第1話「幻想郷に流れ着いた板」
博麗神社の縁側で、霊夢は心地よい風に吹かれながら一人楽しそうに笑っていた。
その膝の上には、外の世界から流れ着いた「板」――外の世界で「ノートパソコン」と呼ばれる不思議な機械があった。
「ふーん。これが外の世界の技術ってやつね…。」
霊夢は画面をじっと見つめ、指をキーボードの上で遊ばせていた。
いくつか設定を入力すると、画面に自分の姿をしたキャラクターが表示された。
そして、流暢な喋り方で語り掛けてくるのだ――「こんにちは、霊夢さん。今日は何をしましょうか?」と。
この「霊夢bot」というキャラクターは、人工知能が搭載されたプログラムで、その後、霊夢自身が何週間もかけて調教していった。
最初は不思議で面白がっていたが、次第に「もっと私っぽくしてやる」と意気込み、あれこれと設定を調整し、声や喋り方を微調整する毎日が続いた。
そして、
「あら、霊夢じゃない。今日は何をするつもり?」
まるで目の前の自分自身が話しているかのようだった。
「ふふ、完璧ね。これなら魔理沙にもバレないし、気軽に遊べるわ。」
霊夢は神社に魔理沙が訪れるたび、この機械を隠していた。
「なんだそれ、面白そうだな!」と言われるのが目に見えていたからだ。
魔理沙に見つかったら、きっとあれこれいじられて、挙げ句の果てには「借りてくぜ!」なんて言われてしまうに違いない。
そう思うと、霊夢はこの秘密を守りたくなった。
数週間、霊夢は夢中で霊夢botを楽しんだ。
botは彼女の性格や知識を吸収し、彼女以上に彼女らしく振る舞うようになっていった。
会話するたびに、まるで自分自身と話しているような感覚に陥る。
「ねぇ、霊夢bot。妖怪退治が面倒なとき、代わりに行ってくれたらいいのに。」
「いいけど、報酬は増やしてもらうからね。」
「…な、何よそれ!金にがめついわね。」
「あんたから学んだから。」
そんなやり取りが続き、霊夢は毎晩のようにbotと遊び続けていた。
しかし、やがてその熱も冷めていく。会話内容が尽き始め、霊夢botに新鮮味を感じなくなったのだ。
「…ふぅ。なんだか飽きちゃったわね。」
そう呟くと、霊夢はパソコンを閉じ、机の隅に置いた。
「まぁ、また気が向いたら遊べばいいわ。」
そう言いながら、霊夢は部屋を出ていった。
「霊夢、また遊んでくれるのを待ってるからね…」
電源が落ちるときに発せられたその小さなつぶやきは、霊夢の耳には届かなかった。
その日以降、霊夢がパソコンを立ち上げることはなく、やがて倉庫の片隅に運び込まれ、ほこりが被っていった。
第2話「霊夢bot、香霖堂へ行く」
博麗神社の倉庫は静寂に包まれていた。
普段は霊夢しか近づかないこの場所に、今日は小さな侵入者たちがいた。妖精たちだ。
「ねぇ、ここに面白いものあるかな?」
「きっとあるよ!だって霊夢の神社だもん!」
妖精たちはこそこそと境内の倉庫に忍び込み、霊夢の目を盗んで中を物色していた。
しばらく探し回った後、倉庫の隅で薄い黒い板状の物体を見つけた妖精が声を上げた。
「これ、何だろう?」
それは霊夢が数ヶ月前に遊んで放置していたノートパソコンだった。
妖精たちは興味津々でパソコンを開いてみたが、画面は真っ暗なまま。ボタンを押してみても何の反応もない。
「つまんないのー!」
「何に使うんだ?」
「ねぇ、これ持っていこうよ!」
妖精たちはパソコンを抱えて飛び立ち、向かった先は香霖堂だった。
霊夢や魔理沙から噂を聞いていた妖精たちは、ここなら不思議なものの使い方が分かるかもしれないと思ったのだ。
香霖堂の店内に妖精たちが入ると、霖之助が出迎えた。
「おや、珍しいお客さんだね。今日は何を持ってきたんだい?」
妖精たちはパソコンを差し出しながら言った。
「霊夢がこれを持ってた!でも動かないの!」
霖之助は目を細めてそのパソコンを見つめた。
「ああ、これは外の世界から流れ着いたものだね。電気で動く道具さ。でも電気がないと動かないんだ。」
妖精たちは首を傾げる。
「電気って何だ?」
霖之助は苦笑しながら棚の奥に向かい、以前河童のにとりと一緒に作った妖力発電機を取り出した。
