Coolier - 新生・東方創想話

イモにつられて

2024/12/26 22:36:31
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 穣子は困っていた。というのも、家に来る客の中に、最近困った客が一人増えてしまったのだ。
 困った客と言っても、彼女から言わせれば、うちに来るヤツほぼ全員が困った客であり、例えば、ある者は勝手に囲炉裏でキュウリを焼いて青臭いにおいをまき散らし、またある者は新聞のネタ探しという名目でやってきては晩飯をたかるなど、正直言ってロクなのがいない。しかし、そんな厄介極まりない客たちの中でも、今回の客は群を抜いて厄介だった。そして、その客は今日も穣子の家へとやっていきた。

「こんにちはー……」

 その客こと「彼女」は、力なく玄関を開け、ふらふらと穣子の家の中に入る。彼女の姿は貧相で、青白い肌とみすぼらしい服装が目立ち、全身から淀んだオーラをにじませている。
 彼女は囲炉裏のそばで暖を取っている穣子を見つけるや否や、にやっと生ぬるい笑みを浮かべて話しかける。

「あ、おイモさーん。こんにちはー……」

 穣子は彼女を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をして返す。

「なによ。また来たの? 相変わらず辛気くさいわね」
「まあまあ、そんな邪険にしなくても……」
「貧乏神を笑顔で歓迎するやつなんていないわよ」
「ね、それよりイモちょうだい。イモじゃなくてもいいから何か食べ物を……」

 そう言って穣子のそばに座り込むと彼女は、にまにまとした笑みで穣子を見る。穣子は大きくため息をつくと、思わずそっぽを向いてしまう。

 ……そう、厄介な客というのは貧乏神の依神紫苑のことだった。
 どうして彼女が穣子の家に顔を出すようになったのかというと、彼女が疫病神の妹の女苑と一緒に、この家に迷いこんできたのがコトのはじまりだ。
 二人は力を使って、この家の金品を巻き上げようとしたが、当然こんな家に金目のモノなどあるわけもなく、彼女たちの企ては徒労に終わる。しかし、そのときに穣子が、高級サツマイモなんかをお土産に持たせてしまったのが運の尽きで、文字通り味をしめた紫苑は、すっかり穣子の家の常連になってしまった。
 つまり言ってしまえば、穣子の自爆以外の何物でもない。
 とはいえ、穣子はともかく、紫苑の方は今や、穣子のことを「おイモさん」と親しみ(?)を込めて呼ぶほど(一方的に)距離を縮めつつあり、それは周りから見れば、はた交際間近か? とまで思えるほどだった。しかし、いくら神同士と言えど、かたや豊穣神、もといイモ神。かたや貧乏神という、お世辞にもパッとしてるとは言えない者同士のため、巷で騒がれるようなこともなく、天狗の新聞の三面記事にすら取り上げられないまま今日までやってきていた。

「ちょっと!! あんた、いちいち近づきすぎんのよ! 辛気くさいの移るからもっと離れなさいっての!」
「えー。だっておイモさんに近づくと良いにおいするんだもんー。お腹すいてくるような良いにおいだよー?」
「わかったから離れなさいって言ってるでしょ!?」

 穣子は、鼻をヒクつかせながらドサクサに紛れて抱きつこうとする紫苑をひっぺがすと、そのまま平手ではじき飛ばす。

「んぎゃっ!?」

 紫苑は無様に床へたたきつけられてしまうが、すぐに起き上がると穣子の方を見ながら、「もっとやって」と、ばかりに、再びにまにまと笑みを浮かべる。

「……まったく。いちいち距離感がおかしいのよ。なんでそんなにくっつこうとするわけ?」
「えー……だって、ぬくもりが欲しいんだもん。ささやかな幸せが……」
「そんなの、私じゃなくてあんたの妹にでも頼めばいいじゃない?」
「いやよー。女苑は香水とかのにおいきついし。でもおイモさんからは良いにおいがするわー」
「だからって抱きつくんじゃないわよ! そんなに、においかぎたいってんなら、せめてサツマイモ五個分くらい離れてかぎなさい!」
「それじゃ、においわかんないわよー」

