コロッケはじゃが芋が詰まったもののほうがよい、と言えば、お前は貧乏性だな、と返される。私の性格が中途半端にすれてしまったのは、そのような程度の低い者に囲まれて育ったことが原因であるに違いない。
今日は朝に目を覚ましたときからずっと、コロッケが食べたい気分をしていた。もちろんそれはじゃが芋がたっぷりと詰め込まれたものであるべきだ。肉が詰め込まれたものは、メンチカツが果たすべき領分を侵しているのであまり好きでない。
生来の理由で、コロッケは丼に盛られた白米とたくあんと共に食べなければならなかった。だから洗顔をして歯を磨いたあと、まずは台所を漁った。幸いにして鮮やかな黄色をしたたくあんが見つかった。私は昼下がりになり、まな板に寝かせたそれを切り分ける自身の姿を想像した。
しかし、どのようにしても看過できない問題がある。それは他ならぬ、コロッケの入手手段である。これが外の世界であればコンビニエンス・ストアにでも赴いて買ってしまえるが、里でコロッケを売っている店は限られる──どころか、一度も見たことがない。
外から来た者も少なくないのだし、探せばありそうなものだが、どうやら誰もコロッケを食べようなどとは考えなかったようである。とはいえ私にしても態々コロッケを作って振る舞おうなどとは思わないので、そういう者は一人で揚げては楽しんでいるのかもしれない。
何にせよ、コロッケは自分で拵えなければならない。作るにあたって必要と思われるものがいくつか切れていたので、買い出しに行く必要があった。窓から外をちらと覗いて、陽がもう少し高くなったら行こうと思った。
予定通り、朝と昼の中間あたりの時刻に私はうちを出た。ついでに何か買うものはないかと二人に聞いたところ、酒以外は特にないということだった。二人が酒を所望するのはいつものことである。
ロープ・ウェイ乗り場までの道のりを歩いていき、人里まではそれに乗り向かう。飛ばなくても辿りつける場所にまで、一々飛んで赴く必要はないだろう。何よりロープ・ウェイの内装は外のそれととてもよく似ていて、落ち着ける環境なのである。
設置された、襞をした褐色のソファに腰を下ろすと、普通電車に揺られているときとおんなじ感覚があった。それは私にとっては、うちの近くにあった辺鄙な駅から街へと向かっているときの感覚だった。だからこのロープ・ウェイに乗ると、何がなくとも気分がよくなるのが常だった。
私一人のみを吐き出したロープ・ウェイを背にし、乗り場を出る。時間が半端であるから里の人の通りも半端であった。さしあたり細々とした調味料を揃えてしまったあとに、他の材料を買おうと思った。
そのような訳で、まずは日用品店まで歩を進めた。うちに不足していたのは小麦粉とパン粉とバターであったので、それらを買い揃えた。会計を務める御年いくつか見て取れないようなおばあさんがおつりを間違えていたので、過ぎた分を返却した。
「あら、そのまま取ってもよかったのにねぇ。いい子だねぇ」
悪どいことはしたくないので、とほほ笑んだ。なるたけ自然な笑顔に映るように努めた。
そののち、じゃが芋やわずかなひき肉などを欲し食料品店をいくつか回った──いわずもがな値段を比べるためである──ところ、どこへ行っても、店主や訪れていた客たちから世間話を持ち掛けられることとなった。
それは、どこだかのお子さんが家業のため寺子屋を辞めたうんぬんであったり、あそこのうちのおじいさんは昔からケチでうんぬんといった具合であった。取り立てて興味を惹かれるものも、面白いと思えるものもなかった。私はただ高齢者特有のふにゃふにゃとした声で語られる話を、聞いているような姿勢をしてそのまま流した。
このようにして高齢者に付き合っていると、まるで自分がいい人になったかのような気分がする。きっと私は、お風呂に入って今日を振り返るときに、このことを思い出すのだろう。
コロッケを作る材料が揃ったと見えて、私はうちへと帰ることにした。来たときと比べればロープ・ウェイ乗り場には人がいたが、それでも座る席には欠かないほどの有り様であった。
二人に今日の昼食──ともすれば夕食も──はコロッケであると告げると、喜んだ。コロッケが出るからというより、酒に合うものが出るからといった様相であった。持って帰ったそれらを整理してから、調理の準備を整えた。
神奈子様が米を研ぐとなりで、必要なものを並べていく。いくつかのボウルを用意し、一つには溶いた卵を、一つにはパン粉をといった具合に進めていく。それからじゃが芋の皮を剥こうと思い包丁を手に取ると、諏訪子様が声をかけてきた。
「違うよ。まずじゃが芋を茹でるの」
そう言って諏訪子様は鍋に水を張り、火にかけた。じゃが芋を茹でているうちに、私は切った玉ねぎとひき肉を炒め合わせ、神奈子様は炊飯の準備を終えた。
それからじゃが芋に火が通ったことを確認すると、諏訪子様はそれを引きあげ、あちあち、と言いながらその皮を剥いた。
私はマッシャーを取り出し──我がうちながらよくあったものだ──、切られてボウルに放り込まれたじゃが芋をどんどんと潰していった。とはいえ量が多かったので、思っているよりも時間がかかりそうだった。
そういえばですが、と私は間をつなぐために会話を切り出した。先ほどのおつりのことや、会話に付き合ったことなどを話した。二人はそこからつながる話を待っているようだった。私は、それらのことをしつこく記憶してしまうのが気持ち悪い、という話をした。
「いんじゃない、別に」
諏訪子様は私からマッシュを受け取ると、それにフライパンの中身を混ぜ合わせ、塩胡椒を振った。神奈子様はとくだん興味なさそうにしていた。
「悪いことをして恥じるのは普通だけどさ、何にも悪いことしてないし」
多分、みんなそういう小さい満足を当たり前にこなして、生きることをやってるんだと思うよ、と諏訪子様は言った。
私とてそのように考えているし、それを間違ったことであるとも思わなかった。ただ私は、そのように思えた自分を誰かに肯定してほしい気分だったから、誰でもそのように答えるであろう話をしただけだった。
きっと本当に恥じるべきであるのはこのような態度の方であった。でも、そんなことは重要ではなかった。コロッケがぱちぱちとした音を立てて、油の中で踊っていた。
完成したコロッケを大皿に盛ると、山のようになった。三人で食べるとはいえ、流石に作りすぎたかもしれないと思った。私は切り分けたたくあんを小皿に添えた。二人の前にはコップに注がれたビールがあった。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
私は積まれたコロッケを一つ箸で取り、ご飯の上に置いた。二人は皿にそれを取った。
二人はいつもコロッケにしょう油をかけて食べる。そのようなことをしたら折角の甘さがしょっぱさで消えてしまうのに、なぜそのようなことをするのか理解が及ばない。きっと味が濃ければ濃いほどよいのだろう、と思った。
私はそれが間違いなく内包している熱さに気をつけながら、ざくっと音を立ててかじりついた。それから白米と、たくあんをせわしく口に詰め込む。
そうして思うことはただ一つ。
──やはり、コロッケはじゃが芋が詰め込まれたものであるべきだ。
コロッケのことをソースをかけるキャンバスだと思っているので何もかけずに食べる早苗さんが信じられませんでした
早苗さんなのに……
美味しい物はいいですね。
コロッケにご飯は炭水化物過ぎますが、日本人だから仕方ないですよね。ソースはどうした