レーム氏は困っていた。
いや、概ねいつも困ってはいるのだ。
しかし、今は元来の困窮とは種別の違う困りごとだった。いや、元を辿れば本来の困りごとに行き着くのではあるが、いまは目先の事に集中して困っていたのだ。
「さてはて、どうしたものだろうか」
今日何度目かになる、ひとりごと。
苦しいときの神頼みとは言うが、今は、どの神様にも頼れそうな気配がない。そんなことができるレーム氏の職能は、巫女だった。いまは、博麗神社という社に住み込みで働いている。
強く、颯爽として、里の皆から一目置かれる異能のひと。
それがレーム氏の評判だったのだが、最近、事情が変わってきていた。
「おのれ、いまいましいM神社め」
レーム氏が独り呟いたその時、声がかかった。
「ごめんください」
「や、何者だ」
唐突に声がかったので、思わず緊張してしまう。
咄嗟に身構えたからか、訪問者はやや驚いた様子を見せる。レーム氏はあわてて営業スマイルを作って見せた。
「すいません、此方は博麗神社ではないのでしょうか」
「あ、お客様でしたか、いらっしゃい。素敵なお賽銭はそちらですよ」
訪問者は、人懐こい笑みを浮かべつつ首を振った。
「あいすいません、私、客ではないのです。どちらかと言えばその逆でして」
その返答に、レーム氏は手と一緒に首を振る。
「なんだ、客じゃないのか。だったら帰ってくれない? 今は余裕がないの。いろいろと」
「ええ、ええ、存じあげております。M神社との客引き合戦のことでございましょう」
訪問者の張り付けたような人懐こい笑顔に、レーム氏は身を乗り出した。
「なによ、なんであんたがしっているの」
「蛇の道は蛇と申しますか、それは企業秘密でございます。それよりも、今お客様がお困りになっているのは、神社の集客競争に勝つためのメーンイベントでございましょう」
レーム氏は図星を突かれて言葉を失った。
順風満帆であった神社の営業だったのに、急に現れた新興勢力。向こう遠くの妖怪の山に築かれたM神社。それのお陰でレーム氏の神社は客を奪われた形になってしまったのだ。
「むむむ……」
「お客様、わたくし、お客様のお力添えができればと思って参じたのです。失礼ながら、此方の神社、歴史はあれど、見栄えの方は如何ともしがたい差が明白かと」
「確かにその通りだけど、そこまではっきり言われると腹が立つなあ」
「大変申し訳ございません。しかしながら、問題をしっかり提示させていただいたのでございます」
レーム氏の住む博麗神社は古いだけが自慢の、小さく、人気も少なく、おまけに里からかなりの距離で、そこへ向かおうには多少の危険を伴う道を通る必要があった。
対し、M神社は索道なる、山から麓まで通った導線を伝って動く車に乗って山の上の景色を楽しみつつ気楽に通え、辿り着いた神社は煌びやかで風光明媚、御威光もありがたい大神様が御自ら姿を顕して教えを説くというのだからたまらない。
いかに、巫女の質の差で圧勝とはいっても、このままでは勝負にならぬ。
「そこまでいうからには、何か良い話なのでしょうね」
「勿論です。わたくし、お客様に当社のイベントリースを御提案しに参りました」
「なによ、それは」
レーム氏が興味を示すと、訪問者は手にしていた鞄からパンフレットを取り出す。
「此方が当社自慢のイベントアトラクションでございます」
なにやら楽しげなパンフレットには、「UFOアトラクション☆」と大きく書かれた文字。さらには大がかりな仕掛けにみえるイベントホールと、円形のお皿のような乗り物と、円柱状の光に浮かぶ楽しげな子供達の絵が載っている。
レーム氏は見るだに楽しげな絵と紹介に身を乗り出した。
「これは、なんだかすごそうじゃない。もっと詳細をおしえてよ」
「勿論です。お客様のお力になるために参りましたのですから。先ずは、索道とかいうインチキ乗り物への対抗手段からです」
訪問者は、パンフレットのページを捲り見開きを示す。
其処に描かれているのは表紙の一部にも描かれていた、円柱状の光に浮かびお皿型の乗り物へと吸い込まれていく子供達の絵であった。
タイトルには、「アブダクション!」と書かれている。
「これは、里の子供達をトラクタービームで吸い上げ、UFOに乗せる仕組みです」
「ほうほう、とらくたーびーむ、というのがこの輪っかの光なのかな」
「お客様、さすが、察しがよろしい。この光でUFO……それが、この皿状の乗り物です。これに乗り込ませ、それぴゅーんっと、この博麗神社まで運ぶのです」
レーム氏は楽しげにUFOに乗り込む子供達を想像して興奮を隠せない。
しかし、少し考えてから眉を顰める。
「これはその、いわゆる誘拐ではないの」
「滅相もない、そのあたり、しろうとはすぐに騒ぎ出してしまいます。良いですか? ここで、子供を連れ去るのが重要です。連れ去った子供は、次のアトラクションに乗って、さらわれた、だなんて都合の悪いことなんてすっかり忘れてしまいます」
