんやしている。人里で数人の犠牲者が出る凄惨な事件が起こりかけたのをいつもの人たちが何とかするみたいな下りが十数回はあった。今回の異変で人死にがでたとかそういう痛ましいのはなかったが。有能で優しい幻想郷。結構なことだ。
そんなてんやわんやしてる中でも、満月で殊更ヤバくなるような奴は気が気でなかった。ワーハクタクとかを筆頭にそうだが、そういうやつらは自分が満月でヤバくなることは事前に重々承知しているので、普段は引きこもったりなんだりで意外となんとかなっていたが、範疇を超えたウルトラ月光の前ではパワーもルナティックも3倍に漲るといったところで、うおおお不死の煙よ、いっそ私を殺してくれえええみたいなことになった。もちろん殺しはしなかった。
そろそろ本当にしたかった話をする。飛頭蛮の話だ。彼女は妖怪の中でもかなり理性的な方で、それはどれくらいかっていうと、普通に人里の中で妖怪だとバレずに働けるくらいだったのだが、今回の異変ではむしろそういう『狂気に慣れてないやつ』の方が突拍子もないことをしてしまいがちだった。
飛頭蛮にも、妄想を巡らせたことくらいはある。白昼堂々(夜なんだから白昼ではないのだが、とにかく白昼堂々なのだ)欲望のまま街路で首を飛ばして回り、食っちまうぞと脅しすかしてケラケラ笑うといったようなことである。それをした。この時は三つの首を飛ばした。満面の下卑た笑みだった。キャアキャアと言う恐怖の絶叫が、己を愛撫するものに感じられた。これまで感じたことのない、至上の悦楽が飛頭蛮の身体を稲妻のように貫いた。
本当にたまったものではない。飛頭蛮は最悪の被害でも、驚いた人が腰を抜かしてシリモチをついた拍子にちょっと怪我させてしまうくらいで、命を奪ったりはしない安全な方の妖怪なのだが、人間からしたらそんな判断はつかない。マジで食われる! 死ぬ! ってなる。その本物の恐怖が飛頭蛮に力を与えるのでそうでなくては困るが。
違う。そんなことを喋りたいわけではない。つまり、この行為は、月が沈んで正気を取り戻した蛮奇に大層な羞恥をもたらしたということだ。さらに言えば、その日は友人と飲み会があったのだが、すっぽかしての凶行だった。友達と遊ぶ約束より、露出狂みたいに妖怪を晒して歩くことを選んだ、私。やべえぇ! ってなっていた。
しかも、大変な月光の下で無理やり元気にさせられた反動か、日中はずっとぐったりしていた。丁度、低気圧に弱い人が朝起きた時に「ああ、今日雨か」と判別がつくような、あのような体調である。この異変は半月ばかり続いてようやく収まるのだが、先ほど説明したような原因も、その期間も、地上の人妖には暫く知る由もなかった。このままではまずいと考える。
妖怪には常識がある。幻想郷は妖怪のために存在している場所だという常識だ。人間はそのために居る。だがこれは妖怪側の都合で、人間というのは存在している以上、他でもない人間自身のために存在していなければならない。人間は自治行為をするし、それを尊重せねばならない。妖怪は人間の都合を全く考えず好き勝手振舞うというわけにはいかない。そうでなければ人間は滅び、それは妖怪の滅びをも招く。幻想郷は妖怪のために存在しているかもしれないが、妖怪はある意味人間のために存在している。飛頭蛮にしたってそれくらいの分別は当然あり、人里で堂々と人間を脅かすなどの行為は控えねば排除されかねないという不文律(誰も口には出さないが守っていること、という意味だ。勉強になったな)の元に生きていた。
飛頭蛮は友人の家に転がり込んで、欲望をぶつけあって過ごそうと考えた。気持ちがお互いに向いているうちは、周囲に迷惑が掛からないという考えである。これには問題が三つある。一つ、蛮奇には家に転がり込めるような関係値の友人が少ない。一つ、その内一人は水中を住処にしている人魚であり同室が叶わない。一つ、もう一人は狼女だということである。狼女!? この異変の最中(さなか)狼女に自ら会いに行こうというのか、落ち着け飛頭蛮! しかし彼女は低気圧にやられたみたいな状態の脳みそだったので、消去法で狼女の住居へフラフラ向かってしまった。南無阿弥陀仏、飛頭蛮。お前のことは忘れない。
欲望をぶつけあうって、具体的になんだよ? 何するんだよ? って思ったかもしれない。それは誰にもわからない。スマブラとかかもしれない。この話はそんなに退廃的なものではないので、ファンシイなイメエジを持っていただきたい。ほら、事前に人死にがないとまで言っている。すごい説得力だ。イメエジができた? よろしい。なら続きを読んでいいです。
***
狼女【おおかみおんな】
