「...寝れない」
「だるい...冬なのに、どうして?」
彼女には自分の身に何が起きているのか分からなかった。
「も、もしかして、ここだけ夏になっちゃったとか...」
そんなはずはない。
風邪をひいてしまったのだろうか、彼女は熱があるようだが、だるさの原因は気温にあるとしか考えれなかった。
自分が熱を帯びている、そんなことは氷の妖精である彼女には考えつくはずもなかった。
「はぁ...はぁ...とりあえず外のほうがマシかも」
体が重くて上手く立ち上がれない。
「うぅ...あたいがやっつけないと...あたいがこの異変を解決するんだ...」
何とか気力を振り絞って身体を起こし、住処であるかまくらから出た。
フラッ
「あれ、世界が回ってる...?」
「はっ」
「ここは...」
木の枝や葉っぱが組み合わさって作られている壁の隙間からは、何とも心地よい冷たい空気と日差しが漏れていた。
ここは自分の住処ではない、でも何度が来たような気がする...思い出そうとするが頭が回らない。
コツ コツ コツ...
誰かが梯子を登ってくる。まだだるさが残っていて上手く動けない。チルノはらしくも無く弱気になっていた。こんな身体では妖怪にでも襲われたら逃げられない。
(くるな、くるなよう...)
音のするほうに思いっきり冷気を集めて先制攻撃してしまおうか、でも妖怪じゃなかったら・・・
目をつぶってどうすればと考えてるうちに音が近づいていく・・・
「・・・ちゃん」
え?
「・・・ルノちゃん」
この声・・・あ!
「チルノちゃん!!」
「大ちゃん!!」
嬉しさのあまり起き上がっていた。
しかしまだ立っていられる状態ではなく、目の前の緑髪の妖精に倒れ込んでしまう。
数少ない友達、大妖精に。
「よかったあ・・・目を覚ましたんだね。でもまだ辛そうだね」
「大ちゃんがあたいをここまで運んでくれたの?」
「そうだよ。朝チルノちゃんのおうちに行ったら、外で倒れてたから本当にびっくりしたんだよ?」
大妖精はチルノの額に手を当てる。
「大ちゃん?」
「うーん、まだ熱があるみたいね」
「熱?あ、そうだ!異変!異変だよ大ちゃん!
って大ちゃんはだるくないの?」
「チルノちゃん、落ち着こ...?」
そう言って布団の上に座らせた。
「チルノちゃん、これは異変なんかじゃなくて、チルノちゃんのからだが頑張りすぎちゃってるんだよ」
「あたいのからだが...?」
「うん。自分では気づいてないようだけど、チルノちゃんのからだがとっても熱くなってるの」
言われてみれば思いっきり走ったわけでもないのに、体中が汗だくだった。
大妖精がチルノの肌着を捲り上げる。
「ちょ!?大ちゃん!?」
「じーっとしてて。ほら、汗拭いてあげるから」
チルノは何だか恥ずかしかった。熱さとは違う理由で顔が赤くなってしまっている。
生まれてこのかた、体中を誰かに触られることなんてなかった。思わず大妖精の手を掴む。
「大ちゃん、もう大丈夫だよぉ」
「だーめ。このままだと気持ち悪いでしょ?」
「うぅ」
観念して身を預けることにした。こういう時の大ちゃんには逆らえない気がするんだ。
「はい、おわったよ」
「ありがと…」
「頼みたいこととかあったら何でも言ってね。
それにしても妖精がお熱になるなんて、チルノちゃん、変なものでも食べちゃった?」
「そんなの食べてないよ!何だか急にだるくなって、頭も痛くて・・・」
「とりあえず治るまで遊ぶのはやめようね。退屈かもしれないけど、多分チルノちゃんのからだが少し休みたいって言ってるんだと思うの。ほらチルノちゃん、毎日思いっきり遊んでるでしょ」
チルノを仰向けにして布団をかける。額には濡らした布をくっつける。
「冷たくて気持ちいい...」
「うふふ、このフカフカの布団っていうのもサニーちゃん達から借りてきちゃったんだ」
「げ!?あいつらから!?」
「あ!サニーちゃん達にも来てもらおうよ!話相手が多い方がチルノちゃんも
「だめええ!!こんな姿あいつらに見られたら一生馬鹿にされるよ!」
「冗談冗談♪うふふ♪」
「もー、何笑ってるのさあ...」
いつも太陽のように元気だった友達がすっかり弱りきっていて大妖精は不安で仕方なかったが、少しずつ元気を取り戻すのを見て心から安堵した。
チルノは大妖精の言う通りじっとし続けた。
退屈なのは事実だったが、大妖精も一緒にいてくれるし、何より早く元のからだに戻りたいという気持ちが強かった。
そんなある日
「はい、あーん」
「んっ」
「大ちゃん、これ味ないよ?」
「お粥って言って、病気の人でも飲み込みやすいになってるんだって」
「ふーん」
「はい、もう一口」
チルノが頬張ろうする
ペト
「あ」
スプーンを落としてしまった。
「ごめん!チルノちゃん熱くない!?」
「大丈夫、大ちゃん大げさだって」
「よかった...」
「...」
気のせいだろうか。こんな些細なことだが、チルノはどこか違和感を覚えた。
「チルノちゃん調子はどう?食欲は戻ってきたみたいだけど」
「まだ少しからだが重たい気がするけど、最初よりだいぶ楽になったよ!大ちゃんのおかげだよ!」
満面の笑みで応えてみせる。何で大ちゃんはいつもあたいにこんなにも優しくしてるくれるのかなあ。
「そっかあ!チルノちゃん、もう少しの辛抱だね。今日もたくさんおねんねしようね」
そう言って起こしていたチルノの体を仰向けにする。
(あれ?)