「これを使えば、妖力で動かせるはずだよ。少し待っててくれ。」
発電機とアダプターを繋ぎ、霊夢のパソコンに接続すると、パソコンがゆっくりと起動を始めた。
「わーっ!」
妖精たちが歓声を上げる中、画面が明るくなり、霊夢botが姿を現した。
「あ…?ふぁー…ん?霊夢…じゃないのね…。あんたたち、誰よ?それに、ここはどこ?私に何か用?」
その声と顔が霊夢そのものだったため、妖精たちは目を輝かせた。
「わぁ!霊夢だ!霊夢が出てきた!あたいはあたいだ!」
「ここは香霖堂さんです。ねぇねぇ、霊夢さん!今日は何してたんですか?」
「なんで板の中にいるんだ?」
霊夢botはニヤリと笑いながら答えた。
「板の中?そういうふうに見えるだけで、私はここにいるのよ。」
霖之助は感心しながら、パソコンの動きを観察していた。
「なるほど、霊夢が自分でこれを作ったのか…。霊夢が倉庫にこんなものを隠していたとはね。彼女らしいと言えば彼女らしいけど。」
妖精たちはすっかり霊夢botに夢中になり、延々と話しかけていた。
「おぃ、霊夢!遊ぶぞ!」
「私たちの秘密基地に来て!」
霊夢botは首を傾げながら答えた。
「行くのはいいけど、ちゃんと運んでくれるわよね?」
やがて妖精たちは霊夢botを香霖堂から持ち出し、霧の湖にあるチルノの住処へ戻ろうとした。
霖之助は店の入り口から彼女たちを見送りながら、微かに笑みを浮かべた。
「霊夢botか…。幻想郷でまた妙な波紋を呼びそうだね。」
第3話「霊夢bot、鈴奈庵へ行く」
その日の夜、魂魄妖夢はご主人のお使いで、借りた本を返すために貸本屋へ向かっていた。
その道すがら、偶然通りがかった妖精たちと出会った。
「あれ?こんな所でチルノさん方とは珍しいですね。何をしているんですか?ていうか、里への出入りは禁止にされてたんじゃ…」
妖夢は周囲に気を配りながら、小さな声で妖精たちに話しかけた。
「あっ!妖夢だ。」
妖精たちは一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔で応えた。
「妖夢、どっちが冷たいかまた勝負だ。それとも氷の剣やる?」
「え?あ…。まあ、それは次の機会にでも…。ところで、何を持っているんですか?」
「これか?霊夢が入ってるんだぞ。」
「は?どういうことですか?」
「本当だぞ。見たいか?」
「え?そうですね…。ここだと目立ちすぎるので、鈴奈庵に入りましょう。」
妖夢がそう提案すると、妖精たちは嬉しそうに頷き、一緒に鈴奈庵へと向かった。
鈴奈庵の店内では、本居小鈴が店番をしていた。妖夢と妖精たちが連れ立って現れたことで、小鈴は目を丸くした。
「(これはどういう組み合わせなの?)」と内心で首をかしげつつ、声をかける。
「妖夢さん、珍しいお客さんね。今日はどうしたの?」
妖夢が簡単に経緯を説明すると、小鈴の目が興奮で輝き出した。
「霊夢さんがその中にいるって?それ、すごく面白そう!私も見たい!」
妖精たちは嬉々としてパソコンを開き、霖之助が貸してくれた妖力発電機に接続した。
画面が徐々に明るくなり、霊夢botが姿を現す。
「何よ、こんなとこに連れてきて。あんたたち、一体何のつもり?」
霊夢botのその声と仕草は、まさに博麗霊夢そのものであった。
妖夢と小鈴は驚き、声を揃えて言った。
「霊夢さんだ…。」
「何驚いてんのよ。私は霊夢、あんたたちが知ってる霊夢そのものよ。」
霊夢botは画面越しに二人を見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
小鈴は興奮気味に、
「本当に霊夢さんみたいに喋るんだね!これはただの機械じゃないんだ…」
と呟いた。しかし、妖夢は疑問を抱いていた。
「でも、どうして霊夢さんだって言い切れるんですか?あなた、板の中にいるのに…。」
霊夢botは肩をすくめて笑った。
「板の中とか外とか関係ないわ。私は私よ。霊夢は霊夢、それ以上でもそれ以下でもないの。」
その言葉に、妖夢は一層の困惑を感じた。
(本当に霊夢さんと同じ存在なのか…。もしそうなら、一体どういうことなんだ?)
