その日は、朝から家が辛気くさかった。穣子が静葉に尋ねる。
「姉さん。また変なモノ拾ってきたでしょ」
「あら、失礼ね。穣子と一緒にしないで」
「そっちこそ失礼よ! いつも面倒ごと引っ張り込んでくるのは、姉さんの方のくせに」
「記憶にないわ。私はいつでも清廉潔白にして青天白日、明々白々にして白河夜船だもの」
また、なんか小難しいこと言い出した。と、穣子は、静葉を放って家の中を探索しはじめる。
「なんかこの辺から気配がする気が……」
と、穣子が奥の納屋の扉を開けてみると。
「げ! やべっ!」
「……あ、見つかっちゃった!」
予感的中。納屋の中には、こっちを見てぎょっとしている見知らぬ二人の姿が。一人は派手でチャラチャラしたバブリーな格好している金髪の女。もう一人は対照的に貧乏そうな格好で、辛気くさいオーラをまとった青髪の女。二人とも初めて見る顔だ。
「あんたら誰よーーーーーーーー!?」
穣子の大声に驚いた二人は、慌てて逃げ出そうとする。
「あ、こらー! まちなさーーーい!」
穣子は竹箒をぶん回して、追いかけようとしたが、運悪く、床に転がっていた大根を踏んづけて足を滑らせ、そのまま転んで気を失ってしまう。
一部始終見たバブリーが、笑いながら言い放つ。
「うわぁ、イモくさっ! あんたそれでも神様ぁ?」
「いいから女苑、そんなことより早く逃げないと!」
「そんなの姉さんに、言われなくてもわかってるわよっ!」
二人は、そのまま玄関の戸を開けて逃げようとするが、押しても引いても戸が開かない。
「じょ、女苑。なんか戸が開かないんだけど?」
「何やってんのよ! 姉さん、ちょっとそこどけて!」
と、女苑と呼ばれたバブリーが、辛気くさい方を突き飛ばして、戸を掴んで引っ張るが、やはり開かない。
そのときだ。
「無駄よ。お二人とも」
涼しい顔した静葉が、二人の前に姿を現す。
「悪いけど、この家は全て封鎖させてもらったわ。あなたたちは、もう逃げられないわよ」
「なんですって! 女苑! 私たち閉じ込められちゃったみたいよ!?」
慌てる姉に対し女苑は、何やら含み笑いを浮かべている。
「どうしたの。女苑。気でも狂った?」
「いいから耳を貸しなさい……!」
と、二人は何やらこそこそと、耳打ちをしていたが、やがて離れたかと思うと、突然その場で土下座をし、辛気くさい方が、たどたどしくお詫びの言葉をつむぎ始めた。
「え、えーと。このたびは、も、申し訳ございませんでしたー。ま、まさかここが秋神様の、お、おや、おやしらず、いや、おしらずとぉ……つっ!?」
舌をかんだらしく、口を押さえて思わず涙目になる彼女を見て、すかさず女苑は「あぁ。姉さんにまかせた私がバカだったわ……」などと言いながら場をつなぐ。
「えー。このたびは、秋神様のお社と知らず、狼藉を働いてしまったことをどうかお許し下さいませ!」
「ませー!」
二人はそろって恭しく頭を下げる。
「ふむ……。とりあえず頭を上げなさいな」
「ははー」
「ははー」
二人はそろって恭しく頭を上げる。
「……あなたたちは、神様のようね」
「ええ、いかにも私は依神姉妹は妹の女苑。こっちの辛気くさいのは姉の紫苑と申します」
「ますー」
「ああ、あなたたちが、あの依神姉妹なのね。噂には聞いてるわ」
「それはそれは、光栄の極みでございます」
「ますー」
「で、私たちの家で何をしていたのかしら」
「ああ、それはですねー。……実はこの家に邪気を感じまして、それの正体を確かめに来たんですよ」
「よー」
「邪気……?」
「はい。このまま放っておいたら、邪気が膨れ上がって家が大変なことになってします」
「腐って崩壊しますー」
「まあ大変。それはなんとかしないと」
「ふふふ。まかせてください。私は疫病神。こう見えても疫病や邪気を見つけるのが得意でして……」
「でしてー」
「あら、それはありがたいわ。それじゃ頼もうかしら」
「それはありがたき幸せ。是非とも働かせてもらいます!」
