Coolier - 新生・東方創想話

Heaps Of Sheeps

2025/02/16 08:41:17
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 なんでも、楽屋近くの仮設トイレがついに溢れ出して、えらい事になっているらしい。自分たちの楽屋はステージからひときわ遠くてトイレに近かったので、スタッフの誘導によって、臭気から避難する羽目になった。「身軽で安心したわ」と相方が言う。確かに、古臭い時代遅れの音源モジュールと、それを動かすドライバだけがどうにか稼働する骨董物のラップトップ、それに単純に音量レベルを上げ下げできるフェーダーを数チャンネルしか有していない、超原始的なミキシング・コンソール、小ぶりなMIDIキーボードという、どうにか脇に抱えられる大きさの装備品たちを除けば、身一つ(いや二人だから身二つ)で来てしまった自分たちとしては、そういう感想にもなるなどとなんだかんだ考えているうちに、いつの間にかステージの袖下まで追いやられてしまった。自分たち、大学サークルの、霊能者サークルの、不良サークルに過ぎなくって、音楽的活動の方はほとんど一人遊び(いや二人だから二人遊び)みたいなもの、つつましやかにけたたましくやってただけなのに。そもそも、この音楽フェスに参加した経緯だって、よくわからない。なんかステージに招待された事だけは理解しているけれど、これって別に大学祭ってわけでもないのよねえ。自分たち、こんな曖昧な認知で舞台に立って大丈夫なのかしら。頭がゆるゆるの、軽っるぅい女子大生たちだと思われないかしら――そうでないという自信はあるのだけれど、行動だけを見ているとどうも疑わしくなってくるわね。そして他人は、こっちの普段の人と為りなんて知ったこっちゃ無く、行動だけを見るのよ。……あ、それでね、私たちがいるのは、ステージの舞台袖なのよ。もう、次が出番らしいの。急な話ね。トイレが溢れているっていうのに、なんでお客さんたちはあんなにはしゃいでいるのかしら……って、そこについて頭を抱えるのは運営さんのお仕事ね……演奏者はせめて観客側の気分でいたいわ。いや、本当に、なんでこんなに観客がいるのよ? なんで彼らはこんなに私たちを待ち望んでいるのよ。私たち、大学サークルの、霊能者サークルの、不良サークル。音楽活動なんて、二人っきりでああだこうだと古臭い音源をいじり回して、なにか自分たち用の言語を作り出そうとしていただけなのよ。あんたらに通じやしない言語をね……でも、そうした認識はとんだ思い上がりで、二人の人間が心を通じ合わせられる言語っていうのは、本質的にはあんたらにも通じてしまうものなのよね。盲点だったわ。盲点ついでに教えてやると、実は私たちの言語って今なおかなりの部分が不完全で、互いにコミュニケーション不全なところがあるのよ。でもそれが面白くて、お気に入りでもあって……まあ、当初の意図通りでなくても、人に楽しんでもらえるのならいいんじゃない? そういう気持ちでやれた。実際、自分たちの出番を待っている間、緊張はしたけれど、悪い気分ではなかった――みんな私たちの言葉を聞きたがっているのは、本当みたいだから。そうして舞台袖で待っているうちに、栓の開いた瓶ビールが、スタッフづたいにたくさん回ってきた。二人で回し飲みしあった。何本飲んだっけ。演奏中の手元があやうくなるほどではなかったはずだけど、操作卓の横には常にビール瓶が置いてあって、空瓶がみるみる増えていったのを覚えている。そもそも、ステージ上に二人出現する時も一苦労だったのだ。機材のセッティングを終えるまでに地球上のすべての資源が枯渇してしまうかと思われたし、自分たち、ステージ上の空気や、観客の視線に、ねばりけと重みがあるのを初めて知ったわ。ああした場所は、うつしよと違った空気の組成を持っているらしいの。歩こうとするたびになにかを振り払わなくちゃいけなかった。……で、機材のセッティングは完了。やってみると案外できるのよね。何本かのケーブルでそれぞれの機材とステージ側のPAシステムを繋げるだけだし。もっと、もったいぶってもよかったかもって思っちゃう。