妖怪。満月で力を増す。人間を一飲みで食べられる。
銀の弾丸以外では中々死なない。
飛頭蛮が狼女の家へ転がり数日が経った。飛頭蛮は命を失ったりはしておらず、また、外に迷惑をかけるといった諸行動もないので全く思い通りにいっている。ただ、ルール違反のペナルティで処されることにばかり怯えていたが、別の問題が首をもたげてきた。日中のぐったりの件である。
この異変は二日月から始まった。そして三日月、四日月、五日月と経るにつれ、各々が内包する凶暴性はより大きな奔流となって襲ってくることになる。それはいい。二人はそれをコントロールできている。今の処は。問題はそのあとの疲労だ。どんどんひどくなっている。このままでは力を使い切って衰弱死するのではないかと危惧している。満月まで生き残れる妖怪あんまり居ないんじゃないの? やばすぎる。幻想郷は滅亡する! そういえば先刻(さっき)も人死にが出たとかはないって言ってたけど、妖怪も含めてとは一言も言ってなかった。すげえ。叙述トリックじゃん。
飛頭蛮も狼女も、このまま訳も分からないままに力尽きてしまうのはいやだった。まだなんとか動けるうちに、何らかの対処や調査を行いたいのが人情(妖怪なんだから人情じゃないだろみたいなことを言う奴は全員口内炎ができる)だ。夜は理性的でないから外に出られないとしても、日中はそんなことないので外出はノーリスクだ。解決できるなどと己惚れてはいないが、できることはあるはずだ。妖怪の大量死を招く異変なんてそう沢山あるものじゃないと彼女たちは感じていた。七日月のことだった。
しかし、先ずはと彼女たちを迎えてくれたのは絶望だった。人里に入れない。結界が張られているではないか! 人に害成す妖(あやかし)の者は死ねというのか! 死ねというのだ。そりゃそうだ。何も間違ってはいない。
月のせいだとしてもだ。妖怪が暴れてしまうのは、普段よりドギツイ月の明かりのせいで、妖怪のせいではないとしてもだ。人を傷つければ退治だ。そんなの当然だ。いちいち許していたらきりがない。人間同士であっても、酒を呑んでオッペロペーになっていたからといって、酒瓶で人を殴って許されるわけではない。それは善悪ではない。システムだ。やったという結果があれば、排除しなければ場が継続していかないのだ。狼女は普段から満月による類稀な高揚感に晒されているので、どうやっても禁欲的にならざるを得なかったし、そういった達観があった。
でも我々は人に害成す妖の者ではないじゃん! それに、酒は己が意志でするもので月明りは不可抗力なんだから、それは例えとしては成立してないぜ! というのが飛頭蛮の言い分だった。畜生! と彼女が結界を叩くと、手が焼けたように怪我した。痛そう。可哀想だから怪我だけはするな。そうは言っても、飛頭蛮には狼女がつけた歯形がそこら中にあったので、今更だったかもしれない。
狼女は落ち着きなさいと言って飛頭蛮の怪我した手を優しくなでた。そして、不謹慎でなくてわかりやすい例として酒があっただけで、別に不可抗力な原因でもよいと続けた。頭の中にできものが沸いた結果犯した殺人でも、きっと無罪放免とは行かないだろうということである。それが起きないようにと張られたこの結界は、私たちにとってはむしろ慈悲なのよと諭した。
狼女は博麗神社へ行こうと提案した。巫女なら月光をよける結界も張れるのではないかと考えてのことだった。天才ここに極まれりと言った感じだ。先ほどの絶望はなかったことにさせていただく。ちなみに、月光をよけるだけなら家に閉じこもっていれば関係ないだろと思った低能のために一応説明しておくが、問題なのは月光そのものではなくて、それによって漲る月からの魔の力である。
ところで二人は息も絶え絶えだった。それに、今から神社へ行っても夕方にはなってしまうだろう。今日の処は竹林へ戻って、明日にした方がよいと飛頭蛮は言った。明日が今より元気な保証などないが。というより、おそらく悪いだろう。夜になるまでの間、少しでも休まねば。神社からの帰りに夜になってしまってはたまらない。同じゴミだとしても、少しでもマシなゴミを選ばなければならない時はある。今とか。
夜は妖怪の時間だ。だから、昼に寝るのは本来正しい。しかし、夜に起きて本当に人間を襲ってしまうなら話にならない。幻想郷において妖怪は人間を脅かす存在、という体裁だけがあればよい。人間もまた、脅かされれば妖怪を退治するもの、という体裁があればよいのだ。それで、どうにかこうにか共存してきたのだ。体裁のために、スペルカードルールなんて回りくどいものまで導入されている。こんな内戦のような状態ではその体裁が崩れる。二人はまだまだ理性的だった。異変も前半が終わろうとしている。後半になっても同じ気持ちを保っていられるかは、月次第といったところだ。
