Coolier - 新生・東方創想話

馬鹿じゃないの?

2023/07/30 12:16:44
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 この世で『姉』ほど貧乏くじを引かされ続けるみじめで不幸な生き物はいない。
 たとえばシンデレラ。血の繋がりのない継姉とはいえ、シンデレラの姉達は欲深でわがままで意地悪で、ひたすら善良で美しいシンデレラの引き立て役に甘んじて、王子様には見向きもされないし、最後には足を切り落としたり目を潰されたり、痛い目も見る。
 あるいはその日本版だと言われる落窪物語。こちらは腹違いの姉で継母ほど積極的に妹をいじめるわけじゃないけど、妹に無関心で冷淡だったせいなのか、最後はやっぱり幸せをつかんだ落窪姫の引き立て役だ。
 いやいや、何も不遇をかこつのは姉に限ったもんじゃない。ヤマトタケルの兄オオウスだって弟の勘違いで惨殺されたり、別の話では臆病風に吹かれて武功を立てるチャンスをみすみす弟に譲ってしまったり、どこまでも不憫な引き立て役でしかないじゃないか。大国主の兄八十神だって、山幸彦の兄海幸彦だって、数えれば枚挙に暇がない。
 その他の古今東西数多の物語でも、姉や兄は空気か悪役かのどっちかで、善良で立派で模範的な主人公たる妹や弟の華麗な人生に添えられる『花』でしかないのよ! 神代の頃から長子は呪われ続けている!
 ここで我が身を振り返ってみればどうよ。どこでどう生まれ育ったかまったく覚えちゃいないけど、『貧乏神』なんてこの世に生まれ落ちたその日から不幸を約束されたような神様に生まれてしまった上に、疫病神とかいう双子の妹が、望んでもいないのにこの身に貼り付けられた請求書と差し押さえのごとくくっついていたのだ。
 私達みたいな双子ですら、ほんのちょっとのタッチの差でどっちが先に生まれたかで序列を決められる。決められたままに人生という果てなき荒野に剥き身でほっぽり出される。先に生まれた方がなんでも優先してもらえていいじゃないかって? 冗談じゃない。『貴方の好きなように歩いてごらん』という自由の名の元に姉や兄に与えられたのは特権ではなく、下の子の人生の盾役と毒味役でしかないのだ。後ろから姉や兄の失敗を見て同じ轍を踏むまいと立ち回れる妹弟の要領の良さこそ特権よ。
 ああ、なんて不幸せな私! よりにもよって疫病神の引き立て役を約束された人生だなんて!
 そう嘆いている私を見て、我が妹の女苑は、
「姉さんが私の人生の花だって? 貧乏草に飾られるほど私は落ちぶれちゃいないわ」
などと、鼻で笑いやがったのである。こいつはなまじ『ヒメジョオン』なんていう、かつて園芸用に愛でられた歴史を持つ花の名前を授かっただけに、貧乏草の異名を持つ名前の姉の私を見下しているのだ。
 ハルジオンを馬鹿にするな! 人間は貧乏草だなんて呼んで縁起悪がるけど、ハルジオンは花から茎から葉っぱから根っこまで食べられるし薬にもなるありがたーい雑草なのよ!
 そう、私は人に愛でられこそしないけど、どこにでも咲けるしぶとい生命力を持つ、たくましく可憐な花の名前を授かった女神なのだ。妹の人生の引き立て役なんかで終わってたまるものか。
 いつか絶対に、私こそが人生の主役の『花』になってやる!
 ……なんて息巻いたのはいいけれど、貧乏神の私の元にはお金がたまらない。もらってもすぐになくしてしまう。非常に腹立たしいけれど、ジリ貧金ナシの私は、人間から安易に金を巻き上げられる妹に寄生して、おこぼれに与るしかないのだった。
 妹は好きなだけお金を集められる。すぐ使い果たすけど。一方の私は集めることすらできないから使うこともできない。双子の姉妹でありながらなんという不平等だろう。
 人間だったら生みの親を憎むのだろうけど、私は神様だから天を恨むしかないのだった。
 どうして私をこんな風に生みやがった、天のバカヤローッ!!