相方をスパゲッティコードの中でがんじがらめにさせて、ステージ上でのたうち回らせるようなパフォーマンスだったりをさせてね。でも、のっけからそんな事していたら、私たちってどういう関係だと思われるのだろうか?……で、演奏、演奏か……問題は曲順、いわゆるセットリストだった。自分たち、今ここにいたって、なんの計画も立てていない事に気がついちゃった。気がついちゃった。気がついちゃったの。……あ、ラップトップを起動させておくのも忘れていたわ、と機材をミュートするのも忘れて起動ボタンを押したら、ステージのモニタースピーカーからあってはならない感じの音が飛び出してくるが、あわてないあわてない。三分待つ。三分の間に二人で計画を練る(“五秒で決めろ”なんて悠長なやからがいなくて助かったわ――逆説的な見栄かもしれないけれど、五秒で下される安易な決断の方が、三分きっちりかけた決断より悠長に決まっているじゃない)。しかし私たちは今夜の献立の事しか話せない。破滅だ。彼女は牛鍋がいいと言う。いいね。ビールよりも日本酒が欲しくなってくるわ。それも、すいすいと飲めちゃうような本物の日本酒――いけない。それより目の前の問題に立ち向かうのよ私。今夜の献立はそれから……と一人ではしゃぎかけていると、相方は冷静に提案してくれた。こないだ二人で作ったデモテープ、あの曲順通りでやってやろうと言うのだ。それはいいんだけど、いいんだけれど、私はそんなデモテープを作った事も忘れていた。どうせ作ったにしても、ろくに音量バランスも調整していないような、ベッドルームミュージックだったに決まっている。あの音源モジュールだのラップトップだのミキサーだのMIDIキーボードだのの機材一式を、あの街の、上がったり下がったり東入ったり西入ったりするあたりの故買屋で手に入れて以来、私たちは本来のサークル活動までほったらかして、そういう行為にばかり耽っていた。要するに、一日中、ベッドルームで、二人きりになって、電気的に、音楽的に、お互いだけに通じる言語を探り合うために、ぐちゃぐちゃやっていたのよ(いやらしい意味じゃないからね?)。それで、あのデモテープ――というか音声データが、どこをどう巡り巡ったのか、この音楽フェスティバルの主催者の手元に渡って、お眼鏡に……ではないな、お耳鏡に(“おみみかがみ”と言うと、ちょっと語呂が良い気がした。音の構成がA,B,B,C,C’,Bになるからね。知らんけど)叶ったらしいので、こうしてステージの上に立っている、そういう事らしいのでそういうわけで、私たちはフェスの空気を存分に吸った。最初は再生ボタンと停止ボタンを押すだけの、楽な仕事をするつもりだったんだけど、実際はそれで済むわけがあろうはずもなかった。キーボードのミスタッチは山のようにあった(いや、そもそもステージの上に自分たちが存在している事自体が、もはやなんらかのミスタッチだった)。次の曲のシーケンスファイルを読み込むのが手間取り、もう四小節、前曲のリフレインを引き伸ばす必要に迫られて、結局十二小節分の時間稼ぎが必要になったりした。相方が入りのタイミングで遅れた(彼女は、私が早すぎたのだと、そう主張したげな表情をしていた。いいわいいわ、そういう事にしといてあげる。なんだか私のミスの気もしてきたし……いや、本当に私のミスなのかもね)時は、十秒ほど意固地に軌道修正をしようとしたが、結局諦めて、リズムに関わるチャンネルを全部落とした。ライブは一旦のピークを過ぎていたからか、幸運にもちょっとチル風味というか、なんだかいい感じの雰囲気になる。結果オーライという事にしておこう――ごめん、本当は私のミスだったのよ。やがて、明らかにどこかの回路が過熱しているような感じの過激なオーバードライブサウンドが、ヴーンヴーンヴーンと鳴り響きながら露天のフェス会場を飛び出していって、それきりなんの反響もなく消え去った。音源モジュールのイン/アウトから火が噴いていたけれど、私たちは誰も気にするふうもなく演奏を続行した。これでおしまいなんだろうな、とも思ったわ。機材が燃え尽きて失われつつある今、自分たちが自分たちだけ操る事のできる言語を失いかけている自覚も持っていた。おそらくこれが、音楽サークルとしての秘封倶楽部の、最初で最後の活動になるんだろうな、などと考えながら……

