もし、もしだよ。
阿求が独りだったとしても私はあんたの味方だよ。
なんでってそんな簡単なこと聞かないでよ。
*
私はずっと何も無いって思ってきた。ただ本が好きなだけの人間なんだって。
はじめて知らない言葉が読めてしまった時、私は本当に今、何者かになれたような気がした。
なんでそんなこと思うのかって、やっぱり比較対象がいるからかな、そんな風に思ってしまって追い詰められているのだろうか。
阿求、九代目御阿礼の子。私はその名前では呼びたくないけど今だけ言わさせてもらう。
羨ましかった、何かを持っている貴女が。疎ましかった、何も持っていない私が。
羨むことなんてしない方がいい、嫉妬に狂いそうになるから。馬鹿なままでいた方がいい、自分を守れるから。
それでも私は羨ましいと思っていた、あの時までは。
~*~
ある雨の日、私は阿求に言われた本を回収しに稗田邸に向かっていた。
ザアザアと降り止まない雨の中、傘を指して鼻歌交じりに歩いていく。
雨の日は好きではないけど阿求の御屋敷に行く日は少しだけいいものが貰えるから好き。現金だけど例えばあまり食べられないお菓子とか。
そんなこと思いながら歩いて着く。門番の人に通してもらって、中に入り、見知った廊下を歩いていく。
阿求の部屋の前に立ち止まり、戸を叩こうとしようとする前にすすり泣く声が聞こえた。
……阿求泣いてる?
決して大きな声で泣くわけじゃないけど、ズビズビと鼻をすするような音が聞こえてくる。
戸を叩くのも忘れて私はいきなり戸を開けた。
「……だれ!」
「……えーっとごめん、小鈴です。本取りに来たんだけど」
警戒したように私の方を見ている阿求。少し目元が赤いように思う。
「……戸の入口に風呂敷に入ってるからそれ持って行って、ここで見た事は秘密にして」
「……わかった、それじゃあ本持っていくから」
「ありがとう、小鈴」
それはどっちに対してのありがとうなのか。私は逃げるように風呂敷をかっさらって部屋を出た。
バタバタと走って私は稗田邸を出ていく。
見てはいけないものを見てしまったかのようで私の心臓はバクバクしている。なんで泣いていたのかなんて想像もつかない。孤高な阿求が、どうして一人で泣いていたということなんか本当に分からない。
……本当に見てよかったのかな、それすらも分からない。
でも一つだけ言えるのは阿求も人間だった、ということだけ。勝手に孤高だと思い込んでいた私の認識は間違っていたということなんだろうか。頭が混乱して、まだ考えないといけないような気がした。
……あ。……お菓子食べ損ねたな。
今そんなこと考えるなよ。自分でそんなことを思った。
*
数日後、すっきりと晴れ渡る空は夏のはじまりを暗示しているように思えた。暗示と言うには暑すぎるけれど。
鈴奈庵のカウンターで私はだらけていた。あー暑い、外は晴れていようがお客は来ない。本読むくらいなら働け精神があるからかな。それは分からない。でも読んでくれる子とかいるからそれは嬉しいけれど。
ふと、また阿求が泣いていたのが頭に浮かぶ。どうしてなんだろう、そればかり頭にはてなマークが浮かぶ。
なんで阿求を孤高なんて思ったのか、昔はもっとつんつんしていたように思ったけどどうなんだろうか。分からないことだらけだ。でも確かに私は阿求のことをと孤高だと思い込んでいたし、一人で泣くことのある人間なんて勝手に思っていなかったのだろう。イメージが覆され、私は困惑している。でもどこか嬉しいように思ってしまうのだ。
『私と同じ人間である』
それだけの事なのに何故か嬉しいのだ。そんなことを思ってだらけた体を伸ばしていたら、ちりちりと店の戸が開く。
「いらっしゃませー」
「……小鈴いる?」
今考えていた阿求が店にやってきた。のれんからひょっこりと顔を出しておずおずと中に入ってくる。
「どしたの阿求、なにか本借りに来た?」
「……うん。それと前の風呂敷取りに来た。おすすめの小説を見繕ってちょうだい」
えっ、無理難題言うね。顔に出ていたのか、阿求はくつくつと小さく笑う。
「豆鉄砲に打たれた鳩みたいね。小鈴が好きな本を出してくれたらいいの」
楽しそうに笑った阿求が少し可愛くて。勝手に見惚れてしまった。私はハッとして本を探しに行く。何今の感情、何……知らない感情が増えていくのが怖く感じた。
私は阿求にひとつ物語を出した。それは秘密。
*
私は自室の布団に寝転んだまま、考え事をする。
なんで笑った阿求に見惚れてしまったのか。
私はドキッとしてしまった、少し楽しそうに笑う阿求が可愛く見えて。
……これって同性に向ける感情じゃないよね、そんなことを思う。異性を好きになったことなんて私はないけど……いやあったか……?小さい頃に近くのお兄ちゃんを好きになるみたいな、そんなことくらいはあったかもしれない。忘れたけど、うろ覚えだけど……
でもこんな感情、同性に向けるべきじゃない。そう結論付けて私は布団から起き上がる。
馬鹿だな私。
新芽を出した種はいつか摘まれるべきだったのに。
*
何も変わらない日常が続く。鈴奈庵で仕事して、お母さんとかお父さんの手伝いをしたり。そんな日々。