 ちなみに姉の静葉は朝から出かけていていない。どういうわけか姉は、紫苑が来そうなときに限って家からいなくなるのだ。あるいは貧乏神接近センサーでも持っているというのだろうか。
 もし、そんなものがあるなら、ぜひ自分も欲しいもんだと思いながら穣子は、仕方がないといったように、一つ大きくため息をつくと、立ち上がり、家の奥から大根を持ってくる。

「ほら。これ」

 紫苑は大根を見るや否や、たちまち表情を緩ませる。

「わぁー! すずしろ! おいしそー!」
「良いやつなんだから、ちゃんと調理して食べなさいよ?」
「うん! 女苑に煮物にでもしてもらうよー」
「あー。煮物もいいけど、炒めても美味しいのよ? 大根は」
「そうなの?」
「そうよー。大根は煮ても焼いても炒めても美味しいのよ。なんなら、ご飯と一緒に炊いたって美味しいんだからね?」
「へーそーなんだ。つっても、ご飯なんかないけど」
「……あんた、いっつも思うけど、いったいどういう食生活してんのよ?」
「そりゃ貧乏神だし、雑草でもキノコでも虫でも口に入るモノなら何でも食べるわ」

 そう言って誇らしげに胸を張る紫苑に、穣子は呆れた様子でため息をつく。

「……ま、別にあんたが赤貧であえごうと、悪いモン食って腹壊そうとどうでもいいんだけど。なんていうかさぁ……」
「ん……? 何?」
「あんたの、そのしみったれた顔見てると、こっちにも辛気くさいの移っちゃいそうなのよ。だから、この大根の炒め物のレシピも一緒にあげるから今日の所は、これを持って、とっととゴーホームなさい!」
「はーい! ありがとう! おイモさーん!」

 紫苑は穣子からレシピが書かれたメモを受け取ると、嬉嬉とした表情で大根を抱えて一礼し、そのまま家をあとにする。

「……まったく。この寒い中よくやるわ……」

 ふらふらと去って行く紫苑を、穣子は苦笑しながら玄関に出て見送ると、すぐに戸を閉め、再び囲炉裏で暖を取り始めるのだった。

 □

 小雪の舞い散る中、紫苑は上機嫌そうに鼻歌なんかを歌いながら、小脇に大根を抱えて帰路へとつく。
 貧乏神である彼女は、当然、定まった家など持っておらず、根無し草のごとく、姉と一緒にあちこちと移り住んでいる。貧乏草で根無し草と、まったくいいところがない彼女だが、目下の家は、里から離れた所にある廃屋で、なかなか立派なつくりの家だ。しかし、それは見かけだけの話で、実際は空き家になってからだいぶ経つらしく、家のあちこちにガタが来ている。
 もっともそれは、単なる経年劣化のせいだけでなく、貧乏神である彼女が住み着いたというのも大きな要因の一つであるが。

「ただいまー。ほらー! 女苑! みてみて……」

 紫苑は家に入るなり、大根を両手で持って掲げながら女苑に見せようとするが、そこに彼女の姿はなかった。

「あ、あれ……?」

 拍子抜けした紫苑は、思わずその場に座り込む。

「……行っちゃったのかー」

 十中八九、男遊びだろう。男遊びに出かけた女苑はそうそう帰ってこない。しかし、もしかしたら、何かの間違いで帰ってくるかもと思い、紫苑は一縷の望みを持って、帰りを待ってみたものの、夜になっても、やはり女苑は帰ってこなかった、

「……はぁ。今ごろ楽しんでるんだろうなあ」

 暖を取るような物などないこの家で、紫苑は薄っぺらい毛布をかぶって寒さをしのごうとするが、手をこする度に、指先の冷たさが骨まで染み込んでくるのを感じる。
 大根を抱えると、ほんの少しだけその冷たさが和らぐが、またすぐに寒さが襲いかかってくる。