そう言うと女苑は、にやりと笑みを浮かべる。紫苑は何かを言おうとするが、結局、思いとどめ無言で女苑を見つめていた。
□
「えー!? マジなの姉さん!? こいつらに、邪気払いまかせるなんて! だってこいつら疫病神と貧乏神なんでしょ!?」
訝しむ穣子に静葉が返す。
「あら、少なくとも、大根で足滑らせて気絶するお芋さんよりは役に立つと思うわよ」
「余計なお世話よ! この枯葉!」
穣子は、背を向けて縁側に寝っ転がると、干し芋をかじり出す。
「まったく、本当、沸点低いんだから……」
静葉は呆れた様子でため息をつく。
一方の紫苑と女苑は腕まくりをして、いかにもやる気満々というアピールしている。
「……ではでは、始めたいと思いますので、私の前に値打ちのありそうなものを持ってきて下さいませませー」
「ついでに、なにか美味しいご馳走を恵んで下さいま……ぐぇっ!?」
「姉さん。余計なこと言わないっ……!」
女苑の裏拳が紫苑の脇腹に炸裂し、彼女は地面に屈する。
「それじゃ、さっそくお願いするわね」
と、言いながら静葉は、自分の身長以上あるような、大きなつづらを持ってきて二人の前にどすんと置く。
「うおっ!? でかっ……!?」
流石の女苑も驚きのあまり、思わず目を見開いている。一方、復活した紫苑は「わー! お宝ーお宝ー!」と、まるで、おもちゃを目の前にした子供のように目を輝かさせている。そんな二人に静葉が不敵な笑みを浮かべて告げる。
「この中に私のコレクションがあるのよ。きっと一緒に呪われたグッズもあると思うのよね。悪いけど確かめてもらってもいいかしら」
「は、はぁ。わかりました。ではさっそく……」
そう言って女苑は、紫苑の方に目配せをすると、それに気づいた紫苑がぎょっとした表情を見せる。
「……え、私が開けんの?」
「当たり前でしょ。フタ開けないと中身見れないじゃん」
「えー。女苑が開けてよー? なんか重そうだしー」
「姉さんどうせ何もできないんだから、せめてフタくらい開けてよ」
「えー? そう言う女苑だって、邪気払う力なんて本当はな……」
女苑の右フックが炸裂し、紫苑は「ぐぇっ」と呻いて、その場にうずくまる。それを見て静葉が尋ねる。
「どうしたの。さっきからお姉さんの方が、よく、ふらついてるみたいだけど」
慌てて女苑が答える。
「ああ、大丈夫ですっ! 姉は元々虚弱体質でして、よく立ちくらみ起こすんですよー」
「あらあら、それは難儀ね」
「そうそう。いつものことなんで、どうぞお気になさらず!」
「そう。貧乏神って大変なのねぇ」
「あははは。まあまあまあまあ。それでは、さっそく……。ほら、姉さん。早くってば!」
「……うぅ、もう、姉づかいが荒いんだからー」
紫苑はぼやきながら、つづらのフタを開ける。
「さて、中身は……。おおぉっ。これは!?」
すかさず女苑が近づく。
「何、何、何か金目のものあった?」
「女苑、見てよ! ほら! 箱の中にまた箱があるよ!」
彼女の言うとおり、つづらの中に新しいつづらが顔を覗かせている。すかさず女苑が言い放つ。
「んな報告はいいから、とっとと開けなさいっつーのっ!」
「……そんな怒鳴らなくてもいいじゃん……」
しょぼくれた様子で紫苑が渋々、フタを開けると、更に中からつづらが現れる。
「うわ。何これ。ひょっとしてマトリョーシカとか?」
すかさず静葉が答える。
「ああ、そういえば忘れてたわ。中のものを守るために、つづらを重ねて入れてたのよ」
「おー。なるほどー?」
「へへえ。それはそれはよっぽど大事なモノがしまってあるってことなんですねえ」
「ええ、そうよ」
そう言って静葉は、にやっと笑みを浮かべる。
「よし、聞いたわね! 姉さん。早く中のモノを調べるのよ!」
「えー……。結局、私なのー?」
不満そうに紫苑が、つづらのフタを何度か開けると、ようやく中身が姿を現す。
「こ、これは……!?」
「え、えーと……?」
思わず首をかしげる二人。それもそのはずで、中から出てきたのは古ぼけた草紙と、奇妙な形の素焼きの人形だったのだ。
