子どもたちと石を積んでいた瓔花は、河原に散らばる石ころの中に、見慣れぬ模様が描かれた石を見つけた。楕円形で手のひらサイズのその石には、筆らしき筆致で文様が記されている。
「この石、なにか書いてある。文字みたいだけど、読めないな」
それはひらがなではなかった。瓔花はひらがなを読める。だから、瓔花が読めないのならそれはひらがなではないのだ。
では漢字だろうか。しかし漢字にしては角がない。むしろ河原の小石みたいに曲線が多用されているように見える。瓔花が手に取った石には、ひらがなの「お」とよく似た図柄が描かれていた。
「えいかちゃん、見て! 不思議な石がある!」
横で石を積んでいた女の子が、同じような石を見せてくれた。その石には、瓔花の拾った石とは別の模様が描かれている。しかし、その模様の雰囲気は、瓔花の持つ石とそっくりだ。きっと由来が近しいのだろう。
「みんな注目! こんな模様がある石を見た子がいたら、私のところにもってきて」
すると、あちこちから子どもたちが歩いてくる。少なくとも十数人はいるだろう。みな一様に石を握っている。
「もう積んじゃった子は、そのままにしておいてね!」
積石によじ登ろうとする姿が見えたので、一応の注意喚起をした。この分だと、不思議な模様の石は、相当な数が転がっていたのだろう。
石を届けに来た子どもたちが、指示を待つかのように瓔花を見ている。せっかくだし、これをイベントにしてみようか。
「今日は、この不思議な石で塚を作ろうか。みんな、お友達に教えてあげて!」
わーわー、きゃーきゃーと年相応の声を上げながら、子どもたちがあたりに散らばっていく。
やがて、報せを聞いた子どもたちが瓔花の下に集まってきた。その数、実に百人を越えている。
「それじゃあ、ここに特別な塚を作ってみよう! みんな、がんばろー!」
瓔花の号令で、子どもたちが一斉に石を積みだす。この分だと、相当大きな積石塚ができるだろう。
「てっぺんに宝物を立てようね」
横にいた子に、以前見つけた木の枝を見せる。真っ白できれいな枝は、牛崎潤美に聞いたところによると、白樺という樹の枝らしい。
「うん。がんばる」
二人は頷き合い、石を積む作業に戻るのだった。
そして、塚の高さが1メートルを超えたころ、瓔花はその頂点に白樺の木の枝を突き立てた。
「よし、これで完成!」
子どもたちと共に、新たに出来上がった積石を見上げる。見たことのない、奇妙な模様の描かれた石がたくさん積まれた石塚は、いつも作る積石とは違って、なんだか神々しく見えた。いつの間にかやってきた小鳥たちも、嬉しそうにさえずっている。
「えいかちゃんありがとう。あの枝、取っておいてくれたんだ」
「そうだよ。だって、あれはみんなの宝物だもん。捨てるなんてありえないよ」
鈍い羽音を立てて、数匹のアブが飛んでいく。
大雑把に積み上げられた積石は、決して美しい積み具合だとは言えないだろう。円錐を目指したはずだったが、なだらかな稜線を築き上げることは難しかった。あの白樺が無ければ、ここまで見栄えが整うことはなかっただろう。
「でも、きれいになってよかった。あなたもそう思うでしょ?」
積石を見つめながら傍らの女の子に話しかける。
しかし、いつまで経っても返事がない。その代わり、瓔花の腕をかすめるようにハチが飛んで行った。
「あれ、いない」
先ほどまで横にいた女の子は、どこかへ行ってしまったようだった。瓔花はひとり、ポツンと佇んでいる。
どこへ行ってしまったのだろう。積石の周りをぐるりと一周しながら探してみる。
「それにしても、ここに鳥が来るなんて珍しいな。虫も、いつもはこんなにいないのに」
歩きながら、薄々と感じていたことが、口からこぼれた。なんだか今日は、鳥と虫が多い。それもハチやアブといった大きめの虫と、小鳥だけ。バッタやカマキリはいないし、カラスもいない。
