Coolier - 新生・東方創想話

あはしまは何処

2024/10/10 23:09:59
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ある週末のこと、私は枯山水が有名なお寺を訪れていました。旅行好きの両親は毎週のように旅に出ます。小学校の入学式を間近に控えた私もまた、そんな二人に連れられて日本全国を巡っていたのです。そのお寺の枯山水はテレビ番組でも盛んに取り上げられ、その喧伝のおかげか、見物にくる観光客も相当な人数でした。その混雑ぶりについて、どうやら両親は事前に情報を仕入れていたようです。人のまばらな開門直後の境内で、私は存分に枯山水を堪能することができました。

渡り廊下から眺める枯山水は、未熟な感性でも感動を覚えるほど立派な景観でした。白砂の海原に点在する立石は、昨年訪れた瀬戸内海を彷彿とさせます。その立石から同心円状に広がる砂紋は、島に打ち寄せる波でしょうか。石から離れた場所では砂がうねるように形作られています。粟島への道中で見たさざ波は、その模様とそっくりでした。視線を横に移せば、三つの石が身を寄せ合うようにして立っています。小柄な石を左右に従えた大きな石は、自信にあふれた頼りがいのある大黒柱のように見え、私は密かにその石たちを自分と両親に重ねたのです。それ以外の立石、つまり散在する他の立石に対する印象は、正直あまり残っていません。ですが目の前の光景が、それら影の薄い立石たちのおかげで成り立っていることは、当時の私でも理解することができました。

「先にいこうか」
両親に連れられて移動した先には、お寺が設置した説明版がありました。
目を通してみましたが、漢字が多くて読めたものではありません。
「ねえ、ママ。これなんて書いてあるの」と母親に訊いてみると、母親はしばしの間考える仕草を見せて「このお庭は二番目のお庭で、最初のお庭は全然違う景色だったんだって。去年行った大阪城覚えてる? あれは三番目だったけど、このお庭は二番目なの」と教えてくれました。
「枯山水の石は、日本が生まれた時の昔話を表しているの。あの大きな石が私たちの住む場所で、左の石が去年行った淡路島、右の石が四国なんだって」
「さっきいた場所と見える石の順番が変わっていることに気付いた? 実は日本が生まれたときの昔話には違いがあって。見る場所によって石の順番が変わるのは、その違いを表しているの」と、説明板に書いてあることを教えてくれたのです。
「ふーん」
言われてみれば、たしかに石の順番が違っています。先ほどは左奥に見えたはずの石が、いまは左手前に見えました。それでは、また別の場所から見れば順番が変わるのでしょうか。
「ママ、あっちから見てもいい?」
「だーめ。いまママから離れると迷子になっちゃうでしょ」
残念なことに私の好奇心は満たせそうにありませんでした。先ほどいた場所に目をやれば、押し寄せる観光客に埋もれてしまい、もう見ることができません。こればっかりは仕方がないことでした。

気が付けば、渡り廊下はたくさんの人で溢れ騒がしくなっています。
そのまま渡り廊下に立ち尽くしていると、ふと、喧騒の中に少し違う声が聞こえました。
「あはしまーどこー」
鈴が鳴るようなその声は、同じ保育園のあやちゃんとそっくりです。渡り廊下に押し寄せる人の波に目を凝らして、あやちゃんの姿を探します。でも目に入るのは大人の人ばかりで、あやちゃんどころか子どもの姿さえ見えません。それでもきょろきょろ探していると、また声が聞こえます。
「おーい。どこいっちゃったのよー」
声は、先ほどよりも大きくなっていました。けれども正面のひとだかりの中にあやちゃんはいません。右を向いても左を向いても、後ろを向いてもやっぱりいません。聞き間違いなのでしょうか。そう思った瞬間、また声が聞こえます。
「ねえ、君。あはしまのこと知らない? 私の弟なんだけど」
声は真下から聞こえました。驚いてしゃがみ込んでみると、渡り廊下を支える柱の前、つまり枯山水の上に女の子がいました。白地に赤の水玉模様のワンピースを着た女の子が、朱い瞳をこちらに向けています。
「し、しらない」
「そう。ありがとうね」
そういうと女の子は枯山水を奥へ走っていってしまいました。白い髪がぽふぽふと揺れています。
「あはしまったら、どこいったの。いい加減に出ておいで」
女の子は、白い砂に足跡を点々とつけながら枯山水を走り回っています。私はと言えば、ようやく胸のドキドキが落ち着いてきたところです。あの子はひとりで探しているのでしょうか。ほかに家族はいないのでしょうか。
「ねえママ。枯山水って歩いていいの?」
「ダメ。絶対にダメ。ここは大切な場所だから、絶対に入っちゃダメなの」
「うん、わかってる。変なこと聞いてごめんね」
それではあの女の子は悪いことをしていることになります。大人に見つかったら怒られてしまうでしょう。いまに大人の怒鳴り声が聞こえるに違いありません。
「ねえ、あはしま? ほんとうにいないの?」
けれども聞こえたのは女の子の声でした。それも、先ほどとは打って変わって悲しそうな声をしています。彼女は弟を探していると言いましたが、もしかしたらそれは強がりの嘘で、本当は自分が迷子なのかもしれません。
母親の手を強く取り、いつもより大きな声で伝えました。
「ママ。さっき下に降りてた女の子がいたよね。あの子迷子かも」
「女の子? そんな子いた?」
ところが、期待していた声は返ってきませんでした。母親は心の底から戸惑っています。どうやら母親は気が付かなかったようです。
「ねえ、あはしま!? お願いだからでてきてよ!」
女の子の、今にも泣きだしそうな声が聞こえます。にもかかわらず、周りの大人は無反応です。わたしの両親にも聞こえていないようでした。
「あはしま……どこなの……」
枯山水には小さな足跡が点々と続いています。ですが、肝心の姿が見えないのです。一体、どこに行ってしまったのでしょうか。
(そうか。石の裏側にいるんだ)
お母さんが教えてくれたことを思い出しました。この枯山水は、見る場所によって石の順番が変わるのです。つまり、場所によっては見えない部分が生まれてしまうのです。つまり、女の子は今もこの島々のどこかにいるのです。
「あはしまおねがい。でてきてよ……」
あの子の涙声が聞こえます。どうやら泣き出してしまったようです。
「あはしまぁぁぁぁ……あはしまぁぁぁぁ……」
枯山水のどこかで女の子が泣き喚いています。その声は、いますぐ傍によって抱きしめたくなるような心細い声でした。
だけど女の子の姿は見えません。石の裏でひとり泣いているのです。
「どこにいるの……わたし、あなたにあいたいの……」
「ただひとりのかぞくなんだから……おねがいでてきてよ……」
「どこにいるのあはしま……あはしま……」
「ねえ、あはしま……」
それっきり、声は聞こえなくなりました。

それからしばらくして、私たち家族は枯山水を後にしました。次の目的地は地域の博物館です。恐竜が好きなわたしのために、母親がリストアップしてくれたのでした。
やがて車が動き始めました。後部座席は車中泊仕様のままです。

あの女の子は弟を見つけられたのでしょうか。
大人たちはなぜ、女の子の声に気が付かなかったのでしょうか。
あの女の子は今も泣いているのでしょうか。

リアウインドウに顔を押し付けた私は、遠ざかるお寺と枯山水を見つめていたのでした。
瓔花ちゃんと枯山水は親和性が高い気がしたので書きました。枯山水いいですよね。

秋例の新刊に収録予定の文章ですが、個人的に気に入ったのでこちらにも投稿です。
よー
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