***
神社には人混みがあった。二人がなんとか入っていこうとすると、ちゃんと並べと怒られた。神社に並ぶとはどういうことなのだろうか? 二人には経験がなかったし、意味も分からなかった。それでもしぶしぶ並んでいると、やがて巫女に会えた。飛頭蛮がこの行列はなんなのか聞くと、知らずに並んでいたことに巫女はあきれた。巫女はお札を配っていたのだ。月明りを遮る結界を張るお札だ。二人はふーん、ご苦労なことだな、と思った。次に、月明りを遮る結界!? と思った。ドンピシャ、求めていたものではないか! というか、人里に張ってあった結界が、まさにその月明りを遮る結界だったのだと言うではないか。
博麗の巫女はもちろん、人間たちのために人里で月明りを遮る結界を張った。そして無辜の妖怪達がバタバタ死ぬのも良くないと思い、次なる対策と夜なべ仕事で作ったお札がこれであった。あまりにもすごい。どんなやつもこの巫女を尊敬するであろう。全部解決じゃないか。
飛頭蛮と狼女が全部解決じゃないかという顔をしていると、全然解決ではなく、これはあくまで一時しのぎの対策だと巫女は言った。それに、お札の恩恵を受けられない妖怪はやっぱり沢山いるということも問題だ。ここ数日、巫女は散々人脈を駆使してこのお札を配ることを喧伝して回ったが、二人のように事情を知らないものが居る。あと、単純に巫女の生産能力にも限界があり、当然、幻想郷の全員分というわけにはいかなかった。
狼女は、あのね、やってくれたことには感謝するけど、あなたの仕事って、こういうときにウロウロフラフラうろつきまわって、異変の元凶に当たるまで出会ったやつ全員ぶちのめすことじゃなかったかしらと言った。狼女が多少聡明とはいっても、所詮この程度だ。彼女が思う程度のことなど、既にその行(くだり)ごと終わっている。
昼に出てもへとへとになった妖怪たちはてんで巫女の前に現れないし、夜に出たら出たで強力すぎる狂気と高揚にあてられた妖怪たちはスペルカードルールさえ守れないような有様なのである。無論、本当の妖怪退治になったところで平時ならば大抵なんとかなるのが激強巫女の良い処なのだが、強力に強化された今日、そこそこボロボロになって帰ってきた巫女を見かねてスキマーストップがかかっている。故に、対処療法的な方策しかとれないのが現実だった。
それって、隙間が介入しているのに異変の原因の『げ』の字も掴めていないということではないのか。本当か? 本当にそんなことあるのか、と、それはそれで訝しんだ狼女だったが、他でもない巫女がそうだと言うんだから、そうなのだろうと思うしかない。
咳払いをして、とにかく、と巫女は言った。列ははけていない。いつの間にか二人の後ろにもごったがえしていた。いつまでも話している時間はないということだろう。巫女はお札の説明をしてくれた。ぺたりと貼ったら家一軒くらいの範囲は月明りを遮る結界が張られる。張られている間は物理的にも閉じ込められるが、お札を剥がすだけで結界は解除できる。解除したらもう一度使うことはできないので、柱など丈夫な場所に貼ることが推奨される。今二人で暮らしているなら一枚で我慢せよとのこと。
なんにせよ、よかった。これがあれば自らの暴走を防げるだけでなく、外からの脅威も防げる。やはり、二人にとっては解決を見た格好だ。お札を受け取り、お礼を言って列から出ると、鬼が紙をくれた。これを読んで帰れということらしい。二人はへとへとだったので、帰ってから読もうと思った。あまり気を使うこともなかったので、家に帰りつく頃には紙に皺が寄っていた。
***
狼女の家に帰ってきた。柱にお札を貼ると、確かにその夜は月光の影響を受けなかった。二人はこれまで気を張っていたのが、糸を切ったかの如く安心して泥のように寝た。それは一日と半分にも及んだ。余程疲労がたまっていたと見える。やっと起きてからも、しばらくぼーっとしていた。こうなると、社会との断絶を合法のもとに許可されたようなものであった。
思えば二人は、というより妖怪たちはここ数日ずっと翻弄されてきた。ノーマルとルナティックの間を行ったり来たり反復横跳びして、その中にはいろんなグラデエションがあれど大方どんどん酷くなってきて、疲労はたまり、アイデンティティが揺らぎ、もしや月の出ている今の自分こそが妖怪として本来の自分なのではないかと考え、自制が効かなくなっていくのだ。