「しかも、あの子たちもどこかに行っちゃったし」
百人は居たはずの子どもたちが、いまや六十人ほどしかいない。いつもは瓔花の号令があるまで、積石の周りで遊んでいるにも関わらず、だ。
「ねえ、みんなどこに行ったか知ってる?」
積石の前にしゃがみ込む男の子に問いかける。頭に被った蓮の葉が、少し破れているのが見えた。
「おむ おむ まに おむ」
どうやら男の子の耳には届かなかったようだ。不思議な模様の石を指さして、なにかを呟いている。
「まに まに おむ ぱどめふむ」
その子の横を通り過ぎ、もう一周、積石の周りを歩いてみる。
「あれ、また減ってる」
子どもたちはさらに数を減らし、三十人ほどになっていた。蓮の葉が破れていた男の子も、姿を消している。
「ぱどめふむ まに おむ まに ぱどめふむ」
先ほどの男の子と同じように、茶色がかった蓮の葉の女の子が、石を指さしながら何事かを話している。
「ねえ。それって、この模様の名前なの?」
「おむ ぱどめふむ ぱどめふむ まに まに おむ まに」
そしてまた子どもたちを数えながら積石の周りを歩いてみると、今度は二十人しかいない。
「…みんな?」
気が付けば、賽の河原には生き物が増えていた。スズメやツバメが空を飛び交い、アブやハチが積石の横をすり抜ける。耳を奪う麗しいさえずりを遮るように重い羽音が耳をくすぐり、思わず瓔花は手で払いのける。
「ぱどめふむ おむ まに お」
目の前にいた女の子、葉脈だけになった蓮の葉を被っていた男の子の声が、突然途切れる。
それと同時に、一羽のスズメが飛び立った。
「うそ」
女の子が、消えた。女の子が消えて、スズメが飛んだ。
「まさか、鳥になったの?」
視界の端を、二羽のツバメが飛んで行く。ハチが、アブが、耳障りな音を立てる。傷ひとつない蓮の葉を被った女の子が、あの言葉を唱えている。
「ねえ、あなた! あなたはどこにも行かないよね」
駆け寄ろうとしたその時、また、男の子の姿が消えた。
「……なにが起きてるの?」
今度は、スズメは飛び立たない。ツバメも飛び立たないし、ハチもアブも現れない。ただ、男の姿が消えただけだった。
ぐるりと周りを見渡すも、子どもたちの姿は見えない。こちら側の子どもは、みな――。
「みんな、待って! 行かないで!」
反対側へと駆けだすと、あの声が聞こえた。
「おむ まに ぱどめふむ」
「おむ まに ぱどめふむ」
「おむ まに ぱどめふむ」
三人分の声。これはつまり、反対側には三人の子どもがいるのだ。
「そのままで、お願いだからそのままでいて!」
どうか、あの子たちが消えませんように。三人の無事を祈りながら反対側へと回り込む。
ズチャ
頭上から、奇妙な音が聞こえる。
ズチャ ズサ
湿度の高い音が聞こえる。ねばついた粘液に包まれた何かが、分泌物を潤滑液代わりに滑り落ちるような音がする。
「なに、この音」
音の出どころは頭上。不器用に積まれた石塚に目を向ける。そして、瓔花は正体を見た。
「木の枝に、芽が生えてる!」
積石塚のてっぺんに立て差したあの白樺の枝が、芽吹いていた。カサカサに乾いていたはずの枝が、幹が、子葉が、いまや瑞々しく脈打っている。
木の枝は、いつの間にか立派な立ち木になっていた。その枝には、ふっくらとした三角形の葉が、まるで布団のように生え繁っている。
「すごい! どうして!?……あっ」
興奮しながら見上げる瓔花。その目前で、今や自重で枝垂れつつある枝が、ドクリと脈打つ。
新たに芽生えたものは、蕾だった。そしてその蕾には、丸い葉がついている。大きく立派に広げられ、葉陰に立てば雨粒を遮ってくれそうだ。
それはどう見ても、蓮の葉だった。白樺の蕾と一緒に蓮の葉が吹き出した。
「どうして蓮の葉が」
超常的な現象を目にして立ち尽くす瓔花。その横を、スズメが、ツバメが、ハチが、アブが、颯爽と飛び去っていく。