まだ真昼間。いつもだったら大妖精が寝れないチルノの話相手をしているはず。
(大ちゃん、疲れてるのかな)
「チルノちゃん、寝れない時も目を閉じて羊さんを数えると、いつの間にか寝れるんだって。やってみよっか?」
(そうだよね...ここ何日もあたいの面倒みてくれてるんだもんね)
「はい、羊が1匹」
(ごめんね...大ちゃん...)
早く元気になろう、そして大ちゃんを安心させよう。
いっぱいいっぱい寝よう・・・
羊が1匹...
「...ん」
変な時間に目が覚めてしまった。
体を起こしてみるが、そこにはいつも優しく微笑む緑髪の妖精の姿はなかった。
大ちゃんのことだ、あたいのためにまた食べ物を探してくれてるのかなぁ・・・
そんな風に自分に言い聞かせたかったが、チルノにはどうしても先程の違和感が忘れられなかった。
「大...ちゃん...」
だからといって今のチルノにできることなんてなかった。大ちゃんを探しに飛び回ればせっかく良くなってきた体調はまた悪くなってしまう、それぐらいのことはチルノにもわかっていた。
大ちゃんを早く安心させる、その一心で再び目を閉じた。
羊が2匹...
⸺冷気を好む動植物は居ないわ。
何処に言ってもあんたは嫌われ者。
嫌だ...
もう独りぽっちは嫌だよ....
「はっ!?」
「今のは...」
ただの夢・・・ではなかった。
もうとっくに忘れていた、いや忘れてしまいたかった記憶。
「冷気...」
自分の手のひらを見つめる。
あたいは冷気を操れる。妖怪とだって戦える強い妖精だ。
「...そうだ!」
大ちゃんは言ってた。あたいのからだが熱くなってるって。
だったら氷であたい自身を冷やしちゃえばいいじゃん。
「よーし」
両手を突き出して集中する。能力を使うのは久しぶりだ。加減を間違えるかもしれない。
「ふ...!」
ピキン!
目の前に氷が生成される。
のはずだった・・・
「え...」
初めての感覚だった。
突き出した手の先には何も生まれなかったのだ。
「あ、あれ?」
もう一度力を込めてみる。さっきは慎重になりすぎたのかもしれない。今度は思いっきりやろう。
(お願い...あたいの力...!)
恐る恐る目をあける。
念じた想いも虚しく、変わらない光景にチルノは呆然とした。
「何でよ...何でなのよ!!!」
「うりゃああああああああああ!!!」
四方八方に手を向けて叫ぶが、やはり何も起きず焦りとイライラが増すばかりだった。
「...う...く...あたいったらどうしちゃったのよ...」
泣いたって仕方ないのに
「早く元気になって大ちゃんと...」
堪えきれない。
「...ん?」
手元に何かが落ちてきた。
それが何なのか、頭で考えるまでもなくチルノは一瞬で理解した。
肌を刺すような冷たさ、独特の感触。
ずっと待ち望んでいたモノ。
そう、氷だ。
「あたいの涙が凍ってる...でもどうして?」
能力は使えていないはずだし、今が冬だからといって水が一瞬で凍るほど、ここ(幻想郷)の冬は寒くない。
「ふふふ...アハハ!やっぱりあたいったら天才ね!」
あれだけやって生み出せなかった氷が、確かに今ここにある。チルノは嬉しさのあまり急に力が湧いてきたような気がした。
「よおぉし、何だか知らないけどあとはこの氷をでっかくすりゃいいのよね♪」
さっきの失敗などもう忘れたと言わんばかりに、ノリノリで能力の発動を試みる。
でっかくな〜れ!!!
「・・・」
「...大ちゃん...あたいバカになっちゃったのかな...」
「このお!」
手の平のちっぽけな氷を、悔しさのあまり叩きつけてしまった。
チルノは体調を崩してからは意外にも冷静だった。
大妖精に迷惑をかけたくない、そんな思いもあったのだろう。
だが堪忍袋の緒がついに切れてしまったようだ。興奮のあまり走り出す。
「ぐぎゃああああああ」
ツルッ
「あっ」
「イッターい!なんなのよ...もう」
半泣きでお尻をさする。何でこんなところで滑ったんだろう。思わず床を見る。
「な...」
「嘘...でしょ...」
ここは屋内だというのに、床はまるでスケートリンクのように凍結していた。
あまりにも気づくのが遅かった。道理で涙が一瞬で氷になるわけだ。チルノは体調を崩してからか、知らぬ間に能力を暴走させ続けていた。
チルノの周辺は強い冷気で溢れていた。
止めようにももはや自分でも制御できない。
「大ちゃん...大ちゃん...!」
寒さに強いはずの彼女が身を震わせる。もう一つの事実に気づいてしまったのだ。
大ちゃんはこの冷気に耐えながらあたいの面倒をみてくれた。
いつも笑顔であたいの傍にいてくれた。
大ちゃんは優しいから、あたいに心配させたくなかったから、ずっと黙ってたんだ・・・
大妖精は再び戻ってくる。
彼女が何も言わず去っていくはずがない、寒さに苦しみながらも笑顔で自分の元へやってくる、そう確信した。
だからこそ
「あたい...やっぱり独りぼっちじゃなきゃダメなんだね...」
凍結した床になんとか文字を記す。指が痛い。
さがさないで
手袋にマフラーに毛布に、そしてみかん。
これを食べるとからだがぽかぽかするらしい。
とりあえずこれで耐えよう。
早く戻らないと、待っててね、チルノちゃん。
「本当にありがとう、スターちゃん」
「あなたも大変ね。あいつのことだからほっといても治るんじゃない?」
「チルノちゃん、ああ見えて寂しがり屋さんなの。それにチルノちゃんにだけ苦しい思いさせたくないの」
胸に手を当て切実に訴える大妖精に同情を通り越してもはや呆れを感じざるを得ないスター。
友達のためなら死ねるとか本気で言いそうだわ。
「はぁ...あいつをほっとけないのは分かったわ。
でも所詮あなたも私達と同じ妖精よ。もしあなたの身体が耐えられず1回休みにでもなって、あいつがそれを目の前で見たらどうなるかしらね」
スターの正論に返す言葉も見つからずうつむく大妖精。
私だって1回休みは怖い。でも、でも、それじゃチルノちゃんを誰が・・・
「あーもう、別に諦めろって言ってるわけじゃないわよ!一人で抱え込むなって言ってるの!」
スターが大妖精に叱るように声を荒らげる。大妖精がこんな立場になるなど今まであっただろうか。
「...失礼したわ。それにしてもあなたも意外と馬鹿なのね。あいつとはちょっと違う意味だけど。どうしようもなかったらまた私に教えなさい?サニーやルナも呼んで皆で考えましょう。」
スターちゃん...