ちりちりと店の戸が開く。
「いらっしゃませ」
「小鈴、前貸して貰った本返しに来たわ」
阿求がわざわざ本を返しに来た。珍しい。
「ありがとう阿求。どうだった?」
「面白かったわ。見えないものってあるのね」
楽しそうに笑っている阿求。ドキッとする私。
「そう、なんだ。なら良かった」
「とりあえず今日は返しに来ただけど、また来るわね」
そう言って阿求は手を振って帰って行った。
つるが伸びる、私の心に絡まっていく、それがダメでもずっと思い続ける動力になる。
*
その日は酷い雨の日だった。
ザアザアと地面を叩きつけるような雨で私たちは店を閉めることにした。店主のお父さんの指示でそうなった。
気軽に外に出る訳にもいかないしで、暇で外来本を読んでいたら、閉めたはずの戸がガタガタと明らかに誰かが揺らしているような音がする。
「えっなに、怖いんだけど」
「開けるぞ」
お父さんが戸を開いて見ると声が驚いていた。
「阿求様!?」
「えっ、阿求?」
そこに立っていたのはずぶ濡れになった阿求だった。
私は急いでタオルを持ってきて、阿求の頭に被せる。もみくちゃにされるように阿求は私に大人しく拭かれている。
「こりゃあいかん、お風呂沸かしてくるから待ってろ!」
そう言ってお父さんとお母さんは走って風呂場まで行った。
「ちょっと阿求、あんた一体何があったのよ」
「……」
無言で答えが返ってこない。はあ、まあいいか、とりあえずお風呂にぶち込むことにしたので大人しく阿求の頭を拭きながら待つことにした。
「風呂湧いたぞ!阿求様入れるか?」
「すみません……帰ります」
いきなり押しかけて話すことがそれか。
「そんな濡れ鼠で家に返せるわけないでしょ、大人しくお風呂に入る!」
私は阿求の手を繋いでヤケクソになって引っ張って連れていく。阿求はあまり抵抗をしなかった。
「タオルとか置いておくからちゃんと拭いてよ」
「……うん、ごめん」
「とりあえず温まって。ちゃんと肩まで浸かるんだよ」
そう言って私は脱衣場から出ていく。そうして阿求が出てきたのは十分後だった。
「すみません、ありがとうございます……」
「あんたほんとにお風呂入ったの?」
そう言いながら阿求手に触れるとほんのり暖かい、なら大丈夫だろう。
お父さんとお母さんは少し席を外すとか行って部屋に戻ってしまった。話を聞くのがマズイと思ったのか。
「阿求。あんた一体何があってそんな濡れ鼠になってたのよ」
阿求は1つ考えて話し始める。
「ばあやと意見の食い違いが、あって……耐えきれなくて飛び出してしまった、の……」
なあんだ、そんな子供みたいな理由だったのか。
「阿求、あんた子供みたいね」
「……小鈴だって子供じゃない」
「今私の話をしている訳じゃないのよ。まあいいよ、でも阿求、もし、あんたが独りだったとしても私はあんたの味方だよ」
驚いた顔をする阿求。
「なんで?」
「そんなこと聞かないでよ」
泣きそうな阿求は私の顔を見てはっきりと言う。
「なんでそんな事言うのよ」
「なんでってあんたのことが好きだからよ」
「えっ」
豆鉄砲を食らったかのような驚きよう。
いやなんで?……いやまあ告白まがいのことされたら私も驚くか。
「あんたが独りだったとしても味方でいるからさ、あんたの隣に少しだけいさせてもらっていい?」
「ふふ、ははは……小鈴顔真っ赤よ、私が笑えてきたわ」
「うるさいな、顔赤くもなるに決まってるでしょ、好きな人なんだからバカ」
「いいよ、小鈴が隣にいてくれたら嬉しい。だからふたりぼっちになるね」
「いいじゃんふたりぼっち。ずっと味方でいてあげる」
阿求は笑った。私も笑った。
そんな傲慢な話。
阿求が独りだったとしても私はあんたの味方だよ。
なんでってそんな簡単なこと聞かないでよ。
*
私はずっと何も無いって思ってきた。ただ本が好きなだけの人間なんだって。
はじめて知らない言葉が読めてしまった時、私は本当に今、何者かになれたような気がした。
なんでそんなこと思うのかって、やっぱり比較対象がいるからかな、そんな風に思ってしまって追い詰められているのだろうか。
阿求、九代目御阿礼の子。私はその名前では呼びたくないけど今だけ言わさせてもらう。
羨ましかった、何かを持っている貴女が。疎ましかった、何も持っていない私が。
羨むことなんてしない方がいい、嫉妬に狂いそうになるから。馬鹿なままでいた方がいい、自分を守れるから。
それでも私は羨ましいと思っていた、あの時までは。
~*~
ある雨の日、私は阿求に言われた本を回収しに稗田邸に向かっていた。
ザアザアと降り止まない雨の中、傘を指して鼻歌交じりに歩いていく。
雨の日は好きではないけど阿求の御屋敷に行く日は少しだけいいものが貰えるから好き。現金だけど例えばあまり食べられないお菓子とか。
そんなこと思いながら歩いて着く。門番の人に通してもらって、中に入り、見知った廊下を歩いていく。
阿求の部屋の前に立ち止まり、戸を叩こうとしようとする前にすすり泣く声が聞こえた。
……阿求泣いてる?