「晩ごはん、どうしよう……」

 紫苑が孤独を感じながら大根を抱いてたそのとき、腹の虫が鳴る。

「……うう。だめ。もう、限界」

 結局、紫苑は堪えきれず、大根をそのまま生でかじり始める。
 夜の静けさの中、彼女が大根をかじる音だけが、あたりに響き渡った。

「……はぁ。美味しいけど、なんか味気ない……」

 紫苑は咀嚼しながら、感想をぼそっとつぶやくと、ふうと息をついた。
 彼女はあいにく料理ができない。と、言っても料理スキルの問題ではなく、彼女が料理をしようとすると、どうやら貧乏神としての力が勝手に発動してしまうらしく、料理に失敗するくらいならまだいい方で、下手すればボヤ騒ぎ、最悪、火事で家を焼失なんて事態になってしまいかねない。
 実際、以前、彼女が料理しようとして、当時住んでいた家を燃やしてしまったことがあり、それ以降、女苑からは料理絶対禁止令が出ているのだ。

「あーあ。せっかくおイモさんからもらった、すずしろなのに……」

 気がつくと大根は、先っぽのヒゲだけになっていた。紫苑は咀嚼する度に、大根の甘みと辛みが口の中で交わるのを感じながら、思わず虚空を見上げ、ぽつりともらした。

「……はぁ。幸せになりたいな」

 □

 次の日も、紫苑はいつものように穣子の家を訪ねる。穣子もいつものように彼女を家の中に招き入れる。そして、昨日の大根を彼女が生で食べたことを知ると、びっくりして思わず聞き返す。

「……ええ!? あんた、あの大根、そのまま食べたの!? ウソでしょ!? あんないい大根……」
「……だって女苑の奴も帰ってこなかったし、結局、メモもどこかいっちゃったし……」

 しょぼくれた様子の紫苑を見た穣子は、思わずこめかみに手を当てて首を傾げながら告げる。

「……まったくもう。本当しょうがないわねぇ。ちょっとそこで待ってなさい」

 そう言うと穣子は、台所の方へと姿を消してしまう。ほどなくして台所の方から、何やらいいにおいが漂ってくる。

「うわぁー……。なんか、おいしそうなにおいー」

 紫苑が思わずよだれを垂らしながら、そのにおいを体の中に取り込むために、手であおぎながら鼻や口で一生懸命吸い込もうとしていると、奥から穣子が土鍋を持ってやってくる。

「……なにしてんの? 新しいパフォーマンス?」
「あ、いや……」
「ほら、これ持って帰りなさいよ」
「え……?」

 きょとんとしている紫苑の前に穣子は、その土鍋をどんと置く。どうやら、いいにおいはこの土鍋からするようだ。

「あんたさあ、今日も妹さんいないかもしれないんでしょ? また大根とかあげてもいいんだけど、せっかく美味しいやつをそのまま食べられちゃうのは、なんか癪だから、この豊穣神特製の、みぞれ鍋を持って帰って今日の夕飯にしなさい」
「えっ!? い、いいの!? これ!?」
「あ、ちょっと待って。そのままじゃ熱いわね」

 穣子は、鍋を新聞で何重にも包んで紫苑に渡す。紫苑はおずおずとその鍋を受け取る。

「わあ。あったかーい……」

 紫苑は思わず土鍋に頬ずりしようとするが、すかさず穣子が止める。
「こら! また、そんなコトしたらほっぺたやけどして鍋落とすでしょ!?」
「ア、ハイ……」
「いい? ぜっっっっっったいに!! 落とすんじゃないわよっ!?」
「う、うんっ!! が、がんばるっ!」

 真顔になって何度も頷く紫苑を見て、穣子は思わず苦笑を浮かべる。
「あ、そうそう。鍋は返せたらでいいからね? あんたのことだから多分割るでしょうし」
「わ、割らないよ! ……た、多分、おそらく、思うには……」
「期待はしないでおくわ。そんじゃ、くれぐれも気をつけて帰んのよ!」