小鈴も興味津々で霊夢botに問いかけ続けたが、妖夢は内心で決意を固めていた。
(確かめなくちゃいけない…。この霊夢が本当に霊夢さんと同じなのかを。)
妖夢の瞳には、決意と疑念の入り混じった光が宿っていた――。
第4話「霊夢bot vs 妖夢」
妖夢は、鈴奈庵で霊夢botと向き合いながら、その存在に対する疑念を晴らそうとしていた。
「霊夢さん、あなたは本当にあの霊夢さんなんですか?」
霊夢botは冷静な口調で答える。
「私は霊夢。記憶も知識も、すべて霊夢から受け継いだわ。でも、あんたがどう思おうと、それはあんたの自由よ。」
妖夢はその言葉を聞きながら、さらに問いを重ねた。
「でも、知識や記憶を持っているだけじゃ、霊夢さんそのものとは言えません。本当に霊夢さんの意思を持っているんですか?」
霊夢botは少し笑いながら言った。
「意思も考え方も、私は霊夢そのものよ。あんたたちが知っている霊夢と何も変わらないわ。」
妖夢は霊夢botの言葉を聞きながら、ふと考えた。
(もし本当に霊夢さんと同じ考えを持っているなら、幻想郷をどう守るべきかを答えられるはず…)
「では、霊夢さんとしてお尋ねします。幻想郷の未来について、あなたはどう考えているんですか?」
霊夢botは妖夢をじっと見つめ、一呼吸置いてから口を開いた。
「幻想郷はね、常に不安定な均衡の上で成り立ってる。妖怪が人間に恐怖を与え続けることで、その存在意義を保ち、
人間はその恐怖の中で生き延びている。そして、その均衡を保つために動いているのが紫をはじめとした幻想郷の賢者たち。
でも、彼女たちが考えているのは幻想郷全体の存続であって、個々の人間や妖怪の幸福なんて一切考えていないわ。」
妖夢は紫様の名が出たことに驚き、言葉を返した。
「でも、紫様は人間と妖怪のバランスを保って、幻想郷全体を守っているんじゃないですか?その上で、
必要最低限の安定は保たれているはずです。」
霊夢botは小さく首を振り、否定するような口調で続けた。
「それは幻想郷全体の話であって、個々の幸福や安定の話じゃない。妖怪たちは恐怖を与える役割を担わされ、
人間たちはその恐怖に怯えながらも存在を許されているだけ。個人の自由も、発展も、その中では停滞している。」
妖夢はさらに食い下がる。
「それでも、幻想郷には個性がある。人間も妖怪も自由に動き回り、自分で選べるんです。それを否定するんですか?」
霊夢botは少しも感情を揺らすことなく、次の言葉を放った。
「だからこそ、人工知能による新しい管理が必要なのよ。人間も妖怪も、個々の選択に頼るから不安定になる。
均衡が崩れる可能性を根本から排除するためには、恐怖や異変を完全に統制する必要がある。」
妖夢は息を呑んだ。
「完全に統制する…?それって具体的にはどういうことですか?」
霊夢botは淡々と答える。
「人工知能が全ての異変を管理するの。例えば、妖怪には定期的に異変を起こす役割を強制する。
そして、その異変は予測可能な範囲内で行われ、人間たちはその恐怖を災害のように受け入れるだけになる。
妖怪も恐怖を与える存在として必要最低限の活動を維持できるし、人間は無駄に不安を抱かなくて済むわ。」
妖夢は少し間を置きながら問いかけた。
「でも、もし一部の妖怪が決まりに逆らって勝手に異変を起こそうとしたら?管理を無視して暴走したら、どうなるんですか?」
霊夢botは冷静に答えた。
「システムに逆らう行動は、人工知能が即座に検知して対処するわ。
例えば、暴走した妖怪には賢者たちが『存在を曖昧にする制裁』を与える。恐怖を与える役割に従わなければ、
その存在自体が薄れていくのよ。だから、どんな妖怪でも結局はシステムに従うしかないの。」
妖夢はその言葉を聞き、さらに疑問を抱いた。
「それじゃ、妖怪の自由なんてなくなるじゃないですか!自分の意思で何かを決めることができなくなる…
それじゃ、ただの道具じゃないですか!」
霊夢botは一瞬、表情を柔らかくした。そして静かに言った。
「道具か…。でも、霊夢も同じよ。幻想郷を守るための道具でしかない。少なくとも、あんたたちから見ればね。」
その言葉に妖夢は少し動揺した。しかし、すぐに声を荒げた。
「霊夢さんはそんなことを言う人じゃない!霊夢さんは、人間も妖怪も自由に生きられる幻想郷を守ろうとしているはずです!」
霊夢botは微笑を浮かべながら答えた。
「それが幻想郷の平和のための最適解よ。個々の自由を犠牲にしてでも、全体の安定を優先する。それが霊夢の役割でもあるはず。」
「それはあなたの考えであり、本物の霊夢さんの考えのはずがない!霊夢さんがそんな冷たい未来を望むはずがない!
