Coolier - 新生・東方創想話

夜雨に惑えば

2024/09/13 20:56:11
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或る雨の夜のことだった。

「……冷えるわね」

障子戸を僅かに開いて外を見やる。
朧なりや月灯りが僅かに射していた。
銀の仄明りに浮かぶはしとしとと降り続ける雨と、夜露に濡れる境内。
……初冬に夜の氷雨とは、これまた乙なものだ。
とはいえ外から入り込んできた寒気は中々に厳しい。いつまでも風流を愉しむでもなかろう。
呼気が僅かに白むのを見て、少女は「おお寒」と独り言ちつつ障子を閉める。
他者から見たら「そりゃ寒かろう」と呼ばわれる、肩と腋の露出した専用の巫女衣装。その上に、いまは野暮ったい縕袍を羽織っている少女。
部屋の主である彼女の名前は博麗霊夢という。

……綴じた部屋には彼女独りのみ。

最近では、とてもめずらしいことだ。
昼夜を問わず誰かしらかがこの部屋で騒ぎを起こしているのがいつしか日常となっていた。
鬼に妖怪、妖精、吸血鬼。
どれも友人と呼んで差し支えない連中なのだろうか。
霊夢は、その辺りの境目が未だよく解っていない。
すくなくとも、「私は友人だ」と自己申告してくる相手は友人だと胸を張って言えるのだが。
白黒魔法使いと人形使いにメイドに妖怪山の巫女あたりからはされているので間違いない。
その他奴儕について確認したことはないが、まあ何かと此方に纏わり付いてくるのだ。少なくとも悪印象は抱いていまい……体の良い集会所にされているような気もするが。

「…………くちん」

鼻をすすった。
ちょっと寒さが厳しいかもしれぬ。
てふてふと歩み、ついこないだ出したばかりの炬燵に潜り込む。
途端、ふわりとした暖かさに包まれた。
嗚呼、幸せのぬくもり。
縕袍と備え付けの櫓炬燵さえあれば、万難排し冬将軍を迎撃できよう……おっと、火鉢も欲しいわね。お茶を沸かすのに楽だし、お餅も焼きたいし。
そろそろ物置から引っ張り出してこようかな……等と思いつつ、急須から湯気を忘れたお茶を注ぐ。
ぬるめのお茶で更にしあわせ。
ほう、と息を吐いた。
……まだ部屋の中にまでは白息吹を呼ぶ寒太郞は攻め込んできていないようだ。

――今夜は独り。

炬燵の中に丸まっている狛犬も、櫓の熾火を眺める狂える居候妖精もいない。
皆で三バ……三妖精の家? に、お泊まりなのだそうだ。
仲良きことは良き哉、良き哉。可愛らしい友情の芽生え、大いに結構なことである。
その基点が自分であることなどちっとも自覚していない霊夢であった。
その他諸々、今夜は尋ね人がいない。
然もあらん。これだけ寒けりゃ家で炬燵で丸くなりたくなるのは当然至極。
霊夢自身、それを楽しんでいる真っ最中だ。

「そうそう、こういう静かな夜もたまには欲しいのよ」

……喧騒に包まれる日常は、存外悪くないことを識った。
だけどこうしてひとり、静かにのんびりしたいこともある。
それこそ数年前くらいの自分はずっとそうであったのだから。

「……あの夜からよねえ」

――紅い霧の夜。
あの吸血鬼はちょくちょくあの夜のことを“運命の夜”と大袈裟に云う。
あの子に謂わせればまぁそうなのだろう。やや大袈裟に過ぎるとは想うが。
だけど……きっと、博麗霊夢にとってもあの夜は何かが変わった契機であったのだろう。
だってあの日あの夜から異変は止むことなく続くようになり、それに伴い毎日が玩具箱をひっくり返したように忙しくなった。
最初は戸惑っていたけれど、慣れれば案外悪くない。
そう思えるようになったのも、そのこころの有り様も、みんなあの夜からのことなのだ。

「……やあねえ」

少しだけ、頬に朱が灯るのを自覚する。
こんなときでも想ってしまうのが止められない。
これもあの夜が切っ掛けのことだ。
まさか自分が、ねえ……。
感情の起伏は少ない方だと自認していた。
だがそれは、他者と密に蜜に接していないだけだったのだ。