 でも、それはただの夢なわけで。

「とりあえず、この音源は実行委員会に送っておくわ……」
「あとはもうどうとでもなれよ」
 夢から覚めた彼女たちはもぞもぞ起き上がると、ぐちゃぐちゃの徹夜仕事の末にいつの間にか完成していた(事にした)大学祭の音楽ステージの参加申請に添付するデモ音源を、無造作に実行委員会に送信した。あとはもうどうとでもなれ、という気持ちも手伝いつつ、なにか居心地の悪い、未知の気分にも襲われる。自分たちはなにかデータを送ったわけだが、相手方がそれに意味を見出してくれるものだろうか、それすらあやしいような気もしていた。もしかすると自分たちはこの音楽機材と取っ組み合いしているうちに、とっくにふたり狂いになってしまっていて、互いにしか通用しないジャーゴンを並べ立ててしまっているだけなんじゃないか、それを他人にさらけ出してしまっただけなのではないかと、少し背筋の冷える思いもする。
 でもまあ、たぶん大丈夫でしょ。
 彼女たちは――秘封倶楽部は、様々な思いを抱きつつ、さっぱりと割り切れてもしまえた。とりあえず、やるべき事はやった。あとは向こうの回答待ちだし、それまでやきもきしているのも無駄な事だ。
「――なんか食べに行こ」
「いいね」
 着るものを手に取りながら言い合う。
「朝っぱらから贅沢な事だけど、牛鍋にしましょ」
「それに日本酒。本物の日本酒」
「高くつくわよ」
「それくらいやって良い日でしょ、今日は」
 玄関近くに引っかけていた各々の帽子を手に取って、彼女たちは外に出ていった。
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コメント



0.30簡易評価
1.90初瀬ソラ削除
秘封倶楽部のお二人の大学生らしい若さあふれるひと話でした。やはり二人とも若ければ、自分たちの生き様のごとき言語の響きを世界に知らしめたくなるもの。でなければ、かような夢は見ないでしょう。
「お眼鏡に……ではないな、お耳鏡に(“おみみかがみ”と言うと、ちょっと語呂が良い気がした。音の構成がA,B,B,C,C’,Bになるからね。知らんけど)」
タイトルもある楽曲を指すようですが、ここら、私の知らない意味を含んでいるようです。ちょっと面白かった。
楽しい短編をありがとうございます。
3.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.80名前が無い程度の能力削除
「ぐちゃぐちゃの徹夜仕事の末にいつの間にか完成していた」「相手方がそれに意味を見出してくれるものだろうか、それすらあやしいような」小説かもしれないし、実は計算に満ちているのかもしれないし。「二人の人間が心を通じ合わせられる言語っていうのは、本質的にはあんたらにも通じてしまうものなのよね」と蓮子が自覚しているように、斬新にみえて意外と古典的な短編の手法なのかも、とは思いつつ、読んでいて楽しかったです。
5.80福哭傀のクロ削除
うーんだめだ、人生経験が足りてなくてイメージできないというか知らない世界過ぎるかもしれなくて、なんかふんわり読んでしまったことが申し訳なく。なんがか楽しそうに青春してるなーって
6.100名前が無い程度の能力削除
なにかを作っているとテンションぐちゃぐちゃになりますよね。
7.100南条削除
面白かったです
本番前なのに何の準備もできていない夢って焦りますよね
8.80のくた削除
なんというか、学生時代独特の狂騒的な雰囲気を感じました