決して大きな声で泣くわけじゃないけど、ズビズビと鼻をすするような音が聞こえてくる。
戸を叩くのも忘れて私はいきなり戸を開けた。
「……だれ!」
「……えーっとごめん、小鈴です。本取りに来たんだけど」
警戒したように私の方を見ている阿求。少し目元が赤いように思う。
「……戸の入口に風呂敷に入ってるからそれ持って行って、ここで見た事は秘密にして」
「……わかった、それじゃあ本持っていくから」
「ありがとう、小鈴」
それはどっちに対してのありがとうなのか。私は逃げるように風呂敷をかっさらって部屋を出た。
バタバタと走って私は稗田邸を出ていく。
見てはいけないものを見てしまったかのようで私の心臓はバクバクしている。なんで泣いていたのかなんて想像もつかない。孤高な阿求が、どうして一人で泣いていたということなんか本当に分からない。
……本当に見てよかったのかな、それすらも分からない。
でも一つだけ言えるのは阿求も人間だった、ということだけ。勝手に孤高だと思い込んでいた私の認識は間違っていたということなんだろうか。頭が混乱して、まだ考えないといけないような気がした。
……あ。……お菓子食べ損ねたな。
今そんなこと考えるなよ。自分でそんなことを思った。
*
数日後、すっきりと晴れ渡る空は夏のはじまりを暗示しているように思えた。暗示と言うには暑すぎるけれど。
鈴奈庵のカウンターで私はだらけていた。あー暑い、外は晴れていようがお客は来ない。本読むくらいなら働け精神があるからかな。それは分からない。でも読んでくれる子とかいるからそれは嬉しいけれど。
ふと、また阿求が泣いていたのが頭に浮かぶ。どうしてなんだろう、そればかり頭にはてなマークが浮かぶ。
なんで阿求を孤高なんて思ったのか、昔はもっとつんつんしていたように思ったけどどうなんだろうか。分からないことだらけだ。でも確かに私は阿求のことをと孤高だと思い込んでいたし、一人で泣くことのある人間なんて勝手に思っていなかったのだろう。イメージが覆され、私は困惑している。でもどこか嬉しいように思ってしまうのだ。
『私と同じ人間である』
それだけの事なのに何故か嬉しいのだ。そんなことを思ってだらけた体を伸ばしていたら、ちりちりと店の戸が開く。
「いらっしゃませー」
「……小鈴いる?」
今考えていた阿求が店にやってきた。のれんからひょっこりと顔を出しておずおずと中に入ってくる。
「どしたの阿求、なにか本借りに来た?」
「……うん。それと前の風呂敷取りに来た。おすすめの小説を見繕ってちょうだい」
えっ、無理難題言うね。顔に出ていたのか、阿求はくつくつと小さく笑う。
「豆鉄砲に打たれた鳩みたいね。小鈴が好きな本を出してくれたらいいの」
楽しそうに笑った阿求が少し可愛くて。勝手に見惚れてしまった。私はハッとして本を探しに行く。何今の感情、何……知らない感情が増えていくのが怖く感じた。
私は阿求にひとつ物語を出した。それは秘密。
*
私は自室の布団に寝転んだまま、考え事をする。
なんで笑った阿求に見惚れてしまったのか。
私はドキッとしてしまった、少し楽しそうに笑う阿求が可愛く見えて。
……これって同性に向ける感情じゃないよね、そんなことを思う。異性を好きになったことなんて私はないけど……いやあったか……?小さい頃に近くのお兄ちゃんを好きになるみたいな、そんなことくらいはあったかもしれない。忘れたけど、うろ覚えだけど……
でもこんな感情、同性に向けるべきじゃない。そう結論付けて私は布団から起き上がる。
馬鹿だな私。
新芽を出した種はいつか摘まれるべきだったのに。
*
何も変わらない日常が続く。鈴奈庵で仕事して、お母さんとかお父さんの手伝いをしたり。そんな日々。
ちりちりと店の戸が開く。