 認めたくはないけど、妹は人に好かれやすい。いつもブランド品の服や小物で派手に着飾って、振る舞いも明るく華やかで人懐っこく、愛嬌と社交性に恵まれている。唯一救いがあるとすればこいつは『妹』といっても善良でも立派でも模範的でもないので、私同様主人公の資格を持っていないということだ。その裏の性格は推して知るべし。
 とにかく見た目に騙された馬鹿な人間どもがいつもハエやウジ虫のごとく群がってくるので、女苑の周りはいつも賑やかだ。そいつらがこぞって女苑に金という金を貢ぐんだから、どこのお大尽様のお嬢様かってくらい、妹はますます羽振りがよくなって性格の悪さも増長してゆく。
 それに引き換え、姉の私は、見るからにみすぼらしいボロっきれみたいなヨレヨレの服に、ボサボサの長い髪に(これ、防寒のためでもあるのよ。なのに人間からは「不潔で気味が悪い」「呪いの人形かと思った」と大不評だ。これだから人間ってやつは)、陰気で根暗で僻みっぽい性格。おおよそ人に好かれる見た目や性格ではない上に、貧乏神だとわかると、人間達はたちまち『あっちいけカード』を投げつけんばかりに拒絶してくる。私が餓死しないのはひとえに妹の集める富の恩恵という、あまりにひもじい境遇である。
 でも人の金で食う飯ってのはどうしてだか異様に美味い。いっそ女苑に群がって金を貢ぐ取り巻きの一人を奪えないかと企んだことがあったけど、女苑は私の目論見を知るや否や「近寄らないで!」と殴り殺さんばかりの勢いで激しく怒ってきた。
「なんでよ、いっぱいいるんだから一人くらい分けてくれたっていいじゃない」
「嫌よ。姉さん私があげた食べ物も着る物もすぐなくすんだもの、貴重な金づるを姉さんに渡すなんてもったいない。姉さんなんかに譲ったが最後、そいつが破産する未来しか見えないわ」
 お前だっていつも平気で破産させまくってるだろうがよ、このドケチ疫病神が。実の姉に冷たい仕打ち、人の心はないのか? あるわけないか、こいつも神様なんだし。
 私に富が貯まらないのはわざとなくしてるからじゃないのよ。貧乏神はそういう体質なの。仕方ないじゃない、気がついたらいつもなくなってるんだから。
 ああ、それにつけても金の欲しさよ。私だって大勢の人間にチヤホヤされたいし、最高級ディナーでも海外ブランド品でも好きなだけ貢いでくれるミツグ君が欲しいわよ。あるいはアッシー君やメッシー君でも可。
 いつもいつも女苑ばっかりずるい! これが妹に対する天の贔屓じゃなくてなんだっていうの!



 そんな私の願いを、何を考えてるんだかわからない天の神様が気まぐれを起こして聞き届けてくれたのか、ある時、私にもついに『ミツグ君』ができたのだった。
 歳は十代半ば……いや前半? どうも幼く見える顔立ちのせいで正確な年齢はよくわからない。いかにも若くて青臭くて人生経験が浅そう。お世辞にもイケメンとは言えないけど、いつもシワ一つない洗いたての真っ白なシャツを着ていて、栗色の巻毛はつややかで、全体的に清潔感があるせいか見栄えはまあまあ悪くない。
 そのミツグ君が紙幣を握りしめて私に近づいてきた時、私がお金に食いつきながら「どういうつもり?」って聞いたら、
「だって、キミ、あんまり可哀想な格好をしているんだもの……」
と、なんとも正直に答えたのだった。私が思わず「同情するなら金をくれ」と本気で言ってしまったら、ミツグ君は本当に私にお金をくれたのだった。しかもなんの見返りも求めもせずに。
 それからミツグ君は私のところにたびたびお金を持ってきてくれるようになった。いや、ただボランティア感覚でお金をくれるだけじゃない、ご飯も奢ってくれるし、新しい服も買ってくれる、たいそうお金持ちのお坊ちゃまなのだった。私の言うことはなんでも聞いてくれるし、聞いてくれないのは手持ちのお金がなくなった時だけ。おかげで私は生まれて初めて、飢えと寒さに苦しまない人並みな生活を送っている。
「どうして私に尽くしてくれるの?」
って聞いたら、ミツグ君はぽっと頬をバラ色に染めて、
「だって紫苑さん。『かあいそうだとは惚れたということよ』と、あの夏目漱石が書いているんですよ。だからボクもきっと、紫苑さんを……だと思うんです」