そこから突然ぽーんと解放されたからといって、ハイじゃあ即全快ね、などといくわけがなかった。とはいえ、これだけ休めば頭も多少冴えてくる。鬼から貰った、ちょっと皺が寄った紙に目が行って、そういえば読んでなかったな、と狼女は思った。九日月の夜のことだった。
曰く、お札を配り切ってしばらくした段階で神社も結界で覆い避難シェルターとするらしい。先の説明の通り出入りは不可能なので、この紙を読んだら日が高いうちに知り合いに事情を触れ回って神社へ避難させろ、という内容だった。狼女はふうん、つくづくご苦労なことだな、と思った。読んだ紙を、のそのそ起きてきた飛頭蛮に渡した。飛頭蛮は、それを読むと真っ青になった。
突然わなわなと震えて脂汗を吹き出し始めた飛頭蛮を見て、狼女は一体何事かと心配した。飛頭蛮の目に入ったのは、「知り合い」という単語だった。そして、人魚は今どうしてるんだ? と言った。狼女はそれを聞いた途端、迷わずお札を剥がした。結界は壊れた。
前述ッ! 飛頭蛮の『友人』は『二人』居たッ! 狼女とも共通の、数少ない交友である。無理もない。ここ数日、二人とも二日酔いと低気圧に同時に晒されて頭いてー以外考えられないような状態だった。己の身の安全を守るのに精いっぱいだったとして、誰が彼女たちを責められようか? 余裕が出てくればこそ他者にやさしく在れるのだ。異常な状況に翻弄され愚行を犯す者を見て「これが人間の本質……」とか思ってしまうようなダボハゼと、二人は違う。お互いを責めたり、呵責に悩まされたりすることなく、彼女たちはとにかく行動に出た。猫車を持って烈風の如く家を飛び出した。なにはともあれ、安否を確認せねば!
夜にお札を剥がしたので、二人の身体にはすぐさま己の丈に不相応な力がムクムクと漲り、今なら何でもできるという全能感に満たされた。続いて、人間やっちまおうぜゲヘヘという邪な考えも湧いてくる。今現在が全盛期だ! これこそが『我』だ! 今までの、けそけそ端っこで生きてきた自分はすべて偽物だったのだ! うわはははは! みたいな虚栄心も見る間に膨れ上がっていく!
しかし十分な休養を取っていたこと、ある程度狂気との付き合い方がわかってきたこと、明確な目的意識を持っていることなどが合わさって、二人は一糸乱れず霧の湖に向かった。道中木っ端妖怪がRPGの雑魚敵みたいにいくらか襲ってきたが、残存体力の差で圧倒できる程度のものだった。狼女がぶったおすまでもなく、既にぶったおれてる様なのも何体か見かけた。
上空では笑い声と叫び声が聞こえた。弾幕が飛び交い、生い茂る木の葉が光って見えた。危険な花火そのものであった。月明りもあって、暗くて転ぶだとか迷うなどといったことは微塵も心配がない。猫車を押してない飛頭蛮は途中で走っているのがばかばかしくなって、低空飛行で狼女を追い抜かした。
湖に着いた飛頭蛮は首をいくつも飛ばして捜索を行った。やがてぷかぷか浮いてる人魚を発見した。意識を失っているが、外傷はない。何故この辺りはこんなにも静かなのか。遠くの方ではまだ弾幕が見えるのに。訝しみながらも、行動は迅速だ。襟を噛んで陸まで引きずり、猫車に乗せて、またしても二人は矢の如く走った。狼女の家までに、またしても三回くらい、RPGの雑魚敵みたいにエンカウントがあったが、残存体力の差で圧倒できる程度のものだった。途中で撃墜されたらしき妖精が進行方向に落っこちてきて轢いてしまった。南無阿弥陀仏、妖精。お前のことは忘れない。
行きはあんなに騒がしかったのに、帰りは喧噪も大分少なくなっていた。みんな疲れて疲れて、どうしようもないのかもしれなかった。やな感じだ。疲れていても、暴れずにはいられない。高揚してしまって興奮してしまって、遣る方ない。足が攣ってしまうくらいの状況でも、他者に害を及ぼさずにはいられない。もう、相手が妖怪でも妖精でもこの際構わないといった有様である。これでも結界に守られた大多数は含まれないというのだから、隠れ住んでいた者どもの多さが伺える。
それから数日、二人はこれまでと同じように過ごした。途中、屋根に光弾が飛んできて穴が開いたので、キレ散らかした狼女が辺りの妖精とかを一網打尽にしたりといったトラブルがあったが、大きな事故はなかった。人魚は目を覚まさなかったので看病した。風呂桶に水を張ってそこに放っておいて、たまに様子を見に行き、一日一回水を替える。占有されているので、二人は風呂に入れなくなった。まあ、入れたとて、このような体調では入浴中に意識を飛ばして溺れ死ぬであろうが。
***
人魚【にんぎょ】
妖怪。気に入った人間をみると、歌で誘って引きずり込んで遊ぶ。