それらはみな、積石塚の頂点に生えた樹へと、一目散に飛んでいく。その光景を見て、瓔花は気が付いた。
「もしかして、あの蕾にはあの子たちがいるの?」
グチャリと音を立てて、新たな蕾が付く。その蕾には、やはり立派な蓮の葉が被さっていた。その蓮の葉は、茶色い。
ズチュリと音を立てて、新たな蕾が付く。その蕾には、やはり蓮が。しかしその蓮は、端が欠けている。
「やっぱり! 生き物にならなかったあの子たちは、あそこにいるんだ!」
そう気づくや否や、瓔花は、積石塚に生えた白樺の樹に手を伸ばす。その手で蕾をむしり取る。
瓔花の身長では白樺の樹に手は届かない。しかし、フサフサと揺れる草葉は重く垂れさがり、蕾の生える枝先は、石塚の半分ほどまで下りて来ているのだ。
「みんな! いまそこから出してあげるからね!」
ブチブチと音を立て、蕾がむしり取られて行く。辺りには濃密な緑が漂い始め、あまりの青臭さに虫たちが離れていく。
無造作に突き出される小さな手の平は、蕾と葉に区別をつけることはない。枝に実るものを根こそぎ剝がし取られ、その反動で揺さぶられた白樺からは、鳥たちが飛び立っていく。
唸る翅音。さえずる羽音。そして、擦れる葉音。それらが合わさり奏でる音は、まるで断末魔だ。
「私の友達を奪う悪い木め! お前なんて、こうだ!」
積石塚の上に生える白樺に、青々と生い茂る葉はもう無い。ところどころ折れた細枝と、皮が剥けて浸潤液が滲み出る、痛々しい幹だけだ。
それらに向けて、瓔花は構える。解き放たれるは己そのもの、すなわち瓔花の全てを込めた美しき自己表現の結晶。
「くらえ!」
瓔花の周囲から繰り出される白く輝く光の弾。一見してか弱いその弾は、白樺の木に近づくにつれ質量を増していく。
打ち出された光の大弾は、それ自体が放つ煌きで白樺が埋め尽くされるまで放出され、やがて四散していった。
「これで、もう大丈夫」
積石の上に白樺の木はない。あるのはただ、乾ききった枝のみだ。
「あれ、元の姿に戻ってる」
「あー苦しかった」
「さっきの場所は嫌だったね」
「あんなところ、もう行きたくないよ」
弾幕を打ったあと特有の心地よい疲労感に酔いしれていると、背後から声が聞こえてくる。
その声は次第に増えていき、耳に届く言葉も独り言から会話へと遷移していく。
背後を向くと、そこには子どもたちがいた。端が欠けた蓮の男の子も、茶色い蓮の女の子も、傷ひとつない立派な蓮の女の子も、みんな立っている。
ただ、スズメになった女の子の姿はない。楽し気に話している子どもたちの数も、どれだけ多く見積もっても十数人で、最後まで残っていた十五人と合わせても、元の半数にも届かない。
きっと、蕾になった子どもたちしか、助けることができなかったのだろう。
「でも、ここに戻ってきてもらえるだけで、わたしはうれしいよ」
思い出話に盛り上がる幼児たちを見ながら、独り胸を撫でおろす。そのうち話に飽きたのか、あたりの積石に走っていく子どもたちが増えてきた。
「みんなー! さっきの不思議な石は、危ないから触っちゃいけないよー!」
原因はよくわからない。ただ、今回の件は全て、あの不思議な石を積み始めた後に始まっている。だから、あの石には近づかない方が良いのだろう。
「あの石がなんだったのか、潤美さんか映姫様に聞いてみよっと」
ここは幻想郷、賽の河原。輪廻を外れ、取り溢された者が集う場所。
そこに暮らす子どもたちは、しかし今日も楽しく笑っている。
子どもたちを見守る戎瓔花もまた、その様子を見て嬉しそうに微笑んでいる。
賽の河原には、功徳など必要ないのだ。
「この石、なにか書いてある。文字みたいだけど、読めないな」
それはひらがなではなかった。瓔花はひらがなを読める。だから、瓔花が読めないのならそれはひらがなではないのだ。