などと照れ臭そうにのたまうのだった。私はその夏目なんちゃらもそれを鵜呑みにしてるミツグ君もまとめて「馬鹿じゃないの」と思ったけど、何せ私が初めて手に入れた貴重な金づるだ。細かい欠点には目をつぶって、女苑がいつもやってるように、こいつをうまくキープして、金を搾り取るだけ絞り取ることにしたのだった。
 一緒にご飯に行って、一緒に買い物に行って、側から見れば立派なカップルなんだろうけど、私とミツグ君の間に色っぽいものは一切ない。ていうか、ミツグ君の方はともかく、私は付き合ってるつもりなんてこれっぽっちもないし、好きだとも思ってない。手も繋がない、キスもしない、まして「ちょっとそこで休憩でも」なんてもってのほか。普通の男の子はこういう仕打ちを嫌がりそうなもんだけど、ミツグ君は私の言いつけを律儀に守って、指一本触れてこない。
「だってボク達、まだ知り合って日が浅いでしょう。そういうのは、お互いの気持ちが深まってから……そうやって気長に構えるのが、真の男の優しさだと思うんです。それに紫苑さんは華奢で儚げで、ともすれば花の茎のようにぽっきり折れてしまいそうなのが痛々しくて、お気の毒です」
 ミツグ君はうっとり夢を見るような目でそんなことを言う。私は内心「うわ、キッツ。私がか弱い女の子のふりをしていることにちっとも気づいていないのね。お気の毒なのはあんたの脳みそだよ」とは思ったけど、これぐらいのウザさなら金のために目をつぶれる。
 またある時、「私は貴方に貰いっぱなしで何も返せないけど、それでもいいの?」とも聞いてみたら、
「愛は見返りを期待するものじゃないと言いますよ。今のところ、ボクにはお金しかあげられないけれど、いざという時はボクが必ずキミを守るよ」
 ……。うん。そういうセリフを言ってみたいお年頃なんだろうね。
 でもねーミツグ君。私はそりゃ見るからに貧相な貧乏神だし、決して勝ち組にはなれないけど、これでも一応神様なんだよ? 雑草のごとくそこらの人間より頑丈なんだよ? たぶんミツグ君より私の方が強いよ? 何からどうやって私を守るつもりなの?
 あれかしら、メサイアコンプレックスってやつ。貧乏でみじめな私相手ならボクだってカッコいいヒーローや王子様になれるんだ! とか? それともこんな可哀想な女の子はぜひともボクが救ってあげなくては! っていう歪んだ使命感? 大きなお世話!
 またある時は、わざわざ珍しくもなんともないハルジオンを押し花にしたのを持って、
「紫苑さん、ハルジオンの花言葉を知っていますか。『追想の愛』だそうですよ。まだ始まったばかりでこんなことを言うのは不吉ですが、たとえいつかさよならする時が来ても、ボクはいつまで経っても貴方のことを……忘れられずに、思い出すでしょう」
 うるせえ知るか。花言葉なんて、人間がテキトーに後付けで意味をつけまくったものを本気にしたって仕方ないわよ。
 ちょっと付き合っただけで、ミツグ君が歳のわりに幼くて世間知らずでロマンチストで馬鹿なのはよくわかった。はなから恋愛する気はなかったけど、一応はボーイフレンドと呼んでもよさそうなミツグ君をどうしてもそういう目で見る気になれない。「憎らしいけど、好きなの」なんてとても言えない年下の男の子だわ。なんだか手のかかる弟を見ているような……私って結局姉の宿命から逃れられないのね……。
 とまあ、苦虫を何匹も何匹も噛み潰さなければならない思いをすることもたくさんあるけれど、ミツグ君の世間離れした幼さはかえって利用できるかもしれない。逆光源氏計画よろしく、私好みに躾けてやるのもいいかもね。
 良心の呵責? ちっともないわ! この世はなんといってもお金が唯一無二の正義。すべてはお金のためだもん、貧乏神なんかに引っかかったミツグ君が悪いのよ!



 ところが、私とミツグ君の蜜月は長くは続かなかった。別に私が痺れを切らしてフッたんじゃない。愛想を尽かされたわけでもない。ミツグ君のお金がなくなってしまったわけでもない(あれだけ浪費してるのにまだ余裕があるって、ミツグ君どれだけお金持ちなの?)。
 あろうことが女苑が、あの疫病神が、我が妹が、私のミツグ君に手を出したのだ!