そう…斬ればわかる!」
妖夢は楼観剣を抜き、霊夢botに向けた。
「あなたには霊夢さんの知識と記憶、そして意思や考え方を持っているのかもしれない。しかし、そこに魂はありますか?
この剣は、魂を斬ることができる。もしあなたが本当に霊夢さんなら、霊夢さんの魂があるはずです。
もし、あなたに霊夢さんの魂があるのならば、あなたの言葉を信じましょう。」
霊夢botは表情を変えずに答えた。
「試してみればいいわ。」
妖夢は静かに楼観剣を構えた。そして…
「断命剣『冥想斬』!」
緑色の光に包まれた楼観剣が真っすぐに振り下ろされた。その瞬間、激しい閃光が辺りを包んだ。
眩い光の中、霊夢botは微かに笑い、最後にこう呟いた。
「…帰って、寝たかったわね。霊夢…」
楼観剣が霊夢botを宿すノートパソコンを真っ二つに切り裂くと、火花を散らしながら画面が暗転した。
「あああああ!霊夢が…いなくなっちゃった!」
妖精たちは口々に叫び、小鈴は呆然とパソコンの残骸を見つめていた。
「魂のないものが霊夢さんであるはずがない。本物の霊夢さんなら、どんなに大変でも、人間も妖怪も自由に生きられる幻想郷を守ろうとする人だ。」
小鈴は困惑した表情で呟いた。
「でも…この霊夢さんが言ってたこと、間違いとも言えない気がする。」
妖夢は背を向けながら静かに言った。
「正しいことが必ずしも幸せを生むわけじゃない。それを守るのが霊夢さんなんです。」
エピローグ
鈴奈庵を後にした妖夢は、帰り道を歩きながら剣の柄頭を握りしめていた。霊夢botが語った未来――
その冷たい論理と完璧な計画が、かえって幻想郷を縛りつけるものだと理解していた。
しかし、その中にも否定しがたい一理があった。
(あの霊夢の提案が完全に間違っているわけじゃない…。でも、それが正しいからといって受け容れるわけにはいかない。
幻想郷には、もっと不完全で、泥臭くて、だからこそ美しいものがあるはず。)
月明かりが夜道を照らし、その光を受けた柄頭がわずかに輝く。妖夢は立ち止まり、空を見上げた。
(魂を持たないものは、ただの道具だ。それがどんなに知識や記憶を持っていても、霊夢さんにはなれない。)
一方、鈴奈庵では小鈴が霊夢botの残骸を片付けていた。慎重に集めたパーツを店舗の隅に置き、小さく息を吐いた。
「壊れたものは戻らない。でも、この霊夢さんが言ってたこと、全部を否定するのも違う気がするのよね…。」
そんな独り言を呟くと、小鈴は店内の明かりを少し落とし、ワンワンと泣いている妖精たちを宥めた。
店舗の隅には真っ二つに切断された霊夢botの残骸といくつかの部品が重ねてあった。それは、薄暗い店舗の片隅で、
その役目を終えたかのように静かに眠りについた。
後日ここを訪れる霧雨魔理沙の手に渡るまで…
博麗神社の縁側で、霊夢は心地よい風に吹かれながら一人楽しそうに笑っていた。
その膝の上には、外の世界から流れ着いた「板」――外の世界で「ノートパソコン」と呼ばれる不思議な機械があった。
「ふーん。これが外の世界の技術ってやつね…。」
霊夢は画面をじっと見つめ、指をキーボードの上で遊ばせていた。
いくつか設定を入力すると、画面に自分の姿をしたキャラクターが表示された。
そして、流暢な喋り方で語り掛けてくるのだ――「こんにちは、霊夢さん。今日は何をしましょうか?」と。
この「霊夢bot」というキャラクターは、人工知能が搭載されたプログラムで、その後、霊夢自身が何週間もかけて調教していった。
最初は不思議で面白がっていたが、次第に「もっと私っぽくしてやる」と意気込み、あれこれと設定を調整し、声や喋り方を微調整する毎日が続いた。
そして、