 穣子に見送られ、紫苑は鍋を持ってそろそろとゆっくり歩きながら、家へと帰った。

 □

 いつものように空を飛ばずに、鍋を落とさないように慎重に慎重に歩いて帰ったためか、紫苑が家につく頃は日がとっぷりと暮れてしまっていた。

「ただいまー……。と、言っても女苑はいない……っと」

 紫苑が家の中に入り、鍋を床に置いて安堵のため息をついたそのときだ。

「あ、おかえりー姉さん」
「って、でたーー!?」

 突然、女苑が現れたので、紫苑は驚いて思わず尻餅をついてしまう。
「な、なによ? 人を幽霊か何かみたいに……」

 怪訝そうな表情を見せる女苑だったが、ふと、床にある鍋に気づく。
「ん? なにこれ。鍋? またゴミでも拾ってきたの?」
「ちがうちがう! おイモさんが、お土産にくれたのよ! 夜ご飯に食べてって。みぞれ鍋なんだって」
「へー。この季節にピッタリじゃない。早く食べましょうよ」
「わーい! 鍋、鍋~♪」

 さっそく二人は、鍋をかまどで温め直し、そのふたを開ける。鍋から漂うそのにおいは、冬の寒さに凍えた体を解きほぐすように、野菜の甘みと肉のうまみが混ざり合ったような深みを感じるにおいで、二人の空腹を更に加速させるものだった。

「うわぁー……。これ絶対美味しいやつ……!」

 さっそく紫苑は具を器によそうと、汁をずずっと飲む。おろし大根が溶け込んだほかほかの汁は、どうやら、おろし生姜も入っているようで、白菜の甘みと、大根の辛みに加えて生姜の鼻に抜ける刺激が、体をじんわりと内側から暖めていく。
あるいは「これ飲んで、あったまりなさいよ」という、彼女なりの優しさだろうか。

「ああっ……! おいしいっ! とろとろの白菜! 噛み応えある猪肉! シャキシャキの春菊! 出汁が染み込んだお豆腐に、長ネギ! こんなにあったかくて美味しいモノに、ありつけたのなんて、いつぶりだろぉお……っ!」

 紫苑はよほど感動したのか、思わず涙ぐみながら鍋にがっつき始める。

「ちょっと、姉さん! 気持ちはわかるけど、ちゃんと私の分も残してよ?」
「大丈夫。女苑の分もよそっといてあげるよ」
「お、さすが。わかってんじゃん」
「具は長ネギだけでいいよね?」
「ふざけんな! 他の具もよこしなさいよ!?」
「ふふん。早い者勝ちよ!」
「あ、言ったわね!? この鍋、姉さんに独り占めさせないわよ!」

 女苑は笑いながら鍋の具を奪い取り始め、そこから仁義なき具の奪い合いが始まった。しかし、その勝負は女苑の圧勝であっけなく終わる。

「どーよ。ま、当然の結果だけどねー」

 取り皿に山盛りになった具を前に女苑は、勝ち誇って言い放つ。

「……ううっ。どうしてこうなるの……。 私がもらってきたのに……」

 一方、ほぼ汁だけしか入っていない取り皿を持って紫苑は、思わずがっくりとうなだれてしまう。

「しかたないわねぇ……。まったく」

 さすがにやりすぎたと思ったのか女苑は、具を紫苑に分けてやることにした。それでもまだ女苑の方が多いが、とりあえず紫苑に笑顔が戻る。
 その後も二人はしばらくの間、雑談を交えながら鍋を楽しんでいたが、ふと、紫苑が真顔になって女苑に尋ねる。

「……ねえねえ。女苑」
「何よ。もう、具はやらないわよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なによ?」
「その。女苑ってさ。……今、幸せ?」
「は? なによ? 急に!?」
「い、いや、なんとなく聞いてみただけだけど……」