食べても八百年の寿命を得られたりはしないがよく狙われる。
人魚が起きた。人魚は夜の最中(さなか)に力を使い果たし意識を飛ばしたのだという。死んでいなくてよかった。ところが二人はすぐに、異変が終わるまでの間ずっと起きなきゃよかったのにと思うことになる。夜になると人魚はとにかく、ずっと歌った。それがなんとも破壊的な魅力を持っていたので二人は狂った。狂って踊った。へとへとに疲れ果てても踊った。人魚はその様子をみてますます気分をよくして、さらに歌った。
二人は人魚の言うことをなんでもきいた。こっちへおいでと手招きしたら来た。飛頭蛮の髪をつかんで風呂桶に突っ込んだ。気泡が浮かんでこなくなった辺りで引き上げると、ひゅうっと息を吸ってひとしきり咽せた。狼女はその光景を見てステップを踏みながら喉を掻きむしった。人魚はそんな狼女を見てケラケラ笑っていた。
風呂桶に込められた水が渦を巻いて人魚を持ち上げた。飛び散った水滴に、外から射した月の光が乱反射した。家の外でも同様の狂乱が起きているようだった。時間がずしりと遅くなって感じた。そんな状態でも、苦しいとか、もう助けてくれとかいう気持ちはほんの少しで、楽しいとか、ずっとこうしていたいとかいう気持ちの方が遥かにまさって、その状態でその上、月の光のもたらす全能感と、只管人魚の思うままにしかされ得ない無力感もあった。それは魂魄を圧し潰されるような惨い、他に経験のない感覚だった。一個の知能が一度に体験していい感情の量を何倍も何倍も超えていた。
朝になって月が隠れた途端、人魚の顔はみるみる疲れて困り眉になって、ごめんなさいと謝った。二人には聞こえていなかった。やっと解放されたという虚脱感を持ったのもつかの間、意識を手放した。風呂の水と血と汗と涙でべちょべちょのぐちゃぐちゃだった。本当にここ数年で最も悪い夜だった。
ひとまず、狼女と飛頭蛮は昨日の夜のことを許した。だが、もう一度同じことがあったら対等な友人関係でいられなくなる気がする。人魚はこれまで、特に我慢するとかもなく高揚のままに力を振るって振るって振るいまくったらしく、奇跡的におそらく死者こそないが、広域大量殺害危険地域と化した霧の湖にはマジで誰も近寄らなくなったらしい。
飛頭蛮は月のせいなんだから仕方ないよ、と口では言ったものの、釈然としない気持ちもあった。その言葉は自らが犯した過去の愚行を許すためでもあったのだが、実際喰らってみて、喰らう側になってみて、前に狼女が言っていたことが理解できたような気もしたのだ。
思い出す。あの時、涙を流して怖がった女の人の顔。驚きすぎてシリモチをついた拍子に腰が抜けて立てなくなったおじさんのこと。逃げ出す子供のこと。聞こえてくる複数の悲鳴のこと。その時、月がきれいだったこと。
消えないということだ。『された』という事実は、今後永劫『されなかった』ということにはならない。残る。残り続ける。それは誰においても同じことで、そこに至る経緯は関係がない。そういうことだ。混同してしまっていたが、許すとか許さないとか、そういう言葉では厳密ではなかったのかもしれない。そんな主観的な話ではなく、もっと厳然たる現実の話。『した』。『された』。それは消えない。残り続ける。それだけだ。それを正しく認識した上でやっと、『それから』がある。
『それから』、消えないのだから死ぬがよい、なのか、消えないのだから次からはしないようにせよ、なのか、それは個々人の信念の話になる。やっとそこで、信念。その前提は、事実。現実。真実。信念の一つ前には、常に事実が存在している。二人は許した。『された』事実は消えないけれど、許した。正しく認識しつつも、それでも許した。それが大事なことだった。
狼女は繰り返し主張した。もちろん同情すべき点はあるが、月のせいだからといって何でも許されるわけではない。暴虐によって失われたものは、それが物質的なものであれ精神的なものであれ元には戻らないし、事前にできる対策はしておくべきではないか。起こってからピーピー言葉を並べ立てて、あれは悪くない、これが悪いなどと騒いでもどうしようもない。自らが満月で力を増す種族であるからこそ、むしろこういう考えになるのだ。
飛頭蛮の発案で、次の晩からは人魚に猿轡をして簀巻きにすることが決まった。人魚は特に抗議することもなくこれに同意したが、飛頭蛮の身体中についた歯形については何か言いたげにしていた。十三夜月の朝のことだった。