大妖精の心中は感謝の念もあったが驚きも大きかった。
三妖精はチルノと仲が悪い。しかし大妖精にもそこまで友達は多くなくダメ元でスターに頼ってみたが、まさかチルノのことでこんなに協力してくれるとは思わなかった。
「ありがとう、スターちゃん」
「さっきも聞いたわ。あいつのことなんかどうでもいいけど、あなただけ苦しい思いしてるのをほっとくわけにもいかないしね。ほら、もう行きなさい」
自分が言ったことと同じだ、そう心の中で呟きながらぺこりと頭を下げて飛び立つ。
肌を刺すようなに寒い真冬の中、全速力でチルノがいる自分の住処に向かう。
スピードを出している分、冷たい空気に身を削られているのが分かるが、1秒でも早くチルノと再会することに頭がいっぱいだった。
(独りにさせてごめんね。でももう大丈夫、元気になるまで一度たりとも離れないからね)
「はぁ...はぁ...やっと着いた...チ〜ル〜あっ」
ダメダメ!寝ている子をわざわざ起こしてどうするのよ。ここはそお〜っと入らないと。
自分に言い聞かせて静かに梯子を上る。もうそこにはチルノちゃんが待っている。そう思うとなんだか梯子がやけに長く感じた。
そんなはずはないだろうと、頭の片隅に追いやっていた。
でもこうなってしまうと本当は分かっていたのかもしれない。
部屋には誰もいなかった。
あるのは友が残したメッセージのみ。大妖精にはチルノの悲痛な叫びに感じた。
「くっ...!」
チルノの住処へと方向転換する。
メッセージの内容からしてそんなとこにいるはずもないが、自分の知っている場所を手当り次第探す、今の大妖精に選択肢などなかった。焦りと不安のせいか、スターに言われたことも忘れてしまっていた。
どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
素直に言えばよかったのかな。
ねえチルノちゃん、私が間違ってたんだね。
ごめんね、チルノちゃん...
寒さが強くなってきたのかな。意識も朦朧としてきた。苦しい。でも諦めたくなかった。
チルノちゃんを傷つけた罪、私は償わなければならない。
なんだかこの寒さも自分への罰のように思えてきて、心地良さすら感じてしまいそうだった。
私、もう限界なのかな。
この寒さの中、一度意識を失えばもう終わりなのに、頭では分かっていても体は言うことを聞かない。
いつの間にか跪いてしまっていた。
もう目も開いていなかった。見えるのは真っ暗な世界。
唯一分かるのは肌から伝わる寒さのみ。
...何だろう?
この寒さ、冷たさ。
自分のへの罰?
いや、そんなんじゃない。
これは...
「まさかっ!」
いる
この近くに
「チルノちゃん!」
独り泣いている友達が
「チルノちゃん!!!」
固まっていた体が動き出す。
がむしゃらに辺りの雪をかきむしる。
あまりの冷たさに指がとれてしまいそうだった。
「どこ!どこにいるの!?」
あ
雪でもない、水でもない。
やっと見つけた、指先に伝わるひんやりとした感触。
⸺氷の羽。
「...おまたせ、チルノちゃん...」
「今まで私の役にたってくれてありがとう。でももう十分だわ」
(大...ちゃん...?)
「だまして悪かったわね。別にチルノちゃんが好きで一緒にいたわけじゃないの。力のあるあなたのそばにいれば色々楽だからね」
(やめて)
「さすがに疲れたっていうか、ちょっとあなた寒すぎなのよ」
(嫌だ...)
