献血がある。幻想郷には。慧音にそれを誘われたが、私からでた私の破片は、すぐにぼろぼろ崩れて、灰になってなくなってしまうんだよ、と言って断った。そしたら、ついてきてくれるだけでよいから、と言う。要は、世の中を回す歯車としてマメな行動は取りたいが、それに伴う恐怖は少しでも和らげたい。それに、私を付き合わせたいのだった。
幻想郷で献血が行われるのにはいくつか理由がある。輸血や治療に使うとか、単に飯として流通されるもの、魔術やら何やらの媒体となるものなどである。いずれにしろそれらは金銭で取引される。今回慧音と行ったのは、血液の種類や質によって用途はこっちで勝手に分けるから、とにかく血を寄越せば金をやるという類の総合的なものだった。
純粋な社会貢献行動とするには若干のいかがわしさがあるが、慧音はあんまりその辺を気にしてはいなかった。順番待ちの列は意外と並んでいる。金銭が貰えるとなれば人気もあろうというものであった。
しばらく待つと、行列の一つ後ろの男が声をかけてきた。私たちの身なりが良すぎて目立つので、次からは用心のためにもう少しどうでもいい格好をしてきなさいと忠告してくれた。私はそんなにいい身なりをしていないが、気分を害さないように慧音に私を含めてくれたのだろうと思った。
言われてみると、行列には物乞いと見紛うようなのもちょこちょこいた。声をかけてくれた男が身にまとっている衣服にしても、ずっと洗っていない事は明らかだったし、なんだか顔色も悪かった。男は、あんたたちの血は高そうだねと言った。私はここでやっと、そういえば慧音は半妖だが、提供される血液としては異質が過ぎるのではないかと思った。
慧音は、半妖は珍しいんだからむしろありがたいだろう、あーるえいちまいなすみたいなものだよ、と言った。あーるえいちまいなすが何かはわからなかったので、私は生返事で返した。
列がはけて慧音の献血が終わるまでの間に、暇にあかせて後ろの男とずいぶん話し込んだ。男はこの献血に金銭収入の全てを頼っていて、家賃のいらない端っこの方で炊き出しで暮らして、金は全部酒と煙草に使っているということだった。
破滅的というか自殺的というか、男の生き方には親近感があった。とはいえ、同じような生活をしていても私に限っては死に近づいたりはしない。不死身だし。慧音に口を酸っぱく説教されなければ、私は今でも日がな一日日向ぼっこをして、飯も食わず水も飲まず、たまにちょっかいをかけてくる輝夜と殺しあうだけの生活をしていただろう。
献血から出てきた慧音にどうだったか聞くと、怖かったと言う。交代で入っていった男の話をしてやると、慧音はそんな生き方ではだめだと言った。慧音は想像から外れることがない女だ。大体、事前に思った通りのことを言う。私がふふと笑うと慧音はふくれた。彼だって望んでそうなったわけではないはずなのだと力説した。
寺小屋の教師などをやっていると他人の人生にあれこれと口を出したくなるものなのだろう。慧音はそのままでいい。ただ、彼女だって落ちぶれたいい大人の人生の責任までとれるわけではない。その辺は私がうまく調整する必要がある。
それはそれとして私は男のことが気に入り、献血からお金を受け取って出てきた男を飲みに誘った。この金をそんなことに使ったら次の献血までの繋ぎの安酒がなくなると断られたが、奢るからというと、それはそれで、こんな落ちぶれたものに施して回ってちゃろくなことにならないぞと忠告してきた。私もそう思う。誰にでもするわけじゃない、お兄さんのことが気に入ったのさと口説いたところで、男は折れた。
***
男と何度か交流するうちに、男がこういう生活をするようになった経緯なども聞いた。昔は普通に肉体労働をしつつ両親と暮らしていたが、あまりに度を越した仕事量をこなさなければならない腹いせと現実逃避に酒に逃げるようになり、酒浸りになるにつれ仕事は休みがちになったが、案外と男が現場から惜しまれることはなく、その事実に心が折れて完全に仕事を辞めてしまった。
しばらくは両親の家で引きこもり酒を飲んで暮らしていたが、父親に毎日のように殴られるようになり、さらにある日、母親にあんたを殺して私も死ぬと包丁をもって迫られたので、逃げ出した先が今だという。煙草は好んではいないが命を縮めるためにあえてやっているのだと笑っていた。もちろん、笑っているときも煙草はやっていた。
まず、どうにもならないことはどうにもならないし、こんなことは世の中のどこででも起こっていることだと私は思った。とはいえ、仲良くなった男がそのような境遇であることは純粋に遺憾でもある。まあ、この男がこんな境遇でなかったら、献血場で会うこともなかったであろうが。