「くそ……モヤるなあ」

口角を僅かに上げつつ、一人静かの夜を自覚して、最初に湧き立つのが恋心かよと、露悪的に舌打ちする。もうちょっとこう……詩的な物思いに耽るとかメランコリックぽさ、アンニュイ加減を楽しむとか、静かに本の頁を捲り出すとかあるだろうに。
まあ、仕方がない。
自分の中の感情に折り合いを付けることは出来ていた。
それこそ色々あったから。
そして、そのイロイロの行く末に、アイデンティティのかなりの割合“そっち”に割り振られてしまっていることに驚いている。
これが恋ってヤツなのだろうか。
やったことのないことだから、未だに解らない。
目に入ったあらゆる事象を己の技巧に変えてしまう、天才巫女にあるまじきことだ。
まったくまったく、折角独りの夜を愉しもうと思った矢先にコレはちょっと頂けない。
これじゃあまるで、盲の如く、乙女の如く惚れ燃え上がっているようではないか。
博麗霊夢とは、そういうキャラではないのだぞ。

「……本でも読もうかな」

何かから逃げるように呟くが、しかし興味の食指が動かない。
この感情のまま読書に逃げても目が滑ってしまうのが解るから。
少し、焦る。
感情の抑えをするにはどうすればいいか――。

「そうだ、お湯でも沸かそうか」

……お、これなら身体が動く。
さしもの恋心もお茶好き習性には叶わないらしい。
まるで自分の身体を第三者が覗くように、操作するように“こなす”
弾幕ごっこの時、異変解決の時、霊夢は自らこの状態へと至る。
世界を俯瞰して視やる眼。巫女的に言えば神懸かりとでも云うべきだろうか。しかし三昧の境地とも、無念無想とも、覚りとも似て非成るものである。
有り体に言えば戦闘モードだ。
……こうでもしないとこの煩いから逃げられないというのは実に厄介極まりない。
……告白すると、あの吸血鬼とやりとりするときは大体こんな感じで過ごす。
よく誰彼からセメントだとか塩対応だとか揶揄されるが、それこそ心の素直に従ったらどうなることやら。だって、あの子がグイグイ猛烈に推してくるのにこっちまで同じで返したらどうなってしまうのか。想像するだに怖ろしい。
ただでさえ、破裂しそうな心臓は保ちが悪いし、目眩で立っていられなかったことだってある。
おそろしいことだ。
恋するだけで身体が変調をきたすだなんて、誰にも教わらなかった。それも概ねデバッファーな方面に働くとはこれ如何に。
だけど、ある種の困難を迎えたとき、無限の力を産み出すこともある。
とかく、こころとは解らぬものだ。
それこそを専門にしている白黒魔法使いにいつか教鞭を振るってやりたい。まあ、おそらくその機会はなかろうけれど。
土間に降りて薬缶を手にしてから火を熾した。
寒々しい空間で足と足とを擦り合わせながら、竈から熾きる炎の暖に手を翳す。

「ふう、寒い」

火照り気味の頭を冷やすにゃ丁度良い。
まったく、簡単なことですぐ燃える。自制は出来ているけれど、こういう独りの夜は特に危険のようだわ。霊夢は新たに学習した。
……単純に「さみしい」という単語を使わないのがじつに“らしい”巫女であった。
薬缶が笛を吹いたところで竈から取り上げ、居間へと戻る木戸を開ける。
冷えた空気ですっかりこころも落ち着いた。
さて、今度こそ読みかけの小説を――。

「れいむっ、こんばんは。お邪魔してるわよ」

炬燵にひとりのおんなのこ。
霊夢よりもずっと年下に見えて、中身は四百齢を超えよう大妖怪。
紅魔館に棲み着く悪魔、それそのひとがいた。
可愛らしいリボンの装飾が成された白いドレスに白い夜帽、紅い瞳と帽子からこぼれる青銀のくせっ毛、そして背中に蝙蝠羽根。
……アチャー……。
なんとも形容できない来客の御登場であった。
こんな雨の夜なのに、どうして来たもんだか。
紅魔館で一波乱起きているのではないかとか、とはいえ行く先を黙っているほどこの子も無茶はしないだろうとか、そんなことをいっぺんに計算しながら土間への木戸を閉めた。
さてこの同時に湧き上がった喜気と残念とをどう処理すれば良いものか。
霊夢は努めて表情を創らず「あら来たの」とだけ返す。

「御挨拶ねえ、良人が訪ねてきたのにそれ?」
「今夜は独り静かに読書でも楽しもうと思っていたのよ」
「へえ……何読んでいるの?」
「前話さなかったっけ? Qの新作よ」
「……ああ、楽しみにしていたヤツね」
「そうそう」

