頭から被ったシーツの中は、いちばん小さな宇宙だった。
昔からいやなこと、さみしいこと、つらいことがあったときはそうしていた。
かあさまのお葬式のあとに、つらくて、悲しくて、どうしようもなくて、でも誰にも甘えられなくて。それでシーツを頭からかぶって眠ったのが始まりだったと思う。
自分の匂いがする宇宙の中に星を思い浮かべていると、その中に自分の悲しみが溶けていくような気がした。わたしを縛り付けているいろんなものから、その小さな宇宙はわたしを開放してくれるような気がしていた。その宇宙の中でだけ、わたしは自由でいられた。
そして今。
わたしの小さな宇宙の中に、侵略者がいる。
「ねーまりさー」
腕の中に抱えたルーミアの頭が、もぞもぞ動くのが心地良い。
自分で言うのもなんだが、わたしは他人があんまり好きじゃない。だからこそ社交辞令や表面上の付き合いの良さを身に着け、他人が必要以上に自分に近づかないようにしているし、自分からも他人に近づきすぎないようにしている。それがわたしの処世術であり、社会――世界との付き合い方だった。
しかし、何ごとにも例外はあるもので、こいつはその希少な例外のひとつだった。
のんきで無邪気で、妖怪のくせにそのへんの子供と変わらないようなやつ。
いつものほほーんしている、変なやつ。
頭を撫でてやると、子猫みたいに目を細めて喜んでるやつ。
そいつにやたら懐かれて、いつの間にか自分の家に泊まらせるまでになってしまって。
そいつはいつの間にか、わたしだけしかいなかった宇宙にまで忍び込んでいた。
小さな手を伸ばして、ぎゅっと抱きついてくる。
「おはなししてー」
ルーミアはとにかく距離が近い。やたらくっつきたがる。
もう慣れてしまいそうなものだが、鼻がくっついてしまいそうなくらいにまで近づかれるとやっぱり顔が赤くなるのを止められない。
まあでも、シーツの中なら赤くなった顔も目立たないだろう。わたしは平静を装って聞き返す。
「何の話が聞きたい?」
「んー……」
んーんー言いながらルーミアはもぞもぞ。くすぐったい。
「まりさのおはなし、聞きたいな―」
「わ、わたしの?」
ほら来た。こいつはこういうやつなんだ。ストレートにもほどがあるだろ。
「んー。あのねー、まりさはなんでお星さまがすきなのかー?」
「お星さま?」
「だってー、まりさの弾幕ってお星さまだからー、なんでかなーって。気になるのかー」
ルーミアの顔は暗くて分からないが、声音からわくわくしてるのがわかる。
それがなんだかうれしくて、わたしはすぐそばにある小さな体を抱き寄せた。
「なんでだったかなー……」
暗闇の中でさらに目を閉じて、わたしは広い夜空を思い描いた。星がいっぱいの、いつも家の窓から見上げていた、夜空。
「わたしさ、実は昔はお嬢様だったんだぜ? でっかいお屋敷に住んでてさ……」
「おやしきー? れみちょんのとこみたいなー?」
「レミリアの? まあ紅魔館には敵わないかもだけど、それでもお金持ちだったんだ」
「そーなのかー」
「でもな……でも、あのでっかい屋敷のどこにも、わたしの居場所はなかったんだ」
「おうちなのにー?」
「どうだかな……」
不思議だった。
いつもなら……というかわたしは一度もこんなに直接的に自分の過去を誰かに話したりはしない。特に親しい霊夢や咲夜にもだ。
でも、なぜだろう。
こいつには、話してしまう。話せてしまう。まるで、星の引力に引かれるみたいに。
「窮屈だったんだ。たしかにあそこはわたしの家だったさ。でも……あそこにわたしの居場所はなかった。だから、どこか別のところに……居場所が欲しかったんだ」
閉じたまぶたの裏に、はっきりと思い出せる。いつも屋敷の人たちが寝静まった後に、そっと窓を開けて見上げた夜空と、そこに瞬く星の明かり。
「ずっと見上げてたんだ、夜空。そこに行きたい、ここから抜け出して、あの広い夜空に飛んでいけたら、どんなにいいだろうって思いながら、夜空を見上げてた」
「そーなのかー……」
ルーミアはいつも通りの、起きているのか寝ているのかわからない声で返事を返す。
「わたしは憧れてるんだ。星に。いつも囲まれてたいんだよ、あの星にさ……」
「だから、お星さまがすきなのー?」
「うん……」
話し終わって、シーツの中に沈黙が降りた。……なんだか猛烈に恥ずかしくなってきたぞ。
とか思ってると、ルーミアが小さな手をわたしの背中に伸ばしたのがわかった。
「えへへー、うれしいー」
わたしの胸元に顔をすりよせて、ルーミアがほわほわ笑っている。
「まりさのこと、話してもらったの、うれしいなー」
照れ隠しに、胸元に抱き寄せたルーミアの頭をわしゃわしゃしてやる。
「んぁー、なにするのー」
ふがふが暴れてるルーミアをぎゅっと抱きしめていると、うれしいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになってきた。自分が誰かにこんな話をしたのが妙に恥ずかしくって、でも、自分がこんな話をできる相手がいるってことがうれしかった。
……こんなことは、はじめてだった。
わしゃわしゃを止めて、ルーミアの小さなからだを抱き寄せる。ルーミアが、こっちを見上げるのが気配でわかった。シーツの暗闇の中に浮かび上がる、宵闇の妖怪の紅い瞳。
夜空の中でも、星を目印にすれば迷わず飛んでいける。
紅い星を目印にして、わたしは小さな侵略者に唇を寄せた。