 ある日、いつものようにミツグ君と二人で出かけようと待ち合わせしてたら、ミツグ君は真っ青な顔でやってきて、
「紫苑さん、ごめんなさい!」
と、土下座せんばかりに謝ってきたのだ。
「ど、どうしたの?」
 冷静に聞いたつもりで、内心もうお金がないの? とドキドキだった。ところがミツグ君はあまりにも意外なことを口にした。
「ボク、浮気してしまいました」
 晴天の霹靂としか言いようがなかった。浮気って、こんな幼くて甘ったれで世間知らずで、取り柄といえばお金と「ボクには紫苑さんだけです」とか馬鹿正直にのたまう純真無垢さくらいしなないミツグ君が、私以外の女をつまみ食いしたというのか!?
「浮気って、誰と? 私の知らない人?」
「……」
 ミツグ君は真っ青になったり真っ赤になったりを繰り返す。そのうちチアノーゼ起こして紫色になるんじゃないかしら。というか早く答えてよ、悪いことしたのはミツグ君なのに、問い詰めてる私がいじめてるみたいじゃん。
 長い沈黙の末に、ミツグ君はやっと答えた。
「女苑さんです」
 よりによって私の妹かよ! この甘ったれメルヘンヤロー、純情ぶっといてちゃっかり姉妹丼お召し上がりとはいい度胸してるじゃないの!
 これが赤の他人ならミツグ君の浮気はそんなに気にならなかった。てかどうでもよかった。やっぱりミツグ君のことは好きじゃないし、恋にのぼせてるミツグ君の歯の浮くような文句を信じてたわけじゃないし。だけど相手が女苑とあっては冷静ではいられない。
「何よ、なんで女苑なのよ。あいつのどこがいいの、浮気って、あいつと何をしたの!」
「そ、その……」
 思いっきり詰られたミツグ君はしどろもどろ、真っ赤になって白状した。
「て……手を繋ぎました!」
「……は?」
 その時の私はとても間抜けな顔をしていたと思う。幼く見えるといっても健全な若い男の子だし、ミツグ君の顔面蒼白ぶりからしても、てっきりいくとこまでいったか、最低でもキスはしてるかと思ったのに、お手々繋いだだけで「浮気してしまった!」って罪悪感に打ちひしがれてるの? 幼稚園児かよ。
 うなだれるミツグ君に「馬鹿じゃないの」と心底呆れてしまったし、女苑も女苑だ。まさか手を繋いだ程度で「姉さんより先に進んでやったわ」と勝ち誇ってるんだとしたら、我が妹ながら馬鹿すぎて情けなくなってくる。
 大きな告白をしてはずみがついたのか、ミツグ君はそのまま聞いてもいないことを洗いざらい喋り出した。女苑に声をかけられたこと、最初は私の妹だとわからなかったこと(まったく似てないから当たり前だ)、女苑の口車に乗せられてつい貢いでしまったこと……。
 ミツグ君の言い訳は続くけど、その大半はどうでもよくて、ただ一つ、女苑に金を払ったのが許せなかった。
 これだから妹というやつは、妹というやつは、妹というやつは! 生まれ落ちたその瞬間から周囲に甘やかされまくる幸運な宿命を背負って、自分だけに天から与えられた恵みを満喫するだけでは飽き足らず、あろうことか、姉にのみ与えられたささやかな恵みまで強欲に奪い取ろうとするなんて!
 こうなったらやることは一つ、女苑との全面対決だ!
「ま、待って、紫苑さん!」
 慌てふためくミツグ君の声が背中に飛んでくる。ふんっ、浮気ヤローの言い訳なんか聞きたくないわ。
「女苑さんとはもう手を繋ぎませんから!」
 そこは一番どうでもいいんだよ!!