三人は、そろそろ明後日に迫ってきた満月のことを考え出した。基本、満月以外は何も感じないのが普通だ。それくらい、満月とそれ以外の月には隔たりがある。つまり、それ以外の月ですら平時の満月よりはるかに強力な力にあてられている今、満月になってしまったらみんな余りの凄まじさに耐えかねて爆発して死ぬんじゃないか。飛頭蛮は他人事のようにそう思った。
それに、満月に向けて徐々に強力になっていく力と平時の精神状態の乱高下に本当に困窮している。何度も言うように、自己の同一性を著しく損なう。狼女などは、今の自分は本当の自分ではなく、強力に顕現した月明りの元の自分の方が、本当の自分なのだという気がしてきていた。危険な状態だ。
人魚は、本当の自分などというものはないと言った。開口一番の断言だった。ない。身体に刻まれた傷と、外部からの刺激と、己の中から分泌されるものの均衡があるだけで、一瞬一瞬の自分を受け入れるしかない。しいて自己啓発的なことを言えば、あるのは「本当の自分」ではなく「ありたい自分」なのだ。それと乖離した時に苦しみを感じる。月がもたらす万能感は「ありたい自分」を上書きする。これまで折り合いをつけてきた沢山の小さな絶望をなかったことにする。それは正しいことじゃないから苦しんでいる。「本当の自分がどこなのかわからなくなった」という言葉で以って。刹那的な人魚らしい言だった。
飛頭蛮は、それならば、平時の今「ありたい自分」を強くイメエジするしかないと言った。しかし、「ありたい自分」などと言うものが私にあるだろうかと彼女は思った。そんなに自己肯定の高い方ではない。妖怪は生まれながらに力の差が決まっている。人間もそうだが、妖怪は更に露骨にそうなのだ。山河を創造し空間を切断する連中が犇いているそんな中、ピュンピュン首を飛ばすだけの女が高い自尊心を築ける訳もなかった。社交性が低くないのだって、妖怪にとったら自慢でも何でもない。
そんな彼女の顔を見た狼女と人魚の二人は、「ありたい自分」なんて言い方をすると高尚だけれど、要は信条に欠けることを思い浮かべればよいのだ肩を叩いた。元来小心者だがみみっちいプライドだけは高く、冷笑的な目で物を捉えて常に少し不貞腐れている、それが精いっぱい客観的に考えた飛頭蛮の自己評価だったが、場が壊れることを嫌う平和主義者で、調和を尊びそのために心を砕くこともできる。信条に欠けること。それはもちろん、二度と人前で露出狂みたいな真似をしないことだ!
***
満月を間近に控えている。昨日は人魚の猿轡作戦が功を奏して永らえたが、今日はどうだろうか、わからない。とりあえず、三人は開き直って月見をすることにした。命が助からないような予感があったのだ。月見だんごを用意するというわけにはいかなかった。もう、三人が三人とも、許されるなら指一本でも動かしたくはなかった。喋るだけの元気はあったのだろうかというと、本当はないのだが、近づいてくる終わりの時を思うと喋らずにはいられなかった。
辺りは静まり返って風一つなく、三人が話す声だけが妙に辺りに響き渡った。もう、結界に守られていないやつらは彼女ら以外意識がないのかもしれなかった。謎に二日休みが挟まった二人はともかく、人魚が三人の中でも比較的元気なのは、本当になんでなのか全然さっぱりわからない。永遠の謎。
死ぬにしても死に方は選びたかった飛頭蛮と狼女は、やっぱり人魚に猿轡をした。人魚はちょっとだけ不服そうな顔をしたが、死ぬにしても殺すのは嫌だったのでしぶしぶ従った。それから、人魚を真ん中にして、三人で抱き合って空を見た。日が沈み切り月のもたらす明かりだけになった時、彼女たちはあらゆる理性から解放されるであろう。夕日の赤と空の青が混ざって間に薄い緑色が見えた。飛頭蛮はその緑色が好きだった。
満月の強すぎる光で死んでしまうなんて、ある意味ロマンチックかもしれないと人魚は思った。しかし既にそれを二人に伝える方法はなかったので、左右を交互に見てウンウンうなるに留まった。まるで三人は死んで幻想郷は滅ぶと決めつけているかのようになっているが、死ぬと決まったわけではないし、そもそも死ぬとしても大半の人妖は結界に守られて助かる。地球最後の日に何をする? みたいな感じになっている。三人は抱き合って過ごすらしい。
もう、人生というものがわからない。人生とは産まれてから死ぬまでの主観的体験のことです。そういう意味ではない。死が近づいてくると、これまでのことはなんだったんだろう、自分はいままでどうやって生きてきただろうと考える。そういう話をしているのだ。妖怪とて、そういう考えからは逃れられぬであろう。