「……ねえ、女苑。これってどっちが値打ちモノなのよ?」
「うーん。私の勘では、なんかどっちもロクでもない気が……」
紫苑は、とりあえず草紙の方を手に取ると、めくって読んでみる。
「なになに……。『秋、それは季節の頂点に立つもの――』ん? ひょっとして秋に関する考察本か何かかな?」
「お、売ればひょっとしたら少しは金になるかも。姉さん、続き読んでみてよ?」
「わかった。えーと『秋、それは愛すべき偶像(アイドル)そう、私は秋の素晴らしさを、未来永劫語り継ぐ、完全無欠で無敵の偶像(アイドル)秋の頂点に立つもの、それが私、秋静葉。世界を秋に変えたなら、私はとっても格好良(プリティフライ)横たわった菩提樹は秋万頃(ばんけい)の憧憬を見るだろうか。そんなこんなで今日も一日は過ぎていく――』な、なにこれ……? ぷりてぃふらい? かわいいてんぷら?」
混乱気味の紫苑に、女苑はハッとした様子で告げる。
「姉さん! わかったわ! これってもしかして、誰もが一度は通る道と言われている黒歴史ポエム集って奴では……!?」
「あ!? 言われてみれば……っ! そういや私も昔書いてたっけ……」
すかさず静葉が答える。
「あ、それ日記よ」
「日記!?」
「どこに日記要素あったのこれ!?」
「ほら、ちゃんと『今日も一日は過ぎていく』って書いてあるでしょ」
「そこ!? っつーか、むしろそこしかなくないこれ?」
「あら、そんなことないわよ。こうやって日々思うことを連ねていくことで、それが重みとなり歴史となり、やがて宝になるのよ」
「うーん……。私には、重しとなり黒歴史となり、やがて特急呪物になる未来しか見えないけど……」
「ま、それもそれでまた一興ね」
などと言いながら静葉は、ふっと笑みを浮かべる。女苑は呆れた様子で、日記を放り投げるように置くと、横の土人形に目を向ける。
その土人形は、ずんぐりむっくりとした体型で、一見土偶に似ているが、土偶にしては装飾が少ない。更に胸とおぼしき意匠もあるため、女性をかたどった像ということは、かろうじて分かるシロモノだった。
「うーん。こっちもこっちで何か異様な雰囲気なんですけどぉ……?」
「あのー……。失礼ですが、これ、何なんですか?」
「ああ、それは縄文のビーナスってやつよ」
すかさず、女苑が反応する。
「えっ!? 縄文のビーナス!? 確かそれって凄い貴重品だったはずでは!?」
「あら、よく知ってるわね。そう、外の世界では国宝級らしいわよ」
「マジで!? ほら、姉さん! やっぱり私の勘は間違ってなかったでしょ! この家にお宝があるって!」
「すごいじゃん! やったね女苑!」
そう言って、思わずハイタッチする二人に、静葉が言い放つ。
「そう。それに私の形を取り入れた自慢の模造品よ」
「……って、贋作かよ!?」
「あら、贋作なんて人聞き悪い。レプリカって言って欲しいわ」
「どっちも同じようなもんよ! ったくもう!!」
女苑が喚き散らしながら、思わずその像を床に投げ捨てようとする。すると紫苑がそれを制止して像を奪う。そしてそのままそっと床に置くと口をとがらせながら女苑に言う。
「女苑、だめだよ。乱暴に扱っちゃ。これは静葉さんのものだよ?」
「姉さんはどっちの味方なのよ!?」
「それとこれと話は別よ」
「あらあら、さすがだわ。お姉さんの方が事をわきまえているようね」
そう言って静葉がにやりと笑みを浮かべると、女苑は思わず頭を抱えて言い放つ。
「あぁーっ!! もういいっ!! もうこうなったら実力行使よ! 直接とりついて金品巻き上げてやるわ!」
女苑は怪しい笑みを浮かべ辺りを見回す。
「そうねぇ……。そこの枯葉神の方は、どうせロクなもの持ってなさそうだから……。よし! あんたにするわ! そこのイモ神!」
「ふあっ!?」
女苑は縁側で干し芋を頬張っていた穣子にとりつくと、耳元でささやいた。