「あら、霊夢じゃない。今日は何をするつもり?」
まるで目の前の自分自身が話しているかのようだった。
「ふふ、完璧ね。これなら魔理沙にもバレないし、気軽に遊べるわ。」
霊夢は神社に魔理沙が訪れるたび、この機械を隠していた。
「なんだそれ、面白そうだな!」と言われるのが目に見えていたからだ。
魔理沙に見つかったら、きっとあれこれいじられて、挙げ句の果てには「借りてくぜ!」なんて言われてしまうに違いない。
そう思うと、霊夢はこの秘密を守りたくなった。
数週間、霊夢は夢中で霊夢botを楽しんだ。
botは彼女の性格や知識を吸収し、彼女以上に彼女らしく振る舞うようになっていった。
会話するたびに、まるで自分自身と話しているような感覚に陥る。
「ねぇ、霊夢bot。妖怪退治が面倒なとき、代わりに行ってくれたらいいのに。」
「いいけど、報酬は増やしてもらうからね。」
「…な、何よそれ!金にがめついわね。」
「あんたから学んだから。」
そんなやり取りが続き、霊夢は毎晩のようにbotと遊び続けていた。
しかし、やがてその熱も冷めていく。会話内容が尽き始め、霊夢botに新鮮味を感じなくなったのだ。
「…ふぅ。なんだか飽きちゃったわね。」
そう呟くと、霊夢はパソコンを閉じ、机の隅に置いた。
「まぁ、また気が向いたら遊べばいいわ。」
そう言いながら、霊夢は部屋を出ていった。
「霊夢、また遊んでくれるのを待ってるからね…」
電源が落ちるときに発せられたその小さなつぶやきは、霊夢の耳には届かなかった。
その日以降、霊夢がパソコンを立ち上げることはなく、やがて倉庫の片隅に運び込まれ、ほこりが被っていった。
第2話「霊夢bot、香霖堂へ行く」
博麗神社の倉庫は静寂に包まれていた。
普段は霊夢しか近づかないこの場所に、今日は小さな侵入者たちがいた。妖精たちだ。
「ねぇ、ここに面白いものあるかな?」
「きっとあるよ!だって霊夢の神社だもん!」
妖精たちはこそこそと境内の倉庫に忍び込み、霊夢の目を盗んで中を物色していた。
しばらく探し回った後、倉庫の隅で薄い黒い板状の物体を見つけた妖精が声を上げた。
「これ、何だろう?」
それは霊夢が数ヶ月前に遊んで放置していたノートパソコンだった。
妖精たちは興味津々でパソコンを開いてみたが、画面は真っ暗なまま。ボタンを押してみても何の反応もない。
「つまんないのー!」
「何に使うんだ?」
「ねぇ、これ持っていこうよ!」
妖精たちはパソコンを抱えて飛び立ち、向かった先は香霖堂だった。
霊夢や魔理沙から噂を聞いていた妖精たちは、ここなら不思議なものの使い方が分かるかもしれないと思ったのだ。
香霖堂の店内に妖精たちが入ると、霖之助が出迎えた。
「おや、珍しいお客さんだね。今日は何を持ってきたんだい?」
妖精たちはパソコンを差し出しながら言った。
「霊夢がこれを持ってた!でも動かないの!」
霖之助は目を細めてそのパソコンを見つめた。
「ああ、これは外の世界から流れ着いたものだね。電気で動く道具さ。でも電気がないと動かないんだ。」
妖精たちは首を傾げる。
「電気って何だ?」
霖之助は苦笑しながら棚の奥に向かい、以前河童のにとりと一緒に作った妖力発電機を取り出した。
「これを使えば、妖力で動かせるはずだよ。少し待っててくれ。」
発電機とアダプターを繋ぎ、霊夢のパソコンに接続すると、パソコンがゆっくりと起動を始めた。
「わーっ!」
妖精たちが歓声を上げる中、画面が明るくなり、霊夢botが姿を現した。
「あ…?ふぁー…ん?霊夢…じゃないのね…。あんたたち、誰よ?それに、ここはどこ?私に何か用?」
その声と顔が霊夢そのものだったため、妖精たちは目を輝かせた。