飛頭蛮は、いつも存在しない敵に対して腐すような精神状態で生きてきたこと、幻想郷に来たこと、茶屋の同僚やお得意様のこと、狼女と人魚と出会ったこと、三人での思い出を振り返って、総合すると悪くなかったな。でも、最後にするはずだった飲み会はすっぽかして終わってしまった。しかも、そのことをまだ謝っていない。でもまあ、それどころじゃなかったし。二人も突っ込んでこないし、いいか。みたいなことをぽつぽつ思った。
狼女は夕日を見て、ただ、綺麗ねえ、とつぶやいた。二人はそれに同意した。特に普段と変わりないただの普通の変哲ない通り一遍の夕日だったが、夕日というのはいつ見ても注視すれば大体綺麗である。そんなにも素晴らしいものが我々の上空にいつでも浮かんでいるというのは生まれてきてよかった点の一つかもしれない。しかし夕日というのは一瞬で、まるで落語の死神でろうそくの灯(ひ)が消えるのを惜しむように、ああ、落ちる、と日は落ちた。
日は落ちた! 満月が上った! さあ来るぞ! まずは狼女だ! 普段はちょっと毛深くなるくらいの彼女だが、今回に限ってはなんと童話の狼男のようにザワザワと全身が逆立って――来なかった。ただ、ちょっと毛深くなった。あと、ちょっと興奮した。人魚はちょっと気分が良くなった。飛頭蛮はちょっと人前に妖怪の姿を晒したくなった。それだけだった。普段通りの、良く知ってる満月だった。
もちろん何が起きたのか説明する。巫女はとっくに今回の異変の正体が月そのものにあることを見抜いていた。隙間妖怪経由で。隙間妖怪と共に月に向かう二人。「破ぁーーーーー!!」霊夢が叫ぶと純狐は死んだ(嘘)! 月の民も死んだ(嘘)! 最終兵器術式、沈黙(これは嘘じゃない)! 月の光、霧散(これも嘘じゃない)! 激強月光異変、解決! こういうことである。ちなみに、なんとか満月までに間に合ったのは、ただの奇跡だ。要約するとこのようになるが、今回の本題ではない故泣く泣く削られただけで、実際巫女はいっぱい頑張ったのであった。巫女の目が黒いうちは幻想郷に危機は訪れないッ!
命が助からないような予感? あれ気のせい。近づいてくる終わりの時? あれ嘘! 作劇中で登場した爆弾は爆発しなければならない? しなくていい時もあるよ! やっぱり博麗の巫女ってすごい。改めてそう思った。呆然として、何が起こったかよくわからない飛頭蛮と狼女に、人魚は、もういいから猿轡をはやく外してくれと言いたげにウンウンうなった。
皆、今はもう大人しい。三人はちょっとだけ月見をしたら、家に引っ込んで馬鹿みたいに寝た。大人しいどころの騒ぎではなかった。幻想郷自体が「もう当分は勘弁してくれや」と泣きが入ったかのように、数日間は異様で、それでいて安穏とした静寂が続いた。
***
いつもの異変に比べて、いつもより分かりやすい形で巫女にたすけられた人妖たちは、巫女にいっぱいお礼をした。笠地蔵かと思うくらいに米や野菜が送られた。巫女は照れた。ぶっきらぼうな対応をした。巫女は概ね、いつもいつでも愛されていた。やったことが返ってくるとは限らないのが世の常だが、善行が報われるのを見るのは気分がいいものだ。
これだけ大きな出来事があったら、今回の主人公に選ばれた飛頭蛮にも何らかの変化や成長があったのではなかろうか。なかった。マジで全然なかった。というか、何ぞあったくらいで成長出来たら苦労はない。というか、苦労した程度で変われるなどと己惚れるなと言ったところだろうか。人はそう簡単には変われないし、妖もその例には漏れなかった。ただ、腹痛の後の健常に、妙な有難さと悦楽を感じるように、今の日常を謳歌はしているであろう。
そう、日常。たとえば、真昼間から酒をかっくらうといったようなことだ。三人の飲み会は人魚の元に集まって行われる。異変の始まったころはちょうど飲みの約束をしていたが、それどころではなかったので飛頭蛮と狼女はすっぽかした。ほんとは人魚も忘れていたのですっぽかしたと言ってよいが、人魚だけはその場で待ってるだけよかった。すっぽかされたと被害者ヅラが可能だった。人魚は月のせいだから仕方ないよと笑った。
月のせい。今回のことは何から何まで月のせいだった。しかし、月のせいとは言ったものの実際に地上で暴れたのは地上の妖怪や人間たちだった。人死にこそなかったが、損壊したものを数えると相当な被害だったことは間違いない。平時で言えば確かに、酒飲んでたとか、頭の中にできものがあるとか、そんな理由で凶行が許されたりはしないけれども、何せ規模が規模だし、皆が己の行動を顧みて忘れたがった。自然と、異変の間に起きたことは無罪放免とされた。釈然とはせずとも、仕方のないことだった。第一、起きたことが煩雑すぎて、つまびらかに詳細を暴くことなど不可能で、つまり正確に裁けるものがいなかった。あれだけ『した』も『された』もなくならないと言っていたのに結局全部有耶無耶。各々の中に堆積していく業はともかく、それからの話は別ということだろうか。