昔からいやなこと、さみしいこと、つらいことがあったときはそうしていた。
かあさまのお葬式のあとに、つらくて、悲しくて、どうしようもなくて、でも誰にも甘えられなくて。それでシーツを頭からかぶって眠ったのが始まりだったと思う。
自分の匂いがする宇宙の中に星を思い浮かべていると、その中に自分の悲しみが溶けていくような気がした。わたしを縛り付けているいろんなものから、その小さな宇宙はわたしを開放してくれるような気がしていた。その宇宙の中でだけ、わたしは自由でいられた。
そして今。
わたしの小さな宇宙の中に、侵略者がいる。
「ねーまりさー」
腕の中に抱えたルーミアの頭が、もぞもぞ動くのが心地良い。
自分で言うのもなんだが、わたしは他人があんまり好きじゃない。だからこそ社交辞令や表面上の付き合いの良さを身に着け、他人が必要以上に自分に近づかないようにしているし、自分からも他人に近づきすぎないようにしている。それがわたしの処世術であり、社会――世界との付き合い方だった。
しかし、何ごとにも例外はあるもので、こいつはその希少な例外のひとつだった。
のんきで無邪気で、妖怪のくせにそのへんの子供と変わらないようなやつ。
いつものほほーんしている、変なやつ。
頭を撫でてやると、子猫みたいに目を細めて喜んでるやつ。
そいつにやたら懐かれて、いつの間にか自分の家に泊まらせるまでになってしまって。
そいつはいつの間にか、わたしだけしかいなかった宇宙にまで忍び込んでいた。
小さな手を伸ばして、ぎゅっと抱きついてくる。
「おはなししてー」
ルーミアはとにかく距離が近い。やたらくっつきたがる。
もう慣れてしまいそうなものだが、鼻がくっついてしまいそうなくらいにまで近づかれるとやっぱり顔が赤くなるのを止められない。
まあでも、シーツの中なら赤くなった顔も目立たないだろう。わたしは平静を装って聞き返す。
「何の話が聞きたい?」
「んー……」
んーんー言いながらルーミアはもぞもぞ。くすぐったい。
「まりさのおはなし、聞きたいな―」
「わ、わたしの?」
ほら来た。こいつはこういうやつなんだ。ストレートにもほどがあるだろ。
「んー。あのねー、まりさはなんでお星さまがすきなのかー?」
「お星さま?」
「だってー、まりさの弾幕ってお星さまだからー、なんでかなーって。気になるのかー」
ルーミアの顔は暗くて分からないが、声音からわくわくしてるのがわかる。
それがなんだかうれしくて、わたしはすぐそばにある小さな体を抱き寄せた。
「なんでだったかなー……」
暗闇の中でさらに目を閉じて、わたしは広い夜空を思い描いた。星がいっぱいの、いつも家の窓から見上げていた、夜空。
「わたしさ、実は昔はお嬢様だったんだぜ? でっかいお屋敷に住んでてさ……」
「おやしきー? れみちょんのとこみたいなー?」
「レミリアの? まあ紅魔館には敵わないかもだけど、それでもお金持ちだったんだ」
「そーなのかー」
「でもな……でも、あのでっかい屋敷のどこにも、わたしの居場所はなかったんだ」
「おうちなのにー?」
「どうだかな……」
不思議だった。
いつもなら……というかわたしは一度もこんなに直接的に自分の過去を誰かに話したりはしない。特に親しい霊夢や咲夜にもだ。
でも、なぜだろう。
こいつには、話してしまう。話せてしまう。まるで、星の引力に引かれるみたいに。
「窮屈だったんだ。たしかにあそこはわたしの家だったさ。でも……あそこにわたしの居場所はなかった。だから、どこか別のところに……居場所が欲しかったんだ」
閉じたまぶたの裏に、はっきりと思い出せる。いつも屋敷の人たちが寝静まった後に、そっと窓を開けて見上げた夜空と、そこに瞬く星の明かり。
「ずっと見上げてたんだ、夜空。そこに行きたい、ここから抜け出して、あの広い夜空に飛んでいけたら、どんなにいいだろうって思いながら、夜空を見上げてた」
「そーなのかー……」
ルーミアはいつも通りの、起きているのか寝ているのかわからない声で返事を返す。
「わたしは憧れてるんだ。星に。いつも囲まれてたいんだよ、あの星にさ……」
「だから、お星さまがすきなのー?」
「うん……」
話し終わって、シーツの中に沈黙が降りた。……なんだか猛烈に恥ずかしくなってきたぞ。
とか思ってると、ルーミアが小さな手をわたしの背中に伸ばしたのがわかった。
「えへへー、うれしいー」
わたしの胸元に顔をすりよせて、ルーミアがほわほわ笑っている。
「まりさのこと、話してもらったの、うれしいなー」
照れ隠しに、胸元に抱き寄せたルーミアの頭をわしゃわしゃしてやる。
「んぁー、なにするのー」
ふがふが暴れてるルーミアをぎゅっと抱きしめていると、うれしいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになってきた。自分が誰かにこんな話をしたのが妙に恥ずかしくって、でも、自分がこんな話をできる相手がいるってことがうれしかった。
……こんなことは、はじめてだった。
わしゃわしゃを止めて、ルーミアの小さなからだを抱き寄せる。ルーミアが、こっちを見上げるのが気配でわかった。シーツの暗闇の中に浮かび上がる、宵闇の妖怪の紅い瞳。
夜空の中でも、星を目印にすれば迷わず飛んでいける。
紅い星を目印にして、わたしは小さな侵略者に唇を寄せた。
甘くてとろけそうでした
ルーミアの纏う闇の中で魔理沙(の好きな星)がより一層輝くの、素敵ですね。