「ちょっと女苑、どういうことなの!」
 詰め寄られた妹は相変わらず華やかな出立ちで、怒り心頭の私を見るなり鼻で笑った。
「あら姉さん。近頃急に金回りがよくなったと思ったのに、また顔色が悪くなったわね」
「ひどいじゃない、私のミツグ君に手を出すなんて!」
「何よ、たかが男一人。簡単に浮気されるなんて、姉さんがその程度の女ってことでしょ?」
「ふざけんなこの泥棒猫!」
 姉妹で一人の男を巡って争うなんて、まるで修羅場だ。元凶があのミツグ君ってのがしょぼくて情けないけど。
「あんたにはどっさり貢いでくれる取り巻きが何人もいるでしょう! 私にはミツグ君しかいないのよ、それを横取りすることないじゃない!」
 無我夢中で罵倒する私を見て、女苑は「だって」といつになく弱気な声を出した。
「あいつは姉さんにくびったけじゃない。いつも紫苑さん、紫苑さんって子犬みたいに付き従って」
「だから何よ」
「私だってわかってるのよ! 私にチヤホヤして群がる人間が、いつもみんな離れていくってこと!」
 何を今更。
 女苑に騙される人間はみんな馬鹿だけど、馬鹿も馬鹿なりに分別ってやつがあるのか、しばらくすると自分が一方的に金を搾り取られているだけだって気づいて去ってゆくのである。
 それが虚しいとでも? 馬鹿じゃないの?
 そいつらが全員離れたって、女苑はまたすぐ新しい取り巻きを見つけられるじゃない。お金を使い果たしてもまた補充できるじゃない。それに引き換え、貯めることすらできない、使うことすらできない私のみじめさはどうよ?
 何度都落ちしようが、いつでも大富豪に返り咲けるこいつには、革命すら起こせない大貧民の気持ちがわからないのよ!
「いいからミツグ君に近寄らないで! 本気で怒るよ!」
「嫌よ! なんでよ、どうして姉さんが先に見つけちゃうの。不公平じゃない、どうして姉さんにだけああいう人間が……姉さんばっかりずるい!」
「……は?」
 なんか癇癪起こしてるっぽい妹を前に、本日二度目の間抜け顔を晒したと思う。
 えーと。側から見れば、確かにミツグ君は私にぞっこんだろう。恋の奴隷に見えるだろう。私に言わせりゃ恋の酔っ払いだけど。
 だけどそれってミツグ君が青いだけよ。まともな恋愛経験がなくて、恋に恋して、私を薄幸の可哀想なお姫様、自分を颯爽と救い出す王子様だとでも信じて、私を心の底から愛していると思い込んでいる自分に酔っているのね。いわばナルシストよ。正直だいぶウザい。
 でも、女苑はそれを羨んでいると。
 ……え、なにこいつ、馬鹿なの?
 ちっとも人に好かれない私ですらミツグ君の自己陶酔に気づくのよ。なのに女苑はあれだけバブルの権化でございと派手に遊んでるくせして、ミツグ君の愚かな盲目ぶりがわからないの?
 馬鹿じゃないの?
「とにかく、あの男は絶対に私の取り巻きにしてやるから!」
 女苑は捨て台詞を残して走り去っていった。
 なんだかひどく頭が痛い。
 魔女じゃなくたって双子は厄介のもとでしかないわ。私達は双子の姉妹なのに見た目はちっとも似てないし、しょっちゅう喧嘩するし、お世辞にも仲がいいとは言えないけど、それでもお金に対する執着の強さだけは同じだと思ってたのよね。
 愛なんてまやかしよ。いっときの熱病か夢まぼろしにすぎないのよ。そんな不確かなものより、お金の方がずっと大事に決まってるじゃない。
 でも女苑はそうじゃないのね。いつのまにかお金以外に執着するものができてたのね。それはまあ……ショックといえばショックなのかしら。きょうだいは他人の始まりとはよく言ったものだわ。いくら血を分けた(神様だけど、たぶん分けてるのよ)姉妹でも、まったく同じところなんてなくて、所詮は他人ってことね。あいつ、いっぺん尼寺にでも入って愛欲を一切断ち切ってみたらどうかしら。
 まあ女苑が何を考えていようが、私の考えは変わらない。私は姉として妹の犠牲になる人生なんて絶対に嫌。むしろ妹を犠牲にしてでも私が幸せになりたい。せっかく手に入れた金づるを、ミツグ君を女苑にみすみす奪われてなるものか! 天から勝手に押し付けられただけの『姉』という役割に私が唯々諾々と従うと思うなよ!