「ねぇー。私、今とっても困ってるのよ。あなたがよかったらでいいんだけど、なにか、イイモノ恵んでもらえないかしら?」
「……ふーん? ま、別にいいけど」
そう言って穣子は、起き上がると、すたすたと納屋の方へ姿を消す。その様子を見ていた静葉が思わず紫苑に尋ねる。
「……ねえ。あなたの妹さんって、いつもあんな感じなの」
「うん。そうだよ。ああやって、人にとりついては金品を巻き上げるの。本当、タチ悪いよねぇ」
「ええ。まったくだわね」
「ねー」
「ねー」
「ちょっとうっさいわよ!? そこの貧乏人どもら!!」
女苑は、勝ち誇ったように机に座って足を組んで、羽根つきの扇子をひらひら扇いでいる。
「まったく、まどろっこしいことなんかしないで、始めっからこうしてれば良かったのよ」
程なくして穣子が、大きな箱を抱えてやってくる。
「ごめんね。あいにく今はこれしかないけど許してね?」
「いいってことよ! ほほう。これはイイモノが入ってそうじゃない! きっと私がこの家で感じたお宝の匂いは、これだったに違いないわ!」
そう言いながら女苑が上機嫌そうに箱を開けると、中に入っていたのは。
「は……? なにこれ。さつま芋?」
思わず目が点になる女苑。一方の紫苑は目を輝かせながら箱に飛びつく。
「わー! さつま芋だー! ご馳走だー!!」
穣子が二人に告げる。
「これはね『なると金時里むすめ』っていう高級さつま芋よ。特別ルートで手に入れた私のお宝だけど、いいわ。あんたらにあげる。いい? 決して生じゃなくて、焼いたりふかしたりして食べなさいね!?」
あっけにとられる二人を見て、静葉が思わず含み笑いを浮かべ呟く。
「……ふふ。確かに、イイモノが入ってたわね。いいイモが」
□
その後、結局二人は芋を持ち帰った。紫苑が「今夜はおいもパーティーだー」と、嬉しそうにしていたのは言うまでもないが、女苑も「まぁ高級品なら、せっかくだからもらっといてやるわ」と、意外にもまんざらでもない様子だった。二人が去って行くのを見て穣子がふと呟く。
「はぁ……。とんでもない奴らだったわ。あのお姉さんだけならともかく……」
すかさず静葉が返す。
「あら、穣子は気づかなかったの」
「何が……?」
「姉の方が、はるかにタチ悪いわよ」
「……え、そうなの? とてもそうは見えなかったけど」
「まったく。相変わらずあなたの目は芋穴ね」
「余計なおせわよ! ってか芋穴って何よ!?」
「いい、穣子。姉より優れた妹なんて存在しないのよ。覚えておきなさい」
「……それを妹の前で言う? 普通」
呆れた様子の穣子を尻目に静葉はにやりと笑みを浮かべた。
そして数日後。
「こんにちはー」
「あら、あんたは……」
穣子が客を出迎えるとそこには紫苑の姿があった。彼女はニコニコしながら穣子に言う。
「穣子さん!こないだはご馳走さま! あんな美味しいイモ生まれて初めて食べたよ! 女苑のやつもめっちゃ喜んでいたわ!」
「あらそうなの? そりゃ良かったわね。まぁ、高級芋だから美味しくて当たり前なんだけどね。で、今日は何しに来たのよ?」
穣子の問いに、紫苑は満面の笑みを浮かべて答えた。
「ふふふ。実はしばらくこちらの家でお世話になろうと思って……」
「は!?」
「ほら、ここにいれば、毎日美味しいもの食べられるのでー」
「まぁそれは否定しないけど……。いや、ちょっと待って! あんた貧乏神でしょ!? ふざけんな! 帰れ帰れ! ってか、妹はどうしたのよ!?」
「あ、女苑ならいいカモ見つけたって言って、家出て行っちゃったよ。多分当分帰ってこないと思う」
「だからってうちに来るなっての!?」
「うふふー。誰かになすりつけるまでずっとここにいてやるからー」
「こっち来んな! 辛気くさいの移るっ! いやぁー! ちょっと姉さん!! 見てないで助けてよー!!?」
紫苑から逃げ惑う穣子の様子を眺めながら静葉は笑みを浮かべて呟いた。
「ほら、だから言ったでしょ。姉の方がタチ悪いって」
「姉さん。また変なモノ拾ってきたでしょ」