 そう言うと紫苑は、ごまかすように下を向いて、汁をすする。

「……うーん。そうねえ。幸せと言えば幸せだし……。そうじゃないと言えばそうじゃないって感じかしら。なんていうか、大勢でいるときはまあ、楽しいし幸せかもしれないけど、一人のときとかはそうでもないっていうか、なんか満たされないっていうか……」
「……はー。この汁、やっぱりおいしいなぁー……!」
「ちょっと!? 話聞いてんの!? 姉さんが聞いてきたんじゃない!?」
「あ、ご、ごめん。鍋があまりにも美味しくて……。うん、そうだよね。だって女苑には、いい男いっぱいいるもんね」

 女苑はふっと真顔になって紫苑に告げる。

「……勘違いしないでよ姉さん。アレらはみんなカモよ。あくまでも金づるだからね?」
「えー。金づるでも人と付き合いあるのはいいことだよ」
「そういう姉さんだっていい金づる見つけたじゃない」
「……へ?」
「この鍋。なかなか美味しいわよ? 素朴だけど滋味があって、飽きが来ない味ね」
「……あ。もしかしておイモさんのこと?」
「それ以外誰いんのよ」
「おイモさんは金づるなんかじゃないよ」
「違うの? じゃあ、何よ。芋づる?」
「だからちがうってば!?」
「じゃあ、どういうのよ?」
「いや、それはその……」

 と、思わず口ごもる紫苑を見て、何かを察した女苑は、半眼を向けて口元をニヤけさせて尋ねた。

「……なによ。姉さん。もしかしてイモにつられて恋愛ごっこでもしてるわけ?」

 紫苑はすかさず言い返す。

「ごっこじゃないわよ!」
「……はぁー。姉さん、人を見る目ないもんなぁー」
「そ、そんなことない……よ! 多分」
「だってさ。最近あの天人、姉さんのところに全然来なくなったじゃん?」
「うっ……」
「ぶっちゃけ、もう飽きられちゃったんじゃないの?」

 あの天人とは、比那名居天子という天人だ。彼女は先の異変で紫苑と意気投合し、一時期一緒につるんでいたが、いつの間にか姿を見せなくなっていた。もっとも、彼女は神出鬼没なのでまた、ひょこりと顔を出す可能性は十分あるが。

「で、でもさ。おイモさんは私のことをいつでも歓迎してくれるよ? 今日だって、料理ができない私のためにわざわざ鍋まで作ってくれたんだから」
「……そうねえ。それを姉さんが、途中で落とさずに家まで無事持って来れたのも含めて奇跡よね」
「よ、余計なお世話よっ! ……でもさぁ」
「何よ?」
「……最初、おイモさんがお土産にイモくれたのって、女苑が、おイモさんに取り憑いたからなんだよね?」
「まぁね……」

 と、そのとき、女苑はハッと何かに気がついたように、動きが一瞬止まる。

「……どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないわ。……そうだ。それより姉さん。せっかくだからお酒飲まない?」
「え……?」
「実は、ちょうどお土産にあるのよ。本当は一人で飲もうと思ってたけど、せっかく鍋もあるし二人で飲みましょ」

 そう言って彼女は清酒の入った一升瓶を取り出す。

「え、いいの!? やったー!」
「そうだ。鍋の具ももう少し分けてあげるわ。きっとお酒に合うから」
「ほんとう!? っていうか、もともとその鍋もらってきたの私だけど……」
「細かいことは気にしない。ほら、姉さん」

 女苑はカップを紫苑に持たせると、慣れた仕草でお酌する。
 紫苑は目をキラキラと輝かせながら、酒が注がれたカップに口を近づける。

「うわぁー! フルーティーな香り。これはきっと良い酒でしょ!」
「もちろん。私が安酒なんて持ってくるわけないでしょ? ささ、ぐぐっといっちゃって」

 紫苑はすすめられるままに、ぐいぐいと酒をのむ。

「ふあぁー! おいしーーーー! きょうはなんていいひだぁー……」

 紫苑は恍惚の表情で晩酌を楽しんでいたが、やがて、こてんと横になってしまうと、そのままいびきをかいて眠りだしてしまう。
 その様子を見た女苑は、にやっと笑みを浮かべて彼女に告げた。