そんな会話をしつつ、自分がさっきまで座っていた炬燵の居場所に陣取っている吸血幼女の背中に覆い被さるように、座る。
そのまま、強めに抱きしめた。情熱を少しだけ、籠める。
びくっと、大きく痙攣するのが愛らしい。
身体を暴く衝動を堪え、小さな背中を自分へと優しく引き寄せ密着させた……冷たい。それにしっとりと濡れている。
帽子を取って、青みがかった銀のくせっ毛までもが濡れていないか髪を指で漉く。ふわふわとした髪質だけが返ってくるので、二、三とそれを繰り返した。
霊夢は指に戻るこの感触が大好きだった。

「ほんとう、無理してまで来なくて良いのに」
「無理なんてしていないよ」
「そんなら良いのだけれども」

概ねいつもどおりな会話を交わしたら、静かな時間が戻ってくる。

「……お茶飲む?」
「うん」

そしてまた、沈黙。
心地よい静寂をお互い楽しんでいるのが解る時間。
おなかのあたりでもそもそと動く可愛らしい所作。
そうそう、これも幸せのぬくもりね。
丸卓の上に載せた薬缶から急須に熱湯を注ぎ、二、三回してから吸血鬼用の湯飲みにお茶を注ぐ。

「熱いから気をつけて」
「うん」

ふうふうと息を吹きかけて、それからおっかなびっくり、ゆるりと唇を湯飲みに当て、やがてこくこくと喉を動かしお茶を啄むように飲む幼女。
……だめだ、注目していると、にやけるのを我慢できなくなりそうだ。
霊夢は自分の湯飲みにもお茶を注ぎ、それから卓の少し離れた処に置かれた煎餅袋を指で引っ掛け手前に寄せた。

「館の皆には言伝なりしているのでしょうね」
「勿論よ」
「なら、いいわ」

言葉終わりに背を預けてくる感触。
素直なままに受け入れて、お腹の辺りを抱きかかえた。
上機嫌な御様子が、背中越しからも伝わってくるのが愛らしい。

「……霊夢、わたしがきて、嬉しい?」
「そういうこと聞くのはらしからんわね」
「……そうかな?」
「そうよ」

「そうかなあ……」ともう一度疑問符を浮かべて傾げる頭を撫でてやる。
まるで猫のように、ゴロゴロと喉でも慣らしかねない雰囲気で甘えてきた。
あんまり濡れていたら手拭いでもと思っていたが、くっついているうちに乾いてきたようだ。そんならこのままでも良いだろう。
どうせその内脱ぐのだ。
嗚呼、炬燵は偉大也や。

「おせんべ、たべていい?」
「いいよ」
「割ってくれる?」
「……いいよ」

紙袋の中にある煎餅を四つほどに割ってから、粉を払って取りだし渡す。
ぶきっちょなのか、甘えんぼなのか、はたまた両方を兼ね添える悪魔は手渡されたそれをぱくりと一口。それからポリポリと口の中で音立てさせる。

「翼、窮屈じゃない?」
「ううん、だいじょうぶ」

こうして背中から抱き合っているとき、一番厄介なのが翼である。
畳んでも畳みきれずにゴワゴワする。だから思いっきり左右に拡げさせ、その合間に身体を入れた方がしっくりする。
この子はそんなことも踏まえ、背中から抱かれるのが好きらしい。
霊夢も湯たんぽ代わりに抱きかかえるのが好きだったので、丁度良い。
煎餅を食べる悪魔の髪を漉く。
ぽりぽり口から音立てつつも、うっとりとした風に受け入れる悪魔。
……とろんとした時間が過ぎていく。

「……フランドールの部屋を最近訪ねた?」
「ええ、何日か前に。だけどお出かけしていたのよね。最近は、外を彷徨くことも多くなったようねえ」
「……帰ってきたとき、とても残念がっていたわ。元々行きたくなかった用事らしくて」
「ふうん……いいんじゃないの?」
「あら、どうして?」
「したくないことをするくらい、大事な用事だったのでしょう? 姉や私よりも優先するほどに。そんな事柄ができたのは、きっと良い事よ」
「そうかな? 霊夢がいるって解ったらそっちを優先したかも」
「どうかねえ……ま、また近いうちに訪ねる事にするわ。読み聞かせの約束があるしね」
「そうして頂戴。絶対喜ぶから」