人生の最後に、飲み仲間が出来て良かったじゃんと言うと、男は照れくさそうにした。人里のシステムというのは優しいもので、こういう人間がいたら本人が望めば更生を手伝ってくれる。慧音が男の境遇を知れば甲斐甲斐しく手続きを教授することだろう。一応、そういう選択肢もあると教えてみた。
男は、そんなことしたら寿命が延びちゃうじゃん、と言った。私はなんとなくその返事を予見していたと思う。彼にとって、自分の命と人生はとっくに価値がないものだったのだろう。
***
ある日男の寝床にいくと、男はいなかった。ここにいたやつを知らないかと聞くと、血を吐いてぶっ倒れて死んでいたと言う。私は、そうか、死ねたのか。うらやましいことだな、と思った。と言っても、今の私は死にたいわけではない。友達がいっぱいいるし毎日楽しくやっている。死ねる方法を探しているのは単にいつでも死ねるという安心が欲しいからだ。
慧音に最近なかよくしてたあの男が死んだんだよなという話をした。慧音は沈痛な表情を見せた。わざわざ言わなくてもいいかと思ったが、男が死んだのなら私の行動様式からその男は消え去るのであって、どうせそれを見逃す慧音ではないのだった。
慧音は献血にすっかり慣れていたが、ルーチンとして私がついていくことには変わりがなかった。列の一つ前は白玉楼の庭師だったので挨拶をした。庭師は確か半人半霊だったと思うが、提供される血液としては異質が過ぎるのではないかと思った。
庭師は、半人半霊は珍しいんだからむしろありがたいでしょう、あーるえいちまいなすみたいなものですよ、と言った。あーるえいちまいなすが何かはわからなかったので、私は生返事で返した。
酒と煙草でどす黒くなったきったねえ血は、これからも変わらず供給される。それは、あの男のものでなくてもいい。人間の血でさえあればいいからって、最低ランクのその血を飲んでけそけそ生きている妖怪もいる。私は、生きているっていうのは基本的には良いことだと思う。死ぬっていうのも、その次に良いことだと思う。
献血場の段差を登り損ねて慧音が転んだ。慧音は鼻血を出してた。赤かった。駆け寄って大丈夫かと声を掛けると、慧音は照れくさそうにした。
幻想郷で献血が行われるのにはいくつか理由がある。輸血や治療に使うとか、単に飯として流通されるもの、魔術やら何やらの媒体となるものなどである。いずれにしろそれらは金銭で取引される。今回慧音と行ったのは、血液の種類や質によって用途はこっちで勝手に分けるから、とにかく血を寄越せば金をやるという類の総合的なものだった。
純粋な社会貢献行動とするには若干のいかがわしさがあるが、慧音はあんまりその辺を気にしてはいなかった。順番待ちの列は意外と並んでいる。金銭が貰えるとなれば人気もあろうというものであった。
しばらく待つと、行列の一つ後ろの男が声をかけてきた。私たちの身なりが良すぎて目立つので、次からは用心のためにもう少しどうでもいい格好をしてきなさいと忠告してくれた。私はそんなにいい身なりをしていないが、気分を害さないように慧音に私を含めてくれたのだろうと思った。
言われてみると、行列には物乞いと見紛うようなのもちょこちょこいた。声をかけてくれた男が身にまとっている衣服にしても、ずっと洗っていない事は明らかだったし、なんだか顔色も悪かった。男は、あんたたちの血は高そうだねと言った。私はここでやっと、そういえば慧音は半妖だが、提供される血液としては異質が過ぎるのではないかと思った。
慧音は、半妖は珍しいんだからむしろありがたいだろう、あーるえいちまいなすみたいなものだよ、と言った。あーるえいちまいなすが何かはわからなかったので、私は生返事で返した。
列がはけて慧音の献血が終わるまでの間に、暇にあかせて後ろの男とずいぶん話し込んだ。男はこの献血に金銭収入の全てを頼っていて、家賃のいらない端っこの方で炊き出しで暮らして、金は全部酒と煙草に使っているということだった。
破滅的というか自殺的というか、男の生き方には親近感があった。とはいえ、同じような生活をしていても私に限っては死に近づいたりはしない。不死身だし。慧音に口を酸っぱく説教されなければ、私は今でも日がな一日日向ぼっこをして、飯も食わず水も飲まず、たまにちょっかいをかけてくる輝夜と殺しあうだけの生活をしていただろう。
献血から出てきた慧音にどうだったか聞くと、怖かったと言う。交代で入っていった男の話をしてやると、慧音はそんな生き方ではだめだと言った。慧音は想像から外れることがない女だ。大体、事前に思った通りのことを言う。私がふふと笑うと慧音はふくれた。彼だって望んでそうなったわけではないはずなのだと力説した。