「それじゃあね。もう会うことはないだろうね」
嫌だあああああああああああああ
「うわああああああああああああああああ!!!」
ガバッ
「ハァ...ハァ...今のは夢...」
「う...うぐ...ひぐ...」
ここはどこだろう、そんなことを考える間もなく涙が漏れる。今のが夢じゃなかったらと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
ガチャ
「誰!?」
「なにやら騒がしいと思ったら、ようやくお目覚めね」
「お前は...」
三妖精の一人、ルナチャイルド。
「おはよう泣き虫さん。気分はどうかしら。」
「な、泣いてないもん!というか、何であたいはここに...」
「何でって、そりゃあ私達があなたを助けてあげたからよ。ま、大ちゃんのついでだけどね」
「大ちゃん!?大ちゃんがどうしたのよ!!!あ...」
そうだ・・・あたいは大ちゃんから離れようとしたんだ。
だって今のあたいは・・・
「助けてくれてありがとう...でももう帰るわ」
「はい?あなたまた大ちゃんを悲しませるつもり?」
起き上がろうとするチルノを抑えるルナ。
チルノは押し退けようとするがどうにも力が入らない。
「離してよ!あんただって寒いんでしょ!?あたいのことなんてほっとけばいいでしょ!!」
ペチン!
「...!?」
頬に痛みが襲う。チルノは自分が何をされたのかわからなかった。
「あんたねえ...一人でカッコつけてるのが大ちゃんにとって幸せなの?それに今の私は寒そうに見えるかしら」
「え...」
部屋の中は凍結しているようには見えなかった。
目の前の栗のような口をした金髪妖精も凍えている様子はない。
「まあ、少しは寒いけどね。妖精のみんなにしばらくはこの大木の辺りで遊んでって言ったのよ。妖精が集まっているとほんの少しだけど暖かくなるからね。」
チルノは言葉が出ないでいた。
「お昼はサニーがこの大木に日光が当たるようにするからもっと温かいわよ。炎を操れる妖精なんかがいればもっと
「ちょ、ちょっと待ってよ!何でお前らがそこまでするのさ!」
さっきまで離れろと言ってたのに、思わず顔を近づけるチルノ。
「顔がちーかーいっ。さっきも言ったけどあなたはついでよ。別にほっといてもいいけど、大ちゃん一人に任せたらまた同じことの繰り返しだわ。」
「...大ちゃんは...どこ」
「隣の部屋にいるわ。いきなり会わすのもどうかと思ったから、私がきたのよ。じゃあ呼んでくるわよ」
そう言ってルナは部屋をあとにする。まだ心の準備ができていないけど、今すぐ大ちゃんと向かい合わないといけない気がした。
何を言えばいいのかなんて分からないけど、絶対にやらなくちゃいけないことを一つだけ知っている。
コン コン
「チルノちゃん...入るね」
「う、うん...」
ついこの前まで大妖精は自分の傍にいたのに、こうして会うことがどこか懐かしい感じがした。
あたいがやらなくちゃいけないのはこうだ。
頭を下げて・・・
「大ちゃん、本当にご
「ごめんっ、ごめんねえ...チルノちゃん...!」
大妖精がぎゅっとチルノを抱きしめる。
大妖精の顔は涙でくしゃくしゃだった。
「なんで、なんで大ちゃんが謝るのよ...悪いのはあたいなのに...うぅ...うわああああああん!!!」
大妖精に釣られて、いや、本当はこうして親友の胸に顔をうずめて思いっきり泣きたい、ずっとそう思っていたのかもしれない。
もう二度と会えないかもしれない、また独りぼっちになる、心の奥底にあった不安が、大妖精に触れた今、消えてなくなった。
「怖かったよう...寂しかったよう...」
「チルノちゃん、もう独りになんてさせないからね...ずっと一緒にいようね...」
涙が枯れるまで泣き続ける二人。
扉の向こうにはそんな二人を見守る三人組。
「ふふ、一件落着ね☆」
「あの二人、本当に仲が良いのねえ」
「何で私があいつのために力を使わないといけないのよ、まったくもう...」
モゾモゾ
「うふふ、こうやってくっついて一緒に寝てみたかったんだよねえ」
「大ちゃん近いよう」
満面の笑みを見せる大妖精に思わず戸惑いを隠せないでいる。
「嫌かな?チルノちゃん」
「い、嫌じゃないよ!」
「ふふ、チルノちゃん、今どんな気分...?」
「え...」
「...暑いかな...?」
「...」
確かに大妖精がくっついているからか暑い気がする。でも何かが違う。暑いのに...そうだ、暑いけど嫌な気分ではない。
これは...
「チルノちゃん、これはあったかいって言うんだよ。きっと今のチルノちゃんは、あったかい気分なんだね」
「あった...かい...」
今度はチルノから大妖精にくっつく。
心に直接ささやくように語りかける。
「ねえ大ちゃん」
「なあに、チルノちゃん」
「あたいも、大ちゃんみたいなあったかい妖精になれるかなあ」
「チルノちゃんならなれるよ...きっとね...」
「...ありがとう、大ちゃん」
「おりゃー!とりゃー!」
「くっ、やったなー!」
弾幕を飛ばし合うチルノとサニー。ルナは地面で延びてしまっている。
遠くから見守っている大妖精はありふれた日常が戻ってきたことに胸をなでおろす。
「ねえ大ちゃん、何でチルノは体調を崩したのかしら」
「もしかしたらチルノちゃん、最近強くなりすぎて、妖精としての体が持たなくなりそうだったのかなって。この前もまた巫女さんと戦ったって言ってたし」
チルノの危機は一旦去った。
だがしばらくしないうちに、イカれた強さを持つ妖精が現れること、チルノ自身が賢者と対峙するほどの力を、(一時的に)手に入れるのはまた別の話。
「だるい...冬なのに、どうして?」
彼女には自分の身に何が起きているのか分からなかった。
「も、もしかして、ここだけ夏になっちゃったとか...」
そんなはずはない。
風邪をひいてしまったのだろうか、彼女は熱があるようだが、だるさの原因は気温にあるとしか考えれなかった。
自分が熱を帯びている、そんなことは氷の妖精である彼女には考えつくはずもなかった。
「はぁ...はぁ...とりあえず外のほうがマシかも」
体が重くて上手く立ち上がれない。
「うぅ...あたいがやっつけないと...あたいがこの異変を解決するんだ...」
何とか気力を振り絞って身体を起こし、住処であるかまくらから出た。
フラッ
「あれ、世界が回ってる...?」
「はっ」
「ここは...」
木の枝や葉っぱが組み合わさって作られている壁の隙間からは、何とも心地よい冷たい空気と日差しが漏れていた。
ここは自分の住処ではない、でも何度が来たような気がする...思い出そうとするが頭が回らない。
コツ コツ コツ...