 こうして私達の不毛な三角関係が始まった。
 どうも女苑はミツグ君に積極的にモーションをかけてるらしく、気を抜いたら本気で奪われかねないのだ。とはいえミツグ君は女苑に心を揺さぶられながらも、初めて付き合った(と思い込んでいる)私を簡単には捨てられない、とも思っているようだった。
「女苑に騙されちゃ駄目よ。あいつがいつも派手で金回りがいいのは、貴方の他にいくらでもお金を貢ぐ取り巻きがいるからよ。今は気に入られてても、いつか必ず飽きて捨てられるに違いないわ。それに比べて私はどう? どんなに貴方が素敵なお洋服や高価なアクセサリーを贈ってくれても、いつも身なりは慎ましやかにしているでしょう?」
 ミツグ君はもっともだと思っているみたいだけど、私が貧相なのは質素倹約を心がけているからじゃなくて、例によって富を貯め込めない貧乏神の悲しきさがのためだ。だけどお金のためなら二枚舌でも三枚舌でも使ってやる。
 ミツグ君は変なとこ律儀で、あんまり気乗りはしないけどいっそ文字通り『一肌脱いでやろうか』と腹を括ったけど、いざ仄めかすとミツグ君は真っ赤になって「まだ早い」って拒むのよね。このぶんだと、たぶん女苑とも手を繋いだっきり進展はなさそうだ。二股かけてるくせにウブってどういうことよ。
 しかし、なんていうか……不本意な三角関係が始まってから、ミツグくんの情けなさが前にもまして気になるようになってきた。今までもがんばって目をつぶっていたけど、耐えられなくなってきたというか……。
 ミツグ君、私といない間に女苑に会ったこと、ぜんぶ報告してくるのよ。女苑とどこで何をしていくら使ったとか。別に、私に会えないなら会えないで『家族の都合が』とか適当に言い訳してくれればいいのに、ミツグ君は包み隠さずありのままをすべて話すのが誠実さの証だと思っているらしい。馬鹿じゃないの?
 ていうか、女苑にアタックされて気持ちが揺らぐって、結局私に「貴方だけです」とか言ったのは嘘だったってことね。最初から信じちゃいなかったけど、馬鹿正直に「貴方が好きです、一筋です」って口に出して言うところはミツグ君の数少ない長所というか、可愛げがあると言えないこともなかったのに、この体たらくじゃ金以外になんの取り柄もないじゃないの。やっぱり愛も恋もまやかしよ。
「そんなに女苑が気に入ったなら、私と別れて付き合ったら?」
「そんなひどいこと言わないでください」
 私がたまに突き放すと、ミツグ君はメソメソ泣いて取り縋ってくる。なーにがひどいことよ、この二股ヤロー。そんな気はしてたけど、ミツグ君、泣き虫だ。しかも優柔不断だ。別に男のくせに泣くなとか思わないけど、うざったくてミツグ君への嫌気は日に日に増す一方だった。
「紫苑さん、これが『狭き門より入れ』という神様の思し召しなんでしょうか。貴方はアリサのように妹を勧めはしないでしょうけど……。一つしかないボクの心を二つに分けるほどつらいことはありません。だって、お二人とも、とりどりに素敵なんですもん。女苑さんは明るくて華やかで、紫苑さんは可憐で儚げで……ねえ、ボクのつらさもわかってください」
 どのツラ下げて言いやがる。こいつは純文学の主人公にでもなったつもりでいるのか。
 そりゃあ、タイプの違う二人の姉妹に挟まれて揺れる男心、なんて言ったらいかにも物語めいてロマンチックだけど。もしも、仮に女苑や私が本気でミツグ君のこと好きだったら、少しはドラマチックな雰囲気になってたかもしれないけど。実際には貧乏神と疫病神によるただの金づるの奪い合いだからね。姉妹の間で揺らぐ自分の悲劇に酔っているミツグ君は、女苑との関係を逐一聞かされる私の胸糞悪い気持ちをちっとも推し量ろうとしない。どこまでも自分本位で視野の狭いやつ。
 赤の他人とだって比べられるのは腹の立つ行為なのに、まして実の姉妹と比べられるなんて。姉妹に生まれついただけで何かと比較の対象になりがちだけど、私達はぱっと見似てないぶん、何も言わなければそういう憂き目を見ずに済むこともあるけれど、姉妹だと知るや否や「ああ、そうだったのか。なるほど、言われてみれば……」とか賢しらぶってどこが似てる気がする、ここはあまり似てない、みたいな批評を勝手に始めてくる連中のクソ忌々しさといったら!