「おやすみなさい。姉さん。……悪く思わないでね?」

 □

 次の日の朝になっても、夕べの深酒のせいか紫苑は起きれず、昼になっても眠りこけていた。
 そんな姉を尻目に、女苑はそっと家を出る。彼女が向かった先は穣子の家だった。

(……姉さん。ごめんね。どうしてもあいつと二人きりになって聞きたいことがあったのよ)

 彼女は穣子と二人きりになるために、わざと紫苑を二日酔いにしてダウンさせていたのだ。
 とは言っても、姉の嬉しそうな表情が見られたので、それはそれで良かったが。

「こんにちはー」
「……何よ、また来たの? って、ん? あんたは……?」
「姉さんなら二日酔いで寝込んでるわよ」
「はあ……?」

 予期せぬ来客に、怪訝そうな表情を浮かべる穣子。それに構わず女苑は、囲炉裏のそばに座り込む。
 囲炉裏の赤く燃える炎が部屋中に温かい光を投げかけ、煙はゆっくりと天井に向かってのぼっているのが見える。
 囲炉裏に転がったサツマイモが、香ばしいにおいをあたりに漂わせていた。女苑はジュリ扇を取り出すと、そのにおいをかき消してしまう。

「あ、なにすんのよ!? せっかく焼きイモの香り楽しんでたのにー!」
「だって、私の服がイモくさくなっちゃうでしょ?」
「……いったい何の用よ。言っとくけど、金目のモノなんてうちにないわよ?」
「そんなのとうの昔に知ってるわ。相変わらず辛気くさいところねえ……」
「余計なお世話よ! いったい何しに来たのよ!」

 思わず声を荒げる穣子に女苑は、からかうように尋ねる。

「ねー、イモ神さま。なんかさー。最近、うちの姉さんと仲いいみたいじゃなーい?」
「……ああ、なんか知らないけどひっきりなしに来るわねー」
「姉さんさー。イモ神さまのこと、かなぁーり気に入ってるみたいよー?」
「そうなの? それはうれしいけど、ちょっと複雑ねえ……」

 と、苦笑する穣子に、女苑は真顔になって尋ねる。

「……ふーん。それは、姉さんが貧乏神だから?」
「まあ、それもあるけど」
「それも? っていうと、他にもなにか?」

 穣子は、ふうとため息をつくとぼそりと告げる。

「……距離感よ」

 それを聞いた女苑は思わず何度も頷く。

「あー……。納得だわ。姉さん、人との距離とるの下手だもんねえ」
「多分だけど、あんたの姉さん、今までまともに人と付き合ったことないでしょ?」
「そりゃあねー。相手の方から逃げていくもん。まともに交遊できたのなんて、それこそあの天人くらいよ」
「でしょうねえ。アイツもアイツで、なかなかクセあるけど」
「しかも、それも最近は全然来なくなっちゃったし」
「あら、そうなの? もしかして嫌われちゃった?」
「……いや、多分飽きられたんだと思う」
「そっかー……。なんか色々大変そーね。あんたの姉さん」
「そりゃ、泣く子も貧する貧乏神だもの。本人がいくら幸せになりたいって思ってたって、その願いが成就することは決してないのよ。……ま、それに関しては姉さん自身も受け入れてるみたいだけど」
「幸せねえ……。あ、そうだ」

 穣子は台所に行ったかと思うと、何やら新聞を包み紙にした何かを持ってくる。

「ほら、これ姉さんと二人で食べなよ」
「……なによこれ?」
「大学芋。さっき作ったばかりなの」

 大学芋を受け取り、呆然とする女苑に穣子が尋ねる。

「ん? どうしたの?」
「……ねえ。あんたは、どうして姉さんに対してそんなに施しをするの?」
「へ?」
「……ねえ。覚えてる? 私たちが初めてこの家に来たとき、私はあんたに取り憑いて金品を巻き上げようとしたの」
「もちろん、覚えてるわよ」
「……実はあのとき私、あんたに取り憑くの失敗してたのよ。そりゃそうよね。考えてみれば、神さまが神さまに取り憑けるわけないもの。つまり、あんたは……」
「ええ、そうよ。私は私の意志であんたらに、あのイモやったのよ」
「いったいなんで? 何を目的にそんなことを? もしかして姉さんを食べ物で手なずけてるつもり?」