なんとも愛らしいことだ。
霊夢は口元の笑みを悟られないようにしつつ、ふわふわの髪に頬摺りする。
……腕の中の小さな悪魔が嬉しそうに身を捩った。
そしてふたたび訪れるは心地よい静寂……否、障子の向こうからの音に、さあさあと木々の揺れが聞こえ始めてきた。
どうやら雨足が僅かに強まったようだ。

「……まだ寝ないの?」
「うーん、そうねえ……」

そう切り出すということは、やはり泊まるつもりなのだろう。
……隣の部屋に火鉢を出しておくべきだったか。
人気の無い寝室は、寒太郞の遊び場になっていることだろうから。
この子の宣う通り、さっさと布団に篭もるのも、まあアリだろう。
折角やってきた筈の、独り夜を満喫する機会はまた今度の楽しみとしておこう。

「それじゃあ布団でも敷くかねえ」
「炬燵でこのまま寝ても良いじゃない」
「だあめ、火事になったらどうするのよ。それに……最近入り浸るようになった連中に真似されたら厄介だわ」
「ふうん……自分のためってより、そのため?」
「そんなとこ」
「霊夢は優しいね」
「そんなことないわよ。ただ、危ないこと、いけないことを教えるのは大事だわ。妖精にも、妖怪にも……吸血鬼にもね」
「人間はよわっちいものねえ」
「そうよ、脆いものなの……大事にしなさいね」
「あら、霊夢はとびきり大事にしているよ」
「どうだか」

苦笑し、腰を浮かそうとしたら手首を捕まれる。
――やれやれ。
嘆息しつつ、その手を優しく払おうとするが……拒まれた。

「此処で良いじゃない」
「駄目よ、さっきも言ったでしょ、危ないし、それに風邪ひいちゃうかも。ちゃんと暖まるには布団が良いのよ」
「此処が良い」
「我が儘が通用するのは紅魔館だけよ、お嬢さん」
「ほんとうに?」

言うが早いか押し倒される。
器用なことだ、ついさっきまで背中から抱きしめていたはずなのに、霊夢の胡座の中で身体を半回転させそのまま押し倒すとは。中々の体術。
黒髪がふわりと畳に拡がる。炬燵布団に隠れたままに二つの人影が重なった。

「……ね? 此処で良いでしょう?」

耳元で囁きかける、ねとりとした声。
鼓膜に粘り着いてしばし取れない類のものだ。
そのまま、甘い吐息まで聞かせてくれる。
霊夢は――上に乗っかる吸血鬼の背中を優しく二、三と叩いてみせた。
……同意の意味ではない。
が、向こうはそう思わなかったようだ。
巫女服の胸元に手を掛けられ少しばかり乱暴に引っ張られると、緩ませておいた黄色の襟締が解けていき、胸元が僅かばかり覗く。
炬燵布団の作った天蓋の下、紅い目がぎらりと光った。
情欲に燃える瞳。
霊夢は小さく嘆息する。

「欲しいのは、どっち?」
「――え?」
「どっちって聞いたのよ」
「……よくわからない」
「血? それともからだ?」

……ぎらつく紅い眼が急速に冷静さを取り戻していくように見えた。
霊夢は――穏やかに微笑み見上げたままだ。
どれほどその体勢でいたろうか。
先の濡れた興奮に塗れた声と同じものと思えないほどか細い声が聞こえる。

「……わかんない」
「そう……良い子ね、“フランドール”。あんたになら、どっちをあげても良いのだけれど」

紅い目が、丸くなる。

「気付いて――」
「最初っからね。それ、魔法? 変装にしちゃできすぎよね」
「……ディスガイズっていうの」
「へえー」

逃げようと、離れようとする“悪魔の妹”の身体の気配。霊夢は素早くその腰を抱き止め、びくりと動きの止まった肩を掴んで抱き寄せた。
一瞬身を捩るが、腕の中の悪魔はすぐに大人しくなる。

「……怒ってる?」
「ん? 全然? っていうか、なんで?」
「だって……お姉様の姿でなんて」
「私を本気で騙せるとでも思っていたの?」
「……」
「ふふ、まぁその沈黙で許してあげるわ……それよかさっき聞いた言伝ってのは大丈夫でしょうねえ?」
「うん、大丈夫。最近は勝手に出歩けるもの。ううん、元からそうだったもん。ただ、そうしなかっただけ」