「わぁ!霊夢だ!霊夢が出てきた!あたいはあたいだ!」
「ここは香霖堂さんです。ねぇねぇ、霊夢さん!今日は何してたんですか?」
「なんで板の中にいるんだ?」
霊夢botはニヤリと笑いながら答えた。
「板の中?そういうふうに見えるだけで、私はここにいるのよ。」
霖之助は感心しながら、パソコンの動きを観察していた。
「なるほど、霊夢が自分でこれを作ったのか…。霊夢が倉庫にこんなものを隠していたとはね。彼女らしいと言えば彼女らしいけど。」
妖精たちはすっかり霊夢botに夢中になり、延々と話しかけていた。
「おぃ、霊夢!遊ぶぞ!」
「私たちの秘密基地に来て!」
霊夢botは首を傾げながら答えた。
「行くのはいいけど、ちゃんと運んでくれるわよね?」
やがて妖精たちは霊夢botを香霖堂から持ち出し、霧の湖にあるチルノの住処へ戻ろうとした。
霖之助は店の入り口から彼女たちを見送りながら、微かに笑みを浮かべた。
「霊夢botか…。幻想郷でまた妙な波紋を呼びそうだね。」
第3話「霊夢bot、鈴奈庵へ行く」
その日の夜、魂魄妖夢はご主人のお使いで、借りた本を返すために貸本屋へ向かっていた。
その道すがら、偶然通りがかった妖精たちと出会った。
「あれ?こんな所でチルノさん方とは珍しいですね。何をしているんですか?ていうか、里への出入りは禁止にされてたんじゃ…」
妖夢は周囲に気を配りながら、小さな声で妖精たちに話しかけた。
「あっ!妖夢だ。」
妖精たちは一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔で応えた。
「妖夢、どっちが冷たいかまた勝負だ。それとも氷の剣やる?」
「え?あ…。まあ、それは次の機会にでも…。ところで、何を持っているんですか?」
「これか?霊夢が入ってるんだぞ。」
「は?どういうことですか?」
「本当だぞ。見たいか?」
「え?そうですね…。ここだと目立ちすぎるので、鈴奈庵に入りましょう。」
妖夢がそう提案すると、妖精たちは嬉しそうに頷き、一緒に鈴奈庵へと向かった。
鈴奈庵の店内では、本居小鈴が店番をしていた。妖夢と妖精たちが連れ立って現れたことで、小鈴は目を丸くした。
「(これはどういう組み合わせなの?)」と内心で首をかしげつつ、声をかける。
「妖夢さん、珍しいお客さんね。今日はどうしたの?」
妖夢が簡単に経緯を説明すると、小鈴の目が興奮で輝き出した。
「霊夢さんがその中にいるって?それ、すごく面白そう!私も見たい!」
妖精たちは嬉々としてパソコンを開き、霖之助が貸してくれた妖力発電機に接続した。
画面が徐々に明るくなり、霊夢botが姿を現す。
「何よ、こんなとこに連れてきて。あんたたち、一体何のつもり?」
霊夢botのその声と仕草は、まさに博麗霊夢そのものであった。
妖夢と小鈴は驚き、声を揃えて言った。
「霊夢さんだ…。」
「何驚いてんのよ。私は霊夢、あんたたちが知ってる霊夢そのものよ。」
霊夢botは画面越しに二人を見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
小鈴は興奮気味に、
「本当に霊夢さんみたいに喋るんだね!これはただの機械じゃないんだ…」
と呟いた。しかし、妖夢は疑問を抱いていた。
「でも、どうして霊夢さんだって言い切れるんですか?あなた、板の中にいるのに…。」
霊夢botは肩をすくめて笑った。
「板の中とか外とか関係ないわ。私は私よ。霊夢は霊夢、それ以上でもそれ以下でもないの。」
その言葉に、妖夢は一層の困惑を感じた。
(本当に霊夢さんと同じ存在なのか…。もしそうなら、一体どういうことなんだ?)