 矢継ぎ早に質問する女苑に、困惑した表情で頭をかきながら穣子は答える。

「……うーん。特に理由はないんだけど。……そうねえ。あえて理由を付けるとしたら、ただ、みんなに豊穣のお裾分けしたいからかしら」
「え……?」

 きょとんとする女苑に穣子が更に告げる。

「あんたの姉さんさぁ。本当に美味しそうに食べるのよね。見てるこっちもうれしくなるくらい」
「……ああ。確かに姉さん、食べるの好きだもんね。まぁ、その食いもんに、なかなかありつけないんだけど」
「ねえ。美味しいものを食べた瞬間ってさ、誰でも間違いなく幸せになれる瞬間だと思わない?」

 思わず女苑はハッとして目を見開く。穣子は話を続ける。

「例えばさ。大きな幸せが得られなくても、小さな幸せを積み重ねていけばいいんじゃないの? ま、私がしてあげられるのは、美味しいもの食べさせてあげることくらいだけど」

 そう言って笑みを浮かべた穣子の顔は、囲炉裏の火にぼんやりと照らされているせいか、いつにも増して柔和な表情に見える。
 女苑は思わずつられるように苦笑を浮かべると、心の中でつぶやいた。

(……ああ、なるほどね。姉さんが惹かれるわけだわ)

「あんたもさー。お金品ばかり追いかけてないで、それ以外の幸せとか探してみたら?」
「はいはい。余計なお世話よ。そんじゃ、私、もう帰るわ」
「はいはい。姉さんによろしくねー!」

 穣子の家を出た女苑は、家に帰る途中、ふと、ある記憶が頭によぎる。

(……小さな幸せの積み重ねねぇ。そういえば、前に聖も似たようなこと言ってたっけ。……姉さん。案外、寺で修行したら、心持ち変わるかも。……なんてね。まあ無理でしょうけど)

 □

「……うーあー。お酒飲みすぎた。それにしても女苑のやつ、あんなにがぶがぶ飲ませてくるなんて……」

 昼過ぎにようやく目を覚ました紫苑が、いつも以上に死んだような表情をして、のろのろと四つん這いになって床をはっていると、そこへ女苑が帰ってくる。

「ただいまー。……姉さん。なにしてんの? 新しいパフォーマンス?」
「あ、おかえりー。うう。………飲み過ぎてお腹が……」
「あっそ。はい、おみやげ」

 女苑は穣子の大学芋を紫苑に手渡す。それを見た紫苑は目を丸くさせて尋ねる。

「あ……! これってもしかして……!?」
「そ、イモ神さんの大学芋よ」
「女苑、おイモさんのとこ行ってたの? うわーん。ずるーい! 私も行きたかったぁ……!」
「また今度行けば良いでしょ? それより冷めないうちに食べましょうよ」
「わーい! たべよたべよー!」
「そんなはしゃいで……。子どもじゃないんだからさぁ」
「だっておイモさんの大学芋、とーってもおいしいのよ! 女苑も食べればわかるわ!」
「そうなの……? それじゃさっそく」

 女苑は苦笑しながら大学芋を口に入れる。ほどよい大きさで切られたサツマイモの、そのカリッとした表面をかむと、たちまち中から甘い蜜があふれ出し、その甘みは舌の上でふわりと溶け、幸せな気分で満たされていく。
 彼女が、ふと、脇に向けると、やはり恍惚の表情で紫苑が、大学芋をじっくりと味わっているのが見える。女苑は彼女にぽつりと告げる。
「……ねえ、姉さん」
「なによ?」
「貧乏神だからって、何でも受け身でいる必要はないわよ。自分で幸せを見つけるのも大事よ?」