抱きしめていた身体を離すと炬燵布団の暗闇の中でもこぼれる金の髪の河が流れ落ちていくのを感じる。優しく髪を撫で、背中を優しく摩ってやれば、薄暗闇の中、無邪気な笑みを少しだけ陰らせた悪魔の妹の相貌があった。
……反省中なのだろうか、借りてきた猫のように大人しい。
ずっとこうなら本当に可愛いのだけれども。
否、それは無情か。

「霊夢が来たって、でも帰ったって聞いたから……」
「ああ、それは悪い事したわねえ……あー、でも、今夜は弾幕ごっこには付き合わないわよ。もう眠いし。寝て、起きたら、遊んであげる」
「……ねえ、本当に最初っからわかったの?」
「質問に質問を返すようで悪いけど、どうしてあんなにレミリアの真似が上手いのよ。蜜事を、それも正確に」
「……」

しまった、という顔をするフランドールに霊夢は不敵な笑みを見せる。

「――あいつめ、あんたに自慢したのか」
「違うわ、私が無理矢理聞き出したの。お姉様を怒らないで」
「はあ」
「……気になったんだもん」
「だからってまあ……大胆な犯行ねえ……万が一、私が気付かなかったらどうしていたのよ」
「それは……」

言葉を澱ませるフランドールに霊夢は笑う。

「フランドール、あんたは良い子だわ。あの時も、私を助けてくれた……さっきも言ったけど、あんたが望むなら望むままをされても良いくらいに恩義を感じている」
「…………」
「だけど、コレは違うって自分で気付けたのね。偉いわ」
「……人間のくせにナマイキよ」

霊夢の言葉を受け、不満そうにするフランドールの顔を見て苦笑する。
流石に無粋に過ぎる物言いであったか。
どうにもこの子を前にすると格好を付けられない。レミリアの妹だからなのだろうか?
なにか、他の子達とはまた違う、言い知れぬ感情を抱いているのやもしれぬ。

「悔しい」
「なにが?」
「あっさり気付かれたこと。すごく練習したのに」
「ふふ、あんたが練習したのは完璧に真似ることだけでしょう?」
「そりゃそうよ」
「あんたがいつもの侭で迫ったら、もしかしたら騙されたかもね」
「ええ……?」
「魔法だけじゃ私は堕とせないってこと。それに……」
「それに?」
「さっきの答えを言い淀むようじゃ、あんたにゃ無理よ」

ふくれっ面を見せるフランドール。
だが、すぐに楽しげな表情へと変わる。負けたことを楽しめるようになったのは何よりだ。この子も成長しているのだろう。
そしてこの子の愛らしさは、やはり笑顔が一番だと思う。
……まあ、妖艶も身に纏えるのは識っているけれども。

「……やっぱり駄目ね、お姉様がもしか哀しんだら嫌だって思っちゃった……あ、これ、お姉様にはぜったい内緒よ?」
「素直じゃないわねえ……」
「それは、あんただって!」
「あらあら、お言葉を返しますけど私は最近すっごく素直よ? なんせフランドール師匠の教えに従っているもの……そう自慢しなかったの? あんたのお姉ちゃんは」
「…………霊夢が意地悪だわ」
「ふふふ……」

しばし抱き合う。
正体の割れた悪魔からはクランベリーの甘い匂いが仄かに香る。
一目で疑い、最初に抱きついたときの、新鮮な反応で確信したとは云わないでおこう。学習されたら厄介だ。
それと、口の軽い悪魔のおうさまには後で軽くお仕置きせねばならぬだろう。怒らないでといわれたから怒りはしないが、それ相応の罰は与えねば。

「……ねえ、本当に此処で寝たら駄目?」
「随分執着するのねえ」
「だって、珍しくって」
「あー……そっか、あんたのとこはストーブだものねえ……しょうがないなあ……起きてる間は、良いよ。だけど眠ったら布団に運ぶからね」
「それは私もそうしたほうがいい?」
「ふふ、そうね、そうしてちょうだい」

そのまま沈黙。
……やがて、炬燵布団の闇の中、紅い瞳を燦めかせるフランドールが、おずおずとくちびるを近づけてきた。
霊夢は……少しだけ躊躇してから、頚をさしだ――そうとしたところで、障子戸がすぱぁんと開く。

「ああ、すっかり濡れちゃった。ねえ霊夢、もしかして此処に妹がきていないかしら?」

……流石にぎょっとした。

なんというタイミングだろうか。
思わず「コレは違う」とか、喉元まで出かかった言葉を呑み込むのと同時、生涯体験することないだろう筈の状況と体験に思わず笑ってしまう。
炬燵布団から頭を出して、応えてやる。

