今日の夜空は明るい。月が黄色に染まり、無数の星が白く光り輝く。所々に星が集まって天の川となっている程だ。しかし、こんなに天井が明るいと、いくら遅くても眠れない。私はどうにか寝ようと試行錯誤するも、重かった瞼が徐々に軽くなっていくだけなのだった...
軽い瞼はそうそう重くはならない。私は今、墓場で仰向けになりながらそれを実感している。瞳を閉じても、私の暗い世界に眩しさを与えてくる。何回も繰り返す内に鬱陶しくなって目を開けても、そこには綺麗なだけの星空が姿を見せるだけ。
...しかし、それでも綺麗な物は綺麗だ。眠れない中、つい夜空に見惚れてしまう。仰向けだと、夜空が視界を埋め尽くす。まるで宇宙にいるかの様な感覚になりそうだ。そんな想いに更けていたその刹那、その夜空を何かが横切る。...流れ星だった。確か願いを三回復唱したら願いが叶うんだっけ?突然だったから願いは言えなかったけど、今流れた星に願いを馳せる人もいたのだろうか?こんな考えもまた、私の想像力を豊かにさせる。
しかし、どれだけ面白い物でもいつか飽きは来てしまう。ずっと同じ角度で夜空を見てると、いつしか別のところで星を見たくなってきた。眠気も殆ど無い今、私が起き上がるのを邪魔する要素はどこにも無く、案外すんなり立ち上がる事が出来た。
「次はどこで見ようかな?」
などとそんな事を考えながら、地面に置いたままの傘を拾って歩みを進めて行くのだった。
だからといって行き先が決まっている訳でも無い。勿論星が綺麗に見える場所なんて知らないし、人里もみんな寝静まっている時間になっている。...まずは隣の命蓮寺にでも行ってみよう。
やはりみんなは寝静まっている。電気もついていなく、物音の一つすらしない。ふと闇の中に時計があったので目を凝らして見てみる。時計の針は11時を指していた。熟睡するのも納得の時間帯である。
「門も閉まっているし、もうここで見ようかな。」
そう考え、暗闇の中にあった寺の階段に腰を降ろす。空を見上げると、さっき見た星空がより輝いて見える。場所を移しただけでこんなに変わるのは意外だった。
「星が綺麗だね、小傘」
突然後ろから声がした。誰かと思い、反射的に後ろを振り向く。暗くてよく見えないが、徐々にその姿が見えてくる。五秒程経つと、闇に慣れた私の目が姿を捉えた。...その声の正体はナズーリンだった。
「こんな所でどうしたのさ。探し物?」
そんな疑問を投げかけながら、彼女は私の隣に座ってくる。
「そんなんじゃないよ。眠れないから少し散歩してるだけ。というかナズは何してるの?」
「いや、私も眠れなくてね。今日は命蓮寺で寝泊まりする予定だったけど全く眠気が来なくてさ。ほら、分かるかな?いつも寝てる布団じゃないと眠れないっていうヤツ」
「あ、ちょっと分かるかも!」
「でしょ?私いつも無縁塚で寝泊まりしてるから命蓮寺の布団なんて慣れなくてさ。それで外見たら小傘がいたから来たって訳」
「え?でもこんな時間に起きて大丈夫なの?寝る時間って決まって無かった?」
「私入門してないって」
「あ、そうじゃん」
そんな会話をしている内に、ふと目の前の星空が目に入る。ますます夜は遅くなり、星空が輝きを増していた。
「こんな空もたまには悪く無いね」
「私これのせいで寝れなかったんだけど」
「え、そうなの?」
「天井がこんな明るいと眠れないでしょ」
そう言って私達が上を見上げたその瞬間、流れ星が静かに空を駆け巡る。突然の事で焦ったが、私は願いを三回復唱する事ができた。三回復唱し終わってからすぐ、その流れ星は夜空に消えてしまった。
「突然だったね〜。小傘はちゃんと三回言えた?」
私の隣からそんな声が聞こえる。私はちゃんと言えたという事実を彼女に伝える。
「うん!ちゃんと三回言えた」
「よかったね。私も三回ギリギリだったけど言えたよ」
「お互い言えたんだね。あ、ナズはどんな願い事をしたの?教えてよ」
「え〜、やだよ。そう言う小傘はどうなのさ」
「え?私?至って普通だよ」
「具体的には何なの?」
「教えません」
「じゃあ私が言ったら言う?」
「...たぶん」
「じゃあ私言うからさ、後で言ってよ。あ、絶対だよ」
少々強引ではあるものの、私の願い事を聞くべく、彼女は口を開く。
「私の願い事は...」
彼女は少し溜めて言った。
「ご主人が宝塔を無くさないように、だよ」
「はは、なんだろう。本当にナズっぽい願い事で安心した」
「逆になんて言うと思ったの?」
「命蓮寺に住みたい、とか?」
「地味に私っぽいの何?」
「友達だから。...あ、ごめん。突然なんだけど今何時?」
「ん?今?え〜と、...あ、もうすぐ十二時だよ。もうすぐ日を跨ぐ」
彼女は時計を見て伝える。もうそんな時間なのが少し驚きだ。小一時間ずっと喋ってて飽きないのは何らかの才能を感じる。
「あ、後十秒で明日だよ」
「え?早くない?」
「どうする?一緒に数える?」
「いいじゃんそれ」
「それじゃあせーので数えようよ」
「せーの」
「3」「3」
「2」「2」
「1」「1」
そして私達は最後のカウントダウンを一緒に言う。
「0!」「0!」
そして秒針は十二時ピッタリを指す。
「...なんかこういうヤツって年明けじゃないと特別感ないね」
「まあこういうのは特別な日にやるやつだから仕方ないよ。...あ、そうそう小傘。願い事言ってよ。さっき言ってないでしょ」
「あ、言わなきゃダメ?」
「約束だから」
「分かったよ。願い事ね?」
「うん。いや〜、楽しみ!」
彼女は興味津々と言わんばかりにこっちを向き、耳を傾ける。...いざ言うとなると少し恥ずかしいが、意を決して私は口を開く。
「私の願い事は...」
少し言葉を溜め、私はその言葉を発する。
「命蓮寺のみんなとこれからも仲良くいれますように、だよ」
全ての言葉を並べ終わる。それと同時に心が軽くなった様な気がする。言えて良かった。
「良い意味で小傘らしい願いじゃん。私も安心したよ。」
「あれで安心出来るんだ」
「ちなみに小傘はどうしてその願いにしたの?」
「反射的に頭に出てきたのがこれだったから」
「いい子すぎない?尊敬できる」
「てかどうする?流石にもう寝たほうがいいかな」
時計を見ると、分針は10の数字を指していた。
「...そうだね、もう寝よっか。明日ちゃんと起きれるか心配になってきたし」
そう彼女は言葉を零し、立ち上がる。私も後に続くかのように、足元の傘を持ちながら立つ。そこで私の目に入ったのは、輝きを放つあの星空だった。
「ねえ、最後に思った事があるんだけど言っていい?」
「ん?何?小傘」
「日は変わったのにさ、空がまだ明るく無いのって少し不思議だな〜って」
そんな言葉を私は彼女に伝える。当たり前といったら当たり前だが、私にとってはかなり非現実的に思えたからだ。
「確かにそうだね。いつもは日を跨ぐ前に寝ちゃうから、一日の始まりが朝じゃないのがおかしいって考えちゃう。でも当たり前なのが更に不思議だね」
「でしょ?なんか昨日の夜空と今日の夜空が繋がっているって考えると、中々不思議だよね!」
「一日に夜は二回あるのにね」
「こういう考えも面白いね!名残惜しいけど、それじゃあまた明日会おうよ!」
「いや、今さっき日を跨いだんだから『今日』でしょ?」
「あ、そうじゃん。それじゃ、また『今日』の朝会おうね!」
「じゃあね、また『今日』会えるといいね」