「あら、失礼ね。穣子と一緒にしないで」
「そっちこそ失礼よ! いつも面倒ごと引っ張り込んでくるのは、姉さんの方のくせに」
「記憶にないわ。私はいつでも清廉潔白にして青天白日、明々白々にして白河夜船だもの」
また、なんか小難しいこと言い出した。と、穣子は、静葉を放って家の中を探索しはじめる。
「なんかこの辺から気配がする気が……」
と、穣子が奥の納屋の扉を開けてみると。
「げ! やべっ!」
「……あ、見つかっちゃった!」
予感的中。納屋の中には、こっちを見てぎょっとしている見知らぬ二人の姿が。一人は派手でチャラチャラしたバブリーな格好している金髪の女。もう一人は対照的に貧乏そうな格好で、辛気くさいオーラをまとった青髪の女。二人とも初めて見る顔だ。
「あんたら誰よーーーーーーーー!?」
穣子の大声に驚いた二人は、慌てて逃げ出そうとする。
「あ、こらー! まちなさーーーい!」
穣子は竹箒をぶん回して、追いかけようとしたが、運悪く、床に転がっていた大根を踏んづけて足を滑らせ、そのまま転んで気を失ってしまう。
一部始終見たバブリーが、笑いながら言い放つ。
「うわぁ、イモくさっ! あんたそれでも神様ぁ?」
「いいから女苑、そんなことより早く逃げないと!」
「そんなの姉さんに、言われなくてもわかってるわよっ!」
二人は、そのまま玄関の戸を開けて逃げようとするが、押しても引いても戸が開かない。
「じょ、女苑。なんか戸が開かないんだけど?」
「何やってんのよ! 姉さん、ちょっとそこどけて!」
と、女苑と呼ばれたバブリーが、辛気くさい方を突き飛ばして、戸を掴んで引っ張るが、やはり開かない。
そのときだ。
「無駄よ。お二人とも」
涼しい顔した静葉が、二人の前に姿を現す。
「悪いけど、この家は全て封鎖させてもらったわ。あなたたちは、もう逃げられないわよ」
「なんですって! 女苑! 私たち閉じ込められちゃったみたいよ!?」
慌てる姉に対し女苑は、何やら含み笑いを浮かべている。
「どうしたの。女苑。気でも狂った?」
「いいから耳を貸しなさい……!」
と、二人は何やらこそこそと、耳打ちをしていたが、やがて離れたかと思うと、突然その場で土下座をし、辛気くさい方が、たどたどしくお詫びの言葉をつむぎ始めた。
「え、えーと。このたびは、も、申し訳ございませんでしたー。ま、まさかここが秋神様の、お、おや、おやしらず、いや、おしらずとぉ……つっ!?」
舌をかんだらしく、口を押さえて思わず涙目になる彼女を見て、すかさず女苑は「あぁ。姉さんにまかせた私がバカだったわ……」などと言いながら場をつなぐ。
「えー。このたびは、秋神様のお社と知らず、狼藉を働いてしまったことをどうかお許し下さいませ!」
「ませー!」
二人はそろって恭しく頭を下げる。
「ふむ……。とりあえず頭を上げなさいな」
「ははー」
「ははー」
二人はそろって恭しく頭を上げる。
「……あなたたちは、神様のようね」
「ええ、いかにも私は依神姉妹は妹の女苑。こっちの辛気くさいのは姉の紫苑と申します」
「ますー」
「ああ、あなたたちが、あの依神姉妹なのね。噂には聞いてるわ」
「それはそれは、光栄の極みでございます」
「ますー」
「で、私たちの家で何をしていたのかしら」
「ああ、それはですねー。……実はこの家に邪気を感じまして、それの正体を確かめに来たんですよ」
「よー」
「邪気……?」
「はい。このまま放っておいたら、邪気が膨れ上がって家が大変なことになってします」
「腐って崩壊しますー」
「まあ大変。それはなんとかしないと」
「ふふふ。まかせてください。私は疫病神。こう見えても疫病や邪気を見つけるのが得意でして……」
「でしてー」
「あら、それはありがたいわ。それじゃ頼もうかしら」
「それはありがたき幸せ。是非とも働かせてもらいます!」
そう言うと女苑は、にやりと笑みを浮かべる。紫苑は何かを言おうとするが、結局、思いとどめ無言で女苑を見つめていた。