最後まで自制した(?)狼女も、一度の過ちで済んだ飛頭蛮も、やるだけ暴れた人魚も、等しく同じ扱いとされた。三人にとっては、それでよかった。おこなった分だけ裁かれたとて彼女らの対等な関係にヒビが入ったりはしない(筈だ)が、裁かれないに越したことはなかった。とにかく、おしゃべりは楽しいし酒はうまかった。そんな時くらいは、生きててよかったと思うものである。
飛頭蛮はみんなで持ち寄ったつまみをほとんど一人で食べてしまった。首がいっぱいあるのがいけない。首がいっぱいあるということは、その分口がいっぱいあるということだ。他より食べるスピードが速くとも、無理からぬことだった。というか、みんな初めから飛頭蛮の早食いは事前に想定した量を持ってきているので粗相というほどの罪ではなかった。みんな同じくらい持ってきてる以上、実質ワリカンなんだけど。やっぱり罪かもしれない。
人魚は、飛頭蛮に草の根妖怪ネットワークに入れと言った。飛頭蛮は、次にそれを言ったらもう飲みには参加しないと断った。これは三人での飲みがあるたびに必ず発生する流れだった。飛頭蛮はそういう、無用な人付き合いが発生しそうなやつがマジで全部無理だった。仕事以外で愛想を振りまくなんざ御免被る。狼女はその話はもうよしなさいと窘めた。
狼女は人生の話をしだした。狼女は人生の話が好きだ。というより、終わりのない、詮のない話が好きだ。いつまでも喋っていられるから。人魚が「後悔の無いように生きるだけじゃない」とぶった切って終わらせようとするのを、「死ぬ前に何を後悔するかなんてわからない」と飛頭蛮がごねて、狼女が「そうよねえ」と提起しておきながら適当な返事をする。この時は「生まれたことに意味などないのと同じように、人生に生き方などない」という話に落ち着いた。次に話したら、別の話に落ち着くだろうが。
この後日も、狼女が作ってくれた料理に毛が混入しているのをげんなりしながら食べたり、人魚の歌が好きだったはずなのに微妙にトラウマになってしまっているのを払拭する努力をしたり、飛頭蛮が働いてる茶屋に二人で遊びに行って怒られたりする。楽しそう。
何のせいだろうが愚行はなくならない。本当の自分などない。ありたい自分があるだけ。生まれたことに意味などないのと同じように、人生に生き方などない。何を犯しても許されても許されなくても生きていかねばならない。彼女たちはそれを覚えているだろうか。そう思ったことを覚えているだろうか。別に覚えてなくてもいい。成長とか変化とか、そういうのって疲れるし。
ともすれば、楽しければそれでよいのだと考えらえる。楽しければそれでよい。浅い。仮にも世界滅びかけてるのに結論が浅すぎる。いやでもあれじゃん。浅い考えでも、結局戻ってくるじゃん。何週もして戻ってきた浅い結論って、結局の処浅くないみたいなところがある。実際、彼女たちはあんなことがあっても楽しく生きてる訳なんだから。楽しくないよりは楽しい方がいいじゃん。ね? ね?
有明の月だった。月のせいと言えば聞こえは良かった。白んだ空に月が浮かんでいるだけに、白々しかったとも言える。それでも、月そのものが憎まれることはきっとないのであろう。でないと、困ったときに、押し付ける相手がいなくなる。首飛ぶ夜は月の所為。この様な調子で。
一時は破滅主義のような感覚にさえ陥って、それでも終わりは来ずに傷跡を残してまた日常に戻るという流れがとても良くて、こういうことをこれからも繰り返すのだろうなと、本当に破滅してしまう日がずっと来ないといいなと、そんなふうに思いました。
超短周期の躁鬱くらってみんな強制的に恥ずかしくなってんのかわいそう
でもこう、やらかした時に責任転嫁しつつもちょっと反省するくらいがちょうどいいよねって思いました
霊夢が頑張ってるなぁ
理性を失って暴れたいはずの妖怪たちがそれでも何とか自分を抑えようとしているところに発達した社会性を感じました
幻想郷という閉鎖空間で狂気に支配されかけるという状況に掻き立てられるものがありました
素晴らしかったです
軽く攪拌されたストーリーラインと東方観にこうだったら良いなという作者の理想がちょっぴり混じっていてすんなり飲み込める30KBでした
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