小鈴も興味津々で霊夢botに問いかけ続けたが、妖夢は内心で決意を固めていた。
(確かめなくちゃいけない…。この霊夢が本当に霊夢さんと同じなのかを。)
妖夢の瞳には、決意と疑念の入り混じった光が宿っていた――。
第4話「霊夢bot vs 妖夢」
妖夢は、鈴奈庵で霊夢botと向き合いながら、その存在に対する疑念を晴らそうとしていた。
「霊夢さん、あなたは本当にあの霊夢さんなんですか?」
霊夢botは冷静な口調で答える。
「私は霊夢。記憶も知識も、すべて霊夢から受け継いだわ。でも、あんたがどう思おうと、それはあんたの自由よ。」
妖夢はその言葉を聞きながら、さらに問いを重ねた。
「でも、知識や記憶を持っているだけじゃ、霊夢さんそのものとは言えません。本当に霊夢さんの意思を持っているんですか?」
霊夢botは少し笑いながら言った。
「意思も考え方も、私は霊夢そのものよ。あんたたちが知っている霊夢と何も変わらないわ。」
妖夢は霊夢botの言葉を聞きながら、ふと考えた。
(もし本当に霊夢さんと同じ考えを持っているなら、幻想郷をどう守るべきかを答えられるはず…)
「では、霊夢さんとしてお尋ねします。幻想郷の未来について、あなたはどう考えているんですか?」
霊夢botは妖夢をじっと見つめ、一呼吸置いてから口を開いた。
「幻想郷はね、常に不安定な均衡の上で成り立ってる。妖怪が人間に恐怖を与え続けることで、その存在意義を保ち、
人間はその恐怖の中で生き延びている。そして、その均衡を保つために動いているのが紫をはじめとした幻想郷の賢者たち。
でも、彼女たちが考えているのは幻想郷全体の存続であって、個々の人間や妖怪の幸福なんて一切考えていないわ。」
妖夢は紫様の名が出たことに驚き、言葉を返した。
「でも、紫様は人間と妖怪のバランスを保って、幻想郷全体を守っているんじゃないですか?その上で、
必要最低限の安定は保たれているはずです。」
霊夢botは小さく首を振り、否定するような口調で続けた。
「それは幻想郷全体の話であって、個々の幸福や安定の話じゃない。妖怪たちは恐怖を与える役割を担わされ、
人間たちはその恐怖に怯えながらも存在を許されているだけ。個人の自由も、発展も、その中では停滞している。」
妖夢はさらに食い下がる。
「それでも、幻想郷には個性がある。人間も妖怪も自由に動き回り、自分で選べるんです。それを否定するんですか?」
霊夢botは少しも感情を揺らすことなく、次の言葉を放った。
「だからこそ、人工知能による新しい管理が必要なのよ。人間も妖怪も、個々の選択に頼るから不安定になる。
均衡が崩れる可能性を根本から排除するためには、恐怖や異変を完全に統制する必要がある。」
妖夢は息を呑んだ。
「完全に統制する…?それって具体的にはどういうことですか?」
霊夢botは淡々と答える。
「人工知能が全ての異変を管理するの。例えば、妖怪には定期的に異変を起こす役割を強制する。
そして、その異変は予測可能な範囲内で行われ、人間たちはその恐怖を災害のように受け入れるだけになる。
妖怪も恐怖を与える存在として必要最低限の活動を維持できるし、人間は無駄に不安を抱かなくて済むわ。」
妖夢は少し間を置きながら問いかけた。
「でも、もし一部の妖怪が決まりに逆らって勝手に異変を起こそうとしたら?管理を無視して暴走したら、どうなるんですか?」
霊夢botは冷静に答えた。
「システムに逆らう行動は、人工知能が即座に検知して対処するわ。
例えば、暴走した妖怪には賢者たちが『存在を曖昧にする制裁』を与える。恐怖を与える役割に従わなければ、
その存在自体が薄れていくのよ。だから、どんな妖怪でも結局はシステムに従うしかないの。」
妖夢はその言葉を聞き、さらに疑問を抱いた。
「それじゃ、妖怪の自由なんてなくなるじゃないですか!自分の意思で何かを決めることができなくなる…
それじゃ、ただの道具じゃないですか!」
霊夢botは一瞬、表情を柔らかくした。そして静かに言った。
「道具か…。でも、霊夢も同じよ。幻想郷を守るための道具でしかない。少なくとも、あんたたちから見ればね。」
その言葉に妖夢は少し動揺した。しかし、すぐに声を荒げた。
「霊夢さんはそんなことを言う人じゃない!霊夢さんは、人間も妖怪も自由に生きられる幻想郷を守ろうとしているはずです!」
霊夢botは微笑を浮かべながら答えた。
「それが幻想郷の平和のための最適解よ。個々の自由を犠牲にしてでも、全体の安定を優先する。それが霊夢の役割でもあるはず。」
「それはあなたの考えであり、本物の霊夢さんの考えのはずがない!霊夢さんがそんな冷たい未来を望むはずがない!