「ああ、レミリア。いるわよ此処に」
「ちょ……霊夢!?」
「あらお姉様、野暮はお止しになって? もう、無粋なんだから」

フランドールが続いて顔を出して霊夢の首筋に縋り付く……牙を立てているわけではないが。
悪魔の王はというと、しばし眼下の状況に口をぱくぱくとさせた後……少しだけ考え、そして――

「れ、霊夢のうわきものー!」

と、宣った。

「ええ……まさかあんたにそう言われるとは思わなかった」
「そうよねえ、自分は好き勝手しているくせに」
「ちょっとフラン! まさかあんた、霊夢を横取りしようとしたんじゃないでしょうねえ!」
「しようと、っていうかしたのよ、お姉様。霊夢は私になら血も身体も差し出せるって言ったもの」

……私の吸血鬼は本当に可愛い。
混乱した状況になにをどうすればいいのかも解らないのか、その場で地団駄踏み始めた。
余程慌てていたのだろう、傘も差さずに飛んできたと解る格好で。

「こ、こ、このどろぼうねこ!」
「あーら、それは此方の台詞よお姉様。霊夢に目を付けたのは私の方が先だもん」
「嘘おっしゃい! 私の方が先だったもん!」
「もんもんうるさいもん……ああ、もう、レミリア。服脱いであんたもおいで、ほら」
炬燵布団を開いて手招き。
悪魔の王は、明らかに顔を渋くさせているも、口角が緩むのを我慢できないようだ。
「まあ、霊夢がそこまでいうなら……」とかいって、白のドレスを脱ぎ散らかしながら潜り込んできた。
肌着だけの姿となった良人の手首を掴んで引き寄せ、ぎゅうっと抱きしめ髪をもしゃもしゃ撫で回す。

「そうそう、この感触よねえ」
「あわわ……なんなのよ、もう……」

霊夢はふたたび炬燵布団の住人となり、来訪者を迎え入れる。
しっくりくるこの抱き心地と、指に纏わり付くくせっ毛の感触。

どうあろうと間違うはずがないものだ。

優しく撫で繰り回していると、やがて怒っている風を装っていた吸血鬼の、懸命にいからせている身体がふにゃふにゃになっていく。
身体の柔さと共に声にも柔らかさが戻ってきた。
巫女の右手には悪魔の妹、左手には悪魔の王が載っかった状態。
そこで姉妹はいつもの調子で言葉を交わし始めた。

「……フラン、あんた心配したんだからね?」
「心配で、真っ先に此処に来る辺り、お姉様も大概よねえ」
「なんだとコイツ……」
「書き置きはのこしたでしょう?」
「“ちょっとおでかけします”は書き置きとはいわないわよ」
「もう、子供扱いばっかりするんだから」
「あんたは子供でしょうが」

……可愛らしいことこの上ない。
咲夜が幸せそうに働いているのが少し理解できてしまう。
まあ、毎日こんなじゃ身体が保たないだろうけど。

「……ちょっと、私の上でいつまで喧嘩してるのよ」
「「あら、原因は霊夢なのよ?」」

おや、藪蛇か。
風向きを変えてしまった。

「……私が原因って言われてもなあ、どうせいっちゅうのよ」
「「私達を満足させるべきだわ」」

この姉妹、古明地のアレでも無いのに打ち合わせなく呼吸ピタリと責めてくる。

「ねえ、明日もあるし、そろそろ寝たいのだけど」

無駄だとは解っていても、一応は、保険を掛ける。
――だが。

「ねえお姉様、妙案が浮かんだわ」
「あら妹よ、私も良いアイデアが浮かんだよ」
「それって絶対私には嬉しくないことよね……」
「「わかってるじゃない」」

――やれやれ。
もしかしたら、自分に独りの夜を過ごせる日は来ないのではあるまいか。
仲良く頚に縋り付いてくる二つの悪魔を迎え入れつつ、霊夢は二人によぉく聞こえるように大きな溜息を吐いてやった。

「悪魔を鎮めるのもいちおう巫女の役割といっていいのかねえ……」
「「がんばってね?」」

おわり
気軽に書いたやおい噺です
但し自分の二次創作は関係性が進展したままなので、此処から読むと混乱するかもしれません
まあ、レミ霊レミ霊レミ霊……と唱えながら読めば概ね大丈夫です
いいねと感想ありがとうございます
とても励みになり、また新たな気付きがあります
まんぼ
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フランがかわいらしくてよかったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
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