次のアトラクションまで用意してあるのか、なるほど。
多少無理に連れてきても、楽しければまあ、なんとか許して貰えるだろう。それも、子供ならビックリさせて楽しませる仕掛けだとでも言えば充分ごまかせるわけか。
レーム氏はひとまず納得するが、その前にもう一言付け加えた。
「そこはまあいいとして、こんな大それた仕掛けを私は使えないわ」
「ご安心くださいお客様、仕掛けは全て自動で動きますし、これらは全てリースでございます。つまり、貸し付け。お客様がにっくきライバル神社の人気を蹴落とすまで存分にご利用くださいませ」
なんという美味い話だ。
だが、どうしたってこれだけの仕掛けだ、レーム氏は肝心要のことを聞いておく。
「でも、お高いのでしょう」
すると、訪問者は周囲を気にしながら耳打ちしてくる。
まるで誰にも聞かれたくないようなふいんき。レーム氏は合わせて耳を傾けた。
「実は私どもも、かのMめの台頭には不都合のある立場でして、対抗馬となる此方の神社に味方して上手いこと奴等を弱らせようという考えなのです」
「なあるほど、美味い話と思ったら、そういう裏があったのね」
「信用していただけましたでしょうか」
「良いわ、話を続けて頂戴」
訪問者はにっこり頷き次のページをめくる。
そこには、楽しげにUFOに乗っている子供達の絵があった。題名は、そのまんま、「UFOドライブ」だ。
「UFOで連れてくると言いましたが、それだけではありません。このUFO、子供達の意志一つで自由自在に飛び回れるのでございます。まさに自由飛行体験。自分達が連れ去られたなんてことはすっかり忘れ去り、夢中になって青空を満喫することでしょう」
「それはすごいね」
「当社自慢の乗り物でございます」
これは凄い、いよいよレーム氏は興奮を隠せず続きを促す。
訪問者は、にこにこしながら次のページを捲る。そこには、大型イベントホールの内部で楽しげに食事をしている子供達の絵。それから、壁一面に映るなにやら楽しげな絵。
「これは、キャトったミューティんぐ会場です。無料の食事配給と、映画鑑賞会を此方のホールで行うというものです。食事の提供は、此方で御用意致しますのでご安心ください」
「キャトったミューティんぐってなに?」
「ただ食事会というのは面白くないので。まあ、様式美だとでも思ってください。さておき、用意するのはたっぷりの牛肉です。バーベキューで美味しく頂いて貰います」
「へえ……美味しそうね」
楽しいアトラクションに無料の食事、そこまで用意されてから神社への誘導をするだけとは、なんと素晴らしいサービスだろうか。
レーム氏はすっかり感心し、契約することにした。
「よし、決めたわ。これがいくらか教えて頂戴」
「ありがとうございます。此方が契約書でございます。此方の契約に一筆貰えましたら早速御用意致します」
「いや、だから、いくら?」
お金を用意しなければならないので、レーム氏が食い下がる。すると訪問者は、にこにこと微笑みながら、仕方なさそうにこう言った。
「ええと、無料でございます。先程申しました通り、これは此方にも得な話なので」
「いや、いくらなんでもそれはないでしょうよ。あんた、なんか隠してはいないわよね」
「何も隠してはいませんよ。里の大人達がこぞって博麗神社を訪れる、素晴らしいサービスを御提供いたします」
いぶかしむレーム氏は、そこでふと気が付いた。
「ん? 里の大人達? まあそれは、そうだけど。それじゃあUFOに乗って、美味しいごはんを食べている子供達は?」
「それは勿論、私どもが美味しくいただきます。なにしろアブダクションしていますので、最後までしっかり再現しなけれ……ぬぇぇぇぇん!」
言葉が終わる前に、レーム氏の投げたお札が訪問者に襲いかかった。
ほうほうのていで逃げていく、妖怪。その背中から、異形の翼が生えて、やがて飛んで逃げていく。
ただの悪戯なのは解ったので、追いかけるまではしないでおく。
「やれやれ、危うく化かされるところだった。美味い話すぎるとは思ったのよ」
やれやれとんでもない時間の無駄であった。
レーム氏は結局何一つ解決していない状況に溜息をつき、パンフレットを見て呟いた。
「…………でも、遊園地というのは良いアイデアかもねえ」
結果は、潸々たるものであった。
後にレーム氏は、時折酒の席でこう零すことがある。
「途中まで、騙されてやっても良かったのよ……いざ連れ去る前に退治すれば良かった。私ったら、勿体ないことをしたわ……」
げにおそろしきは、やはり人間なのである。
まさにショートショートでした
レーム氏好き
雰囲気がとても星新一で良かったです
ヌエ氏もちゃんと妖怪してて良い