では漢字だろうか。しかし漢字にしては角がない。むしろ河原の小石みたいに曲線が多用されているように見える。瓔花が手に取った石には、ひらがなの「お」とよく似た図柄が描かれていた。
「えいかちゃん、見て! 不思議な石がある!」
横で石を積んでいた女の子が、同じような石を見せてくれた。その石には、瓔花の拾った石とは別の模様が描かれている。しかし、その模様の雰囲気は、瓔花の持つ石とそっくりだ。きっと由来が近しいのだろう。
「みんな注目! こんな模様がある石を見た子がいたら、私のところにもってきて」
すると、あちこちから子どもたちが歩いてくる。少なくとも十数人はいるだろう。みな一様に石を握っている。
「もう積んじゃった子は、そのままにしておいてね!」
積石によじ登ろうとする姿が見えたので、一応の注意喚起をした。この分だと、不思議な模様の石は、相当な数が転がっていたのだろう。
石を届けに来た子どもたちが、指示を待つかのように瓔花を見ている。せっかくだし、これをイベントにしてみようか。
「今日は、この不思議な石で塚を作ろうか。みんな、お友達に教えてあげて!」
わーわー、きゃーきゃーと年相応の声を上げながら、子どもたちがあたりに散らばっていく。
やがて、報せを聞いた子どもたちが瓔花の下に集まってきた。その数、実に百人を越えている。
「それじゃあ、ここに特別な塚を作ってみよう! みんな、がんばろー!」
瓔花の号令で、子どもたちが一斉に石を積みだす。この分だと、相当大きな積石塚ができるだろう。
「てっぺんに宝物を立てようね」
横にいた子に、以前見つけた木の枝を見せる。真っ白できれいな枝は、牛崎潤美に聞いたところによると、白樺という樹の枝らしい。
「うん。がんばる」
二人は頷き合い、石を積む作業に戻るのだった。
そして、塚の高さが1メートルを超えたころ、瓔花はその頂点に白樺の木の枝を突き立てた。
「よし、これで完成!」
子どもたちと共に、新たに出来上がった積石を見上げる。見たことのない、奇妙な模様の描かれた石がたくさん積まれた石塚は、いつも作る積石とは違って、なんだか神々しく見えた。いつの間にかやってきた小鳥たちも、嬉しそうにさえずっている。
「えいかちゃんありがとう。あの枝、取っておいてくれたんだ」
「そうだよ。だって、あれはみんなの宝物だもん。捨てるなんてありえないよ」
鈍い羽音を立てて、数匹のアブが飛んでいく。
大雑把に積み上げられた積石は、決して美しい積み具合だとは言えないだろう。円錐を目指したはずだったが、なだらかな稜線を築き上げることは難しかった。あの白樺が無ければ、ここまで見栄えが整うことはなかっただろう。
「でも、きれいになってよかった。あなたもそう思うでしょ?」
積石を見つめながら傍らの女の子に話しかける。
しかし、いつまで経っても返事がない。その代わり、瓔花の腕をかすめるようにハチが飛んで行った。
「あれ、いない」
先ほどまで横にいた女の子は、どこかへ行ってしまったようだった。瓔花はひとり、ポツンと佇んでいる。
どこへ行ってしまったのだろう。積石の周りをぐるりと一周しながら探してみる。
「それにしても、ここに鳥が来るなんて珍しいな。虫も、いつもはこんなにいないのに」
歩きながら、薄々と感じていたことが、口からこぼれた。なんだか今日は、鳥と虫が多い。それもハチやアブといった大きめの虫と、小鳥だけ。バッタやカマキリはいないし、カラスもいない。
「しかも、あの子たちもどこかに行っちゃったし」
百人は居たはずの子どもたちが、いまや六十人ほどしかいない。いつもは瓔花の号令があるまで、積石の周りで遊んでいるにも関わらず、だ。
「ねえ、みんなどこに行ったか知ってる?」
積石の前にしゃがみ込む男の子に問いかける。頭に被った蓮の葉が、少し破れているのが見えた。
「おむ おむ まに おむ」