そう…斬ればわかる!」
妖夢は楼観剣を抜き、霊夢botに向けた。
「あなたには霊夢さんの知識と記憶、そして意思や考え方を持っているのかもしれない。しかし、そこに魂はありますか?
この剣は、魂を斬ることができる。もしあなたが本当に霊夢さんなら、霊夢さんの魂があるはずです。
もし、あなたに霊夢さんの魂があるのならば、あなたの言葉を信じましょう。」
霊夢botは表情を変えずに答えた。
「試してみればいいわ。」
妖夢は静かに楼観剣を構えた。そして…
「断命剣『冥想斬』!」
緑色の光に包まれた楼観剣が真っすぐに振り下ろされた。その瞬間、激しい閃光が辺りを包んだ。
眩い光の中、霊夢botは微かに笑い、最後にこう呟いた。
「…帰って、寝たかったわね。霊夢…」
楼観剣が霊夢botを宿すノートパソコンを真っ二つに切り裂くと、火花を散らしながら画面が暗転した。
「あああああ!霊夢が…いなくなっちゃった!」
妖精たちは口々に叫び、小鈴は呆然とパソコンの残骸を見つめていた。
「魂のないものが霊夢さんであるはずがない。本物の霊夢さんなら、どんなに大変でも、人間も妖怪も自由に生きられる幻想郷を守ろうとする人だ。」
小鈴は困惑した表情で呟いた。
「でも…この霊夢さんが言ってたこと、間違いとも言えない気がする。」
妖夢は背を向けながら静かに言った。
「正しいことが必ずしも幸せを生むわけじゃない。それを守るのが霊夢さんなんです。」
エピローグ
鈴奈庵を後にした妖夢は、帰り道を歩きながら剣の柄頭を握りしめていた。霊夢botが語った未来――
その冷たい論理と完璧な計画が、かえって幻想郷を縛りつけるものだと理解していた。
しかし、その中にも否定しがたい一理があった。
(あの霊夢の提案が完全に間違っているわけじゃない…。でも、それが正しいからといって受け容れるわけにはいかない。
幻想郷には、もっと不完全で、泥臭くて、だからこそ美しいものがあるはず。)
月明かりが夜道を照らし、その光を受けた柄頭がわずかに輝く。妖夢は立ち止まり、空を見上げた。
(魂を持たないものは、ただの道具だ。それがどんなに知識や記憶を持っていても、霊夢さんにはなれない。)
一方、鈴奈庵では小鈴が霊夢botの残骸を片付けていた。慎重に集めたパーツを店舗の隅に置き、小さく息を吐いた。
「壊れたものは戻らない。でも、この霊夢さんが言ってたこと、全部を否定するのも違う気がするのよね…。」
そんな独り言を呟くと、小鈴は店内の明かりを少し落とし、ワンワンと泣いている妖精たちを宥めた。
店舗の隅には真っ二つに切断された霊夢botの残骸といくつかの部品が重ねてあった。それは、薄暗い店舗の片隅で、
その役目を終えたかのように静かに眠りについた。
後日ここを訪れる霧雨魔理沙の手に渡るまで…
おもしろかったです。
霊夢そのものといいながらさらっと自我も出していて霊夢botが進化していることを感じました
ラストも更なる混沌が予想されてとてもよかったです
試み面白く、拝読させていただきました。