誰かが梯子を登ってくる。まだだるさが残っていて上手く動けない。チルノはらしくも無く弱気になっていた。こんな身体では妖怪にでも襲われたら逃げられない。
(くるな、くるなよう...)
音のするほうに思いっきり冷気を集めて先制攻撃してしまおうか、でも妖怪じゃなかったら・・・
目をつぶってどうすればと考えてるうちに音が近づいていく・・・
「・・・ちゃん」
え?
「・・・ルノちゃん」
この声・・・あ!
「チルノちゃん!!」
「大ちゃん!!」
嬉しさのあまり起き上がっていた。
しかしまだ立っていられる状態ではなく、目の前の緑髪の妖精に倒れ込んでしまう。
数少ない友達、大妖精に。
「よかったあ・・・目を覚ましたんだね。でもまだ辛そうだね」
「大ちゃんがあたいをここまで運んでくれたの?」
「そうだよ。朝チルノちゃんのおうちに行ったら、外で倒れてたから本当にびっくりしたんだよ?」
大妖精はチルノの額に手を当てる。
「大ちゃん?」
「うーん、まだ熱があるみたいね」
「熱?あ、そうだ!異変!異変だよ大ちゃん!
って大ちゃんはだるくないの?」
「チルノちゃん、落ち着こ...?」
そう言って布団の上に座らせた。
「チルノちゃん、これは異変なんかじゃなくて、チルノちゃんのからだが頑張りすぎちゃってるんだよ」
「あたいのからだが...?」
「うん。自分では気づいてないようだけど、チルノちゃんのからだがとっても熱くなってるの」
言われてみれば思いっきり走ったわけでもないのに、体中が汗だくだった。
大妖精がチルノの肌着を捲り上げる。
「ちょ!?大ちゃん!?」
「じーっとしてて。ほら、汗拭いてあげるから」
チルノは何だか恥ずかしかった。熱さとは違う理由で顔が赤くなってしまっている。
生まれてこのかた、体中を誰かに触られることなんてなかった。思わず大妖精の手を掴む。
「大ちゃん、もう大丈夫だよぉ」
「だーめ。このままだと気持ち悪いでしょ?」
「うぅ」
観念して身を預けることにした。こういう時の大ちゃんには逆らえない気がするんだ。
「はい、おわったよ」
「ありがと…」
「頼みたいこととかあったら何でも言ってね。
それにしても妖精がお熱になるなんて、チルノちゃん、変なものでも食べちゃった?」
「そんなの食べてないよ!何だか急にだるくなって、頭も痛くて・・・」
「とりあえず治るまで遊ぶのはやめようね。退屈かもしれないけど、多分チルノちゃんのからだが少し休みたいって言ってるんだと思うの。ほらチルノちゃん、毎日思いっきり遊んでるでしょ」
チルノを仰向けにして布団をかける。額には濡らした布をくっつける。
「冷たくて気持ちいい...」
「うふふ、このフカフカの布団っていうのもサニーちゃん達から借りてきちゃったんだ」
「げ!?あいつらから!?」
「あ!サニーちゃん達にも来てもらおうよ!話相手が多い方がチルノちゃんも
「だめええ!!こんな姿あいつらに見られたら一生馬鹿にされるよ!」
「冗談冗談♪うふふ♪」
「もー、何笑ってるのさあ...」
いつも太陽のように元気だった友達がすっかり弱りきっていて大妖精は不安で仕方なかったが、少しずつ元気を取り戻すのを見て心から安堵した。
チルノは大妖精の言う通りじっとし続けた。
退屈なのは事実だったが、大妖精も一緒にいてくれるし、何より早く元のからだに戻りたいという気持ちが強かった。
そんなある日
「はい、あーん」
「んっ」
「大ちゃん、これ味ないよ?」
「お粥って言って、病気の人でも飲み込みやすいになってるんだって」
「ふーん」
「はい、もう一口」
チルノが頬張ろうする
ペト
「あ」
スプーンを落としてしまった。
「ごめん!チルノちゃん熱くない!?」
「大丈夫、大ちゃん大げさだって」
「よかった...」
「...」
気のせいだろうか。こんな些細なことだが、チルノはどこか違和感を覚えた。
「チルノちゃん調子はどう?食欲は戻ってきたみたいだけど」
「まだ少しからだが重たい気がするけど、最初よりだいぶ楽になったよ!大ちゃんのおかげだよ!」
満面の笑みで応えてみせる。何で大ちゃんはいつもあたいにこんなにも優しくしてるくれるのかなあ。
「そっかあ!チルノちゃん、もう少しの辛抱だね。今日もたくさんおねんねしようね」
そう言って起こしていたチルノの体を仰向けにする。
(あれ?)