 自己陶酔極まれりなミツグ君があまりに馬鹿馬鹿しくて、いっそこのまま女苑にミツグ君を譲ってやろうかとも思ったけど、それってつまり私が毒味したミツグ君をお下がりに渡すってこと? 何が悲しくて妹のお相手の毒味役まで私がやらなくちゃならないのよ!
 そんな私の意地やミツグ君の優柔不断を知らない女苑は「やっぱり姉さんが好きなのよ、だからいつまで経っても私に靡かないのよ」と見当違いの逆恨みをしてくるけど、癇癪起こした妹の相手ほどウザくて面倒なものはなくて「勝手にして」って感じだし(うちの妹はマジモンの疫病神だけど、そもそも『妹』っていう概念そのものが姉にとっての疫病神なのよ、間違いない)ミツグ君は「紫苑さんが好き、でも女苑さんも素敵」とか煮え切らないことぬかすし、だんだん私は、
『姉妹でよってたかって奪い合う価値がミツグ君にあるの? こんなくだらない男のことで揉めるなんて、馬鹿じゃないの?』
と薄々気づき始めてはいたんだけど、だってミツグ君を逃したら私はもう二度とこんな便利なATMに等しい人間を捕まえられそうにないし、私にとって至高の正義のお金のためだと思うと、もうどうにも止まらないのよ……。



 あんまりな成り行きに天の神様も「馬鹿じゃないの」と思ったのか、私達の不毛な三角関係はあっさり決着がついた。
 さすがに二人ぶんも貢いでいたせいか、ミツグ君の財布がすっからかんになって、ミツグ君が親に打診したところ(例によって洗いざらい正直にすべて話してしまったらしい)、ミツグ君のお母さんがカンカンになって、そんな姉妹とはすぐに縁を切りなさいと叱られたそうだ。
「ボクだってこんな形でお別れするのは不本意ですよ。だけど、ママの言いつけに逆らうのはよくないと思うんだ」
 などと言い残してしょんぼり帰っていったミツグ君は、二度と私達の前に姿を見せることはなかった。正直ホッとしている。ナルシストにメサコンに優柔不断に二股に、トドメとばかりにマザコンまで判明したら、いくら羽振りが良くてももう付き合いきれないわ。
 貧乏神の私がこのまま幸せを掴めるなんて微塵も思ってなかったけど、それにしたって、なんでこうなっちゃうのかしら。どうせ三角関係で揉めるにしてもさあ、もうちょっと悲劇的になれないの? 私達三人じゃゴネリル・リーガン姉妹とエドマンドにすらなれなかったなんて。神代からの妹弟優遇は簡単にはひっくり返らないのか、ささやかな姉の叛逆すら失敗するなんて。天のバカヤロー。
 まあ、こうなったらせめて私一人が不幸になって終わるんじゃなくて女苑も巻き込めただけでも御の字としなければならない。姉の私が一人で幸福を独り占めにできないなら、妹の女苑をどこまでも地獄の道連れにしてやろう。恨むんなら貧乏神の姉を作った天を恨みなさい。天は人の上に人を作らないらしいけど、神の上にはポップコーン感覚でポコポコ新しい神を作ってくるからね。
 とはいえもっと重要な問題は、ミツグ君のあのなんでも正直にしゃべってしまう性格である。ミツグ君との噂はすぐさま人間達の間に広まり、ミツグ君は『貧乏神と疫病神の姉妹に取り憑かれ金を取られた可哀想な被害者』として大いに同情され、私達は『純朴な若い少年を弄んだ悪女姉妹』として大変不名誉な噂を流される羽目になったのだった。
 いや、騙したのは事実だし、被害者なのも間違いないけどさ。なんかコワモテのいかついオッサンがやたら家に出入りするようになったとか聞くし。だけどあんな甘ったれのお坊ちゃんとどうのこうのと、色恋沙汰であることないこと面白おかしく吹聴されるのは情けなくて仕方ない。
 で、私と女苑はどうなったかというと。別にこれをきっかけに仲が悪くなったりこじれたりなんかしていない。女苑もなんだかんだでミツグ君に嫌気がさしていたらしく、私達姉妹はそろって「あんなつまらない男と関わっていた記憶を抹消したい」という一心で、すべて水に流すことにしたのだった。だからうわべは今まで通り、女苑はまた取り巻き作って金を巻き上げて、私はそのおこぼれに与るという元の生活に戻っていた。なんか近々大規模なライブが開かれるとかで、その時を狙っていっちょひと騒動巻き起こそうとかいう話が出てるけど、いつ実行されるのかはまだわからない。