寺小屋の教師などをやっていると他人の人生にあれこれと口を出したくなるものなのだろう。慧音はそのままでいい。ただ、彼女だって落ちぶれたいい大人の人生の責任までとれるわけではない。その辺は私がうまく調整する必要がある。
それはそれとして私は男のことが気に入り、献血からお金を受け取って出てきた男を飲みに誘った。この金をそんなことに使ったら次の献血までの繋ぎの安酒がなくなると断られたが、奢るからというと、それはそれで、こんな落ちぶれたものに施して回ってちゃろくなことにならないぞと忠告してきた。私もそう思う。誰にでもするわけじゃない、お兄さんのことが気に入ったのさと口説いたところで、男は折れた。
***
男と何度か交流するうちに、男がこういう生活をするようになった経緯なども聞いた。昔は普通に肉体労働をしつつ両親と暮らしていたが、あまりに度を越した仕事量をこなさなければならない腹いせと現実逃避に酒に逃げるようになり、酒浸りになるにつれ仕事は休みがちになったが、案外と男が現場から惜しまれることはなく、その事実に心が折れて完全に仕事を辞めてしまった。
しばらくは両親の家で引きこもり酒を飲んで暮らしていたが、父親に毎日のように殴られるようになり、さらにある日、母親にあんたを殺して私も死ぬと包丁をもって迫られたので、逃げ出した先が今だという。煙草は好んではいないが命を縮めるためにあえてやっているのだと笑っていた。もちろん、笑っているときも煙草はやっていた。
まず、どうにもならないことはどうにもならないし、こんなことは世の中のどこででも起こっていることだと私は思った。とはいえ、仲良くなった男がそのような境遇であることは純粋に遺憾でもある。まあ、この男がこんな境遇でなかったら、献血場で会うこともなかったであろうが。
人生の最後に、飲み仲間が出来て良かったじゃんと言うと、男は照れくさそうにした。人里のシステムというのは優しいもので、こういう人間がいたら本人が望めば更生を手伝ってくれる。慧音が男の境遇を知れば甲斐甲斐しく手続きを教授することだろう。一応、そういう選択肢もあると教えてみた。
男は、そんなことしたら寿命が延びちゃうじゃん、と言った。私はなんとなくその返事を予見していたと思う。彼にとって、自分の命と人生はとっくに価値がないものだったのだろう。
***
ある日男の寝床にいくと、男はいなかった。ここにいたやつを知らないかと聞くと、血を吐いてぶっ倒れて死んでいたと言う。私は、そうか、死ねたのか。うらやましいことだな、と思った。と言っても、今の私は死にたいわけではない。友達がいっぱいいるし毎日楽しくやっている。死ねる方法を探しているのは単にいつでも死ねるという安心が欲しいからだ。
慧音に最近なかよくしてたあの男が死んだんだよなという話をした。慧音は沈痛な表情を見せた。わざわざ言わなくてもいいかと思ったが、男が死んだのなら私の行動様式からその男は消え去るのであって、どうせそれを見逃す慧音ではないのだった。
慧音は献血にすっかり慣れていたが、ルーチンとして私がついていくことには変わりがなかった。列の一つ前は白玉楼の庭師だったので挨拶をした。庭師は確か半人半霊だったと思うが、提供される血液としては異質が過ぎるのではないかと思った。
庭師は、半人半霊は珍しいんだからむしろありがたいでしょう、あーるえいちまいなすみたいなものですよ、と言った。あーるえいちまいなすが何かはわからなかったので、私は生返事で返した。
酒と煙草でどす黒くなったきったねえ血は、これからも変わらず供給される。それは、あの男のものでなくてもいい。人間の血でさえあればいいからって、最低ランクのその血を飲んでけそけそ生きている妖怪もいる。私は、生きているっていうのは基本的には良いことだと思う。死ぬっていうのも、その次に良いことだと思う。
献血場の段差を登り損ねて慧音が転んだ。慧音は鼻血を出してた。赤かった。駆け寄って大丈夫かと声を掛けると、慧音は照れくさそうにした。
うん…し、知ってるよ…
妹紅がいつでも死ねるという安心感を求めて死ぬ方法を探しているというのが印象的でした
作中の出来事がおおよそ世紀末なのに妹紅の淡々として態度のおかげで何でもないことの様に諸々が過ぎ去っていきました
こんな世界なのに「生きているっていうのは基本的には良いことだ」という考えを妹紅が持っていることがちょっとうれしかったです
文面の安定感が抜群でこれは驚いたのです。起伏には欠いても噛み締める味はむしろさっぱりするし、笑いも取る。
繰り返される「提供される血液としては異質が過ぎるのではないか」「アールエイチマイナス」にはどうしても笑いがこぼれました。なるほど、これがウマい天丼。お勉強になりました。