どうやら男の子の耳には届かなかったようだ。不思議な模様の石を指さして、なにかを呟いている。
「まに まに おむ ぱどめふむ」
その子の横を通り過ぎ、もう一周、積石の周りを歩いてみる。
「あれ、また減ってる」
子どもたちはさらに数を減らし、三十人ほどになっていた。蓮の葉が破れていた男の子も、姿を消している。
「ぱどめふむ まに おむ まに ぱどめふむ」
先ほどの男の子と同じように、茶色がかった蓮の葉の女の子が、石を指さしながら何事かを話している。
「ねえ。それって、この模様の名前なの?」
「おむ ぱどめふむ ぱどめふむ まに まに おむ まに」
そしてまた子どもたちを数えながら積石の周りを歩いてみると、今度は二十人しかいない。
「…みんな?」
気が付けば、賽の河原には生き物が増えていた。スズメやツバメが空を飛び交い、アブやハチが積石の横をすり抜ける。耳を奪う麗しいさえずりを遮るように重い羽音が耳をくすぐり、思わず瓔花は手で払いのける。
「ぱどめふむ おむ まに お」
目の前にいた女の子、葉脈だけになった蓮の葉を被っていた男の子の声が、突然途切れる。
それと同時に、一羽のスズメが飛び立った。
「うそ」
女の子が、消えた。女の子が消えて、スズメが飛んだ。
「まさか、鳥になったの?」
視界の端を、二羽のツバメが飛んで行く。ハチが、アブが、耳障りな音を立てる。傷ひとつない蓮の葉を被った女の子が、あの言葉を唱えている。
「ねえ、あなた! あなたはどこにも行かないよね」
駆け寄ろうとしたその時、また、男の子の姿が消えた。
「……なにが起きてるの?」
今度は、スズメは飛び立たない。ツバメも飛び立たないし、ハチもアブも現れない。ただ、男の姿が消えただけだった。
ぐるりと周りを見渡すも、子どもたちの姿は見えない。こちら側の子どもは、みな――。
「みんな、待って! 行かないで!」
反対側へと駆けだすと、あの声が聞こえた。
「おむ まに ぱどめふむ」
「おむ まに ぱどめふむ」
「おむ まに ぱどめふむ」
三人分の声。これはつまり、反対側には三人の子どもがいるのだ。
「そのままで、お願いだからそのままでいて!」
どうか、あの子たちが消えませんように。三人の無事を祈りながら反対側へと回り込む。
ズチャ
頭上から、奇妙な音が聞こえる。
ズチャ ズサ
湿度の高い音が聞こえる。ねばついた粘液に包まれた何かが、分泌物を潤滑液代わりに滑り落ちるような音がする。
「なに、この音」
音の出どころは頭上。不器用に積まれた石塚に目を向ける。そして、瓔花は正体を見た。
「木の枝に、芽が生えてる!」
積石塚のてっぺんに立て差したあの白樺の枝が、芽吹いていた。カサカサに乾いていたはずの枝が、幹が、子葉が、いまや瑞々しく脈打っている。
木の枝は、いつの間にか立派な立ち木になっていた。その枝には、ふっくらとした三角形の葉が、まるで布団のように生え繁っている。
「すごい! どうして!?……あっ」
興奮しながら見上げる瓔花。その目前で、今や自重で枝垂れつつある枝が、ドクリと脈打つ。
新たに芽生えたものは、蕾だった。そしてその蕾には、丸い葉がついている。大きく立派に広げられ、葉陰に立てば雨粒を遮ってくれそうだ。
それはどう見ても、蓮の葉だった。白樺の蕾と一緒に蓮の葉が吹き出した。
「どうして蓮の葉が」
超常的な現象を目にして立ち尽くす瓔花。その横を、スズメが、ツバメが、ハチが、アブが、颯爽と飛び去っていく。
それらはみな、積石塚の頂点に生えた樹へと、一目散に飛んでいく。その光景を見て、瓔花は気が付いた。
「もしかして、あの蕾にはあの子たちがいるの?」
グチャリと音を立てて、新たな蕾が付く。その蕾には、やはり立派な蓮の葉が被さっていた。その蓮の葉は、茶色い。
ズチュリと音を立てて、新たな蕾が付く。その蕾には、やはり蓮が。しかしその蓮は、端が欠けている。