□
「えー!? マジなの姉さん!? こいつらに、邪気払いまかせるなんて! だってこいつら疫病神と貧乏神なんでしょ!?」
訝しむ穣子に静葉が返す。
「あら、少なくとも、大根で足滑らせて気絶するお芋さんよりは役に立つと思うわよ」
「余計なお世話よ! この枯葉!」
穣子は、背を向けて縁側に寝っ転がると、干し芋をかじり出す。
「まったく、本当、沸点低いんだから……」
静葉は呆れた様子でため息をつく。
一方の紫苑と女苑は腕まくりをして、いかにもやる気満々というアピールしている。
「……ではでは、始めたいと思いますので、私の前に値打ちのありそうなものを持ってきて下さいませませー」
「ついでに、なにか美味しいご馳走を恵んで下さいま……ぐぇっ!?」
「姉さん。余計なこと言わないっ……!」
女苑の裏拳が紫苑の脇腹に炸裂し、彼女は地面に屈する。
「それじゃ、さっそくお願いするわね」
と、言いながら静葉は、自分の身長以上あるような、大きなつづらを持ってきて二人の前にどすんと置く。
「うおっ!? でかっ……!?」
流石の女苑も驚きのあまり、思わず目を見開いている。一方、復活した紫苑は「わー! お宝ーお宝ー!」と、まるで、おもちゃを目の前にした子供のように目を輝かさせている。そんな二人に静葉が不敵な笑みを浮かべて告げる。
「この中に私のコレクションがあるのよ。きっと一緒に呪われたグッズもあると思うのよね。悪いけど確かめてもらってもいいかしら」
「は、はぁ。わかりました。ではさっそく……」
そう言って女苑は、紫苑の方に目配せをすると、それに気づいた紫苑がぎょっとした表情を見せる。
「……え、私が開けんの?」
「当たり前でしょ。フタ開けないと中身見れないじゃん」
「えー。女苑が開けてよー? なんか重そうだしー」
「姉さんどうせ何もできないんだから、せめてフタくらい開けてよ」
「えー? そう言う女苑だって、邪気払う力なんて本当はな……」
女苑の右フックが炸裂し、紫苑は「ぐぇっ」と呻いて、その場にうずくまる。それを見て静葉が尋ねる。
「どうしたの。さっきからお姉さんの方が、よく、ふらついてるみたいだけど」
慌てて女苑が答える。
「ああ、大丈夫ですっ! 姉は元々虚弱体質でして、よく立ちくらみ起こすんですよー」
「あらあら、それは難儀ね」
「そうそう。いつものことなんで、どうぞお気になさらず!」
「そう。貧乏神って大変なのねぇ」
「あははは。まあまあまあまあ。それでは、さっそく……。ほら、姉さん。早くってば!」
「……うぅ、もう、姉づかいが荒いんだからー」
紫苑はぼやきながら、つづらのフタを開ける。
「さて、中身は……。おおぉっ。これは!?」
すかさず女苑が近づく。
「何、何、何か金目のものあった?」
「女苑、見てよ! ほら! 箱の中にまた箱があるよ!」
彼女の言うとおり、つづらの中に新しいつづらが顔を覗かせている。すかさず女苑が言い放つ。
「んな報告はいいから、とっとと開けなさいっつーのっ!」
「……そんな怒鳴らなくてもいいじゃん……」
しょぼくれた様子で紫苑が渋々、フタを開けると、更に中からつづらが現れる。
「うわ。何これ。ひょっとしてマトリョーシカとか?」
すかさず静葉が答える。
「ああ、そういえば忘れてたわ。中のものを守るために、つづらを重ねて入れてたのよ」
「おー。なるほどー?」
「へへえ。それはそれはよっぽど大事なモノがしまってあるってことなんですねえ」
「ええ、そうよ」
そう言って静葉は、にやっと笑みを浮かべる。
「よし、聞いたわね! 姉さん。早く中のモノを調べるのよ!」
「えー……。結局、私なのー?」
不満そうに紫苑が、つづらのフタを何度か開けると、ようやく中身が姿を現す。
「こ、これは……!?」
「え、えーと……?」
思わず首をかしげる二人。それもそのはずで、中から出てきたのは古ぼけた草紙と、奇妙な形の素焼きの人形だったのだ。
「……ねえ、女苑。これってどっちが値打ちモノなのよ?」
