Coolier - 新生・東方創想話

東方流重縁~forgotten wanderer~ 第一話 あなたの名前は

2024/12/29 14:45:01
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「――おーい」
――誰かが私の身体をゆすっている。その刺激を受けて私はゆっくりと目を開ける。視界はぼやけていて、焦点が定まらない。
「大丈夫?」
だんだんクリアになってくる視界に、私のことをのぞき込むように見ている顔が浮かび上がってくる。
吸い込まれそうな大きな瞳。ほんのりと紅い頬に、高い鼻。艶やかな黒髪。清楚で、可愛らしい少女の顔。その頭の上には縫い目入りの大きなリボンがあり、身に纏う衣装は肩口から先が無く袖が服本体と分離した、巫女の服を思わせる少し変わった衣服だった。その少女の後ろには大きな赤い鳥居がそびえたっている。ここはどうやら、神社の境内らしい。そして私は、仰向けの状態で倒れているようだった。ゆっくりと体を起こす。かちゃり、と金属音。
「見ない顔ね。それにその恰好…里の人間じゃないわね」
少女の言葉を受けて、自分の体を見る。胴には、薄汚れた紅色の金属板。左右の腕には、ところどころが欠けた籠手。どうやら私は、甲冑を身に着けているようだ。ついでに腰には一振りの刀を差している。「里の人間」とやらがどのような恰好をしているのかは分からないが、不審がる少女の服装と比べれば、ものものしいことは否めない。ただそんなことよりも、ある一つの疑問が胸に湧き上がってくる。どうして私は、甲冑なんかを身に着けているのだろう。
「かと言って、妖怪らしい妖力も感じないし…。階段を上って来たという感じもしない。状況から見て、神隠し――外の世界から迷い込んだと見る方がよさそうね。外の世界は、戦国時代に逆戻りしたのかしら?」
少女は独り言のように話す。「妖怪」、「神隠し」、「外の世界」。言葉は理解できるが、その意味は分からない。
「…あ、あの。ここは、どこなんでしょうか。」
思い切って、少女に問いかける。
「あなた、その声――」
一瞬少女は驚いたような表情を見せる。しかしその後、すぐに気を取り直して話を続ける。
「――ここは幻想郷。外の世界で忘れられたもの、幻想となったものが住まう地よ。外来人のあなたに分かるように言えば、妖怪や神が実体を持って暮らしているということよ。」
とんでもない話、なのだろう。この世界では妖怪や神と呼ばれる存在が、身近にいるらしい。ただ、このときの私には、いまいちピンとこなかった。もっと大きな問題に、気がつきはじめていたからである。
「だけど、運がよかったわね。流れ着いたのがこの神社で。私の力があれば、あなたを外の世界に返す事が出来る」
そういって彼女は御幣――いわゆるお祓い棒――を手に握りしめ、目を閉じて何かを唱え始めた。彼女の体の周りから、赤い光が発出される。
――奇跡を目撃している。少女の先の言葉の意味の実感がわいてくる。この「幻想郷」という世界では、こうした超常の現象は当たり前なのだろう。この少女の力があれば、私は「外の世界」に戻れるらしい。ただ、問題なのは。私は口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何よ?」
赤い光がふっと消える。少女の大きな瞳が、まっすぐにこちらを見た。
「私は、どこに行くのですか」
「だから、外の世界よ。あなたの元いた世界よ。言っておくけど、外の世界に戻った後のことは知らないから。自分で自分の家に帰りなさい」
「…分からないんです」
「はい?」
「私が、どこから来たのか。…その「外の世界」からきたのかどうかも。」
「…なんだって!?」
少女が驚きの声をあげる。
「目が覚めたら、ここにいたっていう感覚なんです。それ以前のことは、何も…」
「覚えていない?」
「…はい」
「――つまり、記憶喪失ってことね」
「…そうみたいです」
少女は私の答えを聞いて、腕を組んでうーんと天を見上げた。
「…こんな状態じゃ、外の世界に帰すわけにもいかないか。」
彼女は思案顔でつぶやく。そう、私は「外の世界」の情景を思い浮かべることが出来なかったのだ。それどころか、私がどこで生まれて、どのような人生を歩んで、どのような経緯でここにいるのかが分からなかったのだ。あらゆる連続性が切断されて、突如としてこの世界に発生した。そのような感覚。それがはっきりしてきて、私はひどく心細くなった。
少女は、はぁと一つため息をついた後に、口を開いた。
「…とりあえず、あなたにはしばらく幻想郷で暮らしてもらうわ。記憶喪失も一時的なものかもしれないし。記憶が戻ったら、私が外の世界に帰してあげる。」
「…ありがとうございます」
これで、何も知らない「外の世界」とやらに放り込まれる事態は回避できたようだ。私はほっと安堵のため息を漏らした。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は博麗霊夢。結界管理や妖怪退治を生業とする博麗の巫女よ。」
「霊夢…さん」
それが少女の名前らしい。博麗の巫女というのはよく分からないが、察するにおそらく幻想郷で重要な役職なのだろう。
「ところで、あなたの名前は?」
「…それも、わかりません」
「名前すら覚えてないのね。それは不便ねぇ…」
霊夢さんはそういって私をしげしげと眺める。そして、籠手のある部分に注目した。私もそこを見る。砕けた籠手には、よく見ると「重」という文字が刻まれていた。他にも文字が刻まれていたのかもしれないが、そう思われる部分が砕けているため、何もわからなかった。
「ここ、あなたの名前が書いてあったんじゃない?籠手に自分の名前を彫るかなんて知らないけど」
「重」の字を見つめる。
「…そういわれれば、そんな気もします」
「でも、「重」だけじゃ名前にならないし…」
霊夢さんは少し目をつむったあと、再び口を開いた。
「…かさね」
「えっ?」
「あなたの名前は「かさね」よ。どう?それっぽいでしょ。」
霊夢さんがくすりと笑う。かさね。霊夢さんの顔を見ていると、とてもいい名前に思えてくる。全く頼りのないこの身だが、この名前があれば少しはやっていけるかもしれない。そんな希望が、私の胸に。
「ありがとうございます!名前、大切にします」
「え、ええ。それならよかった」
私の喜び方が想像以上だったのか、霊夢さんは面食らったような顔をした。
こうして、「かさね」という名前と共に、私の幻想郷での生活が始まったのだった。
細々と書いていけたらよいと思っています。
文系ゴブリン
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コメント



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1.100南条削除
甲冑着て幻想入りは新しいと思いました
これからどうなるのか楽しみです
3.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。