まだ真昼間。いつもだったら大妖精が寝れないチルノの話相手をしているはず。
(大ちゃん、疲れてるのかな)
「チルノちゃん、寝れない時も目を閉じて羊さんを数えると、いつの間にか寝れるんだって。やってみよっか?」
(そうだよね...ここ何日もあたいの面倒みてくれてるんだもんね)
「はい、羊が1匹」
(ごめんね...大ちゃん...)
早く元気になろう、そして大ちゃんを安心させよう。
いっぱいいっぱい寝よう・・・
羊が1匹...
「...ん」
変な時間に目が覚めてしまった。
体を起こしてみるが、そこにはいつも優しく微笑む緑髪の妖精の姿はなかった。
大ちゃんのことだ、あたいのためにまた食べ物を探してくれてるのかなぁ・・・
そんな風に自分に言い聞かせたかったが、チルノにはどうしても先程の違和感が忘れられなかった。
「大...ちゃん...」
だからといって今のチルノにできることなんてなかった。大ちゃんを探しに飛び回ればせっかく良くなってきた体調はまた悪くなってしまう、それぐらいのことはチルノにもわかっていた。
大ちゃんを早く安心させる、その一心で再び目を閉じた。
羊が2匹...
⸺冷気を好む動植物は居ないわ。
何処に言ってもあんたは嫌われ者。
嫌だ...
もう独りぽっちは嫌だよ....
「はっ!?」
「今のは...」
ただの夢・・・ではなかった。
もうとっくに忘れていた、いや忘れてしまいたかった記憶。
「冷気...」
自分の手のひらを見つめる。
あたいは冷気を操れる。妖怪とだって戦える強い妖精だ。
「...そうだ!」
大ちゃんは言ってた。あたいのからだが熱くなってるって。
だったら氷であたい自身を冷やしちゃえばいいじゃん。
「よーし」
両手を突き出して集中する。能力を使うのは久しぶりだ。加減を間違えるかもしれない。
「ふ...!」
ピキン!
目の前に氷が生成される。
のはずだった・・・
「え...」
初めての感覚だった。
突き出した手の先には何も生まれなかったのだ。
「あ、あれ?」
もう一度力を込めてみる。さっきは慎重になりすぎたのかもしれない。今度は思いっきりやろう。
(お願い...あたいの力...!)
恐る恐る目をあける。
念じた想いも虚しく、変わらない光景にチルノは呆然とした。
「何でよ...何でなのよ!!!」
「うりゃああああああああああ!!!」
四方八方に手を向けて叫ぶが、やはり何も起きず焦りとイライラが増すばかりだった。
「...う...く...あたいったらどうしちゃったのよ...」
泣いたって仕方ないのに
「早く元気になって大ちゃんと...」
堪えきれない。
「...ん?」
手元に何かが落ちてきた。
それが何なのか、頭で考えるまでもなくチルノは一瞬で理解した。
肌を刺すような冷たさ、独特の感触。
ずっと待ち望んでいたモノ。
そう、氷だ。
「あたいの涙が凍ってる...でもどうして?」
能力は使えていないはずだし、今が冬だからといって水が一瞬で凍るほど、ここ(幻想郷)の冬は寒くない。
「ふふふ...アハハ!やっぱりあたいったら天才ね!」
あれだけやって生み出せなかった氷が、確かに今ここにある。チルノは嬉しさのあまり急に力が湧いてきたような気がした。
「よおぉし、何だか知らないけどあとはこの氷をでっかくすりゃいいのよね♪」
さっきの失敗などもう忘れたと言わんばかりに、ノリノリで能力の発動を試みる。
でっかくな〜れ!!!
「・・・」
「...大ちゃん...あたいバカになっちゃったのかな...」
「このお!」
手の平のちっぽけな氷を、悔しさのあまり叩きつけてしまった。
チルノは体調を崩してからは意外にも冷静だった。
大妖精に迷惑をかけたくない、そんな思いもあったのだろう。
だが堪忍袋の緒がついに切れてしまったようだ。興奮のあまり走り出す。
「ぐぎゃああああああ」
ツルッ
「あっ」
「イッターい!なんなのよ...もう」
半泣きでお尻をさする。何でこんなところで滑ったんだろう。思わず床を見る。
「な...」
「嘘...でしょ...」
ここは屋内だというのに、床はまるでスケートリンクのように凍結していた。
あまりにも気づくのが遅かった。道理で涙が一瞬で氷になるわけだ。チルノは体調を崩してからか、知らぬ間に能力を暴走させ続けていた。
チルノの周辺は強い冷気で溢れていた。
止めようにももはや自分でも制御できない。
「大ちゃん...大ちゃん...!」
寒さに強いはずの彼女が身を震わせる。もう一つの事実に気づいてしまったのだ。
大ちゃんはこの冷気に耐えながらあたいの面倒をみてくれた。
いつも笑顔であたいの傍にいてくれた。
大ちゃんは優しいから、あたいに心配させたくなかったから、ずっと黙ってたんだ・・・
大妖精は再び戻ってくる。
彼女が何も言わず去っていくはずがない、寒さに苦しみながらも笑顔で自分の元へやってくる、そう確信した。
だからこそ
「あたい...やっぱり独りぼっちじゃなきゃダメなんだね...」
凍結した床になんとか文字を記す。指が痛い。
さがさないで
手袋にマフラーに毛布に、そしてみかん。
これを食べるとからだがぽかぽかするらしい。
とりあえずこれで耐えよう。
早く戻らないと、待っててね、チルノちゃん。
「本当にありがとう、スターちゃん」
「あなたも大変ね。あいつのことだからほっといても治るんじゃない?」
「チルノちゃん、ああ見えて寂しがり屋さんなの。それにチルノちゃんにだけ苦しい思いさせたくないの」
胸に手を当て切実に訴える大妖精に同情を通り越してもはや呆れを感じざるを得ないスター。
友達のためなら死ねるとか本気で言いそうだわ。
「はぁ...あいつをほっとけないのは分かったわ。
でも所詮あなたも私達と同じ妖精よ。もしあなたの身体が耐えられず1回休みにでもなって、あいつがそれを目の前で見たらどうなるかしらね」
スターの正論に返す言葉も見つからずうつむく大妖精。
私だって1回休みは怖い。でも、でも、それじゃチルノちゃんを誰が・・・
「あーもう、別に諦めろって言ってるわけじゃないわよ!一人で抱え込むなって言ってるの!」
スターが大妖精に叱るように声を荒らげる。大妖精がこんな立場になるなど今まであっただろうか。
「...失礼したわ。それにしてもあなたも意外と馬鹿なのね。あいつとはちょっと違う意味だけど。どうしようもなかったらまた私に教えなさい?サニーやルナも呼んで皆で考えましょう。」
スターちゃん...