「やっぱり! 生き物にならなかったあの子たちは、あそこにいるんだ!」
そう気づくや否や、瓔花は、積石塚に生えた白樺の樹に手を伸ばす。その手で蕾をむしり取る。
瓔花の身長では白樺の樹に手は届かない。しかし、フサフサと揺れる草葉は重く垂れさがり、蕾の生える枝先は、石塚の半分ほどまで下りて来ているのだ。
「みんな! いまそこから出してあげるからね!」
ブチブチと音を立て、蕾がむしり取られて行く。辺りには濃密な緑が漂い始め、あまりの青臭さに虫たちが離れていく。
無造作に突き出される小さな手の平は、蕾と葉に区別をつけることはない。枝に実るものを根こそぎ剝がし取られ、その反動で揺さぶられた白樺からは、鳥たちが飛び立っていく。
唸る翅音。さえずる羽音。そして、擦れる葉音。それらが合わさり奏でる音は、まるで断末魔だ。
「私の友達を奪う悪い木め! お前なんて、こうだ!」
積石塚の上に生える白樺に、青々と生い茂る葉はもう無い。ところどころ折れた細枝と、皮が剥けて浸潤液が滲み出る、痛々しい幹だけだ。
それらに向けて、瓔花は構える。解き放たれるは己そのもの、すなわち瓔花の全てを込めた美しき自己表現の結晶。
「くらえ!」
瓔花の周囲から繰り出される白く輝く光の弾。一見してか弱いその弾は、白樺の木に近づくにつれ質量を増していく。
打ち出された光の大弾は、それ自体が放つ煌きで白樺が埋め尽くされるまで放出され、やがて四散していった。
「これで、もう大丈夫」
積石の上に白樺の木はない。あるのはただ、乾ききった枝のみだ。
「あれ、元の姿に戻ってる」
「あー苦しかった」
「さっきの場所は嫌だったね」
「あんなところ、もう行きたくないよ」
弾幕を打ったあと特有の心地よい疲労感に酔いしれていると、背後から声が聞こえてくる。
その声は次第に増えていき、耳に届く言葉も独り言から会話へと遷移していく。
背後を向くと、そこには子どもたちがいた。端が欠けた蓮の男の子も、茶色い蓮の女の子も、傷ひとつない立派な蓮の女の子も、みんな立っている。
ただ、スズメになった女の子の姿はない。楽し気に話している子どもたちの数も、どれだけ多く見積もっても十数人で、最後まで残っていた十五人と合わせても、元の半数にも届かない。
きっと、蕾になった子どもたちしか、助けることができなかったのだろう。
「でも、ここに戻ってきてもらえるだけで、わたしはうれしいよ」
思い出話に盛り上がる幼児たちを見ながら、独り胸を撫でおろす。そのうち話に飽きたのか、あたりの積石に走っていく子どもたちが増えてきた。
「みんなー! さっきの不思議な石は、危ないから触っちゃいけないよー!」
原因はよくわからない。ただ、今回の件は全て、あの不思議な石を積み始めた後に始まっている。だから、あの石には近づかない方が良いのだろう。
「あの石がなんだったのか、潤美さんか映姫様に聞いてみよっと」
ここは幻想郷、賽の河原。輪廻を外れ、取り溢された者が集う場所。
そこに暮らす子どもたちは、しかし今日も楽しく笑っている。
子どもたちを見守る戎瓔花もまた、その様子を見て嬉しそうに微笑んでいる。
賽の河原には、功徳など必要ないのだ。
恥ずかしながら無知ゆえにいまいちわからなかったところがあります。
賽の河原からみた輪廻転生という視点は面白く、
見方を変えれば救いとなるはずがホラーっぽく見えるというアイデアはすきでした。
徳を積むことが脅威となるというその発想が素晴らしかったです
次は風力で回しましょう
「みさき」でも感じましたが作者さんの幻想的な描写が非常に好みです。
瓔花視点では不気味な現象を追い払った前向きな話であるのに、
読者視点・客観的に見るとあーあーやってしまったなーな感じが上手く出ており、良かったです。
ありがとうございました。