 ミツグ君の一件で姉妹の間の価値観の違いってやつが垣間見えちゃったせいなのか、今の私は女苑が取り巻き達と派手に遊んでても、ちっとも羨ましいとか妬ましいとかいう気持ちが湧いてこない。それどころか、楽しげに笑っているあいつをなんか冷めた目で見ている自分がいる。それはきっとミツグ君の欠点に無理して目をつぶろうとしても駄目だったのと同じで、いつかは私が自然に気づくはずのことだったのよ。
 まあ、それも大したことじゃない。姉妹だろうが『自分以外の相手は所詮ぜんぶ他人だ』と思えば楽なもんはない……なーんて妙にサトっちゃったせいなのか、姉だからどうの妹だからどうのとこだわる気持ちは前に比べたら薄れていたのだった。何せ私はしぶとくて生命力の強いハルジオン、その気になればいつでもどこでだって花を咲かせられるわ。
 それでも薄れないものがあるとすれば、ミツグ君の言ってた『追想の愛』じゃないけど、やっぱりせっかく手に入れた金づるを逃してしまった悔しさに勝るものはない。なまじいいご飯といいお洋服を味わっちゃたせいで、帰ってきた貧乏が余計に身に沁みてならない。
 何を考えてるんだかちっともわからない天の神様。バカヤローとか言っちゃったけど、あれを取り消すから、もう一回くらい気まぐれを起こして、私に幸運を降ってよこしてくれないかしら。
 そうね、今度はお金持ちの女の子がいい。男の子だと、なんにもやましいことがなくても勝手に世間が男女の仲がどうの惚れた腫れたがどうのと邪推してくるから、最初から女の子の方が気楽でいい。天衣無縫で暖衣飽食で、いかにも懐の温かそうな堂々としたお嬢様がいい!
 そんな『空から天使が降ってこないかな』みたいな私のささやかな願いは口に出ていたのか、どこからか聞きつけた女苑は、
「馬鹿じゃないの?」
と、いかにも軽蔑をたっぷり込めた目で私を見下すのだった。

姉としての紫苑の話を書きたいとは思っていたけど、『夜の寝覚』と『とりかへばや』が発端でこうなるとはね。
ミツグ君はもっと嫌なやつにするつもりでしたが、あんまりドロドロさせるのもなと思い予定より幼くしたらもう「馬鹿じゃないの」としか言いようのない話の展開に。
紫苑の描写はだいぶ酷くなっちゃって大丈夫かなあとも思ったんですが、個人的には紫苑や女苑を「実はいい子」みたいに解釈する方が業腹なのでこれはこれでいいかなと。
そして終わってみればてんしおんへの壮大な前振りみたいな話でしたね。てんしおんいつかちゃんと書きたいね。
朝顔
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コメント



0.250簡易評価
3.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
7.100東ノ目削除
ミツグ君の一件で懲りるかと思いきや、せいぜい「不味いものを食べた」くらいの認識で倫理的には全く懲りないとこがいかにも依神姉妹だなあと思いました。面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
妹に対する嫉妬と姉のプライド、そして自らの男性観を存分に吐露する紫苑の一人称というのがなんだか新鮮に感じました。
9.100のくた削除
姉妹もミツグ君も登場人物にロクなやつがいないのがいい
10.100南条削除
とても面白かったです
欲の底が見えない依神姉妹が二人ともきらめいていました
人には理解の及ばない神の価値観が素晴らしかったです
11.100名前が無い程度の能力削除
ミツグ君が良い意味で舞台装置じみていて、後腐れの無いコメディな読了感が出ておりとても面白かったです。
紫苑のそもそも性根が終わっている感じも大変良かったです。
12.100ローファル削除
面白かったです。
「何を考えてるんだかちっともわからない天の神様。バカヤローとか言っちゃったけど、あれを取り消すから、もう一回くらい気まぐれを起こして、私に幸運を降ってよこしてくれないかしら。」

最後にこの言葉が出てくるあたり、紫苑(女苑も)がまた同じようなことを繰り返しそうで、それがよかったです。