大妖精の心中は感謝の念もあったが驚きも大きかった。
三妖精はチルノと仲が悪い。しかし大妖精にもそこまで友達は多くなくダメ元でスターに頼ってみたが、まさかチルノのことでこんなに協力してくれるとは思わなかった。
「ありがとう、スターちゃん」
「さっきも聞いたわ。あいつのことなんかどうでもいいけど、あなただけ苦しい思いしてるのをほっとくわけにもいかないしね。ほら、もう行きなさい」
自分が言ったことと同じだ、そう心の中で呟きながらぺこりと頭を下げて飛び立つ。
肌を刺すようなに寒い真冬の中、全速力でチルノがいる自分の住処に向かう。
スピードを出している分、冷たい空気に身を削られているのが分かるが、1秒でも早くチルノと再会することに頭がいっぱいだった。
(独りにさせてごめんね。でももう大丈夫、元気になるまで一度たりとも離れないからね)
「はぁ...はぁ...やっと着いた...チ〜ル〜あっ」
ダメダメ!寝ている子をわざわざ起こしてどうするのよ。ここはそお〜っと入らないと。
自分に言い聞かせて静かに梯子を上る。もうそこにはチルノちゃんが待っている。そう思うとなんだか梯子がやけに長く感じた。
そんなはずはないだろうと、頭の片隅に追いやっていた。
でもこうなってしまうと本当は分かっていたのかもしれない。
部屋には誰もいなかった。
あるのは友が残したメッセージのみ。大妖精にはチルノの悲痛な叫びに感じた。
「くっ...!」
チルノの住処へと方向転換する。
メッセージの内容からしてそんなとこにいるはずもないが、自分の知っている場所を手当り次第探す、今の大妖精に選択肢などなかった。焦りと不安のせいか、スターに言われたことも忘れてしまっていた。
どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
素直に言えばよかったのかな。
ねえチルノちゃん、私が間違ってたんだね。
ごめんね、チルノちゃん...
寒さが強くなってきたのかな。意識も朦朧としてきた。苦しい。でも諦めたくなかった。
チルノちゃんを傷つけた罪、私は償わなければならない。
なんだかこの寒さも自分への罰のように思えてきて、心地良さすら感じてしまいそうだった。
私、もう限界なのかな。
この寒さの中、一度意識を失えばもう終わりなのに、頭では分かっていても体は言うことを聞かない。
いつの間にか跪いてしまっていた。
もう目も開いていなかった。見えるのは真っ暗な世界。
唯一分かるのは肌から伝わる寒さのみ。
...何だろう?
この寒さ、冷たさ。
自分のへの罰?
いや、そんなんじゃない。
これは...
「まさかっ!」
いる
この近くに
「チルノちゃん!」
独り泣いている友達が
「チルノちゃん!!!」
固まっていた体が動き出す。
がむしゃらに辺りの雪をかきむしる。
あまりの冷たさに指がとれてしまいそうだった。
「どこ!どこにいるの!?」
あ
雪でもない、水でもない。
やっと見つけた、指先に伝わるひんやりとした感触。
⸺氷の羽。
「...おまたせ、チルノちゃん...」
「今まで私の役にたってくれてありがとう。でももう十分だわ」
(大...ちゃん...?)
「だまして悪かったわね。別にチルノちゃんが好きで一緒にいたわけじゃないの。力のあるあなたのそばにいれば色々楽だからね」
(やめて)
「さすがに疲れたっていうか、ちょっとあなた寒すぎなのよ」
(嫌だ...)