「うーん。私の勘では、なんかどっちもロクでもない気が……」
紫苑は、とりあえず草紙の方を手に取ると、めくって読んでみる。
「なになに……。『秋、それは季節の頂点に立つもの――』ん? ひょっとして秋に関する考察本か何かかな?」
「お、売ればひょっとしたら少しは金になるかも。姉さん、続き読んでみてよ?」
「わかった。えーと『秋、それは愛すべき偶像(アイドル)そう、私は秋の素晴らしさを、未来永劫語り継ぐ、完全無欠で無敵の偶像(アイドル)秋の頂点に立つもの、それが私、秋静葉。世界を秋に変えたなら、私はとっても格好良(プリティフライ)横たわった菩提樹は秋万頃(ばんけい)の憧憬を見るだろうか。そんなこんなで今日も一日は過ぎていく――』な、なにこれ……? ぷりてぃふらい? かわいいてんぷら?」
混乱気味の紫苑に、女苑はハッとした様子で告げる。
「姉さん! わかったわ! これってもしかして、誰もが一度は通る道と言われている黒歴史ポエム集って奴では……!?」
「あ!? 言われてみれば……っ! そういや私も昔書いてたっけ……」
すかさず静葉が答える。
「あ、それ日記よ」
「日記!?」
「どこに日記要素あったのこれ!?」
「ほら、ちゃんと『今日も一日は過ぎていく』って書いてあるでしょ」
「そこ!? っつーか、むしろそこしかなくないこれ?」
「あら、そんなことないわよ。こうやって日々思うことを連ねていくことで、それが重みとなり歴史となり、やがて宝になるのよ」
「うーん……。私には、重しとなり黒歴史となり、やがて特急呪物になる未来しか見えないけど……」
「ま、それもそれでまた一興ね」
などと言いながら静葉は、ふっと笑みを浮かべる。女苑は呆れた様子で、日記を放り投げるように置くと、横の土人形に目を向ける。
その土人形は、ずんぐりむっくりとした体型で、一見土偶に似ているが、土偶にしては装飾が少ない。更に胸とおぼしき意匠もあるため、女性をかたどった像ということは、かろうじて分かるシロモノだった。
「うーん。こっちもこっちで何か異様な雰囲気なんですけどぉ……?」
「あのー……。失礼ですが、これ、何なんですか?」
「ああ、それは縄文のビーナスってやつよ」
すかさず、女苑が反応する。
「えっ!? 縄文のビーナス!? 確かそれって凄い貴重品だったはずでは!?」
「あら、よく知ってるわね。そう、外の世界では国宝級らしいわよ」
「マジで!? ほら、姉さん! やっぱり私の勘は間違ってなかったでしょ! この家にお宝があるって!」
「すごいじゃん! やったね女苑!」
そう言って、思わずハイタッチする二人に、静葉が言い放つ。
「そう。それに私の形を取り入れた自慢の模造品よ」
「……って、贋作かよ!?」
「あら、贋作なんて人聞き悪い。レプリカって言って欲しいわ」
「どっちも同じようなもんよ! ったくもう!!」
女苑が喚き散らしながら、思わずその像を床に投げ捨てようとする。すると紫苑がそれを制止して像を奪う。そしてそのままそっと床に置くと口をとがらせながら女苑に言う。
「女苑、だめだよ。乱暴に扱っちゃ。これは静葉さんのものだよ?」
「姉さんはどっちの味方なのよ!?」
「それとこれと話は別よ」
「あらあら、さすがだわ。お姉さんの方が事をわきまえているようね」
そう言って静葉がにやりと笑みを浮かべると、女苑は思わず頭を抱えて言い放つ。
「あぁーっ!! もういいっ!! もうこうなったら実力行使よ! 直接とりついて金品巻き上げてやるわ!」
女苑は怪しい笑みを浮かべ辺りを見回す。
「そうねぇ……。そこの枯葉神の方は、どうせロクなもの持ってなさそうだから……。よし! あんたにするわ! そこのイモ神!」
「ふあっ!?」
女苑は縁側で干し芋を頬張っていた穣子にとりつくと、耳元でささやいた。
「ねぇー。私、今とっても困ってるのよ。あなたがよかったらでいいんだけど、なにか、イイモノ恵んでもらえないかしら?」
「……ふーん? ま、別にいいけど」