 紫苑は驚いたように目を見開き、ぽつりと尋ねる。

「……だとしたらさ。私さ。今、多分、幸せなのかな……?」

 女苑は、はにかみながら答えた。

「……そうよ。姉さんは、今、きっと幸せよ」

 女苑の言葉に紫苑は微笑みを浮かべる。
 その笑みはいつもより心なしか温かみを感じるもので、それを見た女苑は意外そうに尋ねる。

「……へえ。姉さん。そんな表情もできるのね?」
「え?」
「姉さん。いまとっても幸せそうな表情よ」
「そうなの……? でも、確かにこれ食べてる間は、ほんの少しの時間だけど、本当に幸せになれる気がする」

 そう言って笑みを浮かべる紫苑に女苑は、ぼそりとつぶやく。

「そうなの。……私も何か変わらなきゃね」
「え? 何か言った?」
「なんでもないわよ。……あ、そうだ。姉さん」
「ん?」
「……あしたさぁ。一緒におイモさんの家に行かない?」

 姉の思いがけない言葉に、一瞬きょとんとした紫苑だったが、すぐに満面の笑みを浮かべて答えた。

「うん! いいよ!」

 □

  次の日、予告通りに二人は穣子の家を訪ねる。
 賑やかそうに家の中へ入ってきた二人に気づいた穣子は、一瞬驚いた表情を見せるが、二人を招き入れる。

「ちょうど今、イモ焼けたとこよ。なんならあんたらも食べてく?」
「わーい! 焼きイモー」
「……姉さん、もうイモなしじゃ生きられない体になってるんじゃないの……?」

 三人は暖かな囲炉裏の前に座り、出来たての焼き芋をじっくりと味わった。
 穣子の冗談に女苑が笑い、それを見て紫苑は微笑む。

 彼女は、ふと思う。果たしてこの幸せはいつまで続くのだろうか。
 「貧乏神は幸せになれない」それは決して抗えない運命だ。しかし、それでも彼女は願わざるをえなかった。
 どうか豊穣神との繋がりが少しでも長く続いてくれることを。
 どうかこの小さな「幸せ」が、少しでも長く続いてくれることを。

 今日の暖かさと笑顔が、明日への希望へと繋がっていく。
 外は今日も寒風が吹きすさんでいるが、家の中は、ぽかぽかとした暖かさに、いつまでも包まれているのだった。
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コメント



0.50簡易評価
1.100みやび削除
今回の穣子はいつもと違って大人に見えました。紫苑が穣子に惹かれていく理由が分かった時にはっとする女苑が良く伝わり良かったです。
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.90福哭傀のクロ削除
穣子が典型的なダメ男(女)に好かれるタイプで……と思ったけど穣子の周りって実はダメな奴しかいない……?美味しそうな匂いのする作品でした
4.90ローファル削除
紫苑が鍋を落とさずに帰れたのもきっと穣子の加護のおかげなのかな、とか考えながら読み進めました。
あたたかいお話でよきでした、面白かったです。
5.100ゆっゆっゆ削除
なんやかんや言って面倒見のいい穣子隙
そして微笑ましい紫苑と女苑好き
6.100夏後冬前削除
なんか変化球なく幸せになってる依神姉妹を初めて見たかもしれなくてほっこりしました
7.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。美味しいもの食べれたらきっと幸せです
8.100南条削除
面白かったです
穣子の豊穣神らしさと紫苑の貧乏神としての宿命が嚙み合って幸せを作っているように思えました
素晴らしかったです
10.80名前が無い程度の能力削除
幸せをひねくれずにそのまま幸せとして受け取ることのできる紫苑と女苑は意外と新鮮で見ていて幸せになりました。あと穣子の「サツマイモ五個分くらい離れて」が一番意味わかんなくて面白かったです。
11.100東ノ目削除
鍋を帰ってこない前提で渡す穣子がいくらなんでも気前良すぎだろこいつという感想だったのですが、貧乏神でも邪険にしないという心意気が貧乏神パワーで双方不幸になってしまうのを防ぐ条件なのかなと思いました。
あとサツマイモ五個分とかいう、芋を縦置きするか横に並べるかで五倍くらい変わりそうな距離感表現好き