「それじゃあね。もう会うことはないだろうね」
嫌だあああああああああああああ
「うわああああああああああああああああ!!!」
ガバッ
「ハァ...ハァ...今のは夢...」
「う...うぐ...ひぐ...」
ここはどこだろう、そんなことを考える間もなく涙が漏れる。今のが夢じゃなかったらと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
ガチャ
「誰!?」
「なにやら騒がしいと思ったら、ようやくお目覚めね」
「お前は...」
三妖精の一人、ルナチャイルド。
「おはよう泣き虫さん。気分はどうかしら。」
「な、泣いてないもん!というか、何であたいはここに...」
「何でって、そりゃあ私達があなたを助けてあげたからよ。ま、大ちゃんのついでだけどね」
「大ちゃん!?大ちゃんがどうしたのよ!!!あ...」
そうだ・・・あたいは大ちゃんから離れようとしたんだ。
だって今のあたいは・・・
「助けてくれてありがとう...でももう帰るわ」
「はい?あなたまた大ちゃんを悲しませるつもり?」
起き上がろうとするチルノを抑えるルナ。
チルノは押し退けようとするがどうにも力が入らない。
「離してよ!あんただって寒いんでしょ!?あたいのことなんてほっとけばいいでしょ!!」
ペチン!
「...!?」
頬に痛みが襲う。チルノは自分が何をされたのかわからなかった。
「あんたねえ...一人でカッコつけてるのが大ちゃんにとって幸せなの?それに今の私は寒そうに見えるかしら」
「え...」
部屋の中は凍結しているようには見えなかった。
目の前の栗のような口をした金髪妖精も凍えている様子はない。
「まあ、少しは寒いけどね。妖精のみんなにしばらくはこの大木の辺りで遊んでって言ったのよ。妖精が集まっているとほんの少しだけど暖かくなるからね。」
チルノは言葉が出ないでいた。
「お昼はサニーがこの大木に日光が当たるようにするからもっと温かいわよ。炎を操れる妖精なんかがいればもっと
「ちょ、ちょっと待ってよ!何でお前らがそこまでするのさ!」
さっきまで離れろと言ってたのに、思わず顔を近づけるチルノ。
「顔がちーかーいっ。さっきも言ったけどあなたはついでよ。別にほっといてもいいけど、大ちゃん一人に任せたらまた同じことの繰り返しだわ。」
「...大ちゃんは...どこ」
「隣の部屋にいるわ。いきなり会わすのもどうかと思ったから、私がきたのよ。じゃあ呼んでくるわよ」
そう言ってルナは部屋をあとにする。まだ心の準備ができていないけど、今すぐ大ちゃんと向かい合わないといけない気がした。
何を言えばいいのかなんて分からないけど、絶対にやらなくちゃいけないことを一つだけ知っている。
コン コン
「チルノちゃん...入るね」
「う、うん...」
ついこの前まで大妖精は自分の傍にいたのに、こうして会うことがどこか懐かしい感じがした。
あたいがやらなくちゃいけないのはこうだ。
頭を下げて・・・
「大ちゃん、本当にご
「ごめんっ、ごめんねえ...チルノちゃん...!」
大妖精がぎゅっとチルノを抱きしめる。
大妖精の顔は涙でくしゃくしゃだった。
「なんで、なんで大ちゃんが謝るのよ...悪いのはあたいなのに...うぅ...うわああああああん!!!」
大妖精に釣られて、いや、本当はこうして親友の胸に顔をうずめて思いっきり泣きたい、ずっとそう思っていたのかもしれない。
もう二度と会えないかもしれない、また独りぼっちになる、心の奥底にあった不安が、大妖精に触れた今、消えてなくなった。
「怖かったよう...寂しかったよう...」
「チルノちゃん、もう独りになんてさせないからね...ずっと一緒にいようね...」
涙が枯れるまで泣き続ける二人。
扉の向こうにはそんな二人を見守る三人組。
「ふふ、一件落着ね☆」
「あの二人、本当に仲が良いのねえ」
「何で私があいつのために力を使わないといけないのよ、まったくもう...」
モゾモゾ
「うふふ、こうやってくっついて一緒に寝てみたかったんだよねえ」
「大ちゃん近いよう」
満面の笑みを見せる大妖精に思わず戸惑いを隠せないでいる。
「嫌かな?チルノちゃん」
「い、嫌じゃないよ!」
「ふふ、チルノちゃん、今どんな気分...?」
「え...」
「...暑いかな...?」
「...」
確かに大妖精がくっついているからか暑い気がする。でも何かが違う。暑いのに...そうだ、暑いけど嫌な気分ではない。
これは...
「チルノちゃん、これはあったかいって言うんだよ。きっと今のチルノちゃんは、あったかい気分なんだね」
「あった...かい...」
今度はチルノから大妖精にくっつく。
心に直接ささやくように語りかける。
「ねえ大ちゃん」
「なあに、チルノちゃん」
「あたいも、大ちゃんみたいなあったかい妖精になれるかなあ」
「チルノちゃんならなれるよ...きっとね...」
「...ありがとう、大ちゃん」
「おりゃー!とりゃー!」
「くっ、やったなー!」
弾幕を飛ばし合うチルノとサニー。ルナは地面で延びてしまっている。
遠くから見守っている大妖精はありふれた日常が戻ってきたことに胸をなでおろす。
「ねえ大ちゃん、何でチルノは体調を崩したのかしら」
「もしかしたらチルノちゃん、最近強くなりすぎて、妖精としての体が持たなくなりそうだったのかなって。この前もまた巫女さんと戦ったって言ってたし」
チルノの危機は一旦去った。
だがしばらくしないうちに、イカれた強さを持つ妖精が現れること、チルノ自身が賢者と対峙するほどの力を、(一時的に)手に入れるのはまた別の話。
セリフや表現に独特の間があって、なんとも可愛らしくて大好きでした。
こと感情についてはまっすぐに描写されていて、それがお話やキャラクターとマッチしていてとても好印象でした。
大チルが尊かったです。
久しぶりに三月精を読み返したくなりました。