そう言って穣子は、起き上がると、すたすたと納屋の方へ姿を消す。その様子を見ていた静葉が思わず紫苑に尋ねる。
「……ねえ。あなたの妹さんって、いつもあんな感じなの」
「うん。そうだよ。ああやって、人にとりついては金品を巻き上げるの。本当、タチ悪いよねぇ」
「ええ。まったくだわね」
「ねー」
「ねー」
「ちょっとうっさいわよ!? そこの貧乏人どもら!!」
女苑は、勝ち誇ったように机に座って足を組んで、羽根つきの扇子をひらひら扇いでいる。
「まったく、まどろっこしいことなんかしないで、始めっからこうしてれば良かったのよ」
程なくして穣子が、大きな箱を抱えてやってくる。
「ごめんね。あいにく今はこれしかないけど許してね?」
「いいってことよ! ほほう。これはイイモノが入ってそうじゃない! きっと私がこの家で感じたお宝の匂いは、これだったに違いないわ!」
そう言いながら女苑が上機嫌そうに箱を開けると、中に入っていたのは。
「は……? なにこれ。さつま芋?」
思わず目が点になる女苑。一方の紫苑は目を輝かせながら箱に飛びつく。
「わー! さつま芋だー! ご馳走だー!!」
穣子が二人に告げる。
「これはね『なると金時里むすめ』っていう高級さつま芋よ。特別ルートで手に入れた私のお宝だけど、いいわ。あんたらにあげる。いい? 決して生じゃなくて、焼いたりふかしたりして食べなさいね!?」
あっけにとられる二人を見て、静葉が思わず含み笑いを浮かべ呟く。
「……ふふ。確かに、イイモノが入ってたわね。いいイモが」
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その後、結局二人は芋を持ち帰った。紫苑が「今夜はおいもパーティーだー」と、嬉しそうにしていたのは言うまでもないが、女苑も「まぁ高級品なら、せっかくだからもらっといてやるわ」と、意外にもまんざらでもない様子だった。二人が去って行くのを見て穣子がふと呟く。
「はぁ……。とんでもない奴らだったわ。あのお姉さんだけならともかく……」
すかさず静葉が返す。
「あら、穣子は気づかなかったの」
「何が……?」
「姉の方が、はるかにタチ悪いわよ」
「……え、そうなの? とてもそうは見えなかったけど」
「まったく。相変わらずあなたの目は芋穴ね」
「余計なおせわよ! ってか芋穴って何よ!?」
「いい、穣子。姉より優れた妹なんて存在しないのよ。覚えておきなさい」
「……それを妹の前で言う? 普通」
呆れた様子の穣子を尻目に静葉はにやりと笑みを浮かべた。
そして数日後。
「こんにちはー」
「あら、あんたは……」
穣子が客を出迎えるとそこには紫苑の姿があった。彼女はニコニコしながら穣子に言う。
「穣子さん!こないだはご馳走さま! あんな美味しいイモ生まれて初めて食べたよ! 女苑のやつもめっちゃ喜んでいたわ!」
「あらそうなの? そりゃ良かったわね。まぁ、高級芋だから美味しくて当たり前なんだけどね。で、今日は何しに来たのよ?」
穣子の問いに、紫苑は満面の笑みを浮かべて答えた。
「ふふふ。実はしばらくこちらの家でお世話になろうと思って……」
「は!?」
「ほら、ここにいれば、毎日美味しいもの食べられるのでー」
「まぁそれは否定しないけど……。いや、ちょっと待って! あんた貧乏神でしょ!? ふざけんな! 帰れ帰れ! ってか、妹はどうしたのよ!?」
「あ、女苑ならいいカモ見つけたって言って、家出て行っちゃったよ。多分当分帰ってこないと思う」
「だからってうちに来るなっての!?」
「うふふー。誰かになすりつけるまでずっとここにいてやるからー」
「こっち来んな! 辛気くさいの移るっ! いやぁー! ちょっと姉さん!! 見てないで助けてよー!!?」
紫苑から逃げ惑う穣子の様子を眺めながら静葉は笑みを浮かべて呟いた。
「ほら、だから言ったでしょ。姉の方がタチ悪いって」
……やっぱりあんまり価値がない気がしてきた