「いらっしゃませ」
「小鈴、前貸して貰った本返しに来たわ」
阿求がわざわざ本を返しに来た。珍しい。
「ありがとう阿求。どうだった?」
「面白かったわ。見えないものってあるのね」
楽しそうに笑っている阿求。ドキッとする私。
「そう、なんだ。なら良かった」
「とりあえず今日は返しに来ただけど、また来るわね」
そう言って阿求は手を振って帰って行った。
つるが伸びる、私の心に絡まっていく、それがダメでもずっと思い続ける動力になる。
*
その日は酷い雨の日だった。
ザアザアと地面を叩きつけるような雨で私たちは店を閉めることにした。店主のお父さんの指示でそうなった。
気軽に外に出る訳にもいかないしで、暇で外来本を読んでいたら、閉めたはずの戸がガタガタと明らかに誰かが揺らしているような音がする。
「えっなに、怖いんだけど」
「開けるぞ」
お父さんが戸を開いて見ると声が驚いていた。
「阿求様!?」
「えっ、阿求?」
そこに立っていたのはずぶ濡れになった阿求だった。
私は急いでタオルを持ってきて、阿求の頭に被せる。もみくちゃにされるように阿求は私に大人しく拭かれている。
「こりゃあいかん、お風呂沸かしてくるから待ってろ!」
そう言ってお父さんとお母さんは走って風呂場まで行った。
「ちょっと阿求、あんた一体何があったのよ」
「……」
無言で答えが返ってこない。はあ、まあいいか、とりあえずお風呂にぶち込むことにしたので大人しく阿求の頭を拭きながら待つことにした。
「風呂湧いたぞ!阿求様入れるか?」
「すみません……帰ります」
いきなり押しかけて話すことがそれか。
「そんな濡れ鼠で家に返せるわけないでしょ、大人しくお風呂に入る!」
私は阿求の手を繋いでヤケクソになって引っ張って連れていく。阿求はあまり抵抗をしなかった。
「タオルとか置いておくからちゃんと拭いてよ」
「……うん、ごめん」
「とりあえず温まって。ちゃんと肩まで浸かるんだよ」
そう言って私は脱衣場から出ていく。そうして阿求が出てきたのは十分後だった。
「すみません、ありがとうございます……」
「あんたほんとにお風呂入ったの?」
そう言いながら阿求手に触れるとほんのり暖かい、なら大丈夫だろう。
お父さんとお母さんは少し席を外すとか行って部屋に戻ってしまった。話を聞くのがマズイと思ったのか。
「阿求。あんた一体何があってそんな濡れ鼠になってたのよ」
阿求は1つ考えて話し始める。
「ばあやと意見の食い違いが、あって……耐えきれなくて飛び出してしまった、の……」
なあんだ、そんな子供みたいな理由だったのか。
「阿求、あんた子供みたいね」
「……小鈴だって子供じゃない」
「今私の話をしている訳じゃないのよ。まあいいよ、でも阿求、もし、あんたが独りだったとしても私はあんたの味方だよ」
驚いた顔をする阿求。
「なんで?」
「そんなこと聞かないでよ」
泣きそうな阿求は私の顔を見てはっきりと言う。
「なんでそんな事言うのよ」
「なんでってあんたのことが好きだからよ」
「えっ」
豆鉄砲を食らったかのような驚きよう。
いやなんで?……いやまあ告白まがいのことされたら私も驚くか。
「あんたが独りだったとしても味方でいるからさ、あんたの隣に少しだけいさせてもらっていい?」
「ふふ、ははは……小鈴顔真っ赤よ、私が笑えてきたわ」
「うるさいな、顔赤くもなるに決まってるでしょ、好きな人なんだからバカ」
「いいよ、小鈴が隣にいてくれたら嬉しい。だからふたりぼっちになるね」
「いいじゃんふたりぼっち。ずっと味方でいてあげる」
阿求は笑った。私も笑った。
そんな傲慢な話。
良かったです。
あきゅすずに求めているものすべてが詰め込まれていて素晴らしかったです
ずっと二人でいてほしいです