「眠い」
ただこの一言に尽きる。朝がこんなに無気力なのは一体なんでだろう?夜はまぶたが風船みたいに軽いのに、朝は鉛みたいに重い。もしもこれが反対になれば、どれだけ一日が楽になるんだろう?そんなことを内心考えながらも、もう一つの私の本体である傘を片手に持ち、ふらつく足で隣の命蓮寺の本堂まで歩みを進める。
通うところが隣にあるというのはやっぱり便利だ。そのせいで少しだらけているところも有るのかもしれないが、なんだかんだ計画的に動けているので大丈夫だろう。私自身まだ命蓮寺に入信はしていないが、聖様の事はとても慕っている。というか命蓮寺の敷地内に住んでいるのだから、住み込みと言っても過言では無いのかもしれない。みんなが良く間違えるのも、今なら納得できるような気がする。
そんなことを考えているうちに本堂に着いた。門から入っていくわけでは無いので、あの声が大きい山彦の挨拶も聞こえない。軽く70dbぐらいの声は出しているので、本当に可愛い騒音被害だ。噂では人里のみんなが山彦の声で起きてるとかなんとか言ってた気が...
「おお、小傘じゃないですか。おはようございます。」
ふと前からそんな声がした。一瞬響子かと思って身構えたが、全くの別人だった。その声の正体は響子ではなく、この寺の僧侶である聖様だった。本当に心臓に悪い。
「おはようございます。聖様。...こんな朝早くからいるんですね」
「ええ、まあ私は仮にもここの僧侶。原作でも六面ボスという誇るべき称号を手に入れたのですから当然です。」
「流石聖様ですね。二面と三面のボスしかやったこと無い私にはわからないなぁ」
「いいですか小傘。これでも努力を怠ってはいけません。修行は日々の大切な時間です。次は自機キャラになれるように修行します。」
このように聖様はだいぶ厳しい。でもだからこそ命蓮寺はここまで発展して来たのだと思うと、余計聖様が輝いて見える。今の私とはほぼ正反対だ。私も少し見習うべきところが有るのかもしれない。
「しかし小傘がここに来るのは珍しいですね。何か困りごとでも?」
「うーん、悩み事と言う割には少し大袈裟なんですけど、最近眠りに付くことができないんですよ」
「夜遅くに人里で驚かしているからでは無いのですか?」
「あんなに暗くて怖い真夜中に出れるわけないでしょ!」
「それは唐傘お化けとして失格では...?」
「だってあんな暗い中を安全に歩けるわけ無いじゃん」
「案外そういう一面も有るんですね」
「てか私をどんなふうに見てるんですか?」
「ナスみたいな傘持ってる可愛い妖怪」
「最初がなければ完璧だったんだけどなー」
「まあそれはいいでしょう。本題に戻ります。あなたの悩みは『よく眠れない』ですよね?」
「はい」
「丁度いいですね。その悩み、解決できますよ」
「え?できるんですか?」
「ええ、できますよ。少し厳しいかもですが...」
なんだろう?何故かとても嫌な予感がする。筋トレではなさそうだからそこまで厳しくないはずだけど...
「いいですか、小傘。人も妖怪も疲れると早く眠りに付くことができます」
「はい」
「そして眠りに付く時間の短さは基本疲弊した量に比例します」
あれ、背筋が凍ってくる。私このあと無事生きられるの?
「つまり、長時間キツイ修行をすれば早く眠ることができるのです」
「ははは、そうですね。ところで私は一体どんな修行をするのですか?」
「よくぞ聞いてくれました。いいですか?小傘。今日は命蓮寺でマラソン大会を開く予定です。」
「え...」
「そこであなたは...そうですね、10kmほど走ればぐっすりと眠れると思います」
...終わった。何もかも。ああ、助けて神様仏様。なんで私はこんな地獄に行かなければならないのですか?
「すみません、拒否権はありますか?」
「欠席したら南無三しますよ」
「はい分かりました参加します」
「それでよろしい」
こうして私は無事